第9話 勇者、豪華客船を知らない
週末。
朝。
一ノ瀬家の前。
青空が広がる住宅街の一角で、ハルトは朝から妙に機嫌が良かった。
理由は言うまでもない。
今日は大型企画の日だからだ。
「島だぞ島!」
玄関前でカメラを構えながらハルトが叫ぶ。
「動画投稿者なら一回はやってみたいだろ!」
「普通の高校生は思わないわよ」
隣で結衣が即座に返した。
肩には編集用のノートパソコンが入ったバッグ。
手には飲み物。
完全に保護者の装備である。
「いやいや。島ロケとか夢じゃん」
「高校生の夢じゃないのよ」
「でも再生数は伸びそう」
「その発想しかないの?」
「ある」
「ないじゃない」
いつものやり取りだった。
ハルトはスマホを取り出し、自撮りモードに切り替える。
「はいどうもー! 炎の勇者チャンネルです!」
朝から撮影開始である。
結衣はもう慣れていた。
「今日は大型企画のためにスポンサー提供の島へ向かいます!」
「提供じゃなくて所有ね」
「細かい細かい」
「全然細かくないから」
ハルトは気にせず続ける。
「今回は移動中も全部撮る予定です!」
「編集地獄ね」
「視聴者は裏側好きだからな!」
「編集するの私なんだけど」
「頼んだ!」
「殴るわよ」
そんなやり取りをしていると。
遠くから静かなエンジン音が聞こえてきた。
結衣が嫌そうな顔になる。
「来た」
「おっ」
角を曲がって現れたのは。
黒いリムジン。
だった。
ただし。
普通のリムジンではない。
長い。
異常に長い。
住宅街を曲がるために一度切り返しが必要になるレベルで長い。
「なにあれ」
結衣が真顔になった。
「リムジンだな」
「見れば分かるわよ」
「でかいな」
「でかすぎるのよ」
近所の人たちまで窓から覗いている。
犬の散歩中だったおじさんが立ち止まっている。
小学生が写真を撮っている。
完全に目立っていた。
「やっぱスポンサーってすげぇな」
「スポンサーの範囲を超えてるのよ」
リムジンがゆっくり停車する。
すると運転席とは別の位置からドアが開いた。
中から現れたのは黒服の男性。
相変わらずSPっぽい。
いやたぶんSPである。
「お迎えに上がりました」
「ありがとうございます!」
ハルトが元気よく返事をする。
黒服も少しだけ表情を緩めた。
最近では西園寺家の人間も勇者様耐性が付き始めている。
「聖奈さんは?」
結衣が尋ねる。
「既に港でお待ちです」
「港?」
ハルトの目が輝いた。
「もう船あるの!?」
「ご用意しております」
「楽しみだな!」
結衣だけが頭を抱えた。
嫌な予感しかしない。
だが今さら逃げられない。
三人――正確には二人と黒服たちは車内へ乗り込んだ。
そして。
「うわぁ」
ハルトが感嘆の声を漏らした。
車内。
広い。
とにかく広い。
もはや車ではない。
高級ホテルのラウンジだった。
向かい合わせのソファ。
大型モニター。
冷蔵庫。
テーブル。
高級そうな木目。
柔らかい照明。
「移動スタジオだ」
「車よ」
「移動会議室だ」
「車なの」
「撮影できそう」
「できるでしょうね」
ハルトは早速スマホを向ける。
「はい皆さん見てください」
カメラが車内を映す。
「スポンサーの送迎車です」
「絶対に送迎車じゃない」
結衣が即座にツッコむ。
「これ普通の人が見たら驚くだろ」
「私も驚いてる」
「企業案件すげぇ」
「まだ企業案件だと思ってるの?」
「違うの?」
「もういいわ……」
車がゆっくり発進する。
窓の外を住宅街が流れていく。
その様子をハルトは撮影していた。
「こういう移動シーンも大事なんだよな」
「へぇ」
「旅行動画とか見るだろ?」
