第34話:奪還
上昇と速度の限界点…これ以上追えない失速点…
翼は滑るように。
機首は上を向くこと能わない。
重力が、お前は地上の生き物だと知らしめる。
キ87は上昇を止めて降下気味に先程の旋回を続ける。
無防備な私の元に戻ってくる。まるでサメが獲物の周りを回るが如くに…
私は、必死に機首を下げ速度に変えるしか無い。
操縦桿を操作するが、速度が無いため、抵抗がまるでない。パタンパタンという感覚が振動で伝わるだけだ。
『スフィア来ちゃう』
黒い機体が、舞い落ちる羽毛のような状態になった、ティテと私を捉えているのが見えた。
「ティテごめん!」
『スフィア…!』
私はシートベルトを外し計器盤にしがみついた。
…
…
…何も起こらない…
静寂がだけが、時間が止まったように私を支配する。
『スフィア…』
『スフィア』
『スフィア操縦桿!』
(え?)
落下速度が、操作可能な速度になったようだ、操縦桿に抵抗を感じる。
『先ずは下に向けて!』
機首を下に向け錐もみに移行しそうになるのを、手と足で必死に操作する。
錐もみでロールした状態では機首を上げられない。
機体が震え、エンジンが変な音を出している。
「ぐぅぅぅぅう!」
計器を見る暇がない…
だけど、一瞬だけど黒い機体が翼を振って去っていくのを見かけた。
高度が落ちたことで空気が掴めた!
「いける!」
多少の横滑りを受けながらも機首をあげ、水平に戻す。
『戻った!』
ずいぶん高度を落してしまった。
上空を見ると、黒い機体が遠くを内陸に向かって飛んでいくのが見える。
「何故?」
『黒いのは撃たずに反転していったのよ…』
「お嬢…様」
「スフィア様!」
シート脇に落ちたヘッドセットから声が聞こえてきた。
どうも嘔吐いたときに、気づかず外してしまっていたようだ。
「はいスフィアです」
「ああ、無事だったのね」
「はい…黒い機体は何故か飛び去って行きました…」
「たぶん…」
「勝ったよ、スフィア!」
ジュリアンがミスティの通信に被せてきた。
「勝った?」
「そうです、スフィア様。ウィンザー公爵の空挺部隊が、電撃的に領都の駐屯地を占拠。王国駐留軍は降伏しました」
「広いアルマリン侯爵領なので全てではないのですが…」
『それで、あの黒いのは帰ってったんだね…』
「うん……あ!それよりみんなは無事なの!?」
「問題ありません」
「はい、無事です!」
「だいぶ機体に穴は開いたけどね」
無事を確認出来て安心した。
「敵機は?戦闘は終わったの?」
「敵機は内陸に向かって撤退していきました。
損傷機はアルマリンの飛行場に降りるみたいです」
その報告を受けながら、私は高度を落し、アルマリンの港街と城を旋回する。
港街の二割ほどか瓦礫になっている。
投降兵が反体制軍に武装解除させられている姿が見える。
だけど、所々ではまだ戦闘が続いているようだ。
街の人の姿は確認できなかった。
城は…半壊していた。東側はなくなってしまっている。
思い出の、私の生家…
シルヴィ、ミレニア、ジュリアンが機体を寄せてきた。
シルヴィは無傷に見えるが、ミレニアは翼端が無くなっていた、ジュリアンは翼と胴体に何か所か穴が開いているのが見て取れる。
「ミレニア、ジュリアン。まだ飛べる?もし難しいなら、翔鶴でなく、アルマリンの飛行場にでも」
「いいえ、一緒に戻ります。戻らせてください」
「私も、一緒に凱旋させてもらうよ」
「うん、わかった。一緒に帰りましょう」
「ミレニア、被害ってわかる?」
「今はまだ…何れ上がってくると思います。
敵機は居なくなったようです。翔鶴に戻りませんか」
「そうね、そうしましょう」
開戦から僅かに二時間しか経過していなかった。
だけど、飛んでいる機体の数はずいぶん減った気がしないでもない…
各貴族の飛行部隊が帰っていく、ヴァディス領も…
「スフィアルイーゼ・アルマリンです。
各航空部隊の皆さまありがとうございました。この御恩決して忘れません。
本当にありがとうございました」
味方への全チャンネルで私はそう言うと、何機かが翼を振ってくれた。
なんだろう、涙が浮かんでしまった。
私は、機体を翻し翔鶴に向かう。
「スフィアです。翔鶴飛行隊帰還します。損傷機から着艦お願いします」
これは、翔鶴飛行隊への通信。
これ以上この空ですることはなくなった。
皆が翼を休められますように、今はそれが私の望み。
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