第31話 魔女は再生数を支配する
放課後。
夕日が校舎の窓から差し込み、二年A組の教室を赤く染めていた。
生徒たちが次々と帰宅する中、教室の一角だけはいつものように人が残っている。
「さて!」
パン、とハルトが手を叩いた。
「次の動画会議、始めよう!」
机を四つ寄せた簡易会議スペース。
そこには、結衣、聖奈、凛の三人が自然と集まっていた。
「今日は何をやるつもりなの?」
ノートパソコンを開きながら結衣が尋ねる。
「深海企画は?」
「あー、それなんだけど」
ハルトは頭をかきながら苦笑した。
「ちょっと保留かなって。」
「珍しいじゃない。」
「いや、深海は絶対やるぞ?」
力強く拳を握る。
「でも、その前にもう一本くらい挟みたいんだよな。」
「理由は?」
「せっかく新メンバーが増えたし。」
その一言で、三人の視線が自然と入口へ向く。
「凛の動画もすごく伸びたし。」
「なら今度は――」
そこでハルトは笑った。
「摩夜さんのデビュー動画を撮りたい。」
結衣は「ああ、やっぱり」と納得したように頷く。
「確かにタイミングとしてはいいかも。」
「ですよね。」
聖奈も上品に微笑む。
「本日、黒沼先生のお披露目も済みましたし。」
「授業も話題になってそうだよな。」
「学校内だけでも相当な反響です。」
聖奈はスマートフォンを確認する。
「『美人教師すぎる』『説明が分かりやすい』『オカルトの先生が本物っぽい』など、既に生徒の投稿が増え始めています。」
「へぇ!」
ハルトの目が輝いた。
「いい流れじゃん!」
「だからこそ、勢いを逃さない方がいいと思う。」
結衣も真面目な表情になる。
「視聴者も『あの先生誰?』って気になってるはずだし。」
「なら決まり!」
ハルトは机に身を乗り出した。
「摩夜さんを中心にした企画を考えよう!」
「賛成です。」
凛が即答する。
「勇者様のお仲間であれば、歓迎いたします。」
「ありがとう。」
ハルトは笑う。
「でも、摩夜さんって何が得意なんだろうな。」
その瞬間だった。
ガラリ。
教室の扉が静かに開く。
全員が振り返る。
夕日に照らされながら、一人の女性がゆっくり教室へ入ってきた。
黒髪。
黒いロングコート。
相変わらず眠たそうな目。
感情の読めない無表情。
黒沼摩夜だった。
「……来た。」
小さくそう呟くと、摩夜は迷いなくハルトたちの机まで歩いてくる。
「お疲れ様です、黒沼先生。」
聖奈が立ち上がる。
「先生はやめて。」
摩夜は首を横に振った。
「今は仕事じゃない。」
そう言ってから、
ハルトの真正面で立ち止まる。
「君。」
「ん?」
「話がある。」
「もちろん。」
ハルトは笑顔で椅子を勧めた。
「ちょうど摩夜さんの話してたところなんだ。」
「知ってる。」
「え?」
「廊下で聞こえてた。」
「あ、そうなんだ。」
悪びれる様子もなく摩夜は空いていた椅子へ腰掛ける。
そして静かに四人を見回した。
結衣。
聖奈。
凛。
三人とも自然と背筋を伸ばす。
空気が少しだけ変わった。
摩夜は一拍置いてから口を開く。
「今日から。」
淡々とした声。
「正式に私も炎の勇者チャンネルを支える。」
その言葉は短かった。
だが、その場にいた全員へは十分に伝わる。
「裏方だけじゃない。」
「必要なら動画にも出る。」
「必要なら編集にも口を出す。」
「必要なら情報戦も担当する。」
そして最後に、
ほんの少しだけ視線をハルトへ向けた。
「全部、君のため。」
一瞬だけ教室が静まる。
「おー!」
最初に反応したのはハルトだった。
「ありがとう!」
嬉しそうに笑う。
「これでまたチームが強くなるな!」
「……うん。」
摩夜は小さく頷く。
本人は平静を装っていた。
だが、
口元がほんの少しだけ緩んでいる。
それを見た結衣は心の中で思う。
(褒められてめちゃくちゃ嬉しそうなんだけど。)
