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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第65話 ハルト経済圏、あるいは勇者が世界の基軸通貨になった日

 世界中に存在する炎の勇者チャンネルのファンコミュニティ。


 公式掲示板。


 非公式ファンサイト。


 動画コメント欄。


 生配信の待機所。


 世界中のSNS。


 そこへ、一つの言葉が静かに現れ始めた。


『ハルトトークン』


 最初は誰も気に留めなかった。


「何それ?」


「ファンコイン?」


「誰かが作ったジョーク?」


 そんな程度の反応だった。


 しかし、一時間後。


 世界中のコミュニティで同じ話題が急速に広がっていく。


『これ本物らしい』


『取引所に上場してる』


『え、もう買えるの?』


『海外勢がすごい勢いで買ってるぞ』


『価格上がってる!』


『一時間で二倍!?』


 炎の勇者チャンネルの視聴者たちは、興味本位で公式サイトを開く。


 そこには、洗練されたデザインのページが表示されていた。


 中央には大きく一文。


『ハルトトークン』


『勇者の挑戦を応援する、新しい経済圏へ』


 さらに説明が続く。


『炎の勇者チャンネルを中心としたファンコミュニティ向けデジタルトークン』


『世界中のファン同士の交流や各種サービスに利用可能』


『将来的な提携サービスを順次拡大予定』


 難しい専門用語も並んでいたが、要するに、


「炎の勇者チャンネル専用のお金」


 そんな印象だった。


「これ面白そうじゃない?」


「動画見てるだけだったけど買ってみようかな。」


「推し活なら欲しい。」


「限定グッズとか買えるようになるのかな。」


「海外送金より便利そう。」


 配信者にはファンクラブがある。


 ゲームにはゲーム内通貨がある。


 なら。


 世界最大級の動画チャンネルにも専用通貨があっても不思議ではない。


 多くの視聴者は、その程度の感覚で購入を始めた。


 そして。


 炎の勇者チャンネルは、既に世界中へ数十億人規模で知られる存在である。


 一人ひとりの購入額は小さくても、その人数が異常だった。


『価格更新』


『価格更新』


『価格更新』


 画面上では数字が止まらない。


「また上がった!」


「十分前より高い!」


「これ本当に人気あるな!」


「世界中が買ってるぞ!」


 やがて、一部の経済系配信者まで取り上げ始める。


「皆さん、これは少し面白い現象です。」


「ハルトトークンは、いわゆる暗号資産の一種ですが、価値の裏付けが普通の通貨とは違います。」


「この通貨を支えているのは国家でも企業でもありません。」


「世界中の炎の勇者チャンネルの人気、そのものです。」


「人気が続く限り利用者は増え続ける。」


「利用者が増えれば価値も上がる。」


「つまり、この通貨はハルトという存在自体へ投資しているようなものですね。」


 その解説動画は、さらにハルトファンを呼び込む。


「え、それ最高じゃん。」


「ハルト応援しながら資産も増えるの?」


「もう買うしかない。」


「推し活で資産形成!」


 誰かが冗談半分で書き込んだ。


『これもうハルト経済圏じゃね?』


 その一言が爆発的に拡散された。


『ハルト経済圏』


『ハルト経済圏』


『ハルト経済圏』


 その呼び名は、半日もしないうちに世界中へ定着してしまった。


 もちろん、中には疑問の声もあった。


「でもこれ、炎の勇者チャンネル公式なの?」


「株式会社炎の勇者が出したの?」


「許可取ってるの?」


 すぐに調べる者が現れる。


 企業登記。


 公開資料。


 利用規約。


 商標。


 法人情報。


 そして結論が共有された。


『公式ではない。』


『株式会社炎の勇者とは無関係。』


『運営会社は別法人。』


『許可も出ていないらしい。』


 一瞬だけ空気が凍る。


「え?」


「大丈夫なの?」


「アウトじゃない?」


 だが、続いて法律に詳しい利用者が解説を書き込む。


『ハルトという名前自体は商標登録されていない。』


『肖像もロゴも使っていない。』


『名称だけで暗号資産を作ること自体は禁止されていない。』


『倫理的には議論があるだろうけど、現行法では違法とは言えない。』


『つまり合法。』


 コメント欄は一気にざわついた。


「合法なのかよ!」


