第66話 勇者、公式な通貨を発行する
世界を揺るがす重大発表まで、あと三分。
なのに、その中心にいる少年は。
「なんか、今日すごいな」
自分のことなのに、完全に他人事だった。
炎の勇者チャンネルの配信部屋。
いつもの撮影スペースとは違い、今日は少しだけ機材が増えている。
カメラが三台。
照明が六台。
音声用の機材も、いつもより多い。
さらに背後には、今回のために用意された巨大なモニターが設置されていた。
画面には、炎の勇者チャンネルのロゴ。
そして、その下には大きく、
『重大発表』
という文字が表示されている。
「……本当に今日やるんだよね?」
結衣が、確認するように言った。
「うん」
ハルトは軽くうなずいた。
「もう準備は全部終わってるんだろ?」
「終わってるけど……」
結衣は手元のタブレットを見る。
配信システム。
映像。
音声。
コメント管理。
緊急時の対応。
全て問題なし。
陽葵が配信画面を確認し、摩夜が通信状態を確認し、凛が周囲の安全を確認する。
聖奈は法務関係の最終確認を終えたところだった。
そして摩夜の隣には、今回新たに用意されたシステムの管理画面が表示されている。
「ハルトコインの販売システムも稼働準備完了」
摩夜が淡々と報告する。
「既存のハルトトークンについても、公式発表前に購入された分は交換対象として処理できるようにしてある。購入日時も記録済み」
「さすが摩夜」
ハルトが笑う。
「ありがとう」
「いえ。これくらいは当然です」
聖奈も微笑む。
「法務、会社運営、発行体制についても問題ございません。株式会社炎の勇者が正式に発行する、公式のハルトコインです」
「おお……」
ハルトはモニターを見る。
そこには、今回正式に公開されるハルトコインのロゴが表示されていた。
「俺、ほんとに通貨になったんだな」
「……その言い方、何か嫌なんだけど」
結衣がぼそりとつぶやく。
「そう?」
「だって普通、動画投稿者が通貨になるとか聞いたことないでしょ」
「まあ、確かに」
ハルトは少し考えてから、
「でも面白そうじゃん」
「そういうところだよ!」
結衣のツッコミが飛んだ。
その横で、陽葵が穏やかに笑っている。
「きっと皆さん、喜んでくださいますよ」
「だよな!」
ハルトも嬉しそうにうなずいた。
「最近、ハルトトークンっていうのが出てたけど、あれでファンのみんなが困ってるって話もあったし」
「はい」
聖奈がうなずく。
「ですから、今回の発表は非常に重要です」
「うん」
ハルトは拳を軽く握った。
「せっかく応援してくれてるみんななんだから、変なのを買って損してほしくないしな」
その言葉に、結衣が少しだけ表情を和らげる。
ハルトは本当に、そこだけは変わらない。
金額でも。
企業でも。
市場でもない。
ただ、自分を応援してくれている人たちのことを考えている。
「……あとは」
摩夜が時計を見る。
「三十秒」
「よし!」
ハルトが立ち上がった。
そしてカメラの前へ移動する。
陽葵が配信開始ボタンへ手を置いた。
結衣が最後に映像を確認。
聖奈が静かに息を吐く。
凛は部屋の外を確認したあと、ハルトの横へ戻ってきた。
「問題ありません」
「ありがとな、凛」
「はい」
凛は満足そうにうなずいた。
そして。
「十秒前」
陽葵が告げる。
九。
八。
七。
ハルトはカメラを見つめる。
六。
五。
四。
結衣が小さく手を握る。
三。
二。
一。
「配信開始します」
画面が切り替わった。
世界中へ向けて、炎の勇者チャンネルの生配信が始まる。
開始から一秒。
コメント欄が一気に流れ始めた。
『来たああああああ!』
『重大発表って何!?』
『待ってました!』
『今日は生配信!?』
『ハルトきた!』
『何が始まるんだ……』
『公式から重大発表って怖い』
『ハルトコイン関係?』
『まさかハルトトークン?』
『世界中で話題になってるやつか』
視聴者数が跳ね上がっていく。
一万人。
十万人。
百万人。
さらにその先へ。
