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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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11/32

第11話 王女の別荘はスケール感がおかしい

 夕日が海の向こうへ沈み始めていた。


 島全体が赤く染まり、波の音だけが静かに響いている。


 島の散策を終えた三人は、海沿いの舗装路を歩いていた。


 ハルトは両手を頭の後ろで組みながら上機嫌だった。


「いやー、すげぇ島だったな」


「お気に召したようで何よりですわ」


 聖奈が微笑む。


 今日一日だけで見たものを思い返しても異常だった。


 潜水艦。


 戦艦。


 砲台。


 人工島。


 そして勇者神殿。


 普通の高校生なら一生見ることもないものばかりだ。


 しかしハルトの感想は。


「撮れ高の宝庫だったな」


 だった。


「感想が配信者すぎるのよ」


 結衣が即座に突っ込む。


「だって本当にすごかったじゃん」


「まあ、それは否定しないけど」


 むしろ問題なのは。


 あれだけの施設を見ても、


『うわぁ、すごいスポンサーだな』


で済ませているハルトの感覚である。


 異世界で国家規模の戦争を何度も経験した結果。


 感覚が色々壊れている。


 そんな会話をしているうちに。


 木々の向こうに巨大な建物が見えてきた。


「ん?」


 最初に気付いたのはハルトだった。


 夕日に照らされた建物。


 白を基調とした巨大な外壁。


 何本も並ぶ円柱。


 ガラス張りの大きな窓。


 中央には噴水。


 正面玄関へ続く石畳の道。


 そして。


 その周囲を彩る広大な庭園。


 ハルトは立ち止まった。


「……ホテル?」


「別荘ですわ」


「嘘だろ」


「別荘ですわ」


「いやいやいや」


 思わず二度見する。


 どう見ても高級リゾートホテルだった。


 五つ星どころではない。


 映画に出てくる海外の王族の宮殿レベルである。


 結衣も口を開けたまま固まっていた。


「えっ……」


 普段はツッコミ役の彼女ですら言葉が出ない。


「えっ?」


 もう一回言った。


「えっ?」


 語彙が消滅した。


 聖奈は首を傾げる。


「何か問題でも?」


「問題しかないわよ!?」


 ようやく復活した結衣が叫ぶ。


「別荘って普通もっとこう……ログハウスとかじゃないの!?」


「そういう物件もございますわね」


「これは何!?」


「別荘ですわ」


「だから何なのその万能回答!」


 聖奈は少し考えた。


「正式名称は迎賓館になりますわ」


「別荘じゃないじゃん!」


「私が利用するので別荘ですわ」


「理屈が暴力なのよ!」


 結衣が頭を抱える。


 ハルトは感心したように建物を見上げていた。


「さすがスポンサーだなぁ」


「そこで納得するな!」


「でも撮影で泊まるなら最高じゃん」


「感覚が麻痺してる!」


 結衣は叫んだ。


 しかしもう遅い。


 ハルトは完全にテンションが上がっている。


「見ろよ結衣。あの噴水」


「見えてるわよ」


「絶対映える」


「まず住む場所として見なさい!」


「夜景撮ったら綺麗そうだな」


「話聞いて!」


 聖奈はそんな二人を見て楽しそうに笑った。


 勇者は自由奔放。


 そして、その隣にはいつも結衣がいる。


 この一週間で何度も見た光景だった。


 ハルトが無茶を言い。

 

 結衣が呆れながら後始末をする。


 そんなやり取りを見ているだけで、なぜだか心が温かくなる。


 聖奈は小さく微笑んだ。


 その光景を見ているだけで幸せだった。



 やがて三人は正面玄関へ到着する。


 巨大な扉が静かに開いた。


 待機していた使用人たちが一斉に頭を下げる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 整列した人数は二十人以上。


