第32話 情報は校舎に眠っている
撮影当日。
前回の会議で決めた準備は、驚くほど順調に進んでいた。
撮影許可は学校側から正式に下り、使用範囲や時間も調整済み。機材は聖奈が手配した最新設備がそろい、予備の機材まで万全に用意されている。編集用の構成は結衣が事前にまとめ、撮影ルートも確認済みだ。
凛は校内を一通り見回り、「護衛経路に問題ありません」と真剣な顔で報告したが、結衣から「今日は戦場じゃなくて学校だからね」と念を押されていた。
一方で摩夜も、撮影前に校内の通信環境や電波状況を静かに確認していた。
「……問題なし。情報霊脈……じゃなかった。校内ネットワークも安定してる」
「今『情報霊脈』って言おうとしたよな?」
「……気のせい。」
そう言ってそっぽを向く摩夜に、結衣は苦笑する。
「はいはい。撮影中はその言い方禁止だからね?」
「努力はする。」
「努力じゃ困るのよ……」
そんなやり取りを交わしながらも、全員どこか楽しそうだった。
そして――。
青葉高校の正門前。
カメラが回り始める。
結衣が親指を立てた。
「はい、録画開始!」
その合図と同時に、ハルトはいつものように明るい笑顔を浮かべ、大きく手を振る。
「どうもー! 炎の勇者チャンネルです!」
慣れ親しんだ決めぜりふ。
校門を背景にしたオープニングは、もはやチャンネルのお約束となっていた。
「今日はですね! いつもの学校企画なんですが、実は皆さんにお知らせがあります!」
ハルトはそう言うと、一歩横へ移動した。
「今日から新しいメンバーが加わります!」
カメラがゆっくりと隣へ向く。
そこには黒を基調とした落ち着いた服装の摩夜が立っていた。
相変わらず表情の変化は少ない。
少し長めの黒髪が風に揺れ、眠たそうにも見える赤い瞳が静かにレンズを見つめている。
撮影には慣れているはずなのに、その視線だけはほんの少しだけ固かった。
(……勇者様の隣。)
(動画で。)
(やっと。)
内心では胸がいっぱいだった。
異世界では叶わなかった。
勇者と肩を並べて、平和な日常を過ごすこと。
それが今、現実になっている。
だからこそ、平静を装う。
「……黒沼摩夜です。」
一言。
本当にそれだけだった。
数秒ほど沈黙が流れる。
ハルトが苦笑する。
「あれ? 自己紹介終わり?」
「終わり。」
「もうちょっと何かない?」
「……特に。」
「短っ!」
カメラの向こうで結衣が思わず吹き出した。
「編集で何とかするしかないわね、これ。」
凛は真面目な顔で首をかしげる。
「十分ではありませんか? 名乗りは簡潔であるほど敵に情報を与えません。」
「自己紹介を敵への情報漏えいとして考えないで。」
すかさず結衣が突っ込む。
そのやり取りに、摩夜の口元がほんの少しだけ緩んだ。
ハルトは改めてカメラへ向き直る。
「摩夜さんは、俺たちの新しい仲間です!」
「情報関係がすごく得意で、今回から色々手伝ってもらいます!」
「それで今日は、その摩夜さんの得意分野をみんなにも紹介したいと思います!」
そう言って校舎を振り返る。
「今回の企画はこちら!」
ハルトは両手を広げた。
「『情報のプロと歩く! 青葉高校を探検してみた!』」
少し間を置いて続ける。
「普段みんなが何気なく見てる学校にも、実は色んな情報が隠れてるらしいんですよ!」
「俺もまだ詳しく聞いてないので、一緒に勉強していこうと思います!」
カメラが再び摩夜へ向く。
「摩夜さん、お願いします!」
突然話を振られても、摩夜は落ち着いたままだった。
「学校は。」
一拍置く。
「情報の宝庫。」
「人は歩くだけで痕跡を残す。」
「掲示物。」
「靴箱。」
「教室の配置。」
「窓。」
「廊下。」
「全部。」
「見方を変えれば情報になる。」
淡々と語る。
まるで当たり前のことを説明するように。
しかしその内容は、聞いているだけで妙な説得力があった。
「今日は。」
「そういう『見落としがちな情報』を、実際に歩きながら説明する。」
「危険なことを教えるつもりはない。」
「情報を見る視点。」
「観察する考え方。」
