第39話 神託が導くコラボの誘い
昼下がり。
炎の勇者チャンネルの活動拠点となっている作業部屋には、それぞれが自分の役割をこなす静かな時間が流れていた。
カタカタ、とキーボードを打つ音。
スマホの通知音。
資料をめくる紙の音。
そして、時折聞こえる結衣の小さなため息。
「よし……これで色味の調整も終わりっと」
編集用モニターに向かった結衣は、深海探索動画の最終確認を終えて大きく伸びをする。
画面には、幻想的な深海の景色が映っていた。
白く輝く海底。
光を放つ魚の群れ。
人類が一度も見たことのない世界。
「何回見ても信じられない映像だよねぇ……」
「本当に綺麗でしたね」
聖奈が微笑みながら紅茶を口に運ぶ。
「深海生物の反応も想定以上でした。研究資料を集めた甲斐がありました」
「助かったよ。聖奈が色々教えてくれたから、撮影もしやすかったし」
「勇者様のお役に立てたのでしたら幸いです」
その一言だけで、聖奈は本当に幸せそうな笑みを浮かべる。
一方。
部屋の隅では凛が三脚や撮影機材を一本一本丁寧に点検していた。
「カメラ二号機、問題なし。予備バッテリーも充電完了。次回撮影でも支障ありません」
「相変わらず几帳面だなぁ」
ハルトが苦笑すると、凛は真剣な表情で首を振る。
「撮影中に機材トラブルが起きれば、勇者様へ危険が及ぶ可能性があります」
「いや、カメラ壊れても俺は危なくないと思うけど」
「可能性はゼロではありません」
「そ、そうか」
真面目すぎる返答に、結衣が思わず吹き出す。
「凛ちゃん、それもう職業病だよ」
「護衛とは、そういうものです」
本人は至って真面目だった。
そんなやり取りを横目に。
さらに奥のデスクでは、摩夜がノートパソコンを何台も並べながら複数の画面を同時に見つめていた。
「……深海動画、公開から四十八時間で海外トレンド一位を維持」
指が止まることなくキーボードを叩く。
「転載動画も予測通り増えているけど、悪質なものは既に削除依頼済み。企業案件の問い合わせは九十八件。海外メディアからの取材依頼は二十三件」
「そんなに来てるのか!?」
ハルトが目を丸くする。
「うん。あとスポンサー希望も増えてる」
摩夜は淡々と続ける。
「ただ、今は受けすぎない方がいい。ブランド価値が落ちる」
「ブランド価値?」
「君自身の商品価値」
「俺って商品だったのか……」
「今さら?」
結衣が呆れたように肩をすくめる。
「もう十分芸能人みたいなもんだからね」
「そうなのか?」
「そうなの」
ハルトだけが相変わらず自覚ゼロだった。
その時だった。
ピコン。
静かな部屋にスマホの通知音が鳴る。
「あれ?」
ハルトが画面を見る。
「メッセージ?」
送り主の名前を見た瞬間。
その場の空気が止まった。
「……え?」
結衣が思わず立ち上がる。
「どうしたの?」
「いや、この人……」
ハルトはスマホを皆へ向ける。
画面には、大きく表示された差出人名。
『ベネルディス』
一瞬。
誰も言葉を発しなかった。
「…………え?」
最初に反応したのは結衣だった。
「えぇぇぇぇぇっ!?」
部屋中へ響くほどの声が飛ぶ。
「ベネルディスって、あのベネルディス!?」
「たぶん、そのベネルディスだと思う」
「いやいやいや! 日本どころか海外でも大人気の配信者だよ!? 本物!?」
結衣はハルトのスマホを覗き込む。
公式認証マーク。
登録者数。
誰が見ても本人のアカウントだった。
「勇者様」
聖奈も少し驚いた表情を見せる。
「内容を確認してもよろしいでしょうか」
「もちろん」
ハルトがメッセージを開く。
『初めまして。
配信活動をしております、ベネルディスと申します。
炎の勇者チャンネルを以前から楽しく拝見しております。
もしご都合がよろしければ、一度お会いして今後についてお話しできないでしょうか。
コラボについてもご相談させていただければ幸いです。』
「コラボ依頼だ!」
ハルトの顔がぱっと明るくなる。
「すごいじゃん!」
結衣も興奮している。
「向こうから来るなんて!」
「ベネルディス……」
摩夜は小さくその名前を口にした。
