23:正論パンチ
解析室でアラストたちは、ノートパソコンに映る監視カメラの映像を見守っていた。
今度こそフロストサーペントを倒してくれると期待したが、交戦していた固守隊、研究員、警備員が爆発に巻き込まれたのを最後に、映像が途切れる。
いくつかの映像が真っ暗となり、地下三階の掘削区画の詳細が分からなくなった。
誰も生きていないだろうと想像して、涙を浮かべる者もいる。
お通夜のような重苦しい空気が漂ったところで、解析室のドアが開いた。その場の誰もが勢いよく振り返る。
「その、戻りました」
「戻りました!」
サマモリとハッサル。そしてコォラとフェヴァが入ってくる姿に、全員が目を見開いた。
ある者は喜びに表情を緩ませ、ある者は歓喜の涙を浮かべる。
サマモリとハッサルは足取り軽やかに皆の元へ向かい、コォラとフェヴァはドア横に立ち、通路の警戒をする。
「サマモリさん無事で!」
「ハッサルさんもケガはない?」
そんな労わりの声を出しながら、研究員たちが二人の元へ行こうとした。
「カノノ!」
しかしアラストの声で研究員たちは動きを止める。
「通せ。そこを通せ」
自分の前に立つ研究員たちを手でどかしながら、アラストが出る。喜びに満ちた所長を見て、ハッサルは何とも言えない表情になると、すすす、とサマモリに近づく。
「カノノ、無事でよかった。怪我はないか? 怖かっただろう、こっちへおいで」
アラストは両手を広げ、かつかつと足音を立てながらハッサルに近づく。
「まずは、サマモリさんが戻ってきたことを喜んでほしいのですが」
ハッサルはサマモリの腕の裾を指でつまんでから、遠慮がちに述べる。
アラストはここで初めてサマモリを見て、表情を歪めた。
「サマモリは作戦に失敗しておめおめと戻って来ただけの、使えない男だ。どうやって喜べばいい」
あからさまな贔屓に、サマモリはもとより、ほかの研究員も渋い表情を浮かべる。
だが誰もなにも言わないところを見る限り、この研究施設の職員はアラストの支配下に収まっているようだ。
「やべぇなセクハラオヤジ。馬鹿にしたいから、俺が喋るぜ」
コォラが小声で提案すると、フェヴァはため息をついて頷いた。自分が説明した方が荒波は立たないだろうが、隊長はコォラだ。彼が説明をするというのなら、止める権限はない。
(権限を持ちたい気持ちもあるが……持っても仕方がない。コォラは自分に都合のいいように立ち回るだけだ)
フェヴァが嘆息する横で、コォラが意気揚々とアラストを指し示した。
「おーい。ハラスメントデパートの所長。若い子に自分を媚び媚び売ってないで、危機的現状打破の作戦会議しねぇか? そっちの方が有意義だぜ」
アラストは目を点にしてから、にたりと笑うコォラへ、顔を向ける。
「それともなにか? 最後の時を有意義にしたいだけ? ……そういえばここ、ほとんど女だな。ハーレム気分を味わいたいってことか。おもしれぇ頭してんな」
研究員たちの物言いたげな視線が刺さり始めると、アラストの顔がじわじわと赤くなり、表情が険しくなっていく。
これでは罵倒の往来が発生すると感じて、フェヴァは瞼を閉じ、フォロー内容を考えてから目を開ける。
「コォラ。ここに女性が多いのは、男性たちが身を挺して彼女たちを守ったからだ。決して所長の願望ではない。流石にこのような状況下でハーレムと考えるなど、愚かな真似をするわけがない」
「――だそうだぜ」
コォラがそう横槍を入れた事で、アラストが怒りの表情になる。
「俺が女性ばかりをはべらせている愚か者と言いたいのか!?」
「誰もそんなことは言っていない」
「お前らが言っただろうが!」
フォローしたつもりのフェヴァであるが、どうやら正論で殴ってしまったようだ。
これ以上言葉を続けても火に油を注ぐのは目に見えていたため、口を閉じた。
「軍人の癖に役に立たないのを棚に上げて、俺の批判をするとは良い度胸だな!」