(本人だけ気付いてないわね……。)
「歓迎します。」
聖奈も優雅に微笑んだ。
「情報戦については私も不得意分野ですので、大変心強いです。」
「私も。」
凛も深く頭を下げる。
「今後ともよろしくお願いいたします。」
「……よろしく。」
摩夜は短く返す。
それから机の上へスマートフォンを置いた。
画面にはいくつもの数字。
グラフ。
色分けされた線。
複雑な統計情報。
結衣は思わず目を丸くした。
「何これ?」
「炎の勇者チャンネル。」
「え?」
「解析結果。」
摩夜は画面を指でなぞる。
「視聴者の流入経路。」
「離脱率。」
「視聴維持時間。」
「検索経由。」
「おすすめ経由。」
「海外比率。」
「年齢層。」
「投稿時間ごとの変化。」
「全部調べた。」
「…………」
四人とも固まった。
「いやいやいや。」
最初に我に返ったのは結衣だった。
「そこまで分析してたの?」
「当然。」
摩夜は首をかしげる。
「戦う相手を知らないで戦うの?」
「戦う相手って……。」
「情報。」
即答だった。
「現代で動画を広める相手は視聴者じゃない。」
「情報の流れ。」
「正しくは。」
一拍置いて。
「情報霊脈。」
「また独自用語出てきた。」
結衣が額を押さえる。
だが摩夜は気にしない。
「ネットワークは巨大な魔法陣。」
「おすすめ機能は自動誘導術式。」
「検索順位は召喚陣。」
「拡散は伝染呪文。」
「全部仕組みがある。」
ハルトだけは目を輝かせていた。
「すげぇ……!」
「そういう見方もあるのか!」
「ある。」
摩夜は静かに頷く。
「だから。」
スマートフォンを全員へ向ける。
「今までの戦い方は効率が悪い。」
「君たちは。」
「動画を作って。」
「投稿して。」
「伸びるのを待っている。」
「それでは遅い。」
その無表情な瞳が、どこか妖しく光った。
「情報は待つものじゃない。」
「流れを作るもの。」
「私には、その方法がある。」
ハルトは思わず身を乗り出した。
「えっ、本当!?」
「うん。」
摩夜は静かに頷く。
「君をもっと有名にできる。」
「世界中へ。」
「今より、ずっと。」
静かな教室。
誰も口を挟まない。
ハルトだけが目を輝かせていた。
「そんな方法があるのか!」
「ある。」
摩夜は淡々と頷く。
「でも。」
「違法なことはしない。」
その一言に結衣は少しだけ肩の力を抜いた。
「……珍しい。」
「失礼。」
摩夜はじっと結衣を見る。
「私は勇者を犯罪者にはしない。」
「君が捕まったら困る。」
「それはそうだけど。」
「今回は全部合法。」
そう言ってスマートフォンを操作すると、教室の大型モニターへ画面が映し出された。
「うわ。」
「いつの間に繋いだの?」
「三秒前。」
「聞くんじゃなかった。」
結衣は小さくため息をつく。
画面いっぱいに表示されたのは、炎の勇者チャンネルの分析結果だった。
棒グラフ。
円グラフ。
折れ線グラフ。
国別の地図。
投稿時間ごとの推移。
視聴維持率。
検索流入。
関連動画。
ありとあらゆる数字が並んでいる。
「えぇ……。」
ハルトは苦笑した。
「俺、こんなの見たことない。」
「見なくても動画は作れる。」
摩夜は冷静に答える。
「でも。」
「見ればもっと伸びる。」
そう言って画面を切り替える。
今度は一本の折れ線が表示された。
「これは?」
結衣が尋ねる。
「動画公開から二十四時間の視聴者推移。」
「公開直後に一番伸びて、そのあと少し落ち着くのね。」
「そう。」
摩夜は頷く。
「でも。」
画面に赤い線が一本追加された。
「ここ。」
「海外。」
聖奈が目を細める。
「時差ですか。」
「正解。」
摩夜は少しだけ嬉しそうだった。
「日本で夜に投稿すると。」
「欧州は昼。」
「北米は朝。」
「地域ごとに反応する時間が違う。」
