21:食われるか、食えるのか
フェヴァは非常用垂直はしごを見る。
壁に縦に掘られた縦長の穴、そこに固定された金属はしごがある。
三メートルから上にケージがついており、人がひとり登るには十分だが、研究者を背負って登るには幅が狭い。
縦はしごの十メートルとハッチのある場所に、ゲージで囲まれた踊り場があった。二人から三人が座って休憩できるくらいの広さに思える。
(先に彼らを登らせるべきか……)
フロストサーペントの速度を考えると、研究者たちを逃がすには十個以上の閃光弾が必要だろう。だがその前に、フロストサーペントが閃光弾を覚え、別の角度から襲ってくる可能性が出てくる。
(とりあえず俺は最後にして、コォラを先に登らせたほうが)
「おいおい。なにぼんやりしてんだ。さっさと登れよフェヴァ」
コォラがフェヴァを縦はしごへ押した。
「いや。俺ではなくコォラを」
「踊り場から蛇に攻撃しろって……っと」
コォラが閃光弾を取り出すと、ピッチャーさながらの繊細な動きで、カーブを越えようとしているフロストサーペントの鼻先に投げつけた。
カッ!
通路が真っ白になる。全員咄嗟に目を瞑ったのでダメージはない。
目を開けるとフロストサーペントは後ろに下がっていた。シューシューと呼吸音が聞こえるので通路に居るようだ。
「あいつらトロイから、登り切る前に全滅じゃん。俺たちだけでも生き残ろうぜ」
「本音がそれか。だが分かった。踊り場から狙撃して時間を稼ぐ」
「ハッチのあるとこでな。フェヴァなら秒で着くだろ」
フェヴァはアサルトライフルを袈裟懸けに背負うと、作業用垂直はしごに手をかけ、するすると登っていった。
「……秒で着いてやんの」
コォラが見上げた時、フェヴァはすでに十メートルを超え、ハッチ下にある踊り場にあと少しで到着するところであった。
「早、早すぎる……」
ハッサルが息を切らしてハッチ下に到着したフェヴァを見上げる。
「ふ、ふぅ。さ、さすが軍人。わ、私達とは出来が違う……」
三着はハッサル、四着はサマモリであった。
「ほらほら。休んでないでさっさと登れ」
コォラが手を叩いて急かす。
「き、君から登るんだ」
「私よりもサマモリさんが先に」
だが二人は相手を思いやる気持ちが強すぎたため、先に行くのを譲り合った。
コォラはもう一度だけ「いいから早く行けって」と促すが、二人の耳に届いていなかったので、軽く頭をかいてから、にぱっと笑った。
「じゃあ俺が先に行くから後で来い」
ハッサルとサマモリが「え!?」と声を上げてコォラを見ると、彼はもう作業用垂直はしごを三メートルも登っていた。
「あわわ。早く行くんだ!」
「は、はいいい!」
サマモリがハッサルの肩を抱き強引に作業用垂直はしごに誘導すると、ハッサルは慌てて作業用垂直はしごを登り始めた。
ハッサルがある程度登ったので、サマモリが梯子に足をかけたその時。
ダァン!
