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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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8/32

第8話 王女様のスポンサー会議はスケールがおかしい

 帰りのホームルーム終了を告げるチャイムが鳴った。


 途端に教室の空気が緩む。


 椅子を引く音。


 鞄を持ち上げる音。


 部活へ向かう生徒たちの話し声。


 いつもの放課後。


 ――のはずだった。


「勇者様」


 ハルトが席を立った瞬間。


 隣から聖奈が声を掛ける。


「お迎えが到着しております」


「おお」


 ハルトは素直に頷いた。


「スポンサー会議だな」


「はい」


 聖奈は微笑む。


 その笑顔は完璧だった。


 王女のように優雅で。


 令嬢のように上品で。


 そして結衣から見ると、とても嫌な予感しかしない笑顔だった。


「結衣さんもご一緒にどうぞ」


「行くわよ」


 即答だった。


 ハルト一人で行かせる選択肢など存在しない。


「なんか保護者みたいだな」


「誰のせいだと思ってるのよ」


「?」


 意味が分からないという顔をするハルト。


 結衣は今日だけで何度目か分からないため息を吐いた。


 田辺がそんな三人を見ながら声を掛けてくる。


「なあ一ノ瀬」


「ん?」


「また西園寺さんとどっか行くの?」


「動画の打ち合わせ!」


「マジかよ」


 田辺が羨ましそうな顔をする。


「財閥令嬢と放課後に打ち合わせとか人生どうなってんだよ」


「配信者だからな!」


「そこ威張るところじゃねぇだろ!」


 教室に笑いが起きる。


 聖奈はそんなやり取りを微笑ましそうに眺めていた。


 勇者が楽しそうならそれでいい。


 それだけだった。


 そして三人は教室を出る。


 廊下。


 昇降口。


 校舎の外。


 夕方の空は薄いオレンジ色に染まり始めていた。


 運動部の掛け声がグラウンドから聞こえる。


 吹奏楽部の練習音も聞こえる。


 どこにでもある高校の放課後。


 だが。


 校門へ近づくにつれて。


 何やら騒がしい。


「うわ……」


 結衣が額を押さえた。


 見えてしまった。


 校門前。


 一般的な高校にはまず存在しない光景が。


 黒塗りの巨大なリムジン。


 長い。


 とにかく長い。


 もはや車というより列車の先頭部分だった。


 しかも一台ではない。


 先頭車両。


 後続車両。


 さらに護衛車両らしき黒塗りの高級車まで並んでいる。


 校門前の道路が完全に占拠されていた。


 周囲の生徒たちがざわついている。


「なにあれ……」


「映画の撮影?」


「芸能人いるの?」


「西園寺さんの車らしいぞ」


「嘘だろ」


「いやマジ」


「財閥すげぇ……」


「学校にリムジンで来る人初めて見た」


 スマホを向ける生徒までいる。


 教師たちも困惑顔だ。


 そんな中。


 リムジンの横に待機していた黒服たちが一斉に動いた。


 まるで軍隊のような統率。


 全員の動きが揃っている。


 ドアの前へ整列。


 そして。


 最前列の男性が深々と頭を下げた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 周囲のざわめきがさらに大きくなる。


「本物だ……」


「ドラマじゃん……」


「執事いる……」


「執事じゃなくてSPじゃね?」


 結衣は遠い目になった。


(だから学校でやるなってのよ……)


