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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第5話 王女は世界を越えて

 セラフィアーナが初めてその少年を見たのは、王城の謁見の間だった。


 その日を、彼女は一生忘れられない。


 王国歴七三四年。


 魔王軍の侵攻は激しさを増し、人類圏は滅亡寸前まで追い込まれていた。


 国境の砦は次々と陥落。


 各国の王侯貴族は責任を押し付け合い。


 民は不安に怯え。


 誰もが終わりを予感していた。


 第一王女セラフィアーナも例外ではない。


 当時まだ十六歳。


 王女として常に気丈に振る舞っていたが、心の奥では恐怖に押し潰されそうになっていた。


 そんな中。


 王国に召喚された勇者との初対面の日がやってきた。


 伝承によれば勇者とは神に選ばれし英雄。


 人類最後の希望。


 世界を救う存在。


 セラフィアーナは当然、壮年の大英雄のような人物を想像していた。


 巨大な剣を背負い。


 歴戦の傷を持ち。


 鋭い眼光で魔王軍を睨むような男。


 少なくともそんな姿を思い描いていた。


 だが。


「……え?」


 謁見の間へ案内された少年を見た瞬間。


 セラフィアーナは思わず間抜けな声を漏らしてしまった。


 黒髪。


 黒い瞳。


 細身。


 そして――。


「子供……?」


 思わず呟いてしまう。


 だが直感的に。


 どう見ても戦士ではなかった。


 年齢も自分と大差ない。


 むしろ少し年上程度。


 剣士にも見えない。


 英雄にも見えない。


 勇者らしさなどどこにもない。


 その少年は周囲を見回しながら。


「うおぉ……マジで異世界だ……」


 などと言っていた。


 完全に観光客だった。


 王や大臣たちも困惑していた。


 伝承の勇者と違う。


 どう見ても普通の少年だ。


 空気が重くなる。


 誰もが同じことを考えていた。


 本当にこの少年が世界を救うのか。


 その時だった。


「えっと」


 少年が手を挙げた。


「質問いいですか?」


 王が頷く。


「魔王ってどれくらい強いんです?」


 ざわり、と空気が揺れた。


 王は慎重に答える。


「竜を一撃で滅ぼし、山を砕くと言われている」


「へぇ」


 少年は頷く。


「じゃあ倒せそうですね」


 静寂。


 沈黙。


 凍りつく謁見の間。


 誰もが耳を疑った。


 倒せそう?


 あの魔王を?


 各国連合軍が壊滅した相手を?