 全員が高級ホテルの従業員のような服装だった。


 結衣が小声で呟く。


「ホテルじゃん」


「ホテルですわね」


「認めた!?」


「ホテル機能もございますので」


「ややこしい!」


 そんなやり取りをしながら中へ入る。


 そして。


 三人はエントランスホールへ足を踏み入れた。


「うおおおおお!」


 ハルトが叫んだ。


 吹き抜けだった。


 二階どころではない。


 三階分はありそうな高さ。


 巨大なシャンデリア。


 磨き上げられた大理石の床。


 左右へ伸びる豪華な階段。


 壁には高そうな絵画。


 天井には美しい装飾。


 もはや海外の宮殿だった。


 ハルトの目が輝く。


「すげぇ!」


「お気に召しましたか?」


「めちゃくちゃすごい!」


 聖奈は嬉しそうに微笑んだ。


 その反応が見たかったのだ。


 ただそれだけのために、この別荘を建てたと言ってもいい。


 前世で勇者が王城に滞在した時。


 彼は豪華な部屋を与えられても、


「寝られれば十分」


と言っていた。


 だからこそ。


 今度は思い切り驚かせたかった。


 結果は大成功だった。


 そんな聖奈の内心など知らず。


 ハルトは完全に観光客になっていた。


「結衣! 見ろよ!」


「見えてる」


「シャンデリア!」


「見えてる」


「階段!」


「見えてる」


「床ピカピカ!」


「見えてるって!」


 完全に小学生だった。


 聖奈は口元を隠しながら笑う。


 可愛い。


 勇者が可愛い。


 前世で世界を救った英雄とは思えない。


 だがそんなところも愛おしい。


 結衣はそんな聖奈を見て少し警戒した。


 この人。


 今ものすごく幸せそうだ。


 しかも理由がハルトを見ているだけ。


 やっぱり危険人物である。


「お部屋はそれぞれご用意しておりますわ」


 聖奈が言う。


「おお」


「荷物もすでに運ばせてあります」


「助かる」


「ご夕食まで少し時間がありますので、ご自由にお過ごしくださいませ」


 ハルトは周囲を見回した。


 そして。


「探検していい?」


 目を輝かせるハルト。


 それを見た瞬間。


 結衣は嫌な予感しかしなかった。


「ダメ」


「えっ」


「絶対ダメ」


「まだ何もしてないだろ」


「そう言う時のあんたは大体ろくでもないことするのよ」


「失礼だな」


「実績があるの」


 結衣は即答した。


 実績しかない。


 学校の屋上で火球を打ち上げようとした男である。


 庭を半分吹き飛ばした男である。


 動画のためなら常識を捨てられる男である。


 信用などあるわけがなかった。


 しかし聖奈は微笑む。


「問題ありませんわ」


「あります」


「使用人にも伝えてあります」


「何て?」


「勇者様の行動は全て許可するようにと」


「ダメなやつじゃない!」


 結衣が叫ぶ。


 ハルトは嬉しそうだった。


「よし!」


「よしじゃない!」


「ちょっと見るだけだから」


「その言葉も信用できない!」


 だが既に遅かった。


 ハルトは大理石の階段へ向かって歩き始めている。


「うおー!」


「待ちなさい!」


 結衣も慌てて追いかける。


 聖奈は楽しそうにその後ろを歩いた。


 階段を上がる。


 二階へ到着する。


 そして最初に目に入ったのは。


「長っ!」


 廊下だった。


 とにかく長い。


 高級ホテルの一フロア全部をそのまま持ってきたような広さである。


 壁には絵画。


 床には高級そうなじゅうたん。


 窓の外には夕日に染まる海。


 景色まで映画だった。


「聖奈」


「はい」


「これ何部屋あるの?」


「数えたことありませんわ」


「数えたことないの!?」


 結衣が叫ぶ。


 聖奈は少し考えた。


「百は超えていたと思いますわ」


「ホテルじゃん!」


「ホテル機能もございますので」


「だからそれ!」


 もう何回目か分からないやり取りだった。


 ハルトはすっかり観光モードである。


「登録者百万人になったらこういう家に住みたいな」


「無理だから」


「夢くらい見させろよ」


「夢のスケールがでかいのよ」


 そんな話をしながら進んでいく。


 すると。


 一番奥に巨大な扉があった。


 他の部屋より明らかに大きい。


 金色の装飾まで付いている。


 ハルトが首を傾げた。


「何だこれ」


 聖奈が答える。


「私の部屋ですわ」


「でかっ」


「普通の寝室です」


「絶対普通じゃない」


 結衣が即座に断言する。


 しかし。


 ハルトの好奇心は止まらなかった。


「見てみたい」


 聖奈が固まった。


「えっ」


「部屋」


「えっ」


「気になる」


 聖奈の顔が一瞬で赤くなる。


 勇者。


 勇者が。


 自分の部屋を見たいと言った。


 これはつまり。


 つまり。


 つまり――


「聖奈?」


「はっ!」


 思考が飛んでいた。


 結衣はものすごく嫌そうな顔になった。


 危険信号が鳴っている。


 目の前で鳴っている。


「別に見なくていいでしょ」


「いや気になるじゃん」


「気にならなくていいの!」


「何でだよ」


「何でも!」


 結衣は必死だった。


 一方。


 聖奈は数秒ほど葛藤したあと。


 小さく咳払いした。


「……かまいませんわ」


「えっ」


 結衣が振り返る。


 聖奈は耳まで真っ赤だった。


「勇者様でしたら」


「ダメでしょ!」


「何がですの?」


「全部よ!」


 ハルトだけが状況を理解していない。


「スポンサーの部屋ってどんな感じなのか興味あるだけなんだけど」


 その一言で。


 聖奈の胸に突き刺さる。


 興味の方向が違った。


 恋愛ではない。


 知的好奇心だった。


 だが。


 それでも勇者が自分の部屋に来る。


 その事実だけで十分だった。


 聖奈は微笑む。


「それではご案内しますわ」


 結衣は頭を抱えた。


(絶対何か起きる)


