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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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4/36

第4話 西園寺グループからの招待状

 放課後。


 ホームルームが終わった瞬間、ハルトは机に突っ伏していた体を勢いよく起こした。


「よし!」


「何がよしなのよ」


 隣で鞄をまとめていた結衣が即座に突っ込む。


 ハルトは満面の笑みだった。


「企業案件だぞ」


「まだ決まってない」


「でも西園寺グループだぞ?」


「そこが一番怖いのよ」


 結衣は深いため息を吐いた。


 昨日投稿した動画――


『【検証】炎魔法(物理)で炒飯作ってみた【CGなし】』


 は、完全に爆発していた。


 再生数は既に百万回を突破。


 登録者数も二十万人を超えている。


 朝の時点で十数万人だったことを考えると異常な伸びだ。


 さらに問題なのは、その動画にコメントしたアカウントだった。


 西園寺グループ公式。


 日本人なら誰でも知っている超巨大財閥。


 銀行。


 保険。


 不動産。


 商社。


 通信。


 航空。


 ありとあらゆる業界に影響力を持つ怪物企業だ。


 そんな相手から、


『ようやく見つけました』


 などという意味深なコメントが投稿され、その直後にDMまで送られてきた。


 結衣からすれば恐怖でしかない。


 だがハルトは違う。


「登録者二十万人で財閥案件かぁ」


「案件じゃないかもしれないでしょ」


「いやいや。俺の才能に気づいたんだよ」


「その自信どこから来るの」


「百万人級の未来の大物だからな」


「まだ二十万人よ」


「もう二十万人だ」


 どこまでも前向きだった。


 結衣は頭を抱えたくなる。


 この男は魔王を倒して帰ってきても変わらない。


 いや。


 むしろ悪化している。


 承認欲求が。


「とにかく」


 結衣はスマホを取り出した。


「場所、確認するわよ」


「おう」


 画面にはDMの内容が表示されている。


 待ち合わせ時刻。


 午後六時。


 場所。


 料亭『白鳳閣』。


 東京でも指折りの高級店らしい。


 結衣は調べて知った。


 個室利用だけで一般家庭の月収が吹き飛ぶ。


 料理の値段など見たくもなかった。


「ねえ」


「ん?」


「本当に行くの?」


「もちろん」


「怖くないの?」


「なんで?」


 ハルトは不思議そうな顔をした。


 本気で意味が分かっていない顔だった。


「いや、西園寺グループよ?」


「うん」


「日本最大級の財閥よ?」


「うん」


「超お金持ちよ?」


「うん」


「怖くないの?」


「別に?」


 即答だった。


 結衣は言葉を失う。


 普通の高校生なら緊張する。


 間違いなくする。


 だがハルトは平然としていた。


 なぜなら。


「王様とか貴族とかより偉いのか?」


「比較対象がおかしい」


「いや、異世界だと王城の晩餐会とか普通に出てたし」


「あ」


 結衣は思い出した。


 この男。


 本物の勇者だった。


 しかも歴代最強。


 王族や大貴族から何度も歓待されていたらしい。


 国王との会食。


 英雄叙勲。


 王女主催の舞踏会。


 そんなものを経験してきた人間が、今さら財閥相手に緊張するはずがない。


「まあ確かに……」


「だろ?」


「でもここ日本だからね?」


「日本だから大丈夫だろ」


「意味が分からない」


 むしろ逆である。


 結衣からすると異世界より日本のほうが怖い。


 社会的に。


 法的に。


 色々な意味で。


 ハルトが魔法をぶっ放したら終わるのだ。


「とりあえず行くだけ行こうぜ」


「はぁ……」


「なんか美味い飯も出そうだし」


「目的それになってない?」


「高級料亭とか人生で行く機会ないだろ」


「それはそうだけど」


「動画のネタになるかもしれないし」


