【愛され方】クズ編
純真無垢な匂いをさせた、可愛いあの子はケショウが上手い。
爪と牙を剥き出しにした、強気のその子はナクのが上手い。
あの子が欲しい。あの子じゃわからん。
その子が欲しい。その子じゃわからん。
彼方此方に行く行くお手々と、私の冷えてく感情と。
嗚呼、私は何が上手くなったら売れますかとか。
月ばかり見上げて呆けてる。
隣にいる褒め上手の友達もそのうち離れていくのでしょう。
*
やだやだ、なんて。
幼子みたいな文字を使って女の音を含ませる。
イヤとダメはイエスって聞いたから。
だから。加虐心をくすぐる言葉を唇に重ねていく。
「好き」は簡単に使わない。
だってそれは何か間違えてしまった時の機嫌取りに必要だから。
最近入れたチャットアプリ。
「お話し相手が欲しいです」とプロフィールは控えめな言葉を載せた。
この世の中には暇で寂しい人が多いので、魅力のないアイコンでも誰かしらが寄ってくる。
わたしはとってもいい子なので。
顔も年齢もこだわらず。
誰が来ても嬉しそうな反応をしておく。
言葉遣いはできるかぎり丁寧にして、話題はこちらから提示する。
この人この話題嫌いだなと思えばすぐに話を変える。
無駄に褒めて、適度に距離を空ける。
返信のスピードを合わせて、けれど答える時間帯は固定する。
そして、相手が乗ってきたところで決めた時間帯とは別の時間に返信をする。
そうすれば少しだけ、優遇された気がするでしょ?
ある日。
『俺さ、ユイちゃんのこと好きかも』
チャットをしている内の1人、Yさんからそう言われた。
釣れた、とか思ってないですよ。
嬉しいよ、純粋に。
人に好かれて嫌なことなんてないじゃない。
でもさ、おかしな話だよね。
会ったこともないのにチャットだけでそんなこと言うなんて。
ましてやこれは暇を潰すためのアプリであって、出会うためのものではない。
なのに、どうやらあなたは別のものを求めている様子。
私に打ったその2文字、あと何人の人に送ってるのかしら。
そんな風に思うのは無粋ですか。
『そんなこと言われたら照れちゃいます…』
否定も肯定もせず、ただ都合のいい台詞を返す。
相手も満更ではない様子。
でも1つだけ、面倒くさいことになった。
『ユイちゃんも俺のこと好きなら浮気しないで』
浮気。んー。浮気ね。
アプリ内で会話しているあと5人は浮気に入るのかな。
好きではないけれど、同じような会話をしている。
『浮気はしないよ』
誰が本気で誰が遊びかとか、そもそもないですし。
そちらもそんな重たいの望んでないでしょ。
仮に。仮にさ。
私が本気にして他の人との会話を切ったとして。
その裏であなたが別の人と好きだの、会おうだの言ってたとしたら。
『アプリで言う「好き」なんて遊びみたいなもんじゃん』
『冗談みたいなもんじゃん』とか言い出してごらん。
そんなの私が馬鹿みたいじゃん?
