12:探検か、いや探索だ
建物に到着すると、巨大なシャッターの前で除雪車が雪を被っていた。しばらく使っていないのは明らかである。
(まだ生きているのだろうか……)
フェヴァは入り口ゲートの前に立つ。下半分ほど雪に埋まっているので、コンクリート地面が出るまで手で掻き分けた。
「よし」
二人分のスペースを広げてからゲートを見る。
センサー式自動ドアで、斜め左上に監視カメラがある。ズームしてフェヴァを映しているので電力は生きているようだ。手を振ってみるが、中からの反応はない。
「中に入るには……鍵を開ける必要がある……が」
フェヴァは右壁に埋め込まれた金属パネルを見る。
二十センチの正方形で、表面は黒い強化ガラスがはめ込まれている。
中には『カードキーのスリット・丸い形の指紋センサー・数字パッド』が光っていた。
(開けるにはカードキー、指紋、暗証番号の三つが揃わなければいけない。コォラの話が嘘ではないなら、何かを持たされているはず。呼ぶか)
フェヴァは後ろを振り返ってコォラを探した。姿がどこにもない。
「まだ遊んでいるのか?」
「ただいまー!」
毒づくと、タイミングを見計らったかのように、コォラが建物の右側から雪を掻き分けながら歩いてきた。弾む声を聞けば表情が分からなくても、雪を満喫したことだけは分かる。
「どこで何をやっていた?」
「スペース発見、俺も入るぜ!」
コォラはフェヴァのすぐ後ろに立つと、ぽんぽんぽん、と彼の背中を軽く叩いた。
「建物の周囲をぐるーーっと回ってみたぜ。異常はなし。一面の雪景色で綺麗だったぜ」
「綺麗……?」
フェヴァは景色を一瞥する。そこには薄暗い光彩を塗り潰そうとする雪の暴力があった。徐々に風が強まっているため、雪が速度を上げて斜めに流れている。
「俺には荒れ狂うブリザードにしか思えないが……」
そう呟くフェヴァを見て、コォラが笑った。
「フェヴァは情緒が育ってねぇなぁ。ちょっとは雪国に来た事を楽しもうではないか」
「楽しむ余地すらない。コォラ、これを見ろ」
「んー?」
指し示されたのは電子ロックパネルである。それを見て、コォラは首を傾げる。
「んんー?」
フェヴァを入り口に押し込むように腕を伸ばして、適当に数字をタップ。
『Error』
コォラは一歩後ろに戻ると、肩をすくめた。
「こりゃ駄目だな」
「さっき作戦指導書を持っていると言っていただろう? ロック解除キーは書いていないのか? っていうか、俺に渡せ」
フェヴァが手のひらを出すと、コォラは「クックック」と低く笑う。腹に一物あるような雰囲気を出しながら、左手を腰に当て、右手を顎に添えて、目を波立たせる。
明らかに拒否していると、フェヴァは深い溜息を吐いた。
「作戦指導書を出すつもりはないのなら、コォラが教えてくれるのか?」
「どうっしよっかなー」
調子に乗っている返事がきたので、フェヴァは憮然とした表情で見下ろし、責めるような眼差しを向ける。
「教える気がないなら渡せ」
「チッチッチ、安心しなフェヴァ。手はある」
「いや、渡してくれればそれでいいんだが……?」
「はいはい、ちょっと後ろ行ってくれ」
コォラはフェヴァを後ろに押しのけながら、電子ロックパネルの正面に立つと、素早く足を上げた。
「俺は機械とはお友達だから問題ない!」
その瞬間、フェヴァの背中に冷や汗が流れた。
「待て! 何をする気だ!?」
「お招き受けたぜえええ!」
バキィ!
次の瞬間、音を立てガラスが割れた。
電子ロックパネルの強化ガラスにコォラの踵が埋め込まれている。
パチパチと音を立てながら、『Error』の文字が出てきた。
「おま……お前という奴は……」
呆然と固まっているフェヴァを尻目に、コォラは二発目の蹴りを叩き込んだ。
「開けてくれ! お友達!」
ガシャァン!
