9:認識のズレ
南天極の古蛇
フェヴァは、左や右の流れる振動に身を任せるように目を瞑っている。
生体繊維で編み込まれた黒い軽装コンバットスーツは、揺れに反応するかのようにわずかにしなる。
エンジンの振動で、胸部・背部・前腕・脛についている深緑の薄い防刃パネルと、静音加工された金具入りブーツが震えていた。
本日の特殊任務はクリーチャー討伐。国外のため軍用輸送ヘリで現場に向かっている。
熱帯雨林に潜む中級個体と説明を受け資料も渡されたが、肝心のクリーチャーの正体は不明と書かれている。
鬱蒼と茂る木々に阻まれ目視できないのか、情報提示を渋っているだけかは、行ってみないと分からない。
ウラブイルは比較的、遍七刻に友好的であるが、態を詳しく表記するつもりはなかったらしい。あまねの軍人をレンタルする
フェヴァは小さくため息をついて、前を見つめる。
「おおおおおおおおお!」
段ボール箱に頭だけ出したコォラが、歓声を上げながら左右に滑っていた。
上からガムテープでぐるぐる巻きにされている姿は、コミカルを通り越して不気味であった。
フェヴァは面倒臭そうにジト目になる。
何を隠そう、コォラをこの状態にしたのはフェヴァである。
搭乗直前で行きたくないと駄々をこね始めたので、そこらへんに置いてあった一二〇リットルのゴミ袋に入れ、段ボール箱に詰めて封をし、そのまま機内に積み込んだ。
本来なら止められる行動であるが、コォラを知っている者からすれば当然の処置として捉えられ、無視された。
そもそもこのヘリに搭乗するのは二名だけ。誰にも迷惑はかけない。
(……まぁ固定くらいはしとくかな)
壁に設置されている折り畳み式の金属フレームの椅子を開いて箱を置き、ベルトで固定した。
そして対面にある折り畳み椅子を開いて座ると、自身もしっかりとベルトで固定。
そのうち出てくるだろうと考えて目を瞑る。
到着した際の動きを頭の中でイメージしている途中で、コォラの歓声が聞こえて目を開けた。
箱から抜け出していると思いきや、顔だけ出して滑っている。
(……ベルト抜けたんだから体出せるんだろ。なんで入ったままなんだよ)
そうツッコミしたいが、話しかけたら絡んでくるため、フェヴァは耐える。
「滑る滑るー! こりゃ乱気流だな!」
機体全体から鳴るエンジンの響きが、耳よりも先にフェヴァの体に届く。
隙間風から冷気が入り込んでキャビンの温度が下がっており、吐く息が白かった。
(大きく揺れてる……)
「いえーい。フェヴァー。見てるぅ?」
フェヴァは顔ごと目を逸らした。
「なんと今からー、俺がどうしてこんな目に遭っているのか、フェヴァにインタビューしようと思うぜー。なぁ、どうしてだー?」
ズザー、ズザーと波に揺れるように、時折小さくジャンプしながら、コォラはフェヴァにじりじりと近づいた。
機体が左に大きく揺れた瞬間、にたにた笑った生首みたいなコォラが物凄いスピードで遠ざかり、反対側の金属椅子に激突する。
それを見てフェヴァはふっと失笑し、指先だけ露出している手袋をつけたまま、口元を隠す。
「コォラ、そろそろ悪ふざけは止せ」
「お前がやったんだろー!」
コォラが再び箱を左右に揺らしてフェヴァに近づこうと試みた。
今度は右に大きく揺れてコォラが急接近すると、フェヴァは左足を前に出して箱を受け止める。
「このままゴミ捨て場……空に投げ落としたいに衝動が沸いてくる……なぁに冗談だ」
「本気なくせにー」
コォラがケラケラと笑う。その姿に苛立ち、フェヴァの目が鋭くなった。
「空に投げ捨ててほしいか?」
「フェヴァの胸の中が良いな」
「俺は拾わない」
ごぅん、という音と共に、浮遊感がやってきた。
「着いたかなぁー」
コォラは両手を万歳してビニールと段ボール箱を破壊しながら立ち上がる。
足を退けると、壊れた段ボール箱が左右に流れて壁に激突する。
「はぁー寒い」
コォラも黒い生体繊維で作られている軽装コンバットスーツに、静音加工された金具入りブーツを履いている。
体をほぐすように軽く運動をすると、腰ベルトにつけているバックパックが重そうに揺れた。
「キシシ。案外箱の中は暖かかったな」
「理解できん」
フェヴァが呆れたように呟くと、
『着陸する。ベルトに体を固定しとけ』
機長からアナウンスが流れた。
この軍事輸送ヘリは最新版あまね軍事用人工知能【アーティ】を搭載しながらも、人間が操縦している。
アーティは正確な操作をするが、戦場へ向かう時は人間の経験が必要になることが多かった。そのため、重要任務を行う軍人の輸送には必ず人間が操縦している。
「お、着くか」
コォラがスピーカーを見上げると、機体が強く揺れる。
「お……おお?」
突然浮力が発生し、コォラが一メートルほど浮遊した。手足をばたつかせながらバランスを取る。
