第17話:抜錨
私を旗頭とか、ジュリアンは何を言っているのだろうか。
「ど、どういうことですか?」
私は、俯いて視線だけをジュリアンに向ける。
「アルマリンは、新王の施政の最初で最大の被害者であり。スフィアに対する婚約破棄も、常識を外れた話です」
「はい」
「私にとっては婚約破棄は朗報だけどね」
「え?」
(どういうこと?私の不幸が朗報?)
「こほん…この新王の異常な仕打ちを受けているスフィアは、反攻の旗頭としてこの上ない人だ」
(…そ、そうなのかな?)
考え込む私にジュリアンは、掌を私に向けると…
「先ずは、安全を図るためヴァディス領へおいで下さい。父上も待っています」
「ヴァディス卿がですか?」
ジュリアンが頷く。
ジュリアンは、父上がというが、私に考える時間をくれたということだろうか?
「…はい」
「出発には準備がありますので、早朝をもって抜錨、ヴァディス領に向かうことで宜しいでしょうか」
今まで会話に参加しなかった、ビンセントが発言した。
「この大きさの船だ理解している、それで構わない」
「ありがとうございます」
***
細長い羅針艦橋に、独特の緊張感が満ちていた。
私は、艦長席に座るビンセントの左側。司令官席でそれを見ている。
この席は、晴天の空、雪を纏った山々、蒼く深い湖を一望できた。
私がここにいるのは、ビンセントが見ていて欲しいと言ったからだ。言葉はお願いの体だが、私は見ておかなければいけないと言うことなのだとわかった。
ラッパのような形をした伝声管から、勢いのある男たちの声が響いてくる。
「揚錨機、巻き上げ完了! 錨、離底しましたッ!」
「ボイラー蒸気圧、規定値に到達! いつでもいけます!」
艦内の各所から届く報告が、アイランド最上階の艦橋へと集まってくる。
何を言っているのか専門用語でさっぱりだが、空気が張り詰めているのは伝わってくる。
ビンセントが右手を上げ「前進全速」と叫ぶ。
「前進全速、宜候!」と復唱した人がいる。
「航海士です」ミレニアが耳打ちしてくれた。
航海士は真鍮のレバーを「ガチャン!」と【全速】マークの位置へ倒すと「チン!」と音が鳴った。
機械仕掛けのおもちゃみたいだが重厚感がまるで違う…
伝声管から「全速、了解!」と伝わってくる。
その瞬間、足元から「ドォォォ……」という、内臓を揺さぶるような重低音が立ち上がった。
(こ、これが、この巨大な船に積まれたエンジンの咆哮なの?)
「機関、前進微速!」
伝声管の奥から、ボイラーの轟音に負けない叫びが返ってくる。
鋼鉄の塊が、慣性をねじ伏せて動き出す。
窓の外、止まっていたはずの水平線が、数ミリ、数センチとゆっくり滑り始めた。
「……動き出した」
肘掛けに置いた手に力を込める。握る指先に伝わる激しい振動を感じていた。
「離昇全力!」
「離昇全力。宜候!」
操舵手が巨大な木製の舵輪を操縦桿のように引っ張る。
私もティテを操縦している感覚で力が入る…
一瞬身体が沈み込む感覚を覚えると、外の景色が下に吸い込まれていった。
翔鶴がその巨軀を重力から解き放ち、大空へ舞い上がった。
「凄いわ…」
壮観だった。それ以上の言葉が思い浮かばなかった…
***
飛び立ってしまうと、狭い艦橋に私がいるのは邪魔だった。
名残惜しいが、ミレニアを連れ立って艦橋を後にして、ティテの下に向かう。
「お悩みですか?」
「旗頭の件?」
「それもですが、ヴァディス領に行くことです…なんか嫌な予感がします」
ミレニアは、何か懸念を抱いているようだ。
「そうね…」
ジュリアンがアルマリンに来ることはあっても、私がヴァディス領に行ったことは一度もない。不安がないわけではない。
***
ティテの下に来ると、周りには白い服を着た人たちが何か作業をしていた。
「整備員の方々です」
ミレニアの説明に頷く。
「ご機嫌よう」
私がそう言って挨拶すると。
みんな、直立して額に手を当てた。
なんのマネだろう?
雰囲気的に私も倣ってみた。
「お嬢様。先日倒れられたとお聞きしました。お加減は宜しいのですか?」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です。皆さんはここで何を?」
「この機体を、この船で運用できるように出来ないか案を持ち合っているところです」
年配の方が応えてくれた。
「このままではダメなんですよね?」
「お嬢様に、毎回あの着艦をさせるわけにいきません」
「…理解しています…なんとかなりますか?」
「着艦フックは必須です。が…」
言い淀んでしまわれた。
「どうされました?」
「艦載機とは、コンセプトが違うので、機体強度が違うんです。
この機体にただ着艦フックを付けても、ワイヤーにフックがかかった瞬間、胴体がモゲます」
グワングワン
変な音がして、ティテを見ると揺れていた。
(震えてるの?)
「モゲちゃうんですか?」
「はい、モゲます」
グワングワン。グワングワン。
「大丈夫、大丈夫だからティテ!」
私は翼に覆いかぶさる。
「なので、少し改修させてください」
「痛くしないようにお願いできますか」
「……」
「……痛くしないでね、本当にお願い」
「善処致します」
そう言って、整備員さんはまた額に手をビシっと当てた。
***
「ティテー。目まぐるしいよー」
『そうみたいだね…』
「今度は、ヴァディス領に向かうことになったわ」
『どこ?それ』
「さあ、南の方。私も行ったことないから…」
『スフィアも大変よねー』
「そうなのよ。聞いてよ」
私は、ティテの中に入ると両手を伸ばした。
「お行儀悪いですよ」
ミレニアが操縦席の縁に腰かけていた。
「初めましてティテさん、ミレニアです。宜しくお願いします」
「ミレニア話せるの?」
「いえ、話せません。でも、スフィアをお願いするので、挨拶はしておこうかと思いまして」
『どなた?』
「ミレニアは、私の妹かな?」
「それなら姉だと思います」
『つまり、それだけ仲がいいってことね』
「ミレニア。ティテがこちらこそ宜しくだって」
「スフィア。君は妖精と話せるのかい?」
声に反応すると、ジュリアンがティテの直ぐ傍に立っていた。
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