「まあ見るけど」
「目的地だけじゃなくて過程もコンテンツなんだ」
「ちょっとそれっぽいこと言ったわね」
「俺はいつもそれっぽいぞ」
「中身がないのよ」
ハルトは笑う。
だが確かに今の言葉には少しだけ本音が混じっていた。
異世界では。
目的地へ急ぐことばかりだった。
魔王軍。
戦争。
救援。
討伐。
移動はいつも戦いの前触れだった。
だからこそ。
こうして目的もなく景色を眺める時間が少し好きだった。
本人は自覚していないが。
結衣だけは何となく気付いていた。
「……楽しそうね」
「楽しいぞ」
「知ってる」
結衣は少しだけ笑う。
異世界から帰ってきて。
ハルトは変わった。
でも変わっていない。
無茶苦茶なところも。
目立ちたがりなところも。
全部そのままだ。
だから。
少し安心する。
その時。
ハルトが窓の外を指差した。
「あ」
「どうしたの?」
「海見えた」
視界の先。
青い海が広がっていた。
港が近い。
大型クレーン。
倉庫群。
停泊する船。
潮の香り。
ハルトのテンションがさらに上がる。
「きたあああ!」
「子供か」
「船!」
「まだ見えてないわよ」
「絶対でかいぞ!」
「嫌な予感しかしない」
リムジンは港へ向かって進んでいく。
そして。
数分後。
車は巨大な港湾施設の入り口へ到着した。
だが。
入り口の向こうに見えたものを見て。
結衣は静かに呟いた。
「……あの人、またやったわね」
港の奥。
圧倒的な存在感を放つ白い船影が見えていた。
どう見ても。
ハルトが想像している「ちょっと豪華な船」ではなかった。
そして。
その船の前には。
優雅な笑みを浮かべる西園寺聖奈の姿があった。
リムジンが停止する。
ドアが開く。
潮風が車内へ流れ込んできた。
「おおー……」
ハルトが感嘆の声を漏らした。
結衣も車を降りる。
そして。
数秒後。
「……は?」
思わずそんな声が出た。
目の前。
港の一角。
そこに停泊していたのは――。
白。
とにかく白。
巨大な船体。
何階建てなのか分からないほど積み上がった客室。
何列も並ぶ窓。
上層部にはガラス張りの施設。
甲板にはプールらしきものまで見える。
その姿はもはや。
船というより。
海に浮かぶ高級ホテルだった。
「…………」
結衣はしばらく言葉を失った。
そして。
「いやいやいやいや」
現実逃避をやめた。
「待って」
誰に言うでもなく呟く。
「待って待って待って」
無理だった。
どう見てもおかしい。
高校生が乗る船じゃない。
動画撮影の移動手段でもない。
そもそも個人所有していいサイズじゃない。
「すげぇぇぇぇぇぇ!!」
隣でハルトが叫んだ。
目を輝かせている。
完全に少年である。
「結衣見ろ!」
「見てるわよ!」
「船だ!」
「それは見れば分かる!」
「でかい!」
「だから見れば分かるのよ!」
「豪華!」
「見れば分かるの!」
ハルトは興奮したまま船を見上げた。
異世界にも巨大船は存在した。
だが基本は帆船。
軍艦。
輸送船。
そんなものだ。
こんな海上都市みたいな船は存在しない。
「すげぇな現代技術……」
「そこ感心するとこ?」
「これ映画で見るやつだろ!」
「まあ見るけど!」
「スポンサー本気だ!」
「スポンサーじゃないのよ!」
結衣が叫ぶ。
しかし当のスポンサー(仮)は優雅に微笑んでいた。
「おはようございます、勇者様」
船の前に立つ聖奈。
白いワンピース。
麦わら帽子。
海風に揺れる金色の髪。
休日モードなのに異常なほど絵になっている。
まるで映画のワンシーンだった。
ハルトは元気よく手を振る。
「おはよう聖奈!」