「やっぱりそっちか」


 結局、ハルトの頭の中は動画でいっぱいだった。


 結衣は諦めたように鞄を肩にかける。


「じゃあ一回帰るわよ」


「おう」


「制服で行くわけにもいかないでしょ」


「あー」


 言われてみればそうだ。


 ハルトは自分の制服を見る。


「どうする?」


「着替える」


「スーツ?」


「持ってない」


「俺もない」


「高校生だからね」


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


「……ちょっとマシな私服?」


「……ちょっとマシな私服だな」


 完全に庶民の結論だった。


 そのまま二人は校門を出る。


 夕暮れの街。


 オレンジ色の光が住宅街を照らしていた。


 ハルトは空を見上げる。


「平和だなぁ」


「また始まった」


「いいよな」


「何が」


「誰も襲ってこない」


「普通そうなの」


「空飛ぶ魔物もいない」


「日本だからね」


「爆発もしない」


「しないのが普通だから」


 結衣は呆れながら歩く。


 けれど。


 少しだけ思う。


 本当に大変だったのだろう。


 三年間。


 たった一人で。


 誰も知らない世界で。


 だからこそ今、こんなにも平和な景色に安心している。


 そう考えると少しだけ胸が痛んだ。


 しかし。


「結衣」


「ん?」


「今日の会食、撮影していいかな?」


「ダメ」


「ワンチャン財閥令嬢とか出るかも」


「ダメ」


「タイトルは――」


「ダメ」


「【潜入】超高級料亭で企業案件受けてみた」


「絶対ダメ」


 前言撤回。


 やっぱり同情する必要はない。


 この男は元気だった。


 ものすごく。


 余計な方向に。


 そして二人はそれぞれ帰宅し、夕方。


 指定された時間に合わせて再び合流することになる。


 待ち受けるのは、日本最高峰の料亭。


 そして。


 ハルトの知らないところで、三年間ずっと彼を探し続けていた少女との再会だった。



――――――



 午後五時三十分。


 東京都内。


 高級料亭『白鳳閣』へ向かうため、ハルトと結衣は最寄り駅で合流していた。


「……」


「……」


 しばらく無言。


 先に口を開いたのは結衣だった。


「ハルト」


「ん?」


「その服どうしたの」


 ハルトは得意げに胸を張った。


「勝負服」


「聞き方を間違えたわね」


 結衣は頭を押さえた。


 白いシャツ。


 黒いジャケット。


 黒いパンツ。


 そこまではいい。


 問題は胸元だった。


 なぜか銀色のチェーンが何本もぶら下がっている。


 しかも左腕には意味不明な革ベルト。


 指には装飾リング。


 高校生が考える『すごい大人』をそのまま形にしたような服装だった。


「お前、それどこで買った」


「中二の頃」


「捨てろ」


「なんで!?」


「むしろなんで残してたのよ!」


 結衣は即座にツッコんだ。


 ハルトは本気でショックを受けている。


「結構かっこよくない?」


「十年前なら」


「そんな昔じゃねぇよ」


「精神年齢の話よ」


 ハルトが不満そうな顔をする。


 対する結衣はというと。


 白いブラウス。


 紺色のスカート。


 薄手のカーディガン。


 シンプルだが清潔感のある服装だった。


 派手さはない。


 だが元々の容姿が良い。


 十分すぎるほど目立つ。


 すれ違う男性が何人か振り返っている。


 ハルトは感心したように頷いた。


「結衣って普通に美人だよな」


「普通にって何よ」


「学校の男子が騒ぐの分かるわ」


「今さら?」


「うん」


「……」


 結衣は一瞬だけ固まった。


 そして顔を逸らした。


「鈍感勇者め」


「なんか言った?」


「別に」


 ため息。


 本当にこの男はこういうところで余計なことを言う。


 しかも無自覚だ。


 始末に負えない。


「ほら行くわよ」


「おう」


 二人は電車に乗り込んだ。


 都心へ向かうにつれて景色が変わっていく。