アラストはフェヴァに視線を留めながら、ずかずかと大股で近づいてくる。フェヴァはジト目になって、小さく息を吐きながら、どうやって怒りを鎮めようか悩んだ。
ハラスメントデパートとはいえ、アラストはここのトップだ。研究員は不満があろうとも右に倣えとなる。集団行動をさせるには所長が冷静でなければならないが……。
(彼にリーダーの品格を求めるのは無理、だな)
フェヴァは怒れるアラストを見て苦笑した。
コォラは肩をすくめて、呆れかえった表情を作った。
「じゃーあ。やることやってくれよ所長。俺たち今から機械室に行って暖房止めてくるから。凍えたくなければ、ここにいる全員を引き連れて、ヘリポートへ行け」
「はあ? 極寒の吹雪の中で助けがくるまで耐えろと!? なんて言い草だ!」
アラストが鼻息荒く大声を出す。この場所がフロストサーペントの回避する寒さとはいえ、音や刺激に反応してやってこないとは限らない。
コォラは幼児を宥めるように「どうどう」と両手を動かしてから、天井を右手で示した。
「軍事用ヘリ、待機してるぞ」
その言葉を聞いて室内が静まり返った。誰もが瞬きを繰り返し、じわじわと、意味を理解する。
誰かが「助かる?」と呟いた途端、研究員たちの目が輝き、大いに喜んだ。
「助かる……助かるんだ!」
「良かった……ぐすん」
それぞれが一斉に喋り、室内が歓声に包まれる。だがすぐに口を塞ぎ、シーンと静まり返った。耳を澄ませて音を聞く。
何も音がしないと分かって、彼らはほっと息をついた。
「なんでもっと早く言わなかった!」
アラストがコォラに向かって怒鳴る。周りの研究員たちが『大声出したら駄目』とパントマイムで合図するものの、彼の目に入らない。
「そうすれば俺――俺たちだけでも助かるというのに! 軍人として最低だな!」
「なーんにも言わなかったじゃーん。だから俺も言わなかっただーけー」
責めるものの、コォラに効くわけがなかった。そればかりか軽侮嘲弄の表情で口笛を吹く。甲高い音色は通路の奥まで響いた。
研究員たちが泡を食ったように、止めるようパントマイムをしている。
コォラはにこりと笑って、より一層、大きな音色を立てた。
「やめろコォラ」
フェヴァが鋭い声を出す。
蛇を呼ぶなと言いたいが、研究員たちがパニックに陥りそうなのでやめた。
コォラはおちょぼ口のまま動きを止まると、ひゅーと息を吐いて、口を閉じた。そして後ろを振り返ってドアに手をかける。
「じゃあ。機長に連絡してくるぜ。準備終えたらとっとと行け」
そしてフェヴァを見て「行くぞ」と声をかけて通路に出ると、フェヴァもその後を追った。
「待って」
サマモリが近づいてくる。
あからさまにアラストを気にしながら、フェヴァの手に自分の研究員カードを握らせた。
「追い出すために……止めるんでしょ? これがあればパスワードは要りません」
「助かる」
フェヴァは小声で礼を述べてから、ふと、この後の展開が理解できたような奇妙な感覚に囚われた。
そして反射的に、こう口にする。
「…………ヘリに乗る時は必ず、コックピット側の、近い位置にいるように」
サマモリは不思議そうな顔をしたもの、「わかりました」と返事をして後ろに下がる。
フェヴァは手を挙げてサマモリに挨拶をすると、今度こそ解析室を後にした。
軍人たちが居なくなった途端、アラストは血相を変え、指示を飛ばし始める。
「回収できるものはすべて回収だ! このフロアだけで良い、十分以内に揃えろ!」
研究員たちは声を揃え「はい!」と返事をしながら、それぞれが担当していた情報のバックアップを開始。数人が貴重なサンプルを取りに解析室から出て行った。
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次回は8/13更新です。
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