「それだけ。」
結衣はカメラの後ろで小さくうなずいた。
(ちゃんと配慮してる。)
(やっぱり会議で話したことを意識してくれてるんだ。)
以前の摩夜なら、効率だけを考えてもっと危うい説明をしていたかもしれない。
だが今は違う。
ハルトやチャンネルに迷惑を掛けないよう、自分なりに言葉を選んでいる。
その小さな変化に、結衣は少しだけ安心していた。
ハルトも笑顔で親指を立てる。
「俺も普通に知らないことばっかりだから楽しみだ!」
「あと今日は俺も企画に合わせて色々手伝います!」
「魔法も使うので、お楽しみに!」
その一言だけで、スタッフ陣は苦笑した。
企画に合わせると言っても、ハルトの魔法は規模がおかしい。
結衣は思わず念を押す。
「派手なのは禁止だからね?」
「分かってる分かってる!」
「今日は摩夜さんが主役だし!」
その言葉に、摩夜は一瞬だけ目を見開いた。
(違う。)
(主役は……。)
彼女は静かに首を横へ振る。
「違う。」
「主役は君。」
「私は案内役。」
それだけ言って、ハルトの方を見た。
その視線はどこまでも自然で、どこまでも優しかった。
本人は隠しているつもりなのだろう。
だが、その場にいる三人にはもう十分伝わっている。
(また出た。)
(無自覚デレ。)
結衣は心の中だけで苦笑した。
一方のハルトは、その意味に全く気付かない。
「ありがとう!」
「じゃあ今日は先生役よろしく!」
「……うん。」
その一言だけで、摩夜の表情がほんの少しだけ柔らかくなる。
そしてハルトは勢いよく校舎を指差した。
「それじゃあ行きましょう!」
「情報のプロと一緒に、青葉高校探検スタートです!」
四人は校門をくぐり、最初の目的地へ向かって歩き始めた。
最初に向かったのは、ハルトたちが普段過ごしている教室だった。
昼休みではないため、生徒の姿はない。
事前に学校側から撮影許可を得ており、他の生徒が映り込まない時間帯を選んでいる。
教室へ入ると、ハルトが振り返ってカメラへ話しかけた。
「まず最初は、俺たちが毎日過ごしてる教室です!」
「学校で一番情報がありそうな場所ですよね。」
そう言って摩夜を見る。
「ここから何か分かるの?」
「分かる。」
摩夜は静かに教室を見回した。
「ただし。」
「最初に一つ。」
カメラへ真っ直ぐ視線を向ける。
「他人の情報を勝手に読むのは良くない。」
「だから今日は。」
「私たち自身を例にする。」
「知らない人の情報は扱わない。」
「情報を見る技術と。」
「配慮は別。」
「そこは間違えないで。」
その言葉に結衣がうんうんと頷く。
「大事なところだからね。」
「真似するなら、家族や友達にもちゃんと許可をもらってね。」
「ということで今日は、全部身内でやります!」
ハルトも笑いながら続けた。
「俺たち、ネタになるくらいなら協力するから!」
「じゃあ先生、お願いします!」
摩夜は教室へゆっくり歩き出す。
「まず。」
「席。」
窓際。
一番後ろ。
ハルトの机の前で立ち止まる。
「勇者様……ハルトは。」
「ここが自分の席。」
「これだけでも少し分かる。」
「例えば。」
机の中を見ることはしない。
あくまで外から見える範囲だけだ。
「机の上。」
「筆箱。」
「教科書。」
「全部きちんと揃ってる。」
「でも。」
「消しゴムだけ。」
「少し削れ方が偏ってる。」
ハルトは首をかしげる。
「え、それで?」
「左手。」
「……あ。」
ハルトが思わず左手を見る。
「本当だ。」
「左利きなんだ、俺。」
「文字を書く時。」
「筆圧のかかる方向。」
「消しゴムの減り方。」
「鉛筆の削れ方。」
「そういう細かいところから分かる。」
結衣が感心したように声を漏らす。
「そんなところまで見るんだ……。」
「癖は。」
「本人が思う以上に残る。」
摩夜は淡々と答える。
続いて、今度は机の横へ視線を向けた。
「それから。」
「机のフック。」
「荷物を掛ける位置。」
「毎日同じ。」
ハルトの鞄は左側。
「利き手の反対。」
「右手で持ち替えやすい位置。」
「これも生活習慣。」