「つまり。」
「投稿時間を少し調整するだけで。」
「初動がもっと伸びる。」
「なるほど!」
ハルトは素直に感心した。
「そんな違いまであるのか!」
「ある。」
「今までは日本時間だけ見ていた。」
「でも。」
「炎の勇者チャンネルは世界規模。」
「世界基準で考えるべき。」
「それは確かに……。」
結衣も思わず頷く。
編集担当として数字は見てきた。
しかし、ここまで細かく地域別で考えたことはなかった。
摩夜はさらに画面を切り替える。
「次。」
今度は動画一覧が表示された。
タイトルごとに色分けされている。
「伸びた動画。」
「普通だった動画。」
「惜しかった動画。」
それぞれ分類されていた。
「共通点がある。」
ハルトたちが画面を見る。
摩夜が一本の動画を指差した。
『異世界騎士団長に本物の日本刀を持たせてみた』
「これ。」
「再生維持率が高い。」
次に別の動画。
『元異世界騎士団長が剣道部を鍛えた結果がヤバすぎた』
「これも。」
さらに、
『【100億の島で】隕石落としてみた【CGなし】』
「これも同じ。」
「全部共通してる。」
「何が?」
ハルトが首をかしげる。
摩夜は即答した。
「人物。」
「……人物?」
「うん。」
「君だけじゃない。」
「誰か一人でも。」
「強い個性が前面に出る動画は伸びる。」
画面には数字が並ぶ。
「視聴者は。」
「魔法だけを見てるわけじゃない。」
「人を見てる。」
結衣は思わず息を呑んだ。
「そうか……。」
「だから凛ちゃん加入動画も伸びたんだ。」
「そう。」
摩夜は頷く。
「勇者。」
「騎士。」
「令嬢。」
「分かりやすい。」
「役割が伝わる。」
そして。
自分を指差した。
「だから。」
「次は。」
「魔女。」
教室が静かになる。
「情報を操る魔女。」
「それだけで興味を持つ人は多い。」
「確かに!」
ハルトは勢いよく立ち上がった。
「キャラ紹介動画みたいな感じか!」
「半分正解。」
「もう半分は。」
「新しい役割の紹介。」
摩夜は次の資料を表示する。
そこには大きく一行だけ書かれていた。
『炎の勇者チャンネル、新メンバー始動』
「シリーズ化。」
「役割を覚えてもらう。」
「動画を見る理由を増やす。」
結衣の目が大きく開く。
「それって……。」
「テレビ番組みたい。」
「そう。」
摩夜は小さく頷く。
「視聴者は。」
「続きが気になる作品を見続ける。」
「だから。」
「一回ごとの動画じゃなく。」
「チャンネル全体を一つの物語にする。」
教室が静まり返る。
誰も反論できない。
数字に裏付けられた理論。
現実的で。
合法で。
しかも炎の勇者チャンネルの今までの流れとも完全に一致している。
聖奈が感心したように微笑んだ。
「素晴らしいですね。」
「資金を使わずとも効果が期待できます。」
凛も真剣な表情で頷く。
「新たな仲間が加わるたび、視聴者も共に旅をしている感覚になるということですね。」
「その通り。」
摩夜は短く答える。
そして最後にハルトを見る。
「君は今まで。」
「面白い動画を作ってきた。」
「でも。」
「これからは。」
「面白い動画を待たれるチャンネルになる。」
ハルトは満面の笑みを浮かべた。
「すげぇ!」
「摩夜さん!」
「それ最高じゃん!」
その場にいた全員が、自然と頷いていた。
そこには危険な情報操作も、不正な工作もない。
視聴者を理解し、世界規模で届けるための、情報の専門家だからこそ見える、新しい戦い方だった。
「よし!」
ハルトが勢いよく立ち上がる。
「方向性は決まったな!」
「次は企画会議だ!」
「摩夜さんが初めて出る動画!」
「せっかくだし、とびきり面白いものにしよう!」
その一言で、教室の空気が一気に「作戦会議」へ切り替わった。
結衣はノートを開き、企画用のページを作る。
