第43話 聖女は教室でも人気者でした
青葉高校。
朝のホームルームが始まる少し前。
一年生の教室は、いつも以上のざわめきに包まれていた。
「今日、転校生が来るらしいぞ。」
「しかも女の子だって。」
「いや、それだけじゃない。配信者らしいぞ?」
「え、まさか……。」
誰かがスマートフォンを取り出し、画面を見せる。
そこに映っていたのは、穏やかな笑顔で配信を行う少女。
人気配信者『ベネルディス』。
登録者数、同時接続数、影響力――どれを取っても高校生離れした数字を持つ、日本でも指折りの配信者だった。
「いやいや、さすがに本人じゃないだろ。」
「似てるだけじゃない?」
「でも先生が『有名人だから騒ぐな』って朝から言ってたぞ。」
「マジかよ……!」
教室中が半信半疑のまま落ち着かない空気になっていた。
そんな中、担任教師が教室へ入ってくる。
「席に着けー。」
いつも通りの一言だったが、生徒たちは妙に素直だった。
全員が扉へ視線を向けている。
「今日は転入生を紹介する。」
その言葉と同時に、教室の扉が静かに開いた。
一人の少女が姿を現す。
肩まで伸びた柔らかな金色に近い茶髪。
猫を思わせる優しい瞳。
思わず目を引く整った顔立ち。
制服姿であっても隠しきれない、配信画面そのままの透明感。
一瞬。
教室全体から音が消えた。
「…………。」
「…………。」
次の瞬間。
「えええええええっ!?」
悲鳴にも近い歓声が教室へ響いた。
「ベネルディスだ!」
「本物!?」
「うそだろ!?」
「マジで転校してきたの!?」
「配信見てます!」
「サインください!」
「落ち着け!」
教師の一喝で教室はどうにか静まる。
「自己紹介を。」
陽葵は一歩前へ出ると、両手を丁寧に重ね、小さく頭を下げた。
「初めまして。」
その柔らかな声だけで、教室の空気が穏やかになる。
「本日より転入して参りました、猫宮陽葵です。」
「以前から配信活動をしておりますので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。」
控えめに微笑む。
「学校では一人の生徒として過ごしたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。」
深く一礼。
その礼儀正しさに、一瞬ざわついていた教室も自然と拍手へ変わる。
「よろしくー!」
「こちらこそ!」
「応援してます!」
教師は苦笑しながら黒板を指した。
「猫宮は窓際の一番後ろだ。」
「はい。」
席へ向かうだけなのに、生徒たちの視線が集まる。
(すごい……。)
(画面越しよりずっとかわいい。)
(オーラが違う。)
(芸能人ってこんな感じなんだ……。)
男子も女子も関係なく見入っていた。
しかし本人はそんな視線を気にした様子もなく、小さく会釈しながら席へ着く。
休み時間になるや否や、人だかりができた。
「いつも配信見てます!」
「ゲーム、本当に上手ですよね!」
「歌配信も好きです!」
「写真、一緒に撮ってもいいですか!?」
陽葵は一人ひとりへ丁寧に応じる。
「ありがとうございます。」
「応援していただけて、とても嬉しいです。」
「学校生活を優先したいので、お写真は放課後なら大丈夫ですよ。」
誰も嫌な思いをしない断り方。
相手の話を最後まで聞き、笑顔で返す姿勢。
その様子を見た女子生徒が感心したように呟く。
「テレビの人より感じいい……。」
「人気ある理由が分かるね。」
「配信そのままだ。」
昼休みには男女問わず話しかけられ、好きなゲームや学校生活、配信の裏話など質問が飛び交う。
陽葵も無理のない範囲で答え続けた。
やがてクラス全体が理解する。
人気配信者だから人気なのではない。
この人柄だから人気なのだ、と。
その一方で。
陽葵の心は別のことでいっぱいだった。
(あと少しで放課後……。)
(ハルトさんにお会いできます。)
胸が自然と弾む。
学校生活も楽しい。
クラスメイトも優しい。
だが。
今日一番楽しみにしているのは、その先だった。
放課後のチャイムが鳴る。
「猫宮さん、これから配信?」
「今日は部活?」
「駅まで一緒に帰ろうよ!」
様々な誘いが飛ぶ中、陽葵は申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません。」
「今日は、お迎えに来てくださる方がいるんです。」
「迎え?」
ちょうどその時だった。
教室の入り口から男子生徒の驚いた声が響く。
「えっ……。」
「マジか。」
「なんで二年生が?」
廊下の向こうには見慣れた制服姿が並んでいた。
一ノ瀬ハルト。
如月結衣。
西園寺聖奈。
剣崎凛。
そして黒沼摩夜。
今や青葉高校で知らない者はいない、有名人たちだった。
ハルトが教室をのぞき込み、明るく手を振る。
「陽葵ー! 迎えに来たぞ!」
その一言で、一年生の教室は再び静まり返る。
「……え?」
「炎の勇者チャンネル?」
「なんで?」
「ベネルディスと知り合い?」
「え、どういう関係!?」
ざわめきが一気に広がる。
陽葵はぱっと表情を明るくし、嬉しそうに立ち上がった。
「ハルトさん。」
その呼び方に、教室中の視線が一斉にハルトへ集まる。
人気配信者ベネルディスが、あれほど自然で親しげな笑顔を見せる相手。
それが炎の勇者チャンネルの一ノ瀬ハルトだった。
誰もが同じ疑問を抱く。
(どういう繋がりなんだ……?)