フェヴァはそれをぬるい目で見ていた。
「こら! 言ってすぐ実行するなって! まだ俺座ってねぇし!」
するとスピーカーの外壁がピカピカと光り、機械音が流れた。
『すわらねぇ方がわるい! 言ってから実行するの、当たり前、ばーかばーか』
聞いた瞬間、フェヴァは緊張感を失くし、椅子にだらんともたれた。
(……人格を改良しているのか、魔改造しているのか分からないな)
軍事用人工知能【アーティ】
この人工知能は常に試験運用中であった。
初期は丁寧な言葉遣いであったが、自分勝手な上司や教師のようだと、軍人たちから反論や反発を受けた。
それならば、と女性オペレーターのような人格にすると、アイドルに祭り上げられ、果ては恋人にする阿呆な輩も出てきたため中止。
開発者は、軍人たちが大人しく指示を聞く人格を模索しているため、頻繁に人格が変わっていた。
(これがもし人間なら、頭狂っていると言われるだろうな)
だが人格破綻でも性能は抜群だ。人間の判断ミスを防ぐためのサポートとして活用されている。
今も逐一、機内に異常がないかチェックしている最中、キャビンを飛んでいたコォラを不審に思い、声をかけたようである。
コォラは適当な出っ張りを掴み、左右に揺れながら肩をすくめた。
「普通はこんなGかかんねぇだろ。急降下でもしてんのか?」
『機長がノリノリでくるくるしてるんだぜ! 落ちないから安心しろ』
「駄目だろうやめさせろ!」
危険操作のため、フェヴァが怒鳴った。
『それは無理。ひさびさのフライトでうっきうきなのさ。鼻歌をきかせられないのが残念無念』
「まさか着陸まで直進と回旋を続けるのか? 馬鹿だなぁ。落とす気満々だろ」
コォラがケラケラと笑うと、【アーティ】が『だよね』と同意する。
(まあ、正常に動いているから大丈夫だろう)
機長が操作ミスしても【アーティ】がすぐに修正し、適切に飛行するため、フェヴァも焦ることはなかった。
だが堕ちないと分かっていても、壊滅的な乗り心地だけは許せない。
心なしか、寒さが強くなったと感じて、フェヴァは苦々しく毒づいた。
「この飛行は悪ふざけが過ぎる」
『コォラ。そろそろ席に座りベルトをつけた方がいい。機長が角度をつけて着陸したいと言ってる』
「はあ!?」
コォラが答える前に、フェヴァが批判の声を挙げる。
「角度って……遊びじゃないんだぞ!?」
彼の脳裏には、子供が飛行機の模型を動かして着陸するような、雑な操作で事故る光景が浮かんだ。
『そうそう。恐怖の墜落体験できるね。ラッキー』
どこまでも明るい【アーティ】に、フェヴァは重い溜息を吐いて、頭を前に傾けた。
(軽すぎる。これはクレーム入れたい)
墜落するような飛行だが、コォラもフェヴァも全く慌てていない。
【アーティ】が正常に作動しているなら、どんな危険運転でも生きて地に足をつけられる。
危険の可能性があるとすれば、コォラだ。誰もが予想できない形で大惨事を引き起こすことがある。
(結局、無事に着陸するかは、コォラ次第か……面倒だな)
フェヴァが何度か目になるため息を吐いたところで、コォラが軽くジャンプして衝撃に身を任せる。機体をトランポリン様に扱い、右へ左へと移動している。
「えー! もう駄目!? これ楽しいのにー」
「いや早く座れ」
フェヴァが見据えると、コォラはきらりと目を輝かせた。そして斜め四十五度の角度に傾け男性モデルのポーズをとる。
「……何をやっている」
苦々しいものを吐き出すように、フェヴァが呼びかける。
「もし間に合わなかったら、俺の悲惨な表情を目に焼き付けてもらおうと思ってな」
「新手の嫌がらせか。いいから、早く座って、ベルトつけろ」
『あと十秒、九秒』
【アーティ】からカウントダウンが突然始まる。
コォラは「ちぇ」と唇を尖らせてから、全身を伸ばしながら出っ張りに足を引っかけ、するりと椅子に座りベルトをつけた。
その瞬間、軍用ヘリとは思えない重力が発生する。
確実に、鋭い角度で滑走路を目指していることが分かった。
(……大丈夫だと思うが、大丈夫なのだろうか。任務が終わったらやることが沢山ある)
フェヴァは機長にクレームをつけるか殴るか、どちらがいいか考える。
「っと」
数十秒で重力が軽くなり、水平に戻った。
エンジン音がゆっくりと小さくなっていく。
無事に到着したと感じたフェヴァだが、奇妙な違和感を覚える。
(……まだ寒い? 外から強風の音がするし、何かが当たっているような音も)
フェヴァは怪訝そうに眉をひそめながらベルトを外すと、【アーティ】が声をかける。
『南極に到着! さあ現場へ急行せよー!』
読んで頂き有難うございました。
次回は7/11更新です。
物語が好みでしたら☆応援して頂けると嬉しいです。




