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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第64話 買収開始、あるいは勇者様防衛戦線

 西園寺家本邸。


 広大な屋敷の最上階にある聖奈の私室は、外見こそ高校生の少女の部屋でありながら、その実態は世界中の企業情報が集まる作戦司令室でもあった。


 壁一面に並ぶ大型モニター。


 世界各国の市場。


 為替。


 株価。


 企業評価。


 信用格付け。


 ニュース。


 あらゆる情報がリアルタイムで流れ続けている。


 その中央で、聖奈は紅茶の入ったカップを静かに置いた。


「……ちょうど一週間、ですか」


 窓の外では、夏の日差しが庭園を照らしている。


 しかしモニターの中では、それとは正反対の嵐が吹き荒れていた。


 アーク・アーマメント・システムズ。


 オムニスフィア・ネットワークス。


 世界を代表する二つの巨大企業。


 真利・R・ヴァインが直接支配する中核企業である。


 その二社は、今や見る影もなかった。


 企業価値は暴落。


 金融機関は追加融資を拒否。


 主要取引先は契約を打ち切り始め、世界中の投資家は一斉に資金を引き揚げている。


 倒産まで秒読み。


 誰の目にも、それは明らかだった。


 もちろん、これだけなら真利ほどの人物なら立て直す可能性もあっただろう。


 だが。


「問題は、ここからです」


 聖奈は一枚の資料を手に取る。


 そこには複雑な企業グループの相関図が描かれていた。


 親会社。


 子会社。


 関連会社。


 共同出資会社。


 資本提携企業。


 一本の糸を引けば、無数の企業へ影響が広がるよう設計された巨大な経済圏。


 それこそが真利の築き上げた帝国だった。


「市場は合理的です」


 聖奈は穏やかに微笑む。


「誰もが知っていますもの。真利さんほどのお方が、ご自身の中核企業を見捨てるはずがない、と」


 だからこそ。


 市場は勝手に結論を出した。


 真利は中核企業を救うため、他の企業の株式を売却する。


 保有資産を現金化する。


 そう予測した投資家たちが、一斉に動き始めたのである。


 売り。


 売り。


 また売り。


 まだ何も起きていない企業ですら、株価だけが音を立てて崩れていく。


「連鎖、ですね」


 誰かが倒れそうになれば、周囲まで巻き込まれる。


 巨大な企業グループであるほど、その影響は避けられない。


 しかも今回は。


 凛による物理的な破壊。


 摩夜による情報戦。


 その二つが組み合わさったことで、真利グループへの市場の信頼そのものが揺らいでいた。


 信用は、何よりも高価な資産だ。


 そして、一度崩れた信用を取り戻すには長い年月を要する。


「……さすがです」


 聖奈は自然と笑みを浮かべる。


「凛さん。」


「摩夜さん。」


「お二人とも、見事なお仕事でした。」


 武力。


 情報。


 その二つによって生まれたわずかなひび。


 市場はその小さなひびを、自ら巨大な亀裂へ育て上げた。


 人は未知を恐れる。


 投資家は不確実性を最も嫌う。


 だからこそ、市場は自ら崩壊を加速させる。


「後は、私の役目です。」


 聖奈はゆっくりと椅子へ深く腰掛けた。


 その瞳には、財閥令嬢としてではなく、一人の経営者としての鋭さが宿っている。


 机の上には、既に数十社分の資料が整然と積み上げられていた。


 どれも真利グループと資本関係を持つ企業。


 技術力は高い。


 人材も優秀。


 経営そのものに問題はない。


 ただ、親会社が真利だった。


 それだけで市場から見放され始めている。


「企業に罪はありません。」


 その一言は、本心だった。


「勇者様へ手を出した判断は誤りでした。」


「ですが。」


「そこで働く方々の努力まで失われる必要はございません。」


 だから救う。


 勇者様の敵は排除する。


 だが、価値あるものは未来へ残す。


 それが聖奈のやり方だった。


 机の横に置かれた専用端末へ手を伸ばす。


 画面には、西園寺グループ投資本部との専用回線が表示されていた。


 担当役員は既に待機している。