しかし、それを見ているハルトは。
「おおー!」
嬉しそうに笑っていた。
「今日もいっぱい来てくれてるな!」
隣で結衣が苦笑する。
陽葵が優しく微笑み、聖奈が静かに見守る。
そしてハルトは、いつものようにカメラへ向かって手を振った。
「みんな、こんばんは!」
一瞬だけ、コメント欄が止まったように見えた。
次の瞬間。
『こんばんはあああああ!』
『来た!』
『今日も元気そうで安心した』
『重大発表って何!?』
『ハルトコイン!?』
『トークンどうなるの!?』
『早く教えてくれ!』
『めちゃくちゃ気になる!』
画面を埋め尽くすほどのコメントが流れていく。
ハルトは楽しそうに笑った。
「今日はみんなに、大事なお知らせがあります!」
そこで一度、カメラへ身を乗り出す。
「実は――」
世界中が固唾をのんだ。
「ハルトコインっていうのを、正式に作りました!」
その瞬間。
炎の勇者チャンネル史上最大級の重大発表が始まった。
その言葉が出た瞬間。
コメント欄が爆発した。
『ハルトコイン!?』
『やっぱりか!』
『公式!?』
『ついに来た!』
『ハルトトークンじゃないの!?』
『え、ハルトトークンどうなるの?』
『買っちゃったんだけど!?』
『俺、昨日買ったぞ!?』
『待って待って待って』
コメントの流れる速度が、一気に跳ね上がる。
ハルトはそんな画面を楽しそうに眺めていた。
「うん。今日から正式に販売を開始します」
ハルトは、いつもの動画と変わらない軽い口調で続ける。
「ハルトコインは、株式会社炎の勇者が正式に発行するものだから、炎の勇者チャンネルとしても公式に認めてるものです」
その瞬間、聖奈がわずかにうなずいた。
事前に打ち合わせていた内容だ。
ハルトはそのまま続ける。
「だから、みんなに一つ注意してほしいことがあります」
画面の向こう側で、視聴者が身を乗り出す。
「最近、ハルトトークンっていうのが出てるみたいなんだけど」
『来た』
『ハルトトークンの話だ』
『やっぱり公式じゃなかったのか』
『俺買ったんだけど』
『昨日買ったぞ!?』
『ハルトトークンって何?』
ハルトは少しだけ困ったように笑った。
「それ、炎の勇者チャンネルが作ったものじゃないです」
コメント欄が、一瞬だけ静かになる。
「だから、ハルトトークンは非公式のものです」
言い切った。
それだけで、世界中の視聴者に衝撃が走った。
『非公式!?』
『マジかよ』
『公式じゃなかったの!?』
『じゃあ誰が作ったんだよ』
『買うところだった』
『危なかった……』
『公式配信で明言きた』
『ハルトトークン買った俺、終了のお知らせ』
ハルトはコメント欄を見ながら、少し慌てたように手を振る。
「いやいや、みんな落ち着いて!」
本人としては、そこまで大事な話をしたつもりはないらしい。
「とりあえず、これから買おうと思ってる人は、ハルトトークンじゃなくてハルトコインを買ってください」
親指を立てる。
「こっちが公式だから!」
『了解!』
『公式ハルトコイン買います!』
『ハルトトークン買わなくてよかった』
『公式なら安心』
『でももう買っちゃった人は?』
『そこ重要!』
『俺もう買ってるんだけど!』
『救済ある!?』
コメント欄に同じような声が次々と流れていく。
ハルトはそれを見て、あっ、と声を漏らした。
「ああ、そうそう」
まるで今思い出したかのような反応だった。
「もうハルトトークンを買っちゃった人もいるよな」
結衣が隣で小さく息を吐く。
そこはちゃんと説明してくれ、と顔に書いてある。
「大丈夫」
ハルトはカメラを見る。
「今この時点までに買ったハルトトークンについては、同じ価値のハルトコインと交換できるようにしてあります」
コメント欄が再び弾けた。
『え!?』
『交換できるの!?』
『マジで!?』
『助かったあああああ!』
『昨日買った俺、救われた』
『500枚買ったんだけど大丈夫!?』
『俺も買った!』
『神対応すぎる』
『公式発表前までなら交換対象ってこと?』
