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2:遍七刻の軍人②

 フェヴァが叫んだ直後――林から獣の雄叫びが響き渡った。


 新人たちは息を飲んで林を注視する。


『ぎゃああああ!』


 木々の隙間から、【人間モドキ】が飛び出してきた。



 姿形は全裸の人間だが、眼球が飛び出し、肘と膝の関節が二つあり、尾底骨が発達して猿のように伸びている。

 顎まで裂けた口には舌がなく、びっしりと牙がついている。


人間を捕食するため、軍人たちを視界に入れると、二足歩行で走り始める。

大量に涎を垂れ流しているため、ナメクジのように地面に唾液の筋ができる。


「なんで人間モドキが!?」

「武器ナイフしかないんだけど!」

「俺もだー!」

「走るって聞いてたから重いモノ持ってきてないー!」


 数十体の人間モドキが押し寄せてきたので、新人たちは大いに混乱した。


 その時、オルボが彼らを一喝する。


 「慌てるな! 隊列を組もう!」


 黄色とオレンジのオッドアイに睨まれて驚き、混乱していた者達が、しん、と静まり返る。


「忘れたモノは仕方ないし。刃物があれば十分でしょっ」


 ナイフをくるくると回しながら、ノードは口元だけにっこりと笑い、静寂を解く。


「そうだ。それに人間モドキなら、銃よりもナイフの方が対応できると、教科書に書いてあった! 大丈夫だって」


 ヤッスラが親指を立てて、歯を見せながら笑う。大きな犬歯のせいで、まるで威嚇をしているようだが、彼の熱量に押されて、新人たちに覇気が戻った。


 冷静な新人たちが声掛けをして、フォーメーションを作る。

 そして刃渡り三十センチの大型ナイフを構えさせ、人間モドキを迎え撃った。


 フェヴァは「ほう?」と感心したように声を出す。

 

(オルボ、ノード、ヤッスラがフォーメーションを促したか。風射隊に三年も在隊すれば良い動きをする。そして……ワイルとセイロ、あいつらは無手か。武器全部忘れてきたのか? 帰ったら指導だな)


 フェヴァが新人たちを観察した後で、人間モドキを見据える。


 目が合うと、人間モドキは怯んだようにスピードを落とした。そしてフェヴァから視線を外し、新人を狙う。


 ほんの一メートル先で、新人と人間モドキの戦闘が始まる。

 

 人間モドキはフェヴァをちらちらと気にしており、決して背を向けなかった。


(思いっきり避けられた。五歳児くらいの知能があると聞くが……俺を攻撃するとヤバイと思われたみたいだ。まあそうだろうけど)


 劣勢だと思うまで、フェヴァは静かに傍観している。


「こらこら逃げるな」


 コォラに至っては、人間モドキの方が血相を変え、林へ戻ろうと逃げ回っていた。

 人間モドキは処分対象である。戦意喪失しても見逃すことはできない。


「一瞬だから分かんねぇって」


 コォラは腰に吊ってある刀を抜き――


 一閃


 背を向けていた五体の人間モドキの、首から上が吹っ飛んで地面に落ちた。


「キシシ、危険レベル一は物足りねぇぜ」


 気が済んだのか、コォラは意気揚々とフェヴァの隣に立ち、攻防を鑑賞する。


 新人と人間モドキの攻防は、新人たちが優勢であった。

 だが、それでも個々の能力差はでている。


 タリオが人間モドキの振り下ろしを回避しきれず、頭を強く叩かれた。尻餅をつき、ゆらゆらと頭を揺らした。

 軽い脳震盪を起こしているうちに、人間モドキが追撃をしようとした。


 だが、近くにいたノードとヤッスラ、オルボがナイフ術を駆使して、人間モドキのわき腹と首にナイフを刺す。

 真っ赤な血が吹きだしてもひるむことなく、雄叫びを上げて横に薙いだ。


『ガァァァァ!』


 人間モドキは断末魔を上げて倒れる。

 それを皮切りに、新人たちが次々と人間モドキを仕留めていった。


(……危なっかしいが、互いをカバーし合っている。今は問題なさそうだ)


