16:ポケットから出すモノ
電子ロックのドアからエレベーターのある通路に出た時、フェヴァは研究者の女性を見下ろした。
「本当についてくるのか?」
「はい」
女性は迷いなく頷くと、コォラがこちらに歩きながら聞き返す。
「それって『責任』から?」
「はい! きっと私のチェックミスですから、みんなが行くことはないんです。なのに……」
女性の顔に影が浮かぶ。だがすぐに表情を明るくして両手でガッツポーズをした。
「それに爬虫類の生態系は詳しいですし、研究所の内部構造を知っていますから、軍人さんたちのお役に立てるはずです」
コォラの眼差しが柔らかくなる。
「別に気にしなくていいぜ。クリーチャーなんて、こっちがどうやろうと、暴れる時は暴れるもんだ。ハラスメントデパートが言うように、終わるまで待っていても良いぜ」
女性の顔が嫌そうに歪むと、首を左右に振って提案を拒否する。
「貴方たちについて行きます!」
漲る決意を受け、フェヴァはコォラに目を向けた。
ふざけた行動が多くても、戦闘時の主導権は隊長のコォラにある。
「来たいなら止めねぇよ」
コォラはあっさりと頷く。
(……危険だが仕方ない。彼女は所長に嫌悪感を抱いているようだ。あとから来るよりは、一緒に行動した方がいい)
フェヴァは隊長の考えに同意して、エレベーターに足を向けた。
「有難うございます!」
女性がはつらつとした返事をすると、コォラは若干、眼差しを強める。
「一応言うけど、俺たちは戦うために来てるから、『守ってもらえる』って勘違いしているなら帰れ」
「大丈夫です! 自分の身は自分で守ります!」
女性が防寒着のポケットからいくつか薬品瓶を取り出して、コォラに見せた。
「蛇避けのアイテムです。これを投げて一時的に追い払います」
「……匂い」
コォラは刺激臭が苦手である。若干、口をへの字にさせたものの、攻撃手段があるなら御の字と、愛想よい笑顔を向けた。
女性はその愛らしさに目を見張り、照れたように薬品瓶をポケットに入れ直す。
コォラがにかっと笑って女性に握手を求める。
「そういや、何て呼べばいい?」
「私はハッサル=カノノです。ハッサルと呼んでください」
女性――ハッサルは笑顔で握手を返した。
「じゃあ、ハッサル。蛇の所まで案内してくれ」
コォラは握手を止めた途端、目に鋭さが灯った。
ハッサルはビクッと体を震わせたものの、コクコクと頭を動かす。
話が済んだので、コォラはファヴァの元へ駆け寄った。
「フェヴァ。エレベーターで一気に降りようぜ」
「そうだと思って押してる」
フェヴァが答えると同時に、エレベーターが到着して扉が開く。
「さっすがフェヴァ」
コォラは足取り軽やかにエレベーターに足を入れる。ワキガの匂いで一瞬表情が歪むも、すぐに涼しい顔を作った。
「ああ。探すのは手間だからな」
フェヴァもエレベーターに入ると、ハッサルが困惑したように眉を下げ、両手をパタパタと振って出るように促す。
「あの、振動に敏感なんでエレベーターはお勧めできません。一発で位置がバレてしまいます。エレベーター内は大丈夫なんですが問題は……ドアが開いた途端に待ち構えていることがありまして……」
「それが狙いだ」
フェヴァが短く答えると、
「へ?」
ハッサルは間が抜けた顔になる。
フェヴァはため息を吐きながら、開けるボタンの下にある延長を押した。
本来ならこのまま閉めて『さようなら』とするのだが、コォラが許可したため、少し待つ。
「おびき寄せるためにエレベーターに乗っている」
フロストサーペントは地下を陣取り、空気ダストの内部や配管の間をすり抜けてやってくるだろう。探している途中で奇襲を受けるより、始めから目視できる位置にいる方が攻撃しやすい。
「どーすんだハッサル。やっぱりお留守番するか?」
コォラが挑発するような笑みを浮かべると、ハッサルは「行きます!」と大声を出しながら、ズカズカと入って来た。
フェヴァが延長を解除すると扉が閉まり、振動を体に伝えながら降りていく。
ハッサルは奥まで後ずさり壁に背中を引っ付けた。そして不安そうに階を示すボタンを見つめる。
フェヴァがアサルトライフルの安全装置を外していると、コォラがちょんちょんと腹を突っついてきた。イラっとして見下ろす。
「なんだ」
コォラがにたりと笑った。
ろくでもないことを考えていると瞬時に理解して、ツッコミと怒鳴る準備をする。