「じゃあ止められないの?」


「公式じゃないけど違法でもない?」


「なんだその絶妙なライン!」


 だが、投資家たちにとって重要なのはそこではない。


 誰が作ったか。


 それよりも。


 誰が買うか。


 その一点だった。


 世界中で最も勢いのある動画投稿者。


 世界中で最も熱狂的なファンコミュニティ。


 その人気が続く限り、この市場は拡大し続ける。


 そして、その発行元だけは――。


 必要に応じて、新たなトークンを市場へ供給できる。


 人気が続く限り。


 資金は流れ込む。


 利用者が増える限り。


 市場は膨らむ。


 まるで、自ら通貨を生み出せる王国だった。



 ――――――



 世界有数の超高層ビル。


 最上階の執務室。


 真利・R・ヴァインは、巨大なモニターへ映し出された世界地図を静かに眺めていた。


 無数の光が点滅している。


 購入地域。


 利用者数。


 市場規模。


 取引量。


 その全てが、想定を上回る勢いで伸び続けていた。


「ふふ。」


 紅茶を一口。


 口元へ微笑みが浮かぶ。


「やはり勇者様ですわ。」


「企業を失っても。」


「資産を失っても。」


「人気だけは、誰にも奪えませんもの。」


 画面には一本の線が表示されていた。


『ハルト人気』


 その線が上昇するたびに。


 ハルトトークンの価値も。


 流通量も。


 市場規模も。


 美しいほど比例して伸びていく。


「これで、ようやく同じ土俵ですわ。」


 聖奈は巨大な資産を持つ。


 しかし。


 真利は、資産そのものを生み出す仕組みを完成させた。


 勇者が世界中で愛される限り。


 ハルト経済圏は広がり続ける。


 そして、その経済圏の中心で新たな通貨を発行できるのは、自分だけ。


 真利は静かに目を閉じた。


「勇者様。」


「あなたの価値は、まだ誰も理解しておりません。」


「ですから――」


 ゆっくりと目を開き、満足そうに微笑む。


「わたくしが、世界一高く評価して差し上げますわ。」



――――――



 株式会社炎の勇者。


 会議室。


 普段なら動画企画や撮影日程について話し合うための部屋だが、今日は空気がまるで違っていた。


 大型モニターには世界中のニュースサイトが並び、どの画面にも同じ単語が踊っている。


『ハルトトークン』


『ハルト経済圏』


『世界最大級のファンコミュニティ向け暗号資産』


 部屋へ入ってきたハルトは、その画面を見るなり目を丸くした。


「え?」


「何これ?」


「俺の名前ついてる。」


 隣を歩いていた結衣も苦笑する。


「私も朝からずっと見てるんだけど……もう世界中で話題になってるみたい。」


「へぇー!」


 ハルトは少し嬉しそうに画面へ近付いた。


「俺ってついに通貨になったの?」


「なんか紙幣の顔みたいでかっこよくない?」


「これ、めちゃくちゃ有名人ってことだよな!」


 満面の笑みだった。


 その反応に、結衣は思わず額へ手を当てる。


「そこ喜ぶところなんだ……。」


「いや、普通嬉しいだろ?」


「世界中で俺の名前が使われてるんだぞ?」


「動画投稿者としては夢じゃないか!」


 悪意も警戒心も一切ない。


 純粋に知名度が上がったことだけを喜んでいる。


 その様子を見た聖奈は、小さくため息をついた。


「……勇者様らしい反応ですね。」


 凛も腕を組みながら静かにうなずく。


「主は悪用されることなど考えませんから。」


「そこが君の長所でもあり、短所でもある。」


 摩夜まで珍しく肩をすくめていた。


 全員が席へ着く。


 聖奈が会議資料を配り始めた。


「それでは始めましょう。」


「本日の議題は一つです。」


「現在、市場で急速に流通を始めている『ハルトトークン』について。」


 会議室の空気が引き締まる。


 聖奈はリモコンを操作した。


 モニターへ会社概要が映し出される。


『Haruto Token Foundation』


『発行・運営会社』


『所在地 海外』


『株式会社炎の勇者との資本関係なし』


 さらに次の資料。


「現在の時価総額です。」


 画面には凄まじい勢いで数字が更新され続けている。


「えっ。」


 結衣が思わず声を漏らした。


「もうこんな規模になってるの?」


「はい。」


 聖奈は静かに答える。


「利用者数も想定を超える速度で増加しております。」


「炎の勇者チャンネルの視聴者数、そのものが市場へ流入している状態ですね。」


