第54話 祝・収益化! 炎の勇者チャンネル、生配信始めます!
橘との打ち合わせが終わり、テーブルの上には資料の束が残っている。
五千億円。
その現実離れした数字を見てもなお、ハルトだけはいつもと変わらない様子だった。
「いやー、やっと全部終わったな!」
大きく伸びをしながら笑うハルトに、結衣は苦笑する。
「普通は『やっと』で済む話じゃないんだけどね……」
「そうでしょうか?」
聖奈は優雅に紅茶を口へ運びながら微笑んだ。
「勇者様のお力を考えれば、この程度の手続きは必要な準備に過ぎません」
「いや、その感覚も十分おかしいからね?」
結衣の即座のツッコミに、凛も真剣な顔でうなずく。
「確かに、税務というものは敵より手強いな」
「そこまで真顔で同意されると困る!」
賑やかな空気の中、ハルトは何かを思いついたように手を打った。
「あっ!」
「……その『あっ』は嫌な予感しかしないんだけど」
「せっかくだしさ!」
目を輝かせる。
「収益化記念で生配信しようぜ!」
一瞬、部屋が静まり返る。
最初に反応したのは陽葵だった。
「素敵だと思います!」
ぱあっと笑顔を咲かせる。
「ちょうど皆さんも結果を楽しみにしてくださっていましたし、ご報告配信でしたら喜んでいただけると思います」
「だよな!」
ハルトは満足そうにうなずく。
「黄金ドラゴンの結果も言えるし、収益化も始まったし!」
「あと会社もできたよな!」
「そうそう!」
嬉しそうに指を折って数え始める。
「会社作ったって報告してさ、今後のことも話して、雑談もして……」
「それで終わり?」
「うん!」
「企画は?」
「ない!」
「進行表は?」
「ない!」
「配信内容の台本は?」
「ない!」
「コメント対応は?」
「陽葵!」
「丸投げぇぇぇっ!」
結衣が頭を抱える。
しかし、当の陽葵は困った様子もなく穏やかに笑っていた。
「お任せください。雑談配信でしたら、その場の流れで十分盛り上げられます」
「さすが!」
ハルトが親指を立てる。
「俺もそう思ってた!」
「だからって本当に何も決めなくていい理由にはならないから!」
結衣は大きくため息をついた。
だが、そんな様子を見た摩夜が静かに口を開く。
「まあ、生配信は作り込むより自然体の方が人気は出やすいよ」
「そうなの?」
「君たちの場合は特にね」
摩夜は淡々と説明する。
「普段の掛け合いを見たい視聴者も多い。むしろ台本を作り込みすぎると違和感が出る可能性がある」
「ほら!」
ハルトは勝ち誇ったように笑う。
「自然体でいいって!」
「それを偶然正解引いただけで威張らないで!」
またツッコミが飛ぶ。
部屋中が笑いに包まれた。
その笑顔を見ながら聖奈が静かに言う。
「では、スタジオの手配は済ませておきます」
「お願い!」
「配信機材も最新のものをご用意いたします」
「助かる!」
「ネット回線も万全にしておきます」
「ありがと!」
聖奈は当然のようにメモを取り始める。
凛は護衛計画を考え始め。
摩夜はコメント監視体制を組み。
陽葵は配信画面の構成を思い浮かべている。
結局。
いつものように。
ハルトが思いつきで言い出し。
仲間たちが全力で形にしていく。
それが今の炎の勇者チャンネルだった。
◇
そして迎えた当日。
西園寺グループが所有する撮影スタジオ。
広々とした室内には複数台の高性能カメラ。
照明。
大型モニター。
音響設備。
配信用の最新機材がずらりと並び、以前まで自宅で撮影していた頃とは比べ物にならない環境が整えられていた。
「……すごいなぁ」
ハルトはきょろきょろと辺りを見回す。
「これ全部、配信に使うのか?」
「はい」
聖奈が微笑む。
「本日はこちらのスタジオを貸し切っております」
「さすがスポンサー……」
「いえ、今回は株式会社炎の勇者として利用しております」
「おお!」
ハルトは嬉しそうに笑った。