「配信業界では知らない人はいない。雑談、ゲーム、歌、ASMR……全部トップクラス。炎上もほとんどない」
「すごい人なんだな」
「かなり」
摩夜は短く答える。
「コラボできれば、炎の勇者チャンネルにとっても大きな追い風になる」
「それなら会ってみたいな」
ハルトは迷いなくうなずいた。
「人気配信者が俺たちの動画を見てくれてるって、なんか嬉しいし」
「それがハルトらしいね」
結衣は笑う。
「普通なら緊張するところなのに」
「いや、楽しそうじゃん!」
ハルトはスマホを持ち直した。
「まずは話を聞いてみたい。お互いどんなことができるか分からないし」
「賛成です」
聖奈が静かにうなずく。
「事前の日程調整や場所の手配は私が行います」
「現地警備も私が担当します」
凛が即座に続く。
「相手側スタッフについても確認します」
「ネット上での情報管理は私がやる」
摩夜も自然に役割を引き受ける。
誰一人として相談するまでもなく、自分の仕事へ動き始める。
そんな仲間たちを見て、ハルトは自然と笑みを浮かべた。
「やっぱりみんな頼りになるな」
その一言だけで、三人の表情が少しだけ柔らかくなる。
「じゃあ返信しよう」
ハルトはスマホを操作し始めた。
『ご連絡ありがとうございます!
炎の勇者チャンネルの一ノ瀬晴人です。
ぜひ一度お会いしてお話ししましょう。
コラボについても前向きに検討したいと思っています。
よろしくお願いします!』
送信ボタンを押す。
ピッ。
たった一通の返信。
それが、誰も想像していない再会への第一歩になることを、この場で知る者はまだいなかった。
――――――
待ち合わせ当日。
都内でも落ち着いた雰囲気の高級和食店の前には、まだ昼前だというのに人影がまばらだった。
店の前で待っていたハルトたちは、それぞれ自然と役割を果たしている。
「時間ぴったりだね」
結衣がスマホで時刻を確認する。
「さすが人気配信者。遅刻とかしなさそう」
「こういうのって緊張するな」
ハルトは少しだけ肩を回す。
「動画撮影とはまた違う感じだ」
「勇者様がお気になさる必要はございません」
聖奈が穏やかに微笑む。
「本日のお店も個室をご用意しております。周囲へ情報が漏れる心配はありません」
「助かるよ」
その少し後ろでは、凛が周囲へ静かな視線を巡らせていた。
店の入口。
道路。
駐車場。
建物の屋上。
一つ一つ確認しながら、不審な人物がいないか警戒している。
「周辺に問題ありません」
「相変わらず頼もしいな」
「当然です」
短く返事をする凛の横で、摩夜もスマホを見ながら淡々と報告する。
「周辺SNSも確認済み。この場所はまだ特定されていない」
「さすが摩夜」
「仕事だから」
そんな何気ない会話をしていた、その時だった。
一台の黒い車が静かに店の前へ止まる。
運転席からスタッフらしき女性が降りると、後部座席のドアを丁寧に開いた。
ゆっくりと一人の少女が姿を現す。
ふわり。
風に揺れる柔らかな亜麻色の髪。
肩口で跳ねた髪は、まるで猫耳を思わせるような特徴的なくせ毛になっていた。
大きく優しい金色の瞳。
整った顔立ち。
どこか守ってあげたくなる柔らかな雰囲気。
そして歩き方まで、ハルトには見覚えがあった。
一瞬だった。
記憶が、一気によみがえる。
異世界。
教国。
獣人の少女。
いつも少しだけ遠慮がちに笑っていた聖女。
「……え?」
ハルトの目が大きく開く。
「まさか……」
少女もハルトを見つける。
その瞬間。
ふわりと笑みを浮かべた。
「お久しぶりです」
その声だけで確信した。
「ベネルディス!」
ハルトが思わず駆け寄る。
「本当にベネルディスなのか!?」
「はい」
少女は嬉しそうにうなずいた。
「ようやく、お会いできました」
「すごいな! 本当に転生してたんだ!」
ハルトは素直に再会を喜ぶ。
「元気そうで良かった!」
「はい。ハルトさんも、お変わりなく」
その笑顔は、異世界で見たものと何一つ変わっていなかった。
一方。
後ろで見ていた結衣たちは完全についていけていない。
「え?」
「え?」
「え?」
三人そろって固まる。
摩夜だけは静かに少女を見つめていた。
「……やっぱり」
小さくつぶやく。
結衣が慌ててハルトへ近寄った。
