第74話 見えない家政婦の怪
その日、一ノ瀬家には――誰もいないはずだった。
ハルトは学校。
父親は仕事。
母親も仕事。
つまり、夕方まで家の中に人間がいるはずがない。
それなのに。
玄関の鍵が、音もなく開いた。
カチャリ。
扉がゆっくりと開く。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
四月一詩音。
いや。
今、その身体を動かしているのは――異世界でハルトに仕えていた暗殺メイド、シオンである。
「……ただいま、とは言えませんね」
誰もいない家を見回し、シオンは小さく微笑んだ。
異世界から現代へ。
長い時間を経て、ようやく主のもとへ戻ってきた。
感慨に浸ることもできる。
再会の喜びに涙を流すことだってできる。
だが。
シオンには、何より先にやるべきことがあった。
「まずは、主のお住まいを整えませんと」
メイドとして。
主に快適な生活を送っていただくために。
シオンは鞄を床へ置いた。
そして――。
脱ぎ捨てられていた靴下を拾った。
「……洗濯が必要ですね」
次の瞬間。
姿が消えた。
いや。
正確には、移動が速すぎて目で追えなかっただけだ。
洗濯機が回る。
洗剤が投入される。
洗濯物が分別される。
さらにシオンは、床に落ちていた衣類を次々と拾い上げていった。
洗濯。
掃除。
整理整頓。
冷蔵庫の確認。
調理器具の点検。
食材の残量確認。
その全てを、まるで長年この家で働いていたかのような手際で進めていく。
「主は成長期ですから、食事はきちんと取っていただきませんと」
冷蔵庫を開く。
そこには、シオンが持ち込んだ食材が並べられていく。
肉。
魚。
野菜。
果物。
保存の利く食品。
栄養の組み合わせまで計算された、完璧な食事用の食材だった。
「これで問題ありません」
シオンは満足そうにうなずく。
その直後。
ピタリ。
動きを止めた。
「…………」
視線だけが、部屋の隅へ向く。
そこには小さな機械があった。
一般人なら見落としてしまうほど小さなもの。
しかし、シオンは違う。
「盗聴器、ですか」
指先で拾い上げる。
わずかに確認。
そして。
パキッ。
盗聴器は、粉々になった。
「主のお住まいに、このような物を置くなど」
微笑んでいる。
とても穏やかな笑顔だった。
「感心いたしませんね」
そして、何事もなかったかのように掃除へ戻る。
――こうして。
一ノ瀬家では、誰にも知られることなく家事が進んでいった。
――――――
その頃。
「ハルトの家、寄ってこーっと」
学校帰りの結衣が、一ノ瀬家の前に立っていた。
いつものことだった。
幼馴染なのだから、わざわざ連絡を入れる必要もない。
結衣は玄関を開ける。
「おじゃましまーす」
返事はない。
「……あれ?」
今日は誰もいないはずだ。
それでも結衣は気にせず家の中へ入った。
そして。
違和感に気付く。
「……ん?」
洗濯機が動いている。
「ハルト、洗濯したのかな?」
首をかしげる。
すると。
ガチャ。
誰も触れていないはずの冷蔵庫が開いた。
「…………」
結衣が固まる。
ゆっくりと冷蔵庫の扉が閉まった。
「…………え?」
その直後。
テーブルの上に置いていたはずのコップが。
すっ。
誰も触れていないのに横へ動いた。
「………………」
結衣の顔から、笑顔が消えた。
「ちょっと待って」
さらに。
床に落ちていたハルトの靴下が。
すっ。
まるで見えない誰かに拾われたように、消えていく。
「…………」
数秒の沈黙。
「……ハルト?」
もちろん返事はない。
「……おばさん?」
返事はない。
「…………」
結衣は一歩後ずさった。
「……この家、今日なんかいる?」
その瞬間。
背後から。
カチャ。
食器棚が閉まった。
