第33話 魔女は静かに、恋敵を数え始める
静かな部屋だった。
窓の外では、夜の街が無数の光を灯している。
高層マンションの一室。
机の上には複数のモニターが並び、画面には世界中の情報が流れ続けていた。
ニュース。
SNS。
動画サイト。
誰かにとっては理解不能な文字列も、黒沼摩夜にとっては全て意味を持つ情報だった。
だが今、その視線はどの画面にも向いていない。
「……」
ベッドへ腰掛けたまま、小さく息を吐く。
脳裏に浮かぶのは、ほんの数時間前の出来事だった。
撮影を終えたあと。
ハルトが笑いながら言った。
『みんなで飯でも食いに行かない?』
その一言で、全員が自然と笑顔になった。
結衣が楽しそうに店を探し。
聖奈が「こちらのお店はいかがでしょう」と候補を挙げ。
凛が真剣な顔で周囲を警戒しながら歩き。
その様子を見てハルトが笑う。
他愛もない話をして。
料理が運ばれてきて。
動画の話になって。
学校の話になって。
結局最後まで、誰かが笑っていた。
「……楽しかった。」
ぽつり。
誰に聞かせるでもなく呟く。
ああいう時間は嫌いではない。
いや。
むしろ好きだった。
勇者が笑っている。
それだけで十分だと思えるくらいには。
「でも。」
静かな声が部屋へ落ちる。
「十分じゃない。」
摩夜はゆっくり目を閉じた。
思い出す。
結衣は、ごく自然にハルトの隣へ立っていた。
飲み物を取り分け。
料理を取り分け。
当たり前のように会話を交わしていた。
「幼馴染って便利。」
少しだけ口を尖らせる。
「何もしなくても……隣にいられる。」
羨ましいとは言わない。
そう思っていた。
思っていたのに。
「……少しだけ、不公平。」
今度は聖奈。
あの令嬢は当然のように店の支払いを済ませようとしていた。
ハルトが慌てて止める姿まで含めて、どこか息が合っている。
「資本主義の化身。」
「またお金で解決。」
小さく鼻を鳴らす。
「国家予算で恋愛しないで。」
そして凛。
料理が運ばれるたび、
『毒見は必要でしょうか』
などと言いながら、結局ハルトのすぐ隣へ座っていた。
「近い。」
「距離が近い。」
「あと三歩。」
少し考え、
「……二歩でもいい。」
自分で言ってから、小さく首を横へ振る。
「違う。」
「本当は。」
その先は、誰にも聞かせられない。
部屋は静まり返っている。
だからこそ、その本音だけがやけにはっきり響いた。
「私だけでいい。」
沈黙。
摩夜は自分の膝へ視線を落とす。
「君が悲しむのは嫌。」
「君が困るのも嫌。」
「君が傷付くのは、もっと嫌。」
だから。
誰かを傷付けるつもりはない。
ハルトが嫌がることもしない。
あの三人は、ハルトにとって大切な仲間だ。
それくらい分かっている。
分かっているからこそ、難しい。
「でも。」
「君を独り占めしたい。」
その願いだけは消えなかった。
理屈ではない。
合理性でもない。
恋という感情は、昔から非合理的だった。
魔法理論なら数万式でも組める。
世界を渡る術式だって構築した。
それでも。
この感情だけは解析できない。
「……なら。」
摩夜はゆっくり立ち上がる。
机の前へ歩き。
静かに椅子へ腰掛けた。
モニターが一斉に点灯する。
青白い光が部屋を照らした。
無数の情報が流れる。
SNS。
学校。
ニュース。
動画サイト。
そして――炎の勇者チャンネル。
摩夜の細い指が、静かにキーボードへ置かれた。
「君は何も知らなくていい。」
「何も気付かなくていい。」
「全部。」
「私が調整する。」
その声音は穏やかだった。
誰かを呪うような響きではない。
むしろ恋する少女が未来を思い描くような、静かな優しささえ含んでいる。
だからこそ危うかった。
「安心して。」
「君が悲しむことはしない。」
「私は。」
指先が、一つ目のキーを押す。
小さな電子音。
それは世界中の誰にも聞こえない。
だが、この小さな音を合図に。
情報の魔女は静かに動き始めた。
「少しだけ。」
「君を私の方へ向かせるだけ。」
画面へ映るハルトの笑顔を見つめながら。
