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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第51話 金では測れない価値

 金は、人を救う。


 金は、国を動かす。


 金は、戦争すら終わらせる。


 ――少なくとも、彼女はそう信じていた。


 異世界。


 数多の国家が覇権を争い、人類と魔王軍が長き戦乱を続ける時代。


 その世界に、一人の少女がいた。


 名を、メアリ。


 後に「黄金の魔女」「経済の支配者」と呼ばれ、世界経済そのものを支配した天才商人である。


 しかし、その始まりは驚くほど平凡だった。


 地方都市の片隅。


 決して裕福とは言えない、小さな商会。


 父は誠実な商人だったが、大きな利益を得る才能はなく、母も慎ましく家計を支えるだけの、ごく普通の一家。


 誰もが、彼女もまた平凡な商人になるものだと思っていた。


 だが。


「この商品、三日後には値上がりします」


 十歳になったばかりの少女が、店先でそう口にした。


 大人たちは笑った。


 ところが三日後。


 主要街道が土砂崩れで封鎖され、その商品は市場から姿を消し、価格は三倍へ跳ね上がった。


 偶然だと言われた。


「来月、小麦は暴落します」


 今度は誰も信じなかった。


 だが、近隣諸国で豊作が続き、市場には大量の小麦が流れ込み、本当に価格は暴落した。


「鉄鉱石は今のうちに全部買ってください」


「港町へ投資してください」


「この商会とは契約しない方がいいです」


 少女の予測は、一度として外れなかった。


 未来が見えている。


 神託を受けている。


 幸運の女神に愛されている。


 様々な噂が流れたが、そのどれも違う。


 メアリはただ、人よりも圧倒的に速く情報を集め、人よりも深く分析し、人よりも正確に未来を計算していただけだった。


 数字は嘘をつかない。


 市場も嘘をつかない。


 人間だけが、嘘をつく。


 だから彼女は、人ではなく数字を信じた。


 十三歳。


 父の商会は周辺最大の商会へ成長する。


 十五歳。


 王都へ進出。


 十八歳。


 三つの大商会を買収。


 二十歳。


 王国最大の物流網を構築。


 二十二歳。


 四大商会の一角へ数えられるまでになっていた。


 その頃には、彼女の名前を知らない商人はいなかった。


 王侯貴族ですら、彼女を無視できない。


 王国が戦争を始める前には、まずメアリの商会へ相談が来る。


 橋を造るにも。


 港を広げるにも。


 新しい街を築くにも。


 必ず彼女の商会が関わっていた。


「利益になりますか?」


 それが彼女の口癖だった。


 利益になるなら協力する。


 利益にならないなら断る。


 その基準は、王族であろうと変わらない。


 徹底した合理主義。


 感情を挟まない判断。


 それでいて、一度契約した相手には最後まで利益を届ける。


 その誠実さが、さらに信用を呼んだ。


 やがて人々は気付く。


 王国が経済を動かしているのではない。


 メアリが経済を動かしているのだと。


 彼女が物流を止めれば、一週間で物価は倍になる。


 彼女が買い集めれば、市場から商品が消える。


 彼女が投資すれば、新しい街が生まれる。


 そして。


 彼女が撤退すると決めれば、一つの国が滅びることすらあった。


 王は剣で国を守る。


 将軍は軍で国を守る。


 だがメアリは、帳簿一冊で国を支配した。


 いつしか人々は恐れを込めて、こう呼ぶようになる。


「黄金の魔女」


「経済の支配者」


 その名は人類圏だけでは終わらない。


 魔王軍ですら、彼女との取引を望んだ。


 戦場では敵同士でも、市場では客同士。


 利益さえ一致すれば、誰とでも契約する。


 人類にも。


 魔族にも。


 竜族にも。


 彼女にとって重要なのは、種族ではない。


 価値である。


 価値あるものには惜しみなく投資し。


 価値を失ったものは容赦なく切り捨てる。


 その冷徹さこそが、彼女を世界最大の商人へ押し上げた。


 そして、誰もがこう信じていた。


 世界中のあらゆる宝も。


 王国も。


 企業も。


 契約も。


 名誉も。


 欲しいものは、すべてメアリの手に入る。


 ――まだ、その世界に。