「ひっ!?」
結衣は飛び上がった。
だが。
その場には誰もいない。
ただ、台所だけが妙にきれいになっていた。
そして結衣は、まだ知らない。
自分が今いる家の中に。
異世界最高峰の暗殺メイドが、主のために黙々と家事をしていることを。
――――――
カチャ。
玄関の鍵が回る音がした。
「ただいまー!」
聞き慣れた声が家の中へ響く。
ハルトだった。
「……!」
その声を聞いた瞬間。
結衣の顔がぱっと明るくなる。
「ハルト!」
玄関へ向かって駆け出した。
そして。
「ハルトぉ!」
「うわっ!?」
帰宅したハルトへ、勢いよく飛びついた。
「お、おい、結衣!?」
ハルトは慌てて両腕で結衣を受け止める。
そのまま結衣はハルトの胸元にしがみついた。
「何かいる!」
「何か?」
「いるの!」
結衣は必死だった。
「ハルトの家、誰もいないはずなのに! 勝手に冷蔵庫が開いたり、コップが動いたり、靴下が消えたりしたの!」
「へえ」
「へえじゃない!」
ハルトは首をかしげた。
「でも、俺が帰ってくる前に結衣が来てるって聞いてたから、家に誰かいること自体は別におかしくないだろ?」
「そういう問題じゃないの!」
「そうなのか?」
「そうなの!」
結衣はハルトの服を掴んだまま、背後を指差した。
「ほら! 今も何かいるかもしれない!」
「何かって……」
ハルトが結衣の指差した方向を見る。
そして。
「……あれ?」
そこに、一人の少女が立っていた。
四月一詩音。
先ほどまで気配を完全に消していた少女。
いつの間にか、結衣のすぐ後ろに立っていた。
「…………」
結衣がゆっくり振り返る。
目が合った。
「…………」
「…………」
「…………」
「きゃあああああああっ!?」
結衣が再びハルトへ抱きついた。
「いたぁ!」
「いや、いるだろ」
「だから怖いの!」
「でも女の子だぞ?」
「そういう問題じゃないってば!」
ハルトは困ったように頭を掻いた。
その横で。
シオンは静かに一歩前へ出た。
そして、スカートの裾を軽く摘まむ。
背筋を伸ばし。
美しい所作で、深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ、マスター」
その声は。
穏やかで。
丁寧で。
そして、どこか嬉しそうだった。
「お久しぶりでございます、マスター」
「…………」
ハルトは目を瞬かせた。
数秒。
じっと少女の顔を見る。
「……シオン?」
「はい」
少女は微笑んだ。
「お久しゅうございます。ようやく、またお仕えすることが叶いました」
その言葉に。
ハルトの表情が変わった。
「……そっか」
懐かしい名前。
異世界で聞き慣れていた声。
自分のすぐそばで、いつも完璧に仕事をこなしていた少女。
「シオンなんだな」
「はい。私でございます」
シオンはもう一度、深く頭を下げる。
「長き時を経て、再びマスターのお側へ戻ることができましたこと……心より嬉しく存じます」
「そうか」
ハルトは笑った。
「俺も嬉しいよ」
「……!」
ほんの一瞬。
シオンの瞳が大きく揺れた。
暗殺者として、どれほどの敵を前にしても動じなかった少女。
異世界で幾度となく死線を潜り抜けたメイド。
そんな彼女が。
「……ありがとうございます、マスター」
ほんの少しだけ、声を震わせた。
ハルトはそんなシオンを見て、懐かしそうに笑う。
「久しぶり……っていうのも変な感じだけどな」
「はい」
「元気そうでよかった」
「マスターこそ」
シオンは微笑む。
「ご無事で何よりでございます」
「まあ、俺は元気だぞ!」
「存じております」
「知ってるのか?」
「はい」
シオンは迷いなく答えた。
「マスターについては、こちらへ来てからも可能な限り情報を収集しておりました」
