5:言葉のニュアンス
本部棟の三階のコマンドフロア、三〇七【風射隊事務所】に戻って来たフェヴァは、室内の隅に埃があるのが気になり、床の掃き掃除をすることにした。
同じフロアにある掃除用具室に道具を取りに行き、室内の床を箒で丁寧に掃き始める。
八畳ほどの広さのため五分ほどすれば終わるだろう。
手早く済ませようとしたが、バン、と勢いよくドアが開いて、コォラが入って来た。
箒を持っているフェヴァを見て、にやにやと笑みを浮かべる。
「フェヴァ、なにやってんだ?」
タイミングの悪い時に来たと、フェヴァがため息を吐く。
「掃除だ。邪魔だ、あっちへ行け」
語尾を強めて言ったところで、コォラが言う事を聞くはずもなく。
「えええー。寂しいこと言うなよー」
ふんふんと鼻歌を歌いながら室内に入ってくる。
どこを踏んで歩いたのかと聞きたくなるくらい、靴に砂混じりの泥がへばりついており、綺麗に掃いた床があっという間に足跡で汚れてしまった。
フェヴァは不満を表すように大きなため息をつき、目を細くする。
「あのなぁ……。せめて俺が何をしているのか、考えてくれ」
「掃除」
コォラが胸を張って答えた。
フェヴァの眉間に深い皺が寄る。
「そうか、分かっているのか……。なら自分の歩いてきた場所を確認しろ」
コォラは振り返って自分がつけた足跡を確認した。そして首を上下に振り、「見たぞ」と一声かけて、フェヴァに向き直る。
「俺に何か言う事は?」
「はこうか?」
フェヴァはコォラの言葉が理解できず「……は?」と間抜けな声を上げた。
「……なんて言った?」
コォラがやれやれと呆れたように肩をすくめる。
「だから、『はこうか?』 って聞いたんだ」
「……」
フェヴァは不審そうな視線を向けながら、口を一文字にして考え込む。
「おいおい、なんだそのリアクションは? 明らかに俺らしい発言だぞ?」
「黙れ、こっちは困惑しているんだ。掃くなんて言葉、お前が使うわけがないだろ?」
コォラがショックを受けたような表情を作る。
「いやいやいや、見込み違いやめてくれ。俺もここで命令を受けて日々成長してるんだ。他の奴の行動や、評価でポイントが溜まったことで、俺の良心、真心が育ってもおかしくないだろう?」
「なんでそこで育成ゲームみたいな発言が出てくるのか疑問だが……それよりも、良心がまだ育ってなかったことも問題だ。聞いていて情けなくなってきた」
「まぁまぁ、フェヴァ。ここは俺がちゃぁんと『はいて』おいてやるから」
コォラが満面の笑みを浮かべる。
釈然としない気持ちがあったが、フェヴァは素直に頷いた。
「……そうか。邪魔をせずに手伝ってくれるんだな」
「そうそう。良心消費ポイント数は少ないからお手軽だぞ☆」
「お前の良心は使うたびに減るのか!?」
「当たり前だろ! ちなみに、悪パラメーターは何もしなくても日々溜まっていくぜ!」
「そっちは減少させろ! っていうか、こんなことで良心ポイント使うな!」
フェヴァが箒の棒を折る勢いで握りしめると、コォラがにやっと笑った。
「えー、いいのかー? 明日にもう無くなってるけどー?」
「良心は貯蓄できないのか!?」
血反吐を吐くような勢いで怒鳴るフェヴァを見て、コォラは当然のように頷く。
「当たり前じゃないか」
「なんでだ!」
コォラはドヤ顔になった。
「俺だから!」
フェヴァは無言でコォラを眺めた。
やや間を開けて「それもそうだな」と納得する。
「まぁ。御託は良いから、自分が汚したところだけ掃いてくれ」
「いいぜ~」
コォラは頷いてから、すぅ……と息を吸った。そして――
「おげええ」
「その吐くじゃねええええええええええ!」
パコーン!
室内に打撃音が響く。
フェヴァが投げた箒がコォラの額に直撃した。
仰け反りながら床に倒れるコォラを見ながら、フェヴァは「ふぅ」と息を吐く。
床に落ちた箒を拾い、コォラの下腹部に突き刺す。強靭な腹筋を避けた結果、ここを選んだ。
「コォラ。危うく床が汚物まみれになるところだったじゃないか」
「キシシ。間違ってないだろ~うげ」
「読みは正しいが、意味が違う!」
「いててて! そろそろ腹に堪える! いてててて! 棒が腹にー食い込むー! それ以上、下にずらすと俺の息子がーー!」
コォラがバタバタと床を叩いてギブアップを示す。
「はあ? 聞こえないなぁ」
だがフェヴァは気が済むまで、箒でコォラの下腹部を押し続けた。
コォラの叫び声はドアを通り抜けていった。
それを聞いた他の隊の者達が集まってきたが、聞こえてきた内容に苦笑いしながら、興味津々で聞き耳を立てていた。