「意識してなくても固定される。」
ハルトは試しに鞄を持ち上げる。
「あ、本当だ。」
「右手でそのまま持てる。」
「普段全然考えてなかった。」
結衣が笑う。
「人間って意外とルーティンで動いてるのね。」
「そう。」
「人は楽な動きを繰り返す。」
「だから。」
「情報になる。」
今度は結衣の席へ移動する。
「次。」
「結衣。」
机の上には色分けされた付箋。
小さなメモ。
授業用のノート。
どれもきれいに整理されている。
「整理整頓。」
「色分け。」
「付箋。」
「期限管理。」
「予定管理。」
「全部。」
「同じ考え方で統一されてる。」
「つまり。」
「計画を立てて動く人。」
結衣は思わず苦笑した。
「そこまで当たる?」
「当たる。」
「宿題。」
「提出物。」
「編集。」
「全部そうしてる。」
ハルトが頷く。
「あー、それはそう。」
「動画編集の進行表も結衣が全部管理してるし。」
「私は心配性なだけなんだけど。」
「違う。」
「準備する人。」
「だから。」
「トラブルにも強い。」
結衣は少し照れくさそうに笑った。
「褒められてる……のかな?」
「褒めてる。」
即答だった。
教室に小さな笑いが起こる。
続いて摩夜は聖奈の席へ向かった。
机の上は必要最低限。
余計な物はほとんど置かれていない。
「聖奈。」
「無駄が少ない。」
「必要な物だけ。」
「でも。」
ノートを指差す。
「字が丁寧。」
「定規を使って線を引いてる。」
「見返す前提。」
「つまり。」
「自分だけじゃなく。」
「他人にも見せることを考えてる。」
聖奈は少し驚いたように目を丸くした。
「確かに、西園寺グループの資料を作ることも多いですから。」
「癖になっていますね。」
「そう。」
「普段の仕事は。」
「普段の持ち物にも出る。」
「机は。」
「その人の仕事場。」
「仕事場には。」
「考え方が残る。」
最後は凛の席だった。
そこだけ空気が少し違う。
教科書もノートも整然と並び、筆記用具は一直線。
椅子も机にぴたりと収まっている。
摩夜は一目見るなり、小さく頷いた。
「予想通り。」
「凛。」
「毎日。」
「同じ位置。」
「同じ角度。」
「同じ並び。」
凛は胸を張る。
「当然です。」
「乱れは心の乱れですから。」
「あと。」
摩夜は机の横を見た。
「鞄。」
「すぐ持ち出せる向き。」
「非常時。」
「一秒でも早く動くため。」
凛は真顔で答える。
「はい。」
「有事に備えております。」
ハルトが吹き出した。
「学校で有事って何!?」
「いつ敵襲があるか分かりません。」
「日本は平和だから!」
教室中に笑いが広がる。
摩夜も、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「極端だけど。」
「全部。」
「本人らしい。」
「情報というのは。」
「秘密を暴くことじゃない。」
「その人を理解すること。」
「今日は。」
「分かりやすい例だけ。」
「本当は。」
「もっとたくさん見える。」
「でも。」
「見る必要がないことは見ない。」
「それも。」
「情報を扱う人間の技術。」
教室は一瞬静かになった。
その言葉には、不思議な重みがあった。
ハルトは感心したように頷く。
「なるほどなぁ。」
「何かを知る技術だけじゃなくて、どこまで知るべきかも大事なんだ。」
「うん。」
摩夜は静かに頷いた。
「知れることと。」
「知っていいことは。」
「違う。」
その短い言葉に、結衣は編集でテロップを入れる場面を思い浮かべながら、小さく笑みを浮かべた。
(これ、今回の動画の名言かも。)
教室を後にした一行は、校舎の奥へと歩いていく。
ハルトがカメラを振り返る。
「次に向かうのは、俺たちが普段よく使ってる部屋です!」
「実はここ、普通の教室じゃないんですよ。」
廊下を進み、一枚の扉の前で立ち止まる。
ハルトがドアを開けた。
「こちら!」
中に広がっていたのは、一般的な学校の教室とはまったく違う空間だった。
大きなテーブル。
人数分の椅子。
壁際には冷蔵庫や電子レンジ、小型の電気ケトル。
