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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第53話 人生最大の振込通知

 休日の午前。


 一ノ瀬家のリビングには、どこか張り詰めた空気が流れていた。


 普段なら休日はテレビが流れ、母がコーヒーを入れ、父が新聞を読んでいる穏やかな時間である。


 しかし今日は違う。


 玄関の前には黒塗りの高級車が止まり、近所の人が思わず二度見するほどの光景になっていた。


「いやぁ、まさか聖奈ちゃんがうちに来るなんてねぇ」


 のんびりと笑うのは、ハルトの父。


 一ノいちのせ 恒一こういち、四十代半ば。


 穏やかな顔立ちで、人当たりの良い会社員だ。


 細かいことはあまり気にしない性格で、ハルトの自由な行動も「若いうちは好きにやればいい」と見守ってきた。


「本当に。テレビで見るような車が家の前に止まってるから、何事かと思っちゃったわ」


 隣で微笑むのは母、一ノいちのせ 美咲みさき


 こちらもおっとりした性格で、ハルトが中学生の頃から動画投稿を始める際も、


「ちゃんと勉強もするならいいんじゃない?」


 と、高価な撮影機材や編集用パソコンの購入を許した人物だった。


 厳しく縛るより、自分で責任を持って挑戦させる。


 それが一ノ瀬家の教育方針である。


「お待たせしました」


 インターホンが鳴り、美咲が玄関へ向かう。


 やがて案内されてきた二人が、丁寧に一礼した。


「本日は突然のお時間をいただき、ありがとうございます」


 西園寺聖奈が優雅に頭を下げる。


 制服ではなく、白を基調とした上品なワンピース姿。


 財閥令嬢らしい落ち着いた雰囲気は、家の中にいても全く変わらない。


「初めまして。一ノ瀬様」


 聖奈の隣へ立つ男性も、深々と頭を下げた。


「私、西園寺グループ法務・税務統括部所属、公認会計士兼税理士のたちばな 浩成こうせいと申します。本日は資産管理についてご説明に参りました」


 三十代後半ほど。


 紺色のスーツを隙なく着こなし、眼鏡の奥には理知的な瞳が光っている。


 西園寺グループでも資産管理を専門とする人物らしく、一つ一つの所作が無駄なく洗練されていた。


「どうぞ、座ってください」


 美咲が笑顔で勧める。


 リビングの大きなテーブルを挟み、


 一方にはハルト、父の恒一、母の美咲。


 向かいには聖奈と橘。


 五人が席へ着いた。


 テーブルの上には湯気の立つ緑茶と、お茶菓子。


 どれだけ重大な話になろうと、お客様にはまずお茶を出す。


 そんな家庭らしい温かさがあった。


「改めまして、本日はありがとうございます」


 聖奈がもう一度頭を下げる。


「私、西園寺聖奈と申します。現在、炎の勇者チャンネルではスポンサーとして、企業との契約や企画の支援を担当しております」


「いつもハルトがお世話になっています」


 美咲が柔らかく微笑む。


「動画も全部見ていますよ。最近は海外のコメントも多くて驚いてしまって」


「ありがとうございます」


 聖奈は嬉しそうに頬を緩めた。


「勇者様……いえ、ハルトさんの魅力が世界へ届いている証拠です」


「勇者様って呼び方、本当に変わらないんだねぇ」


 恒一が苦笑する。


「最初は驚いたけど、動画でも自然だから慣れちゃったよ」


「はい。私にとっては昔からそうでしたので」


 さらりと答える聖奈。


 もちろん前世の意味である。


 しかし事情を知らない両親からすれば、


「そういうキャラ付けなのかな」


 程度の認識だった。


 ハルトも横で笑う。


「聖奈は昔からこうなんだよ」


「そうなんだねぇ」


 恒一は深く追及しない。


 息子の交友関係を信頼しているからこその反応だった。


 橘が名刺を二枚取り出し、両親へ差し出す。


「改めまして、橘でございます。本日は税務面、法務面、資産保全についてご説明させていただきます」


「よろしくお願いします」


 二人も丁寧に受け取った。


「ところで」


 恒一が苦笑しながら言う。


「電話では『どうしても保護者同席で説明したいことがあります』って聞いたんですが……そんなに大変な話なんですか?」


 その言葉に、橘は一瞬だけ聖奈と視線を交わした。


 聖奈が小さくうなずく。


「はい」


 橘は静かに口を開く。


「本日お伺いした理由は一つです」


「先日、ハルトさんが制作された黄金竜像ですが――」


 そこで一度言葉を区切る。


「無事、オークションが終了いたしました」


「おぉ!」


 ハルトが嬉しそうに身を乗り出す。


「ちゃんと売れたんですね!」


「はい」


 聖奈も優しく微笑んだ。


「世界中から非常に多くの入札があり、最後まで激しい競り合いとなりました」


「よかったな、ハルト」


「すごいじゃない」


 両親も素直に喜ぶ。


 息子が頑張って作った作品が評価された。


 まずはその事実が嬉しかった。


 だが。


 橘だけは笑っていなかった。


「問題は、その落札価格です」


 その一言で、部屋の空気が少しだけ変わる。


 橘は持参した黒い革製の書類ケースへ手を伸ばえた。


「本来であれば、代金のお振り込み手続きは既に完了しております。しかし、この金額になりますと未成年者本人だけでなく、ご両親への事前説明が法的・実務的に不可欠であると判断いたしました」


