第3話 【検証】炎魔法で炒飯作ってみた
放課後。
夕日に染まる住宅街を、ハルトと結衣は並んで歩いていた。
学校帰りの高校生らしい光景。
ただし、会話内容だけはまったく高校生らしくなかった。
「よし」
ハルトが拳を握る。
「今が勝負だ」
「何と戦うのよ」
「アルゴリズム」
「それ魔王より強そうね」
結衣が疲れ切った声で言った。
実際、今日一日でハルトの動画はさらに伸びていた。
朝の時点で数万再生だったものが、昼には数十万。
そして今では百万人近くが動画を見ている。
コメントも止まらない。
海外からの反応も増えている。
ハルトは完全に上機嫌だった。
「バズの熱は鮮度が命だからな」
「魚みたいに言わないで」
「今のうちに次を出す」
「それで炒飯なの?」
「料理動画は強い」
断言した。
「視聴者層が広い。料理好きも見る。CG好きも見る。飯テロ勢も見る。つまり最強だ」
「その分析だけは妙に真面目よね」
結衣はため息を吐く。
異世界で魔王を倒した男とは思えない。
今の彼の頭の中は世界平和ではなく再生数で埋まっていた。
だが、それが少しだけ嬉しくもあった。
深刻な顔で戦争の話をするより、こうして動画の話をしている方がずっとハルトらしい。
やがて二人は一軒家の前に到着する。
一ノ瀬家。
ハルトの家だった。
門を見た瞬間だった。
ハルトの足が止まる。
「……ああ」
小さく声を漏らした。
その声に、結衣が少しだけ目を細める。
ハルトは門柱を見た。
玄関を見た。
庭を見た。
見慣れた外壁。
小さい頃から何千回も見てきた景色。
異世界では一度も見られなかった景色。
「帰ってきたなぁ……」
ぽつりと呟く。
その声には、いつもの軽さがなかった。
結衣は黙って隣に立つ。
ハルトはゆっくりと庭を眺めた。
「三年ぶりだ」
「こっちじゃ半日だけどね」
「俺の中では三年だ」
「……そうね」
結衣は頷く。
ハルトは笑った。
だがその笑顔は、どこか寂しそうだった。
「異世界にも拠点はあったんだよ」
「へぇ」
「城とか砦とか」
「規模が大きい」
「でもさ」
ハルトは家を見上げた。
「やっぱ家は家なんだよな」
夕日が窓ガラスを赤く染める。
風が吹く。
どこかの家から晩ご飯の匂いが流れてくる。
遠くで犬が鳴いた。
そんな何でもない光景を見て、ハルトは笑う。
「安心する」
結衣はその横顔を見る。
異世界の話をするときのハルトは、いつも他人事みたいだった。
腕が吹き飛んだ話も。
死にかけた話も。
全部笑って話していた。
でも今だけは違う。
本当に帰ってこられたのだと。
本当にここが帰る場所だったのだと。
そう実感している顔だった。
だから結衣は何も言わなかった。
ただ隣で立っていた。
数秒。
静かな時間が流れる。
そして――
「よし!」
ハルトが急に両手を叩いた。
「撮影だ!」
「切り替え早っ!?」
「感動シーン終わり!」
「動画投稿者の脳みそしてる!」
一瞬前までしんみりしていた男とは思えない。
ハルトはすでに玄関へ突撃していた。
「炒飯だ炒飯!」
「待ちなさい!」
結衣も慌てて追いかける。
家の中へ入る。
リビング。
キッチン。
見慣れた光景。
ハルトは一周すると満足そうに頷いた。
「よし、問題なし」
「何が?」
「撮影環境」
「そこなのね」
「大事だからな」
ハルトは真面目な顔になる。
「映像作品は環境作りから始まる」
「映画監督みたいなこと言ってる」
「実際そうだし」
そして。
ハルトは庭へ向かった。
ガラリと窓を開ける。
夕日が差し込む。
広めの庭。
撮影するには十分な広さがあった。
「ここをスタジオにする」
「嫌な予感しかしない」
結衣が言う。
だがハルトは聞いていない。
すでに異世界勇者の顔になっていた。
右手を軽く上げる。
「まず防音」
瞬間。
淡い光が庭を包み込む。
空気が震える。
透明な壁のようなものが周囲へ広がっていく。
魔法結界。
戦場で敵軍の索敵を防ぐための高位術式だった。
だがハルトの用途は違う。
「近所迷惑対策」
「用途が軽すぎる」
「大事だぞ」
次。
指を鳴らす。
庭の雑草が一斉に消える。
地面が平らになる。
落ち葉も消える。
小石もなくなる。
「清掃完了」
「国防級魔法を掃除に使うな」
「便利なんだよこれ」
さらに。
空中に小さな光球がいくつも浮かぶ。
ふわり。
ふわり。
まるで撮影用ライトのように配置されていく。