 金では決して手に入らない、たった一人の勇者が現れる前までは。



 その日。


 メアリの執務室へ、一人の部下が息を切らして飛び込んできた。


「会長! 緊急報告です!」


 普段ならノックを欠かさない男が、扉を開け放ったまま叫ぶ。


 それだけで、よほどの案件だと分かった。


 メアリは書類から目を離さず問い返す。


「市場ですか?」


「違います!」


「王国の内乱?」


「違います!」


「では魔王軍の侵攻?」


「それでもありません!」


 部下は一枚の報告書を机へ置いた。


「ドラゴンが討伐されました!」


 その一言で、メアリの手が止まる。


「……ほう?」


「北方山脈に住み着いていた災厄級です!」


「被害は?」


「ありません!」


「……ありません?」


「一人の冒険者が単独で討伐しました!」


 部屋が静まり返る。


 災厄級ドラゴン。


 国家騎士団が総出で挑んでも全滅しかねない怪物。


 討伐できたとしても、死体は焼け焦げ、素材も半分以上失われるのが普通だった。


「証拠は?」


「こちらです。」


 差し出されたのは冒険者ギルドが発行した正式な討伐報告書。


 そこには、信じ難い一文が記されていた。


『討伐対象、損傷軽微。素材採取前』


「……損傷軽微?」


 メアリが初めて眉を動かした。


 ドラゴン素材は世界最高級品。


 角。


 牙。


 鱗。


 翼膜。


 骨。


 心臓。


 血液。


 魔石。


 その全てが莫大な利益を生む。


 だが普通は戦闘で大半が失われる。


 だから価値がある。


 しかし。


「死体が、そのまま残っていると?」


「はい!」


「誰が?」


「若い冒険者です。名は……ハルト。」


「ハルト。」


 初めて聞く名前だった。


 S級でも。


 英雄でも。


 王国騎士でもない。


 無名の冒険者。


「買います。」


 返答は一秒も掛からなかった。


 部下も当然というように頷く。


「やはり。」


「素材ではありません。」


 メアリは立ち上がる。


「丸ごとです。」


「え?」


「ドラゴン一体、そのまま買い取りましょう。」


「ですが、それでは保管だけでも莫大な費用が……」


「利益になります。」


 即答だった。


「世界で初めて完全なドラゴンを所有した商会。」


 そのブランド価値だけで投資は回収できる。


 骨格研究。


 魔法研究。


 薬学。


 武器素材。


 展示。


 教育。


 利用方法など無限に存在する。


「冒険者ギルドへ正式依頼を。」


「はい!」


「価格は相場の三倍。」


 部下が目を丸くする。


「さ、三倍ですか!?」


「断られては困ります。」


「……承知しました。」


 こうして。


 異世界最大商会は、正式にドラゴンの買い取り交渉を開始した。


 ――――――


 三日後。


 王都冒険者ギルド。


 特別応接室。


 豪華な調度品が並ぶ部屋へ、一人の少年が入ってきた。


「こんにちは!」


 黒髪。


 人懐っこい笑顔。


 まだ十代半ばほど。


 どう見ても、ごく普通の冒険者。


「遅れてごめん!」


 その姿を見た瞬間。


(……この子が?)


 メアリは内心で首をかしげた。


 この少年が災厄級ドラゴンを倒した?


 到底そうは見えない。


 むしろ近所へ買い物に来た少年のようだった。


「ハルト様ですね。」


「うん。」


「私はメアリと申します。」


「よろしく!」


 握手を求められ、ハルトは何の警戒もなく手を差し出した。


 温かい手だった。


 力強い。


 剣を握り続けてきた者の手。


「今日はドラゴン買ってくれるんだよね?」


「ええ。」


「助かるよ!」


 ハルトは本当に嬉しそうだった。


「置き場所なくて困ってたんだ。」


「……はい?」


「ギルドの裏庭借りてたんだけど、みんな通るたびに邪魔そうだったからさ。」


 メアリは思わず黙り込む。


 災厄級ドラゴンを。


 邪魔な荷物くらいの感覚で置いている。


「素材とか全部好きに使っていいから!」


「丸ごと購入させていただきます。」


「本当!?」


「はい。」


「やった!」


 少年は心から喜んでいた。


 演技ではない。


 値段を吊り上げる様子も。


 駆け引きも。


 一切ない。


(面白い。)