「会社っぽい!」
「会社なんだけどね!」
結衣がすかさず返す。
その一方で、彼女は内心落ち着かなかった。
(……本当に大丈夫かな)
生配信には編集がない。
言い間違えても。
失言しても。
全部そのまま世界へ流れる。
しかも今日は、黄金ドラゴンや会社設立など、大きな発表がいくつもある。
(事前に話す順番くらい決めておけばよかったかな……)
そんなことを考えていると。
「結衣さん」
陽葵が優しく声を掛けた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「皆さんと一緒でしたら、きっと楽しい配信になります」
柔らかく微笑む。
「それに、ハルトさんは自然にお話しされる方が魅力的ですから」
「……それはそうなんだけどね」
結衣も少しだけ笑みを浮かべた。
確かに。
考えすぎるより、いつも通りが一番なのかもしれない。
「皆さん、五分前です」
スタッフの声が響く。
一気に空気が引き締まる。
ハルトたちは配信用の席へ着いた。
中央にハルト。
隣に結衣。
その横へ聖奈、凛、摩夜、陽葵が並ぶ。
モニターには待機画面。
開始前にもかかわらず、視聴者数はものすごい勢いで増え続けていた。
「十万人突破しました」
スタッフの報告。
「えっ、もう?」
ハルトが驚く。
「まだ始まってないぞ?」
「通知だけで集まってくださっているようですね」
陽葵が画面を見ながら穏やかに答える。
「すご……」
ハルトは思わず笑ってしまう。
「みんな楽しみにしてくれてたんだな」
その言葉に、メンバー全員が自然とうなずいた。
「三十秒前です」
カウントダウンが始まる。
二十秒。
十秒。
結衣は最後に深呼吸をした。
(もう考えても仕方ない)
(なるようになれ!)
「五」
「四」
「三」
「二」
「一」
赤いランプが点灯する。
配信開始。
待機画面が切り替わり、世界中へスタジオの映像が流れ始めた。
ハルトはいつもの笑顔でカメラへ向かって手を振る。
「みんな、こんばんはー!」
隣の結衣も笑顔で続く。
「こんばんは!」
聖奈、凛、摩夜、陽葵も順番に視聴者へ頭を下げる。
「今日は炎の勇者チャンネル初の公式生配信に来てくれて、本当にありがとう!」
ハルトの声は弾んでいた。
「今日は収益化記念ってことで、みんなにいろいろ報告したいことがあるんだ!」
その一言で、コメント欄は一気に加速し始めた。
「それじゃあ!」
ハルトは嬉しそうに手を合わせた。
「まず最初の報告なんだけど――」
わずかにもったいぶるように笑ってから、カメラへ向かって親指を立てる。
「炎の勇者チャンネル、収益化できましたー!」
ぱちぱちぱち、とメンバー全員が拍手する。
結衣も笑顔で拍手しながら、
「ありがとうございます!」
と頭を下げた。
陽葵も柔らかな笑みを浮かべる。
「いつも応援してくださる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」
凛も姿勢を正し、
「皆様の応援が主の力となっております」
聖奈は優雅に微笑み、
「心より感謝申し上げます」
摩夜も小さくうなずいた。
「今後も面白い動画を届けられるよう頑張るよ」
綺麗にまとまった。
――はずだった。
『いや今さら!?』
『そこ!?』
『収益化してなかったの!?』
『登録者何人いると思ってるんだwww』
『世界一有名な未収益チャンネル』
『今まで全部趣味だったのかよ』
『黄金ドラゴンより先に収益化報告なの草』
『逆だろ普通www』
コメント欄が一瞬でツッコミ一色になる。
「あれ?」
ハルトが首をかしげた。
「そんな驚くことか?」
「いや驚くよ!」
結衣がすかさず突っ込む。
「普通は登録者が増えたら真っ先に収益化するんだから!」
「そうだったっけ?」
「そうだよ!」
さらにコメントが流れる。
『忘れてたの?』
