表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/30

第7話 王女様の昼食会

 ガラリ。


 教室の扉が開いた。


 次の瞬間。


 クラス全員の視線がそちらへ集まる。


「失礼いたします」


 低く落ち着いた声。


 入ってきたのは黒いスーツ姿の大人たちだった。


 ひとりやふたりではない。


 五人。


 全員が背筋を真っ直ぐ伸ばし、無駄な動きひとつない。


 明らかに普通の会社員ではなかった。


 教室が静まり返る。


「……え?」


「誰?」


「なんか映画みたいなんだけど」


「警察?」


「いや警察じゃないだろ」


 ざわざわと困惑が広がる。


 担任すらいない昼休み。


 高校の教室に現れるにはあまりにも場違いな集団だった。


 そして。


 黒服たちは一斉に道を開く。


 その先にいるのは。


 もちろん西園寺聖奈だった。


「準備が整いました」


 黒服の一人が頭を下げる。


 聖奈は当然のように頷いた。


「ご苦労様ですわ」


 そのやり取りだけで教室の温度が数度下がる。


 田辺が恐る恐る手を挙げた。


「あのー……西園寺さん?」


「なんでしょう」


「この人たち誰?」


 当然の質問だった。


 しかし聖奈は本気で不思議そうな顔をした。


「使用人ですが?」


 沈黙。


 教室が静まり返る。


 数秒後。


「使用人!?」


 クラス全体が爆発した。


「いやいるんだ!?」


「本当にいるんだ!?」


「漫画だけの存在じゃなかったのかよ!」


「高校に連れてくるな!」


 田辺が全力でツッコむ。


 だが聖奈は首を傾げるだけだった。


「昼食の準備を任せておりますので」


「昼食に!?」


「はい」


「使用人が!?」


「はい」


「なんで!?」


「昼食だからですわ」


 会話になっていない。


 結衣は額を押さえた。


(駄目だこの人)


 価値観が根本から違う。


 本人は一切悪気がない。


 本気で当然だと思っている。


 一方。


 ハルトは感心していた。


「おおー」


「お気に召しましたか?」


「さすが大企業のスポンサーだな」


 全然違う。


「昼飯の段取りまで完璧じゃん」


「当然ですわ」


 聖奈は嬉しそうに微笑む。


 勇者に褒められた。


 ただそれだけで胸が温かくなる。


 結衣はその様子を見て頭痛を覚えた。


(駄目だ)


(完全に噛み合ってる)


(会話の内容はズレてるのに)