「へえ。じゃあ俺の動画も見た?」
「もちろんでございます」
「マジか!」
ハルトの目が輝いた。
「どうだった?」
「素晴らしいものでございました」
「だろ!」
ハルトが嬉しそうに笑う。
その横で。
「…………」
結衣は固まっていた。
ハルト。
目の前の少女。
そして。
「マスター……?」
結衣の口から、呆然とした声が漏れる。
「シオンって……誰?」
「え?」
ハルトが振り返る。
「異世界で一緒だったメイドだよ」
「…………」
「俺に仕えてくれてたんだ」
「…………」
「だから、今は――」
ハルトは何でもないことのように言った。
「うちで一緒に暮らす感じになるのかな?」
「え?」
結衣の目が点になる。
シオンはその横で、当然のように一礼した。
「その予定でございます、結衣様」
「結衣様!?」
「はい」
にこり。
完璧なメイドスマイルだった。
しかし。
結衣には、その笑顔が妙に怖かった。
「……ハルト」
「ん?」
「この子……いつからいたの?」
「今日じゃないか?」
「じゃあ……」
結衣はシオンを見る。
「私が見てた、あの『何か』って……」
「私でございます」
「やっぱりぃぃぃ!?」
一ノ瀬家に。
新しいメイドが加わった。
しかもその正体は。
ハルトが異世界で絶大な信頼を寄せていた、暗殺メイドだった。
「いや、待って」
結衣が額を押さえた。
「ちょっと待って、ハルト」
「ん?」
「なんでそんなに普通なの?」
「何が?」
「メイド!」
結衣はシオンを指差した。
「異世界から帰ってきたと思ったら、昔の仲間がメイド姿で家にいて、『今日から一緒に暮らします』って言われてるんだよ!?」
「うん」
「うん、じゃない!」
ハルトは首をかしげる。
「だってシオンだぞ?」
「その『だってシオンだぞ?』で全部済ませるのやめて!」
「でも、シオンだしなぁ」
「だから何で!?」
結衣のツッコミが家の中に響く。
シオンはそんな二人のやり取りを、少し離れたところから微笑ましそうに眺めていた。
「結衣様のおっしゃることも、ごもっともかと存じます」
「ほら!」
結衣がシオンを見る。
「シオンもそう思うでしょ!?」
「はい。ただ――」
シオンはハルトへ視線を向ける。
「マスターにとって、メイドが身の回りにいる生活は、それほど珍しいものではございません」
「……そうなの?」
結衣がハルトを見る。
「うん」
ハルトはあっさりとうなずいた。
「異世界にいた頃は、結構普通だったぞ」
「……どれくらい?」
「一年半くらい」
「一年半!?」
結衣が目を見開く。
「そんなに!?」
「うん」
ハルトは思い出すように天井を見る。
「最初の頃は一人で旅してたんだけどな。そのうちシオンと一緒に行動するようになって」
「…………」
「そこから一年半くらい、ほとんどずっと一緒だった」
それは、他の仲間たちとは少し違う時間だった。
ハルトと共に旅をし。
戦い。
食事をし。
宿を取り。
時には王都へ招かれ。
時には貴族の屋敷へ泊まり。
そのたびに。
「お食事の準備ができております」
「こちらへどうぞ、勇者様」
「お召し物はこちらを」
そんな言葉を掛けられる生活を、ハルトは何度も経験していた。
「王様とか貴族の人たちに呼ばれた時も、普通にメイドがついてたし」
「……勇者って、そんな生活してたの?」
「してたぞ」
「もっとこう……」
結衣は頭の中で勇者のイメージを組み立てる。
「自分で料理したり、野宿したり、泥だらけになったり……」
「最初はしてたな」
「最初は?」
「途中から王侯貴族に歓待されることが増えたから」
「…………」
「ご飯は豪華になるし、風呂もあるし、寝る場所も用意されるし」
「…………」
「着替えも用意してくれるし」
「…………」
「メイドさんもいる」
