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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第67話 一枚のパンが、世界を変える

 一枚のパンで、人生が変わった。


 そんな話を、誰が信じるだろうか。


 ましてや、それが一ハルトコイン――日本円にして、数百円程度の価値しか持たないものだとしたら。


 だが。


 世界では今、それが現実になっていた。


「……いや、待ってくれ」


 ある研究者は、画面に表示された検査結果を何度も見返していた。


「これは……本当に同一人物のデータなのか?」


 別の場所では、医師が患者の血液検査を前に言葉を失っていた。


「昨日まであった数値が……正常になっている」


 さらに別の国では。


「歩けるようになった!」


 そんな歓声が病室から響いていた。


 ハルトショップ。


 株式会社炎の勇者が発行したハルトコインの所有者だけが利用できる、謎の店。


 専用のサイトもない。


 アプリもない。


 ただ「ハルトショップ」と思うだけで開く、常識外れの魔法の店。


 しかも、注文した商品は一秒以内に手元へ届く。


 物流も、送料も、関税も関係ない。


 そして何より。


 そこに並んでいる商品が、どう考えても普通ではなかった。


 勇者パン。


 勇者水。


 勇者ポーション。


 どれも一個一ハルトコイン。


 そして今。


 世界中の人々が、その一ハルトコインという値段の意味を理解し始めていた。


 まずは、その中でもっとも多くの人間が気軽に手を伸ばした商品。


 勇者パンの利用者から見ていこう。



 ――――――



「私は、アレクサンダー・グラント」


 そう名乗った男は、五十代半ばとは思えないほど大柄な体をソファへ沈めていた。


 白いシャツに、仕立ての良いジャケット。


 腕には高級時計。


 自宅は広大な敷地を持つ豪邸で、窓の向こうには美しい庭園が広がっている。


 世界有数の資産家。


 そして、慈善活動家としても知られる人物だった。


 彼の名前を知らない人間は、富裕層の中では少ない。


 複数の企業を経営し、莫大な資産を持ちながら、その多くを教育や食料支援、医療支援へ回している。


「私は、金を稼ぐことよりも、金を使うことの方が好きでね」


 アレクサンダーは笑った。


「正確には、金で誰かの人生が良くなる瞬間を見るのが好きなんだ」


 彼が長年続けている活動の一つが、発展途上国への食料支援だった。


 問題は。


 いつも輸送だった。


 食料を買う。


 船に積む。


 運ぶ。


 港で降ろす。


 トラックへ載せる。


 そこから道路を走る。


 途中で傷む。


 盗まれる。


 燃料費がかかる。


 人件費がかかる。


 税金もかかる。


 最終的に。


 百万円分の食料を送ろうとしても、現地へ届く頃には、その何割かが消えてしまう。


 だから彼は、ハルトショップを見た瞬間に気付いた。


「……輸送コストが、存在しない」


 ハルトコインを使えば。


 世界のどこにいても。


 店を開き。


 商品を選び。


 一秒以内に手元へ届く。


 ならば。


 その商品を現地の人間へ渡せばいい。


「これは……とんでもないぞ」


 アレクサンダーは、その日のうちに大量のハルトコインを購入した。


 そして最初に買ったのが。


 勇者パンだった。


「一個一コイン」


 彼は画面を見ながら笑った。


「だったら、試す価値はある」


 大量に購入。


 そして。


 発展途上国にある支援施設へ、勇者パンを配り始めた。


「一人一つだ」


「ゆっくり食べてくれ」


「足りなければ、また送る」


 最初は。


 現地の人々も戸惑っていた。


「パン……?」


「これを食べていいの?」


「ああ」


 アレクサンダーは笑って頷いた。


「君たちのために用意したものだ」


 子供が一人。


 恐る恐るパンを手に取った。


 そして。


「……おいしい」


 ぱくり。


 もう一口。


「おいしい!」


 その顔を見て。


 アレクサンダーは満足そうに笑った。


「そうか」


 別の子供も食べ始める。


 大人たちも。


 老人たちも。


 皆が次々とパンを口へ運んでいく。


「これ、おいしい!」


「もっと食べたい!」


「こんなパン、初めて食べた!」


 笑顔が広がっていく。


 それを眺めながら、アレクサンダーは思った。


 ――いいことをしたなあ。


 その程度だった。


 最初は。


 ところが。


 数日後。


「……あれ?」


 支援施設の職員が、不思議そうに首を傾げた。


「最近、みんな元気じゃない?」


 気のせいだと思った。


 だが。


 気のせいではなかった。


 毎日のように疲れていた人間が、朝から働いている。


 以前なら昼過ぎには座り込んでいた老人が、畑へ出ている。


 病気がちな子供が、走り回っている。


「どうしたんだ?」


「体が軽いんです」


「え?」


「前より、ずっと元気で……」


 アレクサンダーは、その報告を聞いて笑った。


「栄養が取れるようになったんだろう」


 そう思った。


 健康的な食事。


 それが一番大切なのだ。


 だから。


「よかったじゃないか」


 そう言って、またパンを送った。


 毎日。


 大量に。


 世界各地へ。


 ハルトショップを開き。


 勇者パンを購入し。


 現地へ届ける。


 それだけだった。


 そして数週間後。


 彼は初めて。


 自分が何を配っていたのかを知ることになる。


 支援施設から送られてきた写真。


 そこに写っていた人々の姿を見て。


「…………」


 アレクサンダーの笑顔が。


 ゆっくりと消えた。


 そこにいたのは。


 以前とは明らかに違う人々だった。


 痩せていた者は健康的な体つきになり。


 疲れ切っていた者は、生き生きと働いている。


 老人の顔からは、長年刻まれていた疲労の色すら薄れていた。


「……これは」


 アレクサンダーは写真を握った。


 そして。


 初めて気付いた。


