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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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12/29

第12話 【100億の島で】隕石落としてみた【CGなし】

 朝。


 海から差し込む光が、巨大な窓を通してダイニングを黄金色に染めていた。


 別荘とは名ばかりの迎賓館。


 昨夜も散々ツッコミを入れた結衣だったが、朝になって改めて見ても感想は変わらなかった。


(やっぱりホテルじゃん……)


 天井は高い。


 シャンデリアは相変わらず巨大。


 テーブルは二十人以上座れそうな長さ。


 その端に。


 高校生三人が座っている。


 異様だった。


「よし!」


 ハルトが勢いよく立ち上がった。


「撮影の日だ!」


 朝からテンションが高い。


 いや、昨日から高かった。


 というより、この島に来てからずっと高い。


「登録者数は現在百九十二万人!」


 スマホを掲げる。


「予告動画もまだ伸びてる!」


「朝から数字しか見てないじゃない」


「当然だろ」


 ハルトは胸を張った。


「数字は夢だからな」


「その夢の見方はたぶん間違ってると思う」


「でも夢は大きい方がいいだろ?」


「まあそれはそうだけど」


 結衣がため息をつく。


 隣では聖奈が優雅に紅茶を口へ運んでいた。


 朝から完璧だった。


 髪も服装も乱れがない。


 まるで今から王宮の式典にでも出席するような姿だ。


 しかし。


 視線だけは完全にハルトへ向いている。


「勇者様」


「ん?」


「本日はついに本番ですわね」


「ああ!」


 ハルトが満面の笑みを浮かべた。


「今日は絶対歴史に残るぞ」


「ええ」


 聖奈も微笑む。


「勇者様が望まれるのであれば」


「いやー楽しみだなぁ」


 ハルトはパンをかじった。


「戦艦ある」


「ありますわ」


「人工島ある」


「ありますわ」


「砲台ある」


「ありますわ」


「最高だな」


「ありがとうございます」


 なぜ感謝するのか。


 結衣には理解できない。


 だが聖奈は本気で嬉しそうだった。


 勇者に褒められた。


 それだけで幸せなのだ。


「で」


 結衣が言った。


「そろそろ聞いていい?」


「何を?」


「企画内容」


 ハルトの動きが止まった。


 数秒。


 沈黙。


 そして。


「企業秘密です」


「言え」


「サプライズだから」


「言え」


「動画投稿者には守秘義務がある」


「初めて聞いたわそんな義務」


 結衣が即座に切り返す。


 しかしハルトは余裕の笑みだった。


「大丈夫だ」


「何が」


「絶対成功する」


「だから怖いのよ」


 本当に成功するから。


 そこが問題なのだ。