強化ガラスが粉砕した。
金属部分にまで踵が沈み、電子ロックパネルが軋む様な耳障りな音を立て――
『OK』と表示する。
音もなくドアがスライドしてから、パネルが真っ暗になった。
「ありがとう、お友達」
コォラは腕で額を当て、汗を拭くジェスチャーをしながら、破壊した電子ロックパネルに向かって爽やかな笑顔を向ける。
「……ヤなお友達だなぁおい」
フェヴァは遠い目をして苦々しくツッコミをする。
「結果オーライだぜ」
コォラがふんぞり返ったので、フェヴァは衝動的に殴りたくなったが、任務中なので拳を握るだけに留めた。
「よーし、中に入るか」
コォラがさっさと中に入る。
フェヴァはすぐに入らず、破壊された電子ロックパネルの前に立った。
強化ガラスが破壊されて大きな穴が開き、配線が痛み、千切れてショートしている。
修復は不可能に近く、全て入れ替えるしか手がないだろう。
「この責任は誰がとるんだろうか。非常時ということで見逃してくれればいいが」
静止に間に合わなかった責任を取らされそうな予感がしたので、フェヴァは一連の流れを忘れることにした。
これはクリーチャーが壊した――そう思い込むことにして、コォラの後を追った。
入り口ゲートから中に入ると、ヘリ・輸送機の収納スペースに入る。そこには小型ヘリが一台、除雪車、スノーモービルが整列して停まっていた。
外気と繋がっているため息は白いままだが、氷点下と比べたら遥かに暖かい。
フードと肩に積もった雪を軽く払ってから、フェヴァは室内を見渡した。照明の光が収納スペースを満たしている。機械の稼働音が響いているが、それ以外になにも音がなく、閑散とした空気であった。
「やっほー!」
何を思ったか、突然コォラが大声を張り上げたので、フェヴァは急いで駆け寄り、彼の口を片手で塞ぐ。
――やっほー! ほー! ほー……
だが時すでに遅く、収納スペース全体に大きく反響した。
フェヴァは怒鳴りたい気持ちを抑え、身動きせず耳を澄ませる。
(……何も動く音はなし、か)
声に釣られてクリーチャーが近寄る気配はなさそうと感じて、フェヴァが肩の力を抜く。いきなり戦闘してもいいが、戦場にした場所に生存者が隠れていることもある。
余計な犠牲は極力避けるべきだと考えているため、まずは生存者の位置を確認したかった。
今回は余計な戦闘が回避されたため、フェヴァはホッと息をついてから、コォラを離す。
「トラブルを招き入れようとするな」
ギロリと睨むと、コォラは手招きするように左手を振る。
「まぁまぁ。怒んなよフェヴァ。あくまでも、潜んでいる奴を炙り出そうかなと思っただけ。時間短縮としてな」
「それで納得すると思うか? 今の行動は時間短縮ど」
「あー。ほらフェヴァ。あそこ見てみようぜ」
フェヴァの説教を逸らすように、コォラがドアの傍にあるユニットハウスを示した。
四坪ほどの大きさで、白いスチールパネルの外壁をもつ細長い箱であり、壁に固定されている。
片開きの茶色いドアに『警備室』と書かれ、横長の大きな窓が閉まっている。
「……分かった」
文句を言いたかったが、任務中のためフェヴァは溜飲を下げた。
警備室の窓から中を覗く。電気が消えていて暗いが、完全に見ないほどではない。
壁際の金属製のデスクが並び、モニターがいくつか重なって置かれている以外は、全て倒れている。
「荒れているな」
フェヴァが呟くと、コォラが「中に入れば?」と気楽な態度で促した。
言われるまでもなく、フェヴァはドアノブに手をかける。ゆっくり押し広げると、音が意外なほど収納スペースに響いた。
一度動きを止めて耳を澄ませる。
反応がないので、ドアを全開にする。
(……やはりモニター以外は倒れている)
ロッカー、折り畳みベッド、簡易ベンチ、小型ストーブが何かに弾き飛ばされたように散らばっていた。天井には何かが擦れたような跡があり、蛍光灯が大きくへしゃげていた。
入り口横のスイッチを押してみたが反応はない。
フェヴァは懐中電灯を取り出して、警備室の中へ入る。
奇妙なのは一点。空調ダクトの蓋だ。内側から盛り上がるように変形して外れかけている。
空気の流れがあるので近づいてみると、空調ダクトは高さ八〇センチ、幅一〇〇センチの四角いダクトだ。これだけ太いとなると、地下から地上までの空気を循環させるメインラインだろう。凍結防止のためか、わずかに温かい空気が漏れていた。
(人……も通れるが……ダクトの角が丸くなっている)
フェヴァは次にディスプレイを見た。十五のうち半分が破損している。
写っているのは外の映像だけだ。五視点を映し出しているが、コォラの言う通り、建物の周囲に異常は見られない。
天井に半球型透明ドームの監視カメラがあるが、割れており中身が落ちていた。
これ以上は収穫なしと判断して、フェヴァは警備室から出た。
コォラは大きな窓の横に立っており、中を覗いている。何かあった時に対処すべく見張っていたようだ。フェヴァが出てくると見るのを止め、近づく。
「じゃあ。探検レッツゴーだな」
「探索だ」
「どっちも同じ。奥に行こうぜ。どっかに研究室に行く道があるはずだからな」
コォラはウィンクをしてから、踵を返す。
フェヴァはサブマシンガンを構えながら一定の距離を開けて、後ろを歩いた。
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次回は7/18更新です。
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