 高層ビル。


 巨大広告。


 人の波。


 異世界では見たことのない光景だ。


 ハルトは窓の外を見ながら感心していた。


「すげぇな」


「何が?」


「王都より発展してる」


「比較対象がおかしい」


「この世界の土木技術やべぇ」


「だから比較対象がおかしいって」


 結衣はもう諦めていた。


 やがて目的地の駅に到着する。


 改札を抜ける。


 そして十分ほど歩いたところで。


 ハルトが足を止めた。


「おお」


「……」


 結衣も止まる。


 目の前に広がる光景。


 そこだけ別世界だった。


 巨大な門。


 手入れされた庭園。


 石畳の道。


 小さな川まで流れている。


 都会のど真ん中とは思えない。


 まるで高級旅館のような空間だった。


 門の横には金文字で刻まれている。


『白鳳閣』


 結衣の喉が鳴った。


「……帰りたい」


「なんで?」


「場違い感がすごい」


「そうか?」


「そうよ!」


 だって高校生である。


 しかも一般家庭。


 こんな場所に来る人生など想定していない。


 一方のハルトは。


「懐かしいな」


「懐かしい?」


「王宮の迎賓館に似てる」


「だから比較対象がおかしいのよ!」


 結衣のツッコミが夜空に響いた。


 その時だった。


「お待ちしておりました」


 低い声。


 二人が振り向く。


 そこには黒服の男性が立っていた。


 年齢は五十代ほど。


 背筋が真っ直ぐ伸びている。


 執事。


 そんな言葉が似合う人物だった。


「一ノ瀬晴人様、如月結衣様でいらっしゃいますね」


「あ、はい」


 結衣が思わず敬語になる。


 男性は丁寧に一礼した。


「西園寺家より、お迎えに参りました」


「おお!」


 ハルトだけ元気だった。


「企業案件の人!」


 結衣が吹き出しそうになる。


 違う。


 絶対違う。


 だがハルトは完全にそう思っている。


 男性の表情がわずかに固まった。


 しかしプロだった。


 何事もなかったかのように微笑む。


「そのような認識でも構いません」


「やっぱり!」


 ハルトが嬉しそうに拳を握る。


 結衣は胃が痛くなった。


 絶対に違う。


 絶対に何かある。


 それもかなり大きな何かだ。


「どうぞこちらへ」


 男性が案内を始める。


 二人は後に続いた。


 門をくぐる。


 砂利道を歩く。


 庭園を抜ける。


 途中で見える建物の一つ一つが異常だった。


 文化財かと思うほど立派なのだ。


「なぁ結衣」


「何」


「撮影したい」


「ダメ」


「絶対映える」


「ダメ」


「登録者増える」


「ダメ」


「視聴維持率も――」


「ダメ」


 即答だった。


 そのやり取りを聞いていた執事らしき男性が、少しだけ目を丸くする。


 どうやら本当に動画活動をしているらしい。


 いや。


 むしろこの状況で動画のことを考えている高校生の方がおかしい。


 やがて建物の奥へ。


 案内された先は完全個室だった。


 広い。


 広すぎる。


 二十人くらい宴会できそうな部屋である。


 窓の向こうには美しい日本庭園。


 部屋の中心には高級そうな机。


 そして。


 そこには誰もいなかった。


「こちらで少々お待ちください」


 執事が頭を下げる。


「間もなくお嬢様がお見えになります」


 お嬢様。


 その言葉に結衣の背筋が伸びた。


 西園寺グループのお嬢様。


 つまり今回の招待主。


 財閥令嬢。


 テレビの中にしかいないような存在だ。


 対してハルトは。


「どんな人だろうな」


「緊張しないの?」


「別に」


「なんで?」


「スポンサー候補だし」


 結衣は額を押さえた。


 この男。


 本当にどこまで行ってもブレない。


 そんな会話をしていた、その時だった。


 不意に。


 部屋の外から足音が聞こえた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 静かな廊下に響く規則正しい音。


