第26話:優しさ
「父上。差し出がましいですが、食事を頂きませんか。私、お腹が空いております」
「ジュリアン。マナーがなっていませんよ」
ジュリアンが奥方に窘められる。
「いや、そうだな、続きは食事してからにしよう」
ジュリアンが、私の方を見てウィンクしてくれた。
(ああ、気を使わせてしまったのね。ありがとう)
だけど…美味しそうな食事も味が全くせず、一通り一口づつ頂くのが限界だった。
喉だけが渇き、ワインばかり口にしている。まるでお酒好きみたいで恥ずかしい…
そんな私を、ジュリアンはチラチラと見ていた。
カチャリと小さな、ナイフとフォークの音がした。
俯いていた顔を上げると、家令が給仕に指示を出し、テーブルの上が片付けられて、湯気の立ち上るお茶がみんなの前に用意された。
「さて、気落ちしてしまったスフィア嬢には悪いが…」
家令が羊皮紙を広げてテーブルの上に置く。
ブライドル王国の地図。
その地図に家令は、貴族の紋章を刻んだ青い駒と赤い駒を置いていく。
「赤い駒が王軍と、王軍に組する貴族。青い駒が反体制に参加している貴族を表している」
王都中心に赤い駒が密集している。青い駒は一つもない逆に、離れていくほどに青い駒が増えていく。
「空白になところは何ですか?」
色の境目付近と所々広い空白地が目にとまる。
「どちらに付くか決めかねている貴族だ」
黄色い駒が空白地に置かれた。
アルマリンは王軍から見ると飛び石のように離れた赤い王家の駒になっていた。
全体を通すと、領土的には蒼が多いが、駒の数では赤が多いようだ。
「反体制と呼ばれていますが、統率されている方はお出でなのですか?」
「……」
(どうしたのかな?)
「実は青い駒は、一つに纏まっていなくてね…」
「五大公爵家の、四公爵が青なのだが、それぞれ頭首を主張していて勢力が割れているんだ」
(新国王に勝てば自分が王にとでもと考えているのかしら…)
家令が青の駒を裏返して、別の色になる。
緑、紫、水色、青のまま…
私は紋章を見て理解する。
緑の紋章はノース公爵家で緑の貴族は北方に多く分布している。
紫の紋章はサウザント公爵家で紫の貴族は南に、
水色の紋章はイス公爵家で水色の貴族は東に、
青の紋章はウィンザー公爵家で青の貴族は西に、
ステファン様のランツァウ公爵家は黄色になっていた。
「我がヴァディス伯爵家は青のウィンザー公爵家と行動を共にしている」
「こんなにバラバラで、王軍に勝てるのですか?」
「今のままだと難しい。
先ず先代王をお救いすれば一本化の道が開けるだろう」
(何所の勢力がお救いするかの競争になりそうでいやらしいわ)
「また、私たちウィンザー公爵家の軍はスフィア嬢も立てて行くつもりでいる」
私は一瞬呼吸が止まった。
(前にジュリアンが言ってたことだ…)
「そうしてくれれば、先ずはアルマリンを救うつもりなんだが…どうだろうか」
ビンセントが動いた気配がした…
アルマリンの件は願ってもないことだが、先ほど自分の罪を自覚したばかりだ。私が旗頭になることが正しいのかわからない。
「ち、父上…スフィアはまだ15歳です。考える時間を差し上げては如何ですか?」
ジュリアンが発言する。
伯爵はジュリアンと私を見た後、背もたれに身体を預けた。
「そうだな、スフィア嬢。考えてくれないか。あまり時間が無くて悪いが、危急を要する事態なんだ明日中に返事を聞きたいが、良いだろうか」
「わかりました…」
私はそう答えるのが精一杯だった。
***
あてがわれた部屋に入ると、ミレニアが待っていてくれた。
部屋には従者用の続き部屋も用意されていてミレニアはそこを使用している。
「お疲れさまでした」
ミレニアが早速、着替えに取り掛かってくれた。
「如何でしたか?」
「そうね、本当に疲れたわ…でも、私にそれを言う資格がないのにも気づいたわ」
「…資格がない?ですか?」
「今の王国内の状況は私のせいだと気づいたの…私がもっと…」
「スフィアがなんとか出来たのですか?」
(…え?)
「スフィアの行動でここまでの事態が変わるのでしょうか?」
「でも、もっと私が王子と仲良くして、ソニアリシル嬢の行動を窘めたり出来れば…」
「どうでしょうか…王子と仲良くするのは確かに必要だったでしょう。仮にもご成婚する筈だったのですから」
私はコクリと頷く。
「でも国や軍を動かす事態です、スフィア一人で全てを止めることはきっと無理でしょう。私の勘ですがその場合は違うところから同等の火が燃え上がったと思います」
(え?)
「例えばランツァウ公爵家あたりとか…」
「ステファン様のところから?」
「単なる私の勘です。あまり資格とか言って潰れないでくださいね」
私はテキパキと脱がされ、夜着に着替えさせられた。
「うん」
(でも明日までに旗頭になる件は考えなければならない)
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