不安を緩和させる薬。1年服用。途中経過。
薬を飲み始めてそろそろ1年になる。
飲み始めの頃はあんなにも心が軽やかだったのに、悲しきかな、今はまた綱渡りを始めた。
憂鬱だ。憂鬱だ。
毎日意味のない選択を繰り返す。
車のスピードを上げる。あげない。
ハンドルを思い切りきる。きらない。
鏡を叩き壊す。壊さない。
毎日アラームが鳴る2分前に目を覚ます。
私は重い体を動かしてアラームを止め、布団の中で蹲り指を組む。
そうして15分悩む。
仕事に行く。行かない。
仕事を休む。休まない。
仕事を辞める。辞めない。
15分、長くて20分かけて自分を黙らせ布団から這い出る。
一度這い出れば体は動く。
やれ関節が痛いだの、やれ首が痛いだの。
何が原因かも分からない痛みなど耐えれば済む話。
問題は仕事場に着く直前、左に曲がらなければいけない十字路で誤って直進しないよう注意すればいいだけ。
そうすれば仕事には行ける。
薬が足りない。圧倒的に。
思えば、こんなちいちゃな薬一粒で私の体がどうこうなるとも思えない。
けれど、一度1日2粒に変えてもらったらひどい腹痛と下痢に悩まされた。
だから先生に止められて1粒で耐えている。
いや。でも。
こんな小さな物質1つで本当に体は騙せるのだろうか。
しかし疑っても意味はない。
増やしたところで信じなければ意味はない。
病は気から。効果も変わらん。
そうしなければ仕事に行けない。
ああ、誰かに背を押されたら何もかもを捨ててしまえそうなのに。
鬱病を治した人のエッセイの中にとある心理学者の論文が提示されていた。
自分を傷つけているのは過去の出来事ではなく、今の自分だと。
要約すればそんな感じで、要は今の自分の気持ちに寄り添い応えることで憂鬱な気持ちは変わっていくのだと。
たしかに。そうかもしれない。
けれど、根がネガティブなせいで私はより落ちていく。
それが本当ならば、今の自分に寄り添うための努力をしない自分が悪いのでは?
憂鬱な気持ちを改善できない自分が悪いのでは?
でも、そんな余裕はない。
なら、そもそも余裕を作ることのできない自分が悪いのでは。
このコロナ禍で仕事は激務化している。
休日は休日ではなく、いつ誰かの代わりに現場に入らなくてはいけないのか分からない。
趣味に手がつけられない。
眠たいのに眠れない。
苛々が募れば口や手が出そうになる。
一瞬でも気を許せば相手を殴ってしまいそうなほど衝動的になっている。
つい大きな声を出した後に謝って、勝手に泣きそうになる。
セルトラリン服用の途中経過。
人には落ち込む時期がある。
その時期を把握していれば、その時にだけ薬を増やす手段もある。
私は冬が、身内を亡ったこの時期が1番苦手なのかもしれない。