 なぜか。


 その瞬間。


 ハルトの表情が少しだけ変わった。


「……?」


 何かに気付いたように眉をひそめる。


 聞き覚えがある。


 そんな顔だった。


 そして。


 ゆっくりと襖が開かれる。


 財閥令嬢。


 西園寺家の令嬢。


 この招待の主。


 その少女が、ついに姿を現そうとしていた。



 静寂。


 部屋の空気が変わる。


 高級料亭の個室。


 美しく整えられた日本庭園。


 その中心にある襖が、音もなく開いた。


 まず目に入ったのは黒髪だった。


 艶やかな長い髪。


 夜のように深く、絹のように滑らか。


 続いて現れたのは、一人の少女。


 年齢はハルトたちと同じくらい。


 白磁のような肌。


 整った顔立ち。


 見る者を圧倒する気品。


 高価なドレスではない。


 むしろ上品なワンピース姿だった。


 それでも分かる。


 育ちが違う。


 立っているだけで空気を支配している。


 結衣は思わず息を呑んだ。


(綺麗……)


 素直な感想だった。


 学校中の女子を集めても勝負にならない。


 そんな次元の美少女だった。


 そして少女の後ろには数名の黒服。


 恐らくSPだろう。


 だが彼らは部屋の外で足を止めた。


 少女だけが中へ入ってくる。


 ゆっくりと。


 一歩。


 また一歩。


 その歩き方には無駄がない。


 まるで王が玉座へ向かうような堂々とした足取りだった。


 少女の視線が上がる。


 そして。


 ハルトを見た。


 その瞬間だった。


 少女の体が震えた。


 ほんのわずかに。


 だが確かに。


 結衣は気付く。


 今まで完璧だった表情が崩れかけていることに。


 瞳が揺れている。


 唇が震えている。


 まるで。


 長い長い旅の果てに探し人を見つけたような――


 そんな顔だった。


 一方。


 ハルトは。


「おー」


 気楽だった。


「どうも」


 軽い。


 圧倒的に軽い。


 結衣は思わず机の下で蹴りたくなった。


 相手は財閥令嬢だ。


 もう少し緊張感を持て。


 だがハルトは気付かない。


 少女を見て首を傾げている。


「どっかで会ったことある?」


 結衣は戦慄した。


(お前ぇぇぇぇぇぇぇ!?)


 初対面の美少女に向かって何言ってるの。


 ナンパか。


 ナンパなのか。


 しかし。


 少女の反応は予想外だった。


 目を見開く。


 そして。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 悲しそうに微笑んだ。


「ええ」


 澄んだ声だった。


「ございますわ」


「マジで?」


「ええ」


「どこだっけ」


「三年前です」


「三年前」


 ハルトは考える。


 結衣も考える。


 三年前。


 中学時代だろうか。


 だが結衣に記憶はない。


 こんな美少女を見たら忘れるはずがない。


 少女は静かに口を開いた。


「あなたは覚えていらっしゃらないのですね」


「ごめん」


「仕方ありませんわ」


 少女は微笑む。


 優雅に。


 美しく。


 だがどこか寂しげに。


「あなたは多くの人々を救いましたから」


「?」


 ハルトが首を傾げる。


 結衣も首を傾げる。


 意味が分からない。


 だが次の瞬間。


 少女は言った。


「お久しぶりです」


 ゆっくりと。


 丁寧に。


 まるで祈るように。


「勇者様」


 ――空気が止まった。


 結衣の思考も止まった。


「……は?」


 思わず声が漏れる。


 今。


 なんて言った。


 勇者様?


 勇者?


 それって。


 あの勇者?


 うちの幼馴染の?


 魔王を倒して帰ってきた?


 その勇者?


 結衣が固まる。


 しかし。


 ハルトの方は。


「あ」


 一言だった。


 そして。


 数秒後。


 目を見開いた。


「えっ」


 少女を見る。


 まじまじと見る。


 髪を見る。


 顔を見る。


 瞳を見る。


 そして。


「……セラ?」


 少女の肩が震えた。


 ぽろり。


 涙が一粒落ちた。


「はい」


 声が震える。


「はい……!」


 その瞬間。


 結衣だけが置いていかれた。


 誰。


 セラ?


 誰?