 だが。


 この島に来てから何度も思っている。


 そして大体当たる。


 今回もきっと当たるのだろう。


 そんな予感を抱きながら。


 三人は聖奈の部屋へ向かって歩き始めた。


 聖奈の部屋の前。


 巨大な扉が静かに開く。


 そして。


「……」


「……」


「……」


 三人とも数秒黙った。


 最初に口を開いたのはハルトだった。


「これ部屋?」


「部屋ですわ」


「体育館じゃなくて?」


「部屋ですわ」


「アリーナじゃなくて?」


「部屋ですわ」


 結衣が額を押さえた。


「もうツッコむ気力もない……」


 中は想像を超えていた。


 まず広い。


 とにかく広い。


 普通の一軒家なら丸ごと入りそうな広さだった。


 巨大なベッド。


 高級ホテルのスイートルームのような応接スペース。


 本棚。


 暖炉。


 大画面モニター。


 専用キッチン。


 そして海へ向いた全面ガラス張りの窓。


 夕焼けに染まる海が一望できた。


「すげぇ……」


 ハルトが素直に感心する。


 聖奈は少し嬉しそうだった。


「お気に召しましたか?」


「いや、普通にすごい」


「ありがとうございます」


「これ動画撮影にも使えそうだな」


 聖奈の笑顔が少し固まった。


 結衣は予想していた。


 この男はそういう男である。


 ロマンチックな景色。


 豪華な部屋。


 それを見て最初に考えるのが、


『動画の背景に使える』


なのだ。


 聖奈も慣れている。


 慣れているが。


 少しだけ残念だった。


「勇者様」


「ん?」


「もう少し他に感想はありませんの?」


「他?」


 ハルトは部屋を見回した。


「掃除大変そう」


 聖奈は天を仰いだ。


 結衣は吹き出した。


「ぶふっ」


「結衣さん?」


「ごめん無理。今のは無理」


 聖奈は深いため息を吐く。


 だが。


 それすら少し楽しい。


 勇者は昔から勇者だった。


 こういうところは全く変わらない。


 その時。


 ハルトが窓際へ歩いていった。


「おお」


 窓の向こう。


 夕日が海に沈みかけている。


 水平線が赤く輝いていた。


 島全体が金色に染まっている。


 思わず見入るような景色だった。


「綺麗だな」


 ぽつりと呟く。


 その一言に。


 聖奈の心臓が少し跳ねた。


 勇者が景色を見ている。


 自分が用意した場所で。


 自分と同じ景色を見ている。


 ただそれだけで嬉しかった。


 しかし。


 次の瞬間。


「ここで朝撮影したら映えそう」


 全部台無しになった。


 結衣が吹き出す。


「やっぱりそっちか!」


「いや絶対伸びるだろ」


「お前の頭の中、再生数しかないの?」


「半分くらいは」


「半分で済む?」


 そんなやり取りをしていると。


 コンコン。


 扉がノックされた。


「お嬢様」


「どうしました?」


「ご夕食の準備が整いました」


 使用人だった。


 聖奈は頷く。


「分かりましたわ」


 そして二人へ向き直る。


「そろそろ夕食にいたしましょう」


「おっ」


 ハルトの目が輝いた。


 結衣は嫌な予感しかしない。


「ちなみに何が出るの?」


 何気ない質問。


 しかし相手は聖奈である。


「軽いものですわ」


「へえ」


「島で獲れた海産物を中心に」