 普通の高校生なら笑い話で終わる。


 だがハルトの場合。


 魔法で実現する。


 だから怖い。


「隕石ってタイトルについても聞いてないんだけど」


「うん」


「本当に何する気?」


「タイトル詐欺は良くないだろ?」


「その返答が一番怖いんだけど」


 結衣が頭を抱えた。


 聖奈も少しだけ気になったらしい。


「勇者様」


「ん?」


「危険はありませんか?」


「ないない」


 ハルトは笑う。


「ちゃんと安全にやる」


「そうですか」


 聖奈は即座に安心した。


 結衣は安心できなかった。


 なぜなら。


 ハルト基準の安全が信用できないからである。


 異世界ではドラゴンの頭に乗りながら、


『落ちなきゃ安全』


 と言っていた男だ。


 常識が違う。


「まあ見てろって」


 ハルトは立ち上がった。


「今日はまず島の映像を撮る」


「ふんふん」


「そのあと海」


「うん」


「最後にメイン企画」


「うん」


「世界を震撼させる」


「やめて」


 即座にツッコミが飛んだ。


 ハルトは笑う。


 聖奈はうっとりしている。


 結衣だけ胃が痛い。


 いつもの構図だった。


 朝食を終える頃には、使用人たちが慌ただしく動き始めていた。


 撮影機材。


 ドローン。


 予備バッテリー。


 飲み物。


 軽食。


 ありとあらゆる物資が運び込まれていく。


 まるで映画撮影だった。


「すげぇな」


 ハルトが感心する。


「本格的だ」


「勇者様の撮影ですもの」


 聖奈は当然のように答えた。


「これくらいは必要ですわ」


「スポンサーの鏡だな」


 ハルトは感動していた。


 聖奈はその言葉だけで幸せそうだった。


 結衣は見なかったことにした。


 朝から糖度が高い。


 見ていると疲れる。


 やがて準備が整う。


 三人は玄関ホールへ向かった。


 巨大な扉。


 赤いじゅうたん。


 左右に並ぶ使用人たち。


 完全に王城の出陣だった。


「行ってらっしゃいませ」


 深々と頭を下げる。


 結衣が小声で言った。


「やっぱり別荘じゃないよねこれ」


「別荘ですわ」


「どこが!?」


「私が別荘として使っておりますので」


「理屈が強い!」


 聖奈は本気だった。


 だから余計にタチが悪い。


 扉が開く。


 潮風が吹き込んだ。


 空は快晴。


 雲一つない。


 青い海が広がっている。


「よし!」


 ハルトが拳を握った。


「撮影開始だ!」


 その声は妙に力強かった。


 今日。


 炎の勇者チャンネル史上最大の企画が始まる。


 本人はまだ知らない。


 この動画が。


 世界中を騒がせ。


 眠っていた運命を目覚めさせることを。


 そして。


 ある一人の少女が。


 遠く離れた場所で、この光を見つけることになるのを。


 今のハルトの頭の中にあるのは。


 ただ一つ。


(絶対一千万再生いくだろ、これ)