聖奈はタブレットを取り出し、必要になりそうな設備を確認し始める。
凛は何故か真剣な顔で、
「撮影地点の安全確保は私が担当いたします。」
と既に護衛計画へ入っていた。
「まだ場所も決まってないから。」
結衣のツッコミも、もはやいつもの流れである。
一方、ハルトは真正面の摩夜を見る。
「まず一番大事なこと!」
「摩夜さん!」
「カメラの前で何ができる?」
「…………」
摩夜は少しだけ考えた。
「何でも。」
「いや、それだと分からない。」
「魔法。」
「使えないよね?」
「使えない。」
「じゃあ却下。」
「ハッキング。」
「もっとダメだから。」
「合法。」
「そういう問題じゃない。」
結衣が即座に止める。
摩夜は少しだけ不満そうだった。
「……情報収集。」
「それなら?」
「できる。」
ハルトは興味津々だった。
「例えば?」
「動画一本あれば。」
「撮影場所。」
「時間帯。」
「天候。」
「使った機材。」
「編集ソフト。」
「撮影者の癖。」
「身長。」
「利き手。」
「全部分かる。」
教室が静まり返る。
「……え?」
結衣が聞き返した。
「全部?」
「全部。」
「どうやって?」
「映像を見る。」
「終わり。」
「終わらない終わらない。」
結衣は思わず身を乗り出す。
「そんなので分かるわけ――」
「分かる。」
摩夜は迷いなく答えた。
「影。」
「光。」
「反射。」
「音。」
「風。」
「画角。」
「全部情報。」
その口調は淡々としている。
しかし、その内容だけは規格外だった。
「……怖。」
結衣が思わず漏らす。
「怖くない。」
「普通。」
「普通じゃない。」
ハルトだけは目を輝かせていた。
「すげぇ!」
「探偵みたいじゃん!」
「探偵より当たる。」
「言い切った。」
「だったら!」
ハルトは机を叩いた。
「それ企画になるじゃん!」
「え?」
結衣が振り向く。
「例えばさ!」
ハルトは楽しそうに身振り手振りを交え始めた。
「映像一本だけ見て!」
「摩夜さんが全部当てる!」
「答え合わせする!」
「絶対面白い!」
「あ。」
結衣も想像できた。
「それ、普通に見たいかも。」
「でしょう?」
「海外の動画でも。」
「昔の映像でも。」
「分析だけで当てていく。」
「確かにすごい。」
聖奈も感心する。
「知識系動画としても成立しますね。」
しかし摩夜は首を横に振った。
「少し弱い。」
「え?」
「私だけ。」
「君が目立たない。」
そう言って自然にハルトを見る。
「私は。」
「君を目立たせたい。」
「私が主役じゃない。」
「主役は君。」
その一言で、三人の視線が一斉に摩夜へ集まった。
(またさらっと言った。)
(本人は無自覚なんだろうな。)
結衣は内心で苦笑する。
ハルト本人だけは、
「ありがと!」
と笑っていた。
「じゃあ二人でやればいい!」
「二人?」
「俺が実際に魔法でやって!」
「摩夜さんが理屈で説明する!」
「……。」
摩夜の目が少しだけ開く。
「例えば!」
ハルトはどんどん案を出していく。
「俺が炎魔法で何かする!」
「摩夜さんが『理論上はこういう現象です』って解説!」
「俺は感覚だから説明できないし!」
「摩夜さんは理論派!」
「役割分担できる!」
摩夜はしばらく黙っていた。
「……悪くない。」
「でしょ!」
「君は昔から。」
「感覚だけで全部やる。」
「説明が下手。」
「ひどい。」
「事実。」
即答だった。
「君は。」
「『できるからできる』で終わる。」
「私は。」
「『なぜできるのか』を説明できる。」
「補完できる。」
「なるほど。」
結衣も納得する。
「確かにハルトって説明になると雑なのよね。」
「魔力を流して。」
「バーンってやるだけ!」
「参考にならないのよ!」
「感覚だからなぁ。」
ハルトは苦笑する。
「逆に。」
摩夜は静かに続ける。