 自分が配った一枚のパンは。


 ただ腹を満たすための食料ではなかったのだと。


「……ハルトショップ」


 その名前を呟いた。


 声が。


 わずかに震えていた。


 一か月が経った。


「……おかしいな」


 アレクサンダー・グラントは、支援施設の中庭に立っていた。


 目の前では、以前と同じように人々が働いている。


 畑を耕す者。


 建物を修繕する者。


 水を運ぶ者。


 子供たちと遊ぶ者。


 どこにでもある、貧しい地域の日常。


 ただし。


 以前と一つだけ、決定的に違うところがあった。


「……みんな、太った?」


 思わず口に出してしまった。


「はい?」


 隣にいた職員が首を傾げる。


「いや、その……」


 アレクサンダーは改めて周囲を見渡した。


 一か月前。


 ここにいた人々は、誰もが痩せていた。


 頬はこけ。


 腕は細く。


 服の隙間から見える体は、明らかに栄養が足りていなかった。


 それが。


「……ふっくらしている」


 もちろん、太ったというだけではない。


 健康的な肉付きになっている。


 頬には自然な丸みがあり、腕にも脚にも適度な筋肉と脂肪がついている。


 以前のような骨ばった印象が、完全になくなっていた。


「……一か月ですよね?」


「はい」


「食料は?」


「以前から変わっていません」


「……つまり?」


「勇者パンだけです」


 アレクサンダーは黙った。


 確認するように、もう一度尋ねる。


「本当に?」


「はい」


「他の食料は?」


「ありません」


「肉は?」


「ありません」


「野菜は?」


「ありません」


「果物は?」


「ありません」


「牛乳は?」


「ありません」


「……お菓子は?」


「ありません」


 職員が苦笑した。


「ここで毎日食べているのは、アレクサンダー様からいただいた勇者パン一つだけです」


「…………」


 一日一個。


 それだけ。


 なのに。


 目の前にいる人々は、どう見ても以前より健康になっていた。


 むしろ。


 健康になりすぎていた。


「……おかしいな」


 アレクサンダーはもう一度呟いた。


 だが。


 不思議そうな顔をしながらも。


 その口元には、少しだけ笑みが浮かんでいた。


「まあ……いいか」


 遠くから声が聞こえた。


「アレクサンダーさん!」


「ん?」


 振り返る。


 一人の青年が走ってくる。


 以前なら、少し歩いただけで息を切らしていた青年だ。


 今では。


 まるで別人だった。


「どうした?」


「仕事をしたいんです」


「仕事?」


「はい!」


 青年は目を輝かせていた。


「俺、今なら何でもできそうな気がするんです!」


「何でも?」


「畑仕事でもいい。建物を直す仕事でもいい。荷物を運ぶ仕事でもいい」


 青年は自分の腕を見た。


「前は、少し働いただけで疲れてしまって……」


 拳を握る。


「でも今は違う」


「…………」


「朝起きても疲れてないんです」


 笑った。


「昼になっても元気です」


 さらに笑う。


「夜になっても、まだ元気なんです!」


「それは……」


「だから、何かできることを探したいんです」


 その言葉に。


 アレクサンダーはしばらく何も言えなかった。


 少し離れた場所でも、別の人間が話している。


「仕事、探してみようか」


「私も働けると思う」


「だったら一緒に探そう」


「ここをもっと綺麗にする仕事でもいいんじゃない?」


「それなら俺もできる!」


 次々と。


 そんな声が聞こえてくる。


 以前にはなかった光景だった。


 支援を受けるだけだった人々が。


 自分から何かを始めようとしている。


 働きたい。


 役に立ちたい。


 もっと何かをしたい。


 そんな言葉が自然に出てくるほど、元気になっていた。


「……」


 アレクサンダーは。


 小さく息を吐いた。


「おかしいなあ」


 また同じ言葉が出た。


 どう考えても。


 一日一個のパンだけで、一か月。


 そんな食生活で、こんな体になるはずがない。


 そもそも。


 以前より元気になっている。


 それも。


 明らかに。


「……本当に、何なんだろうな。このパン」


 手元に残っていた勇者パンを見る。


 見た目は。


 普通のパンだった。


 少し香ばしい匂い。


 柔らかそうな生地。


 どこにでもありそうな、素朴なパン。


 なのに。


 その一枚が。


 人間の体を変えてしまっている。


「……まあ」


 アレクサンダーは笑った。


「元気になったんだから、いいじゃないか」


 理屈は分からない。


 理由も分からない。


 けれど。


 自分が支援した人たちが。


 以前よりずっと元気になっている。


 そして。


 自分たちの未来について考え始めている。


 それが。


 何より嬉しかった。


「仕事を見つけたら、また教えてくれ」


「はい!」


 青年が元気よく返事をする。


「絶対ですよ!」


「ああ」


 アレクサンダーは笑った。


「応援しているよ」


 青年が走っていく。


 その背中を眺めながら。


 アレクサンダーはもう一度だけ。


 手元のパンを見た。


「……本当に、おかしなパンだ」


 そして。


 まだ世界の誰も知らない。


 この一枚のパンが。


 すでに世界各地で同じ現象を引き起こしていることを。



 ――――――



 さて。


 勇者ショップの商品は、パンだけではない。


 次に紹介するのは。


「水って……本当に面白いわよね」


 そう呟いた女性だった。


 彼女の名前は、エレナ・ハート。


 四十代半ば。


 肩まで伸ばした栗色の髪をゆるくまとめ、細いフレームの眼鏡を掛けている。


 服装は派手ではない。


 むしろ落ち着いている。


 上質だが、ブランドをこれ見よがしに主張するようなものではない。


 そんな彼女には。


 一つだけ。


 普通の人には理解されにくい趣味があった。


 水である。


「私は、水ソムリエをしています」


 そう言って。


 エレナは自宅の棚を指差した。