 フェヴァが感心したように眼差しを緩めた。


「おおー? やるじゃんあいつら。まだ一人も死んでないな」


 コォラが感心したようににやにや笑っている。


 縁起でもないと、フェヴァはヒヤリとした視線を向ける。

 彼には絶対に確認したいことがあった。


「手を叩いて、アレを呼んだのか?」


「まぁっさかぁー」


 コォラは手を叩こうとしたので、フェヴァは慌てて彼の両手を掴んだ。


「まてまて。手を叩くな」


「やだなぁ。単なる偶然、偶然」


「お前が言うと嘘に聞こえる」


「はいはい、だったら拍手しなきゃ良いんだろ?」


 コォラが肩をすくめた。


「そうだ。さてと」


 フェヴァが周囲を一瞥する。


 人間モドキは全滅しており、新人たちは軽傷を負いながらも全員生きていた。

 深い息を吐きながらその場に座り込む。精根尽きた顔からは魂が抜け出そうなほどであった。


(及第点だな)


 フェヴァの意識が外へ向く。

 そのタイミングで、コォラは掴まれた手を振りほどき、


「いやー! 思ったよりガッツあったな! お前ら凄い!」


 コォラがパァンと手を叩く。


 新人たちとフェヴァは、目が零れ落ちそうなほどコォラを見入る。


 音が終わると、時が止まったように静寂になった――その直後。


『グオオオオン!』


 林から、大型獣の凄まじい咆哮が響いた。


 重く振動する足音がどんどん大きくなり、木々が大きくしなる。

 バッ、と勢いよく飛び出してきたのは、三メートルを超えた【犬モドキ】だ。



 犬モドキは危険レベル三で、文字通り『犬』の形をしている。


 車体と同等の大きさで、頭と足以外の肉体は腐り落ちている。むき出しの肋骨に絡まった太い血管は電気コードに見え、遠目からだと、壊れた犬の玩具のようである。

 だが口からはみ出した牙は鋸のように尖っており、吐く息から悪臭が漂う。


 軍人に視線を定めた瞬間、泡立った唾液が口元からぼたぼた落ちた。


 新人たちは初めて見た犬モドキに度肝を抜かれ、顔色を青くして冷や汗を流す。


 危険レベル一で苦戦する新人たちにとって、危険レベル三は死の宣告と同様であった。


 フェヴァはコォラの襟首を掴んで、激しく前後に揺らす。


「お前という奴はあああああああ! 新人たちには荷が重すぎるだろおおお!」


「手を叩いて何が来るかなんて、俺は知らねーもん」


「同じことだろうが!」


 ぶんぶん横に揺れながら、コォラが超笑顔になる。


「ってことで、アレを倒したら終了だ。張り切って行こうぜ!」

 

 新人たちは生還ゼロの現状に絶望したものの――そこは軍人、すぐに腹をくくり犬モドキに攻撃を仕掛けた。


 フェヴァは肩に吊っているサブマシンガンを構え、万が一に備えると、コォラを睨んで毒づいた。


「もう手を叩くなよ」


 コォラは涼しい顔になる。


「仕方ねーだろ。研究所のやつらがそう躾けたって小耳に挟んだから、やってみたかったんだ」


「……知ってたんじゃねーか!」


 二回目の拍手は止めるべきだったと、フェヴァは額に手を当てて呻いた。


「あんな犬、問題ないだろ」


「新人には十分脅威だ! あれを見ろ!」


 血まみれになりながら戦う新人たちを見て、コォラは意地悪そうに笑みを浮かべる。


「ま、訓練の続きってことで、臨機応変に生存してもらおうか。戦場はこんなに甘くないからな」


 堂々と命令したコォラを見て、フェヴァは眉を吊り上げた。


「助ける気ゼロかよ!」


「こんだけ人数がいるんだから、ヘーキヘーキ!」


 これが風射隊の隊長であり、嬉々としてトラブルを招き入れ状況を悪化させる男である。


「平気じゃねぇ! ここまで育てたのに。大丈夫かあいつら」


 と言うフェヴァだが、すぐに助けはしない。

 新人たちを信じ、ギリギリまで手は出さない。

 