 一方。


 ハルトは感心していた。


「すげぇな」


「でしょう?」


 聖奈が少し嬉しそうに微笑む。


「やっぱ大企業の送迎車って違うな」


「……ええ」


 聖奈は一瞬だけ沈黙した。


 本当は違う。


 これは勇者様のために用意した車列である。


 だが説明しても理解されない。


 いや。


 理解されても困る。


 なので黙っておく。


 黒服がリムジンのドアを開く。


 内装が見えた瞬間。


 結衣は再び頭を抱えた。


「ちょっと待って」


「なんでソファがあるの?」


「移動中におくつろぎいただくためですわ」


「家じゃないのよ!?」


 中には向かい合わせの革張りソファ。


 小型テーブル。


 冷蔵設備らしき収納。


 間接照明。


 下手なホテルより豪華だった。


 ハルトは素直に感動している。


「すげぇ!」


「勇者様がお気に召されたようで何よりです」


 聖奈は満足そうだった。


 周囲の生徒たちは完全に見物人になっている。


「一ノ瀬も乗るのか?」


「乗るらしい」


「なんなんだあいつ」


「実は王族なんじゃね?」


「それ西園寺さんの方だろ」


 好き勝手言われていた。


 だが当人は気にしない。


 むしろ。


(これ撮影してたら再生数取れそうだな)


 などと考えていた。


 承認欲求モンスターである。


「よし」


 ハルトがリムジンへ近づく。


「じゃあスポンサー会議といこう!」


「はい」


 聖奈が嬉しそうに頷く。


「勇者様のために最高の企画をご用意しております」


 その言葉に。


 結衣の背筋を冷たいものが走った。


 昨日も聞いた。


 その手の台詞を。


 そして結果は。


 学校の中に高級ホテルができた。


(今度は何をやらかす気なの……)


 嫌な予感しかしない。


 だが。


 ハルトは期待で目を輝かせていた。


 そして三人は。


 それぞれ違う感情を抱えたまま。


 巨大なリムジンの中へと乗り込んだ。


 常識が置き去りになる会議の始まりだった。



 ドアが静かに閉まる。


 外の喧騒が嘘のように消えた。


 リムジンの中は驚くほど静かだった。


 エンジン音すらほとんど聞こえない。


「おお……」


 ハルトが素直に感動する。


「すげぇなこれ」


「お気に召しましたか?」


「めちゃくちゃ快適」


「光栄ですわ」


 聖奈は満足そうに微笑んだ。


 向かい側の席へハルトが座る。


 その隣に当然のように結衣が座った。


 その瞬間。


 聖奈の笑顔がほんの少しだけ固まる。


(本来であれば勇者様のお隣は私なのですが……)


 しかし表情には出さない。


 王女としての訓練は伊達ではない。


 代わりに。


(ですが一泊二日になれば話は別ですわ)