誰一人として、その答えを知る者はいなかった。
ハルトたちは一年生の教室を後にし、そのまま校舎の一角にある『炎の勇者チャンネル』専用の部室へ向かった。
廊下を歩く途中も、何人もの生徒がハルトたちへ声を掛けてくる。
「ハルト! 次の動画楽しみにしてるぞ!」
「この前の深海動画、すごかったです!」
「ベネルディスさんまで仲間になったんですか!?」
学校中で知らない者はいない有名グループになっていることを改めて実感させられる光景だった。
陽葵は少し後ろを歩きながら、その様子を微笑ましく見つめる。
(皆さんから愛されているんですね。)
(……やっぱり、ハルトさんはすごいです。)
やがて部室へ到着すると、ハルトが鍵を開ける。
「よし、入ろう。」
部屋の中には編集用パソコンや撮影機材、照明、マイクなどが整然と並んでいる。
今では学校公認の活動拠点となった部室は、小さな動画制作スタジオのような空間だった。
「改めてだけど、ここが俺たちの部室だ。」
ハルトが嬉しそうに言う。
「放課後は基本ここに集まって、動画の話とか編集とか撮影準備とかしてる。」
「すごく素敵なお部屋ですね。」
陽葵は部屋を見回しながら目を輝かせた。
「皆さんが一緒に積み重ねてきた場所なんですね。」
「そんな大げさなもんじゃないけどな。」
ハルトは照れくさそうに頭をかく。
「まあ、最近はここにいる時間が一番長い気がする。」
「それだけ活動が順調ということですね。」
聖奈が微笑む。
「学校側も勇者様たちの活動を全面的に応援しておりますので、とても使いやすくしてくださいました。」
「校長先生も毎回動画を見てくださっていますから。」
結衣が笑いながら補足する。
「ほぼファンクラブ会長なんだよね。」
「あはは……。」
陽葵も小さく笑った。
荷物を置き、一同は自然と丸く椅子を並べる。
するとハルトが思い出したように陽葵へ向き直った。
「そういえばさ。」
「はい?」
「学校生活はどうだった?」
「困ったこととか無かった?」
陽葵は少し考えたあと、穏やかに首を横へ振る。
「皆さんとても親切でした。」
「最初は驚かれましたけれど、お話ししているうちに普通に接してくださいました。」
「それなら安心だな。」
ハルトもほっとしたように笑う。
「人気者だから大変だったんじゃない?」
結衣が尋ねると、陽葵は少し困ったように微笑んだ。
「休み時間はたくさん話しかけていただきました。」
「配信のお話やゲームのお話をたくさん。」
「写真もお願いされましたので、学校生活を優先したいので放課後なら、とお伝えしました。」
「さすがだなぁ。」
結衣は感心したように頷く。
「私だったらテンパって何言えばいいか分かんなくなるよ。」
「配信者として慣れている部分もあるのでしょう。」
聖奈が微笑む。
「さすが日本を代表する配信者ですね。」
「そんな……。」
陽葵は照れたように頬へ手を添える。
「皆さんが優しかったからですよ。」
一方、凛は真面目な表情で尋ねた。
「危険はありませんでしたか?」
「囲まれ過ぎたり、不審者などは。」
「ありませんでした。」
陽葵は安心させるように笑う。
「皆さん節度を守ってくださっていました。」
「それなら良かったです。」
凛は静かにうなずく。
「ですが、今後も私が警戒いたします。」
「ありがとうございます。」
そんなやり取りを見ていたハルトが苦笑する。
「凛は本当に護衛が板についてるよな。」
「当然です。」
凛は即答した。
「主と仲間を守ることが私の役目です。」
「はは、頼りにしてる。」
その一言だけで凛の表情が少し柔らかくなる。
結衣はその様子を見て小さく笑った。
(本当に分かりやすいんだから。)
その時だった。
部室の扉が軽くノックされる。
「失礼する。」
聞き慣れた落ち着いた声。
扉を開けて入ってきたのは摩夜だった。
「お疲れ。」
ハルトが手を上げる。
「教師の仕事終わった?」
「ああ。」
摩夜はいつもの無表情で席へ着く。
「今日提出分の課題確認と職員会議だけだったからね。」
「終わらせるべき仕事は終わらせてきた。」