 ハルトはスポンサー。


 聖奈は最愛の勇者。


 見ている方向が違うのに、なぜか成立してしまう。


 非常に厄介だった。


「では参りましょう」


 聖奈が優雅に言う。


 まるで宮廷の舞踏会へ招待するような口調だった。


「おう」


 ハルトは即答。


 迷いも警戒もない。


 結衣だけが不安しかなかった。


「……帰ってこれるわよね?」


「何言ってんだ?」


「いやだって相手が西園寺さんよ?」


「スポンサーだぞ?」


「そこなのよ問題は」


 スポンサーだから怖いのである。


 常識が通じない。


 予算の上限も存在しない。


 そして。


 三人は教室を出た。


 背後から無数の視線を浴びながら。


「なあ」


 田辺が呟く。


「これ昼飯だよな?」


「たぶん」


「俺の知ってる昼飯じゃない」


 誰も否定できなかった。


――――――


 廊下を進む。


 黒服たちが自然な距離を保ちながら周囲を歩く。


 完全に要人警護だった。


 すれ違う生徒たちが二度見する。


 教師たちまで固まっている。


「なんか注目されてるな」


 ハルトは少し嬉しそうだった。


 承認欲求が刺激されている。


「有名人になった気分だ」


「実際なってますわ」


「まだまだだよ」


 ハルトは笑う。


「目標は百万登録だからな」


「ならば必ず達成しましょう」


「頼もしいなー」


 結衣はため息を吐いた。


 この二人。


 片方は勇者信者。


 片方は再生数信者である。


 会話が成立する方がおかしい。


 やがて。


 校舎の端にある多目的教室へ到着した。


 普段は文化祭の備品や机が置かれているだけの部屋だ。


 見慣れた場所。


 のはずだった。


 黒服が扉を開く。


「お嬢様」


「ええ」


 聖奈が一歩前へ出る。


「どうぞ」


 そして。


 三人は部屋の中へ入った。


 結衣は言葉を失った。


「…………は?」


 理解が追いつかない。


 目の前に広がっていたのは。


 学校ではなかった。


 高級ホテルだった。


 床には厚いじゅうたん。


 壁には美しい装飾。


 大きなシャンデリア。


 窓際には高級そうな観葉植物。


 磨き抜かれた家具。


 中央には長いテーブル。


 白いテーブルクロス。


 花の飾り。


 銀色の食器。


 どこを見ても金がかかっている。


 というか。


 金の匂いしかしない。


「え?」


 結衣はもう一度言った。


「え?」


 さらに言った。


「え?」


 三回目だった。


 語彙力が死んだ。


 ハルトは目を輝かせる。


「うおおおお!」


 反応が正反対だった。


「すげぇ!」


「お気に召しましたか?」


「めちゃくちゃ豪華じゃん!」


「ありがとうございます」


 聖奈が嬉しそうに微笑む。


 褒められた。


 それだけで幸せだった。


「これ本当に学校?」


 ハルトが辺りを見回す。


「多目的教室だったよな?」


「はい」


「え?」


「はい」


「昨日まで普通の教室だったよな?」


「はい」


「一日で?」


「一日で」


「すげぇ!」


 ハルトは感動した。


「さすが財閥!」


 結衣は違った。


「さすがじゃないのよ!」


 思わず叫ぶ。


「なんで一日で改装してるの!?」


「勇者様との昼食のためですわ」


「理由が重い!」


 結衣のツッコミが響く。


 だが聖奈は本気だった。


 勇者との昼食。


 それ以上に重要な行事がどこにあるのか。


 本気で理解できなかった。


 結衣はゆっくり天井を見上げる。


(始まった)


 確信する。


(この人、本当にやばい)