「私は理論しか話せない。」
「映像映えはしない。」
「だから。」
「君が実演。」
「私が解説。」
「視聴者は。」
「不思議な現象を見て。」
「仕組みも楽しめる。」
「知識欲も満たせる。」
聖奈が嬉しそうに微笑んだ。
「教育番組のようでもあり、エンターテインメントでもありますね。」
「しかも。」
摩夜はさらに続ける。
「君は。」
「途中で絶対予定外のことをする。」
「え?」
「そのたびに。」
「私は説明を修正する。」
「……。」
一瞬の沈黙。
そして。
「あははは!」
結衣が吹き出した。
「それ絶対ある!」
「ハルトだもん!」
「毎回予定通りにいかないじゃない!」
「いや、そんなことないって!」
「この前もいきなり宇宙でブラックホールつくったでしょうが!」
「あれは流れで!」
「君は。」
摩夜はどこか懐かしそうに、小さく笑った。
「昔から。」
「予定を壊す天才。」
「だから。」
「私も。」
「台本通りには考えない。」
「君が何をしても。」
「全部面白くできるように準備する。」
その言葉に、ハルトは満足そうに笑みを浮かべた。
「よし!」
「なんか俺たち、いいコンビになれそうだな!」
その何気ない一言だけで。
摩夜はほんの一瞬だけ目を伏せ、小さく口元を緩める。
「……うん。」
誰にも気付かれないほど小さな返事。
だが、その声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
「じゃあ。」
ハルトが教卓の前へ立つ。
「次は何を撮るか!」
「場所と企画を決めよう!」
結衣はノートへ大きく、
『次回撮影』
と書き込んだ。
「とりあえず条件を整理しましょう。」
「摩夜さんのお披露目。」
「新しい方向性。」
「炎の勇者チャンネルらしい派手さ。」
「あと違法はなし。」
「そこ重要。」
摩夜が小さく頷く。
「合法。」
「安全。」
「面白い。」
「その三つ。」
「珍しく結衣と意見が一致したわね。」
「合理的だから。」
摩夜は平然と言う。
ハルトは腕を組んだ。
「場所かぁ……。」
「やっぱりインパクトが欲しいよな。」
「深海企画もあるし。」
「でも。」
「深海はもう少し準備してからでもいい気がする。」
「賛成です。」
聖奈が頷く。
「潜水設備や船舶も用意できますが、中途半端な状態で撮影するより万全を期した方がよろしいでしょう。」
「俺もその方がいいと思う。」
「じゃあ深海は次以降!」
ハルトはすぐ切り替えた。
「今回はもっと気軽に撮れるやつ!」
すると摩夜が口を開いた。
「学校。」
「学校?」
「放課後。」
「教室。」
「屋上。」
「校庭。」
「全部使える。」
結衣は少し考える。
「確かに。」
「校長先生なら撮影許可もすぐ出そうね。」
「勇者様のためでしたら喜んで貸してくださるでしょう。」
聖奈も苦笑する。
「最近は学校側も撮影に慣れてしまいましたね。」
「だったら!」
ハルトが手を挙げる。
「学校探索企画とか?」
「学校で魔法?」
「いや。」
「それ前にも結構やったしな。」
自分で却下する。
「もっと摩夜さんらしいこと。」
「情報。」
摩夜が一言だけ答える。
「情報?」
「学校には情報が多い。」
「人。」
「物。」
「設備。」
「全部題材になる。」
結衣が首をかしげる。
「具体的には?」
摩夜は少しだけ考えてから答えた。
「例えば。」
「教室にある物だけで。」
「何が分かるか。」
「誰も気付かない情報を見つける。」
「推理ゲームみたいな?」
「少し違う。」
「観察。」
「視点。」
「普通の人が見落とすものを見る。」
ハルトが笑う。
「面白そう!」
「じゃあ俺も何か魔法で手伝えそうだな。」
「うん。」
摩夜は頷く。
「君は実演。」
「私は観察。」
「役割は変わらない。」
「なるほどね。」
結衣もメモを取りながら整理していく。