「お待ちしておりましたわ」
その一言だけで。
聖奈の機嫌が一気に上がる。
結衣には分かった。
今、絶対に嬉しくなった。
分かりやすい。
「どうですか?」
聖奈は少しだけ胸を張る。
「今回の移動手段ですわ」
「最高!」
即答だった。
「だと思いましたわ」
聖奈が満足そうに微笑む。
勇者様が喜んでいる。
それだけで十分だった。
一方。
結衣は違う意味で頭を抱えていた。
「ちなみに聞くけど」
「なんでしょう?」
「これ何?」
「客船ですわ」
「見れば分かるの」
今日は何回目だろう。
「そうじゃなくて」
結衣は船を指差す。
「なんでこれ?」
「勇者様が豪華な船をご希望でしたので」
「いやいやいや」
結衣は全力で否定した。
「普通はもっとこう……」
「はい」
「クルーザーとか」
「ございますわ」
「あるんだ」
「複数」
「聞かなきゃよかった」
聖奈は不思議そうに首を傾げた。
「ですが勇者様の移動ですわよ?」
「そうだけど」
「クルーザーでは狭いかと」
「狭くないわよ!」
「勇者様には快適に過ごしていただきたいですし」
「基準がおかしいのよ!」
だが聖奈は真面目だった。
本気で言っている。
だから余計にタチが悪い。
その間も。
ハルトは船の撮影を続けていた。
「これ絶対サムネになるな」
「もう撮ってる」
「再生数伸びるぞ」
「まだ乗ってもないのに」
「映えがすごい」
確かに。
映えはすごかった。
港に停泊する巨大客船。
青空。
海。
白い船体。
そして西園寺財閥。
どう考えても絵面が強い。
「ちなみに」
ハルトがふと思い出したように尋ねた。
「これ何人くらい乗れるんだ?」
「最大で三千人ほどですわ」
「へぇー」
数秒。
沈黙。
「三千人!?」
ハルトが叫んだ。
さすがに驚いた。
結衣も同時に叫ぶ。
「三千人!?」
「はい」
聖奈は平然としている。
「通常運航時ですとその程度ですわ」
「その程度じゃない!」
結衣がツッコむ。
「学校一個入るわよ!」
「確かに」
ハルトも頷く。
「すげぇな」
「勇者様がお喜びなら何よりです」
聖奈は満足そうだった。
完全に褒められ待ちの顔である。
前世で魔王軍を退けた時より嬉しそうだった。
「聖奈すげぇな」
「ありがとうございます」
即答。
笑顔。
機嫌急上昇。
分かりやすい。
結衣は思った。
(チョロい)
いや。
勇者限定でチョロい。
普段は日本経済に影響を与えるレベルの令嬢である。
なのに。
ハルトに褒められるだけで嬉しそうになる。
温度差がひどい。
「それで」
ハルトが船を見上げながら言った。
「中ってどんな感じなんだ?」
「ご案内いたしますわ」
聖奈が微笑む。
どこか得意げだった。
まるで自分の宝物を見せる子供のように。
「船内にはラウンジ、レストラン、シアター、温泉施設、プール、展望デッキなどがございます」
「待って」
結衣が止めた。
「今なんて?」
「温泉施設ですわ」
「船に?」
「ございますわ」
「なんで?」
「快適ですので」
「そう……」
もう考えるのをやめた。
負けである。
価値観の土俵が違った。
ハルトは完全に目を輝かせていた。
「すげぇ楽しそう!」
「勇者様がお気に召したなら幸いです」
「撮影もいっぱいできそう!」
「もちろんですわ」
聖奈は優雅に一礼する。
そして巨大な船へ向かって手を差し出した。
「では勇者様」
「おう!」
「島への旅を始めましょう」
船へ続くタラップの先。
豪華客船の入り口が待っている。
結衣は最後にもう一度だけ船を見上げた。
どう考えても。
まだ何かある。
この規模で終わるはずがない。
そんな予感しかしなかった。