『じゃあ今から買うのはダメなんだな』
ハルトはうなずく。
「うん。今までに買っちゃった人については大丈夫」
そして、少しだけ真面目な表情になる。
「でも、これからはハルトトークンを買わないでください」
今度は、はっきりとした口調だった。
「買うなら、今日から販売する公式のハルトコインでお願いします」
聖奈が静かにうなずく。
結衣も満足そうに息を吐いた。
必要なことは、きちんと伝わった。
少なくとも。
ここまでは。
『了解!』
『ハルトコイン買います!』
『公式に乗り換えます』
『トークン持ってるけど交換するわ』
『公式発行ならそっちだな』
『ハルトが直接言ってるなら安心』
『で、ハルトコインって何に使えるの?』
『そこ気になる』
『何と交換できるの?』
『ただの記念コイン?』
『価値あるの?』
新しい疑問が次々と流れていく。
ハルトはコメント欄を眺めながら、ふむふむとうなずいていた。
「そうだよな」
「ハルトコインって、何に使えるのかって話だよな」
そして。
ハルトは、少しだけニヤッと笑った。
その表情を見て。
結衣が嫌な予感を覚えた。
「……ハルト?」
「ん?」
「その顔、何?」
「いや」
ハルトはカメラを見ながら言った。
「実はハルトコインには、ちょっとしたおまけもあってさ」
結衣の表情が固まる。
聖奈が目を細める。
摩夜が画面から視線を上げる。
凛が首を傾げる。
陽葵だけが、いつもの笑顔のままだった。
そしてハルトは。
まだ誰にも説明していないものについて。
実に楽しそうに話し始めた。
ハルトは、カメラの向こう側へ向かって笑った。
「じゃあ、ハルトショップについて話そうかな」
『ハルトショップ?』
『何それ』
『ショップってことは買い物?』
『公式通販?』
『また何か始まるぞ』
コメント欄がざわつく。
結衣は隣で嫌な予感を覚えながら、ハルトを見る。
「ハルトショップっていうのは、ハルトコインを持ってる人なら使えるショップです」
「……使えるショップ?」
結衣が小声で繰り返した。
ハルトは気にせず続ける。
「うん。ハルトコインを持ってる人なら、いつでもどこでもアクセスできる」
『いつでも?』
『どこでも?』
『専用サイトってこと?』
『アプリとか?』
「サイトとかアプリとかじゃなくて」
ハルトは首を傾げた。
「ハルトショップって思ったり、口に出して言えばいいだけ」
「…………」
結衣の動きが止まった。
数秒。
「え?」
思わず聞き返す。
ハルトは不思議そうに結衣を見る。
「だから、ハルトショップって思えば開けるんだよ」
「どうやって?」
「どうやってって……」
ハルトは少し考える。
「魔法で?」
「…………」
結衣が固まった。
『??????』
『今なんて?』
『魔法?』
『魔法って言った?』
『また始まったぞ』
『ハルトショップ=魔法?』
『スマホいらないの?』
『どういう仕組みだよ』
『現代科学どこ行った』
コメント欄が一気に混乱する。
ハルトはその反応を見て、少しだけ困ったように笑った。
「いや、普通に使えるから大丈夫だって」
「普通ではないと思う」
結衣が即座に突っ込んだ。
「ハルト、それ、普通じゃないよ」
「そう?」
「そうだよ!」
結衣は思わず身を乗り出す。
「何? 頭の中でショップを思い浮かべたら、空中に画面でも出るの?」
「うん」
「…………」
「あと口に出してもいい」
「…………」
結衣は頭を抱えた。
「それを普通みたいに説明しないでよ……」
『結衣さんの反応が正しい』
『俺も同じ顔してる』
『魔法通販』
『世界初の魔法ECサイト』
『いやサイトですらない』
『思考アクセスはヤバい』
『ハルトショップ、どうなってんだよ』
ハルトはコメント欄を見ながら笑った。
「まあ、使ってみれば分かるって」
「いや、使わなくても分からないと思う」
「そうかな?」
「そうだよ」
ハルトは気にせず話を続ける。
「それで、ショップで買い物をすると」
人差し指を立てた。