 商人としての勘が、小さく反応した。


 普通なら値切られまいと構える。


 あるいは少しでも高く売ろうと欲を見せる。


 しかし、この少年にはその気配がない。


 利益では動いていない。


「では金貨三万枚で。」


「え?」


「不足でしょうか。」


「いや、多すぎない?」


 今度はメアリが驚く番だった。


「ドラゴンですよ?」


「いや、倒した後は使わないし。」


「価値はご存じでしょう?」


「高いって聞いた。」


「でしたら。」


「そんなにもらっていいの?」


 本気で確認している。


 もっと積み増しを要求するでもなく、値切られる心配をするでもない。


 純粋に相手を気遣っているだけだった。


(利益を知らないのではない。)


(利益より優先する価値観がある。)


 その瞬間。


 商人としての本能が告げた。


 ドラゴンではない。


 本当に価値があるのは、この少年自身だと。


 メアリは静かに微笑んだ。


「ハルト様。」


「ん?」


「私の商会へいらっしゃいませんか?」


「商会?」


「ええ。」


 彼女は迷いなく続ける。


「あなたほどの才能を、冒険者で終わらせるには惜しい。」


「うーん?」


「最高待遇をお約束します。」


 部屋の空気が変わる。


 世界最大商会の会長自らによる、人材獲得。


 それは王族ですら受けたことのない破格の勧誘だった。


「あなたには、それだけの価値があります。」


 メアリの瞳は、初めてドラゴンではなく、一人の少年だけを見据えていた。



 それからというもの。


 メアリは、あらゆる手段でハルトを勧誘した。


「年俸は金貨十万枚でいかがでしょう。」


「そんなにもらっても使い切れないよ。」


 断られた。


「でしたら成果報酬制でも構いません。」


「成果って?」


「あなたが討伐した魔物の利益を分配いたします。」


「え? みんなの安全のために倒してるだけだから、そういうのはいらないかな。」


 また断られた。


「王都に屋敷をご用意いたします。」


「今の宿屋のおじさん、すごく良い人なんだ。」


 断られた。


「専属装備職人を十名。」


「いつもの鍛冶屋さんが作ってくれる剣で十分だよ。」


 断られた。


「専属料理人を。」


「自分で作るの好きなんだ。」


 断られた。


「専属護衛を。」


「俺の方が強いと思う。」


 断られた。


「商会の共同経営者として。」


「難しそうだから遠慮しとく!」


 笑顔で断られた。


 何を提示しても。


 どれほど利益を積み上げても。


 少年は少し困ったように笑いながら首を横へ振るだけだった。


 そして最後には、決まって同じことを言う。


「そんなことより、魔王倒さないと。」


 その一言が、メアリには理解できなかった。


 利益より優先するもの。


 契約より大切なもの。


 世界最高の条件より魅力的なもの。


 そんなものが、本当に存在するのか。


「……不思議な方。」


 気付けば彼女は、報告書を読むたびにハルトの名前を探すようになっていた。


 新しい依頼。


 討伐記録。


 救助活動。


 各地で語られる勇者の噂。


 利益とは無関係なのに、自然と目で追ってしまう。


 しかし。


 ある日を境に、その報告は突然途絶えた。


「会長!」


 部下が駆け込んでくる。


「魔王軍が!」


「ええ。」


「壊滅しました!」


「…………」


 部屋が静まり返る。


 メアリはゆっくり目を閉じた。


 魔王軍壊滅。


 世界中が歓喜する歴史的快挙。


 だが。


 商人である彼女は、その先を理解していた。


「戦争が終わりますね。」


「はい!」


「物流が変わります。」


「はい!」


「軍需も縮小します。」


「はい!」


「……暇になりますね。」


「はい!」


 そこまでは、まだ良かった。


 本当の問題は、その後だった。


 戦争が終われば。


 兵士は仕事を失う。


 騎士団も仕事を失う。


 そして。


 戦時中、敵味方を問わず商売をしていた巨大商会へ、人々の視線が向けられた。


「会長!」


 今度の部下の顔色は真っ青だった。


「王国騎士団です!」


「……来ましたか。」


「商会が包囲されています!」


 窓の外では、何百人もの騎士が建物を取り囲んでいた。


 戦争中は見逃されていた取引。


 人類にも。


 魔王軍にも。


 平等に商品を売り続けた商会。


 それが今になって問題視され始めたのである。


「敵国への利益供与。」


「国家反逆。」


「資産差し押さえ。」


 罪状はいくらでも並べられる。


 勝者は、歴史を書き換える。


 それが戦争だった。


「……ようやくですか。」


 メアリは驚くほど冷静だった。


 こうなる可能性は、何年も前から計算済みだった。