 昨日までは財閥令嬢だった。


 今日からは違う。


 勇者を追って世界を越えてきた元王女。


 そして。


 常識という言葉が一切通じない女だった。


 昼食はまだ始まっていない。


 なのに結衣の胃はもう痛くなり始めていた。



 部屋の中央に置かれた大きなテーブルへ案内される。


 椅子ですら高級ホテルの応接室にありそうな代物だった。


 ふかふかで座り心地が良い。


 ハルトは素直に感心した。


「すげぇな」


「お気に召したようで何よりですわ」


「こういう場所で動画撮ったら映えそう」


「いつでもご利用くださいませ」


「マジで?」


「もちろんですわ」


 聖奈は即答する。


 勇者のためなら学校を丸ごと改装しても構わない。


 本気でそう思っていた。


 結衣は聞かなかったことにした。


 これ以上考えると頭が痛くなる。


 すると。


 聖奈が軽く手を叩いた。


 待機していた使用人たちが一斉に動き出す。


「昼食をお持ちいたしました」


 銀色のワゴンが運び込まれる。


 ひとつではない。


 二台。


 三台。


 四台。


 どんどん増える。


 結衣は嫌な予感しかしなかった。


「ねえ」


「なんでしょう?」


「これ何人分?」


「一人分ですわ」


「一人分!?」


 思わず叫んだ。


 ワゴンが止まる。


 そして蓋が開けられた。


「おおー」


 ハルトが目を輝かせる。


 結衣は絶句した。


 弁当だった。


 確かに弁当だった。


 だが規模がおかしい。


 まず箱。


 重箱である。


 三段どころではない。


 五段。


 しかも一段一段が普通の弁当箱より大きい。


 さらに別容器。


 さらに別皿。


 さらに保温容器。


 完全に料亭の会席料理だった。


「学校で食べるなら、お弁当がよろしいかと思いまして」


 聖奈は微笑む。


 その笑顔は満足げだった。


「料理長に作らせましたわ」


「料理長」


 結衣は復唱した。


 弁当に料理長。


 高校生活で聞く単語ではない。


 蓋が次々と開けられていく。


 艶やかな焼き魚。


 丁寧に巻かれた出汁巻き卵。


 見ただけで高級と分かる和牛。


 色鮮やかな煮物。


 季節の野菜。


 宝石みたいな果物。


 さらに。


 小さな器に盛られた料理が何十種類も並んでいる。


 もはや弁当というより芸術品だった。


「すっげぇ……」


 ハルトが素直に感動する。


 聖奈の胸が高鳴った。


 勇者が喜んでいる。


 それだけで報われる。


「勇者様のお口に合うと良いのですが」


「絶対うまいだろこれ」


「ありがとうございます」


 頬が緩む。


 危うく王女の仮面が剥がれそうになる。


 一方。


 結衣も自分の鞄から弁当箱を取り出した。


 いつもの弁当。


 二段のタッパー。


 赤ウインナー。


 卵焼き。


 唐揚げ。


 ブロッコリー。


 白ご飯。


 特別ではない。


 どこにでもある高校生の弁当だ。


 聖奈の弁当と並べると悲しくなるほど普通だった。


 だが。


 ハルトはその弁当を見た瞬間。


「あ、今日唐揚げじゃん」


 自然に笑った。


「朝言ったでしょ」


「マジだ」


「聞いてなかったの?」


「聞いてたけど忘れた」


「いつものことね」


 結衣は呆れながら弁当箱を開く。


 その様子を。


 聖奈は静かに見つめていた。


(自然ですわね)


 そう思う。


 あまりにも自然だった。


 勇者が結衣の弁当を見る。


 結衣が返事をする。


 そこに気負いも遠慮もない。


 長い年月で出来上がった距離感。


 それが少しだけ羨ましかった。


 そして。


 決戦の時が訪れる。


 ハルトが箸を持った。


 聖奈の心臓が跳ねる。


 使用人たちも緊張する。


 料理長は今頃、西園寺家で祈っているかもしれない。


 勇者様が最初に何を食べるのか。


 それは重要だった。


 非常に重要だった。


 聖奈は平静を装う。


 だが内心は違う。


(勇者様……)


(どうか……)


(どうかこちらから……)


 次の瞬間。


 ハルトの箸が動いた。


 迷いなく。


 ごく自然に。


 結衣の弁当箱へ。


 ひょい。


 唐揚げを一つつまむ。


「いただきまーす」


 ぱくり。


 咀嚼。


 飲み込む。


「うまっ」


 満面の笑みだった。


「やっぱ結衣の唐揚げうまいな」


「当然でしょ」


 結衣が少し得意げに言う。


「毎回食べてるくせに」


「いやでもうまい」


「はいはい」


 二人はいつも通りだった。


 あまりにもいつも通りだった。


 聖奈は固まった。


「…………」


 笑顔のまま。


 固まった。


 勇者は悪くない。


 何も悪くない。


 むしろ当然だ。


 長年食べ慣れた弁当なのだろう。


 最初に手が伸びるのも自然だ。


 理屈では理解できる。


 できるのだが。


 胸の奥が少しだけ苦しい。


 そんな聖奈の前で。


 ハルトは次の瞬間、


「お、こっちも食おう」


 今度は聖奈の重箱へ箸を伸ばした。


 和牛を一口。


 もぐもぐ。


 そして。


「うっま!?」


 目を見開く。


「なにこれ!?」


「神戸牛の最高級部位ですわ」


「弁当に入れるもんじゃないだろ!?」


「そうなんですの?」


「初めて聞いた!」


 ハルトは大喜びだった。


 聖奈の表情が一瞬で明るくなる。


 単純だった。


 勇者が喜んだ。


 それだけで全てが吹き飛んだ。


 一方。


 結衣は気付いていた。


(今の落ち込み方)


(完全に彼女じゃない……?)