 それだけだった。



 別荘を出たハルトたちは、まず軍港へ向かう――かと思われた。


 だが途中でハルトが立ち止まった。


「いや、待てよ」


「何?」


 結衣が嫌な予感を覚える。


 今日一日、何度目か分からない嫌な予感だった。


「メイン企画は夕方にやろう」


「へ?」


「夕焼けの方が映える」


 即答だった。


 結衣は一瞬だけ安心した。


 少なくとも今すぐ隕石は落ちないらしい。


「なるほど」


 聖奈も納得したように頷く。


「確かに夕暮れ時は美しいですわね」


「だろ?」


 ハルトは満足そうだった。


「空が赤い方が迫力出るし」


「それで?」


「それまでは島を使って別動画を撮る」


「そっちは普通なの?」


「普通だ」


 ハルトは胸を張った。


「たぶん」


「その『たぶん』が怖いのよ」


 結衣は頭を抱えた。


 しかし撮影自体は順調に始まった。


 聖奈のスタッフたちはすでに各所へ配置されている。


 ドローン部隊。


 撮影班。


 警備班。


 移動車両。


 飲料班。


 もはや映画制作である。


 ハルトはそんな豪華な環境に終始ご機嫌だった。


「プロっぽい!」


「勇者様が主役ですもの」


「最高!」


 こうして。


 夕方の大型企画までの時間を利用した撮影ツアーが始まった。



――――――



 最初に向かったのは海岸砲台だった。


 島の岬に設置された巨大な砲台。


 その存在感だけで絵になる。


「うおおおお!」


 ハルトのテンションが上がる。


「男の子が好きなやつ!」


「高校二年生ですけどね」


「男はいくつになっても好きなんだよ」


 なぜか偉そうだった。


 撮影開始。


 タイトル案はすでに決まっている。


『【本物】海岸砲台の横で焼き肉してみた【迫力満点】』


「待って」


 結衣が止める。


「なんで砲台の横で焼き肉するの?」


「映えるから」


「全部それじゃん」


 結果。


 ハルトは炎魔法で火を起こし、海を背景に焼き肉を焼いた。


 砲台は一切使わなかった。


 ただ後ろに映っていただけである。


「よし!」


 撮影終了。


「次!」


「砲台関係なくない?」


「サムネで勝負するんだよ」


 動画投稿者の闇だった。



――――――



 次に向かったのは勇者神殿だった。


 島の中央付近。


 白い石造りの巨大建築。


 勇者専用玉座付き。


 普通に考えて意味が分からない。


 しかし聖奈は誇らしげだった。


「勇者様のために建設いたしました」


「ありがとう!」


「ありがとうございますじゃないのよ」


 結衣がツッコむ。


「なんで建てたのよ」


「必要でしたので」


「何に?」


「勇者様に」


「会話にならない!」


 撮影が始まる。


 ハルトは玉座へ座った。


 妙に似合っていた。


 似合ってしまうのが問題だった。


「よし」


 ハルトが腕を組む。


「タイトルは――」


「嫌な予感しかしない」


『【検証】玉座に座るだけで王になれるのか試してみた』


「なれないわよ」


「いや、雰囲気は大事だから」


 数分後。


 玉座の上でポーズを取る動画が完成した。


 内容は特になかった。


 だが映像はやたら豪華だった。


 聖奈はその様子を幸せそうに見守っていた。


 結衣はもう止める気力がなくなっていた。



――――――



 昼過ぎ。


 一行は沖合の人工島へ移動していた。


 前回の予告動画にも映り込んでいた巨大施設。


 考察班が騒いでいる場所である。


「やっぱりデカいな」


 ハルトが感心する。


 コンクリートで作られた人工島。


 ヘリポートまで存在する。


 どう考えても個人所有の規模ではない。


「ここも聖奈の?」


「はい」


「すげぇな」


「勇者様のお役に立てれば」


「便利だな」


 その返答でいいのだろうか。


 聖奈は満足そうだったのでいいのかもしれない。


 人工島ではドローン撮影が中心となった。


 上空から島全体を映す。


 海を映す。


 施設を映す。


 そして。


 なぜかハルトが全力疾走する。


「よし!」


 撮影終了。


「今の何の動画?」


 結衣が聞いた。


「ショート動画」


「内容は?」