 いや待って。


 知り合い?


 本当に?


 混乱する結衣をよそに、ハルトは驚いていた。


「マジか!?」


「はい……!」


「セラフィアーナ!?」


「はい!」


「うおおおおおっ!」


 立ち上がった。


 勢いよく。


 まるで旧友に再会したかのように。


「マジでセラか!?」


「はい!」


「全然分かんなかった!」


「当然ですわ!」


「髪黒いし!」


「染めておりません!」


「服も違うし!」


「世界も違います!」


「うおー!」


 完全にテンションが上がっていた。


 結衣は理解した。


 ああ。


 本物だ。


 本当に知り合いなんだ。


 しかもかなり親しい。


 ハルトがここまで喜ぶ相手は珍しい。


 だが。


 少女――西園寺聖奈の様子はもっと異常だった。


 今までの完璧なお嬢様の仮面が消えている。


 瞳が潤んでいる。


 頬が赤い。


 呼吸も少し乱れていた。


 まるで。


 ずっと会いたかった人に再会した恋人のように。


 そんな熱量だった。


 だが。


 ハルトは全く気付かない。


「いやー!」


 笑顔で言う。


「懐かしいな!」


「はい……!」


「元気だったか!」


「あなた様がいない世界で元気なはずがありませんわ!」


「そっかそっか!」


 全く会話が成立していない。


 なのにハルトは気付かない。


 結衣は察し始めていた。


(あ、これダメなやつだ)


 なんとなく分かる。


 女の勘で。


 目の前の少女。


 絶対に重い。


 ものすごく重い。


 たぶん普通じゃない。


 なぜなら。


 西園寺聖奈は震える声でこう言ったからだ。


「勇者様」


「ん?」


「ようやく……」


 瞳から涙が零れる。


「ようやくお会いできました」


 その言葉に込められた感情は。


 再会の喜びだけではなかった。


 執着。


 憧憬。


 信仰。


 そして。


 長年積み重なった愛情。


 結衣は背筋に寒気を覚えた。


 だが当のハルトは。


「いやー、俺もびっくりしたわ!」


 満面の笑みだった。


「まさかセラが日本にいるとは思わなかった!」


 そして。


 西園寺聖奈――かつての第一王女セラフィアーナは。


 その笑顔を見て。


 心の中で静かに確信する。


(ええ)


(やはり間違いありませんわ)


 三年間。


 毎日見たかった笑顔。


 世界を越えてでも追いかけたかった人。


(勇者様は私を迎えに来てくださった)


 動画に映っていた炎。


 あの魔法。


 あの声。


 あれは偶然などではない。


 自分への合図だった。


 そう。


 セラフィアーナは信じていた。


(今度こそ)


 ぎゅっと胸元で手を握る。


(もう二度と離しませんわ)


 その決意を。


 結衣だけがなんとなく感じ取ってしまった。


 そして心の中で思う。


(なんかとんでもない人が出てきた……)


 と。


「いやー、本当に久しぶりだな!」


 ハルトは嬉しそうだった。


 異世界での知り合い。


 それも戦友に近い相手との再会である。


 当然といえば当然だ。


 一方で。


 結衣はずっと警戒を解いていなかった。


 目の前の少女。


 西園寺聖奈。


 財閥令嬢。


 そして元王女。


 美しい笑顔を浮かべているが、その奥に何か危険なものを感じる。


 長年ハルトの暴走を見続けてきた結衣の危機察知能力が警報を鳴らしていた。


「どうぞ、お座りくださいませ」


「ああ」


 ハルトが席に着く。


 すると。


 聖奈は迷いなくハルトの隣に座った。


 自然に。


 当然のように。


 結衣が座ろうとしていた位置に。


「……」


「……」


 一瞬だけ視線が交差する。


 火花が散った気がした。


 気のせいではない。


 確実に散った。


 しかし次の瞬間には聖奈は優雅な笑みを浮かべていた。


「そちらへどうぞ」


「ありがとう」


 結衣は反対側へ座る。


 嫌な予感しかしない。


 そんな中、料理が運ばれてきた。


 次々と。


 次々と。


 見るからに高級そうな品々が並んでいく。


「おお」


 ハルトが感心したような声を上げる。


「すげぇな」


「お気に召しましたか?」


「王城の晩餐会思い出す」


「勇者様のお口に合えばよいのですが」


「大丈夫大丈夫」


 ハルトは箸を取った。


 そして。


「うまっ」


 一言だった。


 本当に美味しかった。


 結衣も思わず目を見開く。


(なにこれ……)