「これ、全部水ですよ」


「…………」


 棚。


 棚。


 棚。


 壁一面。


 そこに並んでいるのは。


 ワインではない。


 ウイスキーでもない。


 日本酒でもない。


 すべて。


 水だった。


「フランス」


「イタリア」


「スイス」


「ニュージーランド」


「カナダ」


「日本の北海道」


「こっちは長野」


 一本一本。


 丁寧にラベルが貼られている。


「採水地によって味が違うんですよ」


 エレナは楽しそうに笑った。


「硬度も違いますし、ミネラルの構成も違う。口に含んだ瞬間の柔らかさや、喉を通った後の余韻も違うんです」


 一般人からすれば。


 全部、水だ。


 だが。


 彼女にとっては違う。


「水は料理にもお酒にも影響します」


 エレナは一本を手に取った。


「だから私は、気に入った天然水を見つけると輸入してしまうんです」


 彼女は富豪というほどではない。


 もちろん。


 一般的な家庭と比べれば、生活にはかなり余裕がある。


 だが。


 何億円もする美術品を買うような人間ではない。


 高級車を何台も並べる趣味もない。


 豪邸を買うことにも興味がない。


 その代わり。


 水には。


 ちょっとだけ、お金を使う。


「一本五十ドルくらいなら、まあ……」


 エレナは苦笑する。


「面白い水なら買っちゃいますね」


 百ドル。


 二百ドル。


 珍しい天然水なら、それくらい払うこともある。


 だが。


「いくらでも出す、というほどではありませんよ」


 あくまで趣味。


 生活を壊さない範囲。


 ちょっとした贅沢。


 それが彼女の水道楽だった。


「だからこそ」


 エレナは。


 ハルトショップの存在を知ったとき。


 興味を持った。


「一ハルトコイン……」


 画面に表示された商品。


 勇者水。


 説明には。


 異世界でハルトが飲んでいた水。


 おいしく。


 健康にもよさそう。


 飲めば、なんとなく元気になる感じ。


「……なんとなく元気になる?」


 水ソムリエとして。


 その説明には、どうしても引っ掛かった。


 水が健康に良い。


 それ自体は珍しくない。


 だが。


「異世界の水……」


 エレナは。


 ゆっくりと笑った。


「これは、飲んでみるしかないわね」


 彼女は。


 ハルトショップを開いた。


 そして。


 一ハルトコインを支払った。


 その一秒後。


 テーブルの上に。


 一本の水が現れた。


「…………」


 エレナは。


 眼鏡を押し上げた。


「……本当に届いた」


 それが。


 彼女と。


 勇者水との出会いだった。


 エレナは。


 最初の一口を飲んだ。


「…………」


 そして。


 しばらく動かなかった。


 口の中に残った水を。


 舌で確かめる。


 喉を通った感覚を。


 ゆっくりと思い返す。


「……なに、これ」


 もう一口。


 今度は。


 少しだけ口に含む。


「…………」


 目を閉じる。


 水ソムリエとして。


 彼女はこれまで、数え切れないほどの水を飲んできた。


 世界各地の天然水。


 地下深くから湧き出した水。


 氷河を源流とする水。


 特殊な地層を通って濾過された水。


 高価なものも。


 希少なものも。


 いろいろ飲んだ。


 だからこそ。


 分かってしまった。


「……おいしい」


 思わず。


 そんな単純な言葉が出た。


 水なのに。


 口当たりが柔らかい。


 舌に触れた瞬間に、すっと馴染む。


 変な癖がない。


 それでいて。


 何もないわけではない。


 水そのものに、ほんのわずかな甘みがある。


 飲み込んだあと。


 口の中が妙に爽やかだった。


「……もう一杯」


 エレナはグラスへ水を注いだ。


 そして。


 また飲む。


「……もう一杯」


 さらに。


「……もう一杯」


 気付けば。


 一本目が空になっていた。


「…………」


 空になったボトルを見る。


「……もうない」


 少しだけ。


 残念そうな顔をした。


 翌日。


 エレナは再びハルトショップを開いた。


「勇者水」


 購入。


 一ハルトコイン。


 そして。


 数秒後には。


 目の前に現れる。


「便利ね……」


 そして飲む。


「……やっぱり、おいしい」


 その日から。


 彼女は毎日のように勇者水を飲むようになった。


 朝。


 一杯。


 昼。


 食事と一緒に一杯。


 午後。


 仕事の合間に一杯。


 夜。


 寝る前に一杯。


 気が付けば。


 以前集めていた高価な天然水よりも。


 勇者水を飲んでいる時間の方が長くなっていた。


「今日の水は……」


 天然水のボトルを開け。


 一口飲む。


「……うん。おいしい」


 さすがに良い水だ。


 高い金を払って取り寄せたものだ。


 だが。


 勇者水を知ってしまったあとでは。


「……ちょっと物足りないわね」


 そんな感想になってしまう。


 そして。


 一か月が過ぎた。


 エレナは。


 朝の洗面台で。


 自分の顔を見ていた。


「…………」


 鏡を見る。


 いつもの自分。


 そう思った。


 だが。


「……あれ?」


 何かがおかしい。


 眼鏡を外す。


 顔を近づける。


「…………」


 肌。


 以前より。


 明らかにきれいになっている。


 化粧をしているわけではない。


 むしろ。


 起きたばかりだ。


 それなのに。


 肌に張りがある。


「……え?」


 頬に触れる。


 指先に伝わってくる感触が違う。


 そして。


 目元。


「…………」


 いつの間にか。


 目尻にあった細かな皺が。


 薄くなっている。


「……ちょっと待って」


 エレナは。


 慌てて鏡を持ち上げた。


 顔を左右から確認する。


「……嘘」


 首元。


 手。


 頬。


 髪。


 どこを見ても。


 少しずつ。


 若返っている。


 それも。