そして三人は。
巨大客船へ足を踏み入れるのだった。
タラップを渡る。
船内へ足を踏み入れた瞬間。
「うおぉ……」
ハルトの口から感嘆の声が漏れた。
広い。
とにかく広い。
エントランスホールだけで学校の体育館くらいある。
吹き抜け。
巨大なシャンデリア。
磨き上げられた床。
高級ホテルのような内装。
受付カウンターまで存在している。
「船の中だよな?」
ハルトが確認する。
「船ですわ」
聖奈が頷く。
「ホテルじゃなくて?」
「船ですわ」
「本当に?」
「船ですわ」
結衣が横から口を挟んだ。
「諦めなさい」
「でもホテルだろこれ」
「私もそう思う」
実際そう見える。
船というより海上ホテルだった。
ハルトは早速スマホを構えた。
「はいどうもー!」
動画用のテンションになる。
「炎の勇者チャンネルです!」
カメラがホール全体を映す。
「今ですね」
くるりと回る。
「船の中です」
「船ですわ」
後ろから聖奈が補足する。
「船らしいです」
「船です」
「ホテルにしか見えません」
「船です」
結衣が吹き出した。
ハルトも笑う。
視聴者受けしそうなやり取りだった。
「コメント欄荒れそうだな」
「『船じゃねぇ』で埋まりそうね」
「絶対なる」
そんな話をしながら歩き出す。
船は既に出港準備に入っていた。
窓の外では作業員たちが動いている。
巨大な船体がゆっくりと港を離れ始めていた。
ハルトはあちこち撮影しながら進む。
ラウンジ。
展望スペース。
ショップ。
カフェ。
何を見ても新鮮だった。
「すげぇ……」
異世界でも王城には行った。
豪華な屋敷も見た。
王女専用の離宮にも泊まった。
だが。
船でここまで豪華なのは初めてだった。
「これ全部撮りたいな」
「全部は無理よ」
結衣が即答する。
「編集する私が死ぬ」
「じゃあ重要なところだけ」
「それでも長くなる」
ハルトは少し残念そうにする。
すると聖奈が言った。
「本日は移動が目的ですので」
「うん」
「全てをご覧いただくのは難しいかもしれませんわ」
「だよなぁ」
ハルトが窓の外を見る。
青い海。
穏やかな波。
空は快晴。
気持ちのいい航海日和だった。
「島ってどれくらいで着くんだ?」
「およそ三時間ほどですわ」
「近いな」
「近いの?」
結衣が反応した。
「私有島ってもっと遠いイメージあった」
「日帰りも可能な距離ですわ」
「へぇ」
なるほど。
朝出発して昼頃に到着。
確かに撮影にはちょうどいい。
だが。
ハルトは難しい顔になった。
「どうしたの?」
結衣が聞く。
「いや」
ハルトは周囲を見回した。
「三時間しかないんだろ?」
「そうだけど」
「全部回れなくね?」
「回る気だったの?」
「せっかくこんな船なのに」
本気で悩み始めた。
「温泉もあるんだろ?」
「ありますわ」
「プールも」
「あります」
「シアターも」
「あります」
「レストランも」
「ございます」
「無理じゃん」
ハルトは真顔になった。
「三時間しかない」
「そこ本気で悩むんだ」
結衣が呆れる。
「だってもったいないだろ」
その言葉は妙に子供っぽかった。
遊園地へ来た子供が閉園時間を気にするような。
そんな顔だった。
「せっかく来たのになぁ」
残念そうに呟く。
その様子を見て。
聖奈は少しだけ微笑んだ。
異世界では。
勇者としての顔ばかり見てきた。
誰かを守るため。
世界を救うため。
常に戦っていた。
だが今は違う。
好きなことを楽しみ。
行きたい場所へ行き。
子供みたいに目を輝かせている。
その姿を見るのが。
聖奈は好きだった。
「でしたら」
穏やかに口を開く。