「相変わらず仕事早いな。」
「無駄を省いているだけだよ。」
摩夜はそう言いながら自然にノートパソコンを机へ置く。
「さて。」
部屋を見回す。
「全員そろったようだね。」
聖奈もうなずく。
「はい。」
「これで今日のメンバーは全員です。」
ハルトは満足そうにみんなを見回した。
幼なじみの結衣。
スポンサーの聖奈。
護衛の凛。
情報担当の摩夜。
そして今日から加わった陽葵。
気付けば、本当に賑やかなチームになった。
「よし。」
ハルトがパンと手を叩く。
「全員そろったし、そろそろ次の動画の話を始めようか。」
その一言で、部室の空気が切り替わる。
雑談を楽しむ放課後から。
『炎の勇者チャンネル』の企画会議が、いよいよ始まろうとしていた。
ハルトの一言を合図に、全員が机を囲むように席へ着く。
部室の空気は、いつもの雑談から企画会議の空気へと自然に切り替わっていた。
結衣がノートパソコンを開き、議事録代わりのメモを取り始める。
「じゃあ、今日決めることを整理するね。」
指を折りながら確認していく。
「まず一つ目は、陽葵ちゃんが正式に炎の勇者チャンネルへ加入したって紹介する動画。」
「二つ目は、ベネルディスチャンネルでハルトをゲストに呼ぶコラボ配信。」
「今決まってるのは、この二本って感じかな。」
「そうだな。」
ハルトもうなずく。
「どっちも絶対やりたい。」
陽葵も嬉しそうに頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ!」
ハルトは笑顔で返す。
「せっかく陽葵が仲間になったんだから、派手に紹介したいよな!」
「勇者様のおっしゃる通りです。」
聖奈が穏やかに微笑む。
「今回の動画は、陽葵さんという新しい仲間のお披露目でもあります。印象に残る内容にしたいですね。」
「配信の方は後日でも問題ありません。」
摩夜が淡々と言葉を続ける。
「まずは炎の勇者チャンネル側で紹介を済ませた方が、視聴者にも分かりやすい。」
「私もそう思います。」
陽葵もうなずいた。
「皆さんの視聴者へ、まずはご挨拶したいです。」
「よし。」
ハルトは机へ身を乗り出した。
「じゃあ、まずは動画の企画から決めよう!」
一同が自然とうなずく。
しばらく考え込む空気が流れた。
「陽葵の特徴を活かした企画……。」
結衣が呟く。
「配信者ってだけでも十分だけど、それだけじゃ普通だよね。」
「そうですね。」
聖奈も考え込む。
「初回ですから、陽葵さんらしさを視聴者へ強く印象付けたいところです。」
「……陽葵と言えば。」
ハルトがぽん、と手を打った。
「聖女じゃん。」
「え?」
陽葵が目を丸くする。
「異世界でも聖女だったし。」
「今もベネルディスって名前で聖女キャラやってるだろ?」
「だったら、それを活かせばいいんじゃないか?」
「なるほど。」
摩夜が興味深そうに視線を向ける。
「続けて。」
「例えばさ。」
ハルトは楽しそうに話し始める。
「心霊スポットとか行って。」
「陽葵が聖女っぽくお祈りして。」
「俺が魔法で色々やれば面白くなるんじゃない?」
あまりにも軽い調子だった。
「幽霊とか見えるようにして。」
「話して。」
「最後に成仏させたら、それっぽい動画になりそうじゃない?」
一瞬、部室が静まり返る。
結衣が苦笑する。
「ハルトは相変わらず発想がおかしいんだよね。」
「普通は『心霊スポットへ行こう』まではあっても、『幽霊を見えるようにしよう』とはならないから。」
「え?」
ハルトは首をかしげる。
「見えた方が面白くない?」
「面白いのは否定しないけど!」
結衣が思わず突っ込む。
「そこを実現できる人が普通いないの!」
「ああ、そっか。」
本人は納得したようにうなずいた。
「俺ならできるから、つい。」
「その感覚が一番怖いんだけどね……。」
結衣は小さくため息をついた。
一方で、摩夜は真剣に考え込んでいた。
「悪くない。」
「え?」
「心霊動画は再生数が伸びやすいジャンルだ。」
摩夜は指先で机を軽く叩く。
