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6:怖い話

 フェヴァは風射隊事務所で、新人訓練進捗報告書と任務計画書を仕上げていた。


 風射隊の新人は三十名。

 それらの適性を考えながら、新人に任せる任務を斡旋している途中で、ドアからノック音がした。


 フェヴァは立ち上がり、来客を招き入れる。


「失礼します」


 やってきたのはオルボだ。三年前、風射隊に配属された軍人である。


 暗灰色の髪色に、黄色とオレンジのオッドアイをもっている。背丈は低いが、がっしりとした体つきである。

 彼は軍で生まれた試験管ベイビー、つまり強化人間だ。


「どうしたオルボ」


「コォラ隊長を探しています。ご存じありませんか?」


「馬鹿はそこらへんを徘徊しているが……」


 フェヴァは腕時計で時刻を確認してから、手招きしてオルボを事務所に招き入れる。


「もうじき戻ってくるだろう。中で待っていろ」


「ここで待たせていただいても宜しいのでしょうか?」


 フェヴァは自分のデスクに戻って座ると、後ろにある小さなソファーとローテーブルを示す。


「構わない。適当に座って待っていろ」


「ありがとうございます!」


 オルボがソファーに腰を下ろしたのを見て、フェヴァは再び書類に取り掛かった。


 執筆の音が響く。


 オルボは微動だにしなかったが、ごくりと生唾を飲んで、フェヴァに呼びかける。


「フェヴァ副隊長。その。お聞きしたいことがありまして」


 フェヴァの手がぴたりと止まる。そして振り返った。


「コォラに聞きたいことがあったんじゃないのか?」


「はい。ですがそれとは別に、副隊長にも質問がありまして」


「手短に話せ」


 フェヴァが見据えると、オルボは言葉を詰まらせて視線を下に向ける。

 ゆっくりと頬を染めてもじもじと肩を揺らしたので、フェヴァは怪訝そうに眉をひそめた。


「オルボ。俺は忙しい。早く話せ」


 催促すると、オルボはハッと我に返った。


「は、はい! あの、副隊長と隊長はどんな」


「たっだいまフェヴァー! お前の愛しのコォラが戻って来たぞー!」


 オルボの言葉を吹き飛ばすように乱暴にドアが開き、コォラがズカズカと入って来た。


 フェヴァは頭痛がするように額に手を当て、反対側の手で腰からハンドガンを抜き取る。


「一人で寂しいって泣いてないか~? そんなフェヴァにはとっておきの怖い実話を話してやろう! 寝るときに震えておねしょしてしま」


「やかましい!」


 ゴッッ!


 弾丸はコォラの頬すれすれを通り抜け、後方にあるドアにめり込んだ。

 フェヴァの威嚇射撃である。


 軌道が数ミリ内側に入っていれば即死であるが、コォラは全く気にもしない。そればかりか肩をすくめて「あっはっは、へたくそ」と煽る始末である。


「情けで外してやってんだ」


 フェヴァは毒づいてから、ハンドガンを腰に装着した。


 コォラはポケットからアイスを二つ取り出し、ふりふりと見せる。


「そんなフェヴァにお土産だ。暑いからカッカするだろ。アイス買って来た……」


 そこでコォラは、ソファーと壁に挟まってこちらを見つめるオルボに気づいた。

 オルボは潤んだ瞳で、仔犬のように怯えている。

 フェヴァが銃口を向けたのを見て、度肝を抜かれてしまったようだ。


「おやおや。オルボじゃないか。お前の分のアイスはないぞ」


「そういう問題ではない」


 フェヴァは静かにツッコミをいれるが、オルボの怯えた原因が自分だとは気づいていない。


「これはフェヴァの分」


 コォラがアイスを投げてきたので、フェヴァはキャッチする。

 