『絶対忘れてた顔』
『言え』
『白状しろw』
ハルトは少しだけ視線を泳がせた。
「……実は。」
ぽりぽりと頬をかく。
「すっかり忘れてた!」
『知ってたwww』
『やっぱりwww』
『承認欲求はあるのに金には興味ない男』
『再生数しか見てねぇ』
『忘れるものなの!?』
「いやー」
ハルトは照れ笑いする。
「動画が伸びたとか、コメント増えたとか、そっちばっかり見てたからさ」
「この前、橘さんに『収益化申請はされていますか?』って聞かれて」
「『……あ。』ってなったんだよな」
「なったんだよな、じゃない!」
結衣が思い切り突っ込む。
「私もその場で『あっ』ってなったけど!」
『お前もかーい!』
『運営ぇぇぇ!』
『編集担当まで忘れてたw』
『このチーム大丈夫かwww』
「いや、だって!」
結衣は慌てて弁解する。
「ハルトが次から次へと変な企画持ってくるから!」
「黄金ドラゴン作ったり!」
「深海行ったり!」
「心霊スポット行ったり!」
「毎回事件が起きるから収益化どころじゃなかったの!」
「なるほど!」
「納得しない!」
再び笑いが起こる。
コメント欄も勢いを増していく。
『他のメンバーは?』
『誰も気付かなかったの?』
『スポンサーは?』
『配信者は!?』
『誰か止めろw』
陽葵がコメントを読み上げる。
「『皆さんは気にならなかったんですか?』とのことです」
「あー」
ハルトはみんなを見る。
「そういえば聞いたことなかったな」
最初に答えたのは聖奈だった。
「私は勇者様が楽しく活動できる環境を整えることが役目ですので」
穏やかに微笑む。
「収益については、必要になれば自然と整うものだと思っておりました」
『スポンサーつよい』
『金持ちの余裕』
『説得力しかない』
『さすが令嬢』
続いて凛。
「私も同じです」
真面目な顔でうなずく。
「主のお傍で護衛できるのであれば、それ以上に望むものはありません」
「報酬の有無は重要ではありませんでした」
『騎士だ』
『忠誠心が重い』
『この人だけ世界観違うw』
『ガチで金に興味ない』
摩夜も肩をすくめる。
「私も別に」
「君と一緒に動画を作る方が面白かったし」
「収益が必要なら、その時に考えればいいかなって」
『さらっと言う』
『この人もズレてる』
『分析担当なのにw』
『誰も経営してねぇ』
最後は陽葵だった。
彼女は少しだけ照れたように微笑む。
「私は……」
「ハルトさんと一緒に配信ができるだけで十分幸せでした」
「なので、お金のことは一度も気にしたことがありません」
『天使』
『癒やされた』
『かわいい』
『この子だけ空気が浄化される』
『尊い』
全員の答えを聞いたハルトは満足そうに笑う。
「ほら!」
「みんなそんな感じだったんだよ!」
「いや!」
結衣だけが勢いよく身を乗り出した。
「そんな感じだった、で済ませちゃダメだから!」
「普通はもっと早く申請するの!」
「俺たち普通じゃなかったってことか」
「そこだけは自信満々に言わないで!」
スタジオ中に笑い声が響く。
コメント欄も、
『平和な配信だ』
『この空気好き』
『これが炎の勇者チャンネル』
『結局ツッコミ役しか常識人がいない』
『収益化おめでとう!』
『これからも応援する!』
祝福のコメントで次第に埋め尽くされていった。
収益化の話題がひと段落し、配信はいつもの雑談らしい空気になっていた。
コメント欄は相変わらず高速で流れ続けている。
「えーっと……」
ハルトが画面を眺めながらコメントを追っていく。
「『結衣ちゃん今日もツッコミ頑張って』」
「どういう応援なの、それ!」
笑いが起こる。
その時。
「あ」
ハルトが一つのコメントを見つけた。
「『そういえば黄金ドラゴンのオークションって結果どうなったの?』だって」
「あー!」
結衣も思い出したように声を上げる。
「まだ配信では言ってなかったね」