 食べたことがない。


 魚も。


 肉も。


 出汁も。


 何もかもが別格だった。


「でしょ?」


 聖奈がどこか誇らしげに微笑む。


 まるで自分が作ったかのような顔だ。


 その様子にハルトが笑う。


「昔からそうだよな」


「?」


「セラってさ、自分の城の料理褒められると妙に嬉しそうだった」


 ぴたり。


 聖奈の動きが止まった。


 次の瞬間。


 頬がほんのり赤くなる。


「そ、それは……」


「懐かしいなぁ」


 ハルトは全く気付いていない。


 だが聖奈は違った。


 覚えている。


 全部覚えている。


 勇者だった彼が。


 王女だった自分に。


『今日の飯うまかった』


 と笑顔で言った日のことを。


 その一言が嬉しくて、その日の料理長に褒美を三倍出したことまで。


「……勇者様は昔からそうでしたわ」


「ん?」


「そうやって何気なく女性を喜ばせるのです」


「?」


 意味が分からないという顔だった。


 結衣は頭を抱えた。


 いつものことである。


 そして食事が一段落した頃。


 聖奈が静かに切り出した。


「勇者様」


「ん?」


「お聞きしたいことがあります」


「なんだ?」


「なぜ動画を投稿なさったのですか?」


 その瞬間。


 聖奈の目が真剣になる。


 結衣も少しだけ身構えた。


 重要な話だ。


 少なくとも聖奈にとっては。


 なぜなら。


 彼女は本気で信じているからだ。


 あの動画は。


 自分たちへの合図だったと。


 世界を越えて散った仲間たちへの。


 再会のための狼煙だったと。


 だから聞きたかった。


 勇者は自分たちを探していたのか、と。


 しかし。


 ハルトの答えは。


「バズりたいから」


 即答だった。


 沈黙。


 結衣は目を閉じた。


 知ってた。


 知ってたけど。


 もう少し言い方があるでしょう。


 聖奈も固まっていた。


「……はい?」


「いや、だってさ」


 ハルトは本当に真面目な顔をする。


「異世界で魔王倒しただろ?」


「はい」


「でも誰も見てないんだよ」


「……はい?」


「コメントもない」


「……」


「高評価もない」


「……」


「切り抜きもない」


「……」


「めちゃくちゃ頑張ったのに反応ゼロ」


 ハルトは遠い目をした。


 あまりにも真剣だった。


 勇者の顔だった。


 なのに言っていることがどうしようもない。


「だから思ったんだよ」


 ハルトは笑った。


「今度は見てもらおうって」


 その笑顔に。


 聖奈は言葉を失った。


 結衣も少しだけ黙る。


 冗談みたいな理由だ。


 承認欲求の塊みたいな理由だ。


 だが。


 その根底にあるものは分かる。


 三年間。


 誰にも知られず。


 誰にも褒められず。


 命を懸けて戦い続けた。


 だからこそ。


 今は見てほしい。


 認めてほしい。


 そういう願いなのだ。


 聖奈はゆっくりと目を伏せた。


(変わらない)