「うん」


「和食、洋食、中華をそれぞれ一流料理人が担当しております」


「待って」


 結衣が止めた。


「軽くない」


「そうでしょうか?」


「そうでしょうかじゃない」


 聖奈は首を傾げる。


 本気で分かっていない。


「勇者様に失礼があってはいけませんので」


「だから基準がおかしいのよ!」


 ハルトは逆に期待が高まっていた。


「楽しみだな」


「楽しみにするな!」


「だって美味そうじゃん」


「それはそうだけど!」


 結衣は諦めた。


 もう無理だ。


 この島では常識が死んでいる。


 そして。


 三人は部屋を出る。


 豪華な廊下を歩き。


 階段を下り。


 夕食会場へ向かう。


 その途中。


 聖奈はほんの少しだけ勇気を出した。


 歩くハルトの隣へ並ぶ。


 肩が触れそうな距離。


 それだけで胸が高鳴る。


 前世では。


 勇者はいつも遠かった。


 誰よりも近くにいて。


 誰よりも遠い存在だった。


 だが今は違う。


 同じ高校生。


 同じ時間を過ごしている。


 それだけで幸せだった。


 そんな聖奈の心境など知らず。


 ハルトは真面目な顔で呟いた。


「なあ聖奈」


「は、はいっ」


 思わず声が上ずる。


 勇者から話しかけられた。


 何だろう。


 もしかして。


 もしかして――


「夕飯って撮影していい?」


 聖奈は数秒固まった。


 結衣は予想していた。


「それ聞くだろうと思った」


「だって絶対映えるし」


「お前本当にぶれないな」


 聖奈は小さく笑った。


 そして。


「もちろんですわ」


 即答した。


「やった!」


 ハルトが喜ぶ。


 聖奈も嬉しい。


 結衣だけがため息を吐いた。


 こうして三人は。


 豪華すぎる夕食が待つダイニングへと向かっていった。


 ダイニングへ到着した瞬間。


 ハルトが足を止めた。


「でっか」


 それが最初の感想だった。


 長い。


 とにかく長い。


 映画でしか見たことがないような巨大なテーブルが部屋の中央に鎮座している。


 天井には豪華なシャンデリア。


 壁には大きな窓。


 窓の向こうには夜の海。


 夕日はすでに沈み始めており、水平線の向こうが濃い藍色へと変わっていた。


「何人座れるんだこれ」


「三十人ほどですわ」


「多いな!?」


「普段はもう少し人数がおりますので」


 結衣が遠い目をした。


 普段からこんな場所で食事しているのか。


 住む世界が違いすぎる。


 使用人が椅子を引く。


 三人は席に着いた。


 もちろん。


 ハルトを中心にして。


 右側に聖奈。


 左側に結衣。


 自然な配置だった。


 そして。


 料理が運ばれてくる。


「うわ」


 ハルトの目が輝いた。


 新鮮な魚介。


 美しく盛り付けられた前菜。


 肉料理。


 スープ。


 見ただけで高級だと分かる品々。


 どれも芸術作品のようだった。


「すげぇ……」


「勇者様のお口に合えばよろしいのですが」


「いや絶対うまいだろこれ」


 聖奈は嬉しそうに微笑む。


 そして。


 結衣は気付いた。


 聖奈がずっとハルトの反応を見ている。


 料理ではない。


 景色でもない。


 ハルトである。


(重い)


 改めて思った。


(本当に重い)


