第22話:七色の門
「スフィア様!」
「スフィア!」
「…ぅん」
呼ばれた声に俯き気味だった顔を上げる。
「大丈夫ですか、スフィア様」
ミレニアがハンカチーフを差し出していた。
私は何処を見ているわけではなく、視点の定まらない目に涙を溜め、ポロポロと流していた。
ミランダ様のことは自分の無力感を知る最初の出来事だったのかもしれない…
流した涙は、お父様や、領民のことも合わさり、自分では止めることが出来なくなってしまった。
「大丈夫か?」
ジュリアンがオロオロとしているのが分かる。ミレニアもどうしていいか分からないみたいだ。
しっかりしてそうな二人がオロオロしている姿に、私は涙を流しながらなのに笑いも込み上げてきてしまった…
「大丈夫、大丈夫よごめんなさい」
涙を流しながら私は謝る。
「ヴァディス様。申し訳ありません。スフィア様を休ませてさし上げたいのですが…」
「あ、ああ、そうだな、ミレニア頼む…」
「ジュリアンごめんなさい」
「ゆっくり休んでくれ、私こそすまなかった」
私は、ミレニアに肩を抱かれながら艦内に向かった。
扉から中に入るときに見た空は蒼いが、遠くには黒い雲が見えた。
(荒れなければ良いけれど…)
***
私は船の揺れで目を覚ました。
私は提督室という二間続きで、窓から外が見える部屋を頂いた。
外は暗くなっていて窓には雨の当たる様子が見て取れた。
「お目覚めになられましたか?」
「もう夜なのね。心配かけてしまって、ごめんなさい。
「…王都で色々あったのですね」
「うん…今思うと私はもっと頑張らなければいけなかったのかも知れない」
「…お食事。お摂りになりますか?」
……
私はミレニアをじっと見る。
「なんでしょう…」
「ミレニアも食べていないのでしょ。
一緒に食べましょう」
「…はい」
続きの部屋が、会議室のような、サロンのような部屋になっていたので、そこでミレニアと食事を頂くことにした。
「特別な食事を用意していただきました」
そう言って、私の好きな魚のムニエルを中心にした食事を目の前に並べてくれた。
「ミレニアありがとう」
私は笑顔で感謝を伝える。
たぶんミレニアは、いきなり泣き出した私を心配してくれたのだろうから。
「明日の午前中には、ヴァディス領の領都に到着いたします」
「もう着くの?」
「はい、隣の領ですから…」
ミレニアは一拍置くと
「スフィア。何があるか、何が待っているかわかりません。自分をしっかりもって望んでください」
「はい」
ソニアリシル嬢があの時言った「私はもう損する生き方はしないの」ではないが、
私は後悔しないように生きたい。
***
昨夜の嵐が嘘のように晴天に恵まれていた。
昼間寝てしまったせいで、夜は目が覚めてしまい、ミレニアと夜通し話してしまった。
ミレニアには悪いことをしたと思っている。横に立つミレニアの目の端に、涙が浮かんでいるんだもの。
さて、私はまた、羅針艦橋の司令官席に座っている。
これから、ヴァディス領都の海に着水するからだ。
艦橋に入った時には既に、ヴァディス領の領都の近くだという事だった。
殆どが甲板で見えないのだが、右舷側の窓からは、ヴァディス領の海と領都を初めて見ることが出来た。
海に面した街という事で、アルマリンと変わらないイメージを抱いていたが、ヴァディスの街は、海と山々に挟まれた海岸沿いに沿った長い街だった。
「着水用意! 昇降推力減衰開始ッ!」
ビンセントの声が艦橋に響く。
離昇の時とはまったく違う緊張が走るのが解る。
航海士が復唱すると、テレグラフのレバーを「ガチャン!」と【微速】マークの位置へ引き戻す。 エンジンの咆哮が静かな唸りへと変わり、スフィアは胃のあたりが浮き上がるような、独特の降下感に襲われた。
(んんんっ…)
「きゃああああーーー」口を押さえるが
(声が漏れるぅぅ!)
「 水流抵抗板、全開ッ!」
翔鶴の巨体が故、遅く感じる速度だが、実際は猛烈な速度で降下しているのが舷側の窓から見える景色で分かる。
ファーンファーンファーン……
連続した警報音が船内に鳴り響いた。
(何の音?)
「……スフィア。身体を固定して、来ますよ」
「え、ミレニア何が来るというの!?」
ミレニアが、司令官席の横でスフィアの肩を支える。 その直後、視界が真っ白な飛沫に覆われた。
ドオオオオオオオォォォォォオオオオオオオオンンン!!
沈み込む感覚と、猛烈に浮き上がる感覚が襲い掛かりお尻が浮き上がる。
艦底が海面に接触したと思われた瞬間、物凄い衝撃波が艦橋を突き抜けた。二百六十メートル、三万トンの鉄塊が水に叩きつけられ、海が爆発したかのように跳ね上がる。 窓の外は、激しく荒れ狂う白い壁が立ち上がり空を覆いつくす。
凄まじい水圧が艦体を揺さぶり、軋ませるが、翔鶴は力強く波を押し分け、海上を滑り慣性を前方へと変換していく。次第に激しい衝撃が、ゆったりとした大きな揺れへと変わった。
立ち上った白い壁が、太陽の光を受けてダイヤモンドのようにキラキラと輝くと…時間が一瞬止まったかのように思えた後。雨のようにザーーーーッと音をたてて降り注ぐ…
空には虹の橋が描かれ、翔鶴はその七色の門をくぐり抜け、ゆったりと、女王のように進み、海に身を委ねた。
(何これ、幻想的…)
「着水完了。主機、水上航行モードへ移行します」
伝声管から届く安堵の混じった報告。
ビンセントが艦長席に深く座り込んで息をつく。
舵輪を回す航海士の肩の力も抜けたようだった。
艦橋の緊張が解けていくのが伝わる。
私はまだ、心臓がどきどきしている。でも素敵で楽しい!
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