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遍七刻の軍人②

 フェヴァが叫んだ直後――林から獣の雄叫びが響き渡った。


 新人たちは息を飲んで林を注視する。


『ぎゃああああ!』


 木々の隙間から、【人間モドキ】が飛び出してきた。



 姿形は全裸の人間だが、眼球が飛び出し、肘と膝の関節が二つあり、尾底骨が発達して猿のように伸びている。

 顎まで裂けた口には舌がなく、びっしりと牙がついている。


 人間を捕食するため、軍人たちを視界に入れると、二足歩行で走り始める。

 大量に涎を垂れ流しているため、ナメクジのように地面に唾液の筋ができる。



 数十体の人間モドキが押し寄せてきたので、新人たちは大いに混乱した。


「なんで人間モドキが!?」

「武器ナイフしかないんだけど!」

「俺もだー!」

「走るって聞いてたから重いモノ持ってきてないー!」

「慌てるな! 隊列を組もう!」

「銃よりもナイフの方が対応できる!」


 冷静な新人たちが混乱している者に声掛けをして、予め決めていたフォーメーションを作る。そして刃渡り三十センチの大型ナイフを構えて、人間モドキを迎え撃つ。


(即座にフォーメーションを取ったか。良い動きだ。そして……一人、二人、無手がいるな。武器全部忘れてきたのか?)


 フェヴァが新人たちを観察した後で、人間モドキを見据える。

 

 目が合うと、人間モドキは怯んだようにスピードを落とした。そしてフェヴァから視線を外し、新人を狙う。


 ほんの一メートル先で、新人と人間モドキの戦闘が始まる。


 人間モドキはフェヴァをちらちらと気にしており、決して背を向けなかった。


(思いっきり避けられた。五歳児くらいの知能があると聞くが……俺を攻撃するとヤバイと思われたみたいだ。まあそうだろうけど)


 劣勢だと思うまで、フェヴァは静かに傍観している。


「こらこら逃げるな」


 コォラに至っては、人間モドキの方が血相を変え、林へ戻ろうと逃げ回っていた。

 人間モドキは処分対象である。戦意喪失しても見逃すことはできない。


「一瞬だから分かんねぇって」


 コォラは腰に吊ってある刀を抜き――


 一閃


 背を向けていた五体の人間モドキの、首から上が吹っ飛んで地面に落ちた。


「キシシ、危険レベル一は物足りねぇぜ」


 気が済んだのか、コォラは意気揚々とフェヴァの隣に立ち、攻防を鑑賞する。


 新人と人間モドキの攻防は、新人たちが優勢であった。

 だが、それでも個々の能力差はでている。


 タリオが人間モドキの振り下ろしを回避しきれず、頭を強く叩かれた。尻餅をつき、ゆらゆらと頭を揺らした。

 軽い脳震盪を起こしているうちに、人間モドキが追撃をしようとした。


 だが、近くにいたノードとヤッスラ、オルボがナイフ術を駆使して、人間モドキのわき腹と首にナイフを刺す。

 真っ赤な血が吹きだしてもひるむことなく、雄叫びを上げて横に薙いだ。


『ガァァァァ!』


 人間モドキは断末魔を上げて倒れる。

 それを皮切りに、新人たちが次々と人間モドキを仕留めていった。


(……危なっかしいが、互いをカバーし合っている。今は問題なさそうだ)


 フェヴァが感心したように眼差しを緩めた。


「おおー? やるじゃんあいつら。まだ一人も死んでないな」


 コォラが感心したようににやにや笑っている。


 縁起でもないと、フェヴァはヒヤリとした視線を向ける。

 彼には絶対に確認したいことがあった。


「手を叩いて、アレを呼んだのか?」


「まぁっさかぁー」


 コォラは手を叩こうとしたので、フェヴァは慌てて彼の両手を掴んだ。


「まてまて。手を叩くな」


「やだなぁ。単なる偶然、偶然」


「お前が言うと嘘に聞こえる」


「はいはい、だったら拍手しなきゃ良いんだろ?」


 コォラが肩をすくめた。


「そうだ。さてと」


 フェヴァが周囲を一瞥する。


 人間モドキは全滅しており、新人たちは軽傷を負いながらも全員生きていた。

 深い息を吐きながらその場に座り込む。精根尽きた顔からは魂が抜け出そうなほどであった。


(及第点だな)


