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軍人は戦場レンタルされる  作者: 森羅秋
南天極の古蛇
27/29

27:ハラスメントデパート退散

 研究員たちがベルトを外し始めたところで、アラストはベルトを外しながら勢いよく立ち上がると、コォラを見下ろした。その目には明らかな怒りが灯っている。


「俺の足を蹴ったのか!?」


「しらねー」


「お前が目の間にいるのが何よりの証拠だろう!」


 アラストが一歩、二歩と近づいてくるので、コォラは肩をすくめた。


「そんなクソみたいな証拠を突きつけられてもなー。だよなフェヴァ」


 コォラはゆっくりと振り返って、フェヴァを見た。にやにやと笑っているのを見て、フェヴァは小さく息を吐く。


(なんであいつはわざわざ怒りを灯すんだ……)


 荒波を起こさないよう、フェヴァは「コォラはやっていない」と嘘を吐いた。

 味方を得てコォラはドヤ顔になる。


「ほらな。気のせいだって」


「この痛みを気のせいとか言うのか! なんて奴らだ!」


 アラストがコォラに殴りかかろうとしたので、傍にいた三人の研究員が掴んで彼の愚行を止める。


「落ち着いてください!」


「そうですよ。命の恩人なんですから!」


「こんな恩人がいてたまるか! そもそも本当にフロストサーペントを倒したのか分からないだ!」


 腕を大きく振って研究員たちを遠ざけながら、外へでるためアラストはハッチに向かって歩いた。


「大きな口を叩いたところで、どうせ逃がしただけだろ。まったく」


 コォラがむっとした表情になり、とんとん、と苛立ったように足で床を叩く。


「なら外を見て見ろよ。証拠が転がってるぜ」


「はあ!? なら見せてもらおうか!」


「見て来いよ」


 コォラはアラストを追って歩き始める。アラストが一定の距離を保とうとしているのを感じて、薄く笑みを浮かべると、行かせたい方向へ、さり気なく誘導した。


「まーあ。俺たちの偉業を認めるかどうかは器次第だなぁ。だが、所長の器ちいせぇから、見てもニセモノだって言いそうだぜ」


「誰の器が小さいだ!」


「身に覚えがあるみたいだな」


 コォラが笑うと、アラストが上半身を捻って顔を向ける。だが足は止めず、歩きながらコォラを指差した。


「だいたい、倒したなど大法螺吹かず、逃がしましたと謝るべきだろう。そもそも若年のくせに人生の大先輩に口答えなど百年早いわ! 俺の意志に反して勝手な行動をして固守隊の足を引っ張って全滅させ、挙句の果てにカノノを危険地帯へ連れて行くなど非常識だ!」


 うしろ向きに歩きながら、つらつらと恨み言を言い放つ。


「へえー。無能が安全な柵からキャンキャン吠えてるぜ。カビの生えた情報だなぁ」


 コォラが嘲笑すると、アラストが顔を真っ赤になった。


「だれが負け犬だ!」


 振り返ってコォラに正面を向けようとしたアラストは、雪で湿った床に足を滑らせ、ハッチ横の装甲に背中をつけながら尻餅をついた。


「痛い!」


 激痛が走り、アラストは自分の右腕を見る。何かで引っかけたように布が引き裂かれており、暖かい何かが腕から伝わった。


「一体、何が……」


 自分の腕を手で押さえながら、斜め上を見る。そこには白い湾曲した牙が装甲から出ていた。アラストの目がゆっくりと見開かれる。

 研究員たちも驚きの表情で固定されてしまい、誰も動けない。


 一瞬、周囲が静まり返った。


 フェヴァが駆け足で近づいて、呆然としているアラストに呼びかける。


「大丈夫か? 酷く切れているようなら簡易救急キッドで手当てしよう」


 コォラはとぼけたように顔を背けて、両手を頭の腕で組んだ。


「そーいえば、その辺に蛇の牙が刺さってるんだっけー。なんか牙がヌメヌメ光ってたような幻覚見ちゃったしー」


 しん、と再び静寂が訪れる。


 フェヴァは眉間に皺を寄せながら、窘めるため「コォラ」と呼びかけると。


「ぎゃああああああああああああ!」


 アラストがつんざくような声を上げる。これは毒が回っての悲鳴ではなく、その事実に気づいた叫びであった。


「おおおお、お前! もっと、もっと早く、牙のことを言わないかああああああ!」


 涙を浮かべて睨むが、コォラの目に愉悦が浮かぶ。


「だってなー。蛇の牙が見ているところで足元滑らせて、自分で毒喰らいに行くとか、ふつーは考えつかねーぜー。あははは、バッカで~~~」


 コォラが腹を抱えて笑うのを見て、アラストが憤怒の表情になる。


「うぬぬぬぬぬぬ!」


 こぶしを握り締めて、射殺すような視線を向けるものの、ほかの研究員たちが駆け寄り、彼を立たせて移動させる。


「駄目です。落ち着いてください」


「興奮すると毒が回ります。冷静に、冷静にですよ」


 宥められると、アラストは研究員の両肩に手を置き、己の運命を嘆く。


「どうすればいいんだ……俺はもう、死ぬのか……助からないのかあああ?」


 ついには研究員の胸の中で泣き始めるので、彼らは困惑しながら『どうする?』とアイコンタクトで相談し合う。


「しっかりしてください。まだ毒の兆候が出ていません。本部に二百種類以上の解毒剤が保管されているので、このままヘリに乗って病院に行きましょう」


 結局は解毒剤が作れる病院に行くしかなく、アラストと他五名が、このまま本国に戻ることとなった。


「ううう。死にたくない」


 アラストはめそめそと泣きながら椅子に座った。中毒症状の恐怖を味わいつつ、顔を伏せる。


 その両脇で一緒に行く研究員たちが彼の様子を見て、ついて行かない研究員たちが研究室内で保有している解毒剤を取りに行った。


 フェヴァはコォラに近づき、彼らに背を向け、小声で話しかける。


「コォラ。嘘を吐いただろう。ショック死したらどうするんだ」


 コォラはちらりと一瞥してから、唇を尖らせる。


「ちょっとしたジョーク。悪気の無い仕返しってやつー? フェヴァだって、ざまぁみろって、思ってるだろ?」


 フェヴァは返答を返さなかった。しかし目に喜びの感情が映っていた。

 それだけでコォラは心情を正確に読み取った。


「キシシ。いい気味だ」


 声を殺して笑うコォラの横で、フェヴァは微苦笑を浮かべた。

 

 遍七刻の点島に到着するまで、二人はアラストのうろたえぶりを眺めながら、雑談に花を咲かせた。


南天極の古蛇を読んで頂き有難うございました。

次回は8/22更新です。

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