「そこへベネルディスという人気配信者が加わる。」
「さらに『聖女』という設定まで一致している。」
「企画として非常に分かりやすい。」
聖奈も続ける。
「陽葵さんのイメージにもぴったりですね。」
「浄化という行為であれば、聖女らしさも自然に伝えられます。」
凛もうなずいた。
「危険な場所であれば、私が護衛いたします。」
「ありがとうございます。」
陽葵は優しく微笑む。
「私も皆さんのお役に立てるのでしたら嬉しいです。」
「じゃあ決まりだな!」
ハルトは満足そうに笑う。
「タイトルは……。」
腕を組みながら考え込む。
「うーん。」
「【心霊スポットを浄化してみた!】とか?」
結衣が首をかしげる。
「普通すぎない?」
「じゃあ。」
摩夜が静かに口を開く。
「"ガチ"を付けよう。」
「【心霊スポット(ガチ)を浄化してみた】。」
その瞬間。
全員の視線が摩夜へ集まった。
「それだ。」
ハルトが笑顔になる。
「めちゃくちゃクリックしたくなる!」
「確かに。」
結衣も納得する。
「『ガチ』が付くだけで一気に怪しくなった。」
「視聴者も、本当に何かある場所なのか気になるでしょう。」
聖奈も賛成する。
「タイトルとしても十分魅力的です。」
「それじゃあ。」
ハルトは嬉しそうに机を叩いた。
「次の動画は――」
「【心霊スポット(ガチ)を浄化してみた】で決定!」
新メンバー・猫宮陽葵を迎えた最初の企画は、こうして満場一致で決まったのだった。
動画の企画が決まり、一同はほっと一息つく。
結衣はメモを確認しながらうなずいた。
「じゃあ、動画の方はこれで決まりだね。」
「【心霊スポット(ガチ)を浄化してみた】っと。」
「うん。」
ハルトも満足そうだ。
「これは絶対面白くなる。」
「勇者様と陽葵さんのお二人であれば、十分話題になるでしょう。」
聖奈も微笑みながら続ける。
「では、残る議題はベネルディスチャンネルでのコラボ配信ですね。」
「あ。」
陽葵が小さく声を上げる。
「実は、そちらについては一つお願いしたいことがあるんです。」
「お願い?」
ハルトが首をかしげる。
「はい。」
陽葵は少しだけ照れたように微笑んだ。
「ハルトさんに、ASMRをお願いしたいんです。」
部室が一瞬静まり返る。
「……ASMR?」
ハルトだけがきょとんとしていた。
「何それ?」
「知らないの!?」
結衣が思わず声を上げる。
「動画投稿者なのに!?」
「聞いたことはあるけど……。」
ハルトは苦笑する。
「耳元でしゃべるやつだっけ?」
「まあ、大体合ってるかな。」
結衣は説明を始めた。
「高性能なマイクを使って、耳元で話したり、音を聞かせたりして楽しむ配信。」
「寝る前に聞く人も多いよ。」
「へぇ。」
ハルトは素直に感心する。
「そんなジャンルがあるんだ。」
「私のチャンネルでも定期的に行っています。」
陽葵が続ける。
「視聴者の皆さんにも、とても人気なんですよ。」
「なるほど。」
ハルトは腕を組んで考える。
「俺でもできるかな。」
「難しいことはありません。」
陽葵は安心させるように微笑む。
「私が進行しますので、ハルトさんは自然にお話ししていただければ大丈夫です。」
「それなら何とかなりそうだ。」
ハルトはあっさりとうなずいた。
「よし、やろう。」
結衣が思わず笑う。
「即決だ。」
「断る理由ないし。」
ハルトは笑顔のまま答える。
「陽葵のチャンネルにも出てみたかったし。」
「ありがとうございます。」
陽葵の表情がぱっと明るくなる。
その様子を見ていた摩夜が静かに口を開いた。
「配信内容としても悪くない。」
「そう?」
結衣が振り向く。
「編集の利かない生配信ではあるが。」
摩夜は冷静に分析する。
「逆に言えば、ハルトが魔法を使って大惨事になる危険性は低い。」
「……あ。」
全員が納得したような顔になる。
「確かに。」
結衣が苦笑した。
「ハルトって動画撮影だと『これもやってみよう!』『あれも面白そう!』って暴走するもんね。」
「うん。」
聖奈も優雅にうなずく。
「生配信であれば、視聴者と会話することが中心になります。」