「勇者って、思ってたより至れり尽くせりなんだ……」
結衣が遠い目をする。
「まあ、勇者だからな」
ハルトは当然のように答えた。
「それに、シオンとはもっと長く一緒にいたから」
「そうなの?」
「うん」
ハルトはシオンを見る。
「シオンは他の連中みたいに、故郷に帰るってことがなかったから」
「…………」
シオンの表情が、わずかに柔らかくなった。
「私は、根無し草でございましたから」
シオンが静かに言う。
「故郷と呼べる場所もなく、戻るべき家もございませんでした」
だから。
ハルトと旅を終える理由もなかった。
「他のみんなは、それぞれ帰る場所があったんだ」
ハルトが続ける。
「だから、旅が終わったら別れることになった」
「なるほど……」
「でも、シオンは違った」
「はい」
シオンは微笑む。
「マスターのお側にいることが、私にとって最も自然なことでございました」
その言葉には。
主従としての忠誠だけではない。
長い時間を共に過ごした相手への、深い親愛があった。
「だから俺としても」
ハルトは肩をすくめる。
「シオンが一緒にいること自体は、別に変じゃないんだよ」
「…………」
結衣は黙った。
確かに。
ハルトからすれば、そうなのだろう。
一年半。
朝起きればシオンがいる。
旅をすればシオンがいる。
食事をすればシオンがいる。
怪我をすればシオンが世話をする。
王侯貴族に招かれれば、そこにもメイドがいる。
そんな生活を送っていたのなら。
現代の一ノ瀬家にシオンがいることも、ハルトにとっては――。
「……日常なんだ」
「そういうこと」
「なるほど……」
結衣はようやく納得しかけた。
だが。
「でも!」
すぐに顔を上げる。
「私には普通じゃないからね!?」
「そうなのか?」
「普通じゃないよ!」
結衣が即答する。
「異世界の元仲間が、突然メイド服で家に現れて、しかも今日から一緒に暮らすんだよ!?」
「まあ、そう言われると確かに変か」
「でしょ!?」
「でも、シオンだし」
「またそれ!?」
結衣のツッコミに、ハルトは笑った。
その様子を見ながら、シオンも小さく笑う。
「ご安心くださいませ、結衣様」
「何を?」
「マスターのお世話につきましては、これまでと同様、私が責任を持って務めさせていただきます」
「いや、そこは安心していいのか分からないんだけど……」
「家事も料理も問題ございません」
「それは……さっき見たから分かるけど」
「マスターの生活習慣についても把握しております」
「そこまで!?」
結衣がハルトを見る。
「……ハルト」
「ん?」
「この子、本当にずっとハルトのこと見てたんだね」
「まあ、そうなるな」
「なるな、じゃないよ……」
結衣はため息をつく。
だが。
ふと、シオンの姿を見た。
完璧な姿勢。
落ち着いた物腰。
そして、ハルトを見る時だけ僅かに柔らかくなる表情。
それを見て。
結衣はなんとなく理解した。
この二人にとって。
これは本当に、久しぶりの日常なのだ。
「……まあ」
結衣は肩を落とした。
「ハルトがいいなら、私がどうこう言うことでもないか」
「ありがとう、結衣」
「ただし!」
「?」
「勝手に家の中で忍び足するのは禁止!」
「承知いたしました」
「あと、いきなり背後に立つのも禁止!」
「努力いたします」
「努力じゃなくて絶対!」
「善処いたします」
「それ絶対やらない人の返事!」
結衣の叫び声が、一ノ瀬家に響いた。
その隣で。
シオンは、楽しそうに微笑んでいた。
「じゃあ、シオンの部屋も必要だな」
「……え?」
ハルトが突然そう言った。
結衣が目を瞬かせる。
「部屋?」
「うん」
ハルトは家の中を見回した。
「この家、使ってない部屋とかあったっけ?」
「普通の高校生の家に、都合よく空き部屋が何個もあるわけないでしょ」
