コォラの悪夢
任務が終わり、コォラとフェヴァは第一兵棟の五階、五〇一号室に戻る。
本来は四人部屋だが、特殊任務を請け負う軍人は、二人部屋が割り当てられる。
フェヴァが机に座り、卓上ライトをつける。
すでに消灯時間になっているため、部屋の明かりをつけることは出来ない。
「俺は今日の報告書をまとめるから、邪魔すんなよ」
フェヴァは本日の風射任務――遍七国領土で発生したクリーチャーの討伐を思い出す。
新人たちに任せたが、危うい点もなく、短時間で鎮圧に成功した。
討伐から原因調査、あとの対処までを報告書に記す。
コォラは欠伸をしながらベッドに寝ころび、「ひっひっひ」と笑う。
「大変だなフェヴァ」
「……本来なら、お前の仕事なんだぞ」
フェヴァが後ろを振り返って毒づく。
コォラは壁に背中をつけて支えにしながら、フェヴァの背中と電灯の明かりをぼんやりと眺めた。
「任せた」
「はぁ……まぁいいか。お前が書くと子供の落書きになるし」
そう言いながら鼻で笑って、フェヴァが正面を向いた。
ペンが紙を走る音が、静かな部屋に響いた。
コォラの瞼がゆっくりと落ちていき、意識が沈む。
柔らかい睡魔に委ねた時に――
コォラはゆっくりと目を開けた。
荒廃した町。
地面を彩る大量の血痕。
吐き気がする獣の体臭。
だが、足音が響くほど静寂に包まれている。
初めて来た場所なのにどこか懐かしさを感じて、気持ち悪くなった。
前後の記憶が曖昧で、いつどこで、何をするのかすっぽり抜け落ちている。
「ここは……何をすればいいんだ?」
「遊ぶな」
呟いた瞬間、後ろからフェヴァがやって来た。
戦場が思わしくないのか、眉間に深い皺を寄せている。
「フェヴァ」
視線が合うと、フェヴァは嫌そうに目を細めた。
「なんだ」
コォラはホッと息を吐く。
「悪い悪い。任務が思い出せないんだ。ターゲットはなんだっけ?」
「廃棄物の処分だ」
「人間モドキ?」
「いつものことだ。遺伝子を大量に複製して失敗した。おかげでこの町はその余波を受けて、誰も生き残っていない」
フェヴァの顔に影が出来る。
「仕方ねーな。じゃあ殲滅するか。ポカすんなよフェヴァ」
「当たり前だろ? そっちこそ気をつけろ」
そうして互いに笑って、いつものようにクリーチャーを討伐する。
人間モドキは、何故か同じ個体ばかり。
青黒い肌で体毛が少なく、皮膚の真下を通る太い血管がまるで鎧のようだ。
口元を真っ赤に染めているのは、転がっているモノを捕食したからだ。割れた唇から肉食獣の歯が覗いている。
苦悶の表情で事切れている人間モドキを一瞥して、コォラは深く息を吐く。
「この程度で全滅かー。弱いな」
コォラは襲ってくる人間モドキを、刀で次々と切り伏せた。
後から後から湧いて出てくるが、出現に疑いもせず、刀だけで切り捨てる。
あっという間に地面が骸に覆われ、赤く染まる。
コォラは顔に浴びた返り血を、袖で拭いた。
この量を殲滅するのは今のところ、コォラだけであった。
彼の戦闘能力は軍人の中でもトップクラスで、殆どのクリーチャーは赤子同然である。
それはコォラの体が特殊だからだ。
動体視力が異常に発達しており、物事を瞬時に判断できる脳を持ち、肉体がそれに問題なく対応する。
性格に目を瞑れば、遍七刻を支える英雄として謳われているが、そんな評価、どうでも良かった。
「ってか、数だけが脅威なだけじゃん」
そう言って毒づいていると、一人の人間がコォラの前に立ちふさがった。
「ん? なんだ?」
何故か、相手の顔を認識できなかった。
同じくらいの年齢と背丈の……少年だ。
見覚えのある刀を右手に持ち、左手はハンドガンを握っていた。
どこかで見たことがある気がする。
そう思いながら、瞬き一つ。
気づくと鼻先に刀の切っ先が届いていた。