 この財閥令嬢。


 想像以上に重症かもしれない。


 そんな予感がさらに強くなるのだった。



 結論から言うと。


 昼食は戦争にならなかった。


 原因はハルトだった。


「うめぇ!」


 まず結衣の唐揚げを食べる。


「うまっ!」


 次に聖奈の和牛を食べる。


「これもすげぇ!」


 出汁巻き卵。


 焼き魚。


 煮物。


 唐揚げ。


 白米。


 おかず。


 おかず。


 おかず。


 おかず。


 とにかく全部食べる。


 しかも。


「結衣、この卵焼き交換しようぜ」


「勝手に取ってるじゃない」


「じゃあ交渉成立な」


「成立してない」


 いつものように結衣の弁当を食べる。


 さらに。


「聖奈、その魚もう一個ある?」


「もちろんですわ!」


 聖奈の弁当も食べる。


 結果。


 どちらかを選ぶという概念そのものが消滅した。


 勇者の胃袋は平等だった。


 そして大きかった。


 結衣は途中で箸を置いた。


「ごちそうさま」


 いつもの量だ。


 満腹である。


 女子高生としては十分すぎる。


 一方。


 ハルトはまだ食べていた。


 しかも元気だった。


「そういや異世界だと三日くらいまともに飯食えないこともあったな」


「その基準で食事量を考えるのをやめなさい」


「慣れだよ慣れ」


「慣れないわよ」


 結衣は呆れる。


 だが。


 ふと視線が聖奈の弁当に向いた。


 まだ見たこともないような料理が並んでいる。


 正直。


 少し気になった。


「……ねえ」


「ん?」


「そのお肉、一口だけちょうだい」


 ハルトが目をぱちくりさせる。


「珍しいな」


「気になっただけ」


「ほい」


 何の躊躇もなく。


 自分の箸で取った和牛を結衣の皿へ置く。


「あ、ありがとう」


 ぱくり。


 噛んだ瞬間。


 肉が溶けた。


「なにこれ」


「うまいだろ?」


「うまい」


 悔しいが認めるしかない。


 人生で食べた肉の中でも上位だった。


 すると。


 向かい側。


 聖奈が微笑んでいた。


 微笑んでいる。


 微笑んでいるのだが。


 なぜか少し硬い。


「……」


「……?」


 結衣は首を傾げた。


 聖奈は優雅に紅茶へ口を付ける。


 表情は完璧。


 しかし内心は違った。


(勇者様が)


(自然に)


(結衣さんへお肉を)


(あんなにも自然に)


 ぐぬぬ。


 である。


 理性では理解している。


 結衣は幼馴染。


 長い付き合い。


 距離が近いのも当然。


 だが。


 感情は別問題だった。


 前世ですら勇者はここまで自然に誰かと接していなかった。


 少なくとも自分の記憶では。


(強敵ですわね……)