 だからこそ。


 彼女は、一つだけ誰にも秘密にしていた切り札を用意していた。


 机の引き出しを開ける。


 そこには、小さな水晶の首飾りが眠っていた。


 異世界でも伝説級と呼ばれる古代のアーティファクト。


 世界を越えるための、たった一度きりの切符。


 膨大な年月と財産を費やし、世界中から失われた技術を集め、ようやく完成させた秘宝だった。


 本来ならば。


 世界中の市場を巡り、新たな利益を得るために使う予定だった。


 しかし。


 完成した頃には、彼女の目的は変わっていた。


「結局。」


 首飾りを手に取り、小さく笑う。


「最後まで手に入りませんでしたわね。」


 脳裏へ浮かぶのは。


 黒髪の少年。


『そんな難しいことより魔王倒そうぜ!』


『お金ってそんな必要?』


『みんなが助かるなら、それでいいじゃん!』


 何一つ理解できない。


 何一つ計算できない。


 それなのに。


 世界中のどんな宝よりも価値があると、本能だけが告げ続けていた。


「世界最高の投資先。」


 ぽつりと呟く。


「結局、一度も獲得できませんでした。」


 窓の外から、重い音が響く。


「開門せよ!」


「メアリ! 王国騎士団である!」


「大人しく投降しろ!」


 部下たちが慌ただしく駆け回る。


「会長! 逃げてください!」


「裏口を!」


「時間を稼ぎます!」


 メアリは静かに首を横へ振った。


「いいえ。」


 部下たちを見る。


 長年、自分と共に商会を支えてきた仲間たち。


 そして視線を室内へ巡らせる。


 積み上げられた帳簿。


 契約書。


 金庫。


 勲章。


 世界最大商会の証。


 ゼロから積み上げた人生、そのものだった。


 普通なら、捨てられるはずがない。


 だが。


「お金は、また稼げますわ。」


 その一言に、迷いはなかった。


「会社も。」


「財産も。」


「名誉も。」


「市場も。」


「私なら、もう一度築けます。」


 ゆっくりと首飾りを握り締める。


「ですが。」


 その瞳が、初めて数字ではなく一人の人間だけを映した。


「あなたは、もう二度と見失いたくありません。」


 ハルト。


 唯一、自分の手に入らなかった存在。


 世界最高の資産。


 その価値を知りながら、取り逃がした人生最大の損失。


「でしたら。」


 メアリは静かに微笑む。


「市場を変えましょう。」


 世界を捨てる。


 築き上げた全てを捨てる。


 それでも惜しいとは思わなかった。


 なぜなら。


 彼女には確信があった。


 ハルトという存在は、この世界すべてより価値がある。


 古代のアーティファクトが、淡い光を放ち始める。


 その光が彼女の身体を包み込む。


「次こそは。」


 商人らしく。


 勝負を挑むように。


 彼女は不敵に笑った。


「必ず、あなたを手に入れてみせますわ。」


 次の瞬間。


 部屋から、メアリの姿は静かに消えていた。



――――――



 目を覚ました時。


 最初に聞こえたのは、知らない言葉だった。


「Congratulations!」


 柔らかな女性の声。


 眩しい照明。


 温かな腕。


 そして。


(……生きていますの?)


 メアリは、いや――まだ名もない赤子は、ゆっくりと瞼を開いた。


 そこに広がっていたのは、異世界では決して見たことのない光景だった。


 白い天井。


 ガラス窓。


 見たこともない器具。


 魔道具ではない。


 だが魔道具以上に洗練された何か。


(ここが……)


 古代のアーティファクトが導いた世界。


(新しい市場。)


 赤子は、小さく笑った。


 もちろん周囲には、産声を上げたようにしか聞こえなかった。


 ――――――


 それから数年。


 少女は「真利・R・ヴァイン」と名付けられた。


 父は地方都市で働く会社員。


 母は日本人。


 海と牧場しかないような、小さな田舎町。


 異世界の王都とは比べものにならないほど人口は少ない。


 それでも。


(面白い世界ですわ。)


 三歳になる頃には、真利は確信していた。


 自我は消えていない。


 人格も。


 知識も。


 計算能力も。


 すべて、黄金の魔女メアリのままだった。


 違うのは世界だけ。


 そして。


(魔法がありませんのね。)


 何度試しても火は出ない。


 空も飛べない。


 収納魔法も使えない。


 だが、落胆はしなかった。


 魔法がなくとも、人は文明を築いている。


 それだけで、この世界は十分に興味深かった。


 そして五歳。


 父が買ってきた一台の中古ノートパソコンが、真利の人生を大きく変える。


「ネットって便利ねぇ」


 母は何気なくそう言った。


 だが。


(……ネット?)


