第44話 聖女と最恐心霊スポット
夕暮れが終わり、空を覆う雲が月明かりまで隠していた。
山奥へ続く細い道路の先。
長年使われなくなった廃病院が、不気味な姿をさらしている。
割れた窓。
崩れた外壁。
風が吹くたびに錆びた看板が「ギィ……ギィ……」と嫌な音を立て、草木がざわめく。
全国でも有名な心霊スポット。
ネットでは「夜中に白い人影が歩く」「女性の泣き声が聞こえる」「写真に必ず何かが写る」と数え切れないほどのうわさが飛び交っている場所だった。
「いやぁ、雰囲気あるな!」
そんな場所を前にして、一ノ瀬ハルトだけは満面の笑みだった。
「これ絶対バズるって!」
「普通は最初にそういう感想にならないんだけど?」
結衣が半ばあきれたように肩をすくめる。
「普通の人は『怖い』が先だからね?」
「そうか?」
「そうなの!」
結衣が即答すると、ハルトは首をかしげながらも「まあ面白ければいいか」と笑った。
その隣では、剣崎凛が周囲を鋭い目で見渡している。
「建物自体の老朽化が進んでいます。床が抜ける危険もありますので、移動の際は私の指示に従ってください」
「ありがとう、凛。」
「お任せください、主」
凛は真剣そのものだった。
心霊現象よりも、物理的な危険を警戒している。
一方、西園寺聖奈は車から機材を運びながら優雅に微笑んだ。
「撮影許可、周辺道路の使用許可、警備会社との連携も全て完了しております。安心して撮影できますよ、勇者様」
「さすが聖奈!」
「勇者様のお役に立てて何よりです」
摩夜もスマートフォンを見ながら淡々と口を開く。
「周囲の通信状況も確認済み。今夜は同じ時間帯に他の配信者が来る予定もない。撮影には最適だよ」
「助かる!」
炎の勇者チャンネルのメンバーは、それぞれ自分の役割を自然にこなしていく。
そんな中、一人だけ少し緊張した様子で胸の前に手を重ねている少女がいた。
「……」
猫宮陽葵。
人気配信者ベネルディス。
そして前世では聖女だった少女である。
彼女は目の前の廃病院を見上げ、小さく息を吸った。
「ハルトさん。」
「ん?」
「本日はよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ!」
ハルトはいつもの笑顔で親指を立てる。
「今日は陽葵のお披露目動画だからな!」
「はい。」
その一言だけで、陽葵の表情がぱっと明るくなった。
「頑張ります。」
その笑顔を見た結衣は思わず苦笑する。
(ハルトに褒められるだけでこんなに嬉しそうなんだから……。)
相変わらず重い。
いや、このメンバーの中ではもう普通なのかもしれない。
「じゃあ機材準備しよう!」
「了解!」
結衣がカメラを構え、凛が照明を設置する。
聖奈は予備機材を確認し、摩夜は録音レベルを調整していく。
全員の動きは、もはや何度も撮影を重ねてきたチームそのものだった。
「よし!」
ハルトがカメラの前へ立つ。
「本番いくぞ!」
結衣がカウントを始める。
「三、二、一――スタート!」
赤い録画ランプが点灯した。
ハルトはいつものように元気いっぱいの笑顔を浮かべる。
「みんなこんにちは! 炎の勇者チャンネルのハルトです!」
カメラへ向かって大きく手を振る。
「今日も動画を見に来てくれてありがとう!」
その横へ陽葵が少し緊張しながら並んだ。
ハルトは笑顔で紹介する。
「そして今日はみんなに大事なお知らせがあります!」
一拍置き、嬉しそうに腕を広げた。
「なんと! 今日から炎の勇者チャンネルに新しいメンバーが正式加入します!」
効果音用の拍手を結衣が横で入れる。
「その新メンバーがこちら!」
ハルトが陽葵へ視線を向ける。
陽葵は一歩前へ出ると、深く頭を下げた。
「皆さん、初めまして。」
柔らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと顔を上げる。