 気のせいでは済ませられない程度に。


「……私」


 鏡の中の自分を見つめる。


「若くなってる?」


 四十代半ばだった。


 それが。


 どう見ても。


 数年前の自分に戻っている。


 十年前とまでは言わない。


 だが。


 少なくとも。


 今より明らかに若い。


「…………」


 エレナは。


 しばらく鏡を見つめていた。


 そして。


 ゆっくりと。


 笑った。


「……なるほど」


 すべてが繋がった。


 毎日飲んでいた勇者水。


 飲んだ直後に感じていた、妙な爽快感。


 以前より疲れなくなった体。


 朝起きたときの軽さ。


 そして。


 今の自分。


「……これなら」


 エレナは。


 鏡の中の自分へ向かって呟いた。


「いくらかかってもいいわ」


 水ソムリエとして。


 彼女は知っている。


 世の中には。


 お金では買えないものがある。


 希少な水なら。


 何百ドルでも買える。


 珍しいものなら。


 何千ドルでも出せる。


 だが。


 若さは。


 買えない。


「おいしくて」


 エレナは。


 もう一度、勇者水を口にした。


「そのうえ若返れるなら……」


 笑みが深くなる。


「いくらかかっても文句はないわね」


 彼女は。


 その日から。


 勇者水を買う量を増やした。


 まだ。


 彼女は知らない。


 自分と同じように。


 勇者水へ価値を見出した人間が。


 世界中に存在することを。


 そして。


 彼らの中には。


 エレナのように。


 「おいしいから飲む」という人間だけではなく。


 「若返るなら、いくら払ってでも欲しい」


 そう考える人間が。


 少しずつ増えていくことを。



 ――――――



 そして。


 勇者ショップには。


 もう一つ。


 明らかに用途の違う商品がある。


 勇者ポーション。


 それを購入した男は。


 エレートサラリーマンだった。


 名前は。


 ジェームズ・ハワード。


 四十一歳。


 大手金融グループに勤めるエリート社員である。


 肩書きだけを見れば。


 誰もが羨む人生だった。


 高収入。


 都心の高級マンション。


 会社では管理職候補として名前が挙がっている。


 仕事もできる。


 人付き合いも悪くない。


 これまでの人生は。


 順調だった。


 少なくとも。


 あの日までは。


「……息子が一人います」


 ジェームズは。


 病院のベッドを見つめていた。


 そこに。


 一人の少年が眠っている。


 十五歳。


 まだ。


 高校生になる年齢だった。


「名前は、ルーカス」


 少年は。


 目を閉じている。


 呼びかけても。


 返事はない。


 手を握っても。


 反応はない。


 ただ。


 規則正しい機械音だけが。


 静かな病室に響いている。


 ルーカスは。


 植物状態だった。


 事故だった。


 数か月前。


 突然。


 家族の日常が崩れた。


 学校へ行くはずだった。


 友達と話すはずだった。


 帰ってきたら。


 いつものように夕食を食べるはずだった。


 それが。


 一瞬で。


 すべて変わった。


「医者は……」


 ジェームズは。


 言葉を選ぶように。


 ゆっくり話した。


「回復する可能性について、何度も説明してくれました」


 可能性。


 その言葉を。


 何度聞いただろう。


 高いのか。


 低いのか。


 それすら。


 はっきりとは言えない。


「でも」


 ジェームズは。


 息子の手を握った。


「父親としては」


 強く。


 握る。


「可能性が一パーセントでもあるなら、諦めるわけにはいかないんです」


 仕事では。


 合理的な判断をする。


 数字を見る。


 リスクを計算する。


 利益と損失を比較する。


 無駄なものには金を使わない。


 それが。


 エリートサラリーマンとしての彼だった。


 だが。


 息子の前では。


 そんなものは。


 どうでもよかった。


「……ルーカス」


 返事はない。


「父さんだぞ」


 それでも。


 返事はない。


「今日は仕事を早く切り上げてきた」


 もちろん。


 そんなことを言っても。


 息子には聞こえていないかもしれない。


 それでも。


 ジェームズは話しかける。


「明日も来る」


 ベッドの横に座る。


「明後日も」


 そして。


「……お前が目を覚ますまで」


 その言葉だけは。


 何度でも繰り返した。


 そんな彼が。


 ある日。


 ハルトショップで見つけた商品。


 それが。


 勇者ポーションだった。


 説明を読んだ瞬間。


 ジェームズの指が。


 止まった。


「…………」


 異世界のポーション。


 回復。


 治癒。


 そんな言葉が。


 画面に並んでいる。


「……まさか」


 ジェームズは。


 息子の眠る病室で。


 スマートフォンを握りしめた。


 そして。


 もう一度。


 商品説明を読む。


「……これが、本当に……?」


 その瞬間。


 彼の中で。


 エリート社員としての冷静さと。


 一人の父親としての願いが。


 激しくぶつかり合った。


 ジェームズは。


 何度も。


 勇者ポーションの説明を読み返した。


「…………」


 画面に表示された商品。


 一本。


 一ハルトコイン。


 それだけ。


 価格だけを見れば。


 冗談のような値段だった。


 だが。


「異世界のポーション……」


 ジェームズは。


 眠っているルーカスを見る。


 人工呼吸器。


 点滴。


 いくつもの医療機器。


 それらに囲まれて。


 息子は。


 静かに眠っている。


 もう。


 何か月も。


「…………」


 ジェームズは。


 スマートフォンを握りしめた。


 こんなもの。


 普通なら信じない。


 自分だって。


 普段なら笑っている。


 異世界の薬?


 魔法のポーション?


 そんなものが本当に存在する?