 真利は画面を覗き込み、その存在を知る。


 世界中の情報が繋がっている。


 誰でも情報を発信できる。


 世界中の商品を売買できる。


 株式市場。


 為替。


 暗号資産。


 電子決済。


 物流。


 広告。


 SNS。


 動画配信。


 異世界なら国家機密として扱われる情報が、指先一つで閲覧できる。


 その日の夜。


 真利は眠れなかった。


(……何ですの、この世界。)


 興奮していた。


 異世界では情報を集めるだけで莫大な費用が必要だった。


 商隊を送り。


 密偵を雇い。


 各国へ支店を置き。


 ようやく一週間前の情報が届く。


 しかし現代は違う。


 リアルタイム。


 しかも無料。


(情報収集の費用が……ほぼゼロ?)


 震えた。


 商人として。


 これほど魅力的な市場を見たことがない。


(面白い。)


 本当に面白い。


 だからこそ。


(まずは元手を作りましょう。)


 結論は早かった。


 前世と違い、今は子供。


 財産も。


 人脈も。


 会社もない。


 ならばゼロから始めるだけである。


 まず彼女が始めたのは、不用品の仲介だった。


 近所で捨てられる家具。


 玩具。


 本。


 食器。


 無料で譲ってもらい。


 磨き。


 写真を撮り。


 中古品として販売する。


 利益は数百円。


 数千円。


 しかし。


(利益率百パーセント。)


 仕入れが無料なら、赤字になりようがない。


 しかも回転が速い。


 資金は少しずつ増えていった。


 次に始めたのは、輸入品の転売だった。


 海外で安く売られている商品。


 国内で高く売れる商品。


 価格差だけを狙う。


 物流費。


 関税。


 手数料。


 広告費。


 すべて計算した上で利益が残る商品だけを扱う。


 利益は一万円。


 五万円。


 十万円。


 資金が増えるほど、扱える商品も増えていく。


(なるほど。)


 真利は満足そうに頷く。


(異世界も現代も、本質は同じ。)


 安い場所で買い。


 価値の高い場所で売る。


 情報の差が利益を生む。


 ただ、それだけ。


 中学生になる頃には、個人事業として十分な利益を生み出していた。


 しかし。


(これでは効率が悪い。)


 真利は、さらに大きな市場へ目を向ける。


 株式市場。


 世界中の企業へ投資できる仕組み。


 会社そのものへ資金を投じ、その成長によって利益を得る。


(面白い発想ですわ。)


 商品ではなく。


 企業へ投資する。


 異世界には存在しなかった概念だった。


 財務諸表を読む。


 市場動向を分析する。


 経営者の発言を見る。


 消費者の動きを追う。


 そして。


「この会社は五年後に伸びますわね。」


 誰も注目していない小さな企業へ投資する。


 数年後。


 その会社は世界的企業となり、株価は何十倍にも跳ね上がった。


 偶然ではない。


 分析である。


 同じことを、何度も繰り返す。


 利益が増える。


 さらに投資する。


 会社を設立する。


 利益を再投資する。


 また利益が増える。


 その循環は雪だるま式に膨らんでいく。


 前世で築いた巨大商会とは違う。


 社員を何万人も抱える必要もない。


 戦争もない。


 物流を支配する必要もない。


 世界中の市場が、最初から一本の回線で繋がっている。


(なんて効率的なのでしょう。)


 異世界なら十年かかったことが。


 現代では一年で終わる。


 距離という概念が薄れ。


 情報が瞬時に届き。


 世界中を相手に商売ができる。


 真利は確信した。


(この世界なら。)


