17:待っていたもの
ゆっくりと、だがスムーズにエレベータードアが開く。
目の前にあるのは――大型運搬用の通路であった。
冷気が流れ込み、エレベーター内の温度が一気に下がる。青白い照明が、冷たい空気をより一層下げてくるようだ。しかし不思議なことに、地下一階よりは暖かく感じた。現に息が白くない。
(おかしいな。こちらの方が暖かく感じる。地下一階の空調は故障しているのか?)
地下一階を歩いた感覚では、異変を感じなかった。
何か理由があるかもしれないが、今はこちらに集中しようと、フェヴァは耳を澄ませる。
空調音が空気を振動させ、至るところから、シュー、と何かが漏れているような音が響く。そこには耳障りな賑やかさがあった。
「なぁんだ。何もいねーじゃん」
コォラが残念そうに言い放ち、エレベーターから出た。
「勝手に進むな」
フェヴァはアサルトライフルを手に持つと、ロケットランチャーの安全装置をオンにして袈裟懸けに背負った。
「はやく来いよ」
コォラに急かされて、フェヴァは通路に出る。
天井はクレーンレールが走っており、とても高い。エレベーターの速度からおそらく十五メートルはあるだろうと予想した。
幅は車両が通れるほど広く、金属で補強されている。氷面の下を掘っているため通行が頻繁に行われているのだろう、細かい傷があちこちに刻まれていた。
「さっきの防犯カメラの映像はどのあたりだ?」
エレベーターから出たばかりのハッサルに、フェヴァは呼びかけた。彼女は一瞬呆けたように目を丸くしていたが、足を止めて腕を組み、記憶を探る。
「……おそらくですが、掘削機に向かう通路だと思います」
「案内を頼む」
「任せて下さい」
小声で、ハッサルはガッツポーズをした。音の反響を警戒しての小声だろう。
「なぁフェヴァ。車に乗って行こうぜ!」
コォラは車両格納庫の前で無邪気に大声を上げる。
ハッサルの顔色が変わり、「しー」とジェスチャーをするも、コォラが言う事を聞くわけもない。
「却下だ。蛇は振動とか体温とかに敏感に反応する。車に乗るということは、こちらの居場所を教えることだ。先ほどなら良かったが、今は駄目だ。不意打ちを食らう確率が上がる」
「面白くないのー。楽しいことしよーぜ!」
コォラはその場で足をタップダンスをする。
カツカツと、静まり返った通路に軽快なリズムを響かせながら、ラップのように歌い始めた。
「オレオレ平和暇だぜこりゃよぉ。これだけ広いと、走るのは面倒だな! 早く来いよフェヴァ、フェヴァフェヴァのおバカ」
「なんだと!」
悪口を乗せると、フェヴァが怒りの形相で怒鳴った。一瞬、アサルトライフルの銃口を向けそうになったものの、音を出すのは危険と判断。殴るためにコォラの元へ駆け出した。
二人の足音が盛大に響く中、ハッサルが両手で胸を押さえた。
「あああ。わざとなんですよね、知っていますが、これはちょっと……こわいよぉ」
身を震わせながら、よたよたと走っている。二人に追いつかないとフロストサーペントに襲われる危険性が高まるため、必死である。
「さぁて、何が残っているかなー」
コォラが車両格納庫のドアを開こうとして、内側から開いた。
「おや?」
「気をつけろコォラ」
フェヴァは即座にアサルトライフルを構える。対象に向かって引き金を引こうとするが。
「待ってください!」
中から防寒着を着た研究員の男性が出てきた。銃口を向けられ、泣きそうな顔で両手を上げる。
「わ、私はサマモリ・マズミです。ここの研究員です。う、撃たないで」
「サマモリさん!」
ハッサルが呼びかけると、サマモリは目を見開いた。すぐに車両格納庫から出て「ハッサルさん!」と叫びながら、彼女を強く抱きしめる。
「生きていてよかったですうううう!」
「なんでここへ来たんですか」
「だって、だって。私の失敗を庇ったじゃないですか。所長になんとかしろって怒鳴られて。ハッサルさんが死んでたら一緒に死のうと思って」
ハッサルの胸の内を聞いて、サマモリの目に驚きが浮かぶ。
「そんなことを言わないでください。私が何のために……」
「私のためって。サマモリさんの選択は、私を不幸にするだけなんです! 私のためって言うなら、一緒に生きてここを出ましょう! 絶対ですよ! 絶対……っ、ううう」
ハッサルは感情が高まり、子供の様に泣きじゃくる。サマモリは涙ぐみながら、愛おしそうに抱きしめた。
恋人同士の世界が始まり――かけたところで、フェヴァが静かに呼びかける。
「なら行動しているのは、固守隊と警備員か?」
サマモリの思考が現実に戻る。
第三者の存在を思い出すと顔を真っ赤にして、ハッサルからパッと手を離した。
コォラは車両格納庫の中を一通り見終わって、出てくる。
「フェヴァ。毒にも薬にもならねぇ馬鹿クセェ恋愛ドラマ終わったかー?」
フェヴァも似たような気持ちだったが、口に出すことはせず、話を逸らした。
「誰かいたか?」
「いーんや。この中には誰もいないぜ。あいつだけがここにいたんだ」
コォラがハッサルを注視する。
「……ここで何を?」
フェヴァが静かに問いかけると、サマモリの目に悲しみが浮かんだ。
「彼らの考え方について行けず……恥ずかしながら一人で逃げて、隠れていました」
「考え方?」
「はい。軍人たちが車を使うと言い出して。ハジロさんたち……警備員と一緒に止めたんですが……。結局、車で掘削機エリアに行きました。私は怖くて逃げてしまって……だって振動で位置がバレやすいのに……信じられない」
「なんだ。ここに来た途端、みんな食われたんじゃねーのか」
コォラが肩をすくめると、サマモリが「とんでもない!」と声を荒げた。
「怖い事言わないでください。あまねの軍人がなんとかしてくれます!」
「俺やる気ねぇー」
「なっ!」
サマモリが絶句したところで、フェヴァが手で二人を制した。
「彼らは掘削機エリアに移動したで、間違いないか?」
「はい。間違いありません」
「コォラ……場所は」
フェヴァはコォラに向き直ると、二つ折りの大きな紙を手渡された。
何だろう思いフェヴァが紙を広げて見ると、それは南極研究所地下三階と四階のフロアマップであった。
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次回は7/30更新です。
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