「だよな」
「うん」
「じゃあ、作るか」
「…………」
結衣は数秒間、ハルトの顔を見つめた。
「……作る?」
「うん」
「何を?」
「部屋」
「…………」
「シオンの部屋」
「…………」
結衣の眉がひくりと動いた。
「いやいやいや」
「どうした?」
「待って」
結衣はハルトの腕を掴んだ。
「部屋って、作るものじゃないよね?」
「普通はそうだな」
「普通は?」
「でも魔法ならできるし」
「…………」
結衣は嫌な予感がした。
「また魔法?」
「また魔法」
ハルトは何でもないことのように答えた。
そして、廊下の壁の前へ歩いていく。
「この辺でいいか」
「ちょっと待って、ハルト。何する気?」
「部屋を作る」
「説明が雑!」
ハルトは壁に手を当てた。
「まずは空間を広げて――」
「広げて!?」
淡い光が、ハルトの手のひらから広がった。
壁そのものが変形したわけではない。
家の外観も変わらない。
ただ。
その壁の向こう側に、本来なら存在しないはずの空間が生まれていく。
数十センチ。
数メートル。
さらにその先へ。
ハルトは何の苦労もなく、空間を拡張していった。
「こんな感じかな」
「…………」
結衣は口を半開きにしたまま固まっていた。
「次に、ドアを作る」
「ドア?」
「うん」
ハルトが手を振る。
すると。
何もなかった壁に、木製のドアが現れた。
ノブまでついている。
どう見ても、最初からそこに設置されていたような普通のドアだった。
「よし」
ハルトがノブを回す。
カチャリ。
扉が開く。
その向こうには。
広々とした部屋があった。
「…………」
結衣は絶句した。
部屋の中にはベッド。
机。
椅子。
クローゼット。
棚。
そして窓まである。
「……え?」
結衣が目を擦る。
「……え?」
もう一度見る。
やっぱりある。
「いやいやいやいや!」
ようやく声が出た。
「待って!?」
「ん?」
「何で家の中に家より広そうな部屋があるの!?」
「空間を拡張したから」
「そういうことじゃなくて!」
「大丈夫だぞ」
「何が!?」
「ちゃんと家の外には影響しないようにしてる」
「そこ!?」
結衣が頭を抱える。
「問題はそこじゃないの!」
ハルトは部屋の中を確認する。
「家具も創造魔法で作ったし」
「家具まで!?」
「ベッドもあるぞ」
「見れば分かるよ!」
「シオンが使いやすいようにしておいた」
「…………」
結衣は何も言えなくなった。
その横で。
「まあ……」
シオンが部屋の中へ入っていく。
ベッドに触れる。
机を見る。
クローゼットを開ける。
そして。
「素晴らしいお部屋でございます」
穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます、マスター」
「気に入った?」
「はい」
シオンは深く一礼する。
「これほどのお部屋を用意していただけるとは。身に余る光栄でございます」
「よかった」
ハルトは満足そうにうなずく。
「じゃあ、ここをシオンの部屋にしよう」
「ありがたく使わせていただきます」
「必要なものがあったら言ってくれ」
「承知いたしました」
その二人のやり取りは。
あまりにも自然だった。
まるで。
昔からこうしていたかのように。
結衣だけが。
「…………」
廊下で立ち尽くしている。
「…………」
そして。
「いや、待って」
結衣が再び口を開いた。
「ハルト」
「ん?」
「空間を拡張する魔法って……」
「あるぞ」
「部屋を作る創造魔法って……」
「あるぞ」
「しかも、それを永続的に維持できるの?」
「できる」
「…………」
結衣は天井を見上げた。
「そんなこともできるの!?」
「できるぞ」
「もう何でもありじゃん!」
「そうか?」