 しかし少年は真顔だった。


 冗談を言っている顔ではない。


 当然の事実を述べたような口調だった。


 大臣の一人が怒鳴る。


「無礼者! 魔王を何だと思っている!」


「いや、まだ見てないんで分からないですけど」


 少年は首を傾げる。


「倒せない相手なら倒せるようになるまで鍛えればいいんじゃないですか?」


 その瞬間。


 セラフィアーナは思った。


 ああ。


 この人は。


 少しおかしい。


 だが。


 不思議だった。


 誰もが絶望していた場所で。


 たった一人だけ。


 この少年だけが。


 当たり前のように未来を見ていた。


 恐怖も。


 不安も。


 諦めもない。


 世界が終わるかもしれないという空気の中で。


 彼だけが。


「大丈夫ですよ」


 笑っていた。


「何とかなると思います」


 根拠などなかった。


 作戦もなかった。


 実績もなかった。


 だが。


 なぜか。


 本当にそうなる気がした。


 その笑顔を見た瞬間。


 セラフィアーナの胸の奥で何かが揺れた。


 後に世界中が知ることになる。


 歴代最強勇者。


 一ノ瀬晴人。


 その伝説の始まりだった。



――――――



 それから数日後。


 セラフィアーナは勇者教育の担当として彼に付き添うことになる。


 王族として。


 勇者支援の責任者として。


 当然の任務だった。


 少なくとも最初は。


 そう思っていた。


「セラフィアーナ様!」


「はい?」


「これ食べられます?」


 市場で買った謎の果物を持ってくる。


「知りませんわ!」


「じゃあ食べてみます!」


「お待ちなさい!」


 護衛騎士が青ざめる。


 毒だったらどうするのか。


 しかしハルトは普通に食べる。


「うまっ」


 結果的に無事だった。


「危険ですわ!」


「異世界来たらまず現地飯でしょ」


「そういう問題ではありません!」


 怒鳴る。


 だが。


 少年は笑う。


 楽しそうに。


 心の底から。


 まるで遠足に来た子供のように。


 魔王軍との戦争中だというのに。


 世界が滅びかけているというのに。


 彼だけは。


 どこまでも自由だった。


 そして。


 セラフィアーナはまだ知らない。


 この時すでに。


 自分が勇者に恋をする未来を。


 世界を捨ててでも追いかける未来を。


 その全ての始まりが。


 この出会いだったことを。


 まだ知らなかった。



 勇者は旅立つ。


 王都中央門。


 朝日が石畳を照らしている。


 城壁の上には兵士たちが並び、門前には大勢の民衆が集まっていた。


 誰もが勇者を見送るためだ。


 人類最後の希望。


 魔王討伐の切り札。


 その出発の日だった。


 セラフィアーナは城門前に立っていた。


 王女として。


 そして勇者支援責任者として。


 本来なら堂々と見送らなければならない立場だった。


 だが胸の奥が妙に苦しい。


 理由は自分でも分からなかった。


「本当に行ってしまわれるのですね」


 隣に立つ騎士が呟く。


 セラフィアーナは小さく頷いた。


 視線の先。


 そこには旅支度を終えたハルトがいた。


 革鎧。


 剣。


 荷物。


 見慣れた姿。


 だが最初に会った頃と比べると少しだけ変わっている。


 召喚されたばかりの頃は少年だった。


 今は戦士の顔をしている。


 訓練の日々。


 実戦。


 死闘。


 それらが少しずつ彼を変えていた。


 それでも。


 笑顔だけは変わらない。


「セラ」


 呼ばれる。


 王女としてではない。


 セラフィアーナとして。


 自然に。


 当たり前のように。


 彼だけがそう呼んだ。


「はい」


「見送りありがとな」


 ハルトが笑う。


 その笑顔を見るだけで胸が温かくなる。


 いつからだろう。


 彼を探してしまうようになったのは。


 彼の声を聞くだけで安心するようになったのは。


 彼が無事に帰ってくると嬉しくなるようになったのは。


 分からない。


 ただ。


 気付けば当たり前になっていた。


「必ず帰ってきますわよね」


 思わず口をついて出た。


 王女らしくない言葉だった。


 ハルトは一瞬だけ目を丸くした。


 そして。


「もちろん」


 即答した。


「魔王倒して帰ってくる」


 当たり前のように。


 明日の予定でも話すように。


「だから安心しろ」


 セラフィアーナは笑った。


 笑わなければならなかった。


「ええ。勇者様なら当然ですわ」


「だろ?」


 ハルトが笑う。