 命令一つで、世界中の市場が動き始める。


 聖奈は小さく息を吐いた。


「……そろそろ、よろしい頃合いですね。」


 柔らかな笑みは変わらない。


 だが、その言葉には巨大財閥を率いる者だけが持つ決断の重みがあった。


「皆様。」


「買収を開始いたします。」


 その一言を合図に。


 勇者を守るための最後の一手が、静かに世界市場へ放たれた。



 西園寺グループ本社。


 最上階。


 役員会議室。


 世界各国とつながる大型モニターには、市場の動きが秒単位で表示されている。


 その中央へ、聖奈は静かに腰を下ろした。


「それでは、始めましょう。」


 その一言で、会議室の空気が引き締まる。


 財務担当が資料を映し出した。


「現在、真利グループ主要企業の株価は引き続き急落しております。」


 画面には赤一色の数字が並ぶ。


 アーク・アーマメント・システムズ。


 オムニスフィア・ネットワークス。


 さらに航空、防衛、通信、人工知能、医療、物流、宇宙開発、半導体。


 真利が築き上げた巨大企業群が、まるで雪崩のように価値を失っていた。


「市場は完全に連鎖売りへ移行しています。」


「本来の企業価値から見ても、現在価格は極めて割安です。」


 聖奈は一枚一枚資料へ目を通していく。


 焦りはない。


 まるで買い物リストでも眺めているようだった。


「技術者の流出状況は?」


「まだ限定的です。」


「経営陣は?」


「混乱しております。」


「設備は。」


「全て健在です。」


「特許は。」


「失われておりません。」


 聖奈は静かにうなずいた。


「つまり。」


「企業そのものは壊れていない、ということですね。」


「はい。」


「市場だけが壊れています。」


 その返答を聞き、聖奈は優しく微笑んだ。


「十分です。」


「では、取得を開始してください。」


 その瞬間だった。


 世界中の証券市場で、西園寺グループ名義ではない無数の投資会社が一斉に動き始める。


 十社。


 二十社。


 三十社。


 すべて西園寺グループが水面下で管理する投資法人だった。


 大量の買い注文。


 しかも市場へ気付かれないよう細かく分散され、機械的に執行されていく。


 誰にも悟られない。


 気付いた時には終わっている。


 それが西園寺流だった。


「アーク・アーマメント・システムズ。」


「取得率五・七%。」


「七・九%。」


「十一%突破。」


 報告が次々と飛ぶ。


「オムニスフィア・ネットワークス。」


「八%。」


「十四%。」


「二十三%。」


 数字が増えるたび、会議室には静かな緊張が流れる。


 だが。


 聖奈だけは穏やかなままだった。


「勇者様でしたら。」


「きっと、この企業も面白い使い方をなさるのでしょうね。」


 ふと、小さく笑う。


「宇宙開発会社……。」


「動画撮影でロケットに乗って月へ行く日が来るかもしれません。」


 役員たちが苦笑する。


 普通なら冗談だ。


 しかし相手はハルトである。


 誰一人として否定できなかった。


「海底通信企業。」


「深海動画で活躍するでしょう。」


「医療企業。」


「回復魔法の研究支援に役立つかもしれません。」


「物流企業。」


「世界中へ動画関連商品を届けられます。」


 聖奈の発想は極めて単純だった。


 使い道は後から考えればいい。


 勇者様なら必ず活用する。


 だから確保しておく。


 それだけで十分だった。


「利益予測は。」


 役員の一人がおそるおそる尋ねる。


 すると聖奈は不思議そうに首をかしげる。


「利益、ですか?」


「はい。」


「今回の投資額は非常に大きく――」


「問題ありません。」


 あっさりと言い切った。


「勇者様のお役に立つのであれば。」


「それだけで投資理由としては十分です。」


 誰も反論できなかった。


 西園寺グループでは、これが当たり前なのだ。


「それに。」


 聖奈は画面を見つめる。


「私は、お金を増やす才能では真利さんへ及びません。」


「ですが。」


「手に入れたものを活かすことでしたら、負けるつもりはございません。」


 それは、自分自身への正確な評価だった。


 真利はゼロから価値を生み出す天才。