棚には食器やカップがきれいに並び、ホワイトボードには動画企画のメモが残されている。
まるで小さなオフィスのような、多目的スペースだった。
「ここは学校の多目的教室を改装して作ってもらった部屋です!」
「昼休みはみんなでここでご飯を食べたり、放課後は動画の企画会議をしたりしてます!」
結衣もカメラへ向かって補足する。
「撮影の打ち合わせもほとんどここだよね。」
「編集の相談もここ。」
「学校生活とチャンネル運営、両方の拠点って感じかな。」
聖奈は穏やかに微笑んだ。
「元々は空き教室でしたので、学校側へ提案して改装させていただきました。」
「皆さんが快適に過ごせる場所になればと思いまして。」
ハルトは笑いながら辺りを見回す。
「最初に見た時は本当にびっくりしたよな。」
「学校なのに会社の会議室みたいで。」
「今じゃ完全に私たちの部室だけど。」
凛は当然のように頷く。
「護衛対象が一か所へ集まりやすいため、警備効率も非常に優秀です。」
「また護衛目線!」
結衣が即座に突っ込み、部屋に笑いが広がった。
そんな空気の中、摩夜はゆっくりと室内を見回していた。
「ここも。」
「情報が多い。」
ハルトが興味津々で尋ねる。
「え? この部屋からも分かるの?」
「分かる。」
摩夜はホワイトボードへ歩み寄る。
そこには消し忘れた小さな文字が残っていた。
『没案』
『サムネ候補』
『タイトル修正』
『撮影予備日』
摩夜はそれを指差す。
「この部屋は。」
「食事だけじゃない。」
「考える場所。」
「形跡が残ってる。」
結衣が苦笑する。
「あ、消し忘れてた。」
「編集するとき消しておこう。」
「それから。」
摩夜は部屋の隅を見る。
充電器。
三脚。
照明。
予備バッテリー。
整然と収納されている。
「機材。」
「いつでも持ち出せる。」
「つまり。」
「撮影頻度が高い。」
「片付け方も。」
「ルールがある。」
「誰でも。」
「すぐ準備できる。」
聖奈が感心したように頷いた。
「確かに、場所は全員で決めていますね。」
「探す時間をなくすためです。」
「時間は。」
「一番大事な資源。」
摩夜は短く答える。
ハルトは周囲を見渡しながら笑う。
「こうやって言われると、この部屋って俺たちの生活そのものだな。」
「ご飯食べて。」
「企画考えて。」
「動画撮って。」
「宿題やったりもするし。」
「青春が詰まってる。」
「そう。」
摩夜は静かに頷いた。
「部屋は。」
「使う人を映す。」
「長く使うほど。」
「色が出る。」
そこでハルトが、何か思いついたように手を叩いた。
「せっかくだし、ここで俺も何かやる?」
結衣が嫌な予感しかしないという表情になる。
「……派手なのは禁止だからね?」
「分かってるって!」
「今日は企画に合わせる!」
ハルトは部屋の中央へ立つ。
「摩夜先生!」
「情報を見るなら、明るい方が見やすいよね?」
「そう。」
「じゃあ!」
ハルトは右手を軽く掲げた。
「《灯火》!」
次の瞬間。
手のひらの上に、小さな炎がふわりと灯った。
しかしそれは赤い炎ではない。
黄金色に輝く温かな光。
熱はほとんどなく、まるでランタンのように部屋全体を柔らかく照らし始める。
「おおー!」
結衣が思わず声を上げる。
「今日はちゃんと企画に合ってる!」
「でしょ!」
ハルトは得意げに笑う。
光球はゆっくりと宙へ浮かび、天井近くで静止した。
照明とは違う、自然で柔らかな光が室内を包み込む。
聖奈は目を細めた。
「幻想的ですね……。」
凛も珍しく感嘆の息を漏らす。
「この魔法なら夜間の警備にも――」
「仕事から離れて!」
結衣のツッコミが飛ぶ。
摩夜は、その光を静かに見つめていた。
「……綺麗。」
ぽつりと漏れた一言。
ハルトは照れくさそうに笑う。
「今日は目立ちすぎない魔法にしてみた。」
「主役は摩夜さんだから。」
摩夜はゆっくり首を横に振る。
「違う。」
「この光で。」
「見える情報が増えた。」
「だから。」
「企画に必要。」
そう言って、ハルトの魔法が作り出した柔らかな灯りを見上げる。