 そんなことを考えていた。


 結衣はなぜか急に嫌な予感が強くなった。


 理由は分からない。


 ただ本能が警鐘を鳴らしている。


 危険だ、と。


 非常に危険だ、と。


 車がゆっくり動き出した。


 窓の外を学校が流れていく。


「それで?」


 ハルトが身を乗り出す。


「次の企画って何?」


 待ちきれない様子だった。


 今や彼の頭の中は再生数でいっぱいである。


 登録者数。


 高評価。


 コメント欄。


 急上昇ランキング。


 その全てが快感だった。


 聖奈はそんな勇者を愛おしそうに見つめた。


 そして。


 本題へ入る。


「勇者様」


「うん」


「前回の動画ですが」


「炒飯のやつ?」


「はい」


 聖奈がタブレットを操作する。


 画面には動画の分析資料が表示された。


「再生数、登録者増加率、海外流入率。全て想定を上回っております」


「マジか!」


「特に海外からの反応が顕著ですわ」


「きたぁ!」


 ハルトが拳を握る。


「世界進出!」


「おめでとうございます」


「やっぱ炒飯は強かったか!」


「ええ」


 聖奈は頷く。


「ですが」


 そこで言葉を区切る。


「次はさらに上を目指せます」


「おっ」


 ハルトの目が輝く。


 完全に釣れた。


 聖奈は内心で小さくガッツポーズをした。


「今の勇者様なら」


「うん」


「一千万再生も夢ではありません」


「マジで!?」


「ええ」


 ハルトが前のめりになる。


 結衣だけが嫌な予感を強めていた。


 こういう時の聖奈は危険だ。


 非常に危険だ。


「そこで提案があります」


「聞こう!」


 即答だった。


 聖奈は微笑む。


「次の休日ですが」


「うん」


「私の所有する島を撮影場所として利用なさいませんか?」


 一瞬。


 沈黙。


「……島?」


 ハルトが聞き返す。


「はい」


「島?」


「島ですわ」


「島ってあの島?」


「海にある島ですわ」


「えっ」


 ハルトが固まった。


 結衣は頭を抱えた。


 予想通りだった。


 スケールがおかしい。


「いや待って」


 結衣が割り込む。


「普通に島って言った?」


「はい」


「私有地じゃなくて?」


「私有島ですわ」


「やっぱり!」


 思わず叫んだ。


 聖奈はきょとんとしている。


 何が問題なのか分かっていない顔だった。


「撮影には広い場所が必要でしょう?」


「まあそうだけど……」


「人払いも容易です」


「確かに」


「周囲への影響もありません」


「確かに」


「ドローン撮影も自由です」


「確かに」


 ハルトがどんどん納得していく。


 結衣の顔色が悪くなる。


「しかも」


 聖奈は続けた。


「海があります」


「おお」


「山があります」


「おお!」


「森林もございます」


「おおお!」


「さらに開発区域もございます」


「神か?」


「勇者様のために用意いたしましたので」


「神だった」


 ハルトが感動していた。


 完全に落ちている。


 動画投稿者として理想の環境だった。


 結衣は必死に抵抗する。


「ちょっと待ちなさいよ」


「なんでしょう?」


「なんで高校生の動画撮影に島が出てくるのよ」


「最高の作品作りのためですわ」


「その答えが一番怖いのよ!」


 聖奈は首を傾げた。


 本気で理解していない。


 価値観が違いすぎる。


「それで」


 聖奈は再びハルトを見る。


「撮影日は土曜日を予定しております」


「ふむふむ」


「ですが」


 少しだけ声が柔らかくなる。


「大型企画になりますので」


「うん」


「前日入りされた方がよろしいかと」


 結衣の眉がぴくりと動いた。


 嫌な予感がした。


 非常に嫌な予感が。


「前日入り?」


 ハルトが聞く。


「ええ」


 聖奈は優雅に頷いた。


「金曜日の放課後に出発」


「ほう」


「そのまま島で一泊」


「ほうほう」


「翌日に撮影」


「おお!」


 ハルトは目を輝かせた。


「なんかプロっぽい!」


「でしょう?」


 聖奈も嬉しそうだ。


 だが。


 内心は全く別だった。


(勇者様と同じ島で一夜を過ごす……)


(勇者様と夕食を共にし……)


(勇者様と朝を迎え……)


(勇者様と撮影を行う……)


 幸せだった。


 まだ何も始まっていないのに幸せだった。


 危うく頬が緩みそうになる。


 王女の理性が必死に抑える。


 一方。


 結衣はその笑顔を見逃さなかった。


(絶対なんか企んでる)


 確信した。


 百パーセント企んでいる。


 だが。


「面白そうじゃん!」


 ハルトは満面の笑顔だった。


 再生数。


 大型企画。


 島ロケ。


 その単語だけでテンションが上がっている。


 結衣は天井を見上げた。


(帰りたい……)