コォラは慌てて顔を逸らして回避すると、バックステップで距離を取った。
「ぅおおビビッタ! おもしれぇ!」
再び少年が迫る。
至近距離でも顔が見えない。
コォラは不思議に思いながらも、攻撃を回避していく。
そして隙を狙い、少年の首に刀の切っ先をつけた。
「ってかアレか? お前もあの時の生き残り? なら引導を渡してやるよ!」
コォラが腕を伸ばして突こうとした時――
「な!? コォラが二人!?」
後方から、フェヴァの驚く声が聞こえた。
コォラは手を止めて、相手の顔を凝視する。
先ほどまで輪郭すら分からなかったが、注視するとゆっくり見えてくる。
少年は、コォラであった。
「うわ!? マジで俺だ! なんだなんだ!?」
少年と目が合う。
その瞬間、コォラの背中に悪寒が走った。
どこかで見たことがある、顔だった。
数秒、コォラは集中力が途切れた。
少年が銃を構えて、弾丸を飛ばす。
コォラの後ろに。
「うぐ!」
うめき声が聞こえて、コォラは顔色を変えながら振り返った。
フェヴァが倒れており、白い地面にじわじわと赤い色が広がっていく。
弾丸がフェヴァに命中した。
そう理解したコォラは、悲鳴のような声を上げて、少年を切り裂いた。
『……ふ』
少年は煙のように消えてしまうが、コォラはそれを見ずに、フェヴァに駆け寄る。
「しっかりしろ、フェヴァ!」
起こすと、フェヴァはぐったりしていた。
胸と背中から血が流れている。弾丸は胸と脇腹を貫通しているようだ。
「……こっちが本物のコォラか。あれは……なんなんだ?」
「傷は!? 傷の具合は!?」
「見て分からねぇのか? もう助からねぇよ……ごぶっ」
フェヴァが口から大量の血を吐き出す。
コォラが動揺を露わにして、すぐ否定した。
「んなわけねぇだろ助かる! こんな傷、不死身フェヴァなら、かすり傷だ!」
「俺はバケモノか!?」
怒鳴った拍子に、フェヴァ大量の血を吐いた。
内臓に致命的ダメージがあると知って、コォラの目が悲痛に染まる。
だがあえて平常心を装う。
「おおい。ツッコミに全精力を使うなって」
「誰の所為だ」
フェヴァが半眼で呻いた。
「あはは……、か、勝手に言ったのはそっちだろ~。ダイジョーブ、絶対に助かるって。フェヴァは殺しても死なねぇような奴じゃん」
フェヴァがゆっくりと息を吐いた。
「あのなぁコォラ。一日ぐらい、俺にツッコミさせないで欲しいんだが……」
「やなこった」
「そ、っか……」
フェヴァは口を閉じた。
目を開けてコォラを見ているが、視線が合わなくなっている。
コォラは慌ててフェヴァの体をゆすり、呼びかけた。
「おおい! フェヴァ! フェヴァ! 逝くにはまだ早いと思わないか!? お前なんか、地獄の門で門前払いだし、天国からも侵入お断りのレッテルを貼られるぞ! 常日頃から賄賂を渡さないといけないだろ!」
フェヴァはふっと笑った。
「お前、いっつも、俺にツッコミ、求めて。あほか。こいつ。やりかた、考えろ」
「そ、その話題はもう終わったヤツだ! 俺にツッコミさせてどーすんだ! ボケ役は俺だぞ!」
フェヴァの体が痙攣し始める。
「ま、いいさ。楽しかったから……わり、ぃ…も、意識が、もたな、い……」
「おいフェヴァ! 普通に寝るのは許すけど、永眠するのは駄目だからな!」
「じゃ…コォ…ラ……ぉ…ゎ……」
フェヴァの動きが止まった。
薄く目を開け、少し微笑んだまま、体が弛緩する。
「おい。フェヴァ?」
コォラは返事を求めるように揺らす。
「フェヴァ?」
顔に手を当てても呼吸はない。
首を触ったが脈を感じない。
コォラは泣くことが出来ず、ただ彼の顔を見るしか出来なかった。
「嘘だ……嘘だこんなのは! 俺より先にこいつが死ぬなんてありえねぇ! あっちゃいけないんだ!