 勇者だった頃と。


 何も変わらない。


 誰かのために戦う。


 誰かを救う。


 そして見返りを求めない。


 だが少しだけ。


 褒めてもらえると嬉しそうに笑う。


 そんな人だった。


 だから。


 好きになったのだ。


「勇者様」


「ん?」


 聖奈は微笑んだ。


 柔らかく。


 どこまでも優しく。


「でしたら」


「おう」


「私がお手伝いいたしますわ」


「手伝う?」


「ええ」


 聖奈は当然のように言った。


「勇者様が世界一有名になるために」


 結衣の眉がぴくりと動く。


 嫌な予感がした。


 ものすごく。


「私の持つ全てを使います」


「おー」


「資産も」


「うん」


「人脈も」


「うん」


「権力も」


「うん」


「全て」


 その言葉に嘘はない。


 西園寺財閥。


 その影響力は国家規模だ。


 もし本気で動けば、とんでもないことになる。


 だが。


 ハルトは。


「スポンサーじゃん!」


 目を輝かせた。


「最高じゃん!」


 結衣は思わず机に額をぶつけそうになった。


 違う。


 そうじゃない。


 絶対そうじゃない。


 しかし聖奈は満足そうだった。


 勇者様が喜んでいる。


 それだけで幸せだった。


 そして。


 次の言葉で。


 結衣の危機感は一気に跳ね上がる。


「ですので勇者様」


「ん?」


「どうか私をお側に置いてくださいませ」


 その声は甘かった。


 恋する少女そのものだった。


「ずっと」


 微笑む。


「これからも」


 さらに近付く。


「生涯」


 結衣が立ち上がりかける。


 だが。


 ハルトは笑顔で答えた。


「おう!」


 そして。


「動画の協力者ってことだな!」


 全てを台無しにした。


 結衣は天を仰いだ。


 聖奈は数秒固まった後――


「……ええ」


 とりあえず微笑んだ。


 微笑んだが。


 その笑顔の端がわずかに引きつっていることに。


 ハルトだけが気付いていなかった。


 結局。


 その後も会食は続いた。


 いや。


 正確には。


 聖奈による勇者様観察会だった。


「勇者様、お飲み物のお代わりはいかがですか?」


「お、ありがと」


 とくとく。


 お茶が注がれる。


「勇者様、お刺身はこちらの方が好みでは?」


「あ、確かに」


「勇者様、お嫌いな食材は変わっておりませんのね」


「ん?」


「昔からピーマンだけは苦手でしたでしょう?」


「なんで知ってるんだ?」


「もちろん覚えておりますわ」


「すげぇ」


 ハルトは素直に感心した。


 結衣は頭を抱えた。


 そりゃ覚えてるでしょうよ。


 その目。


 完全に恋する乙女だもの。


 だが。


 ハルトは気付かない。


 絶望的なまでに。


「それにしてもさ」


 ハルトは笑う。


「セラが元気そうで良かったわ」


 ぴたり。


 聖奈が固まる。


 次の瞬間。


 耳まで真っ赤になった。


「ゆ、勇者様……」


「ん?」


「そういうお言葉を簡単に仰らないでくださいませ……」


「なんで?」


「なんでもありませんわ」


 結衣は察した。


 ああ。


 重症だ。


 この人かなり重症だ。


 そして。


 食事も終盤に差しかかった頃。


 聖奈が静かに指を鳴らした。


 すると。


 待機していた執事が部屋へ入ってくる。


「ご用意が整いました」


「ありがとう」


 聖奈が頷く。


 そして。


 何かの書類が机の上へ置かれた。


 分厚い。


 かなり分厚い。


 辞書みたいだった。


「ん?」


 ハルトが首を傾げる。


「なにこれ」


「契約書ですわ」


「契約書」


「はい」


 聖奈は優雅に微笑んだ。


「勇者様専属支援計画書です」


「おー」


 ハルトは気軽だった。


 結衣は嫌な汗をかく。


 なんだその名前。


 既に危険な匂いしかしない。


「内容はこちらになります」


 ぱらり。


 契約書が開かれる。


 そして。


 結衣の目が点になった。


「……は?」


 思わず声が出た。


 そこに書かれていたのは。


【動画制作支援予算】


 年間三十億円


【撮影用施設】


 無償提供