 書類が静かにテーブルへ置かれる。


 ハルトは首をかしげた。


「そんなに高く売れたんですか?」


 聖奈は苦笑しながら答える。


「……はい、勇者様。」


「私も、ここまでとは予想しておりませんでした」


 そして橘は、ゆっくりと書類を開いた。


「それでは、まず落札結果からご説明いたします」


 そう言って、一枚目の資料を全員の前へ滑らせた。



 資料を受け取った恒一と美咲は、並んで一枚目へ目を落とした。


 そこには大きく、


『黄金竜像 最終落札価格』


 と記されている。


 その下には、誰が見ても目を疑う数字が並んでいた。


『落札価格 一兆円』


「…………」


 一瞬。


 リビングから音が消えた。


 美咲が二度、三度と数字を見返す。


 恒一も眼鏡を外し、目をこすってからもう一度資料を見る。


「……えっと」


 恒一が口を開いた。


「ゼロ……合ってる?」


「はい」


 橘は冷静に答える。


「一兆円でございます」


「いっ……」


 美咲が固まった。


「一兆……?」


「はい」


「兆?」


「はい。一兆円です」


 確認するたびに同じ答えが返ってくる。


 ようやく恒一は、乾いた笑いを漏らした。


「いやいやいや……」


「ハルト、お前……」


「そんなに売れたのか?」


 当の本人は資料をのぞき込みながら、


「おぉー!」


 と素直に目を輝かせた。


「一兆円ってすごいな!」


「他人事みたいに言うな」


 思わず父が突っ込む。


「お前が作ったんだぞ」


「そうだった」


 ハルトはあっさり納得した。


「でも、世界中の人が動画を見てくれたおかげだよな。やっぱりドラゴンって人気あるんだなぁ」


 その感想に、橘は内心で頭を抱えそうになる。


 世界中の富豪、国家系ファンド、巨大企業が札束で殴り合った結果が、その一言で片付けられてしまった。


 聖奈はそんなハルトを見て、どこか誇らしそうに微笑んでいる。


「勇者様の作品ですから」


「世界最高額になるのも当然でございます」


 恒一と美咲は顔を見合わせた。


 数秒後。


 二人は同時に笑った。


「いやぁ……」


「うちの子、すごいわねぇ」


 驚きはもちろんある。


 だが、それ以上に。


 小さい頃から何かを作るのが好きで、夢中になると寝ることも忘れる息子を知っている。


 その延長線上に今があるのだと思えば、不思議と納得できてしまう。


「昔から変なことばっかりしてたけど」


 恒一は笑う。


「まさか世界一になるとは思わなかったな」


「本当ねぇ」


 美咲も嬉しそうにうなずく。


「頑張ってきたものね」


 ハルトは少し照れくさそうに頭をかいた。


「えへへ」


 その和やかな空気を見届けてから、橘は改めて資料を一枚めくる。


「続いて、実際にお振り込みされる金額についてご説明いたします」


 二枚目には税額、各種手数料、代理出品費用などが細かく一覧になっていた。


「オークション会社への手数料、各種経費、そして税務上必要となる納税額などを差し引いた結果――」


 橘は静かに告げる。


「ハルトさんがお受け取りになる予定額は、およそ五千億円となります」


「五千億」


 恒一がその数字を繰り返した。


「五千億ねぇ」


「五千億円かぁ」


 美咲もつぶやく。


 二人とも既に感覚が壊れ始めていた。


「一兆円を見たあとだと、半分くらいになっちゃったのねって思っちゃうわ」


「十分すぎるんだけどな」


 恒一が苦笑する。


「十分どころじゃないと思うよ、お父さん」


 ハルトが笑う。


「俺、一生遊べる?」


「遊びすぎるな」


「はーい」


 橘は資料をさらに数枚めくりながら説明を続けた。


 今後の納税手続き。


 資産保全。


 銀行との調整。


 金融機関側の本人確認。


 未成年であることを踏まえた各種契約。


 高額資産保有者として想定される防犯対策。


 必要な届け出。


 今後のスケジュール。


 一つ一つ丁寧に説明が進み、その都度、聖奈が補足を入れていく。


 説明だけで一時間近くが過ぎた。


 ようやく一通りの連絡事項が終わり、橘が資料を閉じる。


「以上が、現時点で必要となるご説明でございます」


 その言葉に、一同は小さく息をついた。


 すると恒一が腕を組みながら、何気なく口を開く。


「なるほどなぁ」


「そういうことなら、ハルトの扶養も外さなきゃならないかもしれないな」