 あり得ない。


 そう思うのが普通だ。


 だが。


 ハルトショップには。


 すでに。


 あり得ないものが並んでいる。


 注文した商品が一秒で届く。


 勇者パン。


 勇者水。


 そして。


 この。


 勇者ポーション。


「……先生」


 ジェームズは。


 病室へ入ってきた専属医師へ声を掛けた。


「どうしました?」


「これを」


 スマートフォンを見せる。


「息子に使ってみたいんです」


 医師は。


 画面を見た。


 そして。


「…………」


 沈黙した。


「……ポーション?」


「はい」


「ゲームか何かですか?」


「違います」


 ジェームズは。


 真剣な顔で答えた。


「本当に届くんです」


「…………」


「試してください」


 医師は。


 困ったような顔をした。


「ジェームズさん」


「はい」


「お気持ちは分かります」


 医師は。


 ゆっくり言葉を選んだ。


「ですが、私は医師です」


「分かっています」


「正体の分からないものを、患者に投与することはできません」


「それも分かっています」


「それなら――」


「お願いします」


 ジェームズは。


 頭を下げた。


「お願いします」


「…………」


「責任は私が取ります」


「そういう問題ではありません」


「分かっています」


 それでも。


 頭を下げ続ける。


「でも」


 声が。


 少し震えた。


「もし」


 一度。


 息を吸う。


「もし、本当に効くものだったら?」


「…………」


「もし、これが息子を助けられるものだったら?」


 医師は。


 答えられなかった。


「私は」


 ジェームズは。


 息子を見る。


「もう何か月も、あの子が目を開けるところを見ていません」


「…………」


「一度でいい」


 声が震える。


「一度だけでも、試させてください」


 長い沈黙。


 やがて。


 医師は。


 小さく息を吐いた。


「……本当に、責任は取れませんよ」


「はい」


「何が起きるか分かりません」


「はい」


「異常があれば、すぐ中止します」


「お願いします」


 医師は。


 もう一度。


 画面を見る。


 そして。


「……分かりました」


 それが。


 始まりだった。



 勇者ポーションが。


 病室へ運ばれた。


 小さな瓶だった。


 透明な容器の中に。


 淡く光る液体が入っている。


「……これが」


 医師も。


 さすがに戸惑っていた。


「本当に薬なんですか?」


「分かりません」


「ですよね」


 ジェームズは。


 瓶を見つめた。


 そして。


 息子を見る。


「ルーカス」


 返事はない。


「父さんだぞ」


 いつものように。


 声を掛ける。


「今から」


 一度。


 言葉を止める。


「……これを使うからな」


 返事はない。


 医師が。


 慎重に準備を進める。


 そして。


 勇者ポーションが。


 ルーカスの体へ投与された。


「…………」


 何も起こらない。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「…………」


 医師が。


 モニターを見る。


「…………?」


 心拍。


 血圧。


 酸素濃度。


 どれも。


 大きな変化はない。


「……やっぱり」


 医師が呟きかけた。


 そのとき。


「……ん」


 小さな声がした。


「…………?」


 ジェームズが。


 顔を上げる。


「今……」


 もう一度。


「ん……」


 今度は。


 はっきり聞こえた。


「ルーカス?」


 まぶたが。


 動いた。


「…………」


 医師が。


 息を呑む。


「……目が」


 ゆっくり。


 まぶたが開く。


「……父……さん?」


「――――」


 ジェームズは。


 動けなかった。


 聞き間違い。


 そう思った。


「……今」


 声が震える。


「今、なんて言った?」


 少年が。


 ゆっくり。


 父親を見る。


「父さん……?」


「…………」


 ジェームズの目から。


 涙が落ちた。


「ルーカス……」


「……うん」


「ルーカス!」


 椅子が倒れた。


 ジェームズは。


 息子へ駆け寄った。


「起きた……」


 肩を震わせる。


「起きた……!」


 医師が。


 慌てて確認する。


「意識があります!」


「…………」


「こちらの声を認識しています!」


 医師の声が。


 どんどん大きくなる。


「すごい……」


 ルーカスは。


 まだ少しぼんやりしている。


