第10話 勇者と王女の私有島ツアー
豪華客船から降りた三人は、白い砂浜の先に続く遊歩道へと足を向けた。
潮風は心地良く、空はどこまでも青い。
まさに南国の楽園と呼ぶにふさわしい景色だった。
ハルトはカメラを回しながら興奮気味に周囲を見渡す。
「いやー、絵になるなぁ!」
「でしょう?」
聖奈がどこか誇らしげに微笑む。
「勇者様の撮影に相応しい環境を整えましたので」
「スポンサーとして優秀すぎるんだよなぁ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
本人は心の底から喜んでいた。
勇者様に褒められた。
ただそれだけで幸福度が急上昇している。
一方、結衣は冷静だった。
「普通のスポンサーは島ごと用意しないからね」
「でも動画映えするじゃん」
「そこは認めるけど」
認めるしかない。
実際、映像としては最高だった。
その時だった。
結衣がふとノートパソコンを取り出す。
「あ」
「どうした?」
「そういえば予告動画まだだった」
結衣は時計を見る。
「本編撮り始める前に上げちゃいましょ」
「おお」
「今朝撮った豪華客船の映像と島到着シーンだけで十分釣れるから」
言い方はひどい。
しかし事実だった。
ハルトのチャンネルは今や注目度が高い。
次回予告だけでもかなりの再生数が期待できる。
「じゃあ十分くらい待って」
「そんな早く編集できるの?」
「誰のせいで身についたと思ってるのよ」
結衣は呆れたように言う。
ハルトが撮影した素材を、これまで何百本も編集してきたのである。
もはや職人だった。
近くのベンチに腰掛けた結衣は、猛烈な勢いで作業を開始する。
キーボードを叩く音が小気味よく響いた。
ハルトは感心する。
「相変わらず仕事早いな」
「その代わり問題起こさないで」
「善処します」
「信用ゼロ」
即答だった。
そんなやり取りを見ていた聖奈が、ふと何かを思い出したように目を瞬かせる。
「あら」
「?」
「そういうことでしたら少々お待ちくださいませ」
そう言うと聖奈は遊歩道から少し離れた場所に建っている小さな木造の建物へ向かった。
数分後。
使用人たちを引き連れて戻ってくる。
その光景を見た結衣が固まった。
「……え?」
運ばれてきたのは巨大なケースだった。
一つではない。
二つでもない。
十個近い。
「なにこれ」
「編集機材ですわ」
「編集機材?」
「はい」
聖奈は当然のように頷いた。
「勇者様の活動に必要かと思いまして」
使用人たちがケースを開く。
中から現れたのは。
超高性能ノートPC。
業務用編集ワークステーション。
大型モニター。
動画制作用カメラ。
ドローン。
音響機材。
照明機材。
その他、素人目にも高価と分かる機材の山だった。
結衣が真顔になる。
「……これ全部?」
「はい」
「いくら?」
「存じませんわ」
「怖い」
結衣は即座にそう言った。
金額を把握していないのではない。
把握する必要がないだけである。
それが怖かった。
聖奈は首を傾げる。
「不足でしょうか?」
「むしろ多すぎます」
「そうですか」
少し残念そうだった。
ハルトは目を輝かせる。
「すげぇ!」
「勇者様がお使いになるのでしたら、もっと上位機種も手配できますが」
「いやいや十分十分!」
完全にテンションが上がっていた。
男の子はこういう機材に弱い。
聖奈は嬉しそうに微笑む。
「ではこちらは差し上げますわ」
「え?」
「え?」
ハルトと結衣が同時に声を上げた。
「差し上げます」
「いや待って」
結衣が止める。
「プレゼントってこと?」
「はい」
「全部?」
「はい」
「なんで?」
聖奈は本気で不思議そうな顔をした。