「ええ、そうね」


 美咲もうなずく。


「収入がこれだけあるんだもの」


「…………えっ?」


 橘の口から、思わず間の抜けた声が漏れた。



「扶養を外す……?」


 橘は目を瞬かせた。


「失礼ですが、一つ確認させてください」


「はい?」


 恒一が首をかしげる。


「ハルトさんの動画事業による収益は、これまでどのように管理されていたのでしょうか」


「動画事業?」


「はい。炎の勇者チャンネルです」


 橘は当然のように続ける。


「現在、世界有数の視聴者数を誇る動画チャンネルです。あの規模であれば、広告収入だけでも相当な額になっているはずですが」


 その言葉に。


 リビングが静まり返った。


 ハルトだけが、


「あっ」


 と思い出したような声を出す。


「広告収入?」


「はい」


「そういえば、そんなのもあったね」


 ぽわん、とした笑顔で答える。


「たぶん申請してないから、ないんじゃない?」


「…………」


「…………」


「…………」


 橘。


 聖奈。


 そして両親まで固まった。


「申請……していない?」


 橘がゆっくり聞き返す。


「うん」


 ハルトは悪びれる様子もない。


「俺、お金目的で始めたわけじゃないし」


「動画をたくさんの人に見てもらいたかっただけだからさ」


「だから収益化って、後からでいいかなって思ってた」


 さらりと言い切る。


 中学生の頃から動画を始めたハルトは、機材も親に買ってもらい、お小遣いにも困ったことはなかった。


 高校生になってからも、聖奈が企画に必要なものはスポンサーとして手配してくれる。


 欲しい物も、食べたい物も、高級車も豪邸も。


 そこまで強く欲しいと思ったことがない。


 それよりも。


「コメント増えてる!」


「登録者百万いった!」


「世界中で話題になってる!」


 そういう反応を見る方が、何倍も嬉しかった。


 ハルトにとって動画とは、お金を稼ぐ手段ではない。


 世界中から「すごい」と言ってもらうための場所だった。


「だから……」


 ハルトは本気で不思議そうに言う。


「収益って別になくても困らなかったし」


「動画出せればいいかなって」


 橘は言葉を失った。


 世界最高峰の動画チャンネル。


 世界中の企業が広告を出したがる巨大媒体。


 その運営者が、


「収益化していない」


 そんな前代未聞の事例など聞いたことがない。


 恒一が苦笑した。


「ああ、なるほど」


「こいつならやりかねない」


「昔からだものねぇ」


 美咲も笑う。


「好きなことをやってる時、お金のこと全然考えない子だから」


「ゲームを作っても友達に無料で配っちゃうし」


「工作を作っても近所の子にあげちゃうし」


「欲がないというか……」


「ズレてるというか」


「そんな感じなんですよ」


 橘は額へ手を当てた。


 税務の世界で何千人もの資産家を見てきた。


 だが。


 五千億円を受け取る予定の高校生が、


「広告収入? そういえばあったね」


 と言ったのは初めてだった。


 隣では聖奈が小さくため息をつく。


「勇者様らしい、としか申し上げられませんね」


「だよな!」


 ハルトはなぜか褒められたと思って笑っている。


「それなら」


 聖奈が気持ちを切り替えた。


「結衣さんにも来ていただきましょう」


「共同管理者ですから、この件は無関係ではありません」


「そうだな」


 ハルトはスマートフォンを取り出した。


 すぐに幼馴染の連絡先を開く。


『結衣ー。今、家に来られる?』


 送信して数秒。


 すぐに返信が返ってきた。


『行けるよー! 三分!』


 あまりにも結衣らしい返事に、ハルトは思わず笑う。


「来るって」


「相変わらず近いですね」


 聖奈もくすりと笑った。


 橘はまだ状況を整理しきれていなかった。


 炎の勇者チャンネルの共同管理者。


 それはつまり、収益化された場合の権利者でもある。


 特別改定していない限り、利益配分は基本的に五〇対五〇。


 もし今から収益化手続きを行えば――


 世界最高峰の動画チャンネルから生まれる莫大な広告収益は、


 ハルトだけではなく、共同運営者である如月結衣にも同等に分配されることになる。


 橘は静かに息を吐いた。


(……今日は、まだ驚くことが続きそうですね)