摩夜はほんの少しだけ口元を緩めた。
「待ってて。」
「勇者様。」
――――――
翌朝。
私立青葉高校は、いつも通りの活気に包まれていた。
「おーっす、ハルト!」
教室へ入るなり、田辺が手を振る。
「昨日の撮影どうだった?」
「順調順調!」
ハルトは笑いながら席へ向かった。
「今回は結構いいの撮れたと思うんだよな。」
「公開が楽しみだ。」
「また世界を驚かせる気かよ。」
「いやいや、ちょっとバズれば十分!」
「その『ちょっと』がおかしいんだけどな。」
教室に笑い声が広がる。
ほどなくして、如月結衣が登校してきた。
「おはよう、ハルト。」
「おう、おはよう。」
「昨日帰ってから素材を確認したけど、結構いい感じだったわよ。」
「やっぱり?」
「うん。編集は少し時間かかりそうだけど。」
「了解。」
いつも通りの会話。
いつも通りの距離感。
そこへ西園寺聖奈も姿を現した。
「皆さん、おはようございます。」
「おはよう。」
聖奈は微笑みながら席へ向かう。
しかし途中で足を止めた。
「あら……?」
制服のポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見つめる。
「どうした?」
ハルトが尋ねる。
「本日、勇者様へお渡しする予定でした資料を持参するよう昨夜設定していた通知が……届いておりませんでした。」
「通知?」
「ええ。そのため自宅へ置いてきてしまったようです。」
「珍しいな。」
ハルトは苦笑する。
「聖奈ってそういうミスしなさそうなのに。」
「私も、そのように認識していたのですが……。」
本人も少し不思議そうだった。
「まあ、次でいいよ。」
「申し訳ありません。」
聖奈は素直に頭を下げる。
そのやり取りを見ていた結衣も肩をすくめた。
「ほんと珍しいこともあるのね。」
「人間だしな。」
ハルトはあっさり笑う。
その頃。
職員室。
黒沼摩夜は、自席のノートパソコンへ視線を落としていた。
画面には複数のログが並んでいる。
通知履歴。
端末同期。
バックアップ状況。
ほんの数文字だけ表示を確認すると、静かにウィンドウを閉じた。
「正常。」
短く呟く。
予定通知を一件。
表示順を変更しただけ。
データは存在する。
削除も改ざんもしていない。
本人が気付く頃には役目を終えている程度の、ごく小さな介入。
必要なのは、大きな変化ではない。
積み重ねだ。
人間関係は、一度の事件で変わるものではない。
会う回数。
話す時間。
隣にいる機会。
そうした些細な積み重ねが、やがて距離になる。
「十分。」
摩夜は淡々と次の画面を開く。
情報とは流れだ。
流れは少し向きを変えるだけでいい。
誰かを排除する必要はない。
世界を書き換える必要もない。
勇者へ向かう時間。
その総量を、自分へ寄せる。
目的は、それだけだった。
教室では。
「主。」
凛が教室へ入ってきた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
凛はハルトの席へ向かう途中で立ち止まる。
「……?」
制服の内ポケットを探る。
鞄の中も確認する。
「どうした?」
「護衛計画書がありません。」
「また?」
結衣が思わず笑う。
「今日はみんな忘れ物の日?」
「昨夜、保存した記憶があります。」
凛は真剣な表情でスマートフォンを操作する。
「あ……。」
「バックアップフォルダへ自動保存されています。」
「なるほど。」
ハルトは苦笑した。
「設定が変わったんじゃないか?」
「その可能性があります。」
凛は素直に頷く。
「帰宅後に確認します。」
「まあ、今日くらいは大丈夫だろ。」
「はい。」
凛も納得したように席へ着いた。
職員室。
摩夜は表示されたログを一瞥する。
「確認完了。」
予定通り。
護衛計画書の保存先を一階層変更。
消失ではない。
紛失でもない。
探せば見つかる程度の、ごく軽微な変更。
それで十分だった。
勇者へ向く時間が数分減る。
積み重ねれば数十分。