言葉の戯れあい。
綺麗に切り取れた破片の寄せ集め。
愛の色に染めた指のようなそれを絡めて、そこに生まれるのは電子の恋人。
この乙女ゲー、攻略しんどいな笑笑
くらいがさ、気楽でちょうどいいのよね。
でも。
その束縛が少しだけ心地よいって言ったら。
気持ち悪いですかね。
*
「その人、絶対おかしいよ。会ってもないのに独占欲強くない?」
ある日、友人のミキが顔を顰めてそう言った。
「早く切った方がいいよ」
ズクン、と胸の奥に鈍い痛みが走る。
「うん。そうだよね。私もよく分からないんだけどさ、でも…かわいいねとか好きだよって言われると…嬉しくなっちゃって…」
「切れない?」
「うん…」
「それってさ、依存じゃない?絶対よくないよ」
「…うん」
正直恋愛なんてわからない。
他人が他人を好きになる理屈も、誰にも取られたくないと思う心理もわからない。
相手の心臓を抜き取ってこの手におさめて、一生裏切らない契約を交わしたわけでもないのにどうして相手を信じられるのか。
「付き合ってるわけではないの?」
「付き合ってるわけではないっぽい、けど…」
「けど?」
「遠回しに恋人みたいなことは言われてて、」
「うん」
「…ここで切られるのは嫌だなぁって…」
ミキは頭を抱えて息を吐いた。
私のことを思って言っているのは分かるし、私が彼女の説得に納得しないことで頭を悩ませているのも分かる。
けれど、私はそんな友人の姿を見ながらモヤモヤとしていた。
私が相手を切れない理由はもう一つある。
それは、私が体の関係に憧れているからだ。
今年で20歳。なのに未経験。
素直に恥ずかしいと思う。
理由は色々あるけれど、やはり高校生活3年を費やして宿らせたひどい片想いが原因だろう。
私にとってその人以外は最早人に見えなかったのだ。
一時は結婚相手だけ知っていればいいと思っていたけれど、世の中そう上手くはいかないらしい。
24まで未経験だと何か人格に問題があるのかと警戒してしまうとアプリで知り合った人に言われた。
だから早く捨てたいと思うし、早くその快感を知りたいとも思う。
人類皆とは言わないけれどその行為にはまる人は多いわけで。
つまりは何かしら満たされるわけで。
ああ、でも、そうね。
男は性欲が満たすために、女はきっと承認欲求。
「とりあえず、会うのだけはダメだよ?絶対だよ?約束だよ?」
真剣な目で言うミキに私は曖昧に笑って返す。
「うん。会うことはないと思うよ」
今の楽しい恋愛ごっこを続けるか。
それとも早々に体を売るか。
まだ決めかねているしね。
なんて、口が裂けても言えないけれど。
*
『おはよう』『おつかれ』『おやすみ』
通話以外のやりとりはなんとも淡白で物足りない。
本当にこの人が私を独占したがっているのか不思議に思うほど。
しかしネットで調べてみれば、男の人はチャットでの会話が女性よりも苦手らしくあまり好まないと出る。
毎日の繋がりだけでも求めてくるのは相手が本命に近いからとのこと。
全てを鵜呑みにするわけではないけれど正直つまらない。
「ねぇね、面倒な人と繋がり切りたい時に徐々に連絡減らしてって自然消滅って方法あるじゃん?相手が必ず『おはよう』だけは言ってくるんだけどどうすればいい?」
『「は?んなもん『おはよう』って返せばいいやん。よくある返信クソだるいやつ」』
アプリで知り合ったAさんは思ったことを素直に言う。
距離感は友達というよりも知り合いに近い。
暇な時に通話するだけの人。
一応素に近い状態で話せるから気は楽。
「でもさ、それって心象悪くない?LINE交換してるし後で晒されても怠いんだけど」
『「は?LINE交換したん?馬鹿じゃね?」』
「外ではアプリ開かないって言ったんだもん。別にLINEに載ってる情報なんて名前くらいだしいっかって」
『「救いようがねぇな、マジで。危機感がなさすぎる」』
「そういう界隈での常識とかわからないもん。交換するの普通なのかなってテンションだったわ」
馬鹿とか、救いようがないとか。
スルーしてるけど普通に嫌い。
楽しい話をしている時は最高に楽しいけど、なにかと否定してくる時は嫌い。
否定するのやめてとお願いしたこともあったけど、『事実だろ。』の一言で一蹴された。
正直怠い。
なんでこいつのために時間作って喋ってんだろってなる。
でも、これも経験ですし。
攻略法は得るだけ得ですし。
男は減点方式。女は加点方式。
異性に対する評価の仕方はどうやら異なるらしい。
どうやったら減点減らせるのか、試すはタダじゃないですか。
頭と心に燻る苛々を消し去って携帯を握る力を弱める。
ほら、私はいい子だから。
3秒経てば忘れられるでしょ?