「勇者様がお喜びになるかと」
「その感覚が危険なのよ!」
結衣が頭を抱える。
しかし聖奈は理解できていない。
異世界時代。
セラフィアーナは国宝級の武具や魔道具を平然とハルトへ渡していた。
今さら編集機材程度である。
本人にとっては本当に些細な贈り物だった。
「ありがとな聖奈!」
ハルトは素直に礼を言った。
「これで動画の幅が広がるぞ!」
聖奈はぱあっと表情を明るくする。
「お役に立てて光栄ですわ」
その笑顔は完全に恋する少女だった。
しかしハルトは全く気付いていない。
スポンサー満足度が高いんだな、くらいにしか思っていなかった。
十分後。
結衣の編集作業が完了する。
「よし」
「できた?」
「できた」
投稿ボタンを押す。
画面に表示される。
『アップロード完了』
「これで予告編終了」
「早っ!」
「だから慣れてるの」
結衣は肩を回した。
予告動画の内容はシンプルだった。
豪華客船。
青い海。
私有島到着。
そして最後に。
『次回、大型企画始動』
という煽り文。
十分すぎる。
絶対にコメント欄が盛り上がる。
ハルトは満足そうに頷いた。
「よし!」
カメラを肩に担ぐ。
「それじゃあいよいよ島散策開始だ!」
「お供いたしますわ」
聖奈がすぐ横に並ぶ。
「私は荷物番してたい」
「却下」
「なんでよ」
「編集担当がいないと困る」
「はいはい」
結衣も観念して立ち上がった。
三人は遊歩道の奥へ歩き始める。
その先には、聖奈が用意した常識外れの名所が待っていることなど、まだ誰も知らなかった。
――――――
島の遊歩道を進む三人。
左右には南国らしい木々が並び、海から吹く風が葉を揺らしている。
ハルトはカメラを回しながら上機嫌だった。
「いいなぁこれ」
「何がですの?」
「歩いてるだけで動画になる」
「確かに景色は綺麗だけどね」
結衣も周囲を見回す。
私有島というだけあって手入れが行き届いている。
観光地のように人工的すぎず、かといって放置された自然でもない。
絶妙なバランスだった。
「映像映えってやつだな」
ハルトは満足そうに頷く。
「今日だけでも一本作れそう」
「勇者様のお力になれて何よりですわ」
聖奈は本当に嬉しそうだった。
その時。
遊歩道の先に巨大な影が見えた。
「ん?」
ハルトが足を止める。
「なんだあれ」
木々の隙間から何かが見えている。
かなり大きい。
建物ではない。
塔でもない。
金属の塊のようなものだった。
やがて視界が開ける。
次の瞬間。
結衣が固まった。
「は?」
ハルトも目を丸くする。
「でっか……」
そこにあったのは。
巨大な潜水艦だった。
しかも本物にしか見えない。
全長百メートルを超える黒い巨体。
まるで海からそのまま引き上げられたかのように、専用ドックに鎮座している。
圧倒的な存在感。
周囲の景色すら飲み込む巨大さだった。
「いや待て待て待て」
結衣が思わず言う。
「なんで島の真ん中に潜水艦あるの!?」
「たまたま手に入りましたので」
聖奈が答えた。
「その説明で納得できる人類いないから!」
即ツッコミが飛ぶ。
しかし聖奈は不思議そうだった。
「そうですか?」
「そうです!」
ハルトは潜水艦を見上げる。
「これ本物?」
「はい」
「マジで?」
「本物ですわ」
聖奈は優雅に頷いた。
「退役した艦を譲り受けました」
「譲り受けたってレベルじゃない!」
結衣の声が響く。
だがハルトは目を輝かせていた。
男の子だった。
巨大な乗り物にテンションが上がらないはずがない。
「すげぇ……」
「お気に召しましたか?」
「めちゃくちゃ」
聖奈の表情がぱっと明るくなる。
勇者様が喜んだ。
それだけで十分だった。