 まだ会議は始まったばかりだった。



「ですが」


 聖奈がタブレットを操作する。


「ただ広い場所を用意するだけでは意味がありません」


「おお」


「視聴者が求めるのは驚きです」


「そう!」


 ハルトが力強く頷く。


「分かってるな聖奈!」


「勇者様の動画は拝見しておりますので」


 聖奈は当然のように答えた。


 たぶん百回以上見ている。


 いや千回かもしれない。


 本人は数えていない。


「炒飯動画が伸びた理由も分析しております」


「マジで?」


「はい」


 画面が切り替わる。


 グラフ。


 表。


 コメント分析。


 視聴維持率。


 海外視聴者の流入経路。


 どう見ても高校生の動画会議ではない。


「えっと」


 結衣が確認する。


「これどこの会社の会議資料?」


「私が作成しましたわ」


「なんでよ」


「勇者様のためですので」


「その説明万能すぎない?」


 聖奈は微笑むだけだった。


 そして分析を始める。


「視聴者が評価しているのは三点」


「ふむ」


「圧倒的な映像」


「うんうん」


「理解不能な技術」


「うん」


「そして勇者様ご本人です」


「俺?」


 ハルトが自分を指差す。


「ええ」


 聖奈は断言した。


「勇者様はご自身を過小評価しております」


「そうか?」


「はい」


「いやー照れるな」


 照れるところじゃない。


 結衣はツッコミを飲み込んだ。


「コメントにもあります」


 聖奈が読み上げる。


『なんでこの人こんな堂々としてるんだ』


『CGだとしても本人が面白い』


『料理より投稿者の方が気になる』


『絶対変人だけど嫌いじゃない』


『また見に来てしまった』


「ほら!」


 ハルトが立ち上がりそうになる。


「俺人気じゃん!」


「座りなさい」


 結衣が制服の裾を引っ張った。


 子供か。


「つまり」


 聖奈が話を戻す。


「次回は勇者様自身をさらに前面に出すべきです」


「なるほど」


「そしてスケールを拡大する」


「なるほどなるほど」


 完全に乗せられている。


 結衣にはそう見えた。


「私有島なら」


 聖奈が窓の外を眺めながら言う。


「海岸」


「うん」


「森林」


「うん」


「崖」


「うん」


「廃施設」


「おお!」


 ハルトの目が輝く。


「廃施設あるの!?」


「ございます」


「最高じゃん!」


「勇者様がお喜びになると思いまして」


「分かってる!」


 ハルトは興奮していた。


 男子高校生は廃施設という言葉に弱い。


 まして承認欲求モンスターならなおさらだ。


「動画映えしそうだなぁ……」


 ぶつぶつと呟き始める。


 もう撮影モードに入っている。


 そんなハルトを見ながら。


 聖奈は満足そうに微笑んだ。


 勇者が楽しそう。


 それだけで嬉しい。


 一方で結衣は別のことを考えていた。


(廃施設って何よ)


(島にそんなものある?)


(絶対普通の島じゃないでしょ)


 聞かない方が幸せな気がした。


 だから聞かなかった。


 だが。


 ハルトは違う。


「なあなあ」


「はい」


「島ってどれくらい広いの?」


 結衣が顔を覆った。


 聞いてしまった。


 絶対ろくでもない答えが返ってくる。


 案の定だった。


「東京ドーム換算でおよそ――」


「東京ドーム換算やめて」


 結衣が即座に止める。


「その単位で話されると余計分からないから」


「そうですか?」


「そうなの」


 聖奈は少し考えた。


「では簡単に申し上げますと」


「うん」


「島内を全て徒歩で回ると一日では終わりません」


「広っ!」


 ハルトが叫ぶ。


「すげぇ!」


 結衣はもう驚かない。


 感覚が麻痺してきた。


「勇者様ならお気に召すかと」


「気に入った!」


「ありがとうございます」


 なぜ礼を言うのか。


 結衣には分からない。


 そして。


 しばらく盛り上がった後。


 ハルトがふと呟く。


「しかしなぁ」


「?」


「せっかく島まで行くなら」


 その顔は。


 何かを思いついた時の顔だった。


 結衣の危険察知能力が反応する。


 まずい。


 非常にまずい。


「どうせなら」


 ハルトがニヤリと笑う。


「今まで誰も見たことないような映像撮りたいよな」


 聖奈の目が輝いた。


「素晴らしいお考えですわ」


「だろ?」


「ぜひ実現いたしましょう」


 結衣だけが不安になる。


 この二人。


 相性が良すぎる。


 片方は常識がない。


 もう片方は常識ごと予算で殴る。


 最悪の組み合わせだった。


 そして結衣は知らない。


 この時ハルトの頭の片隅で。


(島なら周りに人いないし、ちょっと派手な魔法使ってもバレないかもな)