「なんかすごい島を走った」


「小学生か」


 だが。


 おそらく再生数は出る。


 結衣はそれを知っていた。


 この男の動画はいつもそうなのだ。


 内容は意味不明なのに。


 なぜか伸びる。



――――――



 そして時間は流れる。


 午後。


 太陽はゆっくりと傾き始めていた。


 青空は少しずつ赤みを帯びる。


 海風も変わってくる。


 スタッフたちが慌ただしく動き始めた。


 大型機材の移動。


 ドローンの準備。


 各種安全確認。


 島全体の空気が変わる。


 そんな中。


 ハルトは腕時計を確認した。


 昨夜、聖奈から贈られた高級時計である。


 本人は値段を知らない。


「よし」


 満足そうに笑った。


「そろそろ本番だな」


 その言葉に。


 結衣の背筋へ嫌な汗が流れた。


 今日一日。


 何だかんだで平和だった。


 だが。


 それは本命をまだやっていないからだ。


「ハルト」


「ん?」


「最後に確認するけど」


「おう」


「本当に大丈夫なんでしょうね?」


 ハルトは自信満々に笑った。


「安心しろ」


「その台詞を信じた結果、庭が半分消えたことあるんだけど」


「今回は島だから大丈夫だ」


「何が!?」


 結衣の叫びが夕暮れの海へ響く。


 その頃。


 軍港では。


 今回の主役となる巨大な戦艦が、静かに待っていた。



 夕暮れ。


 軍港全体が赤く染まっていた。


 水平線の向こうへ沈み始めた太陽。


 海面には黄金色の光が揺れている。


 そんな絶景の中。


 結衣は目の前の光景を見て頭を抱えていた。


「いやいやいやいや」


 目の前。


 沖合。


 一隻の巨大戦艦が海上を航行している。


 しかも速度まで出している。


 艦首が波を割りながら進み、巨大な船体が夕日に照らされて輝いていた。


「なんで動いてるの?」


「動いてた方が映えるだろ」


 ハルトが当然のように答える。


「映えない方がおかしい」


「その理論やめて」


 結衣は即座に否定した。


 しかしハルトはすでに企画モードだった。


 目が完全に動画投稿者のそれになっている。


 登録者数。


 再生数。


 高評価。


 その三つしか見えていない顔だ。


 聖奈はそんなハルトを少し離れた場所から見守っている。


 表情は穏やかだ。


 だが結衣は知っている。


 今の聖奈は勇者が何をやっても肯定する状態である。


 戦力にならない。


「それじゃ説明するぞ」


 ハルトが手を叩いた。


 撮影スタッフたちも集まる。


 結衣も聖奈も近くへ寄った。


「今回の企画は」


 ハルトが沖を指差す。


「戦艦に隕石を落とす」


「知ってる」


「その映像を超高画質ドローンで撮る」


「知ってる」


「以上」


「説明終わった!?」


 結衣が叫んだ。


 だがハルトは満足そうだった。


「完璧だろ」


「どこが!?」


「シンプルイズベスト」


「説明不足イズベストじゃないのよ!」


 結衣のツッコミが飛ぶ。


 しかしハルトは全く気にしない。


 代わりに海上を見つめた。


 真剣な顔になる。


 異世界で幾度となく見せた戦闘前の顔だった。


 だが本人はその自覚がない。


「まず結界を張る」


「結界?」


 スタッフたちが首を傾げる。


 もちろん意味は分からない。


 ハルトは気軽に説明した。


「CG処理用だ」


「はい?」


「周囲から見えないようにする」


「どういう技術?」


「企業秘密」


 結衣は聞くのをやめた。


 どうせ魔法だ。


 聞いても無駄である。


 ハルトは片手を空へ向けた。


 魔力が流れる。


 誰にも見えない。


 誰にも分からない。


 だが世界最強の勇者だけは、それを当然のように扱う。


 巨大な認識阻害結界。


 空間隔離結界。


 魔力分散結界。


 衝撃吸収結界。


 さらに観測妨害結界。


 異世界なら国家規模の防衛魔法。


 勇者一人で展開するような代物ではない。


 しかしハルトは数秒で終わらせた。


「よし」


「終わったの?」


「終わった」


「何が?」


「準備」


 結衣には何も見えなかった。


 聖奈だけは分かる。


 思わず息を飲んでいた。


(勇者様……)