 二つに割れるタイプのソーダアイス――この基地で売られていないものである。


 一体どこで買って来たのだろうかと、フェヴァの眉間に皺が寄ったが、追究しても答えることはないと知っている。


 コォラは手に持っていたアイスの封を破り、中からソーダアイスを取り出して齧りつく。そしてオルボの傍に近寄って、椅子を引いてスペースを開けながら座った。


 背もたれに両腕を置き、椅子と壁の間に挟まっているオルボを見下ろす。


「今日も暑いだろ。怖い話でもして涼しくしてやろうか?」


「い、いえ! お気遣いなく!」


 オルボがすくっと立ち上がり、隙間から出てきた。そしてコォラから一メートルほど離れて、背筋を伸ばす。


 コォラはにたりと笑いながらアイスを齧る。


「そんなに汗かいてんだ。遠慮しなくていいぜ」


「お、お気持ちだけ、頂きます。有難うございます」


 オルボの汗は明らかに冷や汗である。


 フェヴァは深いため息をつく。アイスの封を開けて二つに割ると、オルボの傍に行き、持っていた一つを差し出した。


「コォラに付き合う必要はない。ほら、半分やるよ」


 オルボは瞬きをして、アイスに目を落とす。だがすぐに首を横に振った。


「いえ! 大丈夫です!」


「遠慮しなくていい。気づいていると思うが、これはコォラが勝手に基地から抜け出して買ったものだ。口止め料として受け取れ」


「そりゃ安い口止め料だな」


 コォラが横で茶々を入れたので、フェヴァは怒りの眼差しを向ける。


「黙れ。お前が言うな」


 二人が見つめ合っている中、オルボが恐る恐る口を開く。


「あの……本当に頂いて宜しいのですか? 副隊長の、アイスなのに」


「やる」


 フェヴァがキッパリと言ったので、オルボはゆっくりと手を伸ばす。フェヴァが持ちやすいように指先で棒を持ち直し、オルボに掴ませる。


「あの、ありがとう、ございます」


 受け取ったオルボの顔は真っ赤に染まっていた。


「溶けかけているからさっさと食え」


 フェヴァは片割れのアイスを食べながらデスクに戻る。椅子に座る頃には食べ終わり、ゴミ箱へぽいっと投げ捨てた。


 食べ終わったコォラはアイスの棒を投げ捨てて、オルボを見上げる。


「じゃあ。怖い話だな。夏の夜長に絶望の涼を」


「やめろ。オルボはお前に質問がある。それを聞いてやれ」


 フェヴァが書類に取り掛かりながら、そう促す。コォラは首を傾げながら立ち上がった。


「なんだ?」


「あ、あにょです……ほまちくらさい!」


 オルボは口いっぱいにアイスを頬張り、速やかに飲み込んだ。


「し、失礼しました。隊長に質問があります!」


 コォラは腕を組んで「なんだ?」と楽しそうに聞き返す。

 オルボは目を輝かせながら両手を握りしめた。


「隊長の強さの秘訣を知りたいです!」


 コォラは眉間に皺を寄せながら「うーん」と困ったような声を出した。ちらっとフェヴァを見るが、彼は我関せずといった様子で、書類に取り組んでいる。


「強さの秘訣……ねぇ」


 頭をボリボリ掻いていると、オルボが更に言葉を続ける。


「自分たちが倒しきれないクリーチャーを、隊長はものの数秒で壊滅させます! 今日の鳥モドキとの戦闘だって、場違いな工芸品(オーパーツ)を使っているとはいえ、隊長の強さがケタ違い。まるで人間とは思えない強さです! どんな訓練を積めば、隊長のように強くなれるんですか!? 秘訣があれば教えてください! 自分、強くなりたいんです! 強くなってふ……っ」