結衣は頭を抱える。
(喜ばないでよ……)
喜んだから次が来るのである。
絶対に来る。
経験上分かる。
そして案の定だった。
「どう使うんだ?」
ハルトが尋ねる。
「勇者様のお好きなように」
「へ?」
「明日の撮影でお使いくださいませ」
さらっと恐ろしいことを言う。
「いやいやいや」
結衣が割り込む。
「潜水艦ってそんな気軽に使うものじゃないから」
「そうなのですか?」
「そうなの!」
「なるほど」
聖奈は素直に頷いた。
だが全く理解していない顔だった。
ハルトは潜水艦の周囲をぐるりと見回す。
「これ動画映えしそうだな」
「ですよね!」
聖奈が即答した。
「絶対伸びる」
「ですよね!」
「タイトルどうしようかな」
「ですよね!」
「会話成立してないから!」
結衣が叫ぶ。
しかし二人とも聞いていなかった。
ハルトはすでに撮影構想を考え始めている。
「潜水艦から魔法撃つとか面白そう」
「素晴らしいですわ」
「ダメに決まってるでしょ!」
結衣が全力で否定する。
だがハルトは聞いていない。
聖奈も聞いていない。
いつものことである。
しばらく撮影素材として潜水艦を撮り回った後。
三人は再び遊歩道を進み始めた。
「次はどこ行くんだ?」
ハルトが尋ねる。
聖奈は少し考えたあと微笑む。
「そうですわね」
そして指を差した。
「この先に島で最も人気のある展望台があります」
「展望台か!」
「ただ少々特殊ですが」
「特殊?」
「勇者様ならお気に召すかと」
意味深な笑み。
結衣は嫌な予感しかしなかった。
(この人の『特殊』は信用できないのよね……)
しかし既にハルトは楽しそうに歩き出している。
その先に待っているものを知らないまま。
聖奈が「島の景色を一望できますわ」と紹介する展望台へ向かって。
潜水艦ドックを後にした三人は、島の中央部へ向かって歩いていた。
舗装された遊歩道は緩やかな上り坂になっている。
左右には南国らしい植物が生い茂り、時折色鮮やかな鳥が飛び立つ。
その様子をハルトはしっかり撮影していた。
「こういう自然系の映像も需要あるんだよな」
「そうなの?」
結衣が首を傾げる。
「景色だけで見る人いる?」
「いるいる」
ハルトは頷く。
「豪華な場所を歩いてるだけの動画とか意外と伸びる」
「世の中広いわね……」
「つまり勇者様が歩くだけで価値があるということですわね」
「その結論はおかしい」
結衣が即座に否定する。
しかし聖奈は本気だった。
勇者様が歩く。
それだけで歴史的価値がある。
本気でそう思っている。
ハルトはその辺りの危険性に全く気付いていない。
「でもまあ景色は大事だな」
カメラを回しながら言う。
「島紹介動画としても使えるし」
「気に入っていただけて嬉しいですわ」
聖奈は満足そうに微笑んだ。
しばらく進むと、木々が急に途切れた。
目の前が開ける。
「おおっ!」
ハルトが思わず声を上げた。
そこは崖だった。
海を見下ろす高台。
青い海がどこまでも続いている。
水平線の向こうには雲が浮かび、太陽の光を受けて海面がきらきらと輝いていた。
絶景だった。
「すご……」
結衣も思わず呟く。
これは確かに凄い。
観光パンフレットの表紙になってもおかしくない景色だった。
海風が吹き抜ける。
遠くから波の音が聞こえる。
ハルトは夢中で撮影を始めた。
「これは当たりだな!」
「でしょう?」
聖奈が胸を張る。
「ここが島の展望台ですわ」
「めちゃくちゃいいじゃん」
「お気に召していただけましたか?」
「最高」
その一言だけで聖奈の機嫌が一気に上昇した。
だが。
結衣は気付いてしまった。
何かがおかしい。
「……あれ?」
展望台にしては妙だった。