「大規模な魔法を使う状況にはなりにくいでしょう。」
「それは安全ですね。」
凛も真面目に賛成する。
「護衛対象が急に隕石を落としたりする心配もありません。」
「そこまでしないって。」
ハルトは苦笑する。
しかし。
「この前の深海動画。」
「宇宙動画。」
「学校探検。」
三人が順番に挙げていく。
「…………。」
ハルトは反論できなかった。
結衣が肩をすくめる。
「加工の余地がない生配信なら、逆に安心かもね。」
「変なことしようとしたら、その場で私たちが止められるし。」
「そういうこと。」
摩夜もうなずいた。
「今回はリスク管理の面でも理にかなっている。」
「俺、そんなに信用ない?」
ハルトが少しだけ不満そうに言うと、部室に笑いが広がる。
「まあ、いいや。」
本人もすぐに笑顔へ戻った。
「じゃあ配信は陽葵に任せる!」
「はい。」
陽葵は嬉しそうに頭を下げる。
「皆さんに楽しんでいただける配信にします。」
これで今日決めるべき内容はすべて決まった。
結衣がパソコンを閉じる。
「じゃあ、本日の企画会議終了!」
「お疲れー!」
ハルトは大きく伸びをした。
「いやー、次も楽しみだな。」
「そうですね。」
陽葵も自然と笑みを浮かべる。
新しい仲間として迎えられ。
初めて自分の企画について話し合い。
これから一緒に動画を作っていく。
その時間が、何より嬉しかった。
時計を見ると、すでに日も傾き始めている。
「それじゃ、帰るか。」
ハルトが立ち上がると、結衣も荷物をまとめ始めた。
「今日は夕飯当番、私だからね。」
「あ、そうだった。」
ハルトも思い出したように笑う。
「じゃあ急がないと。」
二人は自然な様子で部室を出ようとする。
その時だった。
「勇者様。」
聖奈が穏やかに声を掛ける。
「少々こちらで確認したいことがありますので、私たちはもう少し残ります。」
「ああ、分かった。」
ハルトは特に気にした様子もない。
「じゃあ、みんな戸締まりよろしく。」
「任せて。」
結衣も手を振る。
「また明日ね!」
「はい。」
陽葵は笑顔で頭を下げた。
「また明日、ハルトさん。」
部室の扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
部屋の中には。
聖奈。
凛。
摩夜。
そして陽葵。
四人だけが静かに残された。
先ほどまでの和やかな空気とは違う、どこか張り詰めた静寂が部屋を包み始めていた。
部室の扉が静かに閉まる。
ハルトと結衣の足音が完全に聞こえなくなるまで、誰も口を開かなかった。
やがて。
陽葵が静かに振り返る。
先ほどまで見せていた柔らかな笑みはそのまま。
だが、その瞳の奥には、どこか底知れない熱が宿っていた。
「改めまして。」
陽葵は三人へ丁寧に頭を下げる。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」
聖奈が静かに微笑む。
「こちらこそ。」
「ですが、一つだけ確認させてください。」
「今朝届いたあのメッセージ。」
凛も口を開く。
「送信元は不明でした。」
「私たち三人しか知らない連絡先へ直接届いていました。」
「内容は――」
凛は正確に読み上げる。
「『放課後、会議の後に同盟について、ちょっとだけお話しましょう』。」
摩夜は腕を組んだまま陽葵を見つめていた。
「私も送信元を調べた。」
「端末。」
「経路。」
「中継サーバー。」
「通信記録。」
「すべて存在しなかった。」
淡々と告げる。
「誰が送ったのか、私でも追跡できない。」
その言葉にも、陽葵は少しも驚かなかった。
「はい。」
優しく微笑む。
「当然です。」
「……当然?」
摩夜がわずかに眉を動かす。
陽葵は胸の前で両手を重ねた。
「神託ですから。」
一瞬。
部室が静まり返る。
「神託?」
聖奈が静かに問い返す。
「はい。」
陽葵は当たり前のようにうなずいた。
「ハルト様が教えてくださいました。」
三人の表情が一変する。
凛が息を呑む。
「……ハルト様が?」