「じゃあテーマは"見えない情報"みたいな感じ?」
「近い。」
「視点を変える。」
「それだけ。」
凛も真剣な表情で口を開く。
「私も参加できるでしょうか。」
「もちろん!」
ハルトが即答する。
「凛は何か得意ある?」
「気配です。」
「足音。」
「呼吸。」
「重心。」
「剣士は人の動きを読む。」
「あ。」
摩夜が小さく頷いた。
「相性がいい。」
「私が情報。」
「凛が身体。」
「見る方向が違う。」
「それも面白そうね。」
結衣が感心する。
「私は編集で比較映像を入れれば分かりやすくできそう。」
「私は撮影場所や必要な備品を手配いたします。」
聖奈も自然と役割を引き受ける。
いつの間にか全員が、自分の担当を考え始めていた。
ハルトはその様子を見て満足そうに笑う。
「なんかいいな!」
「ちゃんとチームって感じがする!」
「……。」
摩夜はその言葉に少しだけ目を細めた。
「うん。」
「チーム。」
その小さな呟きには、どこか嬉しさが滲んでいた。
結衣は議事録代わりのノートを見返す。
「じゃあ、現時点で決まったのは。」
「学校を使う。」
「摩夜さんのお披露目。」
「情報や観察をテーマにする。」
「ハルトは実演担当。」
「凛も参加。」
「細かい内容は現場で決める。」
「そんな感じ?」
「十分。」
摩夜は即答する。
「現場で考えた方が面白い。」
「予定通りにはならない。」
「確かに。」
聖奈が上品に笑う。
「勇者様がご一緒ですから。」
「何かしら予想外のことは起きますね。」
「起きます。」
凛も真顔で頷いた。
「勇者様ですので。」
「二人ともそれどういう意味?」
ハルトが苦笑する。
「いやいや。」
「俺だって毎回ちゃんと計画は考えてるぞ?」
三人は顔を見合わせた。
そして。
「「「…………」」」
誰も何も言わない。
その沈黙だけで答えは十分だった。
「何で黙るんだよ!」
ハルトが抗議する。
結衣は肩をすくめて笑った。
「だって、この前もいきなり宇宙でブラックホール作ったでしょうが。」
「あれは流れで!」
「その『流れ』が毎回問題なの。」
「君は。」
摩夜が静かに続ける。
「予定を守らない。」
「でも。」
「予定以上のことはする。」
「だから。」
「細かく決めない方がいい。」
「対応しやすい。」
「……否定できない。」
結衣は苦笑した。
「結局、ハルトが一番の不確定要素なのよね。」
「違うって!」
教室に笑い声が広がる。
結局、撮影場所も企画の大枠も決まった。
だが、その場にいる誰もが思っていた。
どうせ当日になれば、一ノ瀬晴人が全部ひっくり返す。
それなら最初から、少し余白を残しておくくらいがちょうどいい。
そんな妙な信頼が、このチームにはもう出来上がっていた。
「よし!」
ハルトは大きく伸びをした。
「こんなもんかな!」
机の上には結衣がまとめた企画メモ。
細かな内容はまだ決まっていない。
だが、大枠だけは共有できた。
摩夜のお披露目。
新しいチャンネルの方向性。
学校を舞台にした情報分析企画。
そして何より――。
「当日は臨機応変。」
結衣が苦笑しながらノートを閉じる。
「結局そこに落ち着くのね。」
「いいじゃん。」
ハルトは笑う。
「今までだってそんな感じだったし。」
「だから毎回胃が痛いのよ。」
「えぇ?」
「自覚ないの?」
「ない。」
「でしょうね。」
教室に小さな笑いが広がる。
聖奈も予定表を確認しながら口を開いた。
「撮影日は次のお休みでよろしいでしょうか。」
「学校も使用できるよう、事前に校長先生へお話ししておきます。」
「お願いします!」
ハルトは素直に頭を下げる。
「助かる!」
「機材の準備も済ませておきます。」
「ありがとうございます。」
結衣も安心したように頷いた。
「編集の方も、その日までにテンプレートを用意しておくね。」