 異世界でも滅多に見なかった規模。


 魔王軍との最終決戦クラスの魔法だった。


 なのに本人は。


「じゃあ次」


 完全に動画撮影のテンションだった。


「ドローン守る」


「それも魔法?」


「そりゃそうだろ」


 ハルトは空を見上げる。


 数十機のドローンが待機している。


 最新鋭。


 高級機。


 聖奈が用意した超高性能機材。


「さすがに隕石の近くだと壊れるからな」


「当たり前よ!」


「だから保護する」


 また魔法が発動する。


 ドローン一機一機へ結界が張られる。


 異世界なら伝説級の防御魔法。


 本人はスマホケースを付けるくらいの感覚だった。


「これで安心」


「何が?」


「たぶん隕石の直撃でも壊れない」


「何の安心にもならない!」


 結衣はもう限界だった。


 だが誰も止められない。


 そして。


 撮影が始まる。


 カメラ。


 音声。


 ドローン。


 全てスタンバイ。


 夕日を背にしたハルトが立つ。


 海風が髪を揺らした。


 戦艦は遠くで航行している。


 まるで映画のワンシーンだった。


「よし、本番いくぞ」


 ハルトが親指を立てる。


 撮影開始。


 赤ランプが灯る。


 ハルトは即座に営業スマイルになった。


「どうもー!」


 両手を広げる。


「炎の勇者チャンネルです!」


 元気な声が響いた。


「今日はですね!」


 後ろの戦艦を指差す。


「スポンサーの聖奈さんが島ごと貸してくれたので!」


 画面の外で聖奈が幸せそうな顔になる。


「思い切った企画をやります!」


 ハルトは笑う。


 最高に楽しそうだった。


「タイトルにもある通り!」


 ドン。


 戦艦を指差す。


「隕石落としてみます!」


 スタッフがざわつく。


 結衣は遠い目をした。


 本人だけが自然体だった。


「CGなし!」


「もちろん合成なし!」


「やらせなし!」


「全部本気!」


 言っていることは正しい。


 問題は全部本物なことだ。


「さすがに危ないので!」


 ハルトが続ける。


「周囲への影響は完全に防ぎます!」


「安全第一!」


「環境配慮!」


「コンプライアンス重視!」


 結衣が頭を抱えた。


 コンプライアンスという単語が一番似合わない男だった。


「ということで!」


 ハルトが拳を握る。


「人類史上初!」


「戦艦に!」


「隕石を!」


「落としてみようと思います!」


 夕日を背にした笑顔。


 動画としては完璧だった。


 そして。


 これから起きる現象は。


 誰も想像していなかった。



 撮影は続いている。


 ドローンが空を舞う。


 夕日はさらに傾き始めていた。


 海面は赤く染まり、戦艦のシルエットがより映えるようになっている。


「ちなみに!」


 ハルトがカメラへ向かって指を立てた。


「安全面について説明しておきます!」


 結衣は嫌な予感しかしなかった。


「この戦艦!」


 ハルトが沖を指差す。


「無人です!」


「そこは本当だからなぁ……」


 結衣が小さく呟く。


 戦艦は聖奈所有。


 当然ながら乗組員など乗せていない。


 遠隔管理と自動操縦で動いているだけだ。


 つまり。


 誰も乗っていない。


「なので!」


 ハルトが満面の笑みを浮かべる。


「遠慮なくやれます!」


「その言い方どうなのよ」


「大事な説明だろ?」


 確かに大事ではある。


 大事なのだが。


 結衣はもう何も言うまいと思った。


 どうせ止まらない。


「じゃあ行くぞ!」


 ハルトが叫んだ。


 次の瞬間。


 地面を蹴る。


 爆発音。


 そして。


 ふわりと。


 空へ浮かび上がった。


「はい飛んだー!」


 結衣が即座にツッコむ。


「普通に飛んだー!」


「動画映えだ!」


「重力仕事しなさいよ!」


 ハルトは楽しそうに笑う。


 異世界時代に散々使っていた飛行魔法。


 本人にとっては自転車くらいの感覚だ。


 空撮用ドローンが後を追う。


 夕焼け空を飛ぶ少年。


 その背後には海。


 その先には戦艦。


 映像としては完璧だった。


「勇者様……」


 聖奈はうっとりしていた。


 懐かしい。


 異世界で何度も見た背中だった。


 あの頃と何も変わらない。


 変わったのは。


 勇者が魔王討伐ではなく動画撮影をしていることくらいである。


 数分後。


 ハルトは戦艦上空へ到達した。


 甲板の上へ降り立つ。


 無人の巨大戦艦。


 夕日に照らされる鋼鉄の船体。


「よし」


 カメラへ向かって親指を立てる。


「まずは止めます」


「まず?」


 結衣の声が遠くから聞こえる。


「隕石落とす前に固定しないとな」


 ハルトは海を見下ろした。


 片手を伸ばす。


 魔力が流れる。


 異世界なら国家間戦争で使われる級の魔法。


 だが本人は気軽だった。


「凍れ」


 静かな一言。


 次の瞬間。


 海面が白く染まった。


 バキバキバキバキバキッ――!