「そうだよ!」
ハルトは不思議そうに首をかしげる。
「だって、部屋がないなら作ればいいだろ?」
「その発想が魔法使いすぎるの!」
結衣の叫び声が響く。
だが。
シオンは部屋の中央で、静かに微笑んでいた。
「懐かしゅうございます」
「ん?」
ハルトが振り返る。
「マスターは昔から、こうでございました」
「そうだっけ?」
「はい」
シオンは微笑む。
「必要なものがあれば、魔法で作る。困ったことがあれば、魔法で解決する」
「…………」
「旅をしていた頃も、何度も助けていただきました」
「そっか」
「ですから」
シオンは改めて頭を下げる。
「この程度の魔法で驚く理由は、私にはございません」
「この程度!?」
結衣が反応する。
「今の何!?」
「シオン?」
「はい」
「今のは結衣に対する挑発?」
「滅相もございません」
シオンは完璧な笑顔で答えた。
「ただ、マスターの魔法は昔から凄まじいものでございましたので」
「……まあ、そうだよな」
ハルトは腕を組む。
「シオンには、俺が魔法使ってるところ散々見られてるし」
「はい」
「今さら部屋くらい作っても驚かないか」
「はい」
「そっか」
ハルトは満足そうにうなずいた。
結衣だけが。
「…………」
異世界組の基準が怖い。
そんな感想を抱いていた。
そして。
新しく作られた部屋の扉が閉まる。
カチャリ。
その瞬間。
一ノ瀬家には、本来存在しなかったはずの一室が。
これからずっと、四月一詩音――シオンの帰る場所として存在することになった。
「そうだ」
ハルトが、ふと思い出したように声を上げた。
「明日、学校に来るか?」
「学校、でございますか?」
「うん。俺が通ってる青葉高校」
シオンが少しだけ首を傾げる。
「マスターの通われている学校……」
「そう」
ハルトは頷いた。
「そこで、炎の勇者チャンネルのメンバーにシオンを紹介しようと思って」
「まあ」
シオンの表情が、わずかに明るくなる。
「マスターのお仲間の皆様に、でございますね」
「うん」
ハルトはそう言ってから、少し考える。
「結衣はもう知ってるけど、他のみんなはまだシオンと会ったことないし」
「承知いたしました」
シオンは恭しく一礼した。
「では、明日の放課後に伺わせていただきます」
「そうしてくれ」
「かしこまりました、マスター」
そのやり取りを聞いていた結衣が、ふと口を挟む。
「そういえば……」
「ん?」
「シオンって、他のみんなとは会ったことないんだよね?」
「はい」
シオンは答える。
「直接お会いしたことはございません」
「でも、知ってるんでしょ?」
「はい」
シオンは微笑む。
「マスターの周囲にいらっしゃる方々については、一通り調べております」
「……やっぱり調べてるんだ」
「当然でございます」
シオンはごく自然に答えた。
「マスターにお仕えする以上、周囲の方々を把握しておくことは必要なことでございますので」
「そっか」
ハルトは納得する。
「じゃあ、明日会えば分かるな」
「はい」
シオンは静かに頷いた。
「皆様とお会いできることを、楽しみにしております」
「俺も楽しみだな」
ハルトも笑った。
こうして。
異世界で最も長くハルトと行動を共にした仲間――シオンとの再会は、ひとまず終わった。
なお。
シオンが一ノ瀬家に滞在することについては、家主であるハルトの両親にもすでに話が通されていた。
異世界から帰ってきた息子の仲間で、住む場所がない。
ならば家に住ませてあげればいい。
両親からの許可も、特に問題なく下りていた。
こうしてシオンは、一ノ瀬家で暮らすことになった。
そして翌日。
放課後の青葉高校で。
炎の勇者チャンネルの仲間たちは――。
新たな仲間との、初めての顔合わせを迎えることになる。