 という危険な発想が芽生え始めていたことを。



 それはまだ。


 本当に小さな思いつきだった。


 だが後に世界規模の騒動へ発展する種でもあった。


 もちろん。


 今の結衣は知る由もない。


「ところで」


 ハルトが腕を組む。


「撮影内容はどうする?」


「そうですわね」


 聖奈も考える。


 リムジンは静かに走り続けている。


 窓の外には夕暮れの街並み。


 だが車内だけは、どこか秘密基地の会議室のような空気になっていた。


「炒飯の次ですから」


 聖奈が言う。


「単純な料理動画では弱いかと」


「だよな」


「視聴者は常に刺激を求めます」


「分かる」


「同じことを繰り返していては飽きられますわ」


「分かる!」


 ハルトが大きく頷く。


 その顔は真剣だった。


 戦略会議をしている将軍のような顔である。


 内容は動画だが。


「やはりスケールアップは必要です」


「うーん」


 ハルトが唸る。


「火を出す」


「やった」


「炒飯を作る」


「やった」


「氷を出す」


「まだ出してないけど弱いな」


「ですね」


「くそぉ」


 本気で悩み始めた。


 結衣はそんな二人を見ながら思う。


(普通の高校生はこんなことで悩まない)


 動画内容で悩む高校生はいる。


 だが。


 火炎魔法の次は何を出すべきかで真剣に悩む高校生はまずいない。


「勇者様」


「ん?」


「視聴者は物語も好みます」


「物語?」


「はい」


 聖奈が説明する。


「例えば秘境探検」


「おお」


「宝探し」


「おお!」


「無人島サバイバル」


「おおお!」


 どんどん食いついていく。


 男子高校生が好きそうな単語ばかりだった。


「面白そう!」


「でしょう?」


 聖奈は微笑む。


 実際には。


 勇者様との無人島生活。


 という単語に自分が一番ときめいていた。


 だが言わない。


 絶対に言わない。


「でもなー」


 ハルトが首を傾げる。


「それだけだと俺のチャンネルっぽくない気がする」


 その言葉に。


 聖奈の目が少しだけ見開かれた。


 結衣も同じだった。


 意外だったのである。


 ハルトなりに。


 チャンネルの方向性を考えていたらしい。


「どういうことですの?」


「だって俺の売りってさ」


 ハルトは当然のように答えた。


「ありえないことを本気でやることだろ?」


 結衣が一瞬だけ黙る。


 聖奈も黙る。


 それは正しい。


 正しすぎる。


 問題は。


 本人だけがその意味を理解していないことだった。


「みんなCGだと思ってるけど」


 ハルトは続ける。


「本物にしか見えないCGってロマンあるじゃん」


「ありますわ」


「だからもっと」


 ハルトが笑う。


「馬鹿みたいなことやりたいんだよな」


 その瞬間。


 聖奈の胸が少し熱くなる。


 ああ。


 変わっていない。


 異世界でもそうだった。


 誰も挑戦しないことに挑む。


 無理だと言われたことをやる。


 周囲が呆れるような目標を掲げる。


 それが勇者だった。


「勇者様らしいですわ」


「そうか?」


「ええ」


 心からそう思う。


 結衣も内心では同意していた。


