第25話:晩餐
夜、案内された食堂には、磨き上げられた長テーブルが置かれ、銀の燭台が柔らかな光を投げかけていた。壁の暖炉では薪がはぜる音がしている。
窓側には、ヴァディス伯爵を中心に、右に嫡男である兄、左に奥方が並ぶ。背後には、伯爵家の家令が彫像のように控えていた。
扉側には、私と、私の隣に座るジュリアン。そして私の背後数歩下がった位置には、ビンセントが影のように直立している。
一見すれば親睦を深めるための夕食会だ。
給仕のフットマンたちが料理を並べて足早に去り、扉が閉められると、伯爵が話しかけてきた。
「スフィア嬢、先程は失礼したね」
「いいえ、もう宜しいのですか?」
「反体制の領主への連絡は行なっているところだよ。無線通信、電信、伝書鳩、早馬、飛行機と通信手段がバラバラでタイムラグも酷いんだ」
今は新旧様々な連絡手段が使われている過渡期だ。
新しいものは信頼性がなく。しかも、所有できるのは余裕のある貴族だけだ。古いものは通信手段として遅れが生じてしまう。
「王国のほうがその面でも有利ですね」
「王国は統一してできるからね」
戦となると、情報が勝ち負けを決めると言って良いはず。伯爵は顔に出さないが悔しそうだ。
「今日は街に行ったのだろう。
どうだった?」
「はい、とても綺麗な街でした。
街の方々の笑顔も明るく、伯爵のお人柄まで分かる気がしました」
笑顔で答える。
「街の人には抱えるほど頂き物をしました」
「ははは、それはスフィア嬢が気に入られたんだね」
伯爵と奥方が笑ってくれる。
「…あの…アルマリン。アルマリンがどうなったか、情報はありませんか?」
ビンセントが身動ぎした衣擦れの音がした。
「アルマリンには王軍の駐留が始まり、執政官がおかれたようだ。」
「…」
「領民は、軍の監視下に置かれたようだが、虐待や略奪は最小限のようだ」
私はスカートの上で血が出そうなほど拳を強く握った。
「空の戦闘で、騎士や兵士に血が流れなかったのが良かったようだよ」
戦争の在り方が変わったということなのだろうか…
領民に無体なことが無いのはありがたい…ううん、違う同じ国の中に攻め込むことが既に間違ってるんだから。
(間違えちゃ駄目)
「父様に、アルマリン侯爵の情報はありませんか?」
伯爵は首を振った。
「スフィア嬢はなぜアルマリンが襲われたか分かるかい?」
「いえ、全てが突然で理由などわかりません…」
ソニアリシル嬢の顔が頭を過ぎる。
「…翔鶴ですか?」
一つの領が持つには大きな軍事力…私にはそれくらいしか考えられなかった。
ビンセントが背後で動いた気がした。
正面の伯爵が手でビンセントの発言を促す。
「お嬢様、翔鶴は、翔鶴が発見されたときに、王に報告しております」
私はビンセントの方を見る。
「侯爵は王に報告し、引き渡そうとしましたが、王と軍務卿によりアルマリンでの運用試験と性能試験を命じたのです」
「では、王国の命令を守っていただけ?」
(じゃあなんで?)
「なんで、アルマリンは襲われたの?」
「王子が欲したと思っています」
ビンセントは微動だにせずそう言う。
「王の意向と違うことを王子が?」
「あくまで私の予想ですが…そのために王を廃して自身が王位についたのが納得できます」
「今も各領の、兵器を徴収しようとしている。応じなければ軍事行動ということだ」
伯爵が話す。
(兵器を集めて…)
「他国にまで攻め込む…?」
「私と、反体制側の貴族はそう思っている」
「スフィアルィーゼ嬢、君は王子のもとに居たのだろう?何故知らない?何故止めなかった?」
ジュリアンのお兄様が初めて口を開いた。
私にはこの方の記憶がなかった。
「わ、私は…」
「君は、王子の暴走を止められる位置にいたのではないのかい?」
「兄様、そのような言い方やめてください」
「ジョシュア止めなさい」
奥方、マリアン様。母が元気な頃は良くお茶をしてらしたのを憶えている。
お兄様が口を噤む。
「すまないね、スフィア嬢。
…だがそう思うものも居ることだろう。
これから戦禍が広がり失ったものが多い人ほど、そう言う思いに囚われやすいだろう…」
(その考え方を受け止める準備が必要ということなのですね…)
私は先日、王子やソニアリシル嬢にもっと踏み込めばよかったと後悔した。
後悔だけでは済まない爪痕がこの国に残ってしまう…
握った拳にさらに力が入り、涙も出そうだが唇を噛んで止める。
(私の犯した過ちは罪だったのだと認識した)
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