「猫宮陽葵と申します。」
「普段は『ベネルディス』という名前で配信活動をしております。」
「本日から炎の勇者チャンネルの一員として活動させていただくことになりました。」
「まだまだ未熟ではありますが、皆さんに楽しんでいただける動画をお届けできるよう精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
そう言って、もう一度丁寧に頭を下げた。
「はい!」
ハルトが満足そうにうなずく。
「知ってる人も多いと思うけど、陽葵は配信がすごく上手なんだ!」
「だからこれからは動画だけじゃなくて、配信とかも一緒にやっていこうと思ってる!」
陽葵は少し照れながら微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「私もハルトさん……皆さんのお役に立てるよう頑張ります。」
結衣はカメラ越しに「危なかった」と胸をなで下ろす。
今、一瞬だけ「ハルトさん」だけを特別な声で呼びそうになっていた。
ぎりぎり配信者らしい笑顔で持ち直している。
「さて!」
ハルトが手を打つ。
「そんな新メンバー陽葵の記念すべき最初の動画なんだけど――」
背後の廃病院を親指で示した。
「今回はここ!」
「全国でも有名な心霊スポットにやって来ました!」
カメラが建物全体を映す。
夜風が吹き抜け、木々が揺れ、不気味な音が響く。
「しかも今回は!」
ハルトは得意げに胸を張る。
「ベネルディスと言えば聖女!」
「だったら心霊スポットを浄化してもらおうってことで!」
「題して!」
勢いよく指を突き上げる。
「【心霊スポット(ガチ)を浄化してみた】!」
陽葵も小さく拍手をした。
「頑張ります。」
「もし本当に幽霊がいたら、ちゃんとお話もしてみたいと思います。」
その一言に、カメラの外で結衣が小さく吹き出す。
(普通、心霊企画でそんなこと言わないから!)
もっとも、本当に話せる人がここにはいるのだが。
ハルトはまったく気にした様子もなく笑った。
「どんな結果になるのか俺も楽しみだ!」
「それじゃあ――」
カメラへ向かって親指を立てる。
「さっそく行ってみよう!」
「スタートです。」
陽葵も笑顔でうなずく。
こうして炎の勇者チャンネル新メンバー・ベネルディス正式加入動画の撮影が、静かに幕を開けた。
廃病院の正面玄関。
ガラスはほとんど割れ落ち、自動ドアは半開きのまま止まっている。
ハルトたちは照明を手に、ゆっくりと建物の中へ足を踏み入れた。
コツ……コツ……。
足音だけが静かな廊下へ響く。
壁には色あせた案内板。
天井からは配線が垂れ下がり、長い年月を感じさせる。
「おぉ……。」
ハルトは辺りを見回しながら感心したように声を漏らす。
「雰囲気あるなぁ。」
「ハルトは本当に怖くないの?」
結衣が小声で尋ねる。
「ん? 別に。」
「いや、『別に』じゃなくて……。」
その時だった。
「あ。」
ハルトが廊下の奥を指差した。
「いた。」
「え?」
結衣たちが一斉に視線を向ける。
しかし誰にも何も見えない。
「ど、どこ?」
「向こう。」
ハルトは当然のように答える。
「白衣のおじさん。」
一瞬、空気が止まった。
「……見えてるの?」
摩夜が静かに尋ねる。
「見えてるよ?」
ハルトは不思議そうに首をかしげる。
「え? みんな見えないの?」
「見えません。」
凛が即答する。
「そうか。」
ハルトは軽くうなずくと、まるで懐からペンでも取り出すような気軽さで右手を前へ突き出した。
「じゃあ見えるようにするか。」
結衣が思わず額を押さえる。
「いや、その発想がおかしいから!」
ハルトは気にも留めず、指先へ魔力を集める。
淡い金色の光が空中へ溶け込むように広がった。
「可視化。」
たった一言。
光が廊下全体を包み込む。
次の瞬間。
誰もいなかった廊下に、一人の男性が立っていた。
