8:帰省と昔話②
コォラは頭の上で腕を組み、背伸びをする。
「俺に故郷はねぇから、ここで過ごす」
エンプが驚いたように瞬きをすると、コォラはニヤリと笑った。
「俺の出生、謎。孤児だから親はねぇんだ。何か手掛かりあるかな~と思って、国に勤めてるんだが、未だに収穫ゼロ」
「え!?」
「だから帰りたくても帰れねぇ。まあ、フェヴァで遊ぶからいいんだけどな。はっはっは」
心の底から爆笑するコォラをみて、エンプの表情が強張る。余計な事を聞いてしまったと後悔がやってきて、深く頭を下げた。
「すみません! 余計なことを聞いてしまって! 知らなかったこととはいえ大変失礼しました!」
コォラは「別にいいって」と言いながら、頭を上げるように指示する。エンプが頭を上げると、コォラはフェヴァを示した。
「ちなみに、フェヴァの故郷はクリーチャーに襲われて全滅してさ。こいつの実家、大富豪だったんだけど。町ごと跡形もない状態だ」
エンプが「まさか」と引きつった音を出す。
無神経な質問をしてしまったと頭を抱えながら、ゆっくりとフェヴァを見る。
フェヴァは酷く呆れたような目をコォラに向けていたが、エンプがこちらを向いたので、目を合わす。
「ああ、親も兄弟も祖母も使用人も、屋敷に居た者は全て死んだ。……いや、俺が生き残ったという表現でもいいかもしれない」
静かな言葉を聞いて、コォラが一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべるも、すぐに笑顔に戻って茶化した。
「俺が食っちまったしなー」
フェヴァがジト目になり「阿呆か」と吐き捨てた。
エンプは狼狽しながらコォラとフェヴァを交互に見る。
クリーチャーによって町一つ壊滅し、親兄弟、恋人、子供と死に別れたという話はよく耳にする。
だが、実際に被害に遭った人達から話を聞いたとしても、かける言葉が思い浮かばなかった。そのため、謝ってしまう。
「じ、自分は、とんでもない質問を。申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げたエンプを見て、コォラとフェヴァは苦笑した。
「なぁに言ってんだよ。俺らが勝手に話しただけ。お前が謝る必要ねぇって」
「コォラの言う通りだ。それにエンプ以外は全員知っている」
「そうなのですか?」
エンプが顔を上げると、フェヴァが頷いた。
「この隊に入ってくる奴は、どこの出身なのか知りたがる奴らが多い」
「キシシ、土産目当てなのかもしれねーけどな」
コォラが茶化すと、エンプが「ふふふ」と笑って表情を緩めた。
「では、隊長たちの分もお土産買ってきますね」
「楽しみにしてるぜ」
「気を付けて帰れよ」
「はい! 行ってきます」
エンプは敬礼してから、事務室から出て行った。
ドアが閉まってから、フェヴァがため息をつきながら、乱暴に頭を掻く。
話さなくていい内容まで喋ってしまい、少しだけ自己嫌悪になった。
「はあ。休暇届を書くだけのつもりが、また喋ってしまった」
「あいつ試験管ベイビーだろ。里親からたっぷりの愛情を受けてるから、好奇心丸出しなんだろうよ」
コォラがニタニタ笑っているので、フェヴァは更に心労が増えた。話が長くなったのは彼の存在も一枚噛んでいるが、今更注意したところで反省の色すら見せないだろう。
「まぁいい。俺は業務に戻るから、邪魔すんなよ」
フェヴァは再びデスクに戻り、書類の上でペンを滑らせる。
コォラはやや間を置いてから立ち上がり、フェヴァの後ろに移動する。両手を肩に添えて、フェヴァの背中に覆いかぶさるように、書類を覗き込んだ。
肩にずっしりと重みがかかり、フェヴァの書く手が止まる。
「邪魔だ」
「冷たいのー。手伝いをしようと思ったのに」
わざと体重をかけると、重みに耐えきれず、フェヴァの上半身が机に傾く。
「これは、もともと、お前の仕事だろうが! 邪魔するなって言ったよな!?」