「照明」
「待って」
「ん?」
「待って」
結衣が頭を抱えた。
「それテレビ局が泣くレベルの機材よ」
「え?」
「え?じゃない」
しかも光量は完璧だった。
影の位置まで計算されている。
異世界で宮廷舞踏会や王城の祝宴を照らしていた照明魔法なのだから当然である。
ハルトは満足そうに腕を組む。
「よし」
結界よし。
照明よし。
清掃よし。
撮影環境よし。
完全だった。
「これで最高の炒飯動画が撮れる」
「その前に聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「今使った魔法、全部どのくらいの規模なの?」
ハルトは少し考える。
「んー」
そして本当に軽い調子で答えた。
「戦争だとだいたい一万人くらい守る用途かな」
結衣は無言になった。
やっぱり。
やっぱりこの男は。
国家レベルで危険人物だった。
しかし当の本人はそんなことより。
スマホを取り出しながら目を輝かせている。
「よし結衣」
「なに」
「サムネ考えよう」
「切り替え早すぎるでしょ!」
夕暮れの庭に、結衣のツッコミが響いた。
もちろん結界の外には一切聞こえていなかった。
「まずサムネだ」
「まだ撮ってもいないのに?」
「再生数を取る動画は撮影前から始まってる」
ハルトは真顔だった。
妙なところだけ本気である。
庭に設置した折りたたみ机の上へスマホを置きながら、ハルトはぶつぶつと呟き始める。
「料理系……」
「うん」
「魔法系……」
「うん」
「検証系……」
「うん」
「そして炒飯」
「うん」
「つまり最強だな」
「その理屈は分からない」
結衣はノートパソコンを開いた。
編集用の機材である。
見た目は普通の高校生が使うノートパソコンだが、中身はかなり魔改造されていた。
動画編集用の高性能構成。
ストレージも大量。
処理速度も異常。
全部、ハルトの暴走に付き合ううちに必要になったものである。
もっとも。
その性能を最大限引き出しているのは機材ではなく結衣本人だった。
学校では知られていないが、結衣の編集技術は既に高校生の域を大きく超えている。
映像の合成。
色調補正。
音声処理。
エフェクト作成。
モーション編集。
どれも独学とは思えないレベルだった。
実際、前回の炎動画も結衣が後から細工を入れている。
炎が本物であることを隠すために。
CGらしいノイズ。
圧縮痕。
レンダリング風の微細な乱れ。
普通の人間には分からない。
しかしプロが見れば、
「なるほど、高品質CG作品か」
と誤認する絶妙な偽装。
あれを数時間で作ったのだから恐ろしい。
ハルトはそんな結衣を見て言う。
「結衣ってさ」
「なに」
「普通に映像会社入れるよな」
「入りたくない」
「なんで」
「一生残業しそうだから」
「確かに」
結衣は肩をすくめた。
そもそも自分が編集技術を磨いた理由は一つ。
昔からハルトの後始末をしてきた結果である。
小学生の頃。
秘密基地動画。
中学生の頃。
意味不明な自主映画。
高校生になってからは配信活動。
その全ての被害者が結衣だった。
結果として編集技術だけ異常進化した。
本人としては不本意極まりない。
「それより」
結衣が話を戻す。
「今日の撮影内容を確認するわよ」
「おう」
「まず普通に炒飯を作る」
「うん」
「炎魔法は演出として使う」
「うん」
「家を吹き飛ばさない」
「うん」
「町も吹き飛ばさない」
「うん」
「北海道も吹き飛ばさない」
「そんなことしないって」
信用がなかった。
結衣の顔が物語っている。
ハルトは少しだけ不満そうだった。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「歩く災害」
「ひどい」
「事実でしょ」
事実だった。
本人だけが気付いていない。
その時。
スマホが震えた。
通知。
ハルトが確認する。
「あ」
「なによ」
「登録者十万人いった」
「は?」
結衣が固まった。
慌ててスマホを覗く。
本当だった。
朝には数万人だった登録者が。
放課後には十万人を突破している。
「早すぎるでしょ!?」
「やっぱ来てるな」
「何が」
「時代」
ドヤ顔だった。
腹が立つくらいドヤ顔だった。
だが実際すごい。
異常な伸びである。
コメント欄も加速していた。
『次の動画まだ?』
『この人絶対プロだろ』