「へっへっへ。良いのをやろう」
コォラは防寒着の前を開けて、胸ポケットに手首を突っ込むと、そこからするするとロケットランチャーを取り出した。
フェヴァは嫌そうに目を細めてから、アサルトライフルを背負い直して、ロケットランチャーを掴む。
「どこでパクってきた。備品整備担当者いじめか?」
「乗ってきたヘリの荷物にあったからパクってきた。機長が泣くぐらいいーだろー」
そう言いながら、再び胸ポケットに手首を突っ込んで、弾頭を一つ、取り出す。
「ほらフェヴァ。装填しとけ。振動で意気揚々とやってきた蛇のドタマに埋め込んでやれ」
フェヴァは呆れたようにため息を吐くがその手つきは素早く、あっという間に装填を完了して、ロケットランチャーを肩に担いだ。
「ここでは撃たないからな」
「なに言ってんだよフェヴァ。建物ぶっ壊して蛇を生き埋めにしてから、俺たちは階段で逃げればいいじゃないか」
「却下だ。冗談でもシャレにならない」
「あああああ、あの!」
突然、壁に張り付いていたハッサルが興奮を抑えきれない声色を出した。コォラとフェヴァが振り返ると、彼女の熱い視線がコォラに向けられる。
高揚したように頬を染め、コォラへ一歩、足を踏み出したハッサルは、コンバットスーツの胸ポケットを指し示す。
「今、その小さなポケットからロケットランチャーを取り出しましたよね。もしかして、コォラさんはクロスコードを持っているのですか!?」
クロスコードとは、第一次異形大戦中に人類に突如出現した『わけのわからない能力』である。
多次元言語を含め全ての言語を操る者、大きさや重量を変化させる者、偽物を本物に変換する者など、能力の数は多岐にわたる。
理由も原因も突き止められないが、たしかに現存している未知の力として世界に認知されている。
現在の地球の人口は四十億。そのうち、クロスコード保持者は五十人未満とされているため、喉から手が出るほど各国が求める人材となっていた。
コォラのクロスコードは、着用した衣服のポケットが異空間収納スペースになっている。
なんでも入る利点は強いが、入れた物を忘れると二度と取り出せなくなる欠点があった。
そのため、コォラは無くなってもいいモノだけを入れていることが多かった。
「そうだぜ。まぁ、荷物を出し入れするだけのちゃちな力だ」
隠すこともないため、コォラは肯定した。
「いやいやいや何言ってんですか!? クロスコードを持っている方、初めてお会いしました! しかもそのお腰につけているフォルム。図鑑で見たことがあります! 場違いな工芸品ですよね!? 希少価値が二つも揃っているなんて。ただモノじゃありませんね」
研究心が疼くのか、ハッサルの目がキランと輝いた。
「キシシ、実験生物は勘弁してくれよ」
口調は軽いものの、コォラの目は笑っておらずむしろ冷え冷えとしていた。
幸いにも、興奮しすぎているハッサルは気づかない。
「いえいえ、滅相もない。あまね軍人を研究対象にしたら物理的に私の首が飛びます。あまね軍人は『触らず・深入りせず・逆らわず』ですから」
「他の奴ら、特にハラスメントデパートには内緒な」
コォラがウィンクすると、ハッサルは両手を組んで頬を染める。性格はともかく、見た目は可憐な男子だからだ。
「教えたら物理的に首を飛ばすぜ」
しかし締めるところはしっかり締める。ひんやりとした空気を感じて、ハッサルの手がカタカタと震え、「はひ」と喉を詰まらせたように返事をした。
(あいつ、研究員で暇つぶししてやがる)
フェヴァはチカチカ光る表示を見ていた。地下二階は早かったが、地下三階まで時間がかかっていたが……それももう終わりだ。地下三階に到着した。
(準備だけはしとくか)
フェヴァはロケットランチャーを構える。
それを見て、コォラはスイッチ側の壁に背中をつけながら、刀の柄を握る。
ハッサルは再び奥の角っこへ移動して、背中を壁につけてしゃがんだ。そして両手で頭を守る。
チン、と音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。
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次回は7/28更新です。
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