 即死攻撃及び重傷者が出た場合のみ動くのだが……数人ほど戦場に戻れない者が出るかもしれないと覚悟をしていた。

 だが、彼の予想は覆る。


 恐怖で硬直している新人たちを守るため、犬モドキに立ち向かった五人がいる。


「時間稼いで! あっちに、ピンつきのやつが落ちてたはずだから!」


 オルボがそう云い捨てて、地雷原に走っていった。


「横からだったよね」


 ノードがハンドガンを連射する。


「首元も狙った方がいいよね? だって動物だし」


 エンプもハンドガンで犬モドキの急所を狙う。


「こっちだこっちー!」


 ヤッスラが惹きつけるように大きく手を振って、犬モドキの攻撃を紙一重で回避。


「こっわ! めっちゃこっわ! ひえー! お助けえええ!」


 ホノーアも紙一重で避けている。女子とは思えない低いダミ声を発して、犬モドキの視線を独り占めしている。


「ホノーア。頑張って煽れ煽れ!」


 三人からのエールに応えるように、ホノーアが片腕を上げて親指を立てる。


「駄目だろそれ!」


 地雷原から戻ってきたオルボがそのままタックルして、彼女の腕を犬モドキから守る。だがすぐに胴体に噛みつこうと口を開いたその時。


 オルボは口の中に訓練用の手榴弾を投げた。


 反射的に犬モドキの口が絞まり、ぼん、と口が大きく膨らんだ。


『キャン!』


 殺傷能力は低く設定されているが、口の中で爆発したことによって、牙は折れ、顎が砕ける。鼻腔から鼻血をたらたら流して、頭がゆらゆらと揺れた。


 その隙に、彼らは一斉攻撃を仕掛ける。


 頭や胸にナイフを埋め込み、弾丸を放つと、犬モドキは地面に倒れた。


 戦闘が終わったことを確認して、フェヴァは犬モドキに近づく。死亡が確認できたので、号令をかけた。


 戦闘した五人は晴れ晴れとした表情で立ち、参加できなかったものは下を向く。


 フェヴァは討伐に成功した事と、全員無事は素晴らしいと褒めた後で、参加できなかったものは追加で地雷原ランニングを課す。


 解散となったところで、フェヴァはコォラを見る。彼は犬モドキの周囲をぐるぐると歩いていた。


「なにか気になることが?」


「いーや? 大したことないんだけどさぁ。これ明日、別の隊が訓練で使う奴じゃなかったかなって」


「……は?」


「やけに弱いなって思ったんだよな」


 コォラは尻尾を上げて、犬モドキの尻を確認した。


「隊の贄番号、振ってんだなぁこれ。拍手で奇襲をするように弱らせたクリーチャーを躾けていると聞いて、試しにやってみたんだが。へっへっへ。俺たちが横取りしちゃった」


 にたにた笑うコォラを見て、フェヴァは深い溜息を吐いた。


「……面白半分で呼ぶからこうなったんだろうが。一緒に来い」


 そして副隊長のフェヴァは、今日もコォラの後始末に追われるのであった。





 これが遍七刻(あまねななこく)の――『あまねの軍人』の日常である。

 祖国を守り、クリーチャー討伐で国外に貸出される。


 絶望的な状況下でも任務を完遂する義務があるため、日々、苛酷な訓練を行っている。


読んで頂き有難うございました。

次回は6/27更新です。

物語が好みでしたら☆応援して頂けると嬉しいです。

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