 聖奈は価値あるものを結び付け、より大きな価値へ育てる天才。


 能力は違う。


 だからこそ、自分の戦い方を知っている。


「簡単に手に入るのでしたら。」


「今のうちに、いただいておきましょう。」


 その言葉を合図に、買収はさらに加速した。


 人工知能企業。


 量子計算企業。


 通信インフラ企業。


 宇宙素材メーカー。


 ロボット開発企業。


 防衛技術研究所。


 エネルギー関連企業。


 真利グループに連なる企業が、次々と西園寺グループの管理下へ入っていく。


 市場はまだ誰も気付いていない。


 株価が下がっている。


 買われている。


 その程度の認識しかない。


 しかし実際には。


 世界有数の企業帝国が、一日で持ち主を変え始めていた。


 聖奈は静かに紅茶を口へ運ぶ。


「勇者様。」


 柔らかな笑みを浮かべる。


「きっと、将来必要になる日が参ります。」


「その日まで、大切に預からせていただきますね。」



 西園寺グループ本社。


 買収開始から三日。


 役員会議室の大型モニターには、世界地図とともに企業グループの相関図が映し出されていた。


 しかし、その色は以前とは大きく変わっている。


 赤色。


 それは真利グループ。


 青色。


 それは西園寺グループ。


 数日前までは世界中へ張り巡らされていた赤い網は、今ではあちこちが青へ塗り替えられていた。


「ご報告いたします。」


 担当役員が静かに口を開く。


「アーク・アーマメント・システムズ。」


「オムニスフィア・ネットワークス。」


「両社とも過半数の議決権を取得。経営権の掌握が完了しております。」


 聖奈は静かにうなずく。


「続けて。」


「真利グループ関連企業、三十七社。」


「実質支配下。」


「資本提携企業、五十八社。」


「友好的買収を完了。」


「共同出資企業につきましても、西園寺グループ側が最大株主となりました。」


 報告は淡々としていた。


 しかし、その内容は世界経済の勢力図を書き換えるほどのものだった。


 巨大な企業帝国。


 その中心は崩れ、多くの企業が新たな居場所を得たのである。


 聖奈は相関図を静かに眺めた。


「……十分ですね。」


 もう無理に広げる必要はない。


 必要なものは手元へ集まった。


 後は育てればいい。


「各企業の経営陣についてですが。」


「現場の優秀な人材は可能な限り留任させます。」


「不要な混乱は避けましょう。」


「承知いたしました。」


「また。」


 聖奈は続ける。


「摩夜さんの作業が完了次第、各企業の情報基盤を順次復旧してください。」


「ネットワーク障害やシステム被害についても、通常業務へ支障が出ないよう速やかに対応を。」


「はい。」


 買収することが目的ではない。


 企業を生かすことが目的だ。


 それが聖奈の考えだった。


 だからこそ、壊すだけで終わらせるつもりは一切ない。


「株式会社炎の勇者。」


 聖奈は小さくその名を口にする。


「これから随分と賑やかになりますね。」


 思わず微笑みがこぼれる。


 世界最先端の人工知能企業。


 宇宙開発企業。


 通信企業。


 医療企業。


 物流企業。


 それらは今後すべて、勇者を支える力となる。


 もちろん。


 当の勇者本人は何も知らない。


『実務は全部聖奈に任せる!』


 そう笑って丸投げしていた姿を思い出し、聖奈はくすりと笑った。


「本当に。」


「勇者様らしいですね。」


 自分を信頼してくださっている。


 だからこそ、その期待には必ず応えたい。


 それだけだった。


 机の上に置かれたスマートフォンを手に取る。


 画面には、ハルト同盟専用の暗号化チャットが表示されている。


 宛先は二人。


 凛。


 そして摩夜。


 聖奈は短く文章を入力した。


『買収作戦、完了いたしました。』


『企業の掌握も問題なく終了しております。』


『摩夜さん、復旧作業の段取りは予定通りお願いいたします。』


『凛さん、ご安心ください。』


『勇者様へ企業や資本、権力を利用して直接圧力をかけられる可能性は、大幅に低下いたしました。』


 数秒後。


 すぐに返信が届く。


『了解した。』


