7:帰省と昔話①
半年に一度、風射隊に一週間の休暇期間がある。
この隊は三十人中、二十九人が試験管で生まれた強化人間であるが、十歳までは里親で育てられているため故郷があった。
皆、嬉しそうな表情で荷造りに取り掛かり、休暇の予定を話し合う。そして帰省の準備ができた者から、フェヴァの元を訪れ本部に戻る日時を伝える。
この時期が来ると、フェヴァはほんの少し、憂鬱になる。
風射隊事務室で、来年入隊する人物のプロフィールを眺めていると、ドアがノックされた。
どうぞと促すと、二か月前に入隊したエンプが入ってくる。
彼は肩までの黒い髪に、幼さが残る丸い顔をしている。だが鋭く紫の眼光がアンバランスな印象を与えた。
「失礼します!」
すぐに敬礼したので、フェヴァは手を振って、楽にするよう指示を出す。
「里帰り希望だな」
「はい! 明日から三日間、休暇許可のお願いに参りました!」
フェヴァは机の上に置いてあるバインダーを手に取り、必要事項を記録する。
「受理した。よい休暇を」
「有難うございます! 自分の出身は周島なので、干物をお土産に持って帰ります。楽しみにしてください!」
「ああ、楽しみにしている」
エンプは「はい!」と返事をしてから、ふと、フェヴァの出身地が気になった。
あまり自分のことを話さない副隊長にほんの少し興味を持つ。
「副隊長は休暇中も任務が入っているようですが、帰省しないんですか? それとも、自分たちとは少しずらして休暇を取るんですか?」
フェヴァはため息をつきながら、首を左右に振った。
隊に入って来たばかりの新人は、大抵この質問をすると、内心苦笑する。
「いいや。俺は休暇をとらない」
エンプは驚いたように目を見開いた。
彼は試験管ベイビーだが、里親を実の親のように慕っている。いつ死に別れするか分からないため、可能ならば顔を見に帰っていた。
「親に顔を見せないんですか?」
「そうだ」
フェヴァの脳裏にあの出来事が蘇り、表情が曇る。随分昔の話だが、今尚、彼の心を締め付けていた。
「すみません!」
フェヴァの表情をみたエンプが慌てて謝る。
「不躾なことを聞きました! お許しください!」
「……いや。怒っていない。すまないな。俺にはもう」
家族が誰もいない、と答える前に。
「そうそう。帰ったってしょーがないよな~。誰もいねーし」
コォラが軽口を叩いた。
フェヴァとエンプは声の方向に顔を向ける。
コォラはソファーに寝ころんで、だらけていた。
「お前……」
フェヴァが眉間に皺を寄せて唸る。
エンプが来た時に、室内はフェヴァ一人だけであった。
コォラのことだ、話している間に、音もなくこっそりと入って来たのだろうと、フェヴァは盛大なため息を吐いた。
「入ったなら一声かけろ。仕事やるから」
「したくねーからこっそり入って来たんだろうが、わかれ」
「わかるか!」
「隊長、いつの間にソファーへ?」
エンプは確かにドアの傍に立っていた。
一人分のスペースを開けていたが、それでも、ドアが動けば風の流れや音で分かるはずだ。
なのに気づけなかったと、目玉が落ちそうなほど目を見開いて、コォラを凝視する。
「昼寝」
「いえ、やりたいことを聞いたわけではなく……」
エンプが困惑すると、フェヴァが立ち上がる。
「気配を消して入ってくるなんて、趣味が悪いなコォラ」
「むしろ趣味良いだろ。会話の邪魔しなかったんだし」
「今、邪魔しているだろ」
コォラが「ぶー」と声を出して、唇を尖らせる。
「いいじゃねーか。俺がここで寝ころんでも、邪魔じゃねーだろ」
「俺の機嫌パラメーターは激減している。見苦しいから座れ」
フェヴァがコォラの元へ歩くと、襟首を捕まえて起こし、ソファーに座らせた。
「部下がいる。ちゃんとしろ」
コォラは再びソファーに大の字になってだらけた。
フェヴァのこめかみに血管が浮かぶ。
「ほお? そうくるなら、お前がやるべき仕事を強制的にやらすからな」
「えー。やだー。俺って戦闘以外取り柄ねぇもん。全部フェヴァにお・任・せ。適材適所で世の中円滑に進める方が楽だと思うぜー」