『海外勢だけど登録した』
『本物の魔法使い説』
『CGなら作り方教えてくれ』
『映画業界に行け』
『急上昇から』
数字は正直だ。
人が集まっている。
それだけは間違いなかった。
ハルトは満足そうに頷く。
「見ろ結衣」
「なによ」
「みんな待ってる」
少しだけ真面目な顔だった。
「異世界じゃさ」
「……うん」
「魔王倒しても誰も見てなかったんだよ」
結衣は黙る。
ハルトは笑った。
いつもの明るい笑顔だ。
「でも今は違う」
スマホの画面を見る。
十万人。
コメント。
再生数。
世界中から届く反応。
「ちゃんと見てもらえる」
その言葉だけは。
少しだけ重かった。
結衣は知っている。
ハルトが承認欲求の塊なのは事実だ。
だがそれだけではない。
異世界で三年間。
誰にも理解されない戦いを続けてきた。
死んでも。
勝っても。
苦しんでも。
全部終わった後には何も残らない。
だから今。
誰かが見てくれることが嬉しいのだ。
その感情だけは本物だった。
結衣は小さく息を吐いた。
「……じゃあ」
「ん?」
「百万人目指す?」
一瞬。
ハルトが固まる。
「え」
「だから」
結衣は少しだけ笑った。
「どうせやるなら百万人」
「結衣」
「なに」
「俺、お前のこと好きかもしれん」
「はい却下」
「即答!?」
「そういうのは登録者百万人いってから言いなさい」
「よし」
ハルトが立ち上がった。
「やる気出た」
「単純ね」
「当然だろ」
そして。
勇者は庭の中央へ向かう。
撮影機材を確認する。
三脚。
カメラ。
マイク。
照明。
全部よし。
さらにキッチンからフライパンを持ってくる。
チャーハン用の材料も並べる。
卵。
ネギ。
チャーシュー。
ご飯。
調味料。
見た目だけなら普通の料理動画だった。
ただ一つ違うのは。
調理人が歴代最強勇者であること。
「そういや結衣」
「なに?」
「料理動画ってどのくらい尺がいいんだ?」
「内容次第だけど、最近なら十分前後じゃない?」
「十分か」
ハルトは腕を組む。
「じゃあ炒飯完成まで三十秒くらいで終わらせるか」
「長さじゃなくて調理時間の話してる?」
「テンポ重視だからな」
「視聴者より先に料理が置いていかれるわよ」
ハルトは真剣に悩み始めた。
「確かに」
「そこで納得しないで」
「じゃあ途中で解説を入れるか」
「うん」
「火力担当の精霊がどうこう」
「ダメ」
「魔力循環がどうこう」
「もっとダメ」
「難しいな動画制作」
「あなたの世界基準で説明しようとするからよ」
そんなやり取りをしながら、二人は撮影準備を進めていく。
ハルトが機材を運び。
結衣が配置を確認する。
ハルトが材料を並べ。
結衣が画角を調整する。
息はぴったりだった。
幼稚園からの付き合いである。
もはや言葉がなくてもある程度通じる。
結衣はカメラのモニターを確認する。
夕日の色。
庭の明るさ。
背景。
構図。
全て悪くない。
むしろかなり良い。
「これなら映えるわね」
「だろ?」
「悔しいけど」
ハルトの感覚は意外と鋭い。
再生数に関する嗅覚だけは異常なのだ。
「よし」
ハルトがフライパンを持ち上げる。
「そろそろ撮るか」
「その前に」
結衣は指を立てた。
「火力制限」
「えー」
「えーじゃない」
「大丈夫だって」
「信用できない」
「なんでだよ」
「あんた調子に乗ると庭くらい平気で消し飛ばしかねないでしょ」
「消し飛ばさねぇよ!」
「その返事に一ミリも安心できないのよ」
結衣は真顔だった。
ハルトは視線を逸らした。
心当たりがあるらしい。
結衣は大きくため息を吐く。
そして改めてカメラを構えた。
いよいよ撮影開始である。
もっとも。
この時の二人はまだ知らなかった。
この動画が。
ただの料理動画では終わらないことを。
そして数時間後には。
日本中どころか世界中を巻き込む騒動の始まりになることを。
今の二人にとって重要なのは。
ただ一つ。
美味い炒飯を作ること。
そして。
できるだけバズることだった。
「カメラよし」
結衣がレンズを確認する。
「音声よし」
外付けマイクの波形も問題ない。
「照明……は、良すぎるくらいよし」
庭の上空に浮かぶ光球を見上げながら結衣は言った。
プロの撮影スタジオも真っ青な環境である。
しかも電気代ゼロ。
人件費ゼロ。
維持費ゼロ。
魔法とは恐ろしい。
「じゃあ撮るぞ!」
ハルトが元気よく親指を立てた。