 凛らしい短い返事。


 続いて。


『復旧は私が引き継ぐ。』


『君も休んで。』


 摩夜からも簡潔な返信が届いた。


 聖奈は自然と表情を和らげる。


 三人とも、それぞれ役割が違う。


 けれど目指すものは同じだった。


 勇者を守ること。


 その一点だけは、誰一人ぶれることはない。


「真利さん。」


 聖奈は静かにモニターへ視線を向ける。


 相関図に残る赤い部分は、もう多くない。


「あなたが諦める方ではないことは存じています。」


「ですが。」


「勇者様へ力づくで手を伸ばせる時代は、これで終わりです。」


 穏やかな声だった。


 勝ち誇るでもなく、相手を見下すでもない。


 ただ、一つの戦いが終わったことを告げるように。


 聖奈はゆっくりとモニターの電源を落とした。


 これで。


 凛の剣は役目を終えた。


 摩夜の知略も役目を終えた。


 そして聖奈の資本による戦いも、ここで幕を閉じる。


 次に盤上へ駒を進めるのは――。


 真利・R・ヴァインだった。



――――――



 アメリカ。


 真利・R・ヴァイン専用オフィス。


 床から天井まで届く窓の向こうには、摩天楼の夜景が広がっている。


 しかし、その絶景に目を向けることなく、真利は静かに一枚の報告書を閉じた。


 部屋には沈黙だけが流れている。


 秘書も。


 幹部も。


 誰一人、口を開けなかった。


 机の上へ積み重なる資料は、どれも似た内容ばかりだった。


 企業価値の下落。


 買収完了の報告。


 主要株主変更。


 経営権喪失。


 資本提携解消。


 契約停止。


 信用格付け引き下げ。


 まさしく壊滅。


 世界中の経営者なら、卒倒しても不思議ではない損害だった。


 それでも。


「なるほど。」


 真利は静かに笑った。


「ここまでですか。」


 苦笑でもなければ、自嘲でもない。


 純粋な感心だった。


「わたくしの負けですわね。」


 そう言って、もう一枚資料を手に取る。


 アーク・アーマメント・システムズ。


 現在の支配株主。


 西園寺グループ。


「こちらも。」


 オムニスフィア・ネットワークス。


 支配株主。


 西園寺グループ。


 さらに次。


 その次。


 その次も。


 かつて自分の企業だった名前が、次々と西園寺の名へ置き換わっている。


「見事ですわ。」


 怒りはなかった。


 悔しさもない。


 あるのは、評価だけ。


「最初に仕掛けたのは剣崎凛さん。」


 資料を一枚めくる。


「物理的な破壊。」


「軍需企業へ直接打撃を与え、市場へ不安を植え付けました。」


 次。


「黒沼摩夜さん。」


「情報。」


「ネットワーク。」


「信用。」


「企業価値そのものを崩しました。」


 そして。


「最後が。」


 真利は自然と笑みを深くした。


「西園寺聖奈さん。」


 企業一覧へ視線を落とす。


「市場心理を利用し、暴落した企業を一つ残らず拾い上げる。」


「お見事です。」


 拍手したいくらいだった。


 三人とも、自分の役割を完璧に理解している。


 武。


 知。


 財。


 それぞれが一切重複せず、一つの戦略として完成していた。


「つまり。」


 真利は椅子へ深く身を預ける。


「わたくしは。」


「勇者様だけではなく。」


「勇者様の仲間まで、甘く見積もっていましたのね。」


 それは失敗だった。


 動画では分からない。


 実際にぶつかって初めて理解できる価値というものがある。


 西園寺聖奈。


 剣崎凛。


 黒沼摩夜。


 三人とも、想定を大きく上回っていた。


「評価を修正いたしましょう。」


 真利は静かにつぶやく。


「危険度。」


「最上位。」


「優先監視対象へ変更。」


 秘書が慌てて入力していく。


 真利は続けた。


「ですが。」


 そこで言葉を切る。


 ゆっくり窓の外を眺めた。


 世界中の企業を失った。


 積み上げてきた資産も、大きく減った。


 普通なら敗北。


 普通なら再起不能。


 しかし。


「問題ありませんわ。」


 即答だった。


「元より。」


「勇者様を手に入れられるのでしたら。」


「企業など何社失っても構いません。」


