20:火力がネック
研究員たちの立ち位置は封鎖ゲートの小型ドア。
フロストサーペントが飛び出してきたのは、そこからわずか八メートルの位置にある点検口。
点検口が破裂した瞬間、サマモリとハッサルは風圧を受けて足が出せなくなった。
だが今、走り出したとしても、一メートルに届く蛇の口から逃れられないだろう。
ドン!
フェヴァが弾丸を放つ。
フロストサーペントの口が最大に開いたタイミングで、弾丸が毒牙を根本から破壊した。
白い破片が飛び散り、粉砕音が響く。
口腔内に白い破片と外れた弾丸が当たり、フロストサーペントの口が閉じて、身をよじらせながら頭を天井に伸ばす。
サマモリとハッサルはフロストサーペントを見て一瞬、腰が抜けそうになったものの、
「は、はやく」
「ははははひ!」
気力を振り絞って、フェヴァ達の元へ走る。
『シィィィ……』
フロストサーペントは空調ダクトに戻らなかった。ダクトから全身を出すと、封鎖ゲートの前に陣取って威嚇音を放つ。
「フェヴァ見ろよ。爬虫類の癖に怒ってるぜ。生意気だな」
アサルトライフルで試しに数発撃ったフェヴァの表情が曇る。
銃弾を浴びたにも関わらず、フロストサーペントの体は傷一つついていなかった。どうやら強固の鱗が盾の様に筋肉を守っているようだ。
「鱗で弾かれているようだ。だから固守隊はロケットランチャーをぶっ放したのか」
「じゃあ、俺たちも撃つか?」
コォラがフェヴァの背負っているロケットランチャーをぽんぽん叩く。フェヴァはぎょっとして数歩離れた。
「やめろ、誤作動したらどうする」
「ポケットに入れる」
「ふざけんな。今はふざけるな。あとロケットランチャーは撃たない。上を見て見ろ」
コォラは天井を見た。燃料ガスと空気が漏れているのが見える。爆発限界濃度に達していない為、アサルトライフルでは爆破しなかったが、ロケットランチャーなど火器系武器は危険であった。
「見たぞ」
「わかったか? 同じ轍を踏みたいならあえて止めないが」
フェヴァがちらりと黒焦げを見ると、コォラはやれやれと肩をすくめた。
「嫌だな。こんなクズどもと同等なんて片腹痛い」
「言葉の使い方をもう一度学べコォラ」
「フェヴァ先生が甘く切なく色気むんむんで教えてくれるだろ期待してるぜ」
「お前の頭にロケランぶっ放したい」
フェヴァが怒りを灯した目を向けると、コォラは黙った。
「死ぬかと思ったああああ」
「隊長さん、副隊長さん。どうしましょう!」
このタイミングで、サマモリとハッサルが二人の元へ走って来た。息を上げてふらついている。体力に全く自信がない二人を見て、フェヴァはどうしたものかと頭をひねった。
(敵は分かったから、一度撤退したいんだが、どうしたものか)
フロストサーペントが封鎖ゲートに居るため、元来た道に帰ることはできない。
フロアマップには地下二階へ向かう作業用垂直はしごが三か所設置されている。
一つはフロストサーペントが陣取っている封鎖ゲート左。
一つは今見えている、五〇〇メートル地点……左カーブの手前。
そして最後の一つは、カーブを越えた七〇〇メートル先にある。
フロストサーペントの移動スピードを考えれば、見ている作業用垂直はしごは使えない。誰かがはしごに到着したと同時に、蛇の口の中に入るだろう。特に研究員たちが。
(だとすれば、彼らに頑張ってもらうしかないな)
逃げる道は一つしかない。
「コォラ。カーブの先に作業用垂直はしごは見えたか?」
念のために向こう側の様子を確認する。
コォラはフロストサーペントから目を離さず、軽く頭を傾けた。
「あー。なんとなーくそんな感じっぽいのがあったかなー。死体のはるか先に」
「わかった。あっちを見といてくれ」
「オッケー」