 陽葵も資料を見ながら驚いていた。


「海外のファンの皆さんも、たくさん購入されているようです……。」


「配信でも話題になっています。」


「コメント欄も、この話ばかりでした。」


 摩夜が画面を切り替える。


 今度は法律関係の資料だった。


「先に結論だけ言う。」


「現時点では違法ではない。」


 結衣が顔を上げる。


「え?」


「そうなの?」


「うん。」


 摩夜は淡々と説明する。


「株式会社炎の勇者の社名は使っていない。」


「ロゴも使っていない。」


「動画も転載していない。」


「ハルトという名前自体も商標登録されていない。」


「だから現行法では止めるのは難しい。」


 凛が眉をひそめた。


「つまり。」


「法では裁けない、と。」


「その通り。」


 摩夜は即答した。


「合法と、正しいことは別だからね。」


「法律上は問題がなくても。」


「倫理的に問題がある事例なんて、この世界にはいくらでもある。」


 部屋が静まり返る。


 結衣も複雑そうな表情を浮かべていた。


「なんか嫌だなぁ……。」


「ハルトの名前で勝手に商売されてるってことでしょ?」


「しかも本人に何の相談もなし。」


「うん。」


 摩夜も珍しく短く同意する。


「だから厄介なんだ。」


 聖奈は静かに資料を閉じた。


「そして。」


「この件の仕掛け人ですが。」


 一瞬だけ間が空く。


 凛が迷いなく答えた。


「真利でしょう。」


 陽葵もうなずく。


「私も、その可能性が一番高いと思います。」


 結衣も苦笑した。


「もう逆に、あの人以外思いつかないよ……。」


 資産。


 市場。


 投資。


 経済圏。


 そんな発想を形にできる人物は、一人しかいない。


 聖奈も否定しなかった。


「証拠はございません。」


「ですが、動機も能力も資金力も持ち合わせている人物は、現状では真利さんだけでしょう。」


 会議室の空気がさらに重くなる。


 ハルトだけが首をかしげていた。


「でもさ。」


「俺のファンが楽しんでるなら、それでいいんじゃないの?」


 その一言に。


 聖奈、凛、摩夜、結衣、陽葵。


 五人全員が同時にハルトを見た。


「……それを今から話し合うんです。」


 聖奈はいつもの穏やかな笑顔を浮かべながらも、その瞳だけは真剣だった。


「このハルトトークンを。」


「株式会社炎の勇者として公式に容認するのか。」


「黙認するのか。」


「それとも明確に拒否するのか。」


「本日は、その方針を決めたいと思います。」


 会議室の中央に置かれたホワイトボード。


 聖奈はマーカーを手に取り、大きく三つの項目を書いた。


『容認』


『黙認』


『拒否』


「現実的な選択肢は、この三つです。」


 全員の視線がホワイトボードへ集まる。


 聖奈はまず、一番左を指した。


「まずは『容認』。」


「これは動画や配信を通じて、株式会社炎の勇者としてハルトトークンを否定しないと公式に表明する方針です。」


「言い換えれば、『会社として問題視しません』と宣言することになります。」


 結衣が小さくうなずく。


「つまり、お墨付きを与える感じだね。」


「その通りです。」


 聖奈はメリットを書き始めた。


『ファンが安心して利用できる』


『市場の混乱を防げる』


『対立を避けられる』


「現在、多くのファンは私たちの反応を待っています。」


「容認すれば、少なくとも市場は安定するでしょう。」


「視聴者も安心します。」


 続いてデメリットを書き加える。


『勝手に作られた通貨を認めることになる』


『真利へ実質的なお墨付きを与える』


『今後も同様の行為を許す前例になる』


 部屋が静まり返る。


 摩夜が腕を組んだ。


「一番大きい問題は最後。」


「一度認めたら終わり。」


「今後誰かが勝手に『ハルト銀行』とか『ハルト証券』とか作っても、線引きができなくなる。」


「そうですね。」


 聖奈も同意した。


「今回は通貨ですが、次は何になるか分かりません。」


 凛が低い声で付け加える。


「敵に成功体験を与える。」


「それだけでも十分危険だ。」


 聖奈は二つ目へ丸を付けた。


「続いて『黙認』です。」


「動画でも配信でも一切触れません。」


「公式見解を出さない。」


「何も言わない。」


 結衣が首を傾げる。


「逃げる感じ?」


「ええ。」


「ですが、それも一つの戦略です。」


 ホワイトボードへ書き込む。