数十分が数時間になる。
その空白へ、自分が入ればいい。
それが今回の作戦だった。
摩夜は静かにパソコンを閉じる。
チャイムが鳴る。
間もなく一時間目。
本日の三時間目は、現代情報学。
黒沼摩夜が特別講師として教壇へ立つ授業だった。
彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、教室へ向かって歩き出した。
――――――
昼休みを告げるチャイムが校内へ響く。
「腹減ったー!」
「購買! 急げ!」
教室中の生徒たちが一斉に立ち上がった。
「ハルト、行く?」
結衣が振り返る。
「おう。」
ハルトも立ち上がる。
「今日はカツサンド狙いなんだよな。」
「昨日も同じこと言ってなかった?」
「昨日は売り切れてた。」
「人気だからね。」
二人が教室を出ようとした、その時だった。
ハルトのスマートフォンが震える。
「あれ?」
画面を見る。
「ん?」
「どうした?」
「いや……購買部からのアプリ通知だと思ったんだけど。」
画面には何も表示されていない。
「気のせいか?」
首を傾げながらスマートフォンをポケットへしまう。
「早く行かないと売り切れるわよ。」
「おっと、急ごう。」
二人は廊下へ飛び出していった。
一方。
職員室。
「黒沼先生。」
隣の席の教師が声を掛ける。
「今度の現代情報学ですが、教材の共有をお願いできますか?」
「はい。」
摩夜はノートパソコンから顔を上げる。
「午後までに共有フォルダへ保存しておきます。」
「助かります。」
「いえ。」
短いやり取りを終えると、再び画面へ視線を戻した。
資料作成用のウィンドウ。
出席管理。
授業計画。
その隅。
一般的な教師用端末には存在しない、小さなウィンドウが一つだけ開いている。
そこへ映し出されているのは。
ハルトのスマートフォンから送られてくるリアルタイムの情報だった。
位置情報。
端末状態。
周囲の音声。
通信ログ。
映像は必要ない。
音だけで十分だった。
「購買、急げ!」
『カツサンド残ってるか!?』
『まだあるぞ!』
生徒たちの喧騒。
その中へ混じる勇者の声。
摩夜は小さく口元を緩めた。
「今日も元気。」
異世界では。
勇者の安否を知るために索敵魔法を展開することは日常だった。
現代では、その方法が少し変わっただけ。
術式は通信へ。
使い魔はプログラムへ。
やっていることは何も変わらない。
勇者を把握する。
それだけだった。
「黒沼先生?」
再び教師から声を掛けられる。
「はい。」
「昼食はもう召し上がりました?」
「まだです。」
「ご一緒しませんか?」
「ありがとうございます。」
摩夜は柔らかく微笑む。
「資料だけ保存してから向かいます。」
「分かりました。」
教師が席を立つ。
摩夜はその背中を見送り、再び小さなウィンドウへ目を向けた。
『やった! 最後の一個!』
『ハルト、おめでとう。』
『今日は勝った!』
楽しそうな声。
少し遅れて。
『あれ?』
結衣の声が聞こえる。
『財布……あれ?』
『どうした?』
『いや、あると思った場所に学生証がなくて。』
『落とした!?』
『ううん、違う。』
『朝入れたはずなんだけど……。』
鞄の中を探す音。
数秒後。
『あ、あった。』
『内ポケット?』
『うん。なんでここに……。』
『よかったじゃん。』
『そうね。』
誰も気に留めない。
ほんの十数秒の足止め。
だが。
摩夜はその様子を静かに眺めていた。
「順調。」
昨夜。
結衣の学生証ケース。
収納位置を記憶するアプリケーションの設定を、一項目だけ変更した。
自動分類。
ただ、それだけ。
探せば見つかる。
だが、一瞬だけ探す時間が生まれる。
その積み重ねが、勇者と過ごす時間を少しずつ削っていく。
大きな妨害は不要。
事故も事件も必要ない。
気付かれない程度に流れを変える。
情報を操る者にとって、それが最も効率の良い方法だった。
摩夜は画面を閉じる。
昼休みは、まだ半分以上残っている。
午後もまた。
小さな違和感が、静かに積み重なっていく。