 聖奈は改めて認識する。


 財力。


 権力。


 知名度。


 その辺りなら負ける気はしない。


 だが。


 積み重ねた時間だけは買えない。


 それが少し悔しかった。


 一方。


 当事者二人は何も気付いていない。


「これうまかった」


「でしょ」


「もう一口」


「自分で取りなさい」


「ケチ」


「人の弁当なんだから当然でしょ」


 いつものやり取りである。


 聖奈のぐぬぬはさらに加速した。


 食事が終わる頃には。


 テーブルの上は綺麗になっていた。


 使用人たちが静かに片付けを始める。


 紅茶の香りが部屋に広がる。


 窓から差し込む昼の日差し。


 穏やかな時間だった。


 結衣はふと聖奈を見る。


 正直。


 気になることがあった。


 この人は。


 自分の知らないハルトを知っている。


 三年間。


 自分がいなかった時間。


 その時間を一緒に過ごした相手だ。


 それは少し気になった。


「ねえ」


「なんでしょう?」


「異世界のハルトってどんな感じだったの?」


 聖奈の目が少し丸くなる。


 同時に。


 ハルトも反応した。


「おっ」


 なぜか嬉しそうだった。


「俺の話?」


「なんで嬉しそうなのよ」


「自分の話されるの好きだから」


 即答だった。


 承認欲求モンスターである。


「語っていい?」


「本人は黙ってて」


「なんで!?」


 理不尽だった。


 だが結衣は無視する。


 聞きたいのは客観的な話だ。


 すると。


 聖奈は少し懐かしそうに微笑んだ。


「そうですわね……」


 王女ではない。


 少女のような表情だった。


「最初は本当に弱かったですわ」


「えっ」


 結衣が驚く。


 ハルトも驚いた。


「俺?」


「勇者様です」


「マジ?」


「マジですわ」


 聖奈は頷く。


「初めてお会いした時など、剣もまともに振れませんでした」


「へぇ……」


 結衣は意外そうだった。


 今のハルトからは想像できない。


「魔法も使えませんでしたし」


「そうなの?」


「はい」


「初耳なんだけど」


「勇者様は忘れておられるだけです」


 ハルトは首を傾げた。


 言われてみればそうだった気もする。


 あまりにも昔のことだ。


「ですが」


 聖奈は続ける。


「誰よりも諦めませんでした」


 その声は静かだった。


「何度倒れても立ち上がる」


「何度失敗しても挑戦する」


「どれほど傷付いても前へ進む」


 結衣は黙って聞く。


「だから皆、勇者様についていったのです」


 その言葉に嘘はなかった。


 王女。


 騎士団長。


 魔女。


 聖女。


 多くの人間が。


 あの勇者に惹かれて集まった。


 理由は単純だった。


 眩しかったからだ。


「へぇ……」


 結衣は少しだけ感心した。


 そして隣を見る。


 ハルトは。


「なるほど」


 うんうん頷いていた。


「やっぱ俺って主人公気質なんだな」


「台無しですわ」


「台無しね」


 二人の声が重なった。


 ハルトは納得いかない顔をした。


「なんでだよ!」


 だが。


 そのやり取りを見ながら。


 聖奈も結衣も思っていた。


 確かに。


 目の前の少年は少し残念だ。


 いやかなり残念かもしれない。


 それでも。


 人を惹き付ける何かがある。


 だからこそ。


 自分たちは今ここにいるのだと。


 そんなことを考えながら。


 昼休みの時間はゆっくりと過ぎていくのだった。



 異世界でのハルトの話。


 それが一段落すると。


 今度は聖奈が興味深そうに結衣へ視線を向けた。


 紅茶のカップを静かに置く。


「では今度は私からお聞きしても?」


「何を?」


「幼少期の勇者様についてですわ」


 その瞬間。


 ハルトが嫌な予感を覚えた。


「待て」


「嫌ですわ」


「即答!?」


「当然です」


 聖奈は微笑む。


 実に優雅だった。


 だが目が本気だった。


「私が存じ上げている勇者様は十五歳以降です」


「はい」


「ですが結衣さんはそれ以前をご存じです」


「まあそうね」


「つまり」


 聖奈の瞳が輝く。


「私の知らない勇者様が存在するということですわ」


 ぐっと身を乗り出した。


「ぜひ詳しく」


「やめろ」


 ハルトが割り込む。


「なんで?」


「嫌な予感しかしない」


「勇者様」


 聖奈は優しく微笑んだ。


「私はあなた様の全てを知りたいだけです」


「言い方が怖い」


「愛ですわ」


「もっと怖い」


 結衣は思わず吹き出した。


 だが。


 確かに面白そうだった。


 異世界の話を聞かせてもらったのだから。


 こちらも少しくらい話してもいいだろう。


「そうねぇ」


 結衣は少し考える。


「何から話そうかな」


「幼少期の武勇伝を」


「そんなのねえよ」


「あります」


 結衣は断言した。


「いっぱいある」


「ない」


「ある」


「ない」


「ある」


「あるんですのね」


 聖奈が即座に食いついた。


 ハルトが頭を抱えた。


 逃げ場はなかった。


「まず幼稚園の頃ね」


「やめろ」


「聞きますわ」


 聖奈は即答だった。


「ハルトって昔から変だったのよ」


「ひどくない?」


「褒めてる」


「絶対違う」


 結衣は無視した。


「ある日ね」


「うん」


「園庭に大きなタイヤが置いてあったの」


「はい」


「みんなその上に登って遊んでたんだけど」


 そこで結衣は笑いをこらえた。


「ハルトだけタイヤを持ち上げようとしてた」


 沈黙。


 聖奈が瞬きをした。


「……なぜですの?」


「本人に聞いて」


 二人の視線が向く。


 ハルトは当然のように答えた。


「登るより持ち上げた方が面白そうだったから」


「意味が分かりませんわ」


「私も分からない」


 結衣は頷く。


「で、当然持ち上がらなかったんだけど」


「当たり前ですわ」


「本人は諦めなかったのよ」


「うん」


「三十分くらいずっと挑戦してた」


「暇人?」


「最後には先生まで集まってた」


「なぜですの」


「応援されてたから」


「なぜですの」


 聖奈は本気で理解できなかった。


 だが。


 なぜか想像はできた。


 目の前の勇者ならやりそうだった。


「結果は?」


「持ち上がらなかった」


「でしょうね」


「でも本人は満足してた」


「楽しかったからな」


「それなのよ」


 結衣は呆れたように言う。


「昔から結果より面白いかどうかだったの」


 聖奈は少し驚いた。


 それは。


 異世界の勇者にも通じる部分だったからだ。


 魔王軍との決戦前。


 普通の人間なら恐怖する場面で。


 ハルトは笑っていた。


『なんかラスボス戦っぽくてテンション上がるな』


 そう言って。


 本当に楽しそうに前へ出た。


 恐怖ではなく好奇心。


 無謀ではなく前向き。


 それが勇者だった。


(昔からだったのですね……)