白衣姿。
三十代ほどの穏やかな顔立ち。
体は半透明で、淡く青白い光をまとっている。
「え……。」
結衣が言葉を失う。
「本当に……。」
凛も目を見開いた。
「幽霊……。」
聖奈も思わず息をのむ。
「映っています。」
摩夜はカメラへ視線を向けた。
モニターにも、その男性ははっきり映っている。
音声レベルも反応していた。
「こんにちはー!」
そんな空気を壊したのは、もちろんハルトだった。
まるで近所の人へ話しかけるような気軽さで手を振る。
「ちょっとお話いいですか?」
「…………。」
幽霊の男性は驚いたように目を丸くした。
「私が……見えるのですか?」
「見える見える。」
ハルトは笑顔でうなずく。
「せっかくだしインタビューさせてよ。」
「い、インタビュー……?」
男性は完全に戸惑っていた。
人生――いや、死後も含めて初めて言われた言葉だった。
「安心してください。」
その時だった。
陽葵がゆっくりと前へ歩み出る。
柔らかな笑みを浮かべ、男性と目線を合わせるように少しかがんだ。
「無理にお話しなくても大丈夫ですよ。」
穏やかな声。
聞いているだけで心が落ち着くような優しい響きだった。
「私たちは、あなたを怖がらせるために来たのではありません。」
「……。」
「もし、誰かに聞いてほしいお気持ちがあるのでしたら、どうか安心してお話しください。」
男性の表情が少しだけ和らぐ。
「……不思議ですね。」
「あなたの声を聞いていると……安心します。」
陽葵は静かに微笑んだ。
「ありがとうございます。」
その様子を見たハルトも安心したように笑う。
「よかった!」
「じゃあ質問していくな!」
結衣は思わず小声でつぶやく。
「街頭インタビューじゃないんだから……。」
しかしハルトは完全にいつもの動画撮影モードだった。
「まず、お名前を教えてもらってもいいですか?」
「……山崎です。」
「山崎さんですね!」
ハルトは満足そうにうなずく。
「ここにはいつ頃から?」
「もう……何十年になるでしょう。」
「そんなに!」
「はい。」
山崎は廊下を見回した。
「私は、この病院で医師をしていました。」
「患者さんを助けることだけを考えて生きていました。」
「ですが……。」
言葉が止まる。
陽葵が優しく続けた。
「無理に急がなくても大丈夫ですよ。」
「ゆっくりで構いません。」
その一言だけで、山崎の肩から力が抜ける。
「ありがとうございます。」
彼は静かに目を閉じた。
「ある日、担当していた患者さんを助けられませんでした。」
「もっと自分に力があれば。」
「もっと早く気付いていれば。」
「そんな後悔だけが残って……。」
「気付けば私は、この病院から離れられなくなっていました。」
重苦しい空気が流れる。
しかし陽葵は悲しそうな顔をするのではなく、相手を受け止めるような優しい笑みを浮かべ続けていた。
「ずっと、お一人だったのですね。」
「……はい。」
「とても、おつらかったですね。」
その言葉だけで十分だった。
山崎は静かにうつむき、小さくうなずいた。
まるで長い年月、誰にも言えなかった思いをようやく受け止めてもらえたかのように。
静かな廊下に、誰も口を開かない時間が流れる。
山崎は長年胸の奥へ抱え続けてきた後悔を吐き出したことで、どこか力が抜けたような表情をしていた。
陽葵はそんな彼をまっすぐ見つめる。
「山崎さん。」
「……はい。」
「あなたは患者さんを見捨てたかったわけではありませんよね。」
山崎は力なく首を振る。
「そんなこと、一度も……。」
「最後まで助けようとされたのですね。」
「はい……。」
「それでも助けられなかった。」
「はい……。」
震える声だった。
何十年も繰り返し、自分自身を責め続けてきた言葉。
陽葵は静かに微笑む。
「それでは、お聞きします。」
「もし今、その患者さんがあなたの前にいたら、何と言われたいですか?」
