28:休暇の清々しくない朝
「なーんつっかーあ、なあ」
コォラは足元に横たわる、頭のカチ割れた若い女性を見下ろしていた。
血の気の通っていない青白い肌。目と耳と鼻から出血し、美しかったはずの顔は血で汚れている。
だが彼女は人間ではない。
口がそれを物語っている。
皮膚が裂けて、外骨格の顎が四つに割れていた。そこに鋏角と呼ばれるハサミ状の毒牙が二対、並んでいた。
体は人を保っているが、腕に比べて太ももととふくらはぎが異常に発達し、筋肥大している。
これは走ることに特化しており、獲物を掴んで頭から齧りつくための形態だ。
すなわち、複数の生物種遺伝子を繋ぎ合わせて作られた『キメラ遺伝子』を投薬された、キメラ兵器――その失敗作だと推測できた。
形状からして【人間モドキ】と同じ分類で良いだろう。
「昨日のリテイクしてる気分だぜ」
コォラは刀を振って火を起こし、刀身についた血液を燃やす。
「ったく、匂いつくから勘弁してほしいな……」
そして服に返り血が付いていないかチェックする。
今日は青色の緩いパーカーにTシャツ。カーゴパンツにベルトポーチ。スニーカーという私服であった。
血が付いていないと分かり、服を捨てずに済むとほっと胸を撫でおろした。
「フェヴァはまだかなー」
コォラは正面の景色を眺める。
低めのビルと二階建ての住宅、電線、車道の半分を占拠している路駐が並び、朝の冷えた空気が街路に漂っている。
適度に植えられた街路樹が車の間にあり、街路樹を避けて停めていることがよくわかる。
次は左右を見る。
ホテルの正面玄関前は幅の広い歩道とロータリーがある。
タクシーが二台ほど停まっているが、今は誰も乗っていない。
道路は片側二車線。
車が何台か、路駐を避けながら坂道を猛スピードで通り過ぎ、その後ろを数体の人間モドキが追いかけている。
車に追いつきそうだというところで、コォラに気づいた一体が足を止めた。
値踏みするような視線を向けた後、こちらに接近してきた。
短距離走のフォームに似ているが、身体を前に傾かせ、足を真下に突き出すように踏み込む。
トップスピードが短距離走選手レベルであり、あっという間に十数メートルを走り切ったその直後、コォラにばっさりと頭を勝ち割られる。
彼の足元に広がる死骸の山に、また一つ加わった。
「立っているだけで釣れるな」
彼の周囲には、二十を超える人人間モドキの死骸が横たわっている。
コォラは耳を澄ませる。
鳥の声に混じり、人の悲鳴と絶叫、クリーチャーの呻く声。
ここからほど近い場所で急ブレーキ音にスリップ音、車の衝突音も響いて、アラームのような音が鳴る。
穏やかな朝を台無しにするような喧噪が、町のあちこちから聞こえてきた。
「まだ始まったばかりだな」
聞こえる音で、状況がどのくらい進んでいるか判断していると、そこへ一台の軍用ジープがホテルの敷地に入り、正面玄関に立つコォラの目の間に到着する。
コォラは助手席のドアを開けて、車内に入った。
「よぉ。駐車場までどうだった?」
「沸いてた」
フェヴァはコォラがドアを閉めたのを確認して、発進する。
サイドミラーとバックミラーから人間モドキが群れを成して迫っているので、シートベルトを締める時間を惜しんだ。
コォラはシートベルトを締めてから、窓の外を眺める。
道すがら、一台の車から白い煙が立ち上っていた。
左カーブ先の一車線に入ろうとして、路駐に正面衝突したようだ。
そして追突された車の天井に電柱が倒れている。
車内に居た人間が慌てて出てきている……ところで景色から消えた。
フェヴァは路駐を避けているものの、苛立っているのか舌打ちをしていた。
コォラは改めて確認する。
「ここって任務外だよなー? 何も聞いてないよなー?」
お伺いするような口調を聞いて、フェヴァは苦笑する。そしてやんわり「そうだ」と頷いた。
ここは世界有数の経済規模を誇る国、カイレムアスターテンだ。
コォラとフェヴァ、その他、数名のあまねの軍人は、二日間レンタルされてこの国に来ている。
ウスレッズアソリ研究所で発生したキメラ兵器の失敗作……この国ではヴィティウムと呼ばれているクリーチャーが、カイレム軍を上回る速度で増え、その鎮圧を昨日の午前に終えた。
本来なら今日、帰国予定であった。
だが、コォラがオースイッスナナルーサのジキコー・スタジアムで開催しているサッカーの試合を見たいと言い出し、自分とフェヴァの休暇届を本部に出した。
休暇はその日のうちに受理されたので、二人はサッカー観戦をするつもりで、ここ、エラボノーシティのトックイッシュドエリアに外泊していた。
早朝起きたらこの騒ぎ。
ホテルからの避難指示がなかったため、各々の判断で行動している。
そのまま部屋から出ない者もいれば、脱出もしくは避難しようと動く者に分かれている。
もちろん二人は後者だ。
仕事ではないため。フェヴァも私服である。
シンプルな襟付シャツに薄いボタンニットを羽織っている。細身のズボン、スニーカーを履いている。
日差しが強くなったのでサングラスをつけているため、少々柄が悪く見える。
フェヴァは運転席から見える景色にうんざりしすぎて、本音が漏れた。
「……はあ。大惨事だ。気分が悪い」
悲鳴を上げながら逃げ惑う人が溢れている。
車は路駐の他に、走る人々を轢かないよう進むため渋滞している。
動いているので乗り捨てず、しかしスピードは出せないので、フェヴァは運手に注意を払うのを止め、人間モドキを観察した。
人間モドキは人間に襲い掛かっているが、一噛みで仕留めると次の人間に襲い掛かっている。
噛まれた人間は五分以内に起き上がり、のろのろと歩き始めた。
助かったのではない。
動く死体……いわゆるゾンビと成り果てた。
人間モドキと協力するように、ゾンビも人を襲っていた。
今は生存者が多いが、すぐに逆転して、ここはクリーチャーに占拠されるだろう。
ばちぃ!
運転席の横の窓に何かが張り付いた。
――ゾンビである。
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次回は8/25更新です。
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