「良い魔法。」
その素直な一言に、ハルトは少し照れたように頭をかいた。
結衣はそんな二人を見ながら、小さく笑う。
(相変わらず、この二人は噛み合ってるようで噛み合ってないんだから。)
だが、その自然な空気こそが、このチャンネルの一番の魅力なのかもしれなかった。
教室を後にした一行は、校舎の奥へと歩いていく。
ハルトがカメラを振り返る。
「次に向かうのは、俺たちが普段よく使ってる部屋です!」
「実はここ、普通の教室じゃないんですよ。」
廊下を進み、一枚の扉の前で立ち止まる。
ハルトがドアを開けた。
「こちら!」
中に広がっていたのは、一般的な学校の教室とはまったく違う空間だった。
大きなテーブル。
人数分の椅子。
壁際には冷蔵庫や電子レンジ、小型の電気ケトル。
棚には食器やカップがきれいに並び、ホワイトボードには動画企画のメモが残されている。
まるで小さなオフィスのような、多目的スペースだった。
「ここは学校の多目的教室を改装して作ってもらった部屋です!」
「昼休みはみんなでここでご飯を食べたり、放課後は動画の企画会議をしたりしてます!」
結衣もカメラへ向かって補足する。
「撮影の打ち合わせもほとんどここだよね。」
「編集の相談もここ。」
「学校生活とチャンネル運営、両方の拠点って感じかな。」
聖奈は穏やかに微笑んだ。
「元々は空き教室でしたので、学校側へ提案して改装させていただきました。」
「皆さんが快適に過ごせる場所になればと思いまして。」
ハルトは笑いながら辺りを見回す。
「最初に見た時は本当にびっくりしたよな。」
「学校なのに会社の会議室みたいで。」
「今じゃ完全に私たちの部室だけど。」
凛は当然のように頷く。
「護衛対象が一か所へ集まりやすいため、警備効率も非常に優秀です。」
「また護衛目線!」
結衣が即座に突っ込み、部屋に笑いが広がった。
そんな空気の中、摩夜はゆっくりと室内を見回していた。
「ここも。」
「情報が多い。」
ハルトが興味津々で尋ねる。
「え? この部屋からも分かるの?」
「分かる。」
摩夜はホワイトボードへ歩み寄る。
そこには消し忘れた小さな文字が残っていた。
『没案』
『サムネ候補』
『タイトル修正』
『撮影予備日』
摩夜はそれを指差す。
「この部屋は。」
「食事だけじゃない。」
「考える場所。」
「形跡が残ってる。」
結衣が苦笑する。
「あ、消し忘れてた。」
「編集するとき消しておこう。」
「それから。」
摩夜は部屋の隅を見る。
充電器。
三脚。
照明。
予備バッテリー。
整然と収納されている。
「機材。」
「いつでも持ち出せる。」
「つまり。」
「撮影頻度が高い。」
「片付け方も。」
「ルールがある。」
「誰でも。」
「すぐ準備できる。」
聖奈が感心したように頷いた。
「確かに、場所は全員で決めていますね。」
「探す時間をなくすためです。」
「時間は。」
「一番大事な資源。」
摩夜は短く答える。
ハルトは周囲を見渡しながら笑う。
「こうやって言われると、この部屋って俺たちの生活そのものだな。」
「ご飯食べて。」
「企画考えて。」
「動画撮って。」
「宿題やったりもするし。」
「青春が詰まってる。」
「そう。」
摩夜は静かに頷いた。
「部屋は。」
「使う人を映す。」
「長く使うほど。」
「色が出る。」
そこでハルトが、何か思いついたように手を叩いた。
「せっかくだし、ここで俺も何かやる?」
結衣が嫌な予感しかしないという表情になる。
「……派手なのは禁止だからね?」
「分かってるって!」
「今日は企画に合わせる!」
ハルトは部屋の中央へ立つ。
「摩夜先生!」
「情報を見るなら、明るい方が見やすいよね?」
「そう。」
「じゃあ!」
ハルトは右手を軽く掲げた。
「《灯火》!」
次の瞬間。
手のひらの上に、小さな炎がふわりと灯った。
しかしそれは赤い炎ではない。
黄金色に輝く温かな光。
熱はほとんどなく、まるでランタンのように部屋全体を柔らかく照らし始める。
「おおー!」
結衣が思わず声を上げる。