「買ったものが、すぐ手元に届きます」
『配送早すぎ』
『何日?』
『翌日配送?』
『即日?』
『何時間?』
ハルトは首を横に振った。
「一秒以内」
『???』
『は?』
『一秒!?』
『配送業者どうした』
『転送魔法じゃん』
『いや魔法って言ってる』
『物流業界終了のお知らせ』
ハルトは笑っている。
「購入手続きが終わったら、だいたい一秒以内には届くから」
「……どこから?」
結衣が聞く。
「どこからって?」
「いや、商品を運んでくるんでしょ?」
「うん」
「誰が?」
「魔法」
「だから魔法で全部済ませないで!」
スタジオに結衣の声が響いた。
凛が小さく笑う。
摩夜は呆れたように画面を見ている。
聖奈も微笑んではいるものの、その目は明らかに「また始まりましたね」と語っていた。
「まあまあ」
ハルトがなだめる。
「ちゃんと届くから大丈夫だって」
「そこじゃないのよ……」
結衣が疲れたように呟く。
だが、ハルトにはまだ説明したいことがある。
「あと、ハルトコインは魂に紐づけるようにしてあるから」
「…………魂?」
結衣がまた固まった。
『魂』
『今、魂って言った?』
『通貨を魂に紐付けるな』
『ブロックチェーンよりヤバい』
『何チェーンだよ』
『ソウルチェーン?』
『究極の本人確認』
ハルトはあっさりとうなずく。
「そう。だから、誰かに盗まれたり、詐欺に遭ったりしても、ハルトコインそのものを失うことはない」
「いや、それもどういう仕組み……」
結衣の声が小さくなる。
もう突っ込む気力が削られている。
「本人の魂に紐づいてるから、その人が持ってるハルトコインは、その人のもの」
「……それって、他人に譲渡できないってこと?」
「いや、できるよ」
「できるの!?」
「普通にできる」
「じゃあ魂に紐づいてるって何!?」
「持ち主が変わったら、その人の魂に紐づく」
「…………」
結衣は完全に黙った。
『理屈が分からない』
『俺も分からない』
『でも便利なのだけは分かる』
『偽造できない?』
『盗めない?』
『詐欺で失わない?』
『最強通貨じゃん』
そしてハルトは、さらに重要なことを付け加える。
「もちろん、普通のお金にもできるよ」
『え?』
『現金化できるの?』
『マジ?』
「ネットを通せば、普通に現金化できるようにしてあるから」
コメント欄の空気が変わった。
先ほどまでの「魔法すげえ」から。
今度は、もっと現実的な驚きへ。
『現金化できるの!?』
『それ普通に通貨じゃん』
『ショップ専用ポイントじゃないの?』
『え、資産として使えるの?』
『待って、ハルトコインって何なんだ』
『公式通貨ってそういう意味!?』
ハルトは、そんな反応を見て楽しそうに笑う。
「うん。だから、普通に使ってもいいし、現金にしてもいい」
聖奈が横で静かに目を閉じた。
結衣も同じような表情を浮かべる。
そして。
「……ハルト」
「ん?」
「これ、本当に今日発表する内容?」
「うん」
「全部?」
「全部」
「……そう」
結衣は諦めた。
どうせもう始まってしまったのだ。
ハルトはカメラへ向き直る。
「だから、ハルトコインを持ってる人なら、いつでもハルトショップに入れるし」
指を一本立てる。
「買ったものはすぐ届く」
二本目。
「ハルトコインは魂に紐づいてるから、詐欺とかでなくならない」
三本目。
「ネットを使えば普通に現金化もできる」
そして、満面の笑み。
「便利でしょ?」
『便利すぎる』
『説明を聞いても何一つ理解できない』
『でも欲しい』
『魔法を通販に使うな』
『勇者の発想じゃない』
『これが公式通貨……?』
『世界観がまた変わった』
『結局ハルトコイン何なんだよ』
ハルトは満足そうにうなずいた。
「でしょ?」
どうやら、本当にそれだけの感想だったらしい。
だが。
視聴者の疑問は、まだ一つ残っている。
『で、何が買えるの?』
『商品は?』
『ハルトショップって何売ってるの?』
『そこ一番重要だろ!』
そのコメントを見つけたハルトが。