崖の先端。
そこに巨大な建造物が立っている。
普通の展望台ではない。
むしろ。
「ねえ聖奈」
「はい?」
「なんで大砲あるの?」
沈黙。
ハルトも振り返った。
「ん?」
よく見る。
確かにあった。
巨大な砲塔だった。
金属製。
しかも二連装。
戦艦映画で見るようなサイズ感。
どう見ても観光施設ではない。
「展望台ですわ」
聖奈は答えた。
「大砲付きの展望台があってたまるか!」
結衣が叫ぶ。
聖奈は少し考え込む。
「ですが、景色も見られますわ」
「そこじゃないの!」
ハルトは興味津々だった。
「これ動くの?」
「動きます」
「撃てるの?」
「撃てます」
「マジで!?」
「もちろんですわ」
結衣が両手で顔を覆った。
嫌な予感しかしない。
「ちなみに」
聖奈が補足する。
「現在は安全管理のため砲弾は保管しております」
「当たり前よ!」
「必要でしたら用意できますが」
「用意しなくていい!」
即答だった。
ハルトは砲塔の周囲をぐるぐる回る。
完全に少年の目をしていた。
「すげぇなぁ……」
「勇者様はこういうものがお好きかと思いまして」
「好き」
即答だった。
聖奈が幸せそうに微笑む。
結衣は頭痛がしてきた。
(潜水艦の次は大砲……)
(この島どうなってるのよ……)
その時だった。
ハルトがふと崖の向こうを見た。
「あれ?」
「どうされました?」
聖奈が尋ねる。
ハルトは遠くを指差した。
「なんか海に浮いてない?」
三人がそちらを見る。
遥か沖合。
何か巨大なものが見えた。
結衣は目を細める。
「船?」
「違いますわ」
聖奈はあっさり答えた。
「人工島です」
「……はい?」
結衣が聞き返した。
「人工島ですわ」
「なんで?」
「景観用です」
「景観用!?」
結衣のツッコミが島中に響く。
ハルトも若干引いていた。
「景観用って作れるものなの?」
「たまたま造成計画がありましたので購入しました」
「たまたまの規模がおかしいんだよなぁ」
ハルトですら苦笑いする。
だがその直後。
聖奈が少し嬉しそうに言った。
「ちなみに」
「うん?」
「あちらも勇者様がお使いになって構いませんわ」
結衣は空を見上げた。
もう考えるのをやめたかった。
この島における常識という概念は、最初から存在しないらしい。
そしてハルトはというと。
人工島を見つめながら目を輝かせていた。
「……あれ、動画で使えそうだな」
結衣は確信する。
絶対にろくでもないことを思いついた。
明日の撮影本番に向けて、勇者の頭の中で何か危険な企画が生まれ始めていることを。
人工島を眺めながらしばらく撮影を続けた後。
三人は再び遊歩道を進んでいた。
結衣はもう何が出てきても驚かないつもりだった。
潜水艦。
大砲。
人工島。
ここまで来れば大抵のものには耐性がつく。
つくはずだった。
「次はどこなんだ?」
ハルトが尋ねる。
聖奈は少し嬉しそうに答えた。
「この先に私のお気に入りの場所がありますわ」
「へぇ」
「勇者様にも気に入っていただけると思います」
その言葉に結衣は反射的に警戒した。
聖奈の言う『お気に入り』は信用できない。
絶対に普通ではない。
五分ほど歩いた頃だった。
木々が開ける。
そして。
「……」
結衣が無言になる。
「……おぉ」
ハルトが感心した声を漏らす。
目の前には巨大な白い建造物があった。
神殿。
そう呼ぶしかない。
純白の大理石で造られたような巨大建築。
何十本もの柱が立ち並び、中央には巨大な階段。
もはやテーマパークのセットではない。
本物の神殿だった。
「これ何?」
結衣が聞く。
「神殿ですわ」
「見れば分かる」
聞きたいのはそこではない。
「なんであるの?」
