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軍人は戦場レンタルされる  作者: 森羅秋
南天極の古蛇
9/30

9:認識のズレ

南天極の古蛇なんてんきょくのこじゃ

 フェヴァは、左や右の流れる振動に身を任せるように目を瞑っている。


 生体繊維で編み込まれた黒い軽装コンバットスーツは、揺れに反応するかのようにわずかにしなる。

 エンジンの振動で、胸部・背部・前腕・脛についている深緑の薄い防刃パネルと、静音加工された金具入りブーツが震えていた。


 本日の特殊任務はクリーチャー討伐。国外のため軍用輸送ヘリで現場に向かっている。

 熱帯雨林に潜む中級個体と説明を受け資料も渡されたが、肝心のクリーチャーの正体は不明と書かれている。


 鬱蒼と茂る木々に阻まれ目視できないのか、情報提示を渋っているだけかは、行ってみないと分からない。


 ウラブイルは比較的、遍七刻に友好的であるが、態を詳しく表記するつもりはなかったらしい。あまねの軍人をレンタルする


 フェヴァは小さくため息をついて、前を見つめる。


「おおおおおおおおお!」


 段ボール箱に頭だけ出したコォラが、歓声を上げながら左右に滑っていた。


 上からガムテープでぐるぐる巻きにされている姿は、コミカルを通り越して不気味であった。


 フェヴァは面倒臭そうにジト目になる。


 何を隠そう、コォラをこの状態にしたのはフェヴァである。

 搭乗直前で行きたくないと駄々をこね始めたので、そこらへんに置いてあった一二〇リットルのゴミ袋に入れ、段ボール箱に詰めて封をし、そのまま機内に積み込んだ。


 本来なら止められる行動であるが、コォラを知っている者からすれば当然の処置として捉えられ、無視された。


 そもそもこのヘリに搭乗するのは二名だけ。誰にも迷惑はかけない。


(……まぁ固定くらいはしとくかな)


 壁に設置されている折り畳み式の金属フレームの椅子を開いて箱を置き、ベルトで固定した。


 そして対面にある折り畳み椅子を開いて座ると、自身もしっかりとベルトで固定。

 そのうち出てくるだろうと考えて目を瞑る。


 到着した際の動きを頭の中でイメージしている途中で、コォラの歓声が聞こえて目を開けた。

 箱から抜け出していると思いきや、顔だけ出して滑っている。


(……ベルト抜けたんだから体出せるんだろ。なんで入ったままなんだよ)


 そうツッコミしたいが、話しかけたら絡んでくるため、フェヴァは耐える。


「滑る滑るー! こりゃ乱気流だな!」


 機体全体から鳴るエンジンの響きが、耳よりも先にフェヴァの体に届く。


 隙間風から冷気が入り込んでキャビンの温度が下がっており、吐く息が白かった。


(大きく揺れてる……)


「いえーい。フェヴァー。見てるぅ?」


 フェヴァは顔ごと目を逸らした。


「なんと今からー、俺がどうしてこんな目に遭っているのか、フェヴァにインタビューしようと思うぜー。なぁ、どうしてだー?」


 ズザー、ズザーと波に揺れるように、時折小さくジャンプしながら、コォラはフェヴァにじりじりと近づいた。


 機体が左に大きく揺れた瞬間、にたにた笑った生首みたいなコォラが物凄いスピードで遠ざかり、反対側の金属椅子に激突する。


 それを見てフェヴァはふっと失笑し、指先だけ露出している手袋をつけたまま、口元を隠す。


「コォラ、そろそろ悪ふざけは止せ」


「お前がやったんだろー!」


 コォラが再び箱を左右に揺らしてフェヴァに近づこうと試みた。


 今度は右に大きく揺れてコォラが急接近すると、フェヴァは左足を前に出して箱を受け止める。


「このままゴミ捨て場……空に投げ落としたいに衝動が沸いてくる……なぁに冗談だ」


「本気なくせにー」


 コォラがケラケラと笑う。その姿に苛立ち、フェヴァの目が鋭くなった。


「空に投げ捨ててほしいか?」


「フェヴァの胸の中が良いな」


「俺は拾わない」


 ごぅん、という音と共に、浮遊感がやってきた。


「着いたかなぁー」


 コォラは両手を万歳してビニールと段ボール箱を破壊しながら立ち上がる。


 足を退けると、壊れた段ボール箱が左右に流れて壁に激突する。


「はぁー寒い」


 コォラも黒い生体繊維で作られている軽装コンバットスーツに、静音加工された金具入りブーツを履いている。

 体をほぐすように軽く運動をすると、腰ベルトにつけているバックパックが重そうに揺れた。


「キシシ。案外箱の中は暖かかったな」


「理解できん」


 フェヴァが呆れたように呟くと、


『着陸する。ベルトに体を固定しとけ』


 機長からアナウンスが流れた。


 この軍事輸送ヘリは最新版あまね軍事用人工知能【アーティ】を搭載しながらも、人間が操縦している。


 アーティは正確な操作をするが、戦場へ向かう時は人間の経験が必要になることが多かった。そのため、重要任務を行う軍人の輸送には必ず人間が操縦している。


「お、着くか」


 コォラがスピーカーを見上げると、機体が強く揺れる。


「お……おお?」


 突然浮力が発生し、コォラが一メートルほど浮遊した。手足をばたつかせながらバランスを取る。


 フェヴァはそれをぬるい目で見ていた。


「こら! 言ってすぐ実行するなって! まだ俺座ってねぇし!」


 するとスピーカーの外壁がピカピカと光り、機械音が流れた。


『すわらねぇ方がわるい! 言ってから実行するの、当たり前、ばーかばーか』


 聞いた瞬間、フェヴァは緊張感を失くし、椅子にだらんともたれた。


(……人格を改良しているのか、魔改造しているのか分からないな)