 確かにハルトらしい。


 昔からそうだ。


 目立ちたい。


 見てほしい。


 褒めてほしい。


 そのためなら妙な努力を惜しまない。


 幼稚園の頃も。


 小学校の頃も。


 そして今も。


 本質は変わっていない。


「じゃあ決まりだな」


 ハルトが言う。


「島で撮影!」


「はい」


「でっかいやつ!」


「はい」


「めちゃくちゃ映えるやつ!」


「はい」


 聖奈が嬉しそうに頷く。


 まるで勇者に褒められた騎士のようだった。


「じゃあ準備しないとな」


「必要な物は全てご用意いたしますわ」


「マジ?」


「当然です」


「助かる!」


 ハルトが笑う。


 その笑顔だけで。


 聖奈の幸福度が少し上がった。


 安い。


 いや重症だった。


 一方で。


 結衣は別の部分に引っかかっていた。


「ねえ」


「なんでしょう?」


「一泊するのよね?」


「はい」


「宿泊場所は?」


 結衣にとっては重要な問題だった。


 聖奈が用意する施設は信用できない。


 豪華すぎる方向で。


「屋敷がありますわ」


 予想通りだった。


「屋敷」


「はい」


「ホテルじゃなくて?」


「私の別荘です」


 結衣は目を閉じた。


 数秒ほど。


 本気で現実逃避した。


「何部屋あるの?」


「使用人用を除けば三十六部屋ほどですわ」


「意味が分からない」


 高校生が泊まる場所の規模じゃない。


 もはや修学旅行施設である。


「安心してください」


 聖奈が微笑む。


「勇者様のお部屋は最上階にご用意しております」


「なんで最上階なのよ」


「勇者様ですので」


「理由になってない!」


 ハルトはむしろ感動していた。


「すげぇ!」


「でしょう?」


「プロの撮影ってすげぇ!」


 絶対違う。


 結衣は確信した。


 だが。


 ハルトが楽しそうなので言っても無駄だった。


 そしてその時。


 聖奈はふと思い出したように口を開く。


「そういえば」


「ん?」


「勇者様」


「どうした?」


「島へ向かう際ですが」


 聖奈は微笑んだ。


「船とヘリコプター、どちらがよろしいでしょう?」


 沈黙。


 数秒後。


「選択肢がおかしいのよ!!」


 結衣のツッコミがリムジンの中に響き渡った。


 ハルトと聖奈だけが。


 本気で悩み始めていた。



 リムジンの中。


 聖奈が提示した企画書を前に、ハルトは完全に上機嫌だった。


「いやー、楽しみだな!」


 座席に深く腰掛けながら笑う。


「海!」


「島!」


「大自然!」


「こういうの一回やってみたかったんだよな!」


 まるで遠足前の小学生だった。


 聖奈はその様子を見て、柔らかく微笑む。


「お気に召していただけたようで何よりですわ」


「最高だろ!」


 ハルトは即答した。


「だって動画映えしそうじゃん!」


 そこはブレない。


 異世界で世界を救った男の基準がそれだった。


「登録者も増えそうだし!」


「勇者様がお喜びなら私も嬉しく思います」


 聖奈は本気でそう思っている。


 勇者が喜ぶ。


 それだけで十分だった。


 結衣だけが冷静だった。


(この人、本当にハルトのためだけに生きてるわね……)


