22:屋内は無理だ、屋外へ
フェヴァが作業用垂直はしごを登りきると、地下二階の通路に出た。
地下一階と同じ造りで、明りの灯った白くて無機質の通路である。
だが明らかに違いがあった。
それは温度である。
快適温度に設定されているため、防寒着を着込んでいるフェヴァの額から汗が流れた。
(ここは暖かい……? やはり空調設備に問題が)
フェヴァは周囲を見渡す。天井に太い空調ダクトが通っていたが、こちらはすでにたわんでおり、通路の端にある点検口は内側から押し破れて歪んでいる。フロストサーペントがここに来ていた証拠であった。
(今日ではないだろうが……地下は蛇のテリトリーだな)
はしごの手前に保管庫と書かれた片開き自動ドアがあり、右の壁に電子ロックパネルが埋め込まれている。
ドアは両手を横に広げた幅があり、中央には縦長の強化ガラスがはめ込まれていた。ガラスの裏面に霜が降り、細やかな氷の結晶が見える。
地下三階の掘削エリアと繋がっているので、ここを通って荷物を運んでいたのだろう。
(まさか蛇の保管はここで……いや、損傷が少ないから別の所……だろう多分)
首を傾げるフェヴァの後ろでは、ハッサルとサマモリが汗だくで座り込み、肩を上下に動かしながら荒い呼吸をしていた。だがその表情はどこか安堵しており、笑みが浮かんでいる。
(まあ。自由に動いている段階で保管場所などどうでもいい、か……)
フェヴァがハッチを閉めると、コォラは両手を叩いて埃を払いなから傍に寄ってきた。
「フェヴァ、フェヴァ、銃効いてねぇだろ」
「そうだな。正面からなら目くらいは潰せるだろうが。こいつでは歯が立たない」
「口を狙おうにも、鉛玉の味がマズイせいでずっと閉じてるもんな。俺もその気持ちはわかるぜ。あれはマズかった」
コォラが思い出すように目を細めると、フェヴァは嫌な予感から表情を歪めた。
「……それはつまり……食ったのか?」
コォラはへらっと笑った。
「試しに」
「そんなものを食うな! いや、流石にそんな二歳児のような真似をするわけが……腹に撃ちこまれたという意味、なのか?」
「じゃなくて、自ら口に含んで咀嚼したって意味だ」
「この阿呆が!」
フェヴァは一喝するが、すぐに我に返る。
「いや、今は流す。本部に帰ったら部品が不足していないか点検だ」
「そうだぞ。フェヴァはすぐ脱線するんだからな」
茶々を入れられ、フェヴァの視線が鋭くなった。
「誰のせいだと思ってる」
「俺。ってことで、話を元に戻すけど。あの蛇はロケランでぶっ飛ばそうぜ」
コォラが分かりやすく話を変えた。
フェヴァは血圧を上げないように深く息を吸って、吐く。落ち着いたところで「……そうだな」と頷いた。ロケットランチャーならフロストサーペントを倒せるだろう。
「コォラの機転が利いている。でなければ、武器到着するまでここで待機していたところだ」
「だよな! さぁ俺を褒めろ」
コォラが頭をずいっと寄せてきたので、フェヴァは一歩下がって肩をポンと叩いた。
「これは指示書を受け取った時点で俺に教えなかった、コォラの落ち度だ」
「きびしーー!」
ふっと、フェヴァが鼻で笑う。
「最初に全部見せてくれれば褒めてやったのにな」
「そこからかー。間違えたー」
コォラががっくりと肩を落とした。
会話が一区切りついたところで、フェヴァはフロストサーペントを仕留める計画を考える。
コォラの言う通り、通常の武器は歯が立たない。貫通スラッグ弾も弾かれたため、手元にあるのは火力のある弾は焼夷グレネードだけである。
燃料ガスが漂っているため、着弾時に火災を発生させて爆発する恐れがあるので使用できない。
(室内ではなく、屋外ならばあるいは……)
火力のある武器でしか仕留められないなら、フロストサーペントを吹雪が舞う屋外へ誘い出す必要があった。
しかしここで問題点がある。
爬虫類の蛇が、極寒の地に出てくるとは到底思えなかった。
(蛇は暖かい場所を好むから、外に出たがらないだろう……寒い)
フェヴァは研究員たちが避難していた地下一階、その気温を思い出し、サマモリに声をかける。
「地下一階が寒い理由、蛇を遠ざけるためか?」
「は、はい」
「その時の状況を教えてくれ」
「ええと。フロストサーペントが私達を襲ってきたときに、今いるメンバーは外まで逃げたんです。ヘリ・輸送機の収納スペースに顔を出した途端、フロストサーペントはすぐに引っ込みました。なので、温度と湿度を下げて、地下一階で助けを待っていたんです」
フェヴァはここで作戦を行うために裏付けを求めた。
「地下一階を安全にするため、地下二階を暖かくしている」
「そうです」
「動くときは防犯カメラを参考に?」
「はい。私達は防犯カメラの映像を元に、フロストサーペントの位置を推測して逃げていました。それでも地下一階の階段付近で襲われましたが……」
「蛇は地下二階に滞在していても、振動でやってくるようだな」
「そうです。固守隊が来た時に、フロストサーペントの動きが活発になりました。振動で刺激されたと考えています。落ち着くまで待つ方が良いと提案したんですが、戦闘場所に地下三階を選び、音を出しておびき寄せたんです。しかし結果は……さきほど見た通り、二回目の失敗です」
一度目は昨日、地下三階で待ち構えていた固守隊が、銃が効かないフロストサーペントの奇襲を受け、逃げ回る間に半数以上死亡したこと。
二度目はジープに乗り銃撃戦を行いながら、ロケットランチャーを放った際に、フロストサーペントではなく燃料ガス管にヒットし、爆発により死亡。
それが固守隊作戦失敗の詳細であった。
「おう。あいつらの死亡報告書はしっかり書けるな、フェヴァ」
コォラがぽんとフェヴァの腰を叩く。
「コォラも書け」
「やだ」
「……期待していない」
本来であれば隊長であるコォラの仕事であるが、完全拒否しているため、フェヴァが隊長と副隊長分の業務を行っていた。
この度の二十数枚の報告書を一手に引き受けることになるだろう。フェヴァは遠い目をしてため息を吐いた。
「はぁ。脱線したが、すぐに移動するぞ。蛇はじきにここへ来る」
「もしかしたらもう来てたりして」
コォラが耳を澄ませる。
奇妙な軋みや音は聞こえなかった。
「まだ大丈夫だ。ってことは、解析室に回り道してから、地下四階へ行こうぜ」
「ああ、そうしよう」
方針が決まったところで、サマモリがよろよろと立ち上がる。疲労困憊の表情をしているが、希望に満ちていた。
「そうですね。エレベーターに乗って解析室に行きましょう」
「はい。蛇避けを四方に垂らしていますからね。安全です」
ハッサルが意気込む。
コォラの頭の上に豆電球が浮かび、ぱち、と明かりが灯る。
「エレベーターのくっせぇワキガ、あれはお前が撒いた薬だったのか!?」
「はい。エレベーター死守しています」
「大人数で階段を上るのは……フロストサーペントをおびき寄せるようなモノなので。匂いに問題がありますが、生存を上げるために仕方なく……」
サマモリがため息交じりにそう付け加える。あの匂いを嗅ぐのが嫌だと雰囲気が物語っていた。
「はあー。あの瓶の中身も想像ついた。投げなくて正解、俺が殺られてたぜ」
コォラは心底嫌そうな表情を浮かべると、肩をすくめた。
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次回は8/11更新です。
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