――――――
放課後。
終礼を終えた生徒たちが、それぞれの目的地へ散っていく。
そんな中、ハルトたち四人はいつもの部室へ集まっていた。
「さて。」
ハルトがホワイトボードの前へ立つ。
「今日も炎の勇者チャンネル会議、始めます!」
「いえーい。」
結衣が軽く拍手する。
「最近、本当に会社の会議みたいになってきたわね。」
「チャンネルも大きくなってきたしな。」
ハルトは苦笑する。
「行き当たりばったりじゃ回らなくなってきた。」
「喜ばしいことです。」
聖奈が静かに頷く。
「撮影、編集、投稿予定、企業様からのご連絡までございますから。」
「俺は未だによく分かってないんだけど。」
「主は分からなくて構いません。」
凛が即答した。
「我々が支えます。」
「その言い方だと俺、何もしてないみたいじゃん。」
「主は主です。」
「それ答えになってない!」
部室に笑い声が広がる。
ハルトはホワイトボードへ次回企画と書き込んだ。
「で。」
「次の動画なんだけど。」
「前に話してた深海企画、そろそろ進めたいと思う。」
「深海ね。」
結衣が腕を組む。
「映像映えは間違いないわ。」
「問題は撮影方法です。」
聖奈が資料へ目を落とす。
「通常の機材では対応できません。」
「潜水艇を使うのか。」
「それとも別の方法か。」
凛も真剣な表情になる。
「海底へ行くなら護衛計画も全面的に見直しです。」
「まあ、その辺はこれから詰めよう。」
ハルトは笑った。
「今日は方向性だけ決める感じで。」
「賛成。」
結衣が頷く。
「まずは何を見せたい動画にするか決めましょう。」
「そうだな。」
議論が始まる。
深海生物。
海底遺跡。
未知の地形。
視聴者が見たいもの。
撮影方法。
話題は次々と広がっていく。
その一方で。
「あれ?」
結衣が首を傾げた。
「どうした?」
「さっき共有した資料。」
「開けない?」
「ええ。」
ノートパソコンを操作する。
「リンク先が違うみたい。」
「送信ミスか?」
「そんなはずないんだけど。」
数回クリックし。
「あ、こっちだった。」
「見つかったならよかった。」
「最近こういうの多いわね。」
結衣が苦笑する。
「今日だけで何回目かしら。」
「疲れてるんじゃない?」
ハルトは気軽に笑った。
「最近忙しかったし。」
「そうかもしれないわね。」
結衣自身も深くは気にしていなかった。
少しして。
今度は聖奈が口を開く。
「勇者様。」
「先日まとめました企業案件ですが……。」
「はい。」
「本日お持ちする予定でした最新版ではなく、一つ前の版を印刷してしまいました。」
「また?」
結衣が思わず笑う。
「今日はみんな調子悪い日?」
「申し訳ありません。」
「いやいや。」
ハルトは首を横へ振る。
「別に今日決めるわけじゃないし。」
「次で大丈夫。」
「ありがとうございます。」
そんなやり取りを交わしながらも、会議は穏やかに進んでいく。
ほんの少しだけ予定がずれる。
ほんの少しだけ確認に時間が掛かる。
それだけ。
誰も異常とは思わない。
ただ今日は、不思議とそんな小さなことが重なる一日だった。
その頃。
職員室。
摩夜はパソコンへ最後の報告書を送信する。
画面には送信完了の文字。
時計を見る。
「定時。」
今日の業務は予定通り終了した。
ノートパソコンを閉じ、机の上を整える。
「黒沼先生。」
近くの教師が声を掛ける。
「今日もありがとうございました。」
「いえ。」
摩夜は穏やかに微笑む。
「また明日もよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
短い挨拶を交わす。
職員室を出る直前。
摩夜はスマートフォンを一度だけ確認した。
画面へ映るのは、ハルトの現在位置。
目的地は。
「部室。」
予想通り。
炎の勇者チャンネルの会議中。
内容も、ここまで取得した音声からおおよそ把握している。
「深海。」
次回企画。
撮影。
準備。
必要な情報は十分だった。
スマートフォンの画面を閉じる。