 秘書が思わず息をのむ。


 その言葉に一切の誇張はない。


 真利は本気だった。


「企業は作れます。」


「お金も稼げます。」


「市場も、いずれ取り戻せます。」


 だが。


 勇者は違う。


「勇者様は。」


「世界にお一人しか存在しません。」


 その価値だけは、何一つ変わらない。


 いや。


 むしろ今回の一件で、さらに確信した。


「ここまで優秀な方々が。」


「全財産を投じ。」


「人生を懸け。」


「全力で守ろうとする存在。」


 そんな人物が、価値の低いはずがない。


 むしろ逆だった。


 自分の評価は、まだ甘かった。


 真利は静かに笑う。


「勇者様。」


「あなたという資産価値を。」


「わたくしは、まだ正しく評価できていなかったようですわ。」


 机の上には、赤字だらけの報告書。


 失われた企業。


 失われた資産。


 失われた支配権。


 だが。


 真利の瞳から光が失われることはなかった。


 むしろ以前よりも強く輝いている。


「投資とは。」


 誰へ語るでもなく、小さくつぶやく。


「価値があると信じるものへ、資産を投じること。」


 そして。


「わたくしは。」


「最初から決めております。」


 迷いなく口角を上げた。


「すべてを。」


「勇者様へ投資すると。」



 静まり返った執務室。


 真利は窓際から離れると、一つの金庫へ歩み寄った。


 指紋認証。


 虹彩認証。


 静脈認証。


 幾重もの認証を終え、重厚な扉がゆっくりと開く。


 その中には、一冊の分厚いファイルだけが収められていた。


 表紙には題名すら書かれていない。


 真利はそのファイルを取り出し、静かに机へ置く。


 ページを開く。


 そこには、今回失った企業とは一切関係のない組織図が記されていた。


「……よかったですわ。」


 小さくつぶやく。


「先に準備を始めていて。」


 今回、西園寺グループに奪われた企業は数多い。


 しかし。


 この計画だけは違う。


 必要となる資本は、かなり以前から少しずつ。


 本当に少しずつ。


 気付かれない程度に。


 各企業から切り分け、別管理として積み立てていた。


 どこか一社へ依存しない。


 どこか一社が失われても影響しない。


 それは、真利自身が最も重要視していた計画だったからだ。


「結果的に。」


「正解でしたわね。」


 もし準備を後回しにしていたなら。


 今頃、その構想ごと西園寺グループへ渡っていただろう。


 だが。


 今、その資本はどこにも属していない。


 既に切り離されている。


 誰にも触れられない場所で。


 静かに、その時を待っている。


 真利は書類をめくる。


 設立予定の法人。


 専門人材。


 法務。


 金融。


 国際規制。


 運営体制。


 世界規模での展開計画。


 必要な準備は、ほとんど終わっていた。


「後は。」


 最後の一手だけ。


 それが完成すれば。


 世界は再び動き始める。


 真利は自然と口元を緩める。


「西園寺聖奈さん。」


「今回は、あなたの勝ちですわ。」


「ですが。」


 その声に落胆はない。


 まるでチェスで一局負けただけのような穏やかさだった。


「勝負は、まだ終わっておりません。」


 企業を失った。


 資産も減った。


 支配力も大きく後退した。


 それでも。


 真利の目的は最初から一つしかない。


 勇者。


 一ノ瀬晴人。


 そのために必要なら。


 会社など何社でも作り直せる。


 資産など何度でも築き直せる。


「わたくしも。」


 静かにファイルを閉じる。


「次の手を打たせていただきます。」


 金庫へ再びファイルを戻す。


 重い扉が閉まり、最後の電子ロックが作動した。


 誰にもまだ知られていない。


 誰にもまだ気付かれていない。


 次の一手は、既に盤上へ置かれている。


 後は。


 動かすだけだった。


 真利は夜景を見下ろしながら、小さく微笑む。


「勇者様。」


「次は。」


「もっと面白い世界を、お見せいたしますわ。」


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