「そうだった!」
ハルトはあっさりとうなずいた。
「無事に売れたぞ!」
コメント欄が一気に反応する。
『おおおおお!』
『結果きた!』
『いくら!?』
『気になってた』
『まさか数百億?』
『早く!』
期待に満ちたコメントを見て、ハルトは嬉しそうに笑う。
「えっとな」
「最終的に――」
さらりと言った。
「一兆円だった!」
一瞬。
コメント欄が止まった。
まるで全世界の視聴者が同時に思考停止したような数秒間。
そして。
『は?』
『一兆?』
『え?』
『桁』
『桁がおかしい』
『一兆円????』
『聞き間違い?』
『兆????』
『ちょっと待て』
『え??????』
『一億じゃなくて?』
『字幕壊れた?』
『世界最高額じゃね?』
『いや世界最高額だろ』
コメント欄が完全に大混乱になる。
「うわっ」
ハルトが目を丸くした。
「すごい勢いだ」
「すごい勢いじゃないよ!」
結衣が慌ててツッコむ。
「一兆円って普通に言う数字じゃないから!」
「そうなのか?」
「そうなの!」
さらにコメントは止まらない。
『誰が買ったんだ』
『国家予算じゃん』
『頭バグる』
『これニュースになってたやつ?』
『本物だったのか』
『CGじゃなかったの!?』
『いや黄金は本物で動画はCGだろ』
『感覚がおかしくなる』
ハルトは首をかしげながら続ける。
「で、そこから税金とか手数料とかいろいろ引かれて」
「最終的には五千億円くらい手元に入った!」
再び静寂。
そして。
『五千億「くらい」』
『くらいじゃねぇ』
『感覚壊れてる』
『半分持っていかれてるのにまだ五千億』
『人生何周分だよ』
『俺の知ってる高校生じゃない』
『財布どうなってるんだ』
コメント欄はさらに加速していく。
「…………」
結衣は固まっていた。
聖奈も一瞬だけ表情を止める。
摩夜は静かに画面を見つめ。
凛も少しだけ目を瞬かせた。
陽葵だけは穏やかな笑顔のままだ。
(……あれ)
結衣はようやく我に返る。
(普通に全部言っちゃった)
思わずハルトを見る。
本人は「何か問題でも?」という顔をしている。
「ハ、ハルト?」
「ん?」
「その……金額まで全部言っちゃって大丈夫なの?」
「え?」
ハルトは不思議そうに首をかしげた。
「ダメなのか?」
「いや、その……」
結衣は聖奈へ視線を向ける。
「聖奈ちゃん、こういうのって秘密だったり……」
すると聖奈は少しだけ考え込み、
「……いえ」
ゆっくり首を横へ振った。
「問題ありませんね」
「え?」
「今回のオークションは完全に公式な場で行われたものです」
落ち着いた口調で説明する。
「落札価格はいずれ各方面へ公表されますし、税率や手数料も一般的な計算で概算できます」
「つまり」
摩夜が続ける。
「調べれば誰でも分かる情報だよ」
「隠す意味はあまりない」
「あ、そうなんだ」
結衣は少し安心したように胸をなで下ろす。
凛もうなずく。
「護衛対象の資産額を積極的に公開することには思うところがありますが……」
一度言葉を切り、
「既に公知となる情報なら問題ないでしょう」
陽葵も微笑んだ。
「皆さんも結果を楽しみにされていましたし、ご報告できて良かったです」
「なるほど!」
ハルトは納得したように笑う。
「じゃあセーフだった!」
「結果的にはね……」
結衣は苦笑する。
「お願いだから、今度から一回相談してから話そう?」
「了解!」
返事だけは元気だった。
『相談しろwww』
『危なかったw』
『結衣ちゃん胃が痛そう』
『このチームのブレーキ役』
『スポンサーが許可出してるなら安心』
『五千億の高校生爆誕』
『もう国作れるだろ』
『感覚が最後までバグってる』
『でも隠さないところ好き』
コメント欄は驚きと笑い、そして祝福で埋め尽くされていく。
ハルトはそんな画面を見て満足そうに笑った。
「みんなも喜んでくれてるみたいだな!」