「ああ、それね」
と、また笑った。
「じゃあ、商品の話もしようか」
結衣は、嫌な予感しかしなかった。
ハルトが「商品の話もしようか」と言った瞬間。
コメント欄がさらに加速した。
『待ってました!』
『何売ってるの!?』
『ハルトショップって名前からして気になる』
『まさか勇者グッズ?』
『剣とか売るの?』
『魔法の道具とか?』
『現代で使えるもの頼む』
ハルトは楽しそうにコメントを眺める。
「えーっと、今のところは三つかな」
『三つ!?』
『少なっ』
『でも何だよ』
「まずは、勇者パン」
『勇者パン』
『名前からして強そう』
『食パン?』
『勇者のパン……?』
「これは異世界で俺がよく食べてたやつ」
ハルトは懐かしそうに笑った。
「これ一個食べれば、結構ちゃんとお腹いっぱいになるし、栄養も取れるから」
『完全栄養食?』
『異世界の保存食か?』
『めっちゃ便利じゃん』
『味は?』
「普通においしいよ」
ハルトは即答した。
「少なくとも俺は好きだった」
『個人の感想で草』
『勇者の味覚大丈夫?』
『でも勇者がよく食べてたなら気になる』
「それで、勇者パンは一個一ハルトコイン」
『一円感覚で言うな』
『一コイン!?』
『安すぎない?』
ハルトは首を傾げる。
「一コインでいいだろ」
あまり深く考えていない。
「あと、勇者水」
『水!?』
『水まで売るの?』
『普通の水じゃないの?』
「異世界の水を再現したやつ」
ハルトは当然のように説明する。
「俺、向こうの水が結構好きだったから」
『異世界の水って何だよ』
『水に異世界とかあるの?』
『飲める?』
「飲めるよ」
『そこは当たり前なのか』
「おいしいし」
ハルトは少し考えてから付け加えた。
「健康にもよさそう」
『よさそう!?』
『急に曖昧になったぞ』
『効能を説明してくれ』
「いや、飲んだらなんとなく元気になる感じ?」
『なんとなく』
『感じ』
『勇者レビュー雑すぎる』
ハルトは笑った。
「まあ、実際そんな感じだから」
そして、三つ目。
「最後が勇者ポーション」
その言葉に。
コメント欄が一瞬、止まった。
『ポーション?』
『何それ』
『ゲームの?』
『回復薬?』
『本物?』
ハルトは少し考えてから答える。
「怪我とか病気なら、それなりに治るやつ」
『それなりに!?』
『待って』
『今なんて言った?』
『病気が治る?』
『ポーションって現実にあるの?』
『ハルトまた何かやってる?』
コメントが一気に流れ始めた。
だがハルトは、その反応の大きさが理解できていない。
「まあ、ポーションだから」
「怪我したときとかに飲めば、それなりに効く」
『それなりって何!?』
『治療薬じゃん』
『病院いらなくなるレベルじゃないの?』
『いやいやいや』
『勇者パンと勇者水までは分かる』
『ポーションは分からん』
『異世界の水よりポーションの方がヤバいだろ』
結衣が隣で、ゆっくりとハルトを見る。
「……ハルト」
「ん?」
「今、病気が治るって言った?」
「うん」
「ポーションで?」
「そう」
「……それを一コインで売るの?」
「そうだけど」
ハルトは何を不思議がられているのか分からない。
「でも、そんなに何でも治るわけじゃないぞ?」
『何でもじゃないなら十分だよ!』
『一コインで病気が治る可能性があるの!?』
『世界中の医療関係者が聞いてるぞ』
『勇者、価値観が異世界』
結衣は額に手を当てた。
「……もういい」
「なんで?」
「説明してもらえばもらうほど分からなくなる」
ハルトは首を傾げた。
しかし、本人としては本当に嘘を言っていない。
勇者パンは、異世界で旅をしていた頃によく食べていた。
勇者水も、向こうで飲んでいた水を再現しただけ。
勇者ポーションだって、旅の途中で怪我をしたときや体調を崩したときに使っていたものを、創造魔法で再現しただけだ。
ハルトにとっては。
ただ、それだけの話だった。
「あと、勇者パンとか勇者水とかポーションも、これから増やしていく予定」
