第35話:数字の重み
青い空に、まだ朝の陽射しが残っている。
アルマリンに向かって翔鶴は飛んできていた。
空に浮かぶ巨体に、戦闘機が吸い込まれていく。
翔鶴に戻れば、みんな歓喜に湧いていることでしょう。
少なくない被害が出ている筈だけど、今は勝ったことを尊ぶとき。
そう、教えられている。
「スフィアルィーゼ機、着艦して下さい」
『スフィア、順番みたい』
通信が入り、ティテが促してくれる。
「うん」
私は、一番最後の着艦となっている、初めて着艦フックを利用するため、飛行甲板を空けてもらうことになったためだ。
ティテを艦尾方向から侵入させ、速度、高度、左右を合わせていく。
何時もように主脚を下ろし、フラップを下げる。
ファイナルに入る。
『垂下レバーを引いて』
新たな操作を、ティテが光で教えてくれる。右側、計器パネル脇等に、今までなかったレバーなどが三つほど増えている。
光ったレバーを引くと、後ろの方でカコンと音がした。
前が見え辛いため、最後のナビゲーションはティテにお願いする。
『タッチダウンよ』
「うん」
私は衝撃に備える。
主脚がドンと甲板を叩くとともに、ティテが悲鳴をあげた。
『忘れてた!スフィア、頭をヘッドレストに強く押し付けて固定して!』
「え!え?え!」
シュルルルルル
という、背後から猛烈な勢いで何かが引き出される音が飛び込んできた。
次の瞬間には、前に投げ出される感覚とともに、目の前が真っ白になり意識を手放した。
***
見覚えがある…
私は、目を開けると、前回の着艦で気を失い、目覚めたときに見た天井を見ていた。
「目を覚まされましたか?」
「う!くーーーーーーっ」
ミレニアの声に頭を動かそうとしたが、痛くて、声が漏れた。
ある意味悲鳴も出せない。
「ドクターが、重度のむち打ちになっているかもしれないと言っていました」
「鞭打ち?」
(な、何の刑罰)
私は怖くなって、口が震える。
「スフィア…たぶん意味を違えていると思います」
(?)
「痛い…」
問おうと思っても、口からは痛いしかでなかった。
「頚椎捻挫です、着艦時に着艦フックで急激に止まるため、頭が前後に投げ出されて首を痛めたのですよ」
ミレニアが覗き込んでくれたので顔が見れたが、私は半泣きになっている。
「スロットルも、揺り戻しで全閉になっていて助かりました。良く握っててくれました。
そうでなければ機体が暴れて大惨事になるところでしたよ」
「ううううう…」
「しばらく首は固定して過ごすことになると思いますよ」
「ううううう…」
コンコン
ノックの後、ドアが開かれ、ミスティが入ってきたらしい…
「お嬢様、お目覚めです…ね。
心配致しました」
見ることも、頷くことも出来ない。
「ごめんなさい…」
「一時は乗組員一同大パニックでしたよ」
(大惨事とか大パニックとか…そんなに?)
「被害報告が出ましたが、今度にしますか?」
「いいえ、教えて下さい」
「アルマリン…翔鶴の被害になります。
損害報告
A6M5:出撃43機中未帰還4機中破1機
D4Y:出撃10機中未帰還1機小破4機
A6M8:出撃1機中中破1機
N1K3-A:出撃2機中中破1機
キ44-IIIA:出撃1機損害なし
死傷者
死亡:2名
不明:5名
重症:2名
中症:1名
軽症:4名」
一瞬目の前が真っ暗になる。
「死亡者…」
今は戦時だ、全てを数字として考えるように、王妃教育でも教えられてきた。
特に指揮官は、表情に出してはいけない。
「尚、中症は貴方ですよお嬢様」
そんな私を見てミスティは言った。
「首を鍛えないといけません、今まで何をしていたんですか」
(えーそんなこと言われても…)
「王妃教育に、首を鍛えるなんてな…」
「治ったら、特訓です!」
そう言ってミスティは部屋を出て行った。
首を窄めることもできません…
「明日からウィンザー反体制軍は、アルマリン領内の王国残存部隊に対する掃討戦に入る予定です。
翔鶴も艦爆に随伴して戦闘機隊も出撃します。
翔鶴はアルマリン領都へ入る予定です」
「なら、わた…」
「スフィアは!安静です!私も機体損傷で出られませんので、見張らせて頂きます!」
「はい」
「それと、操縦の座学を受けて頂きます。
着艦の度に医務室送りとか心臓に悪いです」
「はい、わかりました」
実際、全く動くことができなかったので…
従う以外の選択肢はなかった…
***
翌朝、翔鶴はアルマリンの領都湾に着水した。
ミレニアが覆いかぶさって私を固定してくれたが、首が跳ねるのを完全には止められず、しばらく呼吸すらできなかった。
「あぅあぅ」
「ドクター、ドクター!」
ミレニアの声が医務室に木霊する。
しかし…
「頚椎は損傷していない!そのまま寝かせとけば大丈夫だ!」
重症者もいるのだからしかたない…しかたないー
「調子はどうだい?」
お昼前になってジュリアンが見舞いに来てくれた。彼も機体損傷で出られないらしい。
「昨日のウィンザー反体制軍の損害報告が届いたよ」
鼓動が跳ね上がる。
「教えて、ジュリアン」
「君のそんな表情を見るのは本意じゃないんだけど…」
「……」
「ごめん、余計に困らせたね…」
「損害報告
航空機
A6M2:出撃143機中未帰還23機中破1機小破27機
A5M3:出撃52機中未帰還8機大破3機小破1機
A6M5:出撃83機中未帰還14機中破8機小破13機
A6M8:出撃1機中中破1機
N1K3-A:出撃2機中中破1機
D4Y:出撃10機中未帰還1機小破4機
G4M1:出撃40機未帰還6機小破8機
死傷者
死亡:33名
不明:67名
重症:2名
中症:1名
軽症:4名
騎士団・戦士団(傭兵含む)
6師団、40191名参加
死傷者
死亡:866名
不明:103名
重症:77名
軽症:674名
王国軍はその航空機で三倍。地上部隊では6倍の損害を出していると、ウィンザー公の私見だ…」
ジュリアンが、淡々と上げる報告に、私は瞼を開けていられなくなっていった。
数字として考えるよう、切り替えたつもりだった…でも。
私は目を完全に閉じると、嗚咽が漏れてしまった。
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