 本当に自信満々だった。


 無謀な強がりではない。


 本気でそう思っている顔だった。


 だから。


 信じてしまう。


 誰もが不可能だと思っていても。


 彼だけは成し遂げる気がした。


 そして。


 出発の時が来る。


「じゃあな」


 ハルトは言った。


 それだけだった。


 気取った言葉もない。


 別れの挨拶もない。


 ただ。


 友人と別れるように。


 笑顔で。


「じゃあな」


 そう言って。


 振り返らずに歩いていった。


 勇者一ノ瀬晴人。


 歴代最強と呼ばれることになる男は。


 とても普通の少年の背中で。


 王都を旅立った。


 セラフィアーナはその背中が見えなくなるまで見送った。


 胸の奥に生まれた感情の名前を。


 まだ知らないまま。



――――――


 それから二年。


 戦争は激化した。


 勇者の名は世界中へ広がった。


 魔王軍幹部討伐。


 古竜討伐。


 魔族領攻略。


 人類未踏破地域の制圧。


 常識では考えられない戦果が次々と届く。


 報告書を読むたびに。


 セラフィアーナは笑ってしまう。


「またですの……?」


 昨日は山脈を吹き飛ばした。


 今日は海を割った。


 来週は浮遊城を落とした。


 意味が分からない。


 だが。


 報告書の最後には必ずこう書いてある。


 勇者、生存。


 勇者、健在。


 その一文を見るたびに安心した。


 無事だった。


 生きている。


 また帰ってくる。


 そう思えた。


 そして。


 ある日。


 王城に伝令が駆け込んできた。


「ご報告申し上げます!」


 謁見の間。


 王。


 重臣。


 騎士団長。


 全員が集まる中。


 伝令は叫んだ。


「魔王討伐成功!」


 静寂。


 次の瞬間。


 歓声が爆発した。


 誰もが立ち上がる。


 泣き出す者。


 叫ぶ者。


 抱き合う者。


 世界が救われた。


 人類が勝った。


 長き戦争が終わった。


 セラフィアーナも涙が溢れた。


 良かった。


 本当に良かった。


 勇者は成し遂げた。


 あの人は約束を守った。


 帰ってくる。


 ようやく帰ってくる。


 そう思った。


 だが。


 伝令の表情は暗かった。


「続けて報告いたします」


 歓声が止まる。


 嫌な予感がした。


「勇者ハルト様は魔王討伐後――」


 伝令が唇を震わせる。


「元の世界へ帰還されました」


 時間が止まった。


「……え?」


 誰かが呟いた。


 セラフィアーナ自身だったかもしれない。


 聞き間違いだと思った。


 理解できなかった。


 帰還。


 元の世界。


 それは。


 つまり。


「帰って……しまった……?」


 声が出ない。


 伝令は続ける。


「勇者様は最後に『みんな元気でな』と仰り、帰還術式によって消失されました」


 消失。


 帰還。


 異世界。


 別世界。


 もう。


 会えない。


 その事実が。


 遅れて胸に突き刺さった。


 周囲は祝福ムードだった。


 勇者は役目を果たした。


 世界を救った。


 故郷へ帰った。


 めでたいことだ。


 誰もがそう言った。


 だが。


 セラフィアーナだけは違った。


 立ち上がる。


 足が震える。


「セラフィアーナ様!?」


 誰かが呼ぶ。


 聞こえない。


 気付けば走っていた。


 王女らしくもなく。


 廊下を。


 階段を。


 城の中庭まで。


 走って。


 走って。


 そして。


 誰もいない場所で。


 初めて理解した。


「あ……」


 涙が落ちる。


 止まらない。


「あぁ……」


 会いたかった。


 帰ってきてほしかった。


 また笑ってほしかった。


 また名前を呼んでほしかった。


 また隣を歩きたかった。


 その全てが。


 もう叶わない。


 世界は救われた。


 けれど。


 彼女の世界だけが終わっていた。


 その日。


 王国第一王女セラフィアーナは。


 初めて自分が恋をしていたことを知った。



 それから半年。


 王国は平和になった。


 長き戦争は終結し、人々は復興に力を注ぎ始める。


 誰もが未来を見ていた。


 だが。


 セラフィアーナだけは違った。


 彼女の時間は、あの日から止まっていた。


 執務室。


 山積みの書類。


 復興計画。


 外交案件。


 王女としての仕事。


 全てを完璧にこなしている。


 だが心はどこにもなかった。