「また別の日に乗ればよろしいのでは?」
「え?」
ハルトが振り返る。
「この船に?」
「はい」
聖奈は当然のように頷いた。
「せっかくですので」
「うん」
「撮影とは関係なく、クルーズなどいかがでしょうか」
結衣の嫌な予感センサーが反応した。
今。
さらっと大変な提案が出た。
「クルーズ?」
「はい」
「旅行みたいな?」
「旅行ですわ」
ハルトの目が輝く。
「楽しそう!」
即答だった。
聖奈も嬉しそうに微笑む。
「お気に召しましたか?」
「めちゃくちゃ」
「でしたらぜひ」
「行きたい!」
即決である。
結衣は額を押さえた。
「決まるの早すぎる」
「だって面白そうだし」
「だからって即答しないの」
「結衣も来るだろ?」
「……まあ行くけど」
行かなければ危険である。
絶対に危険である。
聖奈とハルトだけで行かせる選択肢は存在しない。
「では三人で」
聖奈が微笑む。
少しだけ残念そうだった。
ほんの少しだけ。
だが隠し切れていない。
結衣は見逃さなかった。
(今、一瞬だけ二人きりを想像したわね)
絶対した。
間違いない。
しかし聖奈はすぐに表情を戻した。
「まずは今回の撮影を成功させましょう」
「だな!」
ハルトはすぐに気持ちを切り替える。
「登録者増やしたいし!」
「そこは変わらないのね」
「大事だからな」
むしろそこが本体である。
勇者より前に承認欲求モンスターなのだ。
その後も三人は船内を歩いた。
ゲームコーナー。
展望デッキ。
高級ラウンジ。
映画館のようなシアター。
見るたびにハルトが騒ぎ。
結衣がツッコミ。
聖奈が満足そうに見守る。
そんな時間が続く。
そして。
気付けば船はかなり沖へ出ていた。
青い海がどこまでも広がっている。
陸地は遠くなり。
代わりに水平線だけが見える。
「海しかねぇな」
ハルトが呟く。
「これぞ船旅ですわ」
「ちょっと感動するな」
異世界でも海はあった。
だが。
こうして何も考えず眺める機会は少なかった。
魔物。
海賊。
嵐。
いつも何かがあった。
だから。
ただ穏やかな海を見るだけで少し嬉しい。
そんな時間を過ごしていると。
前方を眺めていた聖奈が言った。
「そろそろ見えてまいりますわ」
「ん?」
「勇者様の舞台です」
ハルトが前を向く。
結衣も視線を上げる。
遠く。
水平線の先。
うっすらと緑色の影が見えていた。
島だ。
今回の撮影地。
西園寺家の私有島。
そして。
次なる大騒動の舞台が。
ゆっくりとその姿を現し始めていた。
島影は。
船が進むごとに少しずつ大きくなっていった。
最初は水平線の向こうに浮かぶ緑色の点だった。
それが。
丘になり。
森になり。
やがて一つの島として輪郭を持ち始める。
ハルトは展望デッキの手すりに身を乗り出していた。
「おお……」
純粋な感嘆。
カメラ越しではなく、自分の目で見ている。
それでも思わず声が漏れた。
青い海。
白い波。
晴れ渡った空。
そして。
近付くにつれて姿を現す巨大な島。
「思ったよりでかいな」
「そこそこ広いですわ」
聖奈が答える。
そこそこ。
西園寺聖奈の言う「そこそこ」は信用ならない。
結衣は既に学習済みだった。
「ちなみに何平方キロ?」
「二十七ほどですわ」
「そこそこじゃないわよ」
即座にツッコむ。
「普通に大きいわよ」
「そうなのですか?」
「そうなのよ」
聖奈は本気で首を傾げていた。
価値観が違う。
根本的に。
一方のハルトは。
「撮影できる場所いっぱいありそう!」
そこしか見ていなかった。
森。
海岸。
崖。
山。
空き地。
全部ロケ地に見えている。
動画投稿者脳である。