「ちょ、ちょっと待って!」
「知り合いなの!?」
「もちろん」
ハルトは振り返る。
「紹介するよ」
ベネルディスへ向き直った。
「この子は異世界で会った仲間なんだ」
「仲間?」
「うん。教国で聖女をやってたベネルディス」
「俺が旅してた時に色々助けてもらったんだ」
結衣たちは驚いたまま少女を見る。
少女は一歩前へ出ると、綺麗に頭を下げた。
「改めまして」
「猫宮陽葵と申します」
柔らかく微笑む。
「今世では、その名前で暮らしております」
その一言だけで。
聖奈、凛、摩夜の三人は理解した。
(今世……)
(転生を隠していない)
(やはり、この方も)
三人は互いに視線を交わす。
やはり。
異世界から来た仲間だった。
「皆さんとは初めましてですね」
陽葵は穏やかな笑みを浮かべた。
「ハルトさんには以前、とてもお世話になりました」
「今世でも、どうぞよろしくお願いいたします」
深く頭を下げる姿には、聖女らしい上品さがあった。
「私は如月結衣!」
結衣も慌てて頭を下げる。
「よろしくね!」
「西園寺聖奈です」
「勇者様がお世話になった方でしたら、私も大変うれしく思います」
「剣崎凛です」
「勇者様の仲間であられた方と再びお会いでき、光栄です」
「黒沼摩夜」
「よろしく」
短いやり取り。
それだけなのに、陽葵の視線は一人一人を優しく見つめていた。
「皆さんのお話は、少しだけ伺っております」
「きっと素敵な方々なのだろうと思っていました」
「本当に、その通りでした」
柔らかな笑顔に、結衣も自然と笑みを返す。
「なんだかすごく話しやすい子だね」
「ありがとうございます」
陽葵は少し照れたように笑った。
そんな和やかな空気の中。
聖奈が店の入口へ向き直る。
「勇者様、お時間もちょうどよろしい頃です」
「お部屋の準備も整っております」
「あ、そうだった」
ハルトもうなずく。
「今日はコラボの話だったな」
「せっかくだし、色々話そう!」
「はい」
陽葵の笑みが少しだけ深くなる。
「私も、お話ししたいことがたくさんあります」
五人と一人は並んで店内へ足を踏み入れる。
案内されたのは、外からの視線を完全に遮断した落ち着いた個室だった。
料理が運ばれてくるまでの静かな時間。
テーブルを囲み、それぞれが席へ着く。
これから始まるのは、人気配信者同士のコラボの打ち合わせ。
――少なくとも、ハルトはそう思っていた。
全員の前に料理と飲み物が並び、一通り乾杯を済ませると、個室には落ち着いた空気が流れ始めた。
世間話もほどほどに終えたところで、陽葵は姿勢を正す。
「それでは、本日の本題をお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
ハルトは笑顔でうなずく。
「俺も色々聞いてみたかったし」
「ありがとうございます」
陽葵は一度深呼吸をすると、真っすぐハルトを見つめた。
「まず、今回ご連絡した目的ですが……」
その表情は配信者としてではなく、一人の少女として真剣だった。
「私は、コラボ動画を一本だけ撮影したいわけではありません」
「え?」
「私は今後、炎の勇者チャンネルの一員として活動したいと考えています」
その場が静まり返る。
結衣も、聖奈も、凛も、摩夜も。
誰も口を挟まず、その続きを待った。
「異世界では、私は最後までハルトさんと旅をすることはできませんでした」
陽葵はどこか懐かしそうに微笑む。
「ですが、今世では違います」
「今度こそ、ハルトさんのお役に立ちたいのです」
その言葉に迷いはなかった。
「動画制作も、配信も、企画も」
「私にできることでしたら、何でもお手伝いしたいと思っています」
ハルトは目を丸くする。
「本当に?」
「はい」
「だから、そのための準備も既に進めています」
「準備?」
「はい」
陽葵はこくりとうなずく。
「この町への引っ越し手続きはほぼ終わっています」
「え?」
結衣が思わず声を上げる。
「もう決めてるの!?」
「はい」
陽葵は柔らかく笑った。
「それから、青葉高校への編入手続きも進めております」
「高校まで!?」
結衣がさらに驚く。