【専属スタッフ】


 二百名


【広報チーム】


 国内外配備


【移動手段】


 ヘリコプター利用可能


【専用スタジオ】


 建設予定


【衛星回線】


 確保済み


【その他】


 勇者様が必要と判断したもの全て


「待って」


 結衣が止める。


「待ちなさい」


「はい?」


 聖奈が不思議そうな顔をした。


「なにこれ」


「支援計画ですが」


「支援の規模がおかしいのよ!!」


 思わず叫んだ。


 三十億。


 スタッフ二百人。


 専用スタジオ。


 高校生YouTuberに渡す内容ではない。


 国家事業である。


 だが。


 聖奈は本気で不思議そうだった。


「足りませんか?」


「足りるとか足りないとかそういう話じゃない!」


「ですが勇者様ですわよ?」


「だから何!?」


「世界を救ったのですから」


「ここ日本だから!」


 結衣のツッコミが炸裂する。


 ハルトは横で感心していた。


「すげぇな」


「すげぇじゃないのよ!」


「さすが大企業」


「大企業の範囲超えてるの!」


 結衣は疲れていた。


 まだ会って二時間も経っていない。


 なのに疲労感が凄い。


 そして。


 そんな彼女をよそに。


 聖奈は真剣な顔でハルトを見る。


「勇者様」


「ん?」


「私は本気です」


 その瞳に迷いはない。


「この世界をあなたに相応しいものに変えます」


 結衣の眉がひくりと動く。


 危険。


 今の発言かなり危険。


 だが。


 ハルトは。


「おー」


 笑顔だった。


「頼もしいな」


「はい」


「やっぱプロは違うな」


「……プロ?」


「トップスポンサーって感じ」


 聖奈が数秒固まる。


 結衣は額を押さえた。


 もうダメだ。


 この会話。


 永遠に噛み合わない。


 だが。


 聖奈はすぐに微笑んだ。


「そうですわね」


「うん」


「そういうことにしておきます」


 諦めた。


 王女が諦めた。


 その事実に結衣は少しだけ同情した。


 そして。


 会食終了の時間が近付く。


 帰り支度を始めたハルトが立ち上がる。


「今日はありがとな」


「……」


 聖奈が息を呑む。


「久々に会えて嬉しかったわ」


 笑顔。


 昔と変わらない。


 人を救う時と同じ顔。


 聖奈が最も好きだった表情。


「また会おうな」


 その一言。


 たったそれだけ。


 それだけだった。


 だが。


 聖奈の中では。


 ほぼ求婚だった。


「……はい」


 声が震える。


「必ず」


 そして。


 ハルトと結衣は部屋を後にする。


 襖が閉まる。


 足音が遠ざかる。


 やがて完全に聞こえなくなった。


 静寂。


 数秒後。


 部屋に残った聖奈は。


 すうっと深く息を吸った。


 そして。


「ふふ」


 笑った。


「ふふふ……」


 笑みが大きくなる。


「ふふふふふふふふふ……」


 止まらない。


 三年間。


 探し続けた。


 会いたかった。


 夢にまで見た。


 そして今日。


 ようやく再会できた。


「勇者様……」


 うっとりと呟く。


「今度こそ」


 窓の外を見る。


 夜の東京。


 無数の光。


 西園寺グループが支配する巨大な経済圏。


「絶対に逃がしませんわ」


 その笑顔は美しい。


 だが。


 少しだけ怖かった。


 同じ頃。


 帰り道。


「いやー」


 ハルトはご機嫌だった。


「スポンサー見つかったな!」


「……」


「動画活動も安泰だ!」


「……」


「結衣?」


「ねえ」


「ん?」


 結衣は真顔だった。


「私、あの人すごく嫌な予感する」


「なんで?」


「なんとなく」


「気のせいだろ」


「そうかなぁ……」


 結衣は振り返る。


 料亭の方向を見る。


 胸騒ぎがする。


 ものすごく。


 だが。


 この時の彼女はまだ知らない。


 翌日。


 学校中を巻き込む大騒動が起きることを。


 そして。


 その中心にいる少女が。


 今日出会ったばかりの西園寺聖奈であることを。

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