「はいはい」
結衣はカメラの録画ボタンを押す。
赤いランプが点灯する。
撮影開始。
するとハルトは一瞬で表情を切り替えた。
さっきまでの高校生ではない。
動画配信者の顔だった。
「どうもー!」
両手を広げる。
「炎の勇者チャンネルです!」
「その名前定着させる気なのね……」
カメラの外で結衣が呟く。
ハルトは続ける。
「今日はですね」
フライパンを掲げる。
「視聴者の皆さんから多数のコメントをいただきました」
「そんなに来てたの?」
「脳内で」
「来てないじゃない」
だがハルトは気にしない。
「というわけで本日の企画はこちら!」
バン!
机を叩く。
「【検証】炎魔法で炒飯を作ったら店を超えるのか!? です!」
「タイトル盛ったわね」
「動画は盛ってなんぼだからな」
開き直った。
結衣はもう止めない。
止まらないからである。
ハルトは材料を指差す。
「本日の食材はこちら!」
卵。
ネギ。
チャーシュー。
ご飯。
ごく普通だった。
「見ての通り普通です」
「うん」
「だが料理人は普通ではない」
「自分で言う?」
「異世界で三年間、自炊してたからな」
その言葉に結衣は少し意外そうな顔をした。
「そういえば」
「ん?」
「あっちで料理してたの?」
「毎日」
「え」
「宿屋ない日とか普通だったし」
さらっと言う。
だが内容は重い。
「森で寝る」
「うん」
「魔物狩る」
「うん」
「焼く」
「うん」
「食う」
「うん」
「サバイバルじゃない」
「勇者だからな」
「勇者ってそんな職業だったっけ」
少なくとも結衣の知る勇者像ではなかった。
ハルトは笑いながら包丁を手に取る。
「というわけで下準備!」
次の瞬間。
ネギが宙に浮いた。
「待ちなさい」
「大丈夫」
トン。
トトトトトトトトトトトトトトトトッ!!
空中で包丁が残像を作る。
一秒後。
ネギは完璧なみじん切りになっていた。
まな板の上へ整然と落下する。
結衣は無言になった。
「……」
「どうした?」
「いや」
「うん」
「今のも魔法?」
「いや」
ハルトは首を振る。
「剣術」
「もっとダメでしょ」
異世界で鍛え上げた技術を料理に使うな。
結衣は本気でそう思った。
だがハルトは止まらない。
チャーシュー。
ネギ。
その他諸々。
全てが一瞬で刻まれていく。
包丁の音がほとんど聞こえない。
速すぎるのだ。
「これ絶対動画映えするな」
「視聴者が何起きたか分からないと思う」
「じゃあスロー編集頼む」
「結局私なのね」
結衣はため息を吐きながらも頭の中で編集プランを組み始める。
どの角度で切るか。
どこで効果音を入れるか。
どこを強調するか。
もはや職人だった。
そんな結衣を横目に、ハルトはご飯を用意する。
「よし」
そして。
フライパンを持ち上げた。
ここからが本番だった。
「では皆さん」
ハルトがカメラへ向かって微笑む。
「料理において最も重要なものは何だと思いますか?」
妙にそれっぽい語り口だった。
料理番組の司会みたいである。
結衣もちょっと感心する。
「火力だ」
即答だった。
「やっぱりね」
「火力は全てを解決する」
「料理人に怒られなさい」
ハルトは真面目な顔で頷く。
「異世界でもそうだった」
「異世界基準を持ち込まない」
「火力不足で死ぬことはあっても」
ハルトは指を鳴らした。
「火力過多で死ぬことはない」
「あるわよ!」
結衣が即座にツッコむ。
「むしろそっちの方が多いわ!」
「そうか?」
「そうよ!」
だがハルトは納得していなかった。
勇者の感覚は狂っている。
本人だけが気付いていない。
「まあ見てろ」
ハルトはフライパンを構える。
そして右手を軽くかざした。
「着火」
ボッ――。
青い炎が灯る。
普通の火だった。
結衣は少し安心する。
「お」
「珍しく加減したわね」
「当たり前だろ」
ハルトは得意げだった。
「今回は料理動画だからな」
「うん」
「視聴者に親しみやすさを感じてもらう」
「うん」
「だから火力はかなり抑えた」
「ちなみにどのくらい?」
ハルトは少し考えた。
「城門を溶かせる程度」
結衣は頭を抱えた。
「全然加減できてない!」
「えっ?」
「えっ?じゃない!」
青い炎が揺れる。
だが見た目は綺麗だった。
むしろ綺麗すぎた。
普通の炎ではない。
青白く透き通り。
宝石みたいに美しい。
その時だった。
ジューッ!!