「……喜ぶ方向性がちょっと違う気がするけどね」
結衣の小さなツッコミは、コメント欄の勢いにかき消されていった。
「そうだ!」
ハルトが何かを思い出したように声を上げた。
「せっかくだからもう一つ話しておこうかな」
「まだあるの?」
結衣が苦笑する。
「うん!」
ハルトは嬉しそうにうなずいた。
「今さ、会社のオフィスになる建物を探してるんだ!」
『会社!』
『そういえば起業したんだった』
『オフィス作るのか』
『家じゃなくなるの?』
『本格的になってきた』
「今までは俺ん家に集まってたけどさ」
ハルトは笑いながら話す。
「会社作ったし、ちゃんとした拠点があった方がいいよなって」
「現在、西園寺グループの不動産部門にも協力していただきながら探しております」
聖奈が自然に説明を引き継ぐ。
「立地や建物の規模、将来的な拡張性などを考慮し、候補を絞っているところです」
「へぇー」
ハルトは頷きながら続ける。
「動画撮るスタジオは欲しいよな!」
「編集部屋もですね」
結衣が指を折る。
「あと会議室」
「配信部屋!」
陽葵も楽しそうに笑う。
「防音設備が整っていると配信もしやすそうですね」
「トレーニングルームも欲しい」
凛が真面目な表情で言う。
「主が日々鍛錬できる環境は必要です」
「あと魔法の実験室!」
ハルトが勢いよく手を挙げる。
「それは絶対に地下にしてください」
結衣が即答した。
「地上で実験したら建物が消える未来しか見えないから」
「ひどい!」
「過去の実績を見て言ってるの」
『地下実験室w』
『それ必要だわ』
『結衣の説得力』
『スタジオより先に魔法対策室作れ』
『絶対爆発する』
『建物の耐久試験始まりそう』
摩夜も腕を組む。
「サーバールームも欲しいかな」
「データの管理環境はしっかり整えたいし」
「あと配信用の回線は冗長化しておきたい」
「難しいこと言ってる!」
ハルトはよく分からないまま感心していた。
「でもなんかすごそう!」
「分かってないでしょ」
「うん!」
『清々しい』
『理解ゼロw』
『専門家がいる会社は強い』
話はさらに盛り上がる。
「それでさ」
ハルトはふと考え込む。
「候補を聞いてるんだけど」
「五千億円って全然減らないんだよな」
「…………」
結衣が遠い目になった。
「その感覚を高校生が口にする日が来るとは思わなかった」
聖奈も小さく笑う。
「さすがに五千億円を使い切る建物となると、国内でも限られますね」
「むしろ建物だけでは難しいでしょう」
「だよなー」
ハルトは腕を組む。
「スタジオ作って、機材買って、会社作っても、まだ全然余りそうなんだ」
『スケールがおかしい』
『羨ましい』
『建物買っても余るw』
『ビル買え』
『街ごと買えそう』
『夢があるな』
コメントを見たハルトは笑った。
「街は買わないぞ?」
「そんなにいらないし」
「そこは即否定なんだ」
結衣が苦笑する。
するとハルトが、ぽんと手を打った。
「あ!」
「だったらさ!」
「ん?」
「せっかくお金もあるし」
いたずらっぽく笑う。
「他の動画投稿者みたいに豪遊動画とか撮ってみる?」
一瞬、メンバー全員がハルトを見る。
「豪遊動画?」
結衣が聞き返す。
「ほら」
「高い肉食べたり!」
「高級ホテル泊まったり!」
「一日で何百万使ってみた! みたいなやつ!」
「なんか動画投稿者っぽくない?」
『確かにありそうw』
『見てみたい』
『勇者が豪遊w』
『魔法なし企画?』
『いつもと違う動画だ』
コメント欄も意外と好意的だ。
「まあ」
ハルトは肩をすくめる。
「もし受けが悪かったら一回でやめればいいし!」
「たまにはそういう動画も面白そうだよな!」
結衣は少し考えてから笑った。
「確かに、たまには魔法以外の企画も新鮮かもね」
「視聴者さんの反応を見ながら考えてみましょうか」
陽葵も微笑む。