コォラは軽く返事をしてから、その場でタップをしながら、両腕をくねくね動かす。
「え、なになに? 何が始まったの?」
ハッサルが怪訝そうな顔で見つめる中、しばらくすると、フロストサーペントが音と腕の動きに合わせるように、頭をゆっくり動かし始めた。変な生物に興味津々のようである。
その隙に、フェヴァはサマモリに囁く。
「向こうに作業用垂直はしごがあるだろう。そこから一時撤退する」
「ありますが……間に合うかどうか……。フロストサーペントの速度を考えると、逃げ切れるとは……」
「コォラがアホなことやっているうちにカーブまで移動しろ。そこから全力で走れ」
「走ると音がでてしまいます」
「それでいい。蛇がいつまでもあの阿保の踊りに惹きつけられるわけがない。すぐ飽きる」
サマモリが「はあ」と困惑したような声を出して、コォラを一瞥する。
「面白いですけどね」
「ああ。こんな状態じゃなければ普通に笑う」
「……とりあえず、彼の踊りを見ていたら緊張感取れました。やってみます」
サマモリはゆっくりとハッサルに近づくと、ゆっくりとジェスチャーを行った。自分と相手を示し、カーブの先を指さしてから、そろりそろりと歩き始める。
彼女はサマモリの動きを見て即座に理解したのか、足音一つ立てないよう注意しながら、通路の奥へ進んだ。
二人が半分まで進んだところで、フェヴァが閃光弾を取り出す。
「コォラ。二分ほど楽しんでいいぞ」
「フェヴァのお許しがでたぜ!」
コォラは踊りに口笛を加える。肺活量と腹筋の力で口笛が通路に響き渡った。
サマモリとハッサルが驚いて数秒足を止める。
蛇の動きをイメージさせるような、のびやかで怪しげな曲である。
音色に誘われるように、フロストサーペントの頭がコォラに近づいてくる。
凝視しながら奇妙な生物に集中していたフロストサーペントだが、突然、複数人の走る振動を感じ取り、ぎょろりと、大きな目が通路の奥に視線が動く。
「……コォラ!」
フェヴァは閃光弾をフロストサーペントの顔目掛けて、投げ飛ばした。
コォラは彼の声を聞いて目を瞑り、刀の柄を握ると、腰を低くした。
パッと、景色が白く染まる。
『シューッ』
突然の閃光を受け、フロストサーペントが一瞬固まる。
目を瞑ったままコォラは体を起こして、最後に見たフロストサーペントの位置へ向かって刀を凪いだ。
だがタイミングが数秒遅く、フロストサーペントは頭を持ち上げて後退していた。
「……手ごたえねぇな」
コォラは一閃するものの、外したと感じてすぐにバックステップしてその場から下がった。
「撤退だ。走れ」
フェヴァが声をかけると、コォラは目を開けて通路の奥へ走る。
「失敗したー! フェヴァぁ、俺としたことがサングラス持ってくるの忘れてたぜー」
「知らん」
フェヴァはカーブを曲がる直前、フロストサーペントが焦げたジープを弾いていたところである。二つ目の閃光弾を投げて時間を稼ぐ。
カーブを曲がって二〇〇メートルにいる三つの死体を通り過ぎる。
体に弾痕があった。
壁にいくつもの弾丸による傷と、大量の薬莢があることを踏まえれば、フロストサーペントに撃った弾が跳ね返ったさいに、当たり所が悪かったようだ。
前方を見ると、非常用垂直はしごから五〇メートル手前で、ハッサルとサマモリが走っている。
(……まだ到着していなかったか)
研究員の運動神経の鈍さは、フェヴァの想像を超えていたようだ。
「おっそいぞー」
結局、研究員たちを出し抜き、コォラとフェヴァが一、二着となった。
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次回は8/6更新です。
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