 怖い。


 とても怖い。


 だが本人に自覚がないのがさらに怖い。


 すると。


 ハルトがふと思い出したように言った。


「あ」


「どうなさいました?」


「せっかくだしさ」


 ニヤリと笑う。


「移動中も撮影しない?」


「撮影、ですの?」


「うん」


 ハルトは身を乗り出した。


「こういう大型企画ってさ、本編だけじゃなくて準備動画とかも需要あるんだよ」


「ほう」


 聖奈は興味深そうに耳を傾ける。


「目的地に行くまでの様子とか」


「裏側とか」


「旅してる感じとか」


「そういうの好きな人いるじゃん」


「確かに」


 結衣も頷く。


「企画発表動画みたいな感じ?」


「そうそう!」


 ハルトが指を鳴らした。


「次回予告みたいなやつ!」


「島へ向かいます!」


「何をやるかは秘密です!」


「みたいな!」


 承認欲求モンスターは再生数のことになると頭の回転が速い。


 聖奈も感心したように微笑んだ。


「素晴らしい案ですわ」


「だろ?」


「では移動そのものも撮影に適したものにいたしましょう」


「おっ」


 ハルトの目が輝く。


「いいね!」


「せっかくだしさ」


 そこで。


 何気なく。


 本当に何気なく。


 ハルトは言った。


「ちょっと豪華な船とか乗りたいかも」


 結衣が嫌な予感を覚えた。


 非常に嫌な予感だった。


「豪華な船?」


 聖奈が聞き返す。


「うん」


 ハルトは軽い調子だった。


「客船とか」


「クルーザーとか」


「そういうの」


「移動中の絵も派手な方が面白いじゃん」


 別に本気で要求しているわけではない。


 あくまで希望。


 理想。


 動画投稿者の雑談レベルである。


「もちろん無理なら全然いいけど」


 だが。


 聖奈は真剣な顔で頷いた。


「承知いたしました」


「え?」


「勇者様のご要望ですもの」


「いやそんな大げさな」


「移動手段については改めて手配いたしますわ」


 その声音は完全に本気だった。


 結衣が即座に口を挟む。


「待ってください」


「はい?」


「今のは雑談です」


「雑談?」


「雑談です」


 強調した。


「ハルトの発言を全部叶えようとしないでください」


「ですが」


「ですがじゃないです」


 結衣は断言した。


「この人、思いつきで喋るので」


「そうなんですの?」


「そうです」


「失礼だな」


「事実でしょ」


「まあ事実だけど」


 認めた。


 認めるな。


 結衣は頭を抱えた。


 しかし。


 聖奈は少し考え込んだあと。


 どこか嬉しそうに微笑んだ。


「ですが」


「勇者様が楽しみにしてくださるなら」


「移動時間すら特別な思い出にしたいと思いますわ」


 結衣は悟った。


(もうダメだ)


 止まらない。


 この人は止まらない。


 今頃、西園寺グループのどこかで誰かが泣いている気がした。


 たぶん急な命令で。


 そして。


 気付けば車は住宅街へ入っていた。


 窓の外には見慣れた景色が流れている。


「お」


 ハルトが外を見る。


「もう着いたのか」


「早いな」


 リムジンはゆっくり減速した。


 やがて。


 一ノ瀬家の近くで静かに停止する。


 運転手が外へ出る。


 そして扉が開いた。


「到着いたしました」


「おー」


 ハルトは立ち上がった。


「ありがと!」


「こちらこそ」


 聖奈も続いて降りる。


 結衣も外へ出た。


 夕暮れ。


 空は赤く染まっていた。


 学校帰りの生徒たちが遠くを歩いている。


 穏やかな住宅街。


 だが。


 その中に停まる超高級リムジンだけが異様だった。


「それでは勇者様」


 聖奈が優雅に頭を下げる。


「週末を楽しみにしておりますわ」


「俺も!」


 ハルトは笑った。


「めちゃくちゃいい動画撮ろうぜ!」


「ええ」


 聖奈の笑みが柔らかくなる。


「必ず」


 その表情は。


 動画撮影を楽しみにしているスポンサーというより。


 大切な人との旅行を楽しみにしている少女そのものだった。


 だが。


 ハルトは気付かない。


 当然のように気付かない。


「じゃあまた明日!」


「はい」


「また明日ですわ」


 聖奈は微笑んだ。


 リムジンの扉が閉まる。


 静かに車が発進する。


 夕暮れの道路を滑るように走り去っていった。


 その姿が見えなくなってから。


 結衣がぽつりと言った。


「ねえ」


「ん?」


「週末、本当に大丈夫かな」


「何が?」


 ハルトは首を傾げる。


「いや」


 結衣は遠い目をした。


「なんでもない」


 たぶん。


 なんでもよくない。


 ものすごくよくない。


 だが。


 今さら止まる気配はなかった。


 週末。


 西園寺家の私有島。


 そして。


 聖奈が用意するという特別な移動手段。


 新たな大騒動は。


 もう始まっていた。



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