表情は教師の黒沼摩夜。
だが、その瞳には情報を統べる魔女の静かな光が宿っていた。
「さて。」
小さく呟く。
「私も行こう。」
コツ、コツ、と廊下へ響く足音。
放課後の校舎を歩きながら。
摩夜はいつもと変わらぬ穏やかな表情で、炎の勇者チャンネルの部室へ向かっていった。
コンコン。
「失礼します。」
部室の扉が開く。
「あ、摩夜先生!」
ハルトが振り返る。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。」
摩夜は穏やかに微笑む。
「仕事を終わらせていたので、少し遅れました。」
「ちょうど今、次の動画の方向性を話してたところなんだ。」
「深海企画ですね。」
「うん。」
ハルトが頷く。
「まだアイデア出しの段階だけど。」
「それでしたら、私も少しお手伝いできるかもしれません。」
「助かる!」
摩夜は自然な足取りで机へ近付く。
その時だった。
「あれ?」
結衣が手元を見て首を傾げる。
「私のタブレット……。」
「どうした?」
「さっきまで開いてたメモが閉じちゃった。」
「保存されてない?」
「されてると思うんだけど……。」
再び起動する。
「ちょっと待って。」
「すぐ開くから。」
その数秒。
結衣の視線は画面へ向いた。
ハルトも自然とタブレットを覗き込む。
その間に。
「では。」
摩夜は何事もない様子で空いていた椅子へ腰を下ろす。
ちょうど。
ハルトの隣だった。
「ありがとう。」
ハルトは特に気にする様子もなく笑う。
「先生がいると情報関係は安心だな。」
「専門ですから。」
摩夜も微笑み返す。
その一方で。
結衣はタブレットを操作しながらようやく顔を上げた。
「あ。」
その瞬間だけ、小さく瞬きをする。
いつもなら。
そこは自分が座っていた位置だった。
けれど。
今日は資料を開き直している間に席へ戻るタイミングを逃した。
「まあ、いいか。」
誰も悪くない。
そう思える程度の違いだった。
「開いた?」
ハルトが尋ねる。
「うん、大丈夫。」
「じゃあ続きを。」
会議は何事もなかったように再開する。
「深海って言っても色々あるよな。」
ハルトがホワイトボードへ書き込む。
「海底遺跡。」
「深海魚。」
「未知の生物。」
「撮影方法。」
「どれも魅力的です。」
聖奈が資料へ書き加えていく。
「企業との協力が必要になる可能性もございます。」
「護衛計画も全面的な見直しになります。」
凛も真剣な表情だ。
「海中では通常戦術が使えません。」
「そこまで考えるの凛くらいだよ。」
ハルトが笑う。
「主を守るためです。」
「ありがとう。」
そんなやり取りを聞きながら。
摩夜はノートへ要点をまとめていく。
「勇者様。」
「ん?」
「深海の通信環境についてですが。」
「確かに問題になりそうだな。」
「現行技術だけでは難しいでしょう。」
「じゃあ魔法を応用できる?」
「できます。」
摩夜は即答した。
「通信術式を変換すれば、映像伝送も可能です。」
「さすが先生。」
ハルトが感心したように笑う。
「頼りになる。」
「ありがとうございます。」
その一言だけで十分だった。
摩夜は静かにペンを走らせる。
会議は一時間ほど続き。
企画の大まかな方向性だけを決めたところで一区切りとなった。
「今日はこのくらいにするか。」
ハルトがホワイトボードを振り返る。
「細かい準備はまた今度!」
「賛成。」
結衣が伸びをする。
「今日は頭使ったわ。」
「深海って考えること多いですね。」
聖奈も資料をまとめ始める。
凛は既に次回までの護衛計画を考え始めていた。
その様子を眺めながら。
摩夜は静かに立ち上がる。
今日一日。
ほんのわずかな違和感が積み重なった。
誰も気付かない。
誰も疑わない。
それでいい。
一度に距離を縮める必要はない。
ほんの一歩。
今日は勇者の隣へ座ることができた。
次は、もう半歩。
積み重ねた先にある結果は、必ず手に入れる。
そう確信しながら。
摩夜は穏やかな笑みを浮かべ、部室を後にした。