「建てましたので」
「なんで建てたの?」
「必要でしたので」
「何に!?」
結衣のツッコミが炸裂する。
しかし聖奈は本気で首を傾げた。
「勇者様をお迎えする場所として必要かと」
「必要じゃないから!」
ハルトは神殿を見上げる。
「すげぇな……」
普通に感動していた。
建築物として普通に凄い。
映画のロケ地にしか見えない。
聖奈は説明を続ける。
「元々は展望施設でしたが改築いたしました」
「改築の方向性がおかしいんだよなぁ」
ハルトも苦笑する。
しかし嫌そうではない。
むしろ楽しんでいる。
聖奈にとってはそれが何より嬉しかった。
三人は神殿の中へ入る。
内部はさらに異常だった。
高い天井。
巨大な柱。
広い空間。
そして。
中央に置かれた玉座。
「玉座あるじゃん」
結衣が即座に指摘する。
「ありますわ」
「なんで?」
「勇者様がお座りになるためですわ」
「当たり前みたいに言わないで!」
聖奈は本気だった。
前世で王城にあった勇者専用席を再現しただけである。
本人にとっては当然の設備だった。
ハルトは興味本位で近付く。
「座ってみていい?」
「もちろんですわ」
むしろ座ってほしい。
いや座るべきである。
聖奈の中ではそうなっている。
ハルトが玉座へ腰を下ろした。
その瞬間。
聖奈の呼吸が止まりかけた。
似合いすぎる。
異世界時代。
数え切れないほど見た光景。
王国の英雄。
魔王を討った勇者。
世界を救った存在。
その姿が一瞬だけ重なる。
聖奈の胸が熱くなる。
(勇者様……)
思わず見惚れてしまう。
だが。
「おお!」
当の本人は全く違うことを考えていた。
「動画映えする!」
台無しだった。
「絶対サムネになる!」
「勇者様らしいですわ……」
聖奈は微笑む。
それもまた好きだった。
世界を救った英雄なのに。
考えることは再生数ばかり。
そこがハルトらしい。
結衣は呆れた顔で見ていた。
「異世界で王様やってた人みたいになってる」
「実際それに近いことしてたぞ」
「そうなの?」
「よく分からんけど玉座座らされたことはある」
さらっと恐ろしいことを言う。
結衣はもう深く考えないことにした。
今さらである。
その時。
聖奈がふと思い出したように言った。
「そういえば」
「ん?」
「まだ一番大きな施設をご案内しておりませんでしたわ」
結衣の表情が引きつる。
「まだあるの?」
「ございます」
当然のように頷く。
「本日の最後にご案内いたしますわ」
ハルトが興味津々で聞く。
「何なんだ?」
聖奈は微笑んだ。
どこか自信ありげに。
「勇者様のためにご用意した、この島最大の施設です」
結衣は嫌な予感しかしなかった。
今までで。
潜水艦。
大砲。
人工島。
神殿。
それらを超える何か。
そんなものが存在していていいはずがない。
しかし聖奈は自信満々だった。
「きっとお気に召しますわ」
その笑顔を見て。
結衣は心の中で覚悟を決める。
(うん)
(絶対ろくでもないやつだ)
そう確信しながら、三人は神殿を後にするのだった。
神殿を後にした三人は、島の奥地へ向かって歩いていた。
時刻は夕方。
西へ傾き始めた太陽が木々を黄金色に染めている。
海から吹く風も昼間より少し涼しくなっていた。
ハルトは今日一日で撮影した映像を確認しながら満足そうに頷く。
「いやー、めちゃくちゃ撮れたな」
「編集大変そう……」
結衣が遠い目をする。
「島紹介だけで一本できそう」
「それは結構伸びそうですわね」
聖奈も同意する。
実際、島そのものが規格外だった。
豪華客船。
潜水艦。
砲台付き展望台。
人工島。
神殿。
どれも普通なら動画一本分のネタになる。
ハルトとしては大満足だった。