 凄まじい音。


 戦艦の周囲から氷が広がる。


 海が凍る。


 さらに広がる。


 さらに広がる。


 数秒後。


 戦艦の周囲一帯は巨大な氷原になっていた。


 航行中だった戦艦は完全に停止する。


「よし」


 ハルトが満足そうに頷く。


「固定完了」


「固定完了じゃないのよ!」


 結衣の悲鳴が響く。


「海を凍らせるな!」


「いやでも動いてたら危ないだろ」


「その前段階が危ないのよ!」


 しかしハルトは聞いていない。


 動画撮影モードである。


 すでに頭の中はサムネイルのことしかない。


「じゃあいよいよ本番」


 ハルトが空を見上げた。


 夕日。


 赤い空。


 流れる雲。


 そして。


 誰にも見えない結界の内側。


 世界から切り離された舞台。


 勇者専用の撮影スタジオ。


 ハルトはニヤリと笑った。


「絶対伸びるだろこれ」


 そして。


 ゆっくりと空へ飛び上がる。


 戦艦上空。


 さらに高く。


 さらに高く。


 ドローンが追従する。


 夕焼け空を背景に。


 勇者が両手を広げる。


 完全にラスボスだった。


 本人だけが気付いていない。


「それでは皆さん!」


 撮影中のテンションで叫ぶ。


「隕石を呼びたいと思います!」


 視聴者向けのポーズ。


 両手を掲げる。


 指を動かす。


 何やら複雑そうな動き。


 本人なりの演出だった。


 実際には。


 そんな動作は必要ない。


 世界最強の勇者は無詠唱でも発動できる。


 だが。


 動画映えのためにやっている。


「こうやって!」


 腕を振る。


「こうして!」


 もう片方も振る。


「最後に!」


 ぐるっと回転。


 完全にそれっぽい。


 魔法使いっぽい。


 視聴者受けも良さそうだ。


 結衣だけは知っている。


(絶対ただの演出だ……)


 その通りだった。


 だが。


 演出の裏側では。


 異世界でも滅多に使われない超高位魔法が起動していた。


 空のさらに上。


 成層圏より高く。


 遥か彼方。


 そこへ向けて勇者の魔力が伸びていく。


 呼び寄せる。


 掴み取る。


 引きずり下ろす。


 ハルトは笑った。


 まるで遊園地のアトラクションでも始めるような笑顔で。


「さあ」


 両手を振り下ろす。


「落ちてこい!」


 その瞬間。


 空の向こうで。


 何かが動いた。



 空が光った。


 最初に気付いたのは結衣だった。


「――え?」


 夕焼け空。


 その遥か上。


 まるで第二の太陽が現れたような光。


 白い。


 眩しい。


 圧倒的な光量。


 次の瞬間。


 轟音が響いた。


 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!


 空気そのものが震える。


 空が裂ける。


 雲が吹き飛ぶ。


 巨大な火球が大気を焼きながら降下していた。


「は?」


 結衣は理解できなかった。


 大きい。


 とにかく大きい。


 隕石。


 間違いなく隕石だった。


 燃えながら落下してくる巨大な岩塊。


 しかも。


 一直線に。


 戦艦へ向かっていた。


「ちょ、ちょっと待って……」


 結衣の声が震える。


「本当に隕石じゃん……」


 その言葉を聞いたハルトが振り返る。


「だからそう言っただろ?」


「そういう問題じゃないのよ!」


 叫び声が海へ響く。


 しかし隕石は待ってくれない。


 巨大な火球はさらに加速した。


 大気との摩擦で尾を引く。


 空全体が赤く染まる。


 夕焼けではない。


 隕石の光だ。


 まるで世界の終わりだった。


 聖奈はただ見上げていた。


 息を呑む。


 懐かしかった。


 異世界で何度も見た。


 勇者が本気で戦う時の光景。


 天災すら兵器に変える存在。


 それが一ノ瀬晴人。


 自分が愛した勇者だった。


(流石ですわ……)


 思わず頬が緩む。


(やはり勇者様は世界一ですわ)


 完全に惚れ直していた。


 そして。


 ついに。


 隕石が到達する。


 戦艦。


 氷原。


 海。


 その中心へ。


 一直線に。


 落ちる。


 そして。


 直撃。


 世界が白く染まった。


 音より先に光が来た。


 閃光。


 爆発。


 衝撃。


 次の瞬間。


 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!


 空気が爆発した。


 海面が吹き飛ぶ。


 氷原が砕ける。


 戦艦が消える。


 本当に消えた。


 巨大な鋼鉄の塊だったはずの戦艦。


 それが一瞬で粉々になった。


 艦橋が吹き飛ぶ。


 装甲が弾ける。


 船体がねじ切れる。


 鋼鉄が紙細工みたいに潰れていく。


「うわぁ……」


 結衣の口から声が漏れた。


 言葉にならない。


 衝撃波が広がる。


 円形に。


 巨大な輪となって。


 氷原を砕きながら進む。


 バキバキバキバキバキバキッ!!