山崎は目を閉じた。
しばらく考え、小さく答える。
「……ありがとう、と。」
「先生は頑張ってくれた、と。」
「そう言っていただけたら……私は……。」
言葉が途切れる。
陽葵はゆっくりとうなずいた。
「では。」
「今度は私がお伝えします。」
彼女は胸の前で両手を重ねた。
その姿は、まさに異世界で多くの人々を救ってきた聖女そのものだった。
「山崎さん。」
「あなたは十分に頑張りました。」
「あなたは最後まで、人を救おうとし続けた方です。」
「だから、もうご自分を責めなくて大丈夫です。」
山崎の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「ですが……私は救えませんでした。」
「いいえ。」
陽葵は優しく首を横へ振った。
「救えなかった命はあったかもしれません。」
「ですが、その日まであなたが救ってきた命も、きっと数え切れないほどあったはずです。」
「……。」
「人は完璧ではありません。」
「だからこそ、誰かを救おうとしたその想いには意味があります。」
山崎は言葉を失っていた。
誰も責めない。
誰も裁かない。
ただ、その人生を認めてくれる。
それだけで、何十年も心を縛っていた鎖が少しずつほどけていく。
陽葵は穏やかな笑顔のまま、最後の言葉を紡いだ。
「山崎さん。」
「あなたはもう赦されています。」
「どうか安心して、お休みください。」
その瞬間だった。
ふわり、と。
陽葵の体から淡い金色の光があふれ始めた。
「……!」
結衣が息をのむ。
「えっ……?」
聖奈も思わず目を見開く。
「これは……。」
凛は反射的に一歩前へ出る。
「勇者様……。」
摩夜だけは光から目を離さず、小さくつぶやいた。
「魔力……?」
光は陽葵を包み込むように広がり、そのまま山崎へ降り注いでいく。
温かく、優しく。
冬の日差しのような穏やかな輝きだった。
山崎の体を包んでいた黒いもやが、少しずつ溶けるように消えていく。
「暖かい……。」
彼は信じられないように両手を見つめた。
「こんな気持ち……いつ以来でしょう。」
青白かった姿が、少しずつ本来の人間らしい色を取り戻していく。
「私は……。」
山崎は陽葵へ深く頭を下げた。
「救われました。」
「本当に……ありがとうございました。」
陽葵も静かに一礼する。
「どうか安らかに。」
「皆さんが見守ってくださっています。」
山崎は穏やかな笑顔を浮かべた。
「ようやく……帰れます。」
その言葉を最後に。
彼の体は無数の光となって夜の空気へ溶けていく。
淡い光の粒は天井をすり抜けるように昇り、やがて完全に姿を消した。
廊下には静寂だけが残る。
「……すごかった!」
最初に声を上げたのは、やはりハルトだった。
「今の最高じゃないか!」
「ちゃんと最初から最後まで映ってるよな!?」
結衣はモニターを確認する。
「う、うん……全部映ってる。」
「幽霊も、会話も……最後の光まで全部。」
「やった!」
ハルトは拳を握る。
「これはすごい取れ高だ!」
しかし。
残る四人は、誰もその言葉に反応できなかった。
聖奈がゆっくり陽葵を見る。
「陽葵さん……。」
「今の奇跡は……。」
凛も真剣な表情で尋ねる。
「勇者様以外にも、魔法が……。」
摩夜は考え込むように目を細めた。
「理論上、この世界で魔法が使えるのは君だけだった。」
「それなのに、今の現象は説明できない。」
三人の視線が陽葵へ集まる。
だが、当の本人だけは驚いた様子がなかった。
「大丈夫です。」
陽葵は穏やかに微笑む。
「先ほど神託をいただきました。」
「『安心して。その奇跡は君一人の力じゃない』と。」
彼女は胸へ手を当てる。
「ですから、不思議ではありません。」
「ハルトさんのお近くにいる今だからこそ起きた奇跡なのだと思います。」
三人は顔を見合わせる。
ハルトの近くだから。