 ピンポーン。


 インターホンが鳴るより早く、


「お邪魔しまーす!」


 聞き慣れた元気な声が玄関から響いた。


「結衣ちゃん、いらっしゃい」


「おばさん、お邪魔します!」


 まるで自分の家のような自然さで靴を脱ぎ、そのままリビングへ歩いてくる。


 幼い頃から何度も遊びに来ているため、一ノ瀬家ではすっかり家族同然の扱いだった。


「ハルトー、急に呼び出してどうしたの?」


 そう言いながらリビングへ入ってきた結衣は、


「あれ?」


 見慣れないスーツ姿の男性を見つけて足を止めた。


「こんにちは、結衣さん」


 聖奈が立ち上がる。


「急なお呼び立てをして申し訳ありません」


「聖奈もいたんだ」


 結衣は首をかしげながら席へ着いた。


「何かあったの?」


「実はですね」


 橘が名刺を差し出す。


「私は西園寺グループで税務を担当しております橘と申します」


「炎の勇者チャンネルについて、ご相談がございます」


「え?」


 結衣はハルトを見る。


「ハルト、また何かやった?」


「黄金のドラゴンが一兆円で売れた」


「へぇ、一兆円……」


 そこまで言って、


「……は?」


 結衣の動きが止まった。


「え?」


「一兆?」


「うん」


「一兆円」


「…………」


 数秒の沈黙。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 リビング中に絶叫が響いた。


「ちょ、ちょっと待って!」


「一兆円!?」


「国家予算みたいな金額なんだけど!?」


「税金とか手数料で半分くらいになるらしい」


 ハルトがのんびり説明する。


「だから実際は五千億円だって」


「『だから』じゃないのよ!」


 結衣は勢いよく机を叩いた。


「半分になっても五千億だから!」


「そんなツッコミ初めて聞いた」


「私だって初めて言ったわよ!」


 橘は軽く咳払いをする。


「本題はここからです」


「如月さんは炎の勇者チャンネルの共同管理者で間違いありませんか?」


「はい」


「編集、投稿、各種管理は私も担当しています」


「契約内容を確認したところ、共同運営という扱いになっています」


 橘は資料を結衣へ差し出した。


「そのため、チャンネルを収益化した場合、原則として収益は共同権利者であるハルトさんと如月さんへ、それぞれ五〇%ずつ帰属する形になります」


「…………え?」


 結衣は固まった。


「半分?」


「はい」


「私が?」


「はい」


「そんな馬鹿な」


 橘は静かにうなずく。


「現在の契約関係では、そのようになります」


 結衣はゆっくりとハルトを見る。


「いやいやいや」


「無理無理無理」


「私、編集とか管理とかはしてるけど!」


「動画の中身は全部ハルトじゃない!」


「魔法使ってるのもハルト!」


「みんなが見てるのもハルト!」


「そんな収益を半分も貰えるわけないじゃない!」


 珍しく本気で困惑していた。


 もちろん編集や企画管理には自信がある。


 だが、炎の勇者チャンネルが世界中から注目されている理由は、どう考えてもハルトの魔法だ。


 自分が五割も受け取るなど、結衣には到底納得できなかった。


「でも結衣、いつも編集してくれてるじゃん」


 ハルトは不思議そうに首をかしげる。


「俺一人じゃ動画にならないぞ?」


「それは仕事だから!」


「いや、仕事っていうか幼馴染だから手伝ってるだけだし!」


「半分は多すぎ!」


 橘は二人のやり取りを聞きながら、小さく息をついた。


 普通なら少しでも多く受け取ろうと交渉になる。


 しかし目の前では逆だった。


 譲り合っている。


 聖奈も苦笑する。


「皆さん、本当にお金への執着がありませんね」


「勇者様らしいと言いますか……炎の勇者チャンネルらしいと言いますか」


「でしたら」


 橘は話を整理するように切り出した。


「まずは炎の勇者チャンネルの収益化申請を進めましょう」


「収益が発生しなければ、配分以前のお話になります」


「それと同時に、一つご提案がございます」


 全員の視線が集まる。


「現在、炎の勇者チャンネルは実質的に一つの事業です」


「しかも関係者は、ハルトさんと如月さんだけではありません」


「スポンサーである西園寺さん、撮影や企画に参加されている剣崎さん、黒沼さん、猫宮さんもいらっしゃいます」


「今は皆さん、お金を求めて活動しているわけではないでしょう」


 その言葉に全員がうなずいた。