 氷が割れる。


 砕ける。


 吹き飛ぶ。


 数十メートル。


 数百メートル。


 その先まで。


 白い氷の世界が一瞬で破壊されていく。


 さらに。


 海。


 海面が持ち上がった。


 巨大な水柱。


 空へ。


 何百メートルも。


 まるで海そのものが爆発したようだった。


「映画じゃん……」


 結衣は呟いた。


 いや。


 映画ではない。


 映画ならもっと控えめだ。


 現実だからこそ恐ろしい。


 水柱が立つ。


 蒸気が上がる。


 白い霧が海を覆う。


 そして。


 クレーター。


 海の中心に巨大な穴が空いていた。


 周囲の海水が流れ込む。


 渦を巻く。


 轟音を立てる。


 世界が壊れているような光景だった。


 だが。


 結界の外には何も伝わらない。


 衝撃も。


 音も。


 津波も。


 全て遮断されている。


 勇者が用意した舞台装置。


 その中だけで終末が再現されていた。


 そして。


 ドローンだけが。


 全てを記録していた。


 上空から。


 横から。


 戦艦視点から。


 海面スレスレから。


 完璧な映像。


 絶対にバズる。


 それだけは結衣にも分かった。


 数分後。


 爆煙が晴れる。


 そこに戦艦は存在しなかった。


 残骸すらほとんど見当たらない。


 海だけが荒れている。


 隕石の傷跡だけが残っている。


 ハルトは満足そうだった。


「よし」


 親指を立てる。


「成功」


「成功じゃないのよ……」


 結衣は頭を抱えた。


 だが不思議だった。


 怖くない。


 確かに圧倒的だった。


 人間離れしていた。


 怪物みたいな力だった。


 でも。


 目の前にいるのは。


 昔から知っているハルトだった。


 給食の牛乳を吹き出して先生に怒られたハルト。


 テストで赤点を取って泣いていたハルト。


 動画の再生数で一喜一憂するハルト。


 だから。


 恐怖より先に出てくる感情は。


「アンタ本当にバカね……」


 だった。


「ん?」


「こんな力でやることが動画投稿って何よ」


「最高だろ?」


「最高じゃないわよ」


 結衣は笑ってしまった。


 呆れながら。


 本当に呆れながら。


 それでも少しだけ誇らしかった。


 聖奈も近付いてくる。


 瞳は完全に恋する乙女だった。


「流石ですわ、勇者様」


「だろ?」


 ハルトは胸を張る。


「絶対伸びる」


「ええ」


 聖奈は頷く。


「世界中が驚きますわ」


 別の意味で。


 その言葉は誰も口にしなかった。


 ハルトは再びカメラの前へ立つ。


 撮影はまだ終わっていない。


 最後の締めだ。


 ドローンが寄る。


 夕日はほとんど沈みかけていた。


 海は赤い。


 空も赤い。


 その背後には。


 さっきまで戦艦だった何かの痕跡。


 完璧な画だった。


 ハルトは満面の笑みを浮かべる。


「ということで!」


 元気よく手を振る。


「今回は!」


「戦艦に隕石落としてみました!」


 さらっと言った。


 内容は全くさらっとしていない。


「面白かったら高評価!」


「チャンネル登録!」


「コメントもよろしく!」


 いつもの締め。


 いつものテンション。


 さっき世界の終末みたいな光景を作った人間とは思えない。


「次回も!」


「もっとすごい動画を作ります!」


 結衣が嫌な顔をした。


「作らなくていい」


「作る」


「やめなさい」


「やだ」


 即答だった。


 そして。


「それじゃ!」


 ハルトは笑う。


「また次の動画で会おう!」


 手を振る。


「バイバーイ!」


 撮影終了。


 カメラが止まる。


 ドローンが戻る。


 静寂が訪れる。


 こうして。


 炎の勇者チャンネル史上最大規模の撮影は終わった。


 朝から島中を走り回り。


 潜水艦を使い。


 砲台を使い。


 人工島を使い。


 そして最後には。


 戦艦へ隕石を落とした。


 誰が見ても狂っている。


 誰が見てもバズる。


 そして。


 誰も知らない。


 この映像が。


 世界中に散らばった運命の歯車を動かすことを。


 遠く離れたどこかで。


 眠っていた記憶が。


 もうすぐ目を覚ますことを。


 その時のハルトは。


 ただ一つのことしか考えていなかった。


(登録者、どれくらい増えるかな)


 である。


 どこまでも。


 承認欲求強めの最強勇者だった。

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