13:増援が……二人だけ?
建物内部に進むが、周囲はしんと静まり返っている。
(生存者はどこにいるのか……)
全滅という文字が頭を過る。
生存者がいなくともクリーチャーは討伐しなければならない。手順が一つ減るだけに過ぎず、何も変わらない。
二人は緊急用の発電機や工具、気象観測に使う道具、物資コンテナを通り抜け、奥に大型エレベーターが見えた途端、コォラが足を止めた。前を向いたまま後ろに手を伸ばし、合図を出す。
(戦闘態勢。何かいるのか?)
フェヴァは即座に物陰に隠れ、サブマシンガンを構えた。
耳を澄ませると、前方のエレベーターから微かに音がしていることに気づく。何かがエレベーターで地上に上がってきているようだ。
人間ならば問題がないが、知能が発達したクリーチャーの可能性もあるため、フェヴァは引き金に指を乗せた。
「さぁて。何かなぁ」
コォラは静かに呟くと、エレベーターが開けば見える位置に立ったまま、前方を凝視した。
間もなく、ちん、と音がしてエレベーターのドアが開く。
中から白衣の上に防寒着を羽織った二人の中年男性が、会話をしながら出てきた。
「本当に来たのか?」
「そう【アーティ】が言ったんだよ」
互いの顔を見ながら話をしていたので、コォラに気づくのが少し遅れた。
視線が正面に向いた瞬間、二人の表情が固まる。
「うわぁ!?」
二人同時に悲鳴を上げると、エレベーターから出ようした足を引っ込め、端に逃げた。
コォラは背中に回した手で解除の合図をする。
フェヴァは引き金から指を外し、物陰から出るとコォラの後ろに立った。
「よーお。助けに来てやったぜー」
コォラが片手を上げて軽快に挨拶をすると、研究員たちは驚いて瞬きをしてから、エレベーターから出てきた。
「えっと……増援……?」
研究員はフェヴァの後ろを見る。二人だけと分かり首を傾げた。
「火車隊……では、ない?」
「風射隊、副隊長フェヴァだ」
「俺は隊長のコォラだ。よろしくな!」
コォラがチェキっと目にピースサインをすると、研究員たちに不安の色が濃くなる。そして後ろを振り返り小声で、
「記憶違いでなければ、風射隊は新人で組まれた隊では?」
「そうだよ。やばいな。助からないかも」
「軍は頭がおかしいのか? まさか新人を寄こしてくるとは」
「まぁ隊長と副隊長って言ってたから……そこに期待しよう」
二人は小声で相談しているが、コォラとフェヴァの耳にはしっかり届いている。だがよくある評価なのでフェヴァは何も言わない。
「キシシ。お呼びでないなら出直してくるぜ~」
コォラは両手を頭の後ろで組んでから踵を返すと、
「いえ! そんなまさか!」
「いえいえ、お待ちしておりました!」
研究員たちは慌てて振り返り、両手を伸ばしながら駆け寄って来た。
「もしかして聞こえましたか? 失礼しました。こう我々も余裕がないというか」
「すいません。すいません」
コォラの両横に立ち、研究員はぺこぺこと頭を下げる。クリーチャーをなんとかしてほしいと表情が物語っている。
「俺たちでいーなら、いーぜ。案内しろよ」
「はい、まずは所長の所へご案内します」
研究員たちと共に、エレベーターに乗った――その途端、コォラは鼻を摘まみ、フェヴァは鼻と口を手で押さえる。
「……なんかワキガの匂いがする」
エレベーター内は、汗が酸化したようなツンとした刺激臭がしていた。吐くまでには至らないが、とても不快であった。
地下一階に到着すると、研究員たちは息を飲んだ。
彼らの動きを見たフェヴァは、ドアの前に立ち、不測の事態に備えてサブマシンガンを構える。
ちん、と音がしてドアが開く。
地上と同じ冷たい空気が入り込み、吐く息が白くなる。
明りの灯った白くて無機質の通路が広がる。エレベーターは通路の中央に設定されており、左右に通路が伸びていた。
天井に太い空調ダクトが走っており、等間隔に透明な軟球ドームの監視カメラが取り付けられている。
何もいないと分かると、研究員たちはあからさまにホッとした。そそくさと降りて、左側のフロアへ向かい、電子ロック式のドアの前に立つ。
研究員は手慣れた様子で、カードと暗証番号を入力した。
コォラは彼らの後ろに立って様子を窺う。
フェヴァは途中で足を止め、金属板に記されている『地下一階フロアマップ』を眺めた。
右側ブロックには四室の実験室と保管庫があり、通路の端に地下二階へ降りる階段が記されている。
左側のブロックには解析室や会議室、休憩スペースがあり、解析室の奥に地上に向かう非常階段が記されていた。
(ここから脱出できるルートはあるが……?)