「で?」
結衣が言う。
「島最大の施設って何なの?」
「お見せしますわ」
聖奈は優雅に微笑んだ。
そして。
森を抜けた先で。
三人は足を止めることになる。
「…………」
「…………」
ハルトと結衣が同時に固まった。
そこにあったもの。
それは。
軍港だった。
しかも本格的な。
巨大な桟橋。
クレーン。
補給施設。
ドック。
整備区画。
完全に軍事施設である。
そして。
その中央。
夕日に照らされながら停泊している一隻の巨大な船。
ハルトは思わず呟いた。
「戦艦じゃん……」
本当に戦艦だった。
映画や資料映像でしか見たことがないレベルの巨大艦。
圧倒的な存在感。
まるで海そのものを支配しているかのような威圧感がある。
結衣は数秒ほど思考停止した。
そして。
「なんで?」
いつもの質問をした。
「たまたま手に入りましたので」
「その言い訳もう無理だから!」
即座に却下された。
聖奈は少し困った顔をする。
「ですが本当にそうなのですが……」
「絶対違う!」
ハルトは完全に目を輝かせていた。
男の子だった。
戦艦。
巨大。
カッコいい。
それだけで十分である。
「すげぇ……」
「お気に召しましたか?」
「めちゃくちゃ」
聖奈が幸せそうな顔になる。
勇者様が喜んでいる。
今日だけで何度目か分からない幸福だった。
「ちなみに」
聖奈が続ける。
「こちらは勇者様専用ですわ」
「ん?」
「明日の撮影にお使いくださいませ」
「戦艦を?」
「はい」
「俺が?」
「はい」
「なんで?」
「勇者様だからですわ」
会話にならなかった。
結衣は頭を抱える。
「それ理由になってないから」
「そうでしょうか?」
本気で不思議そうだった。
異世界では勇者専用飛空艇とか普通にあった。
聖奈の中ではその延長でしかない。
ハルトは戦艦を見上げながら考え込む。
「戦艦かぁ……」
「何か思いつきましたか?」
聖奈が期待に満ちた目で尋ねる。
ハルトは腕を組む。
「いや」
「いや?」
「明日の本番で使えそうだなって」
その瞬間。
結衣の嫌な予感が最大値を更新した。
この顔は危険だ。
ハルトが何か思いつく時の顔である。
「何考えてるの?」
「まだ分かんない」
「嘘」
「本当」
絶対に嘘だった。
既に何か思いついている。
長年の付き合いで分かる。
ハルトは海を見つめる。
沖には人工島。
足元には戦艦。
空には広大な青空。
そして。
ふと。
あるものが目に入った。
夕暮れの空。
その先。
遥か上空。
小さな流れ星のような光。
「ん?」
ハルトが空を見上げる。
「どうしました?」
聖奈が尋ねる。
「いや」
ハルトは少し考えてから笑った。
「なんか面白そうなこと思いついた」
結衣が即座に言う。
「その言葉聞きたくなかった」
「大丈夫大丈夫」
「全然大丈夫じゃない」
ハルトはニヤリと笑う。
その笑みは。
承認欲求モンスターが最高の企画を思いついた時の顔だった。
「明日の動画、ヤバいかもしれない」
聖奈は嬉しそうに微笑む。
「楽しみにしておりますわ」
結衣だけが頭を抱える。
こうして。
私有島一日目は終了した。
そして翌日。
炎の勇者チャンネル史上最大の騒動が始まろうとしていた。
そのことを、この時の三人はまだ知らない。
――――――
その頃。
予告動画が投稿されたネット上では。
既に大騒ぎになっていた。
豪華客船。
南国の島。
巨大な施設群。
そして意味深な予告。
視聴者たちは次回動画への期待を爆発させていた。
特に。
動画の最後に一瞬だけ映り込んだ。
沖合の人工島。
それが後に、とんでもない意味を持つことになるとも知らずに。
――――――――――――――
投稿した動画のコメント