「今日はちゃんと企画に合ってる!」
「でしょ!」
ハルトは得意げに笑う。
光球はゆっくりと宙へ浮かび、天井近くで静止した。
照明とは違う、自然で柔らかな光が室内を包み込む。
聖奈は目を細めた。
「幻想的ですね……。」
凛も珍しく感嘆の息を漏らす。
「この魔法なら夜間の警備にも――」
「仕事から離れて!」
結衣のツッコミが飛ぶ。
摩夜は、その光を静かに見つめていた。
「……綺麗。」
ぽつりと漏れた一言。
ハルトは照れくさそうに笑う。
「今日は目立ちすぎない魔法にしてみた。」
「主役は摩夜さんだから。」
摩夜はゆっくり首を横に振る。
「違う。」
「この光で。」
「見える情報が増えた。」
「だから。」
「企画に必要。」
そう言って、ハルトの魔法が作り出した柔らかな灯りを見上げる。
「良い魔法。」
その素直な一言に、ハルトは少し照れたように頭をかいた。
結衣はそんな二人を見ながら、小さく笑う。
(相変わらず、この二人は噛み合ってるようで噛み合ってないんだから。)
だが、その自然な空気こそが、このチャンネルの一番の魅力なのかもしれなかった。
多目的教室を後にした一行は、そのまま校舎内を歩き回る。
「ここからは少しテンポよく行きましょう!」
ハルトがカメラへ笑顔を向ける。
「普段はあまり長時間いない場所でも、見方を変えると色々分かるらしいです!」
「摩夜先生、お願いします!」
「うん。」
まず最初に訪れたのは体育館だった。
昼間ということもあり、授業では使われていない。
広い体育館へ足を踏み入れると、摩夜は床へ視線を落とした。
「体育館は。」
「一番分かりやすい。」
「床。」
「ボール。」
「器具。」
「全部。」
「使われ方が残る。」
ハルトも床を見る。
「……俺には普通にしか見えない。」
「例えば。」
摩夜はバスケットゴールを指差した。
「ボールの跡。」
「集中してる。」
「よく使われる。」
「逆に。」
「あっち。」
ステージ側を指す。
「傷が少ない。」
「使う頻度が低い。」
「学校全体の活動も。」
「少し見える。」
「なるほどなぁ。」
ハルトが感心している横で、凛は壁際のマットを見つめていた。
「ここなら護身術の訓練も――」
「しません。」
摩夜が即答する。
「……はい。」
珍しく凛が素直に引き下がり、結衣が思わず吹き出した。
「摩夜には凛の扱い方が分かってきたね。」
次に訪れたのは音楽室。
扉を開けると、静かな空気と木の香りが漂う。
整然と並ぶ机。
壁際には楽器。
ピアノが一台置かれていた。
ハルトは懐かしそうに辺りを見回す。
「音楽室って久しぶりに入ったかも。」
摩夜は黒板を見る。
「音楽室は。」
「音。」
「だけじゃない。」
「並び方。」
「譜面台。」
「椅子。」
「全部。」
「大人数で合わせる前提。」
「つまり。」
「協調性を作る部屋。」
結衣が小さく頷く。
「確かに、普通の教室とは配置が全然違うね。」
「部屋は。」
「目的で形が決まる。」
「だから。」
「用途を見るだけでも情報になる。」
聖奈が微笑みながら付け加える。
「学校という場所は、それぞれの教室が役割を持っていますものね。」
「そう。」
「役割が違えば。」
「残る情報も違う。」
そのまま特別教室の廊下を歩きながら、理科室、美術室、家庭科室も軽く紹介していく。
理科室では実験器具がきれいに整理されていること。
美術室では作品を保管するための棚が多いこと。
家庭科室では調理器具の配置が作業効率を重視していること。
摩夜は一つひとつを簡潔に説明していく。
どの説明も派手さはない。
だが、「普段気にも留めなかったこと」が次々と情報へ変わっていく。
ハルトは歩きながら何度も感心していた。
「いやー。」
「学校って毎日通ってるのに、知らないことだらけだな。」
「見えてるのに。」
「見てない。」
摩夜は短く答える。
「情報は。」
「特別な場所にあるんじゃない。」
「普段の中にある。」
結衣はカメラ越しに頷いた。
「今回の企画って、何か探偵番組みたいになってきたね。」
「でも全然怖くない。」