『増えるの!?』
『何が追加されるんだ』
『魔法アイテムも売るの?』
「うん」
ハルトは嬉しそうにうなずく。
「魔法で編めば作れるから」
『また魔法』
『その一言で全部済ませるな』
『魔法の価値が軽すぎる』
「面白そうなものが思いついたら、これからも一コインで買えるようにしていこうかなって」
『一コイン固定!?』
『全部!?』
『それ大丈夫なの?』
『パンも水もポーションも全部一コイン?』
ハルトは親指を立てる。
「うん。一コイン」
コメント欄がざわめく。
『パンと水が一コインでいつでも買えるなら便利だな』
『旅行中とか災害時とかにも使えそう』
『水がどこでも一秒で届くなら普通に欲しい』
『食料にもなるならかなり便利』
『勇者パンは保存できるの?』
『そこ気になる』
『でもポーション?』
『ポーションって何なんだよ』
『勇者パンと勇者水は分かる』
『ポーションだけ異物すぎる』
『誰かハルトに現代社会でのポーションの価値を教えてやれ』
ハルトはコメント欄を眺めて笑っている。
「ポーション、そんなに変かな?」
「変だよ!」
結衣が即答した。
「むしろ一番変だよ!」
「そう?」
「そう!」
しかしハルトは気にしていない。
「まあ、使ってみれば分かるって」
『その台詞怖すぎる』
『試すものなのか?』
『一コインなら試す人多そう』
『世界中でポーション実験始まるぞ』
ハルトはそんなコメントを見て、満足そうにうなずいた。
「ということで、今のところは勇者パン、勇者水、勇者ポーション」
指を折りながら確認する。
「全部一ハルトコイン」
そして。
「これからも面白そうなものができたら、どんどん追加していきます」
ハルトは楽しそうに笑った。
「せっかくのショップだから、みんなが使って便利だなって思えるものを増やしていきたいしな」
その言葉に。
コメント欄は再び一気に流れ始めた。
『公式通貨の使い道が魔法通販』
『何なんだこのチャンネル』
『でもめちゃくちゃ欲しい』
『ハルトパン食べてみたい』
『水も気になる』
『ポーションは怖いけど欲しい』
『一コインなら全部買う』
『商品追加にも期待』
ハルトは満足そうに笑った。
ハルトはカメラを見ながら、もう一度うなずいた。
「ということで、ハルトショップの商品は今のところこの三つ!」
指を三本立てる。
「勇者パン、勇者水、勇者ポーション!」
コメント欄には、まだ大量のコメントが流れ続けている。
『ポーションが気になりすぎる』
『パン買ってみたい』
『水も普通に欲しい』
『一コインなら全部買うわ』
『商品追加楽しみ』
『ハルトコイン便利すぎない?』
『本当に公式通貨になるんだな』
ハルトは満足そうに画面を眺めた。
「じゃあ、今日の重大発表はこんなところかな」
『え!?』
『終わり!?』
『もう終わるの!?』
『もっと聞きたい!』
「いや、結構話しただろ」
ハルトが笑う。
「今日はハルトコインが公式に販売開始するってことと、ハルトトークンは非公式だから買わないでねってこと。それから、もう買っちゃった人は交換できるってこと」
指折り数える。
「あとハルトショップ!」
「それが一番問題なんだけど……」
結衣が小声で呟いた。
だが、マイクはしっかりその声を拾っていた。
『結衣さんwww』
『また怒ってる』
『ハルトショップ問題』
『結衣さん頑張って』
ハルトは笑いながらカメラを見る。
「じゃあ、今日はこの辺で!」
そしていつものように手を振った。
「みんな、ハルトコインよろしく!」
『買います!』
『公式ハルトコイン待ってました!』
『ショップ使ってみる!』
『勇者パン楽しみ!』
『ポーション怖いけど買う!』
『次回も楽しみ!』
「それじゃ――」
ハルトは満面の笑顔で。
「また次の動画で!」
手を振った。
「バイバーイ!」
配信終了。
画面が暗転する。
そして。
数秒の沈黙。
「……ハルト」
「ん?」
背後から、結衣の低い声が聞こえた。
ハルトが振り返る。
「何?」