その一言だけで、先ほどの現象は別の意味を持ち始めていた。
一方、その中心人物だけは。
「よーし!」
カメラへ向かって親指を立てていた。
「この調子でどんどん幽霊探そう!」
「まだまだ撮れ高がありそうだ!」
誰一人として、その能天気な発言に突っ込む余裕は残っていなかった。
それから一時間ほど。
ハルトたちは廃病院の中を歩き回っていた。
「あ、いたいた。」
ハルトが廊下の角を指差す。
「今度は女の子だ。」
「可視化するね。」
もはや日常会話のような軽さで魔法を発動する。
淡い光が広がると、小学生ほどの少女の霊が姿を現した。
「……お姉ちゃん?」
不安そうに陽葵を見る少女。
陽葵はゆっくりと膝をつき、目線を合わせる。
「はい。」
「私はここにいますよ。」
その後も。
事故で命を落とした男性。
家族を待ち続けていた老婦人。
病院へ勤めていた看護師。
それぞれが抱えた未練を語り、陽葵は一人ひとりの話を最後まで聞き続けた。
責めることなく。
急かすことなく。
ただ寄り添い、受け止める。
そして最後には必ず微笑みながら言う。
「もう、大丈夫ですよ。」
「安心して、お休みください。」
その言葉とともに金色の光があふれ、霊たちは安らかな表情で天へと昇っていく。
「ありがとうございます。」
「ようやく帰れます。」
「ありがとう……。」
何十年もこの場所へ縛られていた魂が、一人、また一人と救われていく。
気が付けば、廃病院全体を覆っていた重苦しい空気はすっかり消え去っていた。
どこか冷たかった風も穏やかになり、建物そのものが静かに眠りについたような空気へ変わっている。
ハルトは辺りを見回した。
「うーん。」
「もういないかな。」
目を閉じ、建物全体へ意識を巡らせる。
地下。
病室。
手術室。
屋上。
どこにも霊の反応はない。
「うん!」
「全部成仏した!」
満足そうに笑うハルト。
「完全クリアだ!」
その様子に結衣は苦笑した。
「ゲームじゃないんだから……。」
とはいえ、カメラ越しに映る廃病院は、入ってきた時とはまるで別の場所だった。
どこか穏やかで、恐怖よりも静けさを感じる空間になっている。
「ハルト。」
摩夜が時計を見ながら声を掛けた。
「そろそろ締めよう。」
「十分すぎるくらい撮れ高はある。」
聖奈もうなずく。
「新メンバーのお披露目としても、大成功でしたね。」
凛も周囲を確認する。
「安全面にも問題ありません。撤収してもよろしいかと。」
「了解!」
ハルトは笑顔でカメラの前へ立った。
結衣が録画を再開する。
「三、二、一――」
赤いランプが灯る。
ハルトはいつもの調子で親指を立てた。
「はい! ということで今回は!」
「ベネルディスこと陽葵と一緒に心霊スポットへ来てみました!」
カメラが廃病院を映す。
「いやー、まさか本当に最後までお話を聞けるとは思わなかったな!」
「陽葵、どうだった?」
マイクが向けられる。
陽葵は柔らかく微笑んだ。
「皆さん、とても優しい方たちでした。」
「長い間、一人で苦しんでいらっしゃいましたが、お話を聞かせていただけて本当によかったです。」
「どうか安らかに眠っていただけたら嬉しいです。」
その穏やかな笑顔に、画面越しでも癒やされそうな雰囲気が漂う。
ハルトも大きくうなずいた。
「というわけで!」
「今日から陽葵――ベネルディスが炎の勇者チャンネルの正式メンバーになりました!」
陽葵がぺこりと頭を下げる。
「改めまして、よろしくお願いいたします。」
「これから動画にもたくさん出てもらう予定だから楽しみにしててくれ!」
そしてハルトは思い出したように指を立てた。
「あ、そうだ!」
「もう一つお知らせ!」
「この動画が公開されたあと!」
「ベネルディスチャンネルのほうで俺と陽葵のコラボ配信をやるぞ!」
陽葵も笑顔で続ける。
「動画ではお話しできなかったことや、皆さんからのご質問にもお答えしたいと思っています。」