「そんな簡単に決まるものなの!?」
「色々な方のお力添えをいただきましたので」
本人は控えめに答えたが、その裏では神託に従って数か月単位で準備を進めていたことを、この場で知る者はいない。
ハルトだけは素直に感心していた。
「すごいな!」
「これから学校でも会えるのか!」
「はい」
陽葵の笑顔が少しだけ柔らかくなる。
「どうか、よろしくお願いいたします」
「もちろん!」
ハルトは即答した。
「仲間が増えるなんて大歓迎だよ!」
「動画ももっと色々できそうだし!」
あまりにも迷いのない返事に、陽葵の頬が少し赤く染まる。
「……ありがとうございます」
その一言だけで十分だった。
ハルトらしい。
何も変わっていない。
だからこそ嬉しかった。
陽葵は続ける。
「ただ、一つだけお願いがあります」
「うん?」
「現在活動しております『ベネルディス』のチャンネルは、そのまま残したいと思っています」
「なるほど」
「私を応援してくださっている皆さんも大切ですので」
「それはいいと思う!」
ハルトはあっさりとうなずく。
「せっかくここまで育てたチャンネルなんだから、続けた方がいいよ」
「ありがとうございます」
「なので」
陽葵は嬉しそうに続けた。
「今後は炎の勇者チャンネルでの活動を中心にしながら、時々ハルトさんをゲストとして私のチャンネルへお招きしたいと思っています」
「配信にも出演していただけませんか?」
その提案に、ハルトは少し考える。
「配信かぁ」
今まで動画投稿ばかりだった。
編集して公開する。
それが当たり前になっていた。
「でも面白そうだな」
ぽつりとつぶやく。
「実はライブ配信ってあんまりやったことないし」
「リアルタイムで視聴者と話すのも楽しそうだよな」
「今後はそういう機会を増やすのもありかも」
その一言で、陽葵の表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「もちろん!」
ハルトは笑った。
「せっかくだし色々挑戦してみよう!」
「動画も配信も、面白ければ何でもやりたい!」
「ありがとうございます」
陽葵は本当にうれしそうだった。
その様子を見ながら、結衣は静かに考える。
(ベネルディス……)
(動画より配信の方じゃ間違いなく日本トップクラス)
(この子が入れば、炎の勇者チャンネルに今までなかった武器が増える)
素直に認めざるを得なかった。
「私は賛成かな」
結衣は笑顔を向ける。
「ハルトも楽しそうだし、それに陽葵ちゃんがいてくれたら私も心強いし!」
「ありがとうございます」
続いて聖奈もうなずいた。
「私も異論はございません」
「配信分野は、炎の勇者チャンネルが今後さらに成長するために必要な要素でした」
「猫宮さんのお力は、大きな助けになるでしょう」
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
凛も静かに口を開く。
「勇者様のお役に立ちたいというお気持ちは十分伝わりました」
「あなたほどの実績を持つ方でしたら、安心してお任せできます」
「共に勇者様をお支えしましょう」
「はい」
陽葵はうれしそうに頭を下げる。
最後に摩夜が口を開く。
「登録者数」
「配信技術」
「企画力」
「視聴者との距離感」
「どれを見ても一流」
短く評価を並べる。
「炎の勇者チャンネルに不足していた最後の一枚」
「私は歓迎する」
その一言だけだった。
だが、それは摩夜なりの最大級の歓迎だった。
こうして、誰一人反対する者はいなかった。
ハルトは満面の笑みで言う。
「改めてよろしく、陽葵!」
「これから一緒に、もっと面白い動画を作っていこう!」
その言葉に、陽葵は胸の前でそっと手を重ね、小さく、けれど心から幸せそうに微笑んだ。
「はい」
「これから、どうぞよろしくお願いいたします」
その返事には、長い年月を越えてようやくたどり着いた再会への喜びが、静かに込められていた。
陽葵の正式加入が決まり、場の空気は先ほどまでよりもずっと和らいでいた。
料理も少しずつ減り始め、話題は自然と今後の活動へ移っていく。
「じゃあ、具体的な予定も決めちゃおうか」