「何じゃないよ」
結衣が腕を組んでいる。
「ハルトショップって何?」
「え?」
「え、じゃない!」
結衣の声が響いた。
「いつ作ったの!?」
「今日」
「今日!?」
「うん」
「私、聞いてないんだけど!?」
「だって、言ってなかったし」
「そういう問題じゃない!」
結衣が頭を抱える。
「正式な通貨を発行するっていう重大発表の配信で、勝手に魔法のショップまで発表しないでよ!」
「でも便利だぞ?」
「便利とかそういう話じゃないの!」
「一コインで買えるし」
「値段の問題でもない!」
「すぐ届くし」
「配送の問題でもない!」
「魂に紐づいてるし」
「そこが一番おかしいの!」
結衣のツッコミが部屋に響き渡る。
聖奈は苦笑しながら二人を見ていた。
摩夜は配信後のデータを確認しながら、ぽつりと呟く。
「……まあ、もう公開した以上、後戻りはできない」
「そうなんだけど!」
結衣が頭を抱える。
ハルトはそんな結衣を見て、困ったように笑った。
「まあまあ。みんな喜んでたし」
「……本当に?」
「うん」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって」
ハルトは笑う。
この時。
誰も知らなかった。
ハルトショップの商品が。
ハルト本人の認識を遥かに超えるものだったことを。
そして。
世界中で。
すでに最初の商品が届き始めていたことを。
――――――
最初に異変に気づいたのは、一人の会社員だった。
「……え?」
届いたばかりのパンを見つめる。
見た目は、普通のパンだった。
少し香ばしい匂いがする。
「勇者パン……」
半信半疑で、一口食べる。
「……うまい」
それだけだった。
だが。
数分後。
「……あれ?」
会社員は、自分の身体に違和感を覚えた。
疲労感がない。
朝から感じていた重い身体が、嘘のように軽い。
「なんだこれ……」
さらに。
長年悩まされていた身体の不調まで消えていた。
「……え?」
本人は気づかなかった。
それが。
ただ「健康になった気がする」程度のものではなかったことを。
――――――
別の場所では。
「水が届いた!」
少女が喜んでいた。
勇者水。
透明で。
何の変哲もない水。
「いただきます」
一口飲む。
「……おいしい」
そして。
「……あれ?」
鏡を見る。
「なんか……肌、綺麗になってない?」
母親が驚いた。
「ちょっと待って」
「何?」
「あなた……」
言葉を失う。
ほんの数分前まであった疲れ。
肌のくすみ。
身体に残っていた不調。
それらが。
まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
――――――
そして。
最も大きな騒ぎを引き起こしたのは。
勇者ポーションだった。
「……これ、本当にポーション?」
購入者が瓶を眺める。
ゲームのアイテムのような名前。
だが、中身は本物。
「まあ、一コインだし……」
半信半疑で飲む。
直後。
「…………え?」
身体に熱が走る。
そして。
「痛くない……」
長年苦しんでいた痛みが消えた。
怪我が治る。
病気が治る。
それどころか。
「……え?」
鏡を見る。
「若返ってる?」
本人だけではない。
家族も。
医師も。
研究者も。
全員が理解できなかった。
そして。
世界各地で。
同じ現象が起こり始めた。
『勇者パンを食べたら体調が完全に戻った』
『勇者水を飲んだら長年の不調が消えた』
『ポーションを飲んだら怪我が治った』
『病院で治療中だった病気が消えたんだけど』
『これ本当に一コインなの?』
『何が起きてるんだ』
『ハルトは「それなりに効く」って言ってたぞ』
『それなりってレベルじゃない』
SNSが爆発する。
医療機関が騒ぎ始める。
研究機関が分析を始める。
政府関係者が情報収集に動く。
そして世界中の人々が。
同じ疑問を抱いた。
――ハルトショップの商品は、一体何なのか。
その答えを。
まだ誰も知らなかった。