「ぜひ遊びに来てくださいね。」
「よろしく!」
ハルトは拳を突き上げた。
「それじゃあ今回はここまで!」
「面白かったら高評価!」
「チャンネル登録!」
「コメントもよろしく!」
「それじゃあまた次の動画で!」
「「バイバーイ!」」
結衣が録画停止ボタンを押す。
「はい、カット!」
動画撮影が終わると同時に、全員がふぅっと息をついた。
「お疲れ様でした。」
陽葵が深々と頭を下げる。
「こちらこそ。」
結衣が笑う。
「初撮影とは思えないくらい自然だったよ。」
「ありがとうございます。」
陽葵は少し照れくさそうに笑った。
その隣ではハルトが満足そうに伸びをしている。
「いやー!」
「今回もいい動画になったな!」
「編集が楽しみ!」
「まずは帰ってデータのバックアップね。」
結衣がすぐに現実へ引き戻す。
「それが一番大事だから。」
「了解!」
機材を片付け終え、一行は車へ乗り込む。
すっかり静けさを取り戻した廃病院を後にし、それぞれ帰路についた。
こうして、ベネルディス正式加入を飾る最初の動画撮影は、大成功のうちに幕を閉じた。
――――――
その日の夜。
黒沼摩夜は自宅マンションの一室で、一人パソコンの画面を眺めていた。
動画素材。
撮影中の映像。
可視化された幽霊。
陽葵が起こした奇跡。
成仏の瞬間。
何度も再生し、何度も止める。
「……。」
摩夜は椅子にもたれながら、小さく息を吐いた。
「やっぱり、おかしい。」
この世界で魔法が使えるのは一人だけ。
一ノ瀬ハルト。
それは異世界で共に戦った仲間である自分が、一番よく知っている。
だからこそ今日の出来事は説明がつかなかった。
「陽葵は魔法を使った。」
少なくとも、現象だけを見ればそう結論付けるしかない。
霊を浄化する金色の光。
魂を安らかに送り出す奇跡。
あれは映像編集でも手品でもない。
現実に起きた超常現象だった。
「でも……。」
摩夜は映像を止める。
そこには陽葵が微笑みながら霊へ語りかける姿が映っていた。
「神託。」
撮影中、陽葵は確かにそう言った。
『安心して。その奇跡は君一人の力じゃない』
その言葉だけは、他の誰よりも摩夜の胸へ引っ掛かっていた。
「一人の力じゃない……か。」
指先で机を軽く叩く。
「異世界では。」
摩夜はゆっくりと記憶をたどる。
「聖職者は魔法使いとは違った。」
魔法使いは、自らの魔力を操る。
術式を構築し、魔力を消費して世界へ干渉する。
対して神官や司祭、そして聖女。
彼らは根本的な仕組みが違っていた。
「聖職者が使う奇跡は、自分の力じゃない。」
神へ祈り。
神から力を借り受け。
その力を媒体として奇跡を起こす。
だから魔力の性質も違えば、発動原理も違う。
「そうだった……。」
摩夜の目が少しずつ開かれていく。
「聖女っていうのは。」
「神の力を借りる才能を、生まれつき高い水準で持った存在。」
魔法が使えるから聖女なのではない。
神との繋がりが極めて強いから聖女なのだ。
「なら。」
摩夜は自然と一つの結論へたどり着いた。
「異世界では神から力を借りていた陽葵は。」
「現代では、その神に相当する存在が必要になる。」
そして。
陽葵が誰を神と信じているのか。
そんなことは考えるまでもない。
今日の撮影中。
陽葵は何の迷いもなく言っていた。
『ハルトさんのお近くにいる今だからこそ起きた奇跡』
あれはただの感謝ではない。
信仰だった。
「そういうことか。」
摩夜は小さく笑う。
「陽葵はハルトを神として崇めている。」
「だからこそ、ハルトから力を借り受けられる。」
現代には本来存在しない奇跡。
それが今日、再現された理由。
全てが一本の線で繋がった。
「つまり。」
「ハルトは自覚していないだけで、聖職者へ力を分け与えることもできる。」
摩夜は天井を見上げる。
胸の鼓動が少しだけ速くなる。
「もし、この仮説が正しいなら。」