 それでも。


 確かに。


 目を開けている。


 父親を見ている。


 そして。


「父さん……」


 もう一度。


 名前を呼んだ。


「……ああ」


 ジェームズは。


 涙を拭おうともせず。


 笑った。


「父さんだ」


 息子の手を握る。


 すると。


「……あったかい」


 ルーカスが。


 小さく笑った。


「…………」


 ジェームズは。


 もう。


 何も言えなかった。


 ただ。


 息子の手を。


 強く握った。



「……あり得ない」


 しばらくして。


 医師が。


 呆然と呟いた。


 ルーカスの身体を。


 何度も確認している。


「筋肉量が……」


 長期間。


 寝たきりだったはずだ。


 普通なら。


 身体は大きく衰えている。


 筋肉も落ち。


 体力も失われ。


 自力で身体を動かすことすら難しい。


 ところが。


「……おかしい」


 医師は。


 さらに確認する。


「身体機能が……ほぼ正常です」


「…………」


「筋力も」


 腕を動かしてもらう。


「問題ない」


 脚を動かす。


「これも……」


 医師は。


 信じられないものを見るような顔をした。


「長期間寝たきりだったとは、とても思えません」


 ルーカス自身も。


 自分の身体を見ている。


「……僕」


 腕を動かす。


「普通に動く」


「そうです」


 医師の声が。


 震えていた。


「すごい……」


 そして。


 ベッドの横に置かれた。


 小さな瓶を見る。


「このポーション……」


 医師は。


 目を輝かせた。


「凄い……!」


 研究者としての好奇心が。


 一気に膨れ上がる。


「こんなことが……」


 医学の常識が。


 目の前で。


 完全に覆された。


「神経障害の回復だけじゃない」


 興奮したように。


 次々と言葉が出てくる。


「筋肉も、臓器も、身体機能も……まるで時間を巻き戻したように――」


「先生」


 ジェームズが。


 静かに呼んだ。


「はい?」


「今は」


 医師を見る。


「そんなこと、どうでもいいんです」


「…………」


 ジェームズは。


 息子を見る。


「ルーカスが起きた」


 それだけだった。


「それだけで」


 また。


 涙がこぼれる。


「十分です」


 医師は。


 しばらく黙って。


 そして。


 小さく笑った。


「……そうですね」


 医師も。


 息子を見る。


 ルーカスは。


 父親の手を握ったまま。


 ゆっくり笑っていた。


「父さん」


「ああ」


「お腹空いた」


「…………」


 ジェームズは。


 一瞬。


 言葉を失った。


 そして。


「……ははっ」


 笑った。


 涙を流しながら。


「何でも食べさせてやる」


「ほんと?」


「ああ」


「じゃあ――」


 ルーカスが。


 少し考えて。


「ハンバーガー」


「よし」


 ジェームズは。


 笑った。


「今日はハンバーガーだ」


 医師は。


 そんな二人を見ながら。


 もう一度。


 勇者ポーションの瓶を見た。


 この小さな瓶一本が。


 一人の少年を。


 眠りから目覚めさせた。


 そして。


 その事実が。


 やがて世界中へ知れ渡ることになる。


 勇者ポーションが。


 ただの「回復薬」ではないことを。



――――――



 その頃。


 ハルトファンによって作られた、とある非公式ファンコミュニティ。


 そこに。


 新しいスレッドが立っていた。


 スレッドタイトルは。


【ハルトショップ利用者集合! 実際どうだった?】


 最初は。


 単なる情報交換のためのスレッドだった。


 勇者パンは本当に美味しいのか。


 勇者水は普通の水と何が違うのか。


 勇者ポーションは本当に効くのか。


 実際に使った人間から話を聞きたい。


 そんな程度だった。


 ところが。


 投稿数は。


 異常な速度で増えていった。



【1:名無しの勇者ファン】


勇者パン買った人いる?


感想求む。


【2:名無しの勇者ファン】


買った。


普通にうまい。


ちょっと甘い感じがする。


【3:名無しの勇者ファン】


> > 2


普通にうまいだけ?


【4:名無しの勇者ファン】


いや、そこが怖い。


普通にうまい。


でも食った後、妙に腹が減らない。


一個で結構満足する。


【5:名無しの勇者ファン】


それ説明に書いてあったやつじゃん。


【6:名無しの勇者ファン】


俺は朝飯抜いて勇者パン一個食った。


昼まで全然腹減らなかった。


【7:名無しの勇者ファン】


マジ?