 本人は無自覚だろう。


 だが確実に重い。


 そんなことを考えているうちに食事が始まる。


 ハルトが一口食べる。


 目を見開く。


「うまっ」


 聖奈の笑顔が満開になった。


「本当ですか?」


「めちゃくちゃうまい」


「そうですか」


 声が少し弾んでいる。


 分かりやすい。


 あまりにも分かりやすい。


 しかしハルトは気付かない。


「結衣も食ってみろよ」


「食べてるわよ」


 結衣も口に運ぶ。


 そして。


「……おいしい」


 認めざるを得なかった。


 本当においしい。


 料理人が一流なのだろう。


 どれを食べても感動するレベルだった。


 その後も食事は続く。


 話題は自然と明日の撮影になった。


「それで勇者様」


「ん?」


「明日はどのような企画を?」


 聖奈が尋ねる。


 結衣も気になっていた。


 今日の昼からずっと聞いている。


 だが。


 ハルトは詳細を話していない。


「秘密」


「嫌な予感しかしない」


 結衣が即答した。


「大丈夫だって」


「お前がそう言う時は大丈夫じゃないの」


「今回は本当に大丈夫」


「それ前にも聞いた」


 庭が半分消えた。


 結衣は忘れていない。


 ハルトは笑う。


「まあ見てろって」


「見たくないのよ」


「絶対伸びる」


「それは否定できないのが腹立つ」


 実際。


 ハルトが本気で考えた企画は大体伸びる。


 問題は。


 その代償として周囲の胃が死ぬことだ。


 そんな会話をしていると。


 聖奈が不意に立ち上がった。


「少々お待ちくださいませ」


「?」


 そして使用人に何かを耳打ちする。


 数分後。


 戻ってきた使用人の手には小さな箱があった。


 赤いリボン付き。


 いかにも高そうな箱である。


「勇者様」


「ん?」


「こちらを」


「何?」


「本日の記念ですわ」


 ハルトが箱を受け取る。


 開ける。


 中には腕時計が入っていた。


 結衣が固まる。


 見ただけで分かった。


 高い。


 絶対に高い。


 下手すると車が買える。


「おお」


 しかしハルトは気軽だった。


「かっこいいな」


「お気に召しましたか?」


「うん」


 聖奈の表情が明るくなる。


 その瞬間。


 ハルトは何の躊躇もなく腕につけた。


「似合う?」


 そう言って見せる。


 聖奈の心臓が止まりかけた。


 使ってくれた。


 今。


 その場で。


 使ってくれた。


「…………」


「聖奈?」


「はっ」


 危なかった。


 危うく意識が飛びかけた。


「と、とてもお似合いですわ」


「サンキュー」


 ハルトは満足そうだった。


 結衣は横で頭を抱える。


(もうダメだこの人)