フライパンを近付けただけで熱気が走る。
まだ具材を入れていない。
それなのに。
鉄板が真っ赤になった。
「ハルト」
「ん?」
「それ本当に大丈夫?」
「余裕余裕」
ハルトは笑う。
そして。
卵を投入した。
瞬間。
ボォォォォッ!!
黄金色の炎が吹き上がった。
「ぎゃああああ!?」
結衣の悲鳴が響く。
高さ三メートル。
完全に料理番組の火柱ではない。
もはや災害映像だった。
「おー」
ハルトは感心したように頷く。
「いい感じだな」
「どこが!?」
「映える」
「映えれば何でもいいと思ってるでしょ!」
思っている。
だから困る。
しかし。
当のハルトはすでに次の工程へ移っていた。
炎の中でフライパンを振る。
ご飯が舞う。
卵が舞う。
ネギが舞う。
黄金色の火花が夜空へ散る。
それは料理というより。
まるで魔法の儀式だった。
カメラ越しに見ても異様に美しい。
結衣ですら一瞬だけ見惚れるほどに。
「……」
悔しい。
悔しいが。
これは確かに映える。
その事実だけは認めざるを得なかった。
そして結衣はまだ知らない。
この後ハルトが。
さらに意味不明なことを始めるということを。
勇者の料理は。
まだ始まったばかりだった。
ボォォォォォッ!!
黄金色の火柱が夜空へ伸びる。
その中心で。
ハルトは実に楽しそうだった。
「いいな!」
「何がよ!」
「画!」
即答だった。
結衣は頭痛を覚える。
この男は本当に一貫している。
世界を救った勇者だろうが。
高校二年生だろうが。
根本は変わらない。
面白そうならやる。
映えそうならもっとやる。
ただそれだけだ。
ハルトはフライパンを振る。
ご飯が宙を舞う。
黄金色の粒が光球の照明を受けて輝く。
正直。
見た目だけなら異常に綺麗だった。
映画のワンシーンみたいである。
「うーん」
ハルトが首を傾げる。
「どうしたの」
「ちょっと足りない」
「嫌な予感しかしない」
「やっぱ料理動画って演出も大事じゃん?」
「その言い方をすると絶対ろくなことしない」
ハルトは人差し指を立てた。
「見てろ」
「見たくない」
「大丈夫だから」
大丈夫だった試しがない。
しかしハルトは既に行動していた。
左手を軽く振る。
すると。
周囲に浮いていた光球が移動を始めた。
「え?」
結衣が目を瞬かせる。
光球がフライパンの周囲を回り始めたのだ。
ゆっくり。
優雅に。
まるで衛星のように。
しかも光の軌跡が残る。
金色の輪が空中に描かれる。
「なにそれ」
「演出」
「便利な言葉ね」
「動画って大事だからな」
本人は本気だった。
火花が舞う。
光が回る。
炒飯が跳ねる。
確かに絵面は凄い。
凄いのだが。
「料理動画じゃなくなってきてる」
「大丈夫」
「何が」
「サムネ映えする」
「それしか考えてない!」
ハルトは笑った。
完全に楽しくなっている。
結衣には分かる。
こうなった時のハルトは危険だ。
子供がおもちゃを見つけた時と同じ顔をしている。
つまり暴走寸前である。
「ハルト」
「ん?」
「火力上げないでよ」
「分かってる」
「本当に?」
「もちろん」
信用度ゼロだった。
案の定。
三十秒後。
「やっぱ少しだけ上げるか」
「ほらぁ!」
結衣の叫びが響く。
だがハルトはもう止まらない。
右手を軽くひねる。
瞬間。
炎の色が変わった。
黄金色から白金色へ。
熱量が一気に上がる。
周囲の空気が揺らぐ。
「ハルト」
「うん」
「それ大丈夫?」
「料理向けに調整した」
「だから基準がおかしいのよ」
本人は加減しているつもりだ。
だが勇者基準である。
一般人には理解不能だった。
すると。
突然。
香りが広がった。
「……あれ?」
結衣が目を丸くする。
チャーハンの香りだった。
とんでもなく良い匂い。
食欲を刺激する。
卵の香ばしさ。
ネギの香り。
