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「俺のことは何て言ってもいい。けど、あの人のことは悪く言うな」的な台詞、沸点おかしいなって思ってた。

「俺のことは何て言ってもいい。けど、あの人のことは悪く言うな」的な台詞が昔は理解できなかった。




 義理深いだとか人情味があるだとか、そんな感想よりも先に「沸点おかしいのかなぁ」という疑問を抱いた。

 自分のことを悪く言われても受け流せたのだから、他の人のことを言われても受け流しなよ。そんで、あとでめちゃめちゃ鍛えてからボコボコにするとかの方が勝率も上がるのでは?と。


 だって、大抵そういう場面では主人公よりも相手の方が強いのだから。


 もちろん展開的に重要な要素であることも、キャラクターの背景作りとかであることも分かるのだけれど、そういう場面を観るとどうも萎えてしまうのだった。




 それが最近、妙に納得できるようになってしまった。

 きっかけは妹だった。




 ある日、仕事から帰ると妹の泣き声と祖母の怒った声が聞こえた。


「お母さんは悪くないの!私が悪いの!」

「アンタじゃなくて躾をしない親が悪いんですよ!」


 祖母はほぼ毎日なにかしらで怒る。

 仕事帰りの説教は面倒だから運が悪いなぁと思いながら話に加わると、どうも台所が汚いという話から発展したらしい。


「こんなに物が散らかってて何とも思わらないなんて信じられない。全部親の教育のせいだ」

「違うの!私が悪いの!だから、今度から気をつけるからごめんなさい!」

「またそうやって親をかばって!私を悪者にする!」

「だからそういう意味じゃないってばぁ!」


 と、もう阿鼻叫喚。

 元はと言えば祖母が悪い。

 何故なら台所に物を置いて汚しているのは祖母だし、それをこちらが片付けると何故か怒り出す。

 買った物、作った物、料理後に洗わなかった物など様々だが、全て祖母のもので、それらを私たちが勝手に捨てたり片したりすると「必要なものだった!」「どこにあるか分からなくなった!」と怒り出す。

 だから定期的に隠しながら捨てるのだが、今回はその捨てきれなかったものが目に入ったらしい。


「ああ、ごめんね。昨日私がおばあちゃまに確認とってから片付けようと思ったんだけど、おばあちゃまがもう寝てたからやめたの。朝やればよかったね」


 私がフォローに入れば妹が途端に声を上げて泣き出す。

 普段は何を言われても右から左に流す妹が、最近母親のことを悪く言われるとすごい勢いで反抗する。


 理由は簡単。

 お母さんが私たち子どものために死ぬ気で働いているから。

 体を壊しても精神を壊しても、学校に行かせないといけないからと死ぬ気で働くお母さんを見ているから「それ以上お母さんを責めないで」という気持ちが衝動的に現れる。


 その“死ぬ気で働く“という意味を幼い頃は理解できなかったが、今はその重さがよく分かる。

 そして、その努力を否定されることの残酷さを痛いほど知っている。


 それは人を殺す行為だ。


 お母さんの努力を認められるのは私たち子どもしかいない。

 お母さんを守ることができるのは私しかいない。


 だから精一杯の抵抗をしてせめてお母さんは守ろうと足掻く。


 わかる。

 その気持ちはすごく分かる。

 けれど、本当はおばあちゃまに反抗しちゃいけない。

 何故なら私たちは中立の立場でいなくちゃいけないんだから。


 祖母は祖母で、働きにでる母の代わりに幼い私たちの世話をしてくれた。

 決して責めていい相手ではない。


「それとそれは今日の晩ご飯で出そうと思って台所に置いておいたの。そっちのはまた明日かな」


 妹が母をかばうから、私は祖母の気持ちに寄り添う。

 そうすれば自然と祖母が落ち着きだし、自分の主張を理性的にしてくる。


 働きづくめのお母さんは朝も夜も仕事でいない。

 だから、私が代わりに台所の当番をしている。

 それでも妹が私のせいにしなかったのは、きっと私を護りたい気持ちもあったのだろう。

 彼女にとって唯一の敵は今のところ祖母のみだ。


 実のところ、私が祖母と一緒に居られるのはほんの少しの恩と大半を占める情のおかげだ。

 できることなら常日頃母を責めて追い込んで「死ねるのなら死にたい」と言わせた元凶を引き離したい。

 それをしないのは、まあ、強いていうのなら祖母も家族の1人であるから。

 きっと無理に引き剥がすのは人としていけないことなのだろう。




「俺のことは何て言ってもいい。けど、あの人のことは悪く言うな」という台詞はきっと理屈では説明できない。

 抑えきれない怒りが露わになっただけ。

 たとえば大切にしていたデータを消されてしまった時のものと変わらない。

 けれど、“あの人“への攻撃を自分にされたものと同等に認識しているわけではないのだから少し難しい。

 ただただ守りたいだけなのかもしれない。




 今、誰かがお母さんのことを悪く言ったとして。

 きっと私は「私のことはなんて言ってもいいけど、お母さんのことは悪く言わないでください」と返すだろう。

 この胸の内でふつふつと沸く怒りは決して相手に勘付かれてはいけない。

 何故ならその怒りはあまりにも個人的で相手には理解し難く、ある種我儘なものであるのだから。

 背景を知らない相手に強要してはいけないもの。


 だからこうして文字におこし、1つの呪いをかけるだけで留めておくのだ。

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