「てめぇはただ楽をしたいだけだろーが!」
フェヴァは腰につけていたハンドガンを出し、コォラの頭に銃口を向ける。
コォラは愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「キシシ、そうとも言う」
「あああああの!」
不穏な空気が漂ったので、エンプが慌てて声を上げて場を壊す。
フェヴァとコォラが視線を向けたので、すぐに話題を変えた。
「副隊長と隊長って、もしかして幼馴染ですか!?」
フェヴァはハンドガンを下ろして、エンプに向き直る。
「そうだ。こいつが庭に迷い込んできた時からの、腐れ縁だ」
「迷い込む? 迷子ですか?」
エンプが不思議そうに首を傾げる。
「いや。迷子っていうか。侵入したって感じかな」
コォラが起き上がり、ソファーに座り、フェヴァを指し示す。
「こいつン家、あの辺りで一番大きくて、立派な豪邸に住んでたんだ。敷地も広かった。だから侵入したいって思うのは当然だろ?」
フェヴァは舌打ちして「野良犬よりもたちが悪い」と呟いた。
「侵入……ええと。よく隊長と友達になろうと思いましたね」
正論である。コォラが気難しい表情になったので、エンプは慌てて「副隊長と友達っていいですね!」と持ち上げた。コォラは「だろう」と胸を張ってご機嫌になる。
フェヴァはコォラを一瞥して、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「コォラは血まみれで芝生に倒れていたから、仕方なく、保護したんだ」
「血まみれ!?」
エンプが驚くと、コォラは神妙な顔を作った。
「そうそう。あれは、空腹に耐えきれずそこら辺の民家に押し入って、食料盗んだ時に軍に追われ、指名手配されて、銃でバンバン撃たれてしまい、逃げ込んだ先が。こいつの家だったってことだ」
冗談か本気なのか分からないと、エンプが混乱する。
フェヴァはすぐに訂正した。
「――というコォラの話は大嘘。実際は廃棄処分のクリーチャーが逃走。徘徊している最中に出くわし、命からがら俺の家に逃げ込んだというのが正解だ」
エンプがぱぁっと表情を明るくする。
「なるほど! そうですよね! あまりにもリアルに想像できたから、どうしようって思いました!」
「ううん? それはどういう意味かなぁ?」
コォラが目に苛立ちを灯すと、エンプが怯えて後ずさった。
「虐めんな」
フェヴァはコォラの頭を軽く叩いてから、苦笑する。
「こいつ保護したのはいいが、行く当てがないっていうので、俺の家で飼っていた」
「飼う?」
エンプがなんとも言えない表情を浮かべたので、フェヴァは笑みを浮かべて頷いた。
「そうしたら、庭を這いまわり、駈けずり回って、そこら辺で粗相をする。落ちているのを拾い食いするのは当たり前。ネズミは口で捕まえるわ、冷蔵庫から盗み食いをするわ、野良猫のボスと張り合ったりと、大変だった。保健所を呼ぼうかと家族で相談したこともあったな。『こんな子、家では飼えません!』って何度も家族会議があって」
流暢に語っていると、コォラがフェヴァの服の裾を掴んで引っ張る。
フェヴァが振り返ると、コォラが珍しく引きつった顔になっていた。
「フェヴァ、俺、お前に何か嫌な思いでもさせたか?」
「四六時中」
フェヴァは冷たい眼差しで突き放した。
エンプは困ったように眉を下げる。
「……ええと、それも、冗談ですよね?」
コォラがうんうんと頷く。
「俺がそんなことすると思うか!?」
「しそうだろ」
フェヴァがそう聞き返したので、エンプは頷きかけて慌てて止めた。
同意するとコォラの尊厳を傷つけることになる。後が怖いので笑って誤魔化し、話を変えた。
「ええと……隊長は、休暇週間で里帰りするのですか?」
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次回は7/7更新です。
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