「セラフィアーナ様、お疲れではありませんか?」


 侍女が心配そうに声をかける。


「問題ありませんわ」


 微笑む。


 王女として完璧な笑み。


 だが侍女が去った瞬間、その笑顔は消える。


 机の引き出しを開く。


 中には一本の短剣が入っていた。


 勇者が旅立つ前に使っていた予備武器。


 壊れて捨てられる予定だったものを譲り受けた。


 セラフィアーナはそれをそっと撫でる。


「勇者様……」


 返事はない。


 当然だ。


 彼はもういない。


 別の世界にいる。


 手の届かない場所に。


 その事実を理解しているはずなのに。


 諦められなかった。


 どうしても。


 どうしても会いたかった。


 だから。


 探し始めた。


 方法を。


 勇者の世界へ行く方法を。



――――――



 最初は誰も相手にしなかった。


「異世界への移動ですか?」


「不可能ですな」


「勇者召喚は神代魔法です」


「再現などできません」


 宮廷魔術師。


 賢者。


 学者。


 神官。


 ありとあらゆる専門家を集めた。


 だが答えは同じだった。


 不可能。


 再現不能。


 前例なし。


 常識的に考えれば当然だった。


 勇者召喚そのものが奇跡なのだ。


 再び行うことなどできるはずがない。


 だが。


 セラフィアーナは諦めなかった。


 勇者なら諦めなかったからだ。


 不可能と言われたことを何度も成し遂げた。


 だから。


 自分もやる。


 それだけだった。


 王国中の文献を集めた。


 禁書庫を開放した。


 失われた遺跡を調査した。


 神殿の地下も調べた。


 魔王城跡地まで足を運んだ。


 一年。


 二年。


 三年。


 誰も理解できなかった。


 王女はなぜそこまでするのか。


 だが彼女は止まらない。


 そして。


 四年目。


 ついに見つけた。


「……これですわ」


 王城最深部。


 封印図書館。


 誰も立ち入らない地下。


 埃を被った一冊の古書。


 そこには神代文字でこう記されていた。


 ――世界を超える転生術。


 勇者召喚の失敗作。


 異世界転移ではない。


 肉体転移でもない。


 魂だけを別世界へ送る術式。


 成功率は極めて低い。


 送られた先で記憶を保持できる保証もない。


 生まれ変わる先も選べない。


 元の世界へ戻る方法も不明。


 危険しか書いていなかった。


 だが。


 セラフィアーナは笑った。


 数年ぶりに。


 心の底から。


「十分ですわ」


 会える可能性がある。


 それだけで良かった。


 他はどうでもいい。


 王位も。


 財産も。


 名誉も。


 世界も。


 全部。


 どうでも良かった。


 勇者に会えるなら。



――――――



 その夜。


 月明かりだけが差し込む地下祭壇。


 誰もいない。


 誰にも伝えていない。


 止められると分かっていたから。


 父にも。


 母にも。


 騎士団長にも。


 誰にも。


 何も言わなかった。


 祭壇の中央に立つ。


 巨大な魔法陣が青白く輝いている。


「本当に行かれるのですか」


 声がした。


 振り返る。


 そこにいたのは老賢者だった。


 唯一。


 彼女の計画に気付いていた人物。


「ええ」


 迷いなく答える。


「後悔は?」


「ありません」


「王国は?」


「きっと大丈夫ですわ」


 勇者が守った世界だ。


 だから信じられる。


 老賢者は目を閉じる。


「あなたは本当に変わりましたな」


「そうでしょうか」


「昔の王女様なら国を選んでいた」


 セラフィアーナは少し考えた。


 そして。


 小さく笑う。


「昔の私は、勇者様に会っておりませんでしたもの」


 老賢者は何も言わなかった。


 言えるはずもない。


 この決意はもう止められない。


 セラフィアーナは魔法陣へ魔力を流し込む。


 光が溢れる。


 祭壇全体が震える。


 世界が揺れる。


 視界が白く染まる。


 最後に思い浮かんだのは。


 旅立つ日の背中だった。


 笑顔で。


 振り返らずに。


 歩いていく勇者。


「待っていてくださいませ」


 涙が零れる。


「今度こそ」


 もう離れない。


「必ず見つけますわ」


 光が全てを飲み込んだ。


――――――


 目を覚ました時。


 見たことのない天井があった。


 白い。


 不思議な材質。


 石でも木でもない。


 柔らかい光。


 静かな空気。


「……ここは」


 声を出す。


 だが声が幼い。