 聖奈は妙に納得した。


「あとね」


 結衣が続ける。


「小学校の頃」


「やめろ」


「聞きますわ」


 聖奈は食い気味だった。


「学校で将来の夢を書く授業があったの」


「あー」


 ハルトが遠い目をした。


 嫌な記憶らしい。


「みんな野球選手とかケーキ屋さんとか書いてたんだけど」


「はい」


「ハルトだけ」


 結衣は少し笑った。


「世界一有名な人」


 沈黙。


 聖奈がゆっくり瞬きをした。


「……それは」


「今も変わってない」


「変わってませんわね」


 二人の声が揃った。


「いやいや」


 ハルトは反論する。


「有名になりたいって普通だろ」


「小学生で世界一はなかなか言わないわ」


「勇者様らしいですわ」


「だよな」


 なぜか褒められたと思った。


 実際には違った。


 結衣は少し懐かしそうに笑った。


「でもね」


「うん?」


「昔から変わってないのよ」


「何が?」


「誰かに見てもらうのが好きなところ」


 ハルトが首を傾げる。


「そうか?」


「そう」


 結衣は頷いた。


「絵を描いても見せに来る」


「工作を作っても見せに来る」


「テストで百点取っても見せに来る」


「運動会で一位になっても見せに来る」


「転んでケガしても見せに来る」


「最後いらなくない?」


「見てほしいんでしょ?」


「まあ」


 否定できなかった。


 聖奈はその話を静かに聞いていた。


 そして。


 少しだけ微笑む。


「なるほど」


「?」


「だから動画だったのですね」


 ハルトが目を瞬く。


 結衣も黙る。


「勇者様は」


 聖奈は優しく言った。


「昔から誰かに見てほしかった」


「自分を知ってほしかった」


「認めてほしかった」


 その声は穏やかだった。


「だから世界を救っても」


「誰も見ていなかったことが寂しかったのですね」


 ハルトは少しだけ黙った。


 珍しく。


 本当に少しだけ。


 そして。


「……まあ」


 頭をかいた。


「それはあったかもな」


 照れくさそうに笑う。


「せっかく頑張ったし」


「誰かに見てほしいじゃん」


 その言葉に。


 結衣も。


 聖奈も。


 何も言わなかった。


 ただ。


 少しだけ優しい空気が流れる。


 異世界最強の勇者。


 世界を救った英雄。


 だが本質は。


 昔から変わらない。


 褒めてもらいたがりの少年なのだ。


 それを改めて理解して。


 二人は少しだけ笑ったのだった。



 昔話に花が咲いているうちに。


 昼休みはあっという間に終わりへ近付いていた。


 窓の外からは運動場で遊ぶ生徒たちの声が聞こえる。


 穏やかな春の日差し。


 紅茶の香り。


 高級ホテルのラウンジのような空間。


 どう考えても高校の昼休みではない。


 だが。


 この場にいる三人はすっかり慣れてしまっていた。


「しかし」


 聖奈がカップを置く。


「結衣さんのお話は大変興味深かったですわ」


「そう?」


「ええ」


 聖奈は頷く。


 少しだけ柔らかな笑顔だった。


「勇者様が昔から勇者様だったことがよく分かりました」


「それ褒めてる?」


「褒めてますわ」


「たぶん褒めてないわよ」


 結衣が即座にツッコむ。


 ハルトは納得していなかった。


 だが。


 聖奈は本当に楽しそうだった。


 異世界で過ごした三年間。


 そこには結衣が知らないハルトがいる。


 そして。


 結衣には十五年間積み重ねた日常がある。


 聖奈はそのことを少し悔しく思いながらも。


 同時に嬉しくも感じていた。


 勇者は。


 自分が知らない場所でも。


 ちゃんと笑っていたのだと分かったからだ。


 その時。


 コンコン。


 扉が叩かれた。


 使用人の一人が静かに入室する。


「お嬢様」


「どうしましたの?」