「『なるほど』って感じ。」
「それが理想。」
摩夜も静かに頷く。
「知識は。」
「誰かを困らせるためじゃない。」
「世界を面白く見るため。」
その一言に、ハルトは笑顔で親指を立てた。
「いいね、それ!」
「じゃあ最後は、学校の中でも一番『情報』が集まりそうな場所へ行ってみよう!」
そう言って歩き出したハルトの後ろを、三人も続く。
次なる目的地を前に、カメラは再び回り続けていた。
校舎内を一通り見て回った一行は、最後の目的地へと足を運んだ。
ハルトが歩きながらカメラへ向かって話しかける。
「さて、いよいよ最後です!」
「摩夜先生が『学校で一番情報が集まる場所』を紹介してくれるそうです!」
「俺もどこなのかまだ聞いてません!」
結衣も首を傾げる。
「職員室とか?」
聖奈も考え込む。
「図書室でしょうか。」
凛は真剣な表情で答えた。
「警備室です。」
「確かに情報はありそうだけど!」
ハルトが笑いながら突っ込む。
そんな三人を見ながら、摩夜は静かに首を横へ振った。
「違う。」
「一番なのは。」
数歩先。
廊下の壁一面を指差す。
そこには学校中の生徒が毎日目にする、大きな掲示板があった。
学校からのお知らせ。
行事予定。
部活動の大会日程。
検定試験。
進路案内。
保健室からの連絡。
文化祭や体育祭の告知。
様々な紙が整然と貼られている。
「ここ。」
ハルトは思わず目を丸くした。
「掲示板?」
「そう。」
摩夜はゆっくり頷く。
「学校が。」
「全員に伝えたい情報。」
「全部。」
「ここへ集まる。」
カメラが掲示板を映す。
もちろん個人情報が載っている部分は映さないよう、構図にも十分配慮している。
「見るだけで。」
「今。」
「学校が何を重視しているか。」
「何が近いか。」
「どんな活動が多いか。」
「全部分かる。」
結衣も納得したように頷いた。
「なるほど。」
「確かに毎日見てるけど、ちゃんと見てるかって言われると……。」
「意外と流し見してるかも。」
「そう。」
「情報は。」
「隠れているものだけじゃない。」
「堂々と置かれているものほど。」
「見落とされる。」
ハルトは腕を組みながら感心する。
「言われてみればそうだなぁ。」
「宝探しみたいに秘密を探すんじゃなくて、普通にあるものをちゃんと見るってことなんだ。」
「うん。」
摩夜は静かに頷く。
「観察。」
「それが基本。」
「特別な才能はいらない。」
「見る癖。」
「考える癖。」
「それだけ。」
少しだけ間を置き、カメラへ向き直る。
「でも。」
「今日一番伝えたかったのは。」
「情報を集める技術じゃない。」
「扱い方。」
「知れることと。」
「知っていいことは違う。」
「見えることと。」
「使っていいことも違う。」
「便利だからこそ。」
「気を付ける。」
「それが一番大事。」
穏やかな口調だった。
だが、その締めくくりは今日一番印象に残る言葉だった。
ハルトも真剣な表情で頷く。
「今回の動画を見て、『観察って面白いな』って思ってもらえたら嬉しいです。」
「でも、摩夜さんが言った通り、誰かを困らせるためじゃなくて、普段見ている景色をもっと面白く見るために使ってください!」
そしていつもの明るい笑顔へ戻る。
「ということで!」
「今回は新メンバー・黒沼摩夜さんと一緒に学校を探検してきました!」
「面白かったら高評価とチャンネル登録をよろしくお願いします!」
「それじゃあまた次の動画で!」
「「「「またねー!」」」」
手を振る四人を最後に、結衣がカメラを止めた。
「はい、カット!」
撮影終了。
張り詰めていた空気がふっと和らぐ。
ハルトは大きく伸びをした。
「終わったー!」
「思ったより歩いたな。」
結衣もカメラをケースへしまいながら笑う。
「でもいい動画になったと思う。」
「摩夜の解説も分かりやすかったし。」
聖奈も満足そうに微笑んだ。
「企画としても新鮮でしたね。」
「普段見慣れた学校でも、ここまで見方が変わるとは思いませんでした。」
凛も真剣な表情で頷く。
「大変勉強になりました。」