 驚いて手を見る。


 小さい。


 赤子の手だった。


 理解する。


 成功したのだ。


 転生術は。


 その時。


「聖奈ちゃん!」


 女性の声。


 扉が開く。


 見知らぬ男女が入ってくる。


 泣きそうな顔。


 嬉しそうな顔。


 そして。


「聖奈」


 その名前を聞いた瞬間。


 頭の中へ大量の記憶が流れ込んできた。


 西園寺聖奈。


 日本。


 現代。


 財閥。


 家族。


 言葉。


 文化。


 知識。


 全てが混ざり合う。


 激しい頭痛。


 だが。


 セラフィアーナは必死に耐えた。


 忘れてはいけない。


 一番大切なことだけは。


 勇者様。


 一ノ瀬晴人。


 その名前だけは。


 絶対に。


 失わない。


 やがて記憶の奔流が収まる。


 赤子の身体。


 現代の知識。


 そして前世の記憶。


 全てが一つになる。


 西園寺聖奈は。


 ゆっくりと目を開いた。


 知らない世界だった。


 魔法もない。


 精霊もいない。


 勇者もいない。


 けれど。


 彼女は泣かなかった。


 なぜなら。


 確信していたから。


 勇者も必ずこの世界にいる。


 あの人なら。


 きっと。


 自分より先に。


 この世界で生きている。


 だから探す。


 何年かかっても。


 何十年かかっても。


 世界の果てまで。


 必ず。


 もう一度会うために。



 西園寺聖奈として生まれ変わってから。


 最初の数年間は地獄だった。


 もちろん生活に困ったわけではない。


 むしろ逆だ。


 西園寺家は異世界の王族ですら驚くほどの富を持っていた。


 衣食住は完璧。


 教育も最高水準。


 使用人も大勢いる。


 王女だったセラフィアーナから見ても、驚くほど恵まれた環境だった。


 問題はそこではない。


 常識だった。


「自動車……?」


 幼い聖奈は窓の外を走る車を見て固まった。


 馬がいない。


 なのに動いている。


「これは何ですの?」


「車ですよ、お嬢様」


「何故動いていますの?」


「エンジンですので」


「エンジンとは?」


「えっと……」


 説明を受けても理解できない。


 魔法がない。


 精霊もいない。


 魔力もない。


 なのに空を飛び。


 遠くへ声を届け。


 夜を照らす。


 意味が分からない。


 まるで神代文明だった。


 そして。


 そのたびに思った。


 勇者様も。


 最初はこうだったのだろうか、と。



――――――



 異世界に来たばかりのハルト。


 今ならよく分かる。


 彼はどれほど不安だったのだろう。


 どれほど困惑したのだろう。


 家族もいない。


 友人もいない。


 言葉も違う。


 文化も違う。


 常識も違う。


 しかも魔王軍との戦争中。


 普通なら泣いてもおかしくない。


 逃げ出してもおかしくない。


 それなのに。


 あの人は。


『へぇー!』


 と笑っていた。


『異世界すげぇ!』


 と楽しんでいた。


 今になって理解できる。


 あれは異常だった。


 普通の人間ではない。


 世界が変わったことすら面白がる。


 だから勇者だった。


 だから。


 セラフィアーナは負けたくなかった。


「勇者様ができたのですから」


 自分にもできる。


 そう決めた。



――――――



 そして。


 問題が発生した。


 聖奈の順応方法が色々と間違っていたのである。


「お嬢様!? 何をなさっているのですか!?」


 西園寺家の庭園。


 十歳の聖奈は木の上にいた。


「景色を確認しておりますわ」


「どうやって登ったのですか!?」


「普通に」


 普通ではなかった。


 王女時代の訓練で身に付けた身体操作である。


 木を垂直に駆け上がった。


 使用人たちは悲鳴を上げた。



――――――



「お嬢様が誘拐された!?」


 西園寺家は大騒ぎになった。


 理由。


 聖奈が一人で電車に乗ったから。


「王都視察のようなものですわ」


「お嬢様! ここは王都ではありません!」


「東京でしょう?」


「そうですけど!」


 護衛が百人単位で動員された。


 ニュースになる寸前だった。


 聖奈は本気で意味が分からなかった。


 王女が城下町を視察して何が悪いのか。



――――――



「学校に通いたいですわ」


 中学生の頃。


 突然そう言い出した。


 両親は驚いた。


 名門校への進学は決まっていたからだ。


「どうして?」