ハルトがそう言うと、全員が資料やスマートフォンを手元へ寄せた。
「まずは炎の勇者チャンネルでの初撮影ですね」
聖奈が手帳を開きながら言う。
「陽葵さんのお引っ越しが完了してからの方が、今後の活動もしやすいかと思います」
「はい」
陽葵もうなずいた。
「そのつもりで準備しております」
「荷物はもうほとんど整理が終わっていますので、あとは運ぶだけです」
「早いなぁ」
ハルトは素直に感心する。
「行動力あるよね」
「えへへ……」
少しだけ照れたように笑う陽葵だったが、その理由が神託による数か月単位の準備だったことを、この場で知る者は本人しかいない。
聖奈は日程を確認する。
「引っ越しは来週末でしたね」
「はい」
「その翌日には生活用品も一通りそろう予定です」
「では、その翌々日からでしたら撮影も可能でしょうか」
「もちろんです」
陽葵は迷いなく答えた。
「私はいつでも大丈夫です」
「学校は?」
結衣が尋ねる。
「編入って結構手続きあるんじゃない?」
「来週中には完了予定です」
「制服も教科書も準備してあります」
「早っ!」
結衣は思わず笑ってしまう。
「もう全部終わってるじゃん」
「ふふ」
陽葵は穏やかに笑うだけだった。
凛も日程を頭の中で整理する。
「撮影開始と編入がほぼ同時期になりますね」
「学校生活にも慣れる必要があります」
「無理だけはなさらないように」
「ありがとうございます」
「ですが、ご心配には及びません」
陽葵は柔らかく微笑んだ。
「皆さんとご一緒できると思えば、きっと頑張れますから」
その言葉に結衣は少し照れくさそうに笑う。
「もう、そういうことをさらっと言うんだから」
「私まで恥ずかしくなるよ」
場が小さな笑いに包まれる。
ハルトも笑いながら話を続けた。
「撮影内容は、まだ細かく決めなくてもいいよな」
「せっかく陽葵が入るんだから、最初はみんなで何かできる企画がいいし」
「配信とも相性がいいものも考えたい」
「そうですね」
摩夜が静かに言う。
「今は候補だけ洗い出しておけば十分」
「内容は引っ越し後に詰めても遅くない」
「賛成です」
聖奈もうなずく。
「事前準備が必要な企画はこちらで進めておきます」
「施設や許可関係も確認しておきますね」
「助かる!」
ハルトは笑顔を向けた。
「やっぱりみんながいると早いな」
本人は何気なく口にしただけだった。
しかし四人のヒロインは、その一言だけで十分うれしかった。
陽葵も小さく目を細める。
「では、私のチャンネルについても少しだけ」
「うん」
「炎の勇者チャンネルでの活動を優先しますが、個人配信も定期的に続けたいと思っています」
「その際には、時々ハルトさんにもお越しいただければ」
「もちろん!」
ハルトは即答した。
「タイミングが合えば全然行くよ」
「配信って動画とまた違う面白さがありそうだし」
「せっかくだから色々試してみたいな」
その言葉を聞いた陽葵は、本当にうれしそうにほほ笑む。
「ありがとうございます」
「視聴者の皆さんも、きっと喜んでくださると思います」
「楽しみだなぁ」
ハルトは未来を思い浮かべながら笑った。
「動画も配信も、今までやったことない企画がいっぱいできそうだ」
「炎の勇者チャンネル、もっと面白くなりそうじゃん!」
その言葉に全員が自然とうなずく。
具体的な企画名や内容までは、まだ決めない。
それでも、新しい仲間が加わるだけで広がる可能性は十分すぎるほど感じられた。
聖奈は最後に手帳を閉じる。
「では、本日は大まかな予定だけ共有できましたね」
「引っ越し、編入、初撮影、そして初配信」
「順番に進めてまいりましょう」
「賛成!」
ハルトは元気よく答える。
「これから忙しくなりそうだけど、絶対楽しくなるな!」
その無邪気な笑顔を見つめながら、陽葵は胸の奥でそっと祈る。
(神託の通り……)
(ようやく、ここまで来ることができました)
誰にも聞こえない、小さな感謝。
そして、新しい日々への期待を胸に抱きながら、六人は食事を楽しみつつ、和やかな時間を過ごしていくのだった。
会食も終わり、店の外へ出ると、夕暮れの空はゆっくりと茜色へ染まり始めていた。