【8:名無しの勇者ファン】


マジ。


しかも午後になっても元気。


仕事終わっても疲れてない。


【9:名無しの勇者ファン】


それ食い物としてどうなんだよw


【10:名無しの勇者ファン】


勇者だからな。


【11:名無しの勇者ファン】


理由になってないw


 ――――――――――


 最初は。


 そんな軽い書き込みばかりだった。


 ところが。


 一人。


 また一人。


 妙な報告が増えていく。


【28:名無しの勇者ファン】


ちょっと真面目な話していい?


【29:名無しの勇者ファン】


どうぞ。


【30:名無しの勇者ファン】


俺の祖父に勇者パン食べさせてる。


一日一個。


他の食事は今まで通り。


一週間くらいなんだけど、なんか元気になってる。


【31:名無しの勇者ファン】


高齢者に?


【32:名無しの勇者ファン】


うん。


前より歩くようになった。


【33:名無しの勇者ファン】


それはすごい。


【34:名無しの勇者ファン】


病院でも原因分からないって言われた。


【35:名無しの勇者ファン】


……パンだよな?


【36:名無しの勇者ファン】


パン以外変えてない。


【37:名無しの勇者ファン】


怖くなってきた。


 そして。


 そこへ。


 海外からの書き込みが入った。


【51:Alex】


I am distributing Hero Bread in a poor village.


One piece per person per day.


After one month, everyone is much healthier.


What the hell is this bread?


【52:名無しの勇者ファン】


海外勢きた。


【53:名無しの勇者ファン】


翻訳すると、


「貧困地域に勇者パンを配ってる。一日一個。一か月経ったらみんな健康になった。これ何なんだ?」


って言ってる。


【54:名無しの勇者ファン】


一か月……?


【55:Alex】


They are eating nothing but this bread besides the usual water.


And they are getting stronger.


Some people are asking if they can work now.


【56:名無しの勇者ファン】


…………。


【57:名無しの勇者ファン】


待って。


【58:名無しの勇者ファン】


それ、栄養食品とかじゃ説明つかなくない?


【59:名無しの勇者ファン】


一日一個のパンだけで?


【60:名無しの勇者ファン】


しかも元気になって働きたがってる?


【61:名無しの勇者ファン】


勇者パン怖すぎる。


【62:名無しの勇者ファン】


でも欲しい。


【63:名無しの勇者ファン】


分かる。


 ――――――――――


 勇者水の話が出始めたのは。


 その少し後だった。


【94:名無しの勇者ファン】


勇者水飲んだ。


【95:名無しの勇者ファン】


どうだった?


【96:名無しの勇者ファン】


水ソムリエだから言わせてもらう。


意味分からないくらいうまい。


【97:名無しの勇者ファン】


水ソムリエw


【98:名無しの勇者ファン】


いやマジ。


世界中の天然水飲んできたけど、これ別格。


【99:名無しの勇者ファン】


そんなに?


【100:名無しの勇者ファン】


そんなに。


味だけで言えば人生最高。


【101:名無しの勇者ファン】


健康効果は?


【102:名無しの勇者ファン】


分からん。


毎日飲んで一週間。


特に変化なし。


【103:名無しの勇者ファン】


なんだ。


【104:名無しの勇者ファン】


と思ったんだけど。


一か月経った。


【105:名無しの勇者ファン】


どうした?


【106:名無しの勇者ファン】


鏡見たら若返ってた。


【107:名無しの勇者ファン】


???


【108:名無しの勇者ファン】


冗談じゃなく?


【109:名無しの勇者ファン】


冗談じゃない。


シワ減ってる。


肌も違う。


明らかに数年前の自分になってる。


【110:名無しの勇者ファン】


病院行け。


【111:名無しの勇者ファン】


行った。


健康診断も受けた。


体調も良くなってる。


【112:名無しの勇者ファン】


…………。


【113:名無しの勇者ファン】


勇者水。


若返りの水。


【114:名無しの勇者ファン】


一ハルトコイン。


【115:名無しの勇者ファン】


バグだろ。


【116:名無しの勇者ファン】


バグです。


【117:名無しの勇者ファン】


運営「仕様です」


【118:名無しの勇者ファン】


運営誰だよw


 ――――――――――


 そして。


 その流れを。


 一気に変えた書き込みがあった。


【167:名無しの勇者ファン】


勇者ポーションについて。


【168:名無しの勇者ファン】


きた。


【169:名無しの勇者ファン】


俺の息子に使った。


【170:名無しの勇者ファン】


……え?


【171:名無しの勇者ファン】


息子は事故で植物状態になってた。


十五歳。


数か月寝たきり。


医者にも治るとは言われてなかった。


【172:名無しの勇者ファン】


…………。


【173:名無しの勇者ファン】


勇者ポーションを使った。


【174:名無しの勇者ファン】


どうなった?