 前世を超えられる。


 世界最大商会。


 黄金の魔女。


 経済の支配者。


 そんな肩書きすら、小さく思えるほどに。


 そして、彼女はまだ知らない。


 ネットの海を眺めながら、何気なく視線を流した動画投稿サイト。


 そこに。


 自分が世界一価値のある資産だと信じ続けた、たった一人の少年が。


 『炎の勇者チャンネル』という名前で活動を始めていることを。



 それから十数年。


 真利・R・ヴァインという名前は、世界の金融業界で静かに知られ始めていた。


 表向きは若き実業家。


 だが実態は。


 投資会社を設立し。


 複数の企業へ出資し。


 世界中へ資産を分散させ。


 誰にも気付かれないまま莫大な利益を積み重ねる、現代最高峰の投資家の一人である。


「現代って、本当に面白いですわ。」


 広い執務室。


 壁一面に並ぶ大型モニターには、世界中の株価、為替、資源価格、物流情報が映し出されている。


 数字は絶え間なく動き続ける。


 その一つひとつが利益へ繋がる可能性だった。


「戦争が起きなくても儲かる。」


「国境を越えなくても商売ができる。」


「社員が寝ている間にも資産が増える。」


 異世界では考えられなかった。


 市場そのものが、あまりにも効率的なのだ。


 おかげで最近は、一日の大半をモニターの前で過ごしていた。


「次はどの市場を取り込みましょうか。」


 新興企業。


 人工知能。


 宇宙開発。


 医療。


 エネルギー。


 興味は尽きない。


 毎日のように新しい商売が生まれ。


 毎日のように世界が変わる。


 退屈する暇など、一度もなかった。


 そんなある日。


 秘書が一枚のタブレットを持って部屋へ入ってくる。


「会長。」


「何でしょう。」


「日本のオークション市場が騒がしくなっています。」


「オークション?」


 真利は軽く視線を向けた。


 珍しい話ではない。


 歴史的な絵画。


 宝石。


 遺物。


 時折、とんでもない価格になる品は存在する。


「今回は何ですの?」


「純金製のドラゴン像です。」


「……はい?」


 真利の指が止まった。


「純金?」


「はい。」


「メッキではなく?」


「中まで純金です。」


「純度は?」


「百パーセントと鑑定されています。」


「…………」


 真利はタブレットを受け取る。


 そこにはニュース映像が流れていた。


『世界初となる、純度百パーセントの黄金ドラゴン像。』


『高さ約五メートル。』


『重量は推定数十トン。』


『製造方法は一切不明。』


『世界中の富豪が入札を表明しています。』


 画面いっぱいに映る黄金のドラゴン。


 その圧倒的な存在感。


 そして。


 どこか見覚えのある造形。


「……あら。」


 真利は小さく首を傾げた。


「このドラゴン。」


 知っている。


 異世界で見た。


 いや。


 正確には。


「ハルトが倒したドラゴンですわね。」


 ぽつりと呟いた。


 その瞬間だった。


「あ。」


 数秒。


 沈黙。


「…………」


 さらに数秒。


「そういえば。」


 真利は、ゆっくり瞬きをする。


「ハルト。」


 その名前を口にした途端。


 前世の記憶が一気に蘇った。


 何度勧誘しても断られた少年。


 利益より人助けを優先した勇者。


 世界で唯一、お金で手に入らなかった存在。


「あらまあ。」


 思わず苦笑する。


「忘れていましたわ。」


 本当に。


 綺麗さっぱり。


 現代の商売が面白すぎたせいで、完全に頭の片隅から消えていた。


「新しい市場。」


「新しい投資。」


「新しい企業。」


「新しい技術。」


 毎日が刺激に満ちていた。


 気付けば十数年。


 ハルトを探すどころではなかったのである。


「これは失礼しました。」


 誰に謝るでもなく、小さく頭を下げる。


 そして。


 椅子へ深く腰掛け直しながら、くすりと笑った。


「取り逃した世界最高の投資先。」


 異世界最後の日。


 自分は確かにそう結論付けた。


「でしたら。」


 ゆっくりと黄金のドラゴン像を見つめる。


「そろそろ回収しませんと。」


 とはいえ。


 今すぐ日本へ飛ぶ必要はない。


 まず優先すべき案件がある。


 真利はニュース画面を指先で拡大した。


 黄金のドラゴン像。


 世界中の資産家が狙う歴史的オークション。


 こんな面白い商売を見逃す理由はない。


「ハルトは逃げません。」


 異世界でも。


 最後まで自由人だった。


 きっと現代でも変わらないだろう。


「ですが。」


 その瞳が、商人の色へ変わる。


「この黄金像は別です。」


 世界中の富豪。


 国家。


 投資ファンド。


 美術館。


 王族。


 あらゆる競争相手が現れる。


 それを正面から叩き潰して競り落とす。


 考えただけで胸が高鳴った。


「まずは。」


 真利は不敵に微笑む。


「オークションへ全力投球ですわ。」


 世界最高の商人は。


 久しぶりに胸を躍らせながら、日本行きの予定表を開いた。

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