「早く上陸したいな」
「まだ着きませんわよ」
「あとどれくらい?」
「三十分ほどです」
「長いな」
「さっきまで船を満喫してたじゃない」
「今は島が気になる」
「落ち着きなさい」
完全に遠足の小学生だった。
そんな会話をしているうちに。
島はさらに近付く。
そして。
ついに。
「よし!」
ハルトがスマホを構えた。
「この辺なら撮れる!」
島の全景が視界に収まる距離。
海の上から見える巨大な緑。
白い砂浜。
断崖。
青い海。
まさに絶景だった。
「撮影開始!」
ハルトのテンションが一段階上がる。
カメラを回す。
「はいどうもー!」
いつもの挨拶。
「炎の勇者チャンネルです!」
カメラが島を映す。
「見てくださいこれ!」
ぐるり。
視界いっぱいに広がる島。
「今回の撮影場所です!」
「私有島ですわ」
横から聖奈が補足する。
「スポンサー所有です!」
「スポンサーじゃないんだけどなぁ……」
結衣が小声で呟いた。
ハルトは島のあちこちを撮影していく。
「森あるだろ?」
「あります」
「海あるだろ?」
「あります」
「崖あるだろ?」
「あります」
「最高じゃん!」
楽しそうだった。
本当に。
心の底から。
異世界では命懸けだった冒険。
今は動画撮影。
やっていることの規模は相変わらずおかしいが。
本人は幸せそうだった。
「この角度いいな」
島を撮る。
「いや待て」
今度は船を撮る。
振り返る。
巨大客船。
青空。
海。
白い船体。
絵になる。
「いやこっちもいいな……」
悩み始めた。
結衣が察する。
「ああ」
「ん?」
「サムネ?」
「サムネ」
ハルトが真剣な顔で頷いた。
動画投稿者にとって最大級の悩みである。
「船も強いんだよな」
「まあ強いわね」
「でも島も強い」
「確かに」
実際強い。
どちらも映える。
どちらもインパクトがある。
どちらを選んでもクリック率は高そうだった。
ハルトは腕を組む。
「船サムネだと」
「うん」
「『豪華客船で私有島行ってみた』感が出る」
「そうね」
「島サムネだと」
「うん」
「『謎の島で撮影します』感が出る」
「確かに」
結衣まで考え始めた。
編集担当としては重要な問題である。
「どっちが伸びるかな」
「知らないわよ」
「結衣なら分かるだろ」
「いや、これは難しい」
本気だった。
むしろ今までで一番真面目に悩んでいる。
世界を救う時より真剣かもしれない。
「どう思う?」
ハルトが聖奈へ振り返る。
すると。
聖奈は少し考えて。
「両方では駄目ですの?」
と言った。
「両方?」
「はい」
「サムネ一枚だぞ?」
「合成すればよろしいのでは」
結衣が一瞬固まる。
「あ」
それだ。
普通にそれだった。
船。
島。
両方配置。
中央にハルト。
確かに強い。
「……悔しいけどありね」
「だろ?」
ハルトも納得した。
「スポンサー優秀だな」
「ありがとうございます」
即座に笑顔になる聖奈。
分かりやすい。
本当に分かりやすい。
褒められた瞬間に機嫌が上がる。
「じゃあ決まりだな」
ハルトが頷く。
「船と島、両方使う」
「良いと思いますわ」
「タイトルどうしようかな」
「まだ考えるの?」
「タイトル大事だから」
動画投稿者は忙しい。
撮影前からサムネとタイトルを考える。
そんな三人の会話の間にも。
船はゆっくり進み続けていた。
島はさらに近付く。
海岸線が見える。
建物も見える。
港も見える。
そして。
島の奥に見えたあるものに。
結衣の視線が止まった。
「……ねえ」
「ん?」
ハルトが振り返る。
結衣は遠くを指差した。
「あれ何?」
島の奥。
森の向こう。