今まで失われたと思っていた可能性が、まだ残っていることになる。
異世界の力は完全に消えたわけではない。
形を変えて存在している。
その中心にいるのは。
一ノ瀬ハルト。
ただ一人。
摩夜は静かに笑みを浮かべた。
「……なら。」
「ハルトに力を貸してもらえれば。」
その声には期待と確信が入り混じっていた。
「私も、もう一度魔法が使える。」
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投稿した動画のコメント
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【動画タイトル】
『【心霊スポット(ガチ)を浄化してみた】新メンバー・ベネルディス初参戦!』
【再生数:8,947,312回】
【高評価:612,458】
【コメント:58,327件】
『新メンバーかわいすぎるだろ』
『ベネルディス正式加入おめでとう!!』
『開幕から癒やし系で草』
『またヤバい企画始まってるwww』
『心霊×炎の勇者は予想できなかった』
『ハルト「幽霊いた」←この一言が一番怖い』
『見える前提で話すなw』
『「じゃあ見えるようにするか」←?????』
『毎回ハルトだけ常識がおかしい』
『CG班が今日も過労死してる』
『幽霊のCGクオリティえぐすぎる』
『声までリアルなんだけどどうやって収録した?』
『VFX業界がまた泣いてる』
『インタビュー始める配信者初めて見た』
『街頭インタビュー感覚で幽霊に話しかけるなwww』
『幽霊「私が見えるのですか?」←そりゃそうなる』
『ハルトだけ近所のおじさんと話してるテンション』
『陽葵ちゃんの話し方、めちゃくちゃ安心する』
『聞き上手すぎる』
『なんか普通に泣いたんだけど』
『途中からホラーじゃなくて感動動画だった』
『浄化シーンで鳥肌立った』
『光の演出が神がかってる』
『いやCGって分かってるのに涙出た』
『役者さんの演技が上手すぎる』
『脚本映画一本作れそう』
『幽霊役の人、どこで見つけてきたんだよ』
『これエキストラ何人使ったんだ……?』
『最後に消える演出どうなってるの??』
『映像関係の仕事してるけどマジで分からん』
『現役VFXアーティストです。解析してますが消失エフェクトの合成痕が見つかりません』
『音響エンジニアです。幽霊の声に加工した形跡がほぼ見当たりません』
『医療従事者だけど医師のエピソードが妙にリアルで泣いた』
『海外勢だけど字幕付き助かる!』
『This is not YouTube anymore. This is cinema.』
『Ghost interview lol』
『Is this real...?』
『毎回「CGだろ」で終わるはずなのに説明できない』
『いや本物では?』
『↑また始まった』
『↑本物だったら日本終わるわw』
『でもこのチャンネルだけ毎回説明不能なんだよな』
『ベネルディスって配信だと可愛い系だったのに聖女モードになると雰囲気変わりすぎ』
『ハルトとの相性良すぎる』
『結衣ちゃんのツッコミが今日も仕事してる』
『凛が終始警備員で笑う』
『聖奈がスポンサーすぎる』
『摩夜だけずっと考え込んでるの気になった』
『あのメガネのお姉さん絶対何か知ってる』
『心霊スポットなのに最後は浄化されて平和になる動画初めて見た』
『廃病院の雰囲気まで変わって見えるの演出細かすぎ』
『このチャンネル、ホラーやっても最終的にハッピーエンドになるの好き』
『最後の告知助かる!!』
『ベネルディスチャンネルとのコラボ配信絶対見る』
『質問募集してるなら聞きたいこと山ほどある』
『この二人の雑談楽しみすぎる』
『次はどこ行くんだ?』
『もう次回予告だけでワクワクする』
『炎の勇者チャンネル、次は絶対また常識壊してくる』
『コラボ配信待機!!!!』