「邪魔してないぜー」
「お前が乗っかかるから、用紙に書けないし、読めないんだが?」
コォラは少し考えて、「はいはい」とフェヴァから一歩距離をとった。
フェヴァは体を起こしてから、首の後ろを手で擦る。
そしてコォラを一瞥した。
過剰なスキンシップの時は大抵、不安なことを誤魔化していることが多い。
念のため、確認する。
「俺に何か言いたいことあるのか?」
コォラが目を伏せて、落ち込んだような表情を浮かべる。
「……いや。言いたいこと、というか」
「なんだ?」
フェヴァがジト目で促すと、コォラは顔を背ける。普段の軽さが嘘のように影が落ちた。
「あの時……俺が一人で動いたからお前の家族が犠牲になって。あの町も地図から消えてしまうことになって。俺の判断、間違っていたから」
フェヴァは無言で、コォラの左頬を殴った。
「固っ!」
フェヴァは殴った手を痛そうに振った。他の軍人なら吹っ飛ぶ威力を叩きつけたが、コォラは微動だにしない。ダメージがないのかと一瞬思ったが、左頬が赤くやや腫れているので、攻撃は通ったようだ。
「また面の皮が硬くなってやがる。やっぱ素手で殴るのはそろそろ限界か」
「……ごめん」
「なにが?」
「俺が……家族を」
フェヴァが大きな舌打ちをする。
「毎年毎年、この時期になったら飽きずに同じセリフを言いやがって。いい加減にしろ」
「……うん」
フェヴァはため息をついて、コォラの腫れた頬を触る。
「俺が何時までも過去に囚われていると思っているのか? 家族が目の前で殺されたのは、お前のせいだ。それは間違っていない。だが、そうなった過程を俺は見ている。他人の思惑が不幸を招いて、それに巻き込まれただけだ。お前も、俺も」
コォラは苦しそうに見つめるだけで何も言わない。感情を必死で抑えているのか、握りしめた拳が震えている。
フェヴァは一呼吸置いて、手を離した。
「だから、もういいんだ。気にすることなんて何一つない」
噓ではない。もう終わったことだと、心の底から思っている。
だがコォラは、まだ過去の踏ん切りがついていない。ふとしたことで後悔に苛まれて、先ほどのようにほじくり返す。
去年も一昨年も、裁きを待つコォラの心を折るために、フェヴァは殴る。
(あの時、俺が憎む相手は『全員』だった。お前も俺自身も憎む相手だ。だから意味がない。もういいから。早く戻れよ)
そう心で叫んでから、フェヴァは何事もなかったかのように椅子に座り、業務を始める。
コォラは殴られた頬に手を添えると、にやり、と笑みを浮かべた。
「あーあ、痛ってーの。フェヴァひでぇや」
「知るかボケ」
フェヴァは息をするように毒づいた。それを聞いて、コォラは嬉しそうに笑う。
「なぁフェヴァ。俺のこと好き?」
「重石を体に巻き付けてドブ池に叩き落としたいと思うほど嫌いだ!」
「あっはっは。そりゃキツイ。フェヴァの愛は重いなぁ」
コォラは腹を抱えて笑ったあと、フェヴァの背中を愛おしそうに見つめる。
「お前の愛は俺が受け止めてやるぜ、感謝しろ」
フェヴァがペンを止めて、頭を抱えた。
「……集中できない。こいつを撃ち殺したい。今すぐ出て行け」
「仕方ねぇなぁ。このまま居たら業務押し付けられそうだし、出て行ってやるよ。また後でな」
コォラはウィンクをしてから素直に出て行った。
フェヴァはそれを呆れたように眺めてから、椅子の背に体を預ける。
「だからこれ、お前の業務なんだよ」
小さく毒づいて、再び机に向かった。
休暇が明けると、風射隊隊員から沢山のお土産がフェヴァとコォラの元に届いた。
量が多かったため、兵寮の一階フロアで広げて、みんなで美味しく頂いた。
日常編を読んでいただき有難うございました。
次回は7/9更新で、蛇のクリーチャーの話になります。
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