アサルトライフルが唸った。
サマモリが後ろを振り返ると、ほんの三〇〇メートル向こうにフロストサーペントがいる。
「ひいい!」
顔を真っ青にして、おぼつかない動きで作業用垂直はしごを登り始めた。
「おーい。ゲージの中に入れば助かるぞー」
銃撃音が鳴り響く中、十メートル地点の遊び場からコォラが呑気な声で呼びかける。
「わ、わかりました!」
残すところあと一メートル半、サマモリは震える手で滑らないように気をつけながら、人生最大の速度で上がっていく。
フロストサーペントはその姿を目で追う。シュルシュルと音を立てながら、作業用垂直はしごに近づいて離れて、を繰り返す。
弾道が目や鼻先を狙うため、この距離から前に出ることができないようだ。
フェヴァは鱗の無い柔らかい部分に的を絞って連射して、フロストサーペントを牽制していた。出来る事なら倒しておきたいが、通常弾では役不足である。
火力が欲しいところだが、燃料ガスが漂っているため断念せざるを得ない。
(……鱗で弾かれるが、弾かれた弾がサマモリに着弾しなければいいが……)
鱗を滑る弾が不規則な動きをして転がっていく。
一抹の不安はあったものの、サマモリがゲージの中へ入ったことによって、不安は杞憂に終わった。
(少し様子を見てみるか)
フェヴァは撃つのを止め、フロストサーペントを注視する。
射撃が止むと、フロストサーペントはとぐろを巻きながら、頭を出したり引っ込めたりしてじりじりと近づく。
作業用垂直はしごに到着すると、四メートルの高さを登っていたサマモリに食らいついた――のだが、金属で囲まれたゲージが盾となり、蛇の牙や咀嚼力に耐えた。
サマモリは自分の身に起こったことを知り、恐怖により顔面蒼白になると。
「ぎゃああああ!」
甲高い悲鳴を上げて、あらん限りの力を振り絞って、ここ一番の登りを見せた。
やっとのことで遊び場に到着すると、コォラがのんびりした口調で呼びかける。
「よぉ。蛇の牙が大きくて助かったな」
「こわ、怖かった……」
遊び場に到着したサマモリはその場に座り込んで脱力すると、先に登っていたハッサルが肩を撫でて労う。
「無事で良かったです」
「あなたも無事でよかった」
互いに見つめ合う男女を見て、コォラは「けっ」と毒づいてから、パンパンと手を叩く。
「いちゃつくな。さっさと上がれ」
「きゅ、休憩を」
サマモリが弱弱しい声を出すので、コォラは指で下を示した。
「アレが飛びついてくるかもな」
五メートルほど下に蛇の顔がある。ちろちろと舌を出して、獰猛な目で三人を、じっと、凝視していた。
フロストサーペントの目を見たハッサルとサマモリは、全身に鳥肌を立てる。すぐに立ち上がり、上へ続くはしごに手を伸ばした。
ハッサルを先に行かせ、サマモリが後を追う。
のたのたと登る二人を見上げてから、コォラは両手を腰に当ててフロストサーペントを見下ろす。
目が合うと、コォラは見下すような冷たい視線を向けて、小声で話しかける。
「ったく、研究員なんか放っておきたいんだが、フェヴァがいるかならなぁ……。食わせられねぇや。残念だったな」
フロストサーペントの目に怯えが灯る。ゆっくりと頭を下げて後ろに下がった。
――シュル、シュル……
しかし視線は常に研究員に向いており、隙を探しているようだ。
コォラがフロストサーペントを眺めていると、上からフェヴァが呼びかけた。
「コォラ。ハッチが開いたから地下二階に行く」
「わかった!」
ぱっと表情を明るくして、コォラは瞬く間に作業用垂直はしごを登り切り、遊び場に到着する。
フェヴァは垂直はしごを登っているサマモリとハッサルを見守っていた。
「来たぜフェヴァ!」
コォラがどん、とフェヴァを押す。
「おま!」
フェヴァは足をもつらせて、垂直はしごに背中をぶつけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「フロストサーペントが来たんですか!?」
はしごが揺れてサマモリとハッサルが同時に声を上げる。
フェヴァは手を振って「なんでもない」と答えると、コォラに歩み寄って、両方の頬を持ち、つねる。
「何をやっているんだ!」
「いだだだだだ! にゃんとなふー」
「なんとなくで押すな! 角度と威力を間違えてたらここから落下してしまうんだぞ!」
「だいじょーぶだ。俺がつかまへる!」
「元凶が何を言うか!」
ぐりぐりぐり、とコォラの頬肉をつねりまくったフェヴァは、気が済んだので離す。
「……俺が銃で牽制しているから、先に登れ」
「おう」
頬が真っ赤になったが、コォラはにこにこと笑顔になった。
研究員たちがある程度、上に登ったところで、コォラははしごに手をかけて、フェヴァに向かってウィンクをした。
「上でフェヴァを待ってるぜ。いつまでも。お前のことは決して忘れない!」
「……フラグを立てるな。俺を殺そうとするな。殺すぞ。はやく行け」
「すぐ来いよー!」
コォラは手を振りながら、ささっとはしごを登って行った。
フェヴァは嫌そうに眉間に皺を寄せ、「あいつのドタマを撃ちたい……」と苦々しく呟いたところで気持ちを切り替え、フロストサーペントを見る。
フロストサーペントはこちらを気にする様子を見せたが、フェヴァだけになると動きを止め、何やら考えるように舌をちろちろと出してから、音もなく通路を後にした。
(追ってくるつもりだ。一度、地下から脱出した方がいい)
フェヴァはアサルトライフルを袈裟懸けに背負って、垂直はしごを登った。
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次回は8/8更新です。
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