返事をしろよ! 今ならだましても許してやるぜ!」
フェヴァの顔から血の気がなくなっていく。
「お、落ち着け俺、まだだ。まだ助かる可能性ある。す、すぐに医療班へ連れて行けば……そうしたら本部で治療できる。だから諦めるな! 奇跡の男になるんだぞ!」
返事はない。
そこには見慣れている死体があった。
コォラは苦しそうに顔を歪め、フェヴァの体を抱きしめる。
「だからっ、だから死ぬなよぉぉっ!」
力いっぱい抱きしめると――
『ぐちゅぅ』と音がした。
「えっ?」
コォラが目を開けると、腕の中にフェヴァがいなかった。
周囲にフェヴァだったものが飛び散っている。
「あぁぁあ……」
両手を広げて体を見る。
肉片がこびりついており、おびただしい血液がコォラをべったりと濡らしていた。
「お、俺……フェ、ヴァの体っ、か、からだがっ、散って。こんなに……ぅ、ぁ」
コォラは喉が潰れるほど絶叫して――
その衝撃で体が大きく跳ねた。
驚いてコォラは目を開ける。
「……っ!?」
コォラは跳び起きて周囲を見渡した。
消灯している見慣れた室内である。
正面を見るとベッドがあり、そこでフェヴァが布団にくるまって寝ていた。
「夢か……良かった」
コォラは脱力して、目尻に浮かぶ涙を手で拭う。
そして再び寝直そうとするも……悪夢が脳裏をよぎり、身体がゾクゾクと震えた。
恐怖で硬直しそうになり、コォラは諦めたように起き上がる。
「……ダメだ」
コォラはぽつりと呟いて、フェヴァのベッドに足を向けた。
「……ん、あつい」
フェヴァは狭さと暑さと息苦しさを覚えて目を開ける。
寝返りをしようとして、ロックがかかった。
腰に手が回っていると分かり、フェヴァは不可思議そうに横を向く。
そして原因に気づいて完全に目が覚めた。
「うわぁぁぁぁ! コ、コォラ!? なんで隣に寝てるんだ!?」
耳元で大声がして、コォラが目をこする。
「なんだよ~。人が折角寝始めたってのに。吃驚して目ぇ覚めたじゃん」
「驚いたのはこっちだ! 自分のベッドで寝ろ!」
フェヴァがコォラの手を振りほどこうとしたら、逆に強く抱きしめられた。
「こら! 寝ぼけるな!」
コォラが目をしょぼしょぼさせて大あくびをする。
「ってか寝ようぜ。あと四時間位で起床じゃん。時間ねぇよ」
「自分のベッドで寝ろ!」
「いーじゃん。何もしねぇから」
「何かする気だったのか!?」
フェヴァが引き剥がそうとするが、コォラはするっと体を動かして、フェヴァの胸に顔を埋めた。
コォラがすりすりすると、フェヴァに寒気とも怒りともつかない感覚が起こり、鳥肌が立つ。
「離れろ! 野郎に抱きつかれても嬉しくねぇんだよ!」
「俺だって嬉しくないね」
「なら離れろ!」
フェヴァは渾身の力で引き剥がそうとしても、びくともしない。
コォラが本気で引っ付いていると悟り、頭痛を覚えた。
「……何があった」
「怖い夢見て、一人で寝るのが怖くなった」
「ガキかよ」
「ガキでもいいさ! マジで怖かったんだからな!」
フェヴァが吐き捨てるように毒づくと、コォラが肋骨を締め上げる。
「ぐはっ。絞め過ぎだ」
「朝まで待てなかった。頼む。しばらくこのままにさせてくれ」
コォラにしては珍しく、切実な感情が込められている。
フェヴァが困惑していると。
「……ぐおー」
「寝るの早!」
コォラがあっさりと寝落ちした。
力が緩んだので引き剥がせるが……安心して寝ている顔を見ると、引き剥がすのが躊躇われる。
「はあー……」
フェヴァは頭をがしがしと乱暴に掻くと、観念したようにそのまま眠りについた。
翌朝、コォラが通路で軍人と喋っていると、フェヴァが部屋から出てきた。
動きがぎこちなかったので、コォラがすぐに近寄る。
「どうしたフェヴァ。ジジイみたいになってるぞ」
「お前がベッドにもぐりこむから体中が痛くなったんだ」
フェヴァが不機嫌を前面に出すと、コォラは噴出した。
「あのくらいで根をあげるなんて。か弱いなー」
「コォラが強くしがみついてきたからだろ! おかげで肋骨と腰が痛い……」
腰を押さえるフェヴァを見た軍人たちが騒めいた。
単に寝返りが出来ず背中から腰が痛くなっただけであるが、『あいつらデキてる!?』と完全に勘違いしてしまい、噂として広まった。
読んで頂き有難うございました。
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