「今度からは気をつけるわぁ」
枕に顔を埋めて少しシュンとした声を出せば相手も勘づく。
負けを認めた相手をオーバーキルする利はない。
『「まあ、そいつはヤバいだからはや関係切れ。しょうもない奴だから」』
声が少し甘くなる。
実際に会っていたら頭を撫でてくれそうな、柔らかい声。
そうやって強い言葉をあちこちに打つくせに私が攻撃すればすぐ傷つく。
まだまだバリアを張りたがりな幼いAさん。
かわいいけれど、男としては未熟なのよね。
通話をしながら他の人とのチャットを回す。
女の寿命は短いし。
チャットしかしないIさんは優しい。
可愛いねって、癒されるって何回でも褒めてくれる。
まあ、彼女持ちだから『すき』ってワードをくれなくて。
それが少しだけ物足りない。
Gさんは下ネタしか話さないけれど、年上ならではの余裕にくすぐられる。
可愛いねって、会いたいって少し強引に誘ってくれる。
ただ、夜にしかチャットの相手をしてくれない。
それが少しだけ胡散臭い。
気づけば3時。
承認欲求が満たされず、電子の世界をふらふらする。
Yさんは仕事が忙しいからって0時には寝る。
それ以降に私がどんな人とどんな話をしても邪魔することはない。
そのくせ電話するたびに「誰と話してた?」って聞いてくる。
「話してないよ」とか嘘が苦手なりに誤魔化しはしてるけど。
握ってると思ってるその手綱、実は緩まってるよ。とか。
指摘したらちゃんと握り直してくれるのかな。
ねぇね。ねぇね。
血管の透けた細い手首を見せれば欲情してくれる?
どんなに汚れた情でもいいから誰かに欲されたいと思うのは、やはり病気かしら。
素面で息をしているはずなのに、何故か胸が苦しいのよね。
*
ちんとんしゃん。ちんとんしゃん。
耳心地の良かった音色が段々耳に障ってくる。
『「誰と話してたの」』
「話してないよぉ」
『「なんで嘘吐くの」』
「嘘なんて吐いてないよぉ」
私がほしい言葉を一切くれなくなったYさん。
それを追及して何が楽しいの?
お互い欲しい言葉ばっか言って遊ぶのじゃダメ?
どうせ自分の都合のいい時しか通話しないくせに。
「今日さ。やっと通話できましたね。仕事落ち着いたんですか?」
『「今その話したくない。」』
思わず笑ってしまいそうになる。
私の質問の意図分かってますか。
あなたに私を責める権利とかあるんですか。
束縛するだけして放置とかちょっと都合良すぎません?
誰か別の人とも恋人ごっこしてるわけじゃないんですよ。
ただのアプリ仲間と話してるだけ。
お友達と話してるだけ。
ただ、正直に話せばあなたが機嫌を悪くするから言わないだけ。
『「なんかこのまま話してても面白くないから一回切るわ」』
「うん」
『「俺、普段は言わないけど。ずっとそういうことされると普通に嫌だし、もういっかってなるから。俺が怒る前に直してね」』
「…わかった」
うん。切ろ。めんどくさ。この関係おーしまい。
通話を切って間もなく、『私が悪いんだけど。この関係終わらせてほしい』と送った。
謝って謝って私が悪いと連呼して。
相手のプライドを傷つけないように申し出る。
以前Yさんが『今まで付き合った子に「私には勿体ない」って言われたんだよね。だから、付き合っても後悔はさせないよ』と言われたことがあった。
なるほどね、と。
歴代の彼女たちも彼の異様なプライドの高さに辟易としていたのだろう。
そして私と同じように、なるべく刺激を少なくして終わらせたのだと想像がつく。
差別は良くないと言いつつ他人を攻撃するような言葉を使い、やんわり指摘をすれば否定し。
おまけに私の家族や出身地まで軽く詰ったYさん。
私が仕事を始めれば仕事にまで口を出しそうだ。
それが正義であると言わんばかりに自分の生きやすい世界を物語るYさんは、素晴らしいほどに夢想家だった。
最後の最後にYさんは絵文字を添えて『今までありがとう』と返信してきた。
その絵文字はなんともポップで、あたかも今までの重たい性格が演技であったかのような間抜けな感じがした。
そう。
あえて勘を働かせるなら。
まるで他に女がいるような嫌悪感がした。
あーあ。思ったよりもくだらない。
少しでも本気にしてくれているんじゃないかとか、思っちゃった自分に呆れる。
だから言ったじゃない。
