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軍人は戦場レンタルされる  作者: 森羅秋
死人の跳梁跋扈
28/31

28:休暇の清々しくない朝

「なーんつっかーあ、なあ」


 コォラは足元に横たわる、頭のカチ割れた若い女性を見下ろしていた。


 血の気の通っていない青白い肌。目と耳と鼻から出血し、美しかったはずの顔は血で汚れている。

 だが彼女は人間ではない。


 口がそれを物語っている。

 皮膚が裂けて、外骨格の顎が四つに割れていた。そこに鋏角(きょうかく)と呼ばれるハサミ状の毒牙が二対、並んでいた。


 体は人を保っているが、腕に比べて太ももととふくらはぎが異常に発達し、筋肥大している。

 これは走ることに特化しており、獲物を掴んで頭から齧りつくための形態だ。


 すなわち、複数の生物種遺伝子を繋ぎ合わせて作られた『キメラ遺伝子(ジーン)』を投薬された、キメラ兵器――その失敗作だと推測できた。


 形状からして【人間モドキ】と同じ分類で良いだろう。


 「昨日のリテイクしてる気分だぜ」


 コォラは刀を振って火を起こし、刀身についた血液を燃やす。


「ったく、匂いつくから勘弁してほしいな……」


 そして服に返り血が付いていないかチェックする。


 今日は青色の緩いパーカーにTシャツ。カーゴパンツにベルトポーチ。スニーカーという私服であった。


 血が付いていないと分かり、服を捨てずに済むとほっと胸を撫でおろした。


「フェヴァはまだかなー」


 コォラは正面の景色を眺める。


 低めのビルと二階建ての住宅、電線、車道の半分を占拠している路駐が並び、朝の冷えた空気が街路に漂っている。


 適度に植えられた街路樹が車の間にあり、街路樹を避けて停めていることがよくわかる。


 次は左右を見る。


 ホテルの正面玄関前は幅の広い歩道とロータリーがある。


 タクシーが二台ほど停まっているが、今は誰も乗っていない。


 道路は片側二車線。

 車が何台か、路駐を避けながら坂道を猛スピードで通り過ぎ、その後ろを数体の人間モドキが追いかけている。


 車に追いつきそうだというところで、コォラに気づいた一体が足を止めた。


 値踏みするような視線を向けた後、こちらに接近してきた。

 短距離走のフォームに似ているが、身体を前に傾かせ、足を真下に突き出すように踏み込む。


 トップスピードが短距離走選手レベルであり、あっという間に十数メートルを走り切ったその直後、コォラにばっさりと頭を勝ち割られる。


 彼の足元に広がる死骸の山に、また一つ加わった。


「立っているだけで釣れるな」


 彼の周囲には、二十を超える人人間モドキの死骸が横たわっている。


 コォラは耳を澄ませる。


 鳥の声に混じり、人の悲鳴と絶叫、クリーチャーの呻く声。

 ここからほど近い場所で急ブレーキ音にスリップ音、車の衝突音も響いて、アラームのような音が鳴る。

 

 穏やかな朝を台無しにするような喧噪が、町のあちこちから聞こえてきた。


「まだ始まったばかりだな」


 聞こえる音で、状況がどのくらい進んでいるか判断していると、そこへ一台の軍用ジープがホテルの敷地に入り、正面玄関に立つコォラの目の間に到着する。


 コォラは助手席のドアを開けて、車内に入った。


「よぉ。駐車場までどうだった?」


「沸いてた」


 フェヴァはコォラがドアを閉めたのを確認して、発進する。


 サイドミラーとバックミラーから人間モドキが群れを成して迫っているので、シートベルトを締める時間を惜しんだ。


 コォラはシートベルトを締めてから、窓の外を眺める。


 道すがら、一台の車から白い煙が立ち上っていた。

 左カーブ先の一車線に入ろうとして、路駐に正面衝突したようだ。


 そして追突された車の天井に電柱が倒れている。


 車内に居た人間が慌てて出てきている……ところで景色から消えた。


 フェヴァは路駐を避けているものの、苛立っているのか舌打ちをしていた。


 コォラは改めて確認する。


「ここって任務外だよなー? 何も聞いてないよなー?」


 お伺いするような口調を聞いて、フェヴァは苦笑する。そしてやんわり「そうだ」と頷いた。




 ここは世界有数の経済規模を誇る国、カイレムアスターテンだ。


 コォラとフェヴァ、その他、数名のあまねの軍人は、二日間レンタルされてこの国に来ている。


 ウスレッズアソリ研究所で発生したキメラ兵器の失敗作……この国ではヴィティウムと呼ばれているクリーチャーが、カイレム軍を上回る速度で増え、その鎮圧を昨日の午前に終えた。


 本来なら今日、帰国予定であった。

  だが、コォラがオースイッスナナルーサのジキコー・スタジアムで開催しているサッカーの試合を見たいと言い出し、自分とフェヴァの休暇届を本部に出した。


 休暇はその日のうちに受理されたので、二人はサッカー観戦をするつもりで、ここ、エラボノーシティのトックイッシュドエリアに外泊していた。


 早朝起きたらこの騒ぎ。


 ホテルからの避難指示がなかったため、各々の判断で行動している。

 そのまま部屋から出ない者もいれば、脱出もしくは避難しようと動く者に分かれている。


 もちろん二人は後者だ。




 仕事ではないため。フェヴァも私服である。

 シンプルな襟付シャツに薄いボタンニットを羽織っている。細身のズボン、スニーカーを履いている。


 日差しが強くなったのでサングラスをつけているため、少々柄が悪く見える。


 フェヴァは運転席から見える景色にうんざりしすぎて、本音が漏れた。


「……はあ。大惨事だ。気分が悪い」


 悲鳴を上げながら逃げ惑う人が溢れている。

 車は路駐の他に、走る人々を轢かないよう進むため渋滞している。


 動いているので乗り捨てず、しかしスピードは出せないので、フェヴァは運手に注意を払うのを止め、人間モドキを観察した。


 人間モドキは人間に襲い掛かっているが、一噛みで仕留めると次の人間に襲い掛かっている。


 噛まれた人間は五分以内に起き上がり、のろのろと歩き始めた。

 助かったのではない。


 動く死体……いわゆるゾンビ(動く死人)と成り果てた。


 人間モドキと協力するように、ゾンビも人を襲っていた。

 今は生存者が多いが、すぐに逆転して、ここはクリーチャーに占拠されるだろう。


 ばちぃ!


 運転席の横の窓に何かが張り付いた。


 ――ゾンビである。



読んで頂き有難うございました。

次回は8/25更新です。

物語が好みでしたら☆応援して頂けると嬉しいです。

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