街を吹き抜ける風は心地よく、一日の終わりを優しく知らせている。
「今日は本当にありがとうございました」
陽葵は全員へ向かって丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ!」
ハルトは笑顔で手を振る。
「またすぐ会えるしな!」
「引っ越しも楽しみにしてるよ!」
「はい」
陽葵は柔らかく微笑む。
「私も、とても楽しみです」
結衣も笑顔になる。
「今度は学校で会えるんだね」
「うん、何だか不思議な感じ」
「はい」
陽葵はうれしそうにうなずいた。
「皆さんと同じ学校へ通えるなんて、少し前までは想像もできませんでした」
和やかな空気の中、陽葵はふと空を見上げる。
そして、どこか懐かしそうに目を細めた。
「……実は」
「今日ここへ来られたのも、我が導き手のおかげなのです」
「導き手?」
ハルトが首をかしげる。
「うん」
陽葵は自然な様子で続けた。
「私は昔から、大切なことを決める時には、あの方のお言葉をいただくことがあるんです」
「今日も」
「『今なら自然に仲間になれるから安心して進みなさい』と背中を押してくださいました」
「へぇ」
ハルトは素直に感心した。
「すごいな」
「相談相手みたいな人がいるんだ?」
「はい」
陽葵は少しだけ照れたように笑う。
「私にとっては、とても大切な存在です」
「迷った時には、いつも正しい道を示してくださいました」
「だから今日も、不安はありませんでした」
「なるほど!」
ハルトは深くうなずく。
「いい人なんだな」
「いつかお礼を言ってみたいよ」
その言葉に陽葵は一瞬だけ固まる。
「……え?」
「あ、いや」
「そんな、大したことじゃなくて」
慌てて首を振る。
「きっと、その方もお気になさらないと思います」
「そう?」
「うん」
「でも陽葵がそこまで信頼してるなら、本当に頼れる人なんだろうな」
ハルトは何の疑いもなく笑った。
陽葵も、ほっと胸をなで下ろす。
(危ない……)
(もう少しで、余計なことまで話してしまうところでした)
そのやり取りを見ていた三人だけは、表情を変えなかった。
だが、それぞれの胸中では同じ結論へたどり着いていた。
聖奈は静かに視線を伏せる。
("今なら自然に仲間になれる"……)
(まるで未来を知っているかのようなお言葉ですね)
(偶然とは思えません)
凛も腕を組み、小さく考え込む。
(勇者様と再会する最適な時期まで待っていた……)
(それだけでも十分に異常だ)
(しかも、編入や引っ越しまで、その言葉に従って進めていたというのか)
そして、最も大きな衝撃を受けていたのは摩夜だった。
(あり得ない)
表情こそ変えないが、思考は高速で回転している。
(世界を渡る際、前世の力は失われる)
(それが転生術の絶対条件だった)
(私たち全員、その前提で現代へ来ている)
異世界から現代へ渡る技術。
その理論を完成させた張本人だからこそ、その法則は誰より理解していた。
(未来を示す存在など、本来あり得ない)
(もし本当に神託が存在するなら)
(それは……)
そこで思考が止まる。
結論を口にすることを、本能が拒んだ。
(異世界の理そのものが、この世界へ届いていることになる)
そんなことは理論上あり得ない。
あってはならない。
それでも。
今日の陽葵は、神託の内容を一つ残らず現実にしてみせた。
だからこそ、否定しきれなかった。
「摩夜?」
ハルトが不思議そうに声を掛ける。
「どうした?」
「……いや」
摩夜はすぐにいつもの表情へ戻る。
「少し考え事をしていただけ」
「そっか」
ハルトは気にも留めず笑った。
「まあ、陽葵も仲間になったことだし、これからもっと面白くなりそうだな!」
「次の動画も頑張ろう!」
「はい!」
陽葵は心からうれしそうに返事をする。
「精一杯、お力になります」
その姿を見つめながら、聖奈、凛、摩夜の三人は言葉を交わさなかった。
だが、それぞれが同じ疑問を胸に抱いていた。
(あの導き手とは、一体何者なのだろうか)
夕日に照らされながら歩き出す六人。
その背中を見送るように、穏やかな風が静かに吹き抜けていった。




