経験値
アサルトライフルの射撃訓練を終えたフェヴァが、近接戦闘区画を通りかかる。
透明な強化壁から見える景色には、背の低い草がまばらに生えた砂地に深い穴が沢山できていた。
訓練を行う軍人たちの激しい踏み込みで、地面の砂が巻き上げられたのだろう。足の幅で開いた無数の穴が、巨大なもぐらたたきのように見える。
フェヴァは半眼になり、近接戦闘区の入り口に近づく。
人の気配はなさそうだ。
「……片づけをしていないのか?」
本来であれば訓練の後は土を元通りに整えるものだが、ここを使った者達は片づけを怠っているようである。
フェヴァはドア横の壁に埋め込まれた半透明のガラス掲示板を触り、今の時刻を参考に、訓練をした部隊を調べた。
「後で班長に注意しよう」
そう呟いて、近接戦闘区画のドアを開ける。
中に入ると慣れた足取りで倉庫へ向かった。腰のハンドガンが揺れないように軽く押さえながら、スコップを取り出す。
荷車に予備の土を入れ、手際よく穴を埋め始めた。
片づけを放置した軍人は後で別の罰を与えればいい。次にここを使う部隊が気持ちよく訓練ができるよう、整えておこうと考えたからだ。
フェヴァが全ての穴を埋め終わったところで、ドアが開いた。
訓練場を使用した部隊が戻って来たのかと顔を上げると、そこにコォラが立っていた。
ニヤニヤした表情だったのでフェヴァは警戒するように目を細める。
「……なんだ」
「よくさぁ、ゲームとかで経験値ってのがあるだろ?」
コォラが何の前置きもなく、唐突に話題を振る。
フェヴァはスコップを地面に刺して直立してから、改めて向き直る。
「いきなりなんの話をしているんだ?」
「だぁかぁらぁ。経験値、お前ゲームやったことねぇの?」
フェヴァが眉間に皺を寄せると、コォラが肩をすくめた。オーバーリアクションだったため、腰に吊った刀が揺れる。
「モンスターを手当たり次第、無慈悲に殺しまくると経験値ってのが入ってな、レベルUPするってやつだ。ついでに小銭や大金が入ったり、アイテムっていうのが貰えたりするやつ。やったことねぇ?」
そして妙に楽しそうな笑みで距離を詰め、どうでもいい講釈を垂れ始めた。
彼の真意が分からず、フェヴァが怪訝そうな表情になる。
「だから、それがどーした」
コォラは足を止めると、蛇のような絡みつく声で疑問を投げかける。
「現実の戦闘においての経験値ってなんだとおもう?」
「はぁ? 経験値?」
突拍子もない話だなと思いながらも、フェヴァは真面目に考えた。
一呼吸置いてから答えを返す。
「どんな状況下においても諦めず、勝つための戦術を導き出せた瞬間だ。あるいは、試行錯誤により生き残るための選択肢を多く閃くこと――だと思うが?」
「やっぱそっか~。勝つことだよな」
コォラは満足そうに頷いて、
――チャキッ
素早く刀を抜いた。
「……『やっぱそっか~』は、俺の回答に納得したことだと思う」
フェヴァは淡々とした態度で、コォラの持つ刀を指し示した。
「……だが何故、俺に刀の切っ先を向けているのか聞いていいか……。ある意味、お前がそうする理由は読めるんだが。確認してやろう」
そして目に怒りを宿しながら苦笑を浮かべる。
「何がしたい?」
「そりゃ勿論、経験値を手に入れるためさ☆」
さも当然のようにすっぱりと言ったコォラ。
フェヴァはにっこりとした笑みを浮かべて、腰に装着していたハンドガンを構え、銃口をコォラに向けた。
「もう一つ聞くが……俺がモンスターか?」
コォラは得意満面な表情になると、ドンと胸を叩いた。
「勿論! 主役は俺、勇者コォラ様に決まってるじゃん! 極悪眉間に深い皺モンスターめ、覚悟!」
フェヴァの眉間に深い皺が寄る。目に強い怒気が籠るが、辛うじて笑顔である。
「……ちなみに、勇者が死んだらどうなるんだ?」
「勇者は教会に送られて生き返る。だがモンスターのお前は無理だ! 道端で踏みつけられてボロ雑巾になるのが常識だな! ヒッヒッヒ、勇者にやられて自分の弱さを悔いるがいい!」
フェヴァの忍耐が、ぷちっ、と切れた。
「だったらマジで教会に送ってやらああああああああああ!」
風射隊に所属している軍人七名が、近接戦闘区の中で戦闘しているフェヴァとコォラを発見した。
「……なかなか来ないと思って探していたら、隊長と副隊長が戦ってた!?」
「白熱してる……どうしよう」
地雷地帯の訓練時間が迫っていたが、コォラはもとより、フェヴァも気づいていないようだ。
中に入って声をかければいいのだろうが、とばっちりが怖くて入ることが出来ない。
「あわわわわ、隊長! 副隊長! 落ち着いてくださいぃぃぃ」
「なにあれ怖い! どんなことしたら副隊長あんなにキレさせるんだよ!?」
「いくら模擬訓練でも、鬼気迫るものがあります! あれ相手を殺す気満々でしょ! ご法度ですよ! ご法度おおお!」
透明な強化ガラスは音をシャットアウトするので、外から呼びかけても意味がない。
どうしようと軍人たちは顔を見合わせるが……結局、二人の戦いが終わるのを待つことにした。
五分後、フェヴァは壁に張りついて必死に訴えている軍人たちに気づいた。
頭が冷えたことで、この後の予定を思い出す。
「やばい! 訓練指導があった!」
「ハッハッハ! 怖気づいて逃げる気かシワシワ小言モンスター!」
「馬鹿か! 訓練が優先だ!」
フェヴァはコォラの挑発をガン無視して、軍人たちの元へ走っていく。
コォラは興ざめしたような表情になると、刀を鞘に入れて両手を頭の上で組んだ。
「ちぇー。フェヴァと二人っきりで遊べるの久々だったのにー」
「お前も早くこい! 隊長のサインがいるんだよ! 走れ!」
フェヴァが怒鳴ると、コォラは「はいはーい」と気乗りしない返事で後を追いかけた。
軍人たちはフェヴァがドアから出てくると、わっと近寄ってくる。
「凄い戦いで見ごたえありましたが、遅いです副隊長!」
「殺し合い御法度ですよ。あとみんな首を長くして待ってます!」
フェヴァは「すまない」と謝ってから、すぐに走り出した。
数人はその後を追うが、残り二人はコォラを待つ。
「なんだよ。先に行けばいいだろ?」
コォラが不思議そうに聞き返すと、軍人二名は首を横に振った。
「隊長と一緒に行きたいと思ったので!」
「時間押してます。急ぎましょう」
「なんだ、監視か。よし行くか」
コォラがやや早歩きになったところで、軍人二人はこっそりと呟き合う。
「やっぱり……隊長も副隊長も、かすり傷しかしてない」
「服も汚れてないし痛んでもない。こわ……あとでみんなに言おう」
あの激しい戦闘でこの程度のダメージしかない事に、戦々恐々した軍人たちであった。
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次回は6/30更新です。
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