「正確には。」
陽葵は穏やかに微笑んだ。
「私だけに聞こえるハルト様のお導きです。」
その言葉に。
三人は理解した。
(そういうことか。)
異世界で聖女だった陽葵。
転生した現在でも、自らの信仰は少しも揺らいでいない。
いや。
むしろ以前より深くなっている。
陽葵は優しい笑顔のまま続ける。
「皆さんは不思議に思われるでしょう。」
「ですが、お導きはいつも正しいのです。」
「今日も。」
「『ハルト同盟について話し合う日です』と教えてくださいました。」
その瞬間だった。
三人とも動きを止める。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
誰も。
まだ一言も。
『ハルト同盟』という名前は口にしていない。
それにもかかわらず。
陽葵は迷いなく、その名を口にした。
摩夜が初めて目を見開く。
「……なるほど。」
静かな声だった。
「だからあのメッセージか。」
聖奈も小さく息を吐く。
「まさか名称まで一致するとは思いませんでした。」
凛も驚きを隠せない。
「私たちしか知らない呼称です。」
「誰にも話しておりません。」
「はい。」
陽葵は嬉しそうに微笑んだ。
「ですから、お導きが正しかったのだと安心しました。」
その笑顔は純粋だった。
だからこそ。
三人は理解する。
この少女は嘘をついていない。
本気でそう信じている。
聖奈は一度だけ目を閉じ、小さく笑った。
「……なるほど。」
「これほどまでとは。」
「異世界でも敬虔な聖女でしたが。」
「現代でも変わらないのですね。」
「はい。」
陽葵は迷いなく答える。
「ハルト様は私の光です。」
「世界の希望です。」
「生きる意味です。」
少しだけ間を置き。
静かに。
しかし迷いなく続けた。
「ですから。」
「ハルト様のためでしたら。」
「私は、何でもできます。」
その一言で。
摩夜は口元をわずかに緩めた。
「いい。」
「実にいい。」
「その覚悟なら問題ない。」
聖奈もゆっくりとうなずく。
「それでは改めて説明いたします。」
「ハルト同盟とは。」
「勇者様の利益を最優先とするための集まりです。」
「互いの立場や方法は違っても、その目的だけは一致しています。」
凛が続ける。
「恋愛については互いに不干渉。」
「誰がハルト様へ想いを寄せようと、それを妨げることはありません。」
「ですが。」
聖奈が言葉を引き継ぐ。
「勇者様のためであれば。」
「恋愛感情を含めた個人的な願望よりも。」
「勇者様自身の利益を優先します。」
摩夜も静かに続ける。
「手段も問わない。」
「私がブラックハッカーとして活動していることも、その一例だ。」
「必要なら法も常識も越える。」
「すべてはハルトのため。」
部屋が静まり返る。
その言葉を聞いた陽葵は。
むしろ安心したように微笑んだ。
「良かった。」
小さく呟く。
「皆さんも同じだったんですね。」
三人が視線を向ける。
陽葵は胸へ手を当てた。
「私も。」
「ハルト様のためでしたら。」
「私自身の願いは後回しにできます。」
「恋も。」
「夢も。」
「幸せも。」
「全部。」
「必要なら捨てられます。」
その声音に、一切の迷いはなかった。
聖奈は静かに立ち上がる。
「では。」
優雅に右手を差し出した。
「猫宮陽葵さん。」
「あなたをハルト同盟の一員として歓迎いたします。」
陽葵は嬉しそうにその手を握る。
「ありがとうございます。」
続いて凛。
「共にハルト様をお守りしましょう。」
「はい。」
そして最後に。
摩夜が静かに右手を差し出した。
「歓迎する。」
「狂信者。」
陽葵は優しく笑った。
「はい。」
「お互い様ですね。」
その一言に。
摩夜は思わず小さく笑みを漏らした。
「違いない。」
四人は互いの視線を交わす。
立場も。
性格も。
手段も。
何一つ同じではない。
それでも。
ただ一つだけ。
誰よりも強く共有する願いがあった。
――すべては、ハルトのために。
新たな同志を迎えたハルト同盟は、この日、静かにその結束をさらに強めるのだった。