『市場へ直接影響を与えない』


『責任を負わなくて済む』


『状況を見極める時間を稼げる』


 陽葵が納得したようにうなずいた。


「確かに……何か発言しただけで価格が大きく動きそうです。」


「はい。」


 聖奈は続ける。


「今の炎の勇者チャンネルには、それだけの影響力があります。」


「良くも悪くも、私たちの一言で市場が乱高下する可能性があります。」


 しかし。


 その下へデメリットも書かれる。


『公式の意思が伝わらない』


『黙認=容認と受け取られる可能性』


『真利に時間を与える』


 摩夜が淡々と言った。


「ネットでは『何も言わない』は『認めた』って解釈されやすい。」


「炎上案件ではよくある話。」


「黙ってるだけで負けることもある。」


「……厄介ですね。」


 結衣が思わず漏らした。


 最後に。


 聖奈は『拒否』へ丸を付ける。


「こちらは最も分かりやすい方針です。」


「動画や配信で。」


『株式会社炎の勇者とは一切関係ありません。』


『勝手に作られたものです。』


『推し活目的であれば購入は控えてください。』


「そのように正式に発信します。」


 ハルトも真剣な顔で聞いていた。


 聖奈はメリットを書き並べる。


『会社の立場を明確にできる』


『ファンを誤解から守れる』


『真利へ明確な拒絶を示せる』


 凛が静かにうなずく。


「最も筋は通る。」


「少なくとも利用者へ誤認は与えない。」


「そうですね。」


 聖奈は肯定した。


「ですが。」


 その言葉と同時に、デメリットを書き加える。


『価格暴落の可能性』


『購入済みファンへ損失』


『公式が市場へ介入したと批判される可能性』


『ハルト人気と対立構造を作られる恐れ』


 部屋の空気が重くなる。


 陽葵が不安そうに尋ねた。


「もし……価格が大きく下がったら……。」


「買ってくださったファンの皆さんが損をしますよね……。」


「はい。」


 聖奈は静かに答えた。


「しかも、その責任を私たちが負うことになるでしょう。」


「『公式の一言で資産が消えた』と受け止める人も現れます。」


 摩夜がさらに付け加える。


「そして真利は、それすら利用する。」


「『炎の勇者チャンネルがファンの資産を暴落させた』って印象操作くらい普通にやる。」


「……やりそう。」


 結衣は頭を抱えた。


「何を選んでも嫌な未来が見えるんだけど。」


「そういうことです。」


 聖奈はホワイトボードを見つめたまま言った。


「これが真利さんの狙いでしょう。」


「どの選択肢にも、明確な弱点があるよう設計されています。」


「容認すれば、真利さんの経済圏を認めることになる。」


「拒否すれば、ファンへ損害を与える危険がある。」


「黙認すれば、その間にも市場は拡大を続ける。」


 まるで三方向すべてに罠が仕掛けられているかのようだった。


 会議室は静まり返る。


 誰も簡単には結論を出せない。


 そんな中、一人だけ。


 ホワイトボードを眺めていたハルトが、ぽつりと口を開いた。


「……つまり。」


「どれを選んでも、真利さんは得するように作ってあるってことか。」


 その一言に。


 聖奈、凛、摩夜の三人は、ゆっくりと視線をハルトへ向けた。


 そして。


 三人同時に、小さくうなずいた。


 重苦しい空気が会議室を支配していた。


 誰もが最善手を探している。


 だが、どの道を選んでも真利に利がある。


 そんな状況だった。


 しばらく沈黙が続いた後。


 ハルトが不意に手を挙げた。


「あのさ。」


「一つ思ったんだけど。」


 全員の視線が集まる。


「そのハルトトークンってさ。」


「アイデア自体は別に悪くなくない?」


 一瞬。


 部屋の空気が止まった。


「え?」


 結衣が聞き返す。


「だって。」


「俺のこと応援してくれる人が買ってくれてるんだろ?」


「それってファンアイテムみたいなもんじゃん。」


 ハルトは頭をかきながら続けた。


「正直、お金のことはよく分かんない。」


「仮想通貨とか投資とか言われても、全然ピンと来ないし。」


「でも。」


 少し照れくさそうに笑う。


「俺の名前が付いたものを欲しいって思ってくれる人が世界中にいるのは、普通に嬉しい。」


「紙幣の顔になったみたいでさ。」


「なんか、すげぇ有名人になった気分だ。」


 その笑顔は本心だった。


 承認欲求の強いハルトにとって、自分の名前が世界中で通貨として語られていること自体は、素直に誇らしい。