「庶民の生活を知りたいので」


 半分本当。


 半分嘘。


 勇者が生きている世界を知りたかった。


 ただそれだけだった。


 結果。


 学校中が大混乱した。


 生徒会を掌握。


 予算を増額。


 三日で老朽化した設備を全面改修。


 気付けば学校運営に口を出していた。


「何故みなさん感謝しませんの?」


「普通はそこまでしないんですよ!」


 教師が頭を抱えた。


 聖奈は首を傾げた。


 王女としては当然だった。


 良い環境を整える。


 それだけだ。



――――――



 そうして年月が流れた。


 聖奈は成長した。


 現代知識も身に付けた。


 経済も学んだ。


 法律も学んだ。


 政治も学んだ。


 やがて気付く。


 この世界では。


 権力より金の方が便利だと。


「なるほど」


 高校一年生になった頃。


 聖奈は呟いた。


「財力とは、実質的な魔法ですのね」


 その日からだった。


 彼女が本気になったのは。



――――――



 西園寺グループ。


 国内最大級の財閥。


 その後継者として。


 聖奈は異常な速度で頭角を現した。


 投資。


 経営。


 交渉。


 分析。


 前世で王女として培った能力は現代でも規格外だった。


 気付けば。


 高校生でありながら西園寺グループ内部でも発言権を持つようになっていた。


 全ては目的のため。


 勇者を探すため。


 いつ現れてもいいように。


 どこにいても見つけられるように。


 世界中に網を張る。


 情報網。


 資金。


 人脈。


 全てを利用した。


 だが。


 見つからない。


 一ノ瀬晴人。


 その名前は。


 どこにもなかった。



――――――



 そして。


 ある日の夜。


 高校の自室。


 聖奈はパソコンの前に座っていた。


 最新の検索結果を確認する。


 いつもの作業だった。


 期待などしていない。


 もう何年も続けている。


 見つからない方が普通だった。


 その時。


 急上昇動画の一覧に。


 見覚えのある文字列が映った。


『【ガチCG】指先だけで火を出す方法、教えます。』


 何気なく再生する。


 動画が始まる。


 少年が映る。


 黒髪。


 黒い瞳。


 見慣れた笑顔。


 そして。


 指先に灯る炎。


 青白い火。


 見間違えるはずがない。


 絶対に。


 あり得ない。


 だが。


 聖奈の手は震えていた。


「……あ」


 動画の中の少年が笑う。


『CGなしです』


 その瞬間。


 涙が零れた。


 止まらなかった。


 だって。


 そんな言い方をする人間は一人しかいない。


 世界中探しても。


 一人しかいない。


 画面に映る炎。


 その魔力の癖。


 笑い方。


 声。


 仕草。


 全部知っている。


 何年も。


 何十年も。


 忘れたことなどない。


 聖奈は震える指で画面に触れた。


「見つけましたわ」


 ようやく。


 本当に。


 ようやく。


 勇者様を。


 一ノ瀬晴人を。


 見つけた。


 その夜。


 西園寺グループの最高機密回線が動き始める。


 聖奈の瞳には涙が浮かんでいた。


 だが口元には。


 王女ではなく。


 一人の恋する少女の笑みが浮かんでいた。


「お待たせいたしました」


 十年以上。


 探し続けた。


 だから今度は。


 絶対に離さない。


 そう静かに誓いながら。


 聖奈は何度も動画を再生し続けた。



――――――



 西園寺家本邸。


 最上階。


 東京の夜景を一望できる巨大な部屋で、西園寺聖奈は一人、窓際に立っていた。


 眼下には無数の光。


 車。


 ビル。


 人々の生活。


 世界は動いている。


 だが聖奈の意識は、まるでそこになかった。


「……勇者様」


 そっと呟く。


 脳裏に浮かぶのは、料亭で再会した少年の姿。


 少し伸びた黒髪。


 昔と変わらない笑顔。


 何も変わっていないようでいて、どこか懐かしい顔。


 そして。


『おう、セラ!』


 その一言。


 たったそれだけ。


 それだけで。


 三年間。


 いや。


 転生してからの十数年。


 ずっと抱えていた空白が埋まった気がした。


「ふふ……」


 思わず笑みが漏れる。


「本当に勇者様は勇者様ですわ」


 普通なら驚く。


 泣く。


 問い詰める。


 どうして置いていったのか。


 どうして黙って消えたのか。


 そう聞くはずだ。


 だが。


 ハルトは違った。