 金額の問題ではない。


 聖奈は勇者が使ってくれるだけで幸せなのだ。


 だから余計に危険だった。


 食事はその後も和やかに続いた。


 そして。


 最後のデザートが運ばれてきた頃。


 窓の外には満天の星空が広がっていた。


 都会では絶対に見られない景色。


 海と空の境界が消えたような夜。


 ハルトは思わず窓の外を見た。


「すげぇな」


 素直な感想。


 今度は動画でもない。


 再生数でもない。


 ただの感嘆だった。


 それを見た聖奈は少し嬉しくなる。


「後で屋上へ行きますか?」


「屋上あるの?」


「ありますわ」


「あるんだ」


 結衣はもう驚かない。


 今さらである。


 聖奈は微笑む。


「星が綺麗に見えますわ」


「いいな」


 ハルトが頷く。


 その返事だけで。


 聖奈の気分は少し上がった。


 食事の後。


 三人は星空を見るために屋上へ向かうことになった。


 そして結衣はまだ知らない。


 この後。


 風呂と就寝を巡って。


 さらに胃が痛くなる出来事が待っていることを。


 別荘の屋上。


 三人が到着した瞬間。


「おお……」


 ハルトが思わず声を漏らした。


 そこには夜空があった。


 ただの夜空ではない。


 島の周囲には人工の明かりがほとんど存在しない。


 街の光も届かない。


 だからこそ。


 空一面に星が広がっていた。


 まるで異世界で見た星空のようだった。


 ハルトはフェンス近くまで歩く。


 夜風が吹く。


 潮の香りが混じる。


 遠くから聞こえる波の音。


 静かな時間だった。


「綺麗だな」


 今度こそ。


 本当にそれだけだった。


 動画のことも。


 再生数のことも。


 一瞬だけ忘れていた。


 聖奈は少し離れた場所からその横顔を見る。


 異世界で何度も見た顔だった。


 世界を救った後。


 戦いの合間。


 王城のバルコニー。


 野営地。


 様々な場所で見た横顔。


 だが。


 今は違う。


 勇者ではなく高校生。


 世界を背負っていない。


 そんな穏やかな表情だった。


「勇者様」


「ん?」


「今、幸せですか?」


 結衣が少し意外そうな顔をした。


 聖奈らしくない質問だった。


 ハルトは少し考える。


 そして笑った。


「結構幸せかもな」


 即答だった。


「動画も伸びてるし」


 やっぱりそれだった。


 結衣が呆れる。


 聖奈は苦笑する。


 だが。


 その後に続いた言葉は少し違った。


「学校も楽しいし」


「……」


「結衣もいるし」


 結衣が固まる。


「お前がいないと動画終わるしな」


「そこ!?」


 期待して損した。


 聖奈が吹き出した。


 ハルトは真面目だった。


「いや本当に。編集できないし」


「まあそれはそうだけど」


「だから結衣には感謝してる」


 結衣は少しだけ視線を逸らした。


 面と向かって言われると困る。


 幼馴染だからこそ余計に。


 聖奈はその様子を見ていた。


 そして。


 ほんの少しだけ羨ましいと思った。


 自分が知らない十数年。


 その積み重ねは大きい。


 財力では買えないものだった。


 やがて。


 夜風が少し強くなった。


「冷えてきましたわね」


「そうだな」


「お風呂の準備もできております」


 その瞬間。


 結衣が嫌な予感を覚えた。


「ちなみに」


「はい」


「どんなお風呂?」


 聖奈は微笑んだ。


「露天風呂ですわ」


 嫌な予感が当たった。


「どれくらいの?」


「屋上の半分ほどですわ」


「温泉旅館!?」


 もう驚かないと思っていた。


 甘かった。


 聖奈のスケールはまだ上だった。


 その後。


 三人は屋上を後にする。


 そして別荘内の大浴場へ向かった。


 結果から言うと。


 温泉旅館だった。


 しかも最高級。


 大理石。


 露天風呂。


 サウナ。


 ジャグジー。


 何なら休憩室まである。


「だから何で別荘なのよ!」


 結衣のツッコミが響く。


 だがもう誰も気にしない。


 風呂上がり。


 三人はそれぞれ部屋へ戻ることになった。


 時間はすでに夜十時を回っている。


 明日は朝から撮影だ。


 解散は自然な流れだった。


「それじゃおやすみ」


「おやすみなさいませ」


「おやすみ」


 廊下で別れる。


 ハルトは自室へ向かう。


 結衣も自室へ。


 そして聖奈も。


 ――のはずだった。


 数分後。


 ハルトの部屋。


「広っ」


 まずそれだった。


 聖奈の部屋ほどではない。


 だが十分広い。


 ベッドも大きい。


 ソファもある。


 景色も最高。


「これでゲストルームかよ」


 感覚が麻痺しそうだった。


 その時。


 コンコン。


 部屋の扉が鳴った。


「ん?」


 ハルトが開ける。


 そこにいたのは。


 風呂上がりの聖奈だった。


「どうした?」


「お休み前に少しだけ」


 聖奈はそう言って微笑む。


 いつもの完璧な笑顔。


 だが。


 どこか緊張しているようにも見えた。


「明日の撮影の成功をお祈りしようと思いまして」


「おお」


 ハルトは納得した。


 スポンサーらしい。


 とてもスポンサーらしい。


 聖奈は心の中で泣いた。


(違いますわ)


 だが言えない。


 勇者は絶望的に鈍感だった。


「それでは」


 聖奈はそっと手を伸ばした。


 そして。


 勇者の髪を一房だけ整える。


 まるで前髪を直すような自然な仕草。


「?」


 ハルトは首を傾げる。


「寝癖がついておりますわ」


「マジ?」


「ええ」


 嘘だった。


 全くついていない。


 ただ触れたかっただけだった。


 しかしハルトは完全に信じた。


「サンキュー」


「いえ」


 聖奈は少しだけ満足する。


 それだけで十分だった。


「それではおやすみなさいませ」


「おやすみ」


 扉が閉まる。


 聖奈は廊下を歩き始めた。


 顔は平静。


 だが。


(勇者様のお部屋に入ってしまいましたわ……)


 内心では大変なことになっていた。


 一方。


 部屋の中。


 ハルトは何も気付いていなかった。


「真面目だなぁ聖奈」


 スポンサー魂がすごい。


 本気でそう思った。


 そしてベッドへ倒れ込む。


 明日は撮影本番。


 炎の勇者チャンネル史上最大の企画。


 考えただけでワクワクする。


 ハルトは笑う。


「絶対バズるだろ」


 そして。


 誰よりも早く眠りについた。


 翌日。


 その予想は。


 良くも悪くも現実になることになる。

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