 だからこそ。


 その表情はすぐに曇る。


「でも。」


「そのせいで応援してくれた人が損するのは嫌だ。」


 静かな声だった。


「俺を応援した結果、お金がなくなりました。」


「そんなの絶対違うだろ。」


「だったら俺、嬉しくない。」


 結衣は思わず微笑んだ。


「ハルトらしいね。」


「そこだけは昔から変わらない。」


 ハルトは照れくさそうに笑う。


「だからさ。」


「だったら俺たちも作ればよくない?」


 その一言に。


 全員が反応した。


「……作る?」


 聖奈が問い返す。


「うん。」


「ハルトトークンじゃなくて。」


「株式会社炎の勇者が正式に出す。」


「ハルトコイン。」


 部屋が静まり返る。


 ハルトは続ける。


「アイデアだけ借りるんだよ。」


「向こうだって勝手に作ったんだろ?」


「だったら俺たちも勝手に作っていいじゃん。」


「名前だけ変えればいいんだし。」


 摩夜が小さく笑った。


「なるほど。」


「アイデア返しか。」


「そうそう。」


「別に特許でも何でもないんだろ?」


「だったら使っていいじゃん。」


 実にハルトらしい発想だった。


 法律だの金融だの。


 そんな難しい話ではない。


 良いアイデアなら、自分たちも採用すればいい。


 それだけである。


 摩夜が口元を緩めた。


「……皮肉だね。」


「『合法だから問題ない』って理屈で仕掛けてきた相手なら。」


「同じ理屈でやり返されても文句は言えない。」


 凛も静かにうなずく。


「筋は通っている。」


「我らが真似をしても。」


「法に触れるわけではない。」


「そういうこと。」


 ハルトは何でもないことのように言う。


「別に俺、喧嘩したいわけじゃないし。」


「でもファンには公式のほうを持っててほしいかな。」


「なんとなく。」


 その言葉を聞いた聖奈は、しばらく考え込んでいた。


 やがて。


 ふっと小さく笑う。


「……勇者様。」


「その案。」


「思っていた以上に有効かもしれません。」


 結衣が目を丸くする。


「本当に?」


「ええ。」


 聖奈は立ち上がると、再びホワイトボードの前へ向かった。


 新しく四つ目の項目を書く。


『公式ハルトコイン』


「株式会社炎の勇者が正式に発行。」


「管理・運営も当社。」


「公式ファンアイテムとして位置付けます。」


 さらにその下へ、新たな矢印を書き足した。


『ハルトトークン』


    ↓


『ハルトコイン』


「そして。」


「すでにハルトトークンを購入された方への対応ですが……。」


 少しだけ間を置く。


「交換制度を設けましょう。」


 全員が顔を上げた。


「交換?」


 結衣が聞き返す。


「はい。」


 聖奈はうなずく。


「私たちが本日、公式発表を行った時刻。」


「その時点より前に発行されたハルトトークンであれば。」


「同価値のハルトコインへ交換可能とします。」


 陽葵が目を輝かせた。


「それなら!」


「今買ってしまったファンの皆さんも損をしません!」


「その通りです。」


 聖奈は穏やかに微笑む。


「応援したいという善意で購入された方まで巻き込む必要はありません。」


「公式として、そのお気持ちは受け継ぐべきでしょう。」


 ハルトも大きくうなずいた。


「うん!」


「それがいい!」


「応援してくれた人には損してほしくない!」


 摩夜はすでにノートパソコンを開いていた。


「発行日時の確認なら任せて。」


「ブロックチェーン上の記録なんて全部残ってる。」


「最初の発行日時も。」


「誰がいつ取得したかも。」


「交換対象の線引きくらい、一時間もいらない。」


「助かります。」


 聖奈は感謝を述べる。


「そして会社設立や管理運営については、私が責任を持ちます。」


「金融ライセンスの取得、法務、監査。」


「全て正式な手続きを踏みましょう。」


 凛が腕を組んだまま、小さく笑う。


「なるほど。」


「敵の剣を奪うのではなく。」


「より良い剣を鍛えてしまうわけか。」


 ハルトは満足そうに笑った。


「うん!」


「そのほうが絶対楽しい!」


 その笑顔を見ながら。


 聖奈もまた静かに微笑む。


「真利さん。」


「あなたは経済圏を作りました。」


「ですが。」


 ホワイトボードに書かれた『公式ハルトコイン』の文字を見つめる。


「勇者様の隣に立てるのは。」