何か巨大な灰色の構造物が見える。
遠すぎてまだ分からない。
だが。
妙な存在感があった。
すると。
聖奈があっさり答えた。
「ああ」
そして。
まるで庭に犬小屋があると説明するような気軽さで言う。
「軍艦ですわ」
数秒。
沈黙。
「……は?」
結衣が聞き返した。
今。
なんと言った。
「軍艦ですわ」
聖奈はもう一度繰り返した。
当然のように。
何の疑問もなく。
その瞬間。
結衣の嫌な予感が。
過去最大級に膨れ上がった。
豪華客船が接岸し、ゆっくりとタラップが降ろされる。
目の前には、青い海に囲まれた島。
遠目に見えていた時よりもさらに自然豊かで、白い砂浜と深い緑が美しいコントラストを描いていた。
「おおおおお!」
真っ先に声を上げたのはハルトだった。
「ついに上陸だ!」
まるで新大陸を発見した冒険者のようなテンションでタラップを駆け下りる。
「テンション高いわね……」
結衣が苦笑する。
「だって島だぞ! 島!」
「知ってるわよ」
「冒険の匂いがする!」
「ただの観光地よ」
「いや、こういう島には隠された遺跡とか秘密の洞窟とかが――」
「ないから」
即答だった。
しかしハルトはまったく気にしていない。
むしろ楽しそうにカメラを回している。
「皆さんこんにちは! 本日は聖奈さんのプライベートアイランドにやってきました!」
カメラへ向かって手を振る。
「見てくださいこの景色!」
レンズが砂浜から海へ、そして島全体へと向けられる。
青く透き通る海。
白い砂浜。
揺れるヤシの木。
どこを切り取っても絵になる風景だった。
「俺の知ってる島と違う」
「あなたの知ってる島って何よ」
「魔王軍幹部が住んでる火山島とか」
「比較対象がおかしいのよ」
ハルトは撮影を続けながら頷く。
「いやでもこれ、動画映えすごいぞ」
「それは確かにそうね」
「船もすごかったし、島もすごいし、今回の動画かなり当たりなんじゃないか?」
編集後の動画を想像しているのか、ハルトは上機嫌だった。
その横で聖奈が上品に微笑む。
「お気に召していただけたようで何よりです」
「最高です!」
ハルトは即答した。
「こんなの普通じゃ撮れないからな!」
「そう言っていただけると招待した甲斐があります」
聖奈もどこか嬉しそうだ。
そんな三人のもとへ、黒服の使用人たちが近付いてきた。
「お荷物をお預かりいたします」
「お、お願いします」
結衣が旅行バッグを渡す。
ハルトもカメラ機材以外の荷物を預けた。
聖奈が説明する。
「別荘まで運ばせますので、皆さんは手ぶらでお楽しみください」
「助かる!」
ハルトは軽く肩を回した。
「こういう時に荷物がないと冒険感が増すな!」
「だから冒険じゃないって」
「ですが、島内は広いですからね」
聖奈が海風に髪を揺らしながら言う。
「別荘へ向かう前に少し散策されますか?」
「もちろん!」
ハルトは即答した。
「まずは島紹介動画だ!」
カメラを構える。
「せっかく来たんだから景色を撮りまくるぞ!」
「本格的な探索は明日でもできますしね」
聖奈も賛同する。
「本日は軽く島を見て回る程度にいたしましょう」
「賛成」
結衣も頷いた。
移動だけでも十分イベント尽くしだった。
今日は肩慣らし程度でちょうどいい。
使用人たちが荷物を運んでいくのを見送りながら、三人は島の奥へと歩き出す。
白い砂浜の先には緑豊かな遊歩道。
その向こうには、まだ見ぬ景色が広がっている。
ハルトはカメラを回しながら満面の笑みを浮かべた。
「よーし! それじゃあ島探索スタートだ!」
こうして三人は、プライベートアイランドの散策へと向かうのだった。