 フェヴァの意識が外へ向く。

 そのタイミングで、コォラは掴まれた手を振りほどき、


「いやー! 思ったよりガッツあったな! お前ら凄い!」


 コォラがパァンと手を叩く。


 新人たちとフェヴァは、目が零れ落ちそうなほどコォラを見入る。


 音が終わると、時が止まったように静寂になった――その直後。


『グオオオオン!』


 林から、大型獣の凄まじい咆哮が響いた。


 重く振動する足音がどんどん大きくなり、木々が大きくしなる。

 バッ、と勢いよく飛び出してきたのは、三メートルを超えた【犬モドキ】だ。



 犬モドキは危険レベル三で、文字通り『犬』の形をしている。


 車体と同等の大きさで、頭と足以外の肉体は腐り落ちている。むき出しの肋骨に絡まった太い血管は電気コードに見え、遠目からだと、壊れた犬の玩具のようである。

 だが口からはみ出した牙は鋸のように尖っており、吐く息から悪臭が漂う。


 軍人に視線を定めた瞬間、泡立った唾液が口元からぼたぼた落ちた。


 新人たちは初めて見た犬モドキに度肝を抜かれ、顔色を青くして冷や汗を流す。


 危険レベル一で苦戦する新人たちにとって、危険レベル三は死の宣告と同様であった。


 フェヴァはコォラの襟首を掴んで、激しく前後に揺らす。


「お前という奴はあああああああ! 新人たちには荷が重すぎるだろおおお!」


「手を叩いて何が来るかなんて、俺は知らねーもん」


「同じことだろうが!」


 ぶんぶん横に揺れながら、コォラが超笑顔になる。


「ってことで、アレを倒したら終了だ。張り切って行こうぜ!」

 

 新人たちは生還ゼロの現状に絶望したものの――そこは軍人、すぐに腹をくくり犬モドキに攻撃を仕掛けた。


 フェヴァは肩に吊っているサブマシンガンを構え、万が一に備えると、コォラを睨んで毒づいた。


「もう手を叩くなよ」


 コォラは涼しい顔になる。


「仕方ねーだろ。研究所のやつらがそう躾けたって小耳に挟んだから、やってみたかったんだ」


「……知ってたんじゃねーか!」


 二回目の拍手は止めるべきだったと、フェヴァは額に手を当てて呻いた。


「あんな犬、問題ないだろ」


「新人には十分脅威だ! あれを見ろ!」


 血まみれになりながら戦う新人たちを見て、コォラは意地悪そうに笑みを浮かべる。


「ま、訓練の続きってことで、臨機応変に生存してもらおうか。戦場はこんなに甘くないからな」


 堂々と命令したコォラを見て、フェヴァは眉を吊り上げた。


「助ける気ゼロかよ!」


「こんだけ人数がいるんだから、ヘーキヘーキ!」


 これが風射隊の隊長であり、嬉々としてトラブルを招き入れ状況を悪化させる男である。


「平気じゃねぇ!」


 そして副隊長のフェヴァは、主にコォラの後始末に追われるのであった。




 これが遍七刻(あまねななこく)の――『あまねの軍人』の日常である。

 祖国を守り、クリーチャー討伐で国外に貸出される。


 絶望的な状況下でも任務を完遂する義務があるため、日々、苛酷な訓練を行っている。



 そして今日の訓練内容は……。

 持久走と、クローン作成段階に失敗し廃墟に捨てられた意志のないナマモノを処分すること。

 注意『人間だけとは限りません』



読んで頂き有難うございました。

次回は6/27更新です。

物語が好みでしたら☆応援して頂けると嬉しいです。

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