 軍事用人工知能【アーティ】

 この人工知能は常に試験運用中であった。


 初期は丁寧な言葉遣いであったが、自分勝手な上司や教師のようだと、軍人たちから反論や反発を受けた。


 それならば、と女性オペレーターのような人格にすると、アイドルに祭り上げられ、果ては恋人にする阿呆な輩も出てきたため中止。


 開発者は、軍人たちが大人しく指示を聞く人格を模索しているため、頻繁に人格が変わっていた。


(これがもし人間なら、頭狂っていると言われるだろうな)


 だが人格破綻でも性能は抜群だ。人間の判断ミスを防ぐためのサポートとして活用されている。


 今も逐一、機内に異常がないかチェックしている最中、キャビンを飛んでいたコォラを不審に思い、声をかけたようである。


 コォラは適当な出っ張りを掴み、左右に揺れながら肩をすくめた。


「普通はこんなGかかんねぇだろ。急降下でもしてんのか?」


『機長がノリノリでくるくるしてるんだぜ! 落ちないから安心しろ』


「駄目だろうやめさせろ!」


 危険操作のため、フェヴァが怒鳴った。


『それは無理。ひさびさのフライトでうっきうきなのさ。鼻歌をきかせられないのが残念無念』


「まさか着陸まで直進と回旋を続けるのか? 馬鹿だなぁ。落とす気満々だろ」


 コォラがケラケラと笑うと、【アーティ】が『だよね』と同意する。


(まあ、正常に動いているから大丈夫だろう)


 機長が操作ミスしても【アーティ】がすぐに修正し、適切に飛行するため、フェヴァも焦ることはなかった。


 だが堕ちないと分かっていても、壊滅的な乗り心地だけは許せない。

 心なしか、寒さが強くなったと感じて、フェヴァは苦々しく毒づいた。


「この飛行は悪ふざけが過ぎる」


『コォラ。そろそろ席に座りベルトをつけた方がいい。機長が角度をつけて着陸したいと言ってる』


「はあ!?」


 コォラが答える前に、フェヴァが批判の声を挙げる。


「角度って……遊びじゃないんだぞ!?」


 彼の脳裏には、子供が飛行機の模型を動かして着陸するような、雑な操作で事故る光景が浮かんだ。


『そうそう。恐怖の墜落体験できるね。ラッキー』


 どこまでも明るい【アーティ】に、フェヴァは重い溜息を吐いて、頭を前に傾けた。


(軽すぎる。これはクレーム入れたい)


 墜落するような飛行だが、コォラもフェヴァも全く慌てていない。


 【アーティ】が正常に作動しているなら、どんな危険運転でも生きて地に足をつけられる。


 危険の可能性があるとすれば、コォラだ。誰もが予想できない形で大惨事を引き起こすことがある。


(結局、無事に着陸するかは、コォラ次第か……面倒だな)


 フェヴァが何度か目になるため息を吐いたところで、コォラが軽くジャンプして衝撃に身を任せる。機体をトランポリン様に扱い、右へ左へと移動している。


「えー! もう駄目!? これ楽しいのにー」


「いや早く座れ」


 フェヴァが見据えると、コォラはきらりと目を輝かせた。そして斜め四十五度の角度に傾け男性モデルのポーズをとる。


「……何をやっている」


 苦々しいものを吐き出すように、フェヴァが呼びかける。


「もし間に合わなかったら、俺の悲惨な表情を目に焼き付けてもらおうと思ってな」


「新手の嫌がらせか。いいから、早く座って、ベルトつけろ」


『あと十秒、九秒』


 【アーティ】からカウントダウンが突然始まる。


 コォラは「ちぇ」と唇を尖らせてから、全身を伸ばしながら出っ張りに足を引っかけ、するりと椅子に座りベルトをつけた。


 その瞬間、軍用ヘリとは思えない重力が発生する。


 確実に、鋭い角度で滑走路を目指していることが分かった。


(……大丈夫だと思うが、大丈夫なのだろうか。任務が終わったらやることが沢山ある)


 フェヴァは機長にクレームをつけるか殴るか、どちらがいいか考える。


「っと」


 数十秒で重力が軽くなり、水平に戻った。

 エンジン音がゆっくりと小さくなっていく。


 無事に到着したと感じたフェヴァだが、奇妙な違和感を覚える。


(……まだ寒い? 外から強風の音がするし、何かが当たっているような音も)


 フェヴァは怪訝そうに眉をひそめながらベルトを外すと、【アーティ】が声をかける。


『南極に到着! さあ現場へ急行せよー!』



読んで頂き有難うございました。

次回は7/11更新です。

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