【175:名無しの勇者ファン】


目を覚ました。


【176:名無しの勇者ファン】


…………。


【177:名無しの勇者ファン】


普通に会話した。


【178:名無しの勇者ファン】


…………。


【179:名無しの勇者ファン】


身体もほとんど問題ない。


長期間寝たきりだったとは思えないくらい普通に動く。


【180:名無しの勇者ファン】


嘘だろ。


【181:名無しの勇者ファン】


医者も驚いてた。


「こんなことはあり得ない」って。


【182:名無しの勇者ファン】


……ポーションって。


【183:名無しの勇者ファン】


回復薬じゃん。


【184:名無しの勇者ファン】


文字通りだった。


【185:名無しの勇者ファン】


勇者パン→健康になる


勇者水→若返る


勇者ポーション→植物状態から復活


【186:名無しの勇者ファン】


並べるとヤバい。


【187:名無しの勇者ファン】


全部一コイン。


【188:名無しの勇者ファン】


いや待て。


【189:名無しの勇者ファン】


これ。


【190:名無しの勇者ファン】


一コインで買える今のうちに買っといた方がいいんじゃないか?


 ――――――――――


 そこから。


 スレッドの空気が変わった。


【191:名無しの勇者ファン】


確かに。


【192:名無しの勇者ファン】


パンなら食料。


水なら飲料。


ポーションなら医薬品。


どれも需要がなくなることがない。


【193:名無しの勇者ファン】


しかも送料ゼロ。


【194:名無しの勇者ファン】


世界中どこでも一秒。


【195:名無しの勇者ファン】


……あれ?


【196:名無しの勇者ファン】


ハルトコインって。


【197:名無しの勇者ファン】


ハルトショップの商品を買うために必要なんだよな?


【198:名無しの勇者ファン】


そう。


【199:名無しの勇者ファン】


じゃあ。


【200:名無しの勇者ファン】


商品の価値が上がれば。


【201:名無しの勇者ファン】


コインの価値も上がるんじゃないか?


【202:名無しの勇者ファン】


…………。


【203:名無しの勇者ファン】


いや。


【204:名無しの勇者ファン】


逆だ。


【205:名無しの勇者ファン】


コインを持ってないと。


【206:名無しの勇者ファン】


この商品を買えない。


【207:名無しの勇者ファン】


つまり。


【208:名無しの勇者ファン】


「商品が欲しい人間」が「コインを買う」。


【209:名無しの勇者ファン】


当たり前の話だけど。


【210:名無しの勇者ファン】


この商品。


【211:名無しの勇者ファン】


欲しい人間、世界中にいるぞ。


【212:名無しの勇者ファン】


…………。


【213:名無しの勇者ファン】


しかも金持ちほど欲しがるだろ。


【214:名無しの勇者ファン】


若返りの水。


【215:名無しの勇者ファン】


病気を治すポーション。


【216:名無しの勇者ファン】


食料問題を解決できるパン。


【217:名無しの勇者ファン】


金持ちが欲しがらない理由がない。


【218:名無しの勇者ファン】


これ。


【219:名無しの勇者ファン】


ハルトコイン、やばくない?


 ――――――――――


 その書き込みが。


 まるで合図だった。


 それまで。


 ハルトコインを買っていたのは。


 主に。


「ハルトショップを使ってみたい」


 という一般のファンだった。


 勇者パンを食べたい。


 勇者水を飲みたい。


 勇者ポーションを試してみたい。


 その程度だった。


 だから。


 多少値段が上がったところで。


「まあ、便利だし」


 くらいだった。


 しかし。


 そこへ。


 別の人間たちが参入してきた。


 世界有数の資産家。


 巨大企業のオーナー。


 王族。


 投資家。


 医療関係者。


 そして。


「金ならいくらでも払う」


 という人間たち。


 彼らにとって。


 ハルトショップの商品は。


 もはや。


「便利な商品」ではなかった。


 金では買えないものを。


 買える商品だった。


 若さ。


 健康。


 命。


 食料。


 それらに。


 値段をつけることなどできない。


 だから。


 彼らはハルトコインを買った。


 もっと買った。


 さらに買った。


 欲しい。


 必要だ。


 いくらでも払う。


 その欲望が。


 世界中で同時に膨れ上がった。


 そして。


 ハルトコインの価格は。


 跳ね上がった。


 昨日まで。


 「一枚持っていれば勇者ショップが使える」


 程度だったコインが。


 今日には。


 「一枚でも手放したくない」


 ものになっていた。


 それでも。


 買う者はいた。


 値段が上がる。


 さらに買う。


 また上がる。


 それでも買う。


 ――そして。


 ついには。


 ハルトショップの商品を買うためではなく。


 ハルトコインそのものを手に入れるために。


 莫大な資金が動き始めた。


 株式市場がざわつく。


 為替市場が揺れる。


 資金がハルトコインへ流れ込む。


 企業が保有資産を売却する。


 投資家がポジションを組み替える。


 国家レベルで。


「ハルトコインを確保しろ」


 という動きまで始まる。


 そして。


 誰もが。


 まだ気付いていなかった。


 これは。


 単なる仮想通貨の高騰ではない。


 ハルトショップという。


 これまでの経済には存在しなかった「価値への入口」を巡って。


 世界中の金が。


 一つのコインへ。


 猛烈な勢いで吸い寄せられているのだ。


 ハルトコインの価格は。


 止まらなかった。


 そして。


 世界経済は。


 少しずつ。


 しかし確実に。


 狂い始めていた。


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