 オルボは一瞬だけフェヴァの背中を見て、恥ずかしそうに口を閉ざす。


 コォラはオルボの視線の先をすぐに察して、にたりと笑う。


「秘訣? そりゃ簡単だ。人間辞めればいいんだからな!」


 べぎぃ。と何かが折れた音が響いた。

 音の正体はフェヴァである。握力によりペンを折ってしまったようだ。


「あ、あの? どういう意味ですか?」


 オルボが理解できないと言わんばかりに聞き返す。


「そのまんま。人間を辞める」


 コォラは腰に下げている刀を抜き、オルボに切っ先を向ける。


「隊長、そ、その、冗談、ですよね?」


「てへ、本気。……安心しろ。人間辞めたら人間以上に強くなるってのは俺の中の鉄則だ」


 にたりと笑うコォラの顔と、振り上げた刀を見て、オルボが「ひっ」と喉を引きつらせる。


「逝ってこい! ご冥福を祈るぜ!」


 刀身が目にも止まらぬ速さで、オルボの眉間に振り下ろされる。


「―――――っ!」


 オルボは刀を凝視する。走馬灯が駆け巡り、これは死ぬと思った直後、意識が途絶えた。


「……なぁんてね☆」


 切っ先がオルボの眉間に、触れる直前で止まった。


 その瞬間、発砲音が響く。

 一つの銃弾と思えるほどの連射スピードで、四つの弾丸がコォラの顔スレスレを通過して、壁にめり込んだ。


「おこんなよ。冗談だって」


 コォラは平然と言い放ちながら、フェヴァを見た。


 鬼のような表情で銃口をコォラの眉間に向けている。


「今のは冗談で済む様な話なのか!?」


「うん」


 再び、壁に穴が開いた。


 今度はちゃんと避ける羽目になったので、コォラは肩をすくめる。


「フェヴァ。俺だからいいけど。他の奴に本気で撃つのはやめとけよ」


 フェヴァはハンドガンを収めながら、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「一度でいいから、マジでお前の脳みそ砕いてやりたい」


「はっはっは。輝く黄金の脳みそを拝めなくて残念だったな。グラムでいくらになるかな」


「張りぼてか。考える思考は期待できない」


 そう毒づいてから、フェヴァはオルボの元へ歩み寄る。


「大丈夫かオルボ。……やっぱり大丈夫じゃないか」


 彼は立ったまま気を失っていた。


 フェヴァはため息をついてから、オルボを抱えて床に寝かせ、心音を調べる。

 ショック死はしていないようだ。


 フェヴァはほっと息を吐いてから、刀を収めているコォラを見据えた。


「で、お前は何がやりたかったんだ?」


「怖い話」


「……は?」


 コォラは笑いながらソファーに腰を下ろす。


「鈍いなぁ。怖い話を体験させてやりたかったんだ。ほら、夏の蒸し暑い時は安眠できないから、気絶するといいらしーし。アイスを断ったからせめてもの俺の優しさだ」


 そしてオルボを指し示す。


「ちょっと死んでる顔してっけど、ぐっすり眠ってるから明日は元気いっぱいだぜ」


 一呼吸置いて、フェヴァは汚い物を見るような目つきになる。


「本気で言ってんのか?」


「もちろん!」


 一点の曇りもないコォラの笑顔を見たフェヴァは、頭痛がして額を押さえた。


「……なら、オルボが起きたら、お前から、ちゃんと、その説明をしておくんだぞ」


「そのつもりだ。任せろ!」


「あんましお前に任せたくねぇけどな!」


 フェヴァが怒鳴ると、コォラは「キシシ」と笑った。





 オルボの目が覚めたのは、それから十分後のことである。

 ソファーに寝かされていると気づいて、慌てて起き上がる。


「お、俺は一体……」


 記憶が混濁しているが、コォラの顔を見て飛び上がった。


「隊長!」


「よぉ。起きたか~」


 ここでオルボの記憶が戻る。コォラに刀で切られそうになったことを思い出して、顔色が悪くなる。


「た、隊長。あれは一体、どのような」


「そう。俺は斬るふりをした。だがお前は逃げなかったんだぜ」


 コォラが感心したような口調になるので、オルボが「へ?」と間が抜けた声を上げる。


「俺の太刀筋を逃げなかった。入隊時に比べて、かーなーりー度胸が上がったな! 俺マジで感心した!」


「度胸……」


 コォラがぽんと、オルボの肩に手を置く。


「今度は太刀筋を避けられるよう、視力と瞬発力を上げる訓練に励むべきだ! 大丈夫、お前はやればできる男だ!」


 オルボの目が大きく見開かれる。そしてやや言いにくそうに、口をモゴモゴさせた。


「隊長。もし……隊長の太刀筋が見えるようになったら、俺も、副隊長を支えることができますか?」


 コォラは数秒真顔になり、口を閉じる。だがすぐに笑顔を浮かべた。


「できると思うぜ!」


 オルボが感激したように目をうるっとさせる。


「ほ、本当に!? が、頑張ります。副隊長のために」


「おう。頑張れ」


 オルボが歓喜しているのを、コォラは酷く冷めた目でみていた。


 二人のやり取りを聞きながら、フェヴァは密かに思う。


(あいつめ適当なことを。しかし部下に心配されてしまうなんて、俺もまだまだだ)


 ため息ひとつついてから、急ピッチで書類を完成させた。




 その後、オルボはコォラの助言により、戦闘能力がめきめきと上達していった。

 人間、何が幸いするか分からないものである。




読んで頂き有難うございました。

次回は7/4更新です。

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