――――――――――――――
【動画タイトル】
『【予告】超大型企画始動』
【再生数:1,280,000回(公開3時間)】
【高評価:18万】
【コメント:49,000件】
『豪華客船!?』
『ちょっと待て』
『予告だけで金かかりすぎだろ』
『前回まで住宅街で撮影してた高校生だよな?』
『スポンサー強すぎ問題』
『また聖奈さん案件か』
『王女スポンサーほんと好き』
『豪華客船だけで一本撮れるだろ』
『なにこの映画のオープニングみたいな映像』
『編集めっちゃ良くなってるな』
『結衣ちゃん仕事しすぎで草』
『10秒で分かる』
『結衣ちゃんが死ぬほど働いてる』
『絶対編集担当過労枠』
『今回の予告なんか雰囲気違くない?』
『金の匂いがする』
『前回』
『「島行きます」』
『俺達』
『「海で遊ぶんかな」』
『今回』
『「豪華客船」』
『???』
『どこの大富豪だよ』
『王女』
『納得した』
『毎回その一言で説明終わるのやめろ』
『島が見えてるけど普通にデカくね?』
『個人所有ってレベルじゃない』
『島の面積おかしくない?』
『予告だけでリゾートCMみたいになってる』
『これ旅行系チャンネルだっけ?』
『魔法系チャンネルです』
『いや破壊系チャンネルだろ』
『災害チャンネルでは?』
『最近の勇者』
『・家を半壊させる』
『・校庭を吹き飛ばす』
『・海を割る』
『・豪華客船に乗る』
『方向性が分からん』
『本人も分かってないと思う』
『最後の文字気になる』
『「超大型企画始動」』
『嫌な予感しかしない』
『大型企画←分かる』
『超大型企画←怖い』
『勇者が言うと洒落にならん』
『島吹き飛ばすなよ』
『フラグ立てるな』
『でも絶対なんかやる』
『分かる』
『毎回予想の斜め上行くからな』
『ところで最後の方』
『何か映ってない?』
『ん?』
『2秒42あたり』
『一時停止した』
『俺も見た』
『海の上になんかある』
『島?』
『人工物っぽい』
『拡大したけど分からん』
『なんだあれ』
『施設?』
『船じゃないよな』
『島にしては形おかしい』
『編集ミスで映り込んだ?』
『考察班出動』
『お前ら早すぎる』
『【速報】』
『最後に映ってるの人工島説』
『は?』
『いやいやいや』
『個人所有の島の近くに人工島あるわけないだろ』
『相手は聖奈さんだぞ』
『……』
『あり得るな』
『あり得るのが怖い』
『最近の炎の勇者チャンネル』
『何が起きても』
『「聖奈さんならあり得る」』
『で説明が付く』
『万能理論やめろ』
『でも否定できない』
『次回予想』
『①島でバーベキュー』
『②海水浴』
『③島ごと何かする』
『③だろ』
『③だな』
『③以外ある?』
『ない』
『もう視聴者が勇者を信用してなくて草』
『だって毎回やらかすじゃん』
『楽しみすぎる』
『明日の動画待機』
『絶対リアルタイムで見る』
『過去最大級の予感』
『嫌な予感と期待感が同時に来てる』
『炎の勇者チャンネル視聴者の基本感情』
『「頼むからやめろ」』
『「もっとやれ」』
『の二つだからな』
『わかる』
『次回も楽しみです』
――――――――――――――
関連掲示板スレ
――――――――――――――
【スレタイトル】
《炎の勇者、今度は豪華客船をチャーター》
【レス数:8,742】
『予告来た』
『島が本命じゃない気がする』
『最後に映った謎の施設なんだよ』
『考察班「人工島」』
『一般人「そんなわけあるか」』
『古参視聴者「あり得る」』
『もう感覚麻痺してるの笑う』
『次回タイトル予想』
『「人工島を使ってみた」』
『やめろ』
『ありそうだからやめろ』
『怖くなってきた』