フェヴァは怪訝そうに眉を顰めるものの、ここで考えていても分かるはずもない。所長に問えばいいかと思い、足を進めた。
電子ロックが開いて研究員たちが中に入る。コォラは一呼吸ほど立ち止まってから、フェヴァが追いついたタイミングで中に入った。
研究員たちはいそいそと電子ロックを開け、
「やっぱり増援がきていました」
と小さく言いながら解析室に飛び込む。
「あんなに急がなくていいのにな~」
コォラが小さく呟くと、後ろを歩いて来たフェヴァに道を譲る。先に入って挨拶しろという事だろう、フェヴァはため息をついてから、中に入る。
足を踏み入れた瞬間、冬晴れのような温度と薬品の匂いを感じた。
白色の光が天井に並び、壁一面に大型の遺伝子解析装置が並んでいる。分厚い強化ガラスを拭けた生体サンプル処理台、サンプル保管用の極低温ストッカーが置かれ、壁の汚染検知パネルは正常を示していた。
解析室はデータ処理だけではなく生体サンプルも扱うため、厳重な設備が整えられていると、フェヴァは推測した。
コォラが入ってドアを閉めると『ぴっ』と音がした。自動でドアがロックされたようだ。
研究者たちの声に反応して、部屋の中央に集まっていた人々がドアに注目した。全員防寒着を着込んで、肩にショルダーバックをかけている。避難するために準備をしているようだ。男女の比率で言えば、若干、女性が多い。
「はぁー、増援?」
そう言いながら輪から出てきたのは、白髪に白髭をもつ五十代後半の男性だ。眼鏡越しに見つめる眼差しがフェヴァとコォラに注がれる。
「たった二人ぼっちで増援とは軍は何を考えておるのかな。ここを見捨てるように言われてきたのか?」
「見捨てる気がないから、俺たちを向かわせたんだぜ」
コォラが揶揄う様な声を出して肩をすくめた。
「はぁ。口では何とでも言えるが。折角やって来たのだから敬意を表して――まずは名乗ろう。俺はアラスト=ロバトウだ。あまね南極研究所の所長をしている」
俺は、と名乗りを上げようとしたコォラであったが、アラストは首を横に振って、軽蔑したような眼差しになる。
「礼儀を知らないのか。お前らは俺が軍から借りた。雇い主に挨拶をするならまず顔を出してから名乗るべきだと思わないのか?」
「……分かった」
フェヴァとコォラはフードを外し、ゴーグルとフルフェイスを取る。
研究員たちは二人がまだ子供だったことに驚いて、息を飲んだ。
「あー? 新人……いや、おこちゃまか。こんな軍人を寄こすとは、軍のお偉いさんのブラックジョークにはついていけない。まず笑えばいいか? はっはっは」
アラストは鼻で笑いながら、皮肉っぽく拍手をする。
「そりゃ仕方ない。お前に運がなかっただけだ。壁の端で震えとけ。毛布ぐらいは探してやるぞ」
コォラは口元に笑みを浮かべるが、目は笑っていない。
「お使いをしたいならさせてやろう。俺たちの寝室はこのフロアだ。通路を通れば簡単に行ける。さぁ行ってきな坊や」
戦闘に不慣れな新人を派遣したと思い込み、怒りを抱いているようだ。
(……知らないとそうなる。あまねの軍人は、二十歳過ぎになって戦闘許可が下りるのが通常だ。俺たちが例外なんだが……)
フェヴァはげんなりした表情になると、左下を一瞥する。コォラは口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「いーぜ。それで俺たちの仕事は終わりだ」
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次回は7/21更新です。
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