「五時間目開始まで残り五分です」


「もうそんな時間でしたのね」


 聖奈が時計を見る。


 本当に昼休みが終わろうとしていた。


「うわ」


 ハルトも時計を見る。


「早っ」


「あなたが喋りすぎたのよ」


「えー?」


「自分の話になると止まらないんだから」


「だって楽しいし」


「知ってる」


 結衣は呆れた。


 そして少しだけ笑った。


 聖奈も小さく微笑む。


 異世界の王女。


 財閥令嬢。


 そんな肩書きを忘れるほど。


 今日の昼休みは楽しかった。


 三人は席を立つ。


 使用人たちが一斉に頭を下げた。


「ごちそうさまでした」


 結衣が言う。


「お口に合いましたでしょうか」


「美味しかったです」


「それは何よりです」


 執事長らしき男性が満足そうに頷いた。


 その光景に。


 結衣は改めて思う。


(慣れちゃダメよねこれ)


 どう考えても高校生活ではない。


 だが。


 ハルトは完全に慣れていた。


「次はもっとでかい企画の打ち合わせもしような」


「もちろんですわ」


 聖奈の目が輝く。


「勇者様のためならいくらでも」


「スポンサー神!」


「ふふっ」


 結衣は頭を抱えた。


 スポンサーではない。


 絶対に違う。


 三人が教室へ戻るため廊下へ出る。


 すると。


 遠巻きに様子を見ていた生徒たちが一斉に目を逸らした。


「見てたな」


「見てたわね」


「見てましたわね」


 三人同時だった。


 すぐに。


 廊下のあちこちで声が上がる。


「戻ってきた!」


「本当に一緒に昼飯食ってた!」


「なにあの黒服の人たち!?」


「映画の撮影じゃないの!?」


「なんか銀のお皿持ってたぞ!」


「意味分からん!」


 大騒ぎだった。


 当然である。


 昼休みの間。


 多目的教室周辺には黒服が配置されていた。


 もはや学校の風景ではなかった。


「人気者は大変だな」


「原因の半分以上あなた達よ」


 結衣が即座に言う。


 ハルトと聖奈は顔を見合わせた。


「そうか?」


「そうですの?」


「そうよ」


 百パーセントそうだった。


 そして。


 教室へ戻る直前。


 聖奈がふと立ち止まった。


「勇者様」


「ん?」


「本日の放課後ですが」


 ハルトが振り返る。


 聖奈は優雅に微笑んだ。


「少しお時間をいただけますか?」


「打ち合わせ?」


「ええ」


「おっ」


 ハルトの目が輝く。


 完全に動画関係だと思っている顔だった。


「次の企画についてお話したいことがありますの」


「マジで?」


「はい」


 聖奈は頷く。


「前回の動画は大成功でした」


「登録者もさらに増えております」


「よっしゃ!」


「ですので」


 そこで。


 聖奈の笑みが少し深くなる。


「次はもっと大きな舞台をご用意いたしますわ」


「おお!」


 ハルトが食い付く。


 結衣だけが嫌な予感を覚えた。


 とても嫌な予感だった。


「ちなみに」


「うん」


「どんな企画?」


 聖奈は優雅に答える。


「放課後にご説明いたしますわ」


 その笑顔。


 昨日も見た。


 そして。


 ろくでもないことが起きた。


 結衣の本能が警鐘を鳴らす。


(絶対ろくでもない)


 間違いない。


 この人が用意する企画は。


 常識という言葉と仲が悪い。


 だが。


 ハルトは違った。


「楽しみだな!」


 満面の笑顔。


 期待しかしていない。


 結衣は深々とため息を吐いた。


 昼休みは終わる。


 だが。


 騒動は終わらない。


 むしろ。


 これからが本番だった。


 そして放課後。


 西園寺家の迎えのリムジンの中で。


 新たな大騒動の種が蒔かれることを。


 まだ結衣は知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