「私は。」
凛も静かに手を挙げる。
「撮影中の安全確保を担当いたします。」
「あと。」
真面目な表情のまま続ける。
「勇者様が暴走された場合の対策も考えておきます。」
「だから暴走しないって!」
「前回もそう仰っていました。」
「うっ。」
「信用がないねぇ。」
結衣がくすりと笑う。
「味方全員に警戒されてるじゃない。」
「ひどいチームだ……。」
「違う。」
摩夜がぽつりと口を開く。
「信頼してる。」
「え?」
「君は。」
「予定通りには動かない。」
「でも。」
「期待以上には動く。」
「だから。」
「準備だけしておく。」
「その方が合理的。」
ハルトは数秒ぽかんとしていたが、
「……それ褒められてる?」
「褒めてる。」
「ならいいや!」
あっさり納得した。
その様子に全員が思わず笑ってしまう。
しばらく談笑が続き、気付けば窓の外はすっかり夕暮れへと変わっていた。
オレンジ色だった空も、少しずつ群青色へ移り始めている。
「じゃあ。」
結衣が鞄を肩に掛けた。
「今日はここまでにしようか。」
「次の休みの日に撮影!」
「了解!」
ハルトが元気よく答える。
「楽しみだな!」
「新メンバー初動画だ!」
「……うん。」
摩夜も静かに頷いた。
誰からともなく荷物をまとめ始める。
「それでは皆さん。」
聖奈が上品に一礼する。
「また週明けに。」
「失礼します。」
凛も頭を下げ、二人は並んで教室を後にした。
「じゃあ私も帰るね。」
結衣も手を振る。
「ハルト、台本は一応考えておいてよ?」
「一応って何だよ!」
「どうせ変わるから。」
「ひどっ!」
最後まで笑いながら、結衣も廊下へ出ていく。
教室には二人だけが残った。
窓から吹く夕風が、静かにカーテンを揺らす。
「じゃあ。」
ハルトが鞄を肩に掛ける。
「俺たちも帰ろうか。」
「……うん。」
摩夜は小さく返事をした。
二人で教室を出る。
人気の少なくなった廊下を歩き、昇降口へ向かう。
校舎を出ると、夕焼けに染まる通学路がまっすぐ伸びていた。
ハルトはいつものように他愛のない話を始める。
「そういえば今日の授業どうだった?」
「生徒のみんな、ちゃんと聞いてくれた?」
「聞いてた。」
摩夜は静かに答える。
「質問も多かった。」
「それならよかった!」
「最初だから緊張したでしょ?」
「少し。」
「でも。」
「楽しかった。」
「そっか。」
ハルトは自分のことのように嬉しそうに笑う。
「これからもよろしくな、先生。」
「……先生は。」
「仕事中だけ。」
「あ。」
「じゃあ。」
少し考えてから笑顔で言い直した。
「これからもよろしく、摩夜さん。」
「……うん。」
その一言だけで十分だった。
二人は肩を並べ、ゆっくりと歩いていく。
この景色を。
この時間を。
摩夜は異世界にいた頃、何度夢見ただろう。
勇者と共に戦い、旅をし、それでも叶わなかった"普通"の日常。
戦場でもなく。
魔王城でもなく。
命のやり取りをする場所でもない。
学校帰りの夕暮れ。
他愛もない会話を交わしながら、一緒に家へ帰る。
それだけの時間。
それだけの光景。
それなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(これが……。)
摩夜はそっと空を見上げた。
(私が欲しかった日常。)
もう勇者と魔女ではない。
教師と高校生でもない。
ただ、大切な人と同じ帰り道を歩いている。
その事実だけで、十分に幸せだった。
そんな彼女の小さな想いに気付くことなく、ハルトはいつも通りの笑顔で話し続ける。
「そういえばさ、撮影の日のお昼どうする?」
「せっかくだし、みんなで何か食べに行く?」
摩夜はその横顔を見つめ、小さく微笑んだ。
「……うん。」
「それも。」
「楽しみ。」