『セラじゃん!』


 それだけ。


 昨日会った友達に再会したような顔だった。


「まったく……」


 聖奈は頬に手を当てる。


「本当に変わりませんのね」


 そして当然のように思う。


 きっと勇者様も同じだったのだろう、と。


 自分が勇者様を探したように。


 勇者様もまた、自分たちを探していたに違いない。


 だから動画を出した。


 そうだ。


 きっとそうだ。


 再会のためだ。


 勇者様は照れ屋だから認めないだけで。


「ふふふ……」


 笑みが深くなる。


「素直ではありませんわね」


 完全な勘違いだった。


 実際のハルトは、


『バズりたいから』


 と言っていた。


 だが聖奈の脳内では都合よく変換されている。


『バズりたい』



『みんなに見つけてもらいたい』



『私たちに会いたかった』


 こうである。


 恋する乙女の翻訳機能は非常に優秀だった。


 残念ながら精度は最悪だった。


 机の上には例の契約書が置かれている。


『勇者様専属支援計画』


 すでに西園寺グループの幹部たちが実行に移し始めていた。


 専属撮影スタジオ。


 広報チーム。


 専門スタッフ。


 機材。


 移動手段。


 土地。


 予算。


 必要なものは全て用意する。


 勇者様のために。


 当然である。


 なぜなら勇者様だから。


「もっと有名になっていただかなければ」


 聖奈は真剣な顔で呟く。


「世界中が勇者様を知るべきですわ」


 異世界を救った男。


 歴代最強の勇者。


 神話そのもの。


 それが埋もれていていいはずがない。


「再生数一千万では足りませんわね」


 感覚が壊れている。


「一億……いえ、十億は必要ですわ」


 さらに壊れている。


「最終的には全人類に見ていただきましょう」


 完全に壊れていた。


 そこへ。


 コンコン。


 ノックの音。


「お嬢様」


 執事が入室する。


「例の件ですが」


「進捗は?」


「すでに各部署が動いております」


「そう」


 聖奈は満足そうに頷いた。


「勇者様のチャンネル登録者数は?」


「現在、百五十万人を突破しております」


「少ないですわね」


「…………」


 執事は無言になった。


 一般的には異常な数字である。


 だが聖奈にとっては不足だった。


「明日には倍にしましょう」


「承知いたしました」


 承知するな。


 だが執事は慣れていた。


 お嬢様が勇者様関連になると理性を失うことを。


「あと」


 聖奈は微笑む。


「転校の準備も進めてくださいな」


「すでに完了しております」


「さすがですわ」


 当然のように会話が進む。


 全国有数の名門校。


 そこへの転校手続き。


 普通なら数か月かかる。


 西園寺家なら一日で終わる。


「席は?」


「勇者様の隣を確保しております」


「完璧ですわ」


 執事は何も言わなかった。


 もう慣れている。


 勇者様関連では全てが最優先事項なのだ。


 聖奈は窓の外を見る。


 夜空。


 星。


 遠い昔。


 王城の塔の上で見た景色を思い出す。


 あの日。


 勇者は旅立った。


『じゃあな』


 そう言って。


 笑って。


 去っていった。


 そして。


 本当に帰ってきた。


 ならば今度は。


 もう離れない。


 離さない。


 だが本人にその自覚はない。


 聖奈の認識では、


「勇者様のお側にいるのは当然」


 でしかなかった。


 恋ではない。


 愛でもない。


 もっと当たり前のもの。


 太陽が昇るのと同じ。


 水が下へ流れるのと同じ。


 勇者様の隣に自分がいる。


 それだけだ。


「明日が楽しみですわね」


 微笑む。


 高校生活。


 クラスメイト。


 制服。


 どれも興味はない。


 ただ一つ。


 勇者様がいる。


 それだけで十分だった。


 聖奈はそっとスマホを開く。


 動画サイト。


『炎の勇者チャンネル』


 最新動画。


 コメント欄。


 再生数。


 高評価。


 全部確認する。


 そして。


 誰にも見せられないほど柔らかな笑顔を浮かべた。


「勇者様」


 画面に映るハルトへ向けて。


 恋する少女そのものの顔で。


「今度こそ、ずっとご一緒ですわ」


 もちろん。


 翌日。


 その決意は如月結衣という最大の障害によって、開始十分で粉砕されることになるのだが。


 まだ聖奈は知らない。

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