「今後は校内巡回の際にも――」
「だから仕事モードは終わり!」
結衣が笑いながら肩を軽く叩く。
凛は「失礼しました」と照れくさそうに咳払いした。
そんなやり取りを眺めていたハルトが、ふと思いついたように口を開く。
「そうだ。」
「撮影も終わったし、このまま帰るのももったいないな。」
三人がハルトを見る。
「みんなで飯でも食いに行かない?」
「今日は企画も無事終わったし、お疲れさま会ってことで!」
結衣はすぐに笑顔になる。
「賛成!」
「今日は私、お腹ぺこぺこ。」
聖奈も優雅に頷いた。
「私もご一緒します。」
「たまには学校の外でゆっくり話すのも良いですね。」
凛も迷いなく答える。
「護衛対象と行動を共にします。」
「だから護衛じゃなくて、ご飯!」
「……はい。」
少しだけ照れたように言い直す。
「ご飯をご一緒します。」
最後に、全員の視線が摩夜へ向いた。
「摩夜さんは?」
ハルトが尋ねると、摩夜はほんの一瞬だけ考え、小さく頷いた。
「行く。」
「みんなと。」
その短い返事だけで十分だった。
ハルトは嬉しそうに笑う。
「よし、決まり!」
「今日は何食べようかな!」
他愛もない話をしながら歩き出す四人。
撮影は終わった。
動画の企画も無事成功した。
そして今はただ、気の置けない仲間たちと過ごす、ごく普通の放課後。
そんな穏やかな時間を楽しみながら、一行は夕暮れの街へと歩いていくのだった。
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投稿した動画のコメント
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【動画タイトル】
『【学校探検】情報のプロと歩いたら、いつもの学校が別世界に見えた件』
【再生数:2,847,612回】
【高評価:198,473】
【コメント:41,286件】
「新メンバーきたあああああ」
「摩夜ちゃん可愛すぎる」
「自己紹介短すぎて草」
「『黒沼摩夜です。』←終わり!?www」
「編集泣かせで笑った」
「結衣さんのツッコミ今日もキレッキレ」
「凛さんが最後まで凛さんだった」
「護衛目線やめろwww」
「学校で敵襲は草」
「聖奈さんの『学校を改装しました』が一番意味分からん」
「普通の高校生のセリフじゃないんだよなぁ」
「多目的教室オシャレすぎる」
「学校に電子レンジあるの羨ましい」
「完全に会社の会議室じゃん」
「青春っていいなぁ」
「摩夜ちゃん、淡々としてるのに聞き入っちゃう」
「説明が分かりやすすぎる」
「情報を見る技術じゃなくて扱い方が大事って言葉好き」
「今回めっちゃ勉強になった」
「左利きの見抜き方普通に面白かった」
「消しゴムの減り方で分かるのは初めて知った」
「観察力ってこういうことか」
「探偵ってこんな感じなんかな」
「情報系の仕事してるけど内容かなりまともだった」
「↑同業だけど変に誇張してなくて好感持てた」
「『知れることと知っていいことは違う』←名言」
「このチャンネル急に教育番組になった?」
「いや勇者チャンネルだぞ」
「勇者どこいったwww」
「勇者『今日は控えめです』」
「なお魔法は普通に使う模様」
「ライト魔法めっちゃ綺麗だった」
「CG班また本気出してる」
「いやあの光どうやって撮ってるんだ?」
「LEDドローンじゃね?」
「CGにしては周囲への反射自然すぎるんだけど」
「毎回CG論争になるの草」
「物理屋だけど光の回り込みがおかしい気がする」
「↑また始まった」
「専門家が困惑する動画」
「摩夜ちゃんの『綺麗』で全部持ってかれた」
「ハルト鈍感すぎるだろw」
「いや完全に好感度MAXじゃん」
「結衣さん絶対ニヤニヤして編集してる」
「古参だけど新メンバーかなり好き」
「この4人+ハルトの空気感最高」
「情報担当が増えて企画の幅広がりそう」
「次は校外編ありそう」
「次回は何やるんだろ」
「このメンバーなら絶対また何かやらかす予感しかしない」
「更新待ってます!!」