「せっかくですから、皆さんにも楽しんでいただける内容にしたいですね」
「よし!」
ハルトは満足そうに拳を握る。
「じゃあ次の動画候補、一旦それで!」
配信はいつものように、思いつきから次の企画が決まっていくのだった。
「まあ、やってみてもいいんじゃない?」
最初に口を開いたのは結衣だった。
「いつも魔法ばっかりだし、たまには違う企画も新鮮かも」
「一回やってみて反応を見るのは悪くないね」
摩夜も静かにうなずく。
「視聴者層がどういう動画を求めているのか、データも取れる」
「皆さんが楽しんでくださるなら、私は賛成です」
陽葵も柔らかな笑みを浮かべた。
「私も異論はありません」
凛も短く答える。
そして最後に聖奈が優雅に微笑んだ。
「でしたら、その企画で参りましょう」
「おっ!」
ハルトが嬉しそうに身を乗り出す。
「じゃあ正式決定!」
ぱちぱちと自分で拍手する。
『決定早いw』
『いつもの流れ』
『企画会議終了』
『五分で決まった』
『豪遊動画楽しみ』
「でもさ」
ハルトは腕を組んで考え込んだ。
「豪遊って言っても、普通に高い焼肉食べましたとかじゃ面白くないよな」
「それはそうね」
結衣もうなずく。
「今さら数万円とか数十万円使っても、『五千億円あるのに?』ってなりそう」
『確かにw』
『感覚バグってる』
『庶民豪遊は無理だな』
『期待値が高すぎる』
すると聖奈が上品に微笑んだ。
「でしたら、お任せください」
「ん?」
「国内外を問わず、大富豪の方々が利用される施設でしたら、ある程度ご紹介できます」
一同が一斉に聖奈を見る。
「例えば会員制リゾート。」
「プライベートアイランド。」
「超高級列車での周遊。」
「完全貸切のクルーザー。」
「海外の最高級ホテル。」
「あるいは、一般には公開されていない特別な体験などもございます」
「おおーー!」
ハルトの目が輝く。
「なんか急に動画投稿者っぽくなってきた!」
「いや、普通の動画投稿者でもそこまではなかなか行かないけどね?」
結衣が苦笑する。
『スケールw』
『令嬢つよい』
『一般人が知らない世界』
『聖奈さんの知識すご』
『豪遊のレベルがおかしい』
「じゃあさ!」
ハルトは楽しそうに笑う。
「聖奈におすすめを教えてもらって、その中から面白そうなのを選ぼう!」
「承知いたしました」
聖奈は優雅に一礼した。
「勇者様に相応しいプランをご用意いたします」
「なんかワクワクしてきた!」
ハルトの笑顔につられるように、他のメンバーも自然と笑みを浮かべる。
コメント欄も、
『楽しみにしてる!』
『絶対見る』
『次回もリアタイする』
『豪遊動画待機』
『炎の勇者らしい企画になりそう』
と期待の声で埋め尽くされていた。
結衣が時計を見て口を開く。
「さて、そろそろいい時間かな」
「あ、本当だ」
ハルトもモニターを見てうなずく。
「今日は収益化の報告もできたし、オークションの結果も話せたし」
「会社のことも伝えられたな!」
「皆さん、本日はご視聴ありがとうございました」
陽葵が丁寧に頭を下げる。
続いて聖奈、凛、摩夜もそれぞれ一礼した。
最後にハルトがいつもの笑顔でカメラへ手を振る。
「それじゃあ今日はこの辺で!」
「次の動画も楽しみにしててくれよ!」
「またなー!」
「ありがとうございましたー!」
全員が手を振る。
配信終了の画面へ切り替わる直前まで、コメント欄には無数の「おつかれ!」と「次回楽しみ!」が流れ続けていた。
こうして、炎の勇者チャンネル初の収益化記念生配信は大きなトラブルもなく幕を閉じる。
そして次なる企画は――。
五千億円を手にした勇者による、人生初の豪遊動画。
果たしてそれが、世間一般の「豪遊」と同じものになるのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。