こんなん冗談だって。
携帯を投げて寝転んで。
空虚な世界を嘆いてみる。
本気にした方がバカを見るなら、恋愛とか真面目にできないわ。
なんて。
悲劇のヒロイン面をしてみるけど、一方的に関係を終わらせた私のがクズだ。
ふと携帯の画面が明るくなる。
どうも最近はこの灯りに敏感になってしまった。
そこに並べられた文字は『電話』の2文字。
淡白なそれはAさんのものだとすぐ分かる。
救われた、と。思ってしまった。
「ねぇ。会いたいんだけど」
気付いたらそんな言葉を吐いていた。
*
来週末。会う約束。
ドキドキする。
この感情を言葉にするのが面倒だと思うくらい。
心臓が体を疲れさせる。
「ねぇ、ユイ。そういえばこの前の話どうなったの?」
「え?」
「だから!この前のアプリの人の話!」
興味半分。心配半分。といったところか。
ミキの目の奥に棲む鋭い光を捉えながら、私は手に持つジュースへと視線を落とした。
「会うことになった」
「えっ?!」
「あの人じゃないよ」
「じゃあ誰??」
「別の人。同い年」
「なんで!ダメって言ったじゃん!絶対襲われるよ!」
「…。好きになったかもって言ったら許してくれる?」
「えぇ…?」
恋は免罪符だ。
あらゆる面に置いて。
たとえ相手がとても年上でも、年下でも、外国人でも、叶わないものだとしても。
人の恋情を否定することは、その人自身を否定することになるから。できない。
知っている。
だって恋とはどうしようもないものだって、経験者は語るから。
だからとてもいい友人であるあなたはそんな切ない顔をしてくれるんだよね。
「1回ね、会おうと思うの。違ったら違ったでいいんだけど。気持ちにけじめをつけたいの。これが終わったらアプリもやめるから」
嘘。いや、1つは嘘。
1回会ったらアプリをやめるのは本当。
でも好きになったっていうのは嘘。
うん。嘘。
嫌いな相手ではない。
だから。
“はじめて“を終わらせてくれたらラッキーだなって、思ってる。
『24まで未経験だと人格に問題があるのかと思って警戒する』と言った張本人。
私はそれに『だから早く経験したい』と答えた。
意味はわかるだろう。
「…。危なかったらちゃんと逃げるんだよ?」
ミキは難しい顔をしてそう言った。
そこにはもう、興味の色はない。
私は曖昧に笑った。
こんなキレイな子の側にいると思うと、少しだけ息苦しかった。
*
人の愛し方。
*
ひとつ。
*
ふたつ。
*
みっつ。
*
それはきっと間違いだった。
*
「んじゃ。行くか」
「…うん」
Aさんは学生らしい見た目をしていた。
ふつうに。ふつう。
攻撃的だった電話とは裏腹に目元は優しく、「思ったよりかわいいじゃん」とか言ってくれた。
ふつうに愛でてくれた。
ふつうに愛してくれた。
でも。
『「楽しかったわ。また遊ぼうな」』
「うん」
『「てかさ、お前ん家遠いんだな。わざわざ来てくれてありがと」』
「そんな遠くないよ」
『「いや、遠いだろ。会うの大変だし。やっぱ遠距離は続かないってのはマジなんだな。お前も遠い奴とは繋がんなよ?」』
「…うん」
『「俺も近場で彼女作れるよう頑張るわ」』
「うん。がんばって」
そうね。そうよ。
期待なんてしてなかったじゃない。
嘘でしょ。恋とか。
そう言ってたじゃない。
…決めてたでしょ。
私たちは“おともだち“だった。
自分でもそうなるつもりだった。
1回会って終わり。
そのつもりだった。
だってネットで知り合うとか信頼もないし。
今回お金取られなかっただけマシ。
年齢の偽りも、暴力を振るわれることもなかった。
理想的な“はじめて“の喪失。
だって私は、恋愛なんて怠いと思ってたから。
他人との結びつきなんて嫌いだったから。
そうだ。
この痛みは苛立ちのせいだ。
私は彼女に選ばれなかった。
私に魅力が足りなかったから。
価値観が合わなかった?
粗相をした?
足りない。私にはまだまだ足りない。
否定された気分だ。
誰なら、肯定してくれる?
チャットアプリを開いた。
私を知らない人がまだこんなにいる。
この中にきっと、私を肯定してくれる人がいるはず。
『はじめまして!アイコンが格好良くて、つい声かけちゃいました…』
私が愛でてあげれば。
その分返してくれるかしら。