「最後まで、私たち公式だけです。」



 聖奈はホワイトボードを見つめながら、小さくうなずいた。


「方針は決まりました。」


「株式会社炎の勇者として、正式なハルトコインを発行します。」


「そして交換制度を設け、既存のファンを保護する。」


「異論はございますか。」


 誰一人、反対する者はいなかった。


 結衣が手を挙げる。


「一つだけ。」


「いつ発表する?」


 その問いに、聖奈は少し考え込む。


 しかし答えたのは摩夜だった。


「できればリアルタイム。」


「準備が整った瞬間。」


「告知して、そのまま販売開始。」


 凛も即座に賛同する。


「時間を空ける意味はない。」


「真利へ対策の時間を与えるだけだ。」


「そうですね。」


 聖奈も迷いなくうなずいた。


「事前告知を行えば、その間に市場はさらに混乱します。」


「ならば。」


「全ての準備を終えてから。」


「生配信で正式発表。」


「同時にサービス開始。」


 結衣が資料へ書き込みながら確認する。


「つまり。」


「生配信が始まった瞬間に。」


「交換受付も。」


「販売も。」


「全部スタート。」


「その認識で結構です。」


 聖奈は穏やかに答えた。


「視聴者の皆様へも、その場で全てをご説明いたします。」


 陽葵が嬉しそうに笑う。


「そのほうが安心ですね!」


「説明を聞いて、そのまま交換もできますし。」


「はい。」


「混乱も最小限に抑えられるでしょう。」


 聖奈は一人ひとりを見回した。


「それでは役割を確認します。」


「私が会社設立と法務、金融機関との調整。」


「摩夜さんはシステム構築と交換対象データの抽出。」


「凛さんは海外拠点を含めた安全対策。」


「結衣さんと陽葵さんは生配信資料と視聴者対応。」


「勇者様は……。」


 一瞬だけ言葉を切る。


 そして少し微笑んだ。


「いつも通りでお願いいたします。」


「任せろ!」


 ハルトは元気よく親指を立てた。


「俺、配信頑張る!」


 その返事に、全員が自然と笑みを浮かべる。


 難しいことは分からない。


 だが。


 勇者は勇者らしく。


 それが一番だった。


 聖奈は静かに会議資料を閉じた。


「それでは。」


「生配信まで時間がございません。」


「各自、持ち場へ。」


「会議終了です。」


 その一言で。


 全員が一斉に立ち上がる。


 凛はそのまま海外支部との連絡へ。


 摩夜はノートパソコンを抱え、自室兼サーバールームへ。


 結衣は配信台本の修正。


 陽葵は視聴者向け告知画像の制作。


 聖奈は法務担当とのオンライン会議。


 それぞれが迷いなく、自らの領分へ散っていった。



――――――



 しばらくして。


 自宅。


 ハルトの部屋。


「さて。」


 部屋には誰もいない。


 扉を閉めると、ハルトは小さく息を吐いた。


「ハルトコインか。」


「だったら……。」


 机の引き出しから、一冊の古びた魔導書を取り出す。


 異世界で何度も読み返した本だった。


 ページを静かにめくる。


「確か、この辺だったかな。」


 目的のページを見つけると、ハルトは満足そうにうなずく。


「うん。」


「これなら面白い。」


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


 そして。


 魔導書へ手をかざした。


 淡い金色の魔法陣が、机の上へ静かに浮かび上がる。


 複雑な文字列。


 幾何学模様。


 何重にも重なる魔法陣。


 それらは普段ハルトが使う派手な攻撃魔法とは、まるで性質が違っていた。


「少し調整して……。」


「こっちも追加して……。」


 指先が光をなぞるたび。


 魔法陣はゆっくりと姿を変えていく。


 やがて。


「よし。」


 ハルトは満足そうに笑った。


「これならきっと驚くよな。」


 その笑顔は、いつもの企画を思いついた時と同じだった。


 世界を救うためでも。


 敵を倒すためでもない。


 ただ。


 みんなが驚いて、喜んでくれそうだから。


 そんな無邪気な理由だけで、勇者は新しい魔法を完成させる。


 部屋の灯りが消える。


 机の上の魔法陣だけが、一瞬だけ淡く輝いた。


 その光が。


 翌日、世界経済そのものを揺るがすことになるなど。


 この時はまだ、誰も知らなかった。


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