チャーシューの旨味。
全部が混ざり合う。
思わずお腹が鳴りそうになる。
「どう?」
ハルトが得意げに聞く。
「……悔しい」
「ん?」
「美味しそう」
「だろ?」
ハルトは満足そうに笑った。
異世界生活三年。
戦いばかりしていたわけではない。
料理も覚えた。
野営もした。
保存食も作った。
むしろ生き残るためには必要な技術だった。
だから意外と料理は得意だった。
「ほら」
ハルトがフライパンを振る。
ご飯が綺麗に踊る。
一粒一粒が離れている。
火の通り方も均一。
素人の手際ではない。
「ほんと無駄に器用よね」
「褒めてる?」
「半分」
「やったぜ」
単純だった。
結衣は少し笑う。
こういうところは昔から変わらない。
褒められるとすぐ調子に乗る。
だから。
次の瞬間。
嫌な予感がした。
「そうだ」
ハルトが何かを思いついた顔になる。
結衣の表情が固まる。
「待って」
「ん?」
「今何か思いついた?」
「思いついた」
「却下」
「まだ言ってない」
「却下」
ハルトは不満そうだった。
「絶対面白いのに」
「だから怖いのよ」
「聞くだけ聞けよ」
「聞くだけね」
結衣は警戒しながら頷く。
すると。
ハルトは実に良い笑顔で言った。
「炒飯を空中で完成させる」
沈黙。
「……は?」
「だから」
ハルトは空を指差す。
「空中で具材全部回転させながら加熱して」
「うん」
「そのまま完成」
「うん」
「最後にフライパンへ着地」
「うん」
「超映える」
結衣は頭を抱えた。
意味が分からない。
料理番組なのか。
魔法ショーなのか。
本人もたぶん分かっていない。
「やらないわよ」
「えー」
「えーじゃない」
「絶対再生数伸びる」
「伸びてもダメ」
「なんで」
「料理動画だから!」
ようやく本質を思い出した。
ハルトは不満そうだったが。
数秒考えたあと。
「じゃあ半分だけ」
「何が半分だけなのよ」
「空中で加熱するの半分」
「譲歩になってない!」
結衣のツッコミが飛ぶ。
しかし。
その直後だった。
ハルトがふとスマホ画面を見る。
「あ」
「今度はなに」
「コメント増えてる」
「もう?」
撮影途中だというのに。
前回動画へのコメントがさらに加速していた。
登録者数も増え続けている。
十万を超えても勢いが落ちない。
「すご……」
結衣も思わず呟く。
ハルトは満面の笑みだった。
「見ろ」
「うん」
「波が来てる」
「調子に乗るな」
「乗る」
「でしょうね」
だが。
その笑顔を見ていると。
結衣も少しだけ嬉しくなる。
帰ってきたのだ。
本当に。
異世界から。
命懸けの戦場から。
そして今。
このバカは。
チャーハンで世界を取ろうとしている。
意味が分からない。
だが。
それでいいのかもしれない。
結衣は小さく笑った。
「ほら」
「ん?」
「炒飯焦げるわよ」
「おっと」
ハルトが慌ててフライパンを振る。
火花が散る。
香りが広がる。
そして。
動画撮影はいよいよ終盤へ入っていく。
この後。
ハルトは最後の仕上げとして。
さらに一つ。
とんでもない演出を思いついてしまうのだった。
炒飯の香りが庭いっぱいに広がっていた。
卵の香ばしさ。
ネギの爽やかな香り。
チャーシューの旨味。
普通なら夜食テロ動画として十分な破壊力である。
だが。
動画投稿者・一ノ瀬晴人はそこで満足できる男ではなかった。
「よし」
フライパンを握ったまま頷く。
「仕上げだな」
「その言葉が一番怖いのよ」
結衣は即座に返した。
ここまででも十分おかしい。
空中を回る光球。
異常な火力。
意味不明な包丁技術。
もう十分映えている。
普通の配信者なら大成功だ。
だがハルトは首を振った。
「甘い」
「何が」
「今の時代は差別化だ」
「動画論語り始めた」
「競争は激しいからな」
妙に真面目な顔をしている。
こういう時が危ない。
本人だけは本気なのだ。
「視聴者は刺激に慣れてる」
「うん」
「普通の料理動画じゃ埋もれる」
「いや、十分普通じゃないから」
「だから最後に一発」
嫌な予感しかしない。
結衣は心の底からそう思った。
「何する気?」
「炒飯を輝かせる」
「意味が分からない」
「見れば分かる」
「見たくない」
だが既に遅かった。
ハルトは炒飯の上へ手をかざす。
そして。
ぱちん。
指を鳴らした。
次の瞬間。
炒飯が光った。
「は?」
結衣が固まる。
炒飯が。
本当に。
金色に輝いていた。
しかも発光している。
「どうだ」
ハルトが誇らしげに胸を張る。
「光る炒飯だ」
「料理を発光させるな!」
「でも綺麗だろ?」
「綺麗だけど!」
悔しいことに綺麗だった。
湯気の向こうで黄金色の光が揺れる。
まるで宝石みたいである。
食欲より先に神秘性が来る。
「これ絶対サムネ映えする」
「それしか言わないわね」
「大事だからな」
ハルトは真顔だった。
そして。
撮影用のカメラへ向き直る。
「それでは完成です」
料理番組みたいな落ち着いた声。
数分前まで火柱を上げていた人間とは思えない。
「炎魔法炒飯」
皿を持ち上げる。
黄金色に輝く炒飯。
異常に整った見た目。
異常に美味そうな香り。
そして異常な発光。
何もかもがおかしい。
「皆さんもぜひ試してみてください」
「試せるわけないでしょうが!」
結衣のツッコミで撮影は終了した。
カメラの録画ランプが消える。
ようやく終わった。
結衣は深いため息を吐いた。
「終わったぁ……」
「お疲れ」
「疲れたわよ……」
本当に疲れた。
魔法そのものより。
ハルトの暴走管理の方が大変である。
しかし。
当の本人はもう次のことを考えていた。
「編集楽しみだな」
「私がやるんだけど」
「頼りにしてる」
「便利な言葉ね」
結衣は呆れながらパソコンを開く。
動画データを確認する。
そして。
「……あんた」
「ん?」
「素材だけなら本当にすごいわね」
思わず本音が漏れた。
映像としての完成度が異常だった。
炎。
光。
動き。
全部が綺麗すぎる。
CG映画の予告編みたいである。
問題は全部本物だという点だけだ。
「だろ?」
ハルトが嬉しそうに笑う。
「これ百万いくかな」
「いくと思う」
「おお!」
「多分それ以上」
結衣は編集者として断言できた。
これは伸びる。
間違いなく。
むしろ伸びない方がおかしい。
そのくらい映像の破壊力がある。
「よし!」
ハルトが拳を握る。
「次は二百万だ!」
「まず一個ずつ成功体験積みなさい」
「夢は大きく」
「胃痛も大きくなるのよ私は」
結衣が机に突っ伏した。
そんな幼馴染を見ながら。
ハルトは上機嫌でスマホを開く。
登録者数。
再生数。
コメント数。
数字が増えていく様子を見るのが好きだった。
異世界にはなかったもの。
誰かが見てくれている証拠。
誰かが評価してくれている証拠。
それが嬉しい。
ただ純粋に。
嬉しかった。
「今度は何撮ろうかなぁ」
呑気に呟く。
その言葉に。
結衣は嫌な予感しかしなかった。
そして翌日。
その予感は別の形で現実になる。
動画投稿から数時間後。
編集を終えた動画は公開された。
タイトル。
『【検証】炎魔法(物理)で炒飯作ってみた【CGなし】』
その動画は。
前回を遥かに超える速度で拡散した。
深夜にもかかわらず再生数は急上昇。
コメント欄は祭り状態。
国内外のクリエイターが反応。
考察動画が乱立。
検証勢が敗北宣言。
そして。
日本最大級の経済グループ。
西園寺グループの公式アカウントが。
動画へコメントを残した。
『ようやく見つけました』
たった一言。
しかし異様な存在感だった。
数分後。
ハルトのチャンネルへ一通のDMが届く。
『ぜひ一度、お会いしたく存じます』
『場所はこちらで用意いたします』
『炎の勇者様』
その文面を見たハルトは。
「おおおおおっ!!」
深夜にもかかわらず叫んだ。
「企業案件だぁぁぁぁ!!」
結衣は隣で顔を引きつらせる。
「……なんで財閥が高校生に案件投げてくるのよ」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感がした。
しかも。
そのDMに添付されていた待ち合わせ場所は。
都内最高級の料亭だった。
普通ではない。
どう考えても普通ではない。
だが。
ハルトは目を輝かせていた。
「来た」
「来てない」
「俺の時代が」
「来てないって」
「ついにスポンサーだ!」
聞いていない。
結衣は頭を抱える。
そしてその頃。
どこかで一人の少女が。
スマホ画面に映る炎を見つめながら。
静かに微笑んでいたことを。
まだ誰も知らなかった。
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投稿した動画のコメント
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【動画タイトル】
『【検証】炎魔法(物理)で炒飯作ってみた【CGなし】』
【再生数:4,827,116回】
【高評価:62.3万】
【コメント:118,742件】
『待って炒飯が発光してるんだけど』
『料理動画の皮を被ったファンタジー映画』
『火力の説明で城門溶かせるとか言ってて草』
『CG職人また失業してる』
『前回より意味分からなくなってる』
『なんで炒飯作るだけでラスボス戦みたいになるんだよ』
『海外勢だけど登録した』
『THIS IS NOT A COOKING VIDEO』
『火柱が三メートルあるのに本人が平然としてるの怖い』
『料理番組じゃなくて魔法儀式だろこれ』
『フライパン振るシーン美しすぎる』
『映像業界の人間だけど編集痕が見つからん』
『CGだとしても技術力がおかしい』
『むしろCGであってくれ』
『なんでネギ切る速度が剣豪なんだよ』
『包丁技術の方が怖い』
『ネギ「解せぬ」』
『剣術でみじん切りは初めて聞いた』
『途中から炒飯見てるのか魔法見てるのか分からなくなった』
『火力は全てを解決する ← 危険思想』
『料理人が見たら卒倒する火力』
『城門を溶かせる程度 ← 全然加減できてない』
『撮影者のツッコミが優秀すぎる』
『結衣さん逃げて』
『いや結衣さんがいないと社会が終わる』
『このチャンネルの良心は撮影者』
『炒飯よりツッコミを聞きに来てる』
『最後の「試してみてください」で吹いた』
『試せるか!』
『再現動画投稿者、全員死亡』
『検証勢「無理です」』
『料理系YouTuber「どうしてこうなった」』
『物理学者と料理研究家が同時に困惑してる』
『なんで飯テロ動画で学会が荒れてるんだよ』
『炒飯が光る理由を説明できる人いる?』
『↑いない』
『↑勇者だから』
『それで納得できるのがおかしい』
『財閥公式アカウント来てるぞ!?』
『西園寺グループいて草』
『企業案件どころの話じゃなくなってきた』
『財閥がコメントする料理動画初めて見た』
『炎の勇者、ついに財界デビュー』
『高校生YouTuberに財閥が接触する世界線』
『なんか裏で大事件始まってない?』
『登録者の増え方がバグってる』
『昨日十万人だったよな?』
『今のうちに古参アピールしとく』
『おすすめに出てきたけど意味が分からない』
『意味は分からないのに最後まで見てしまった』
『このチャンネル中毒性ある』
『次の動画まだ?』
『頼むから次も料理動画であってくれ』
『いや絶対料理動画じゃ済まないだろ』
『こいつ絶対まだ何か隠してる』
『“本物”っぽいんだよな、このチャンネル』