「しかし、将来も同じとは限りません」


「活動がさらに大きくなれば、新しいメンバーが加わる可能性もあります」


「その時になって揉めるより、今のうちに会社を設立し、利益配分や権利関係を契約として明文化しておくことを強くお勧めいたします」


 リビングが静かになる。


 ハルトはぽつりとつぶやいた。


「会社かぁ」


「炎の勇者チャンネルが?」


 橘は力強くうなずく。


「はい」


「今の規模であれば、それが最も安全で、皆様にとっても最善の選択になるかと存じます」



「では、その方向で進めましょう」


 橘は手帳を開き、今後の手続きを整理し始めた。


「会社形態は株式会社が最も適しているかと思われます」


「動画事業だけでなく、今後のグッズ展開、イベント、スポンサー契約なども見据えると、法人化するメリットが非常に大きくなります」


「株式会社かぁ」


 ハルトはぽつりとつぶやく。


「なんか急に大人っぽい話になってきたな」


「勇者様はもう世界規模の活動をされていますから」


 聖奈が微笑む。


「むしろ今まで法人化されていなかったことの方が奇跡です」


「それもそうか」


 ハルトはあっさり納得した。


 橘は一枚のメモ用紙へ役職を書き始める。


「代表者につきましては、動画の顔であり、企画の中心でもあるハルトさんが代表取締役となるのが自然でしょう」


「俺?」


「はい」


「代表取締役?」


「会社の代表です」


「へぇ」


 ハルトはあまり実感がないまま頷いた。


「じゃあやる」


「軽いなぁ……」


 結衣が苦笑する。


 橘も少し笑ってから続けた。


「そして如月さんには、共同運営者として代表を補佐していただきます」


「役職は専務取締役が適任かと思われます」


「専務……」


 結衣は思わず自分を指差した。


「私が?」


「現在の運営状況を拝見する限り、動画制作、投稿管理、進行管理など、実務の大半を担われています」


「実質的な運営責任者と言って差し支えありません」


「そう言われると断りづらいんだけど……」


 結衣は困ったように笑う。


「でも、みんなが納得するなら頑張る」


「ありがとうございます」


 橘はさらに名前を書き加える。


「西園寺聖奈さんには取締役として、スポンサー対応および対外折衝をご担当いただく形がよろしいでしょう」


「承知いたしました」


「剣崎凛さん、黒沼摩夜さん、猫宮陽葵さんにつきましても、創設時の取締役として登記しておけば、今後の事業展開も円滑になります」


「皆さん、それぞれ重要な役割を担われていますから」


 ハルトはメモをのぞき込んだ。


「なんかみんな会社の偉い人になったな」


「肩書きだけですよ」


 結衣が笑う。


「明日から急に社長っぽくなるわけじゃないんだから」


「そうなの?」


「そうなの」


 橘は最後にもう一つの項目へ目を向ける。


「会社所在地につきましては、いかがいたしましょう」


「自宅登記という方法もございますが……」


「それでしたら」


 聖奈がすぐに口を開いた。


「西園寺グループで物件を手配いたします」


「撮影スタジオとしても利用できる建物をいくつか候補に挙げますので、その中から皆さんでお選びください」


「防犯面も考慮いたします」


「助かるよ」


 ハルトは素直に笑った。


「ありがとう、聖奈」


「勇者様のお役に立てるのでしたら」


 聖奈も嬉しそうに微笑み返す。


 こうして話はまとまった。


 株式会社炎の勇者。


 代表取締役・一ノ瀬ハルト。


 専務取締役・如月結衣。


 取締役・西園寺聖奈。


 そして創設メンバーとして、剣崎凛、黒沼摩夜、猫宮陽葵の六人。


 異世界で出会った仲間たちは。


 現代では、それぞれ違う人生を歩んでいた。


 それでも今、同じ会社の創設メンバーとして名を連ねる。


 魔法でも。


 奇跡でも。


 運命でもない。


 法律という形で結ばれた、現代社会での新しい絆。


 ハルトはその名簿を眺めながら、自然と笑みを浮かべた。


「なんかさ」


「本当にチームになったって感じだな」


 その一言に、


 結衣も、聖奈も。


 その場にいた全員が、静かに笑みを浮かべる。


 異世界では勇者一行。


 そして現代では――


 株式会社炎の勇者。


 それは彼